日本看護科学会誌
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資料
精神障害者へのハンドケアリング前後の変化
自律神経活動および不安,対人距離の心理的指標から
渡邉 久美 國方 弘子三好 真琴
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2015 年 35 巻 p. 146-154

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Abstract

本研究は,独自に開発したソフトタッチの皮膚接触をベースとするハンドケアリングを精神障害者に実施し,その効果を,心拍変動,アミラーゼなどの自律神経活動指標と,不安,リラックス度,疲労度,会話欲求度,親近感の心理的指標を用いて明らかにした.対象は地域で生活する精神障害者10名(平均年齢56.7±14.9歳)であり,内田クレペリンテストによる負荷後,座位対面式にて15分間のハンドケアリングを実施した.各指標を実施前後で比較分析した結果,心拍数は有意に低下し,pNN50は有意に増加した.STAI得点は,特性不安と状態不安ともに実施後に有意に低下し,VASを用いた主観的評価では疲労度のみが有意に低下した.施術者との会話欲求度と親近感は,実施後50%以上増加した.唾液αアミラーゼは,安静時と実施前後で有意差を認めなかった.ハンドケアリングは,副交感神経活動の亢進および,不安や主観的疲労感の軽減とともに,施術者との心理的距離に良好な影響を与えており,患者–看護師関係の形成に向けた活用の可能性が示された.

Ⅰ.緒言

人を対象とする看護において古くからマッサージが行われてきた.近年では,メンタルヘルス対策としてのオフィスマッサージ(田辺,2007)や,母子の愛着形成の観点での母親によるベビーマッサージ(岡田ら,2012)など健常者への介入をはじめ,がん性疼痛やターミナル期にある患者の倦怠感の緩和を目的とするケア(新幡ら,2010原田ら,2007),高齢者の心理的ケア(小笠原ら,2009)といった様々な看護場面で活用されている.乳幼児から高齢者まで幅広い対象への施術が可能である利点や,リラックス効果(佐藤,2006井草ら,2008)から,精神障害者へのマッサージの活用が期待される.しかし,精神障害者の身体にむやみに触れてはいけないと教えられてきた(萱間,1999)ためか,これまでエビデンスの蓄積は十分ではなく,精神看護技術としての介入方法を確立していく必要がある.

精神障害者は概して対人関係に精神的ストレスを感じやすく,疾病の種類にかかわらず,強い不安や緊張状態が発症およびその経過に持続しており,これらの状態が筋緊張を高め,さらに精神状態に影響するという負の心身相関を生じやすい.看護者は,これらの悪循環を断ち,症状緩和に資するケアを提供する役割があるが,皮膚接触により対象の身体感覚に働きかけるマッサージは,対象の精神状態を良好に変化させる看護ケアの一手法として効果が期待される.

精神科領域における先行研究としては,アロマセラピーと併用したハンドマッサージがアルツハイマー型認知症の破壊的行動などの軽減に効果があることや(Fu et al., 2013),慢性期統合失調症患者に対する継続的なタクティールケアが精神障害者の状態不安を低減させるとの効果が報告されている(今井ら,2013).また,幼少期のスキンシップの体験と成人後のメンタルヘルスとの関係に着目した研究で,良好な皮膚接触体験が心の安定性に影響を与えるとの報告(山口ら,2000)があり,一次予防としての効果も期待される.いずれにしても,対象にとって好ましい皮膚接触体験を蓄積することは精神健康にとって肯定的な作用をもたらすことから,精神科臨床においても,精神障害者の情動面の安定に働きかけるマッサージ方法の普及が求められる.

看護臨床において継続的に活用していくためには,多忙な看護師が簡便に実施できる方法を開発する必要がある.下肢マッサージや背部マッサージは,それぞれ足浴や身体清拭時などの清潔ケアと併用して取り入れられるが,準備や時間を考慮すると,清潔ケアから独立させた方が看護師・患者双方に負担が少ない側面もある.また,比較的ADLが高く,定期的に清潔ケアを行わない対象には,身体のなかで日常的に人目に曝されている部位で対象の心理的抵抗が少ないハンドマッサージ(小川ら,2011)が導入しやすいと言える.これらの条件に加えて,特に対人関係障害を抱える対象の情動面に効果的に働きかけるためには,対象が「大切にされている」という感覚をもつことのできるマッサージ方法が望ましい.

