日本看護科学会誌
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原著
精神障がいの家族ピア教育プログラムの質的評価
プログラム事後の自由記載の分析
蔭山 正子 横山 恵子小林 清香中村 由嘉子
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2015 年 35 巻 p. 43-52

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Abstract

目的:自由記載を分析して家族ピア教育プログラムの質的評価をすることを目的とする.

方法:質的記述的研究である.自由記載のデータは,2013年10月から年度内にプログラムを終了した38カ所の参加家族と担当家族に調査を行い,収集した.自由記載を「家族学習会について参加あるいは担当して思ったこと,変わったこと」という視点で質的記述的に分析するとともに,参加家族と担当家族の属性を把握した.

結果:質問紙は,参加家族163名と担当家族133名から返送された.自由記載から10のカテゴリと41のサブカテゴリが作成された.参加家族は担当家族よりも家族会会員歴が短く,教育歴が少なく,発病後経過年数に幅があり,自宅療養の本人を支援する人が多かった.

結論:自由記載から療法的因子,体験的知識,社会変革機能といったグループ機能と新たなアイデンティティの獲得といったアウトカムを見出した.参加家族の属性が変化し,長い経過の家族も含んでいた.

Ⅰ.緒言

精神保健医療福祉施策は,入院医療から地域生活中心へという方針のもとに進められているが,家族の85%が精神障がい者本人(以下,本人とする)と同居する本邦において(千葉県精神障害者家族会連合会,2009)本人の地域生活を実現するためには,家族の理解と協力が不可欠である.家族が本人に支持的であることが本人のリカバリーに影響を与える要因の一つだと報告されており(Liberman et al., 2002),家族の重要性が認識されている.本人を日常的に支援する家族には,精神疾患に関する十分な知識が必要である.しかし,発症後3カ月以内に,疾患に関する十分な情報を得られたと認識する家族の割合は2割強に留まっており(全国精神保健福祉会連合会,2010),家族が疾患に関する教育を受ける機会が十分にあるとは言い難い状況である.

米国では,支援の行き届かない家族に教育の機会を提供するため,精神障がい者家族会(以下,家族会)がFamily-to-Family Education Program(以下,FFEP)という家族ピア教育プログラムを1991年に開発し,2012年までに全米で30万人以上が受講するまでに普及している.香港でもFamily Link Education Program(以下,FLEP)という独自の家族ピア教育プログラムが開発されている.これらの家族ピア教育プログラムは,参加者のエンパワメントに効果を認めている(Chiu et al., 2013; Dixon et al., 2011).

本邦においても本人を日常的に支援する家族に教育の機会を提供するため,筆者ら専門家のほか,家族を含めた「家族による家族学習会普及事業企画委員会」(以下,企画委員会)が「家族による家族学習会」(以下,家族学習会)という家族ピア教育プログラムを2007年に開発した.2013年度までに170コース以上が開催され,1200名近くの家族が受講している.2010年に実施した全18カ所で事前事後調査を実施し,参加した家族(以下,参加者)と実施した家族(以下,担当者)のエンパワメントの向上に効果を認めている(地域精神保健福祉機構,2013二宮,2012).企画委員会は,今後もプログラムの全国展開を進める計画だが,プログラムの質的評価は,一部の参加者と担当者を対象とした報告(地域精神保健福祉機構,2013)に限られている.プログラムの実施箇所が増えた現段階では,全国から参加者や担当者の意見を幅広く集約することが可能であり,その意見の質的評価は,プログラムの普及戦略に有効だと考える.プログラムが普及すれば,より多くの家族に教育の機会をもたらすことが期待できる.

そこで,本研究では,家族学習会参加者と担当者の意見を幅広く把握するために,自記式質問紙の自由記載を用いたプログラムの質的評価をすることを目的とする.

Ⅱ.方法

1.研究デザイン

プログラム事後1時点の無記名自記式質問紙における自由記載の質的記述的研究である.自由記載の分析は,プログラムのプロセスやアウトカムの要素を多く抽出することを重視し,質的記述的研究を選択した.

