2015 年 35 巻 p. 176-183
目的:本研究は,患者の入院生活に看護が及ぼす影響を説明できる概念を見いだすことを目的とした.
方法:総合病院の1病棟に入院中の患者57名と看護師等の病棟スタッフ35名を対象に,参加観察および面接を行い,グラウンデッド・セオリー法に準じて研究を行った.
結果:【安心してここに居られる】という核概念が得られた.核概念は〔入院患者という名の仕事〕,〔看護師の行う仕事〕,〔枠〕,〔関心のおきどころ〕の4つの概念から構成されていた.入院患者が【安心してここに居られる】か否かは,看護師の〔関心のおきどころ〕の方向の違いによって左右されていた.
結論:看護師が〔看護師の行う仕事〕を行う際に,〔関心のおきどころ〕が‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’方向にあり,患者が【安心してここに居られる】状況にあるとき,患者の〔入院患者という名の仕事〕が行いやすくなる可能性が示唆された.
これまで一人の個人として日常生活を営んでいた人が病院を受診あるいは入院すると,「患者」という名を与えられ,その役割を課されることになる.また,入院するとそれまでの環境から引き離され,普段とは違った環境の中で生活を送らなければならなくなる.非日常である病院の中で患者は何を感じ,考え,どのように周囲の人々と接して日々の入院生活を送っているのであろうか.
先行文献では,患者は「『病院だから当たり前で仕方がない』という理由付けを行ない,準拠枠を変化させて日常生活とは違う入院環境で共同生活をし」(畑中ら,2003),「《病気との関わりから派生するストレス》と《療養生活から起こってくるストレス》」(川口ら,1994)を抱えている.しかし,「当事者の意見が聞こえてこないので,なかなか具体的な環境改善には至りにくい.わが国が,患者の療養の場としての病室改善に立ち遅れている理由の1つとして,主体である患者が何もいわない,あるいはいえない状況が,大きく影響している」(川口,1997)と報告されている.このように,入院患者の物理的環境,共同生活,適応枠組み,ストレスといった,入院生活におけるいくつかの側面に焦点を当てた研究はみられた.しかし,患者の日々の入院生活が看護とどのように具体的に関係しているかを示す研究は見当たらなかった.
患者の入院生活には看護の及ぼす影響が大きいと考えられる.看護が担う重要な役割は,「看護がなすべきこと,それは自然が患者に働きかけるに最も良い状態に患者を置くことである」(Nightingale, 1860/1968)と言われている.患者の回復力を最大限に引き出す看護をするためには,看護師は,患者が病院に入院すると日々の生活に何が起きるかを理解し,その状況の中で患者が自身の力を十分発揮できるように看護をする必要がある.
本研究は,患者の入院生活に看護が及ぼす影響を説明できる概念を見いだすことを目的とした.
特定の状況(本研究では病棟での入院生活と看護)における,人々(本研究では入院患者と看護師)の行動に潜在している事柄と,それらを説明できる概念を見いだすために,このことを目的にしている研究方法論であるGlaserとStraussによるグラウンデッド・セオリー法(Glaser & Strauss, 1967/1996)—これはクラシック・グラウンデッド・セオリー法と呼ばれることもある(Martin & Gynnild, 2012)—に準じて研究を行った.
2. データ収集データ収集は参加観察と面接によって行った.収集期間は2008年7月~10月であった.
1)参加観察参加観察は,総合病院(約870床)の1病棟(24床,主として循環器内科)で,研究者は病院指定のエプロンと名札を着用して行った.患者には,研究者は看護の研究のために来ており,看護師やヘルパーのケアに参加していると説明した.研究参加者は,入院患者57名と,看護師等のスタッフ35名,参加観察日数は44日であった.
研究者は,病棟で日常的に行われていることをなるべく自然な状態で観察するために,看護師が行う基本的な療養上の世話(清潔援助,病床整備,配茶・配膳・退膳,食事介助,体位変換,移動介助,ケア後の片づけなど)や,申し送り,ケアカンファレンスに参加しながら,患者と看護師との間の相互作用に焦点を当て,その背景にある運営システムを含めて参加観察を行った.研究者は自らの知識を保留し,白紙の状態で参加観察するように努めた.参加観察した内容はフィールドノートとして記載した.参加観察には会話も含まれている.
2)面接(フォーマル・インタビュー)患者への面接は,1人1回(40分以内)行い,参加した患者は5名であった.看護師への面接は,1人1回(30分から45分)行い,参加した看護師は3名であった.
面接では,参加者の発言が研究者の意図や前提によって影響を受けないようにするという目的から,インタビューガイドは用いず,開かれた質問(Simmons, 2008/2008)を行った.まず参加観察の中で研究者がより詳しく話を聞きたいと思った事項について,自由に語っていただいた.後に続く質問は,参加者が何を語ったかにより形づくられた.参加者の語りは軌道修正せず,自由な語りを保障した.面接内容は,参加者の同意を得た上で録音し,逐語録を作成した.