以上の背景から,我々は,看護師が短時間で修得でき,施術者の手を介して,対象者との相互関係を発展させながら対象を大切に思う気持ちを伝えることを意図したハンドケアリング方法を考案した.本法の有用性については,健常成人女性を対象として検証されており(Kunikata et al., 2012),自律神経活動や不安,施術者との親近感などの指標による前後比較において,実施後においてリラクゼーション効果が得られ,STAIによる状態不安スコアが有意に低下したことを明らかにした.また,施術者への親近感は,実施前より増加し,患者–看護師間の良好な皮膚接触が,両者の心理的距離を短縮する効果があることが推測された.しかし,対人関係に精神的ストレスを感じやすい精神障害者において,どのような影響をもたらすかは明らかにされておらず,同様の指標を用いた評価が,今後の検討課題として残された.

そこで本研究では,精神科看護臨床への導入を目指して考案したハンドケアリングが精神障害者の情動面に与える影響を,自律神経活動指標,心理的指標を用いて明らかにすることを目的とした.

Ⅱ.用語の操作上の定義

1.ハンドケアリング

看護は人間対人間の関係を重視し,相互作用における暖かみのある前進的な発展,首尾一貫した態度,受容の感情である(Travelbee, 1971/1974).したがって,ハンドケアリングを以下のように定義した.

ハンドケアリングとは,施術者の手を介するソフトタッチによる皮膚感覚をベースとしたマッサージであり,施術を通して対象が独自な人間として受容され大切にされていると感じられるように,意図しながら行う看護の手技とした.

2.精神障害者

本研究における精神障害者とは,医師より精神疾患の医学的診断を受け,地域で再入院することなく安定した生活を送りながら当事者活動に参加し,定期的に福祉サービスを利用している対象とした.

Ⅲ.研究方法

1.ハンドケアリングの理念と理論枠組み

ハンドケアリングは,対象に「大切にされている感覚」をもたらすことを意図して,施術者の意識下で自己の手を介して対象の存在を包み込むように働きかけ,波のようなリズムを繰り返したソフトタッチによる皮膚接触をベースとして考案した.また,対象の精神的安寧と施術者との相互交流を促進できるよう,援助関係にある患者–看護者間での心地よい皮膚接触が途切れることなく次の手順に移るよう構成した.

生理学的には,まず,対象の前腕における触覚が,感覚受容器から感覚神経繊維に受け取られ,脊髄神経節を介して脊髄から脳幹に伝達され,大脳皮質の体性感覚野に至る.ここで肌触りのよい快刺激は,眼窩前頭皮質などの大脳辺縁系を活動させ,快刺激が大脳辺縁系で感情を生み出していることが示されている(Francis et al., 1999).皮膚刺激を快と感じる仮説としては,情報が網様体や視床下部に至り,扁桃体で快刺激を判断するとされている.また,Essickら(1999)による研究では,皮膚接触において1秒に5 cm動かす時が最も気持ちよいとされており,ソフトでゆっくりした皮膚接触刺激の繰り返しにより生み出された情動感覚が,視床下部を経て自律神経に作用すると仮定した.

本研究では,これらの快刺激への情動反応を,不安,リラックス度,疲労度,会話欲求度,親近感の心理的指標と,自律神経活動の副交感神経活動の指標として心拍数と,HF, pNN50, LF/HFアミラーゼを変数として,ハンドケアリング前後の変化について検討した.

2.研究デザイン

本研究は,複数指標による1群事前事後テストデザイン(Improving the One-Group Pretest–Posttest Design Using a Nonequivalent Dependent Variable: Shadish et al., 2002)とした.対照群の設定がなく,特定の操作(独立変数としてのハンドケアリング)が導入される前後に従属変数を測定する前実験的研究である.

3.対象

研究参加者は,何らかのメンタルヘルス上の問題を抱えて地域で当事者活動グループに属する成人女性の精神障害者10名である.研究参加者の募集は,A県の地域精神保健福祉を担う公的機関を通して行った.研究の趣旨の説明を受け,参加協力への呼びかけに応じた当事者を対象とした.対象の平均年齢は56.7±14.9歳であった(範囲33~81歳).参加者の精神の健康障害の特性は,統合失調症3名,性同一性障害1名,軽躁状態1名,睡眠障害により心療内科に受診中1名などであるが,地域生活上は安定した状態で,公的サービスによる当事者向けのプログラムに定期的に参加していた.