2.プログラムの概要

家族学習会は,精神疾患を患った人の家族を「参加者」に迎え,同じ立場の家族が「担当者」としてチームで運営・進行する,10~15人程度の小グループで行う体系的な家族ピア教育プログラムである.1回3時間程度,1コース5回である.

家族学習会は,本人の包括的治療プログラムに位置づけられる家族心理教育とは異なり,本人の治療効果を目的としない非臨床的な家族教育の一方法である(蔭山,2008).同じ立場の家族が運営・進行するため,セルフヘルプ・グループが理論的基盤になる.セルフヘルプ・グループの重要な機能である「体験的知識」の共有が最も重要なプログラム要素である(蔭山・横山,2012, 2013).体験的知識とは,Borkman(1976)が確立した概念であり,直の体験から得た情報や知恵を指す.家族学習会は,体験的知識とテキストによる専門的知識を組み合わせた家族教育である.重要な進行技術としては,肯定的フィードバックとピアグループの進行がある(蔭山・横山,2012, 2013).

家族学習会では,統合失調症に関する家族心理教育用の簡潔な既存のテキスト(85ページ)を基盤として,参加者の関心に応じて,気分障害や強迫性障害および家族のニーズに沿った情報を盛り込んだオリジナルテキスト(30ページ程度)を適宜使用する.既存テキストの内容は,1~3章が疾患・治療・対処方法,4章が本人のリカバリー,5章が家族の健康である.通常は,家族会が実施主体となり,家族会会員の中から3~6人が担当者となり,チームで運営・進行する.担当者は,1日研修で,プログラムや運営・準備・進行方法の説明を受けるだけでなく,進行の仕方について実技演習も受ける.発病後間もない本人を支える家族や家族会未入会の家族を中心として参加者に迎え入れることが推奨されている.プログラムの1回の流れは,グループのルール確認と参加者の緊張を和らげるためのウォーミングアップをした後,テキストを2~3ページ輪読してそのページに関連する体験や体験的知識を共有する.2~3ページごとの専門的知識と体験的知識の共有をテキストの1章分を終えるまで途中休憩を挟んで続け,最後に全員が感想を言い,3時間で終了する.各回1章で進め,5回で全5章を終える.

このプログラムは,特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構および企画委員会(著者全員がメンバーに含まれる)が実施する非営利事業である.実施する家族会には,プログラムのマニュアル,全員分のテキストと会場費等の必要経費(2013年度は一律1万円)が地域精神保健福祉機構を通してプログラム助成金から支払われる.

3.調査方法

2013年度にプログラムを実施した家族会45カ所のうち,11月以降年度内に終了した38カ所についてプログラム最終回にいた参加者と担当者に無記名自記式質問紙調査を行った.調査は,プログラムの実施主体である地域精神保健福祉機構と企画委員会がプログラム評価の一環として実施した.研究責任者は,地域精神保健福祉機構から家族会のプログラム責任者の連絡先を入手し,電話と文書で研究説明を行い,質問紙の配布を依頼した.研究責任者が事前に人数分の質問紙をまとめて送付し,最終回に家族会のプログラム責任者からその場で参加者と担当者に配布された.帰宅後,各自で記入し,地域精神保健福祉機構ではなく,研究責任者の所属機関に直接郵送で返信され,保管された.

4.調査項目

自由記載は,「家族学習会について参加あるいは担当した感想をお聞かせください」と書き,A4判1枚のスペースを設けた.そのほか,参加者と担当者の属性を質問した.