3. 倫理的配慮参加観察の参加者は,研究対象病院が入院時に行う,「教育・研究における診療情報使用に関するお願い」への同意を得ている患者とした.病棟のスタッフには,研究の趣旨,方法,参加・不参加の自由,匿名性の確保を書面と口頭で説明した上で同意を得た.面接の参加者には,研究内容,参加の自由意思,個人情報の保護等を,書面を用いて口頭で説明し,同意が得られた上で面接を行った.記録は固有名詞を暗号化して記載し,厳重に保管した.研究者の所属施設であった聖隷クリストファー大学倫理委員会(認証番号08009)と対象病院の倫理委員会(第08–06号)の承認を得て実施した.
4. データの分析本研究のデータは,参加観察のフィールドノートと面接の逐語録である.まず,データが何を指し示しているかを研究参加者の立場から把握して,名前をつけ(概念化し)た.名前(概念)は,「データに無理な解釈を押しつけているのではない」(Glaser & Strauss, 1967/1996),つまり,研究参加者の言動において,起こっている事柄そのもの,その理由,その時の気持ちなどを表現できている,と研究者が確信できるまでデータとの対話を繰り返して産出した.Glaser(2002)は「グラウンデッド・セオリーにおいては,概念は,調査研究データに根ざして創発的に出現した社会的パターンに名前づけをしたものである」と述べている.本研究では,概念名は,看護しながら概念が容易に喚起され,状況を想像しやすく,看護の軌道修正や問題解決を導く手がかりになることを目指し,患者と看護師の日常の行動や考え方にできるだけ即した表現を選んだ.
次に,類似している概念同士をさらに概念化し,異なる概念同士を比較し,これを繰り返し行って様々な種類とレベルの概念を見いだしていった.この過程で,研究目的と重要な関連がありそうな概念が見いだされると,それと比較できるように(絶えざる比較法)データを収集した(理論的サンプリング).
このように,データ収集,概念化,分析を同時進行で繰り返し行っていく過程で,得られた様々な概念の間の関係がしだいに浮かび上がってきた.本研究で見いだされたすべての概念および概念間の関係を包括的に表す概念が見いだされたので,それを核概念(志村,2004, 2007)とした.クラシック・グラウンデッド・セオリー研究者のスーパーバイズを受け,研究のプロセスと,分析結果の信頼性・妥当性の確保に努めた.
研究の過程では,上記のように,すべての概念と概念間の関係をデータに根ざして帰納的に得ていった.しかし,研究結果は,本論文においては逆の順序で,つまり核概念から先に記述することにした.核概念を【 】,核概念を構成する概念を〔 〕,上記以外の様々な概念を‘ ’,面接で得られたデータは「 」,参加観察で得られたデータは斜体,意味上の補足は( )で表した.( )内の記号と数字はデータの整理番号である.
1. 【安心してここに居られる】(核概念)1)核概念を得た経緯患者の入院生活に看護が及ぼす影響を焦点にして,初めて病棟に参加観察に入ったときからデータを概念化し,絶えざる比較法を積み重ねる中で,研究者は様々な疑問を抱いた.例えば,①転倒などの危険があり目が離せないような患者はナースステーションに連れてこられ過ごしている.これはその病棟では暗黙の了解なので,患者への説明が不十分なまま行われることが多いが,患者はそれに従って過ごしているというような,傍から見れば奇妙なことであるが病棟では当たり前のことに患者はどのように対応しているのか.②看護師が決められた仕事ばかりをしている時とそうでない時では患者との間でどのような相互作用が起きるのか.③理解力が低下していると看護師に認識された人やお年寄りに対しての接し方の違いでどのような相互作用が起きるのか.④同じような点滴の失敗にも関わらず患者が「看護師が無鉄砲だ,閉口した」と思う場合と,「それでも一生懸命してくれてありがたかった」と思う場合の違いはどうしてなのか,などであった.
こうした問いに関連して,データ収集期間終了後に,収集したデータおよびすでに見いだされていた様々な概念についてさらに絶えざる比較法を行っていく中で,①看護師の仕事が安全ばかりに傾いているかもしれない,バランスの欠如.②もしかしたら患者が求めているのは安全以上に安心かもしれない,という考えが浮上した.この2つのような視点からさらに絶えざる比較法を行い,①入院している患者が安心してここに居られるのか否かによって,入院生活がスムーズにいくのかそうでないのかが左右されている.②患者が安心してここに居られるのか,そうでないのかには,看護師の及ぼす影響が大きい,ということを見いだした.そして,看護師の患者への関わりが,安全や仕事の効率ばかりに傾いていなく,患者が安心できる関わりをしているのか否かという観点に立てば,得られたほとんどの概念を説明できることがわかった.そこで【安心してここに居られる】を核概念とした.
2)核概念【安心してここに居られる】の意味患者にとっては,【安心してここに居られる】状況にあることは,入院治療の場で,安心して治療に立ち向かえる状況にあるという意味を持っている.それはまず,‘スタッフの治療への理解’がある状況の中で,‘治療に対するスタッフの真剣さ’が感じられ,‘いざというときには看護師などのスタッフが助けてくれる’と思える状況である.次に,‘人として正当に扱われ’,‘疾患や状態にだけ注目されているのではなく,人に関心をもたれている’ことを感じられる状況である.さらに,‘入院治療の場への事細かな配慮’を受けることができ,‘共同生活を気持ちよく送れる’ように看護師が目配りしてくれ,‘疾患や業務だけでなく,生活に関心が払われている’状況である.