ハンドケアリングの実施は2013年11月と2014年3月の2日間で行った.対象者の都合により,実施期間の間隔が開いた.

4.実験手続き

1)実験条件

実験は,施設管理者の協力を得て,地域において当事者活動の場として開放されている2カ所の施設内の静かな環境が保たれる個室で行い,ハンドケアリングの実施とその前後の測定は,プライバシーが守られる空間をそれぞれ確保した.実施中の室温は22~24°C,湿度は29〜62%であった.実験は食後1時間の時間帯を避けた10〜16時までの間に実施し,各被験者への1回の実施と測定を同一日に行った.実験環境は,当事者の利用歴のある施設の一角に準備した.

被験者における前日の飲酒や喫煙,運動や睡眠などの生活においては,特別な制約を課すことなく通常どおりの生活とし,測定時に前日からの体調の変化の有無を口頭で確認した.

なお,研究者は精神障害者との関わりにおいて,対象の緊張を緩和するような働きかけを行い,研究依頼の前に当事者活動に参加するなどのプロセスを経て,対象者に過度な緊張を与えないよう配慮した.

2)実験手順(図1

(1)被験者は測定室で5分間の安静後,唾液(1回目:安静時)を採取した.唾液は綿を1~2分間咀嚼させて採取した.

図1 実験プロトコール

(2)次に,非侵襲的な心的ストレスの負荷として,5分間のクレペリンテストを実施し,その後,唾液を採取した(2回目:ストレス負荷後・マッサージ実施前).なお,クレペリンテストは対象者の負担を考慮して5分間とした.

(3)自律神経活動の測定のため,加速度脈波計のセンサーを指先に装着して,5分間の測定を行った.その際,会話をしないことを厳守した.

(4)不安および対人距離の心理的指標として,不安,リラックス度・疲労度,会話欲求度・親近感について,自記式質問紙により測定した.以上の測定はA研究者が行った.

(5)被験者を施術者であるB研究者が待機する個室に誘導し,座位にて左右合わせて15分間のハンドケアリングを実施した.

(6)実施後,実施前と同様に唾液採取(3回目:マッサージ実施後),自律神経活動測定,質問紙調査を行い,実施後の質問紙調査には,会話欲求度,親近感の測定項目を加えた.

3)ハンドケアリングの実施方法(表1

ハンドケアリングは,英国赤十字社によるセラピューティックケアを参考にして,新たに共同研究者間で,各手順についてマッサージの要素が増すように,内容や連続性回数などを改変し,独自の手順として作成した.

表1 ハンドケアリングの前準備と手順

(1)必要物品と事前準備

クッション2個,バスタオル1枚,市販のハンドクリームを準備した.ベッドサイドで扱いやすい潤滑剤として,オイルではなく,柔らかめのハンドクリーム(ハンドクリーム薬用モアディープ,資生堂)を用いた.

(2)体位とポジション

被験者には背もたれ付き椅子にクッションを置き,背部をつけてリラックスした座位をとるように声をかけた.また,施術者により,適宜,体位への支援を行った.被験者と施術者の両者の膝と膝が触れ合う程度に向き合って座り,両者の膝の上に重ねたもう一つのクッションを置き,その上にバスタオルを置いて,マッサージを行うポジションとした.

(3)ハンドケアリングの手順

最初に,被験者の前腕手背面の,橈骨手根関節部分から後肘部にかけて施術者の手掌全体で包むように覆い上げ,後肘部でターンさせ,施術者の手で前腕を挟むようにして戻る〔腕包み7回〕.その際,施術者は体全体を滑らかに動かしながら,波のように一定のリズムで繰り返す.

次に被験者の手背を上に向けた状態で,手掌側から施術者の両手で保持しつつ,施術者の親指を交互に交差させながら手背面の橈骨手根関節部分をさする〔手首ワイパー7回〕.そして,手掌の位置で保持している両手は,そのままやや末端側にずらして,施術者の親指で被験者の手背に円を描くようにさする〔8の字7回〕.