5.分析方法

分析対象としたデータは,自由記載と回答者の属性に関する質問項目である.自由記載は,テキストデータに変換した後,プログラムのプロセスとアウトカムを反映させるために「家族学習会について参加あるいは担当して思ったこと,変わったこと」という視点で筆頭筆者が意味のわかる単位で文章を区切り,コード化した.コードの類似性と相違性を比較して抽象度を上げ,サブカテゴリとし,さらにカテゴリとした.サブカテゴリとカテゴリに分類した後,参加者と担当者別に実人数を数えた.担当者の記載には,回答者自身のことを書いている場合と参加者も含めた全体のことを書いている場合があったため,区別した.人数は,実際に体験した人数を示すわけではないが,結果の解釈の参考になると考えた.結果の厳密性(Lincoln & Guba, 1985)を担保するために,筆頭筆者の解釈やカテゴリ化に歪みや偏りがないかを家族学習会に開発時から関与している共著者4名で議論した.なお,全員に質的研究の経験がある.

自由記載の分析結果を解釈する上で必要な回答者の概要を把握するために,属性に関する項目を参加者と担当者間でχ2検定,Fisherの正確検定あるいはt検定を用いて比較した.有意水準は両側p<0.05とし,統計ソフトウェアはSAS version 9.4を用いた.

6.倫理的配慮

本研究は,東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会(平成25年5月14日,No. 10146)の承認を得て行われた.質問紙に調査の趣旨および協力の自由意思の保証を明示し,調査票の返送をもって同意とみなした.研究責任者や地域精神保健福祉機構とプログラムの参加者・担当者・実施家族会の間に利害関係はない.参加者が担当者を気にせず自由に記入できるよう,個人IDのない質問紙を用い,プログラム実施場所でなく自宅で記入する方法をとり,各自で研究責任者に直接返信してもらった.また,研究責任者以外の企画委員と地域精神保健福祉機構がプログラム実施家族会を特定できないように,質問紙を研究責任者の所属機関で回収・保管し,研究責任者のみが家族会のIDを連結可能とした.

Ⅲ.結果

1.回答者の概要

対象家族会38カ所で最終回にいた参加者224名と担当者164名に質問紙が配布され,参加者163名(回収率72.8%)と担当者133名(回収率81.1%)それぞれから研究責任者に直接返送された.参加者と担当者の概要を表1に示す.年齢は,60歳代が多く,女性が約7割を占め,参加者と担当者で有意差はなかった.家族会会員年数は,参加者では1年未満が多く半数弱を占めたのに対して,担当者では3年以上が6割を超え,両群で有意差があった.コース式家族教室は,参加者が受講したことのない人が多く,両群で有意差があった.単発講演会受講歴は,参加者の3割が0回,半数が1~6回であり,担当者と比較して受講回数が有意に少なかった.

表1 参加者と担当者の概要

回答者が支援する本人の属性については,年齢は30歳代が多く,男性が約6割を占め,参加者と担当者で有意差はなかった.発病後経過年数は,平均値の有意な差はみられなかったが,年数を区切って比較すると,担当者が10~19年で約半数を占め多かったのに対して,参加者は2~9年が担当者より多い傾向にあったが,20年以上は担当者と参加者で有意差がなかった.続柄は子が9割以上,疾患名は統合失調症が8割以上であり,両群で有意差はみられなかった.社会参加状況は,参加者では自宅療養が56.2%と最も多かったが,担当者ではリハビリテーション中が46.1%と最も多く,有意な差がみられた.

2.家族学習会で思ったことと変わったこと

自由記載欄は,参加者163名中148名(90.1%),担当者133名中128名(96.2%)が何らかの記載をした.表2のように10のカテゴリと41のサブカテゴリを作成した.以下,カテゴリを【 】,サブカテゴリを〈 〉,記載内容を「 」で示す.

表2 家族学習会で参加者と担当者が思ったこと,変わったこと

【同じ立場の家族とようやくつながる】では,〈もっと早く参加できればよかった〉と参加者の11名が書いていた.同じ立場の家族とようやくつながった家族学習会で〈安心し,ほっとする〉経験や〈悩んでいるのは自分だけではないと知る〉経験をしていた.〈誰にも話せなかったことを本音で話せる〉と参加者の25名が書いていた.そして,参加者と担当者ともに〈家族同士の「肌で感じる」共感を得る〉〈仲間ができ,一体感を得る〉と家族同士のつながりが深まっていた.

【体験共有から自分の体験を整理する】は,参加者だけでなく担当者も自分自身のこととして書いていた.〈他の家族との違いと共通点に気づく〉〈自分の体験や考えが整理される〉〈自分と異なる体験から気づきを得る〉と他者との比較を通して自分の体験が整理されていた.

【本人を理解し,対応が変わる】では,〈疾患についての知識を得る〉〈実践的な役立つ情報が得られる〉という知識や情報を得たことよりも,〈実体験から工夫や対応を学ぶ〉と記入した人が多く,参加者の34人と担当者の12人が経験していた.参加者は,〈焦らず見守ろうと思う〉と心構えが変わり,〈当事者への家族の対応が変わる〉経験を書いていた.中には,〈当事者が変わる〉という人もいた.

【家族自身が前向きになる】では,参加者の〈気持ちが楽になる〉〈明るく,元気になれる〉だけでなく,〈モデルに出会い将来を考える〉機会になっていた.参加者の28名は,〈勇気づけられる,前向きに生きようと思う〉と記載していた.他の人の話を聞くことで〈過去の自分を思い出し,癒される〉人や回を重ねるうちに〈人生を肯定し,本来の自分を取り戻す〉までに変化する人がいた.〈人間的に成長する〉は担当者のみが書いており,家族学習会を「人間革命を促してくれる存在」と表現した人もいた.

【家族学習会の限界を感じる】では,〈家族学習会で問題は解決しない〉〈具体的な対処方法につながらない〉と参加者と担当者が書いていた.家族が変わるだけでは解決しない本人の問題やサービス体制の問題があり,家族学習会に限界を感じていた.

【社会に働きかける意識が芽生える】では,体験共有を重ねて〈家族に共通する問題が浮き彫りになる〉ことで,〈苦しんでいる家族を救ってほしい〉〈家族学習会が広まってほしい〉という単に願うことだけでなく,中には〈家族が連携して社会に変化を起こしたい〉と社会変革の意識が芽生えた人もいた.

【家族としての体験の価値に気づく】では,参加者も担当者も〈同じ家族の体験に感動する〉と書いていた.そして,〈家族としての体験に価値を見出す〉人の中には,「苦労の体験は財産・宝」と他人に伝えている人もいた.

【自分の体験が役に立つ喜びを感じる】では,〈参加者の変化が嬉しい〉と担当者の27名が書いていた.〈参加者から喜ばれる〉ことも嬉しく,〈家族学習会を続けたい〉という意欲をもっていた.このカテゴリの多くは担当者による記載だった.

【プログラム担当者として熟達する】では,〈担当者をする源に気づく〉と書いた担当者1人は,「苦しかったあの時の自分を助けたいという気持ち」が担当者をする源だとしていた.担当者としての仕事をやり遂げると,〈担当者として熟達した自信をもつ〉〈担当者として充実感を得る〉ようになっていた.さらに,〈担当者としての向上心が高くなる〉人や〈チームワークよく実施できる〉ことの大切さを感じる人がいた.担当者の36人が〈担当者としての課題が見える〉ようになっていた.

【家族学習会以外でも家族支援に励む】では,家族学習会の参加者を〈家族会につなげる〉ことで仲間になることを願っていた.また,家族学習会だけで満足することなく,家族学習会を通して見えた課題を〈家族会活動に活かす〉といった家族支援活動につなげていた.