その後,被験者の手掌側を上にして手掌全体を挟み開き,施術者の親指で,手根中指関節部から中手指節関節部にかけて3カ所を左右交互に指圧する〔掌揉み一部位各3回〕.続けて,各手指の根部から尖部までの側面を,回転させながら揉み上げ,順次全手指の指圧を行う〔指挟み各3回〕.最後に,施術者の手掌を被験者の手掌を合わせて握るように重ね,順々に手根部から母指を把握して抜く〔掌包み7回〕.施術後は,施術者の両手の手掌で被験者の手を包んで終了とし,この手順で,両手に施術した.

4)測定項目と測定機器

(1)自律神経活動

自律神経活動として心拍変動と唾液αアミラーゼを測定した.心拍変動はPulse Analyzer Plus(TAS9:株式会社YKC製)を用いて指尖加速度脈波を測定し,解析は同社のHRV解析プログラムにより時系列解析から心拍数を求めるとともに,周波数解析を行った.周波数解析は,R–R間隔時系列データから高周波成分(HF, 0.15~0.4 Hz),低周波成分(LF, 0.04~0.15 Hz)に分解し,成分比(LF/HF)が算出される.本研究では,この器械で測定できるパラメーターのうち心拍数と,心拍数から算出されるpNN50と,HF, LF/HFを副交感神経機能の評価値として検討を行った.なお,HFは対数変換した値(log HF)を用いた.

唾液αアミラーゼは,採取した検体を実験当日に2500 rpm,15分で遠心分離して−20°Cで冷凍保存し,測定時に解凍して,SALIVARY α-AMYLASE ASSAY KIT(Salimetrics社;USA)を用い,Bio-Rad Laboratoriesのマイクロプレートリーダーにより測定した.

(2)不安および対人距離等の心理的指標

心理的指標は,不安とリラックス度・疲労度,会話欲求度・親近感の主観的評価の質問紙への記載を求めた.

不安は,STAI(State-Trait Anxiety Inventory)を用いて状態不安と特性不安を実施前後に測定した.質問紙は状態不安20項目と特性不安20項目を4件法により測定するもので,信頼性と妥当性は確認されている.

リラックス度と疲労度は,0から100 mmのVASを用いて実施前後で測定した.

施術者に対する会話欲求度と親近感の変化は実施前を0とする−50から+50 mmのVASを用いて実施後に測定した.

5.分析方法

自律神経活動と心理的指標について,Kolmogolov–Smirnov検定により正規性を確認後,実施前と実施後の平均値の差をPaired t-testにより検討した.

HRV分析で得た値は,HFを副交感神経活動の指標とし,LF/HFを相対的交感神経活動の指標とした.pNN50はR–R間隔が50 ms以上の値の占有率であり,副交感神経活動の指標とした.分析はSPSS Statistics ver.22を用いた.

唾液αアミラーゼは,負荷個体差が大きいことから,安静時の値を1とする実施前と実施後の比を3群間で比較し,交感神経活動の指標とした.検定は,Tukey–Kramer法を用いた.施術者に対する会話欲求度と親近感の変化は,実施前を0として,実施後の中央値の変化率を算出した.

6.倫理的配慮

研究は,岡山県立大学倫理委員会(承認番号269)の承認を得て実施した.対象に,研究目的,方法,研究参加に関する利益と不利益,負荷をかける検査を行うことなどを,文書を用いて口頭で説明し,了解を得た.また,研究参加は任意であり,参加に同意しても撤回でき,その場合も不利益を被ることはないこと,プライバシーを遵守することを,口頭で説明するとともに文書に明記し,同意書を得た.

データ収集時は,検体や測定時の入力IDを個人番号で分類し,個人が特定されないようにした.調査用紙は無記名回答とし,回答者自身が封をしたものを回収した.回収した入力データは厳重に管理し,秘密の漏洩を防いだ.