Ⅳ.考察

1.参加者と担当者の属性

2010年度の調査結果(二宮,2012)では,回答者の平均年齢は担当者が64.6歳で参加者の61.4歳よりも高く,支援する本人の平均年齢は担当者が36.1歳で参加者の33.9歳よりも高かった.また,発病後経過年数の平均は担当者が14.26年,参加者が11.0年で担当者の方が長かった.しかし,今回は参加者と担当者で回答者自身の平均年齢が約65~66歳,本人の平均年齢が約37歳,発病後経過年数が約14~16年であり,平均値に有意差はなかった.年齢区分でみると発症後経過年数が20年以上において参加者と担当者で有意差がなかった.これは,家族学習会が普及する中で,担当者ではなく,参加者の属性が変化したと考えられる.つまり,家族学習会は開発当初から発病後間もない本人を支える家族を主な対象とすることを推奨している.開発当初はその推奨通りの参加者が対象となっていたが,ある程度普及した2013年度は,発病後経過年数が短い人だけでなく,20年以上の長い人も多かった.参加者はこれまで家族教室や単発講演会に受講した回数が少なく,家族会にもつながっていない人が多く,また,本人の社会参加も進んでいない人が多かった.つまり,長い間学習や家族会につながる機会に恵まれずに孤立し,社会資源につながることのない本人を自宅で支えてきた家族もまた家族学習会に参加するようになったと考えられる.これは,自由記載の〈もっと早く参加できればよかった〉という記載と一致する.長く孤立していた家族が家族学習会に参加した理由としては,家族会だけで参加者集めが難しい(蔭山ら,2014)ことから幅広い層の家族を参加者に受け入れるようになった可能性が考えられる.家族学習会は,長年孤立した家族にとっても貴重な社会資源であると考える.

2.自由記載からのプログラム評価

カテゴリの【同じ立場の家族とようやくつながる】【体験共有から自分の体験を整理する】は,プログラムのプロセスにあたる部分であり,【本人を理解し,対応が変わる】【家族自身が前向きになる】はプロセスも含むが,家族個人のアウトカムに関連する部分だと考えられる.家族は,同じ立場の家族とつながることで,〈悩んでいるのは自分だけではないと知る〉という普遍性,〈誰にも話せなかったことを本音で話せる〉集まりで「思わず人前で泣いた」というカタルシス,〈家族同士の「肌で感じる」共感を得る〉〈仲間ができ,一体感を得る〉といった家族同士の凝集性,〈明るく元気になれる〉〈勇気づけられる,前向きに生きようと思う〉という希望というグループセラピーの療法的因子(Yalom, 1995/2012)と凝集性が高まることで生じる〈誰にも話せなかったことを本音で語る〉という感情表出がサブカテゴリにみられた.家族学習会においても心理的治療と同様に効果の高いグループ機能を発揮した部分があると考えられる.また,家族学習会で体験的知識を得たことを専門的知識や情報を得たことよりも多くの参加者が記載していた.【体験共有から自分の体験を整理する】〈実体験から工夫や対応を学ぶ〉といった本プログラムの理論的基盤となるセルフヘルプ・グループのグループ機能である体験的知識に関連したカテゴリやサブカテゴリが含まれていた.

【本人を理解し,対応が変わる】という部分は,家族のエンパワメントの一部である(Koren et al., 1992)と考えられる.【家族自身が前向きになる】の〈人生を肯定し,本来の自分を取り戻す〉という元のアイデンティティが再生されるというサブカテゴリ以外に,家族学習会が「人間革命」をもたらし,〈人間的に成長する〉という新しいアイデンティティの獲得に関連するサブカテゴリがあった.中年期においても危機的なライフイベントがあるとアイデンティティを問い直す岐路に立つと言われている(辰巳,2004).子どもの精神疾患の発病は親にとってトラウマになるほどの危機的なライフイベントであり(Spaniol, 2010),アイデンティティが拡散した後に再体制化をし,より高いアイデンティティの達成に至るということ(辰巳,2004)が家族学習会を通して生じた可能性がある.これは担当者のみが記載していた.【自分の体験が役に立つ喜びを感じる】【プログラム担当者として熟達する】【家族学習会以外でも家族支援に励む】というカテゴリも主に担当者が記載しており,いずれもやりがい・生きがいに関連する内容だった.同じ立場で類似性が高い者同士では,共感的反応を強める(Davis, 1994/1999).「肌で感じる」と表現される深い共感を示した担当者は,共感に動機づけられた利他的援助行動(Batson, 2010/2012)として家族学習会を5回やり遂げ,最後に参加者が明るく変化する姿に【自分の体験が役に立つ喜びを感じる】ことで,確かな手応えを得たと考えられる.手応えを感じた担当者は,担当者という利他的援助行動にやりがい・生きがいを感じ,担当者として熟達したい気持ちや家族学習会以外でも家族支援に励む熱心さにつながったと考えられる.よって,担当者という利他的援助行動を通して,新たなアイデンティティの達成に至った可能性がある.また,【家族としての体験の価値に気づく】は参加者も記載していた.参加者の中には1コース参加した後,翌年には担当者になる者が少なくない(地域精神保健福祉機構,2013).参加者も担当者と同じ立場で相互に学び合い,自分の体験の価値に気づくという変化は,家族学習会で担当者が用いる,対等性を重視したピアグループの進行技術(蔭山・横山,2012)によって促進されたと考えらえる.