Ⅳ.結果

1.自律神経活動

1)心拍数,pNN50, HF, LF/HFの変化(図2

実施前の心拍数は77.7±4.4 bpm,実施後は74.7±5.1 bpmであり,実施後の心拍数は有意に減少した(p<0.05).実施前のpNN50は26.9±23.1%,実施後は36.3±17.2%であり,実施後のpNN50は有意に上昇した(p<0.05).実施前のHFは4.3±1.6,実施後は5.2±2.2で,増加していたが有意差は認められなかった.また,実施前のLF/HFは0.959±0.274,実施後は0.954±0.193で,わずかに減少したが有意差はなかった.

図2 精神障害者におけるハンドケアリング前後の心拍数・pNN50・HF・LF/HF

2)唾液αアミラーゼの変化(図3

安静時を1とする実施前の唾液αアミラーゼは1.031,実施後は1.459であり,有意差はなかった.

図3 精神障害者におけるハンドケアリング前後の唾液αアミラーゼ比の変化

2.情動反応の心理的指標

1)状態不安と特性不安

実施前の状態不安得点は42.1±8.6,実施後は32.6±10.5であり,実施後の状態不安得点は有意に減少した(p<0.05).実施前の特性不安得点は46.2±13.1,実施後は40.7±12.8であり,実施後の特性不安得点は有意に減少した(p<0.01)(図4).実施前の状態不安得点と実施前の特性不安得点との間に有意な関係があり(γ=0.71, p<0.05),実施後の状態不安得点と実施後の特性不安得点との間に有意な関係があった(γ=0.80, p<0.01).

図4 精神障害者におけるハンドケアリング前後の状態不安・特性不安の変化

2)リラックス度と疲労度の変化

実施前のリラックス度は,実施前は60.3±19.1,実施後は75.0±30.4であり,後のリラックス度は増加していたが,有意差は認められなかった.

実施前の疲労度は,実施前は59.0±22.8,実施後は33.9±34.6であり,後の疲労度は有意に軽減していた(p<0.05).

3)会話欲求度と親近感の変化

会話欲求度の中央値は25 mm(範囲1~50 mm)であり,50.0%の正の変化を示した.親近感の中央値は26.8 mmであり,53.6%の正の変化を示した.

4)自由記載の回答

実施後の自由記載は「大変癒された.気分がやすらいだ.泣きたいような笑いたいような感じ.」「リラックスできた.最近神経過敏になっていたので,受けてよかった.機会があればまた受けたい.」「身体が軽くなった.温かくなった.肩が凝っていたのが軽くなった.」「気持ちが良かったのでもっとしてほしい.」などの記載があり,皮膚接触の不快さに関する記載はなかった.

Ⅴ.考察

1.自律神経活動指標によるハンドケアリングの影響

自律神経活動の副交感神経活動を表す指標として,心拍数,HF, LF/HF, pNN50についてハンドケアリング前後の比較を行ったところ,心拍数は有意に減少し,pNN50は有意に増加していた.HFの増加とLF/HFの微減は,有意差はなかったが,副交感神経活動が上昇した結果として矛盾するものではない.これらは,健常成人女性を対象としたハンドケアリングの実施前後の変化と同様の結果であった.このうちpNN50はTask Force(Heart rate variability, 1996)にて,隣り合ったNNの差が50 ms以上の回数や頻度を示し,副交感機能を表すとされ,ハンドケアリングによるリラクゼーション効果を示していると思われた.なお,本指標は実施前後とも健常成人値の半分以下を示し,不整脈などの循環器症状の指標としても重要と思われた.

精神障害者の自律神経活動に関する研究は極めて少ない現状にあるが,統合失調症患者を対象に健常者と比較した研究において,統合失調症患者の自律神経活動が低いことが報告されている(小松ら,2011).Fujibayashiら(2009)は,統合失調症患者をGAFにより精神症状の重症度による比較分析を行い,重症群で有意に低下することを示している.本研究では,これらの影響要因の統制や分析は行わず,一群への介入前後比較によりハンドケアリングでの副交感神経系の活性を示したが,統合失調症のみならず,多くの地域生活を送る精神障害者は,一般的に再発予防や症状コントロールのために服薬を長期継続しており,今後,自律神経活動全般を活性化させる看護についても検討していく必要がある.

唾液αアミラーゼは,本研究では有意差はなかったが,マッサージ後に上昇傾向であった.アミラーゼ活性値の上昇は,心拍変動分析における副交感神経活動の優位性とパラレルの関係になく,時間的推移からはストレス負荷の影響を反映している可能性もあると思われた.唾液αアミラーゼは,交感神経系の指標として注目されつつあるが,唾液の採取条件などでも変動するため,今後,様々なデータの蓄積が必要である.

2.心理的指標による情動への影響

心理的指標による情動への影響として,不安,リラックス度,会話欲求度,親近感の変化から考察する.

不安のうち,一過性の状況反応を測定する状態不安の得点は,ハンドケアリング実施後に有意に減少し,さらに,比較的安定した不安傾向の個人差である特性不安の得点も,実施後に有意に減少した.これらは,先行研究と共通する傾向であったが,平均値の差の変動を健常成人と比較すると,特性不安において健常成人より精神障害者の前後差が大きく,状態不安では健常成人において前後差が大きかった(Kunikata et al., 2012).ハンドケアリングにより,健常成人と比して精神障害者の特性不安の値を下げており,本手法が精神障害者の慢性的な不安水準に働きかける効果があると推測される.

しかし,精神障害者の主観的評価では,「リラックス度」は増加しているものの有意差はなく,「疲労度」の緩和において,効果は顕著であった.健常成人では,「リラックス度」において有意差があり,50 mm以上の値の上昇があり(Kunikata et al., 2012),精神障害者の緊張緩和において同等の効果が得られなかったことは,常に緊張状態におかれている精神障害者の特性を反映した結果と推測された.精神障害者において,高いリラクゼーション効果を得るためには,より長期の継続的実施や,さらに筋緊張や精神的緊張感を緩めるための方法を検討していく必要がある.

会話欲求度,親近感については,実施後で50%以上増加しており,ハンドケアリングが施術者と精神障害者との心理的距離に肯定的な変化をもたらしていることが示された.健常成人との比較では,精神障害者の上昇率が20%程度低値であることから,対人関係緊張の強い精神障害者の傾向を表すものと思われた.しかし,一定の増加を認めたことから,臨床において患者–看護師関係の形成を目的としたアプローチ法としても有用性が高いと思われた.

今回,本研究の参加者における罹病期間や服薬状況および精神症状の差異による評価を行うことはできないが,全例において,皮膚接触の不快さに関する実施中の発言や質問紙への記載は認めず,身体や情動に関する快の感覚が表出されていた.寺澤(2004)によるフィールドワークにおいて,精神科の急性期女性閉鎖病棟で多くの患者がマッサージを求めた現象の記述があり,入院患者においても皮膚接触が快の体験として受け入れられていることが伺える.

3.本研究の限界と今後の看護への示唆

本研究は,地域で生活している精神障害当事者への負担を考慮し,ハンドケアリングの実施および測定において,環境や活動・休息時間および嗜好品の摂取等の条件を統一できていない.また,1群事前事後テストであり,コントロールと無作為化を行わず,対象者のサンプリングにおけるばらつきも大きいために,ハンドケアリングが自律神経活動と情動への効果を有するという結論を出すことはできない.今後は,操作,コントロール,無作為化の手続きを踏んだ実験による結果の蓄積が課題である.また,精神障害者の心身に与える効果の質的変化は十分明らかにされておらず,看護者との関係性や精神症状の変化など臨床における事例の蓄積も重要な課題である.

Ⅵ.結論

場所を選ばずに手軽に実施できるハンドケアリングを精神障害者(n=10)に実施した結果,心拍数の有意な減少,HFの増加,LF/HFの減少,pNN50の有意な増加を認めた.自律神経活動が賦活化され,副交感神経活動が優位な状態になった可能性がある.また,ハンドケアリング実施後は不安と疲労度の有意な減少,会話欲求度と親近感の増加が得られたことから,より健康的な情動へと変化させる可能性がある.

Acknowledgment

本研究の実施にあたり,A県精神保健福祉センターおよびB市において当事者支援団体の運営に携わっている皆様を中心に,多くの方々のご協力をいただきありがとうございました.また,本研究の趣旨を理解し快くご協力いただきました調査対象者の皆様に心から感謝いたします.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KW, HKは研究の着想,研究デザインおよびデータ収集に貢献し,KWは,統計解析の実施および草稿を作成した.また,HKは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行い,MMは生理学的指標の検体分析に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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