1人ではあるが,苦しかったあの時の自分を助けたいという気持ちが担当者をする源だと気づいたという記載があった.外傷体験の経験者の中には,同じような被害者になった人たちを救援することに尽力する者がおり,彼らはそうすることが自分の治癒のためであることを認識しているという(Herman, 1992/1999).我が子が精神疾患を患うことが心的外傷になり得ること(Spaniol, 2010)を考慮すれば,この記載は,心的外傷からのリカバリーに共通すると考えられる.

【家族学習会の限界を感じる】というプログラムの限界がカテゴリとして生成された.限界となる理由の一つに,家族学習会が非臨床的なプログラムであることから本人の変化に直接的につながらないことが考えられる.家族学習会は,専門家の行う家族心理教育を代替するものではない(地域精神保健福祉機構,2013)という立場を明確に示す必要があると考える.また,参加者のニーズには,社会の問題が解決しない限り解消できないニーズが含まれていた.【家族学習会の限界を感じる】ことは,【社会に働きかける意識が芽生える】きっかけになる.米国のFFEPでは,社会変革に焦点を当てた回があり,家族会活動の役割と絡めて議論される.社会の問題に取り組むことは,家族会活動の役割の一つであることをプログラムの中で取り上げ,参加者に伝えることを検討する必要がある.

【社会に働きかける意識が芽生える】は,教育によって社会の矛盾に人びとが気づいていく,つまり,意識化が起きたと考えられる(Freire, 1970/2011).〈家族に共通する問題が浮き彫りになる〉ことは,セルフヘルプ・グループの社会変革機能の一部だと考えられる(岡,1988).これは参加者の14名が書いていた.家族学習会を通して自分が変わることだけでは解決しない社会問題に気づき,グループという組織で社会の変革に立ち向かおうとする気持ちが生じたと考えられる.

3.本研究の意義と限界

本研究では,自由記載の分析から療法的因子,体験的知識,社会変革機能といったグループ機能がプログラムのプロセスで生じており,新たなアイデンティティの獲得といったプログラムのアウトカムが見出された.これらの要素は,今後のプログラム評価の指標に反映することができる.また,家族学習会の限界と感じられていた記載から,プログラムの説明や内容の修正について検討が必要な部分を見出すことができた.自由記載の回答者の属性を把握することで,参加者の属性が変化して,長く孤立した家族を含むようになったことが明らかになり,プログラムの新たな意義を示すことができた.

本研究の限界としては,自由記載では文字以外の前後関係が不明確なため,プログラムの作用機序を正確に判断することが難しいという点がある.しかしながら,幅広い人の意見を反映するためには,有効な方法だった.

Acknowledgment

研究協力者であるご家族の皆様に感謝申し上げます.家族による家族学習会普及事業は,株式会社ジョンソン・エンド・ジョンソン社会貢献委員会の助成金を受けて実施されている非営利事業であり,特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構および家族による家族学習会企画委員会(著者全員がメンバーに含まれる)が実施している事業である.本研究は,JSPS科研費25463615の一部として行われた.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MKは研究デザインと実施,分析,執筆のすべてを行った.KY, SK, YNは,研究のデザインと質的分析の解釈に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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