看護師にとっては,患者が【安心してここに居られる】状況にあることは,患者の入院生活に看護が及ぼす影響という問題に対して,看護師が目指すアウトカムであるという意味を持っていることが,看護師の行動のデータからわかった.
以下,看護実践に重点を置いて,この核概念の構造を記述する.
3)核概念の構造【安心してここに居られる】(核概念)は,〔入院患者という名の仕事〕,〔看護師の行う仕事〕,〔枠〕,〔関心のおきどころ〕,の4つの概念から構成されていた.概念および概念間の関係を図1に示した.

入院患者は,滞りなく治療を受けられるように〔入院患者という名の仕事〕を行いながら,入院生活を送っていた.看護師は入院した人を,まず,〔枠〕の中の‘患者という枠’‘疾患の枠’‘年齢や状態の枠’に入れて見,アセスメントして,仕事の組立てを考え,〔看護師の行う仕事〕を行っていた.看護師の患者への〔関心のおきどころ〕が,〔枠〕の中を中心にし,〔枠〕の外側には目が向かない状況にあると,〔看護師の行う仕事〕を行う時に‘まわす・こなす・すごす’についての業務が多くを占めるようになっていた.そのような場合には〔入院患者という名の仕事〕が行いにくい状況も発生しやすく,入院患者が【安心してここに居られる】状況にはなりにくかった.逆に,看護師の患者への〔関心のおきどころ〕が,〔枠〕の中に加え‘枠の外側’にも及ぶ場合,〔看護師の行う仕事〕を行う時に‘まわす・こなす・すごす’の業務だけではなく,‘創造的な仕事’も行われていた.その場合には患者–看護師間のプラスの相互作用が起こり,看護師は患者を入れて見ていた〔枠〕の修正を適宜行い,患者その人本来の姿により近づいた見方へとなっていった.
〔枠〕の修正とは,看護師が,患者の状態を実情に沿って観察し,患者の行動や考えや患者の様々な側面を知ることによって,患者に対しての見方,理解の仕方を修正していくことである.そのような場合には,〔入院患者という名の仕事〕も行いやすくなり,入院患者が【安心してここに居られる】状況になっていた.このように,看護師の〔関心のおきどころ〕の方向の違いによって,入院患者が【安心してここに居られる】か,否かが大きく左右されていた.
2. 〔入院患者という名の仕事〕この概念は,一人の個人が入院患者という役割を担って送る日々の生活の捉え方を示し,‘治療を受ける’と‘他人の土俵での生活’から成っていた.病院に入院してきた患者は,‘治療を受ける’ことを本来の目的にしている一方,‘他人の土俵での生活’をしながら治療に立ち向かうという,さらに重要で困難なもう1つの仕事も同時に行っていた.後者の仕事は,患者(036)が「病院に合わせるしかないでしょう.病院のしきたりというか成りゆきというかそれに合わせてやっぱり自分を心得なきゃいかんと思う(M3–12)」と言うように,患者が自ら自覚して行う一方,医療スタッフからも暗黙に期待されていた.
1)‘治療を受ける’‘治療を受ける’は‘疾患の治療’と‘スタッフの疾患への理解’から成っていた.
2)‘他人の土俵での生活’‘他人の土俵での生活’は,‘スタッフのテリトリーでの生活’と‘共同生活を送ること’から成り,その結果‘わきまえる’という患者の戦略が生じていた.本稿では‘スタッフのテリトリーでの生活’について記述する.
(1)‘スタッフのテリトリーでの生活’‘スタッフのテリトリーでの生活’は,‘スタッフはほとんどの場合,自分の仕事のペースで患者のところにやってきて看護や治療を行っている’‘時間が決まっているようで決まっていない’‘廊下や汚物処理室もスタッフの領域’‘病棟独特のしきたり’‘捉え方の違い’‘お世話になっているという弱い立場’から成っていた.
例えば‘捉え方の違い’は,病院は看護師にとって慣れ親しんだ仕事の場であるが患者にとってはそうではない.そのため,看護師の感じ方と患者の感じ方との間にずれが生じた場合である.4人部屋内の患者がベッド横のポータブルトイレでの排泄時,「トイレに座っている間にシーツを換えてしまいますね」と看護師たちがその患者のシーツを交換していた.ポータブルトイレに排泄された便を見て,看護師たちが,「すごーい,たくさん出ましたよ,すっきりしましたー?」と嬉しそうに大きな声で言う(O52).患者のポータブルトイレでの初めての排泄を,看護師はたいへん喜んでいた.またポータブルトイレに移動した際に環境整備も行い,患者の移動の負担を軽減したいという看護師の配慮からの行動であった.しかし,4人部屋という他の患者のいる中で排泄の話を大きな声でしたり,シーツを換えている人が居る状況の中で排泄をすることは,家庭での日常の生活ではほとんどないことである.
3. 〔看護師の行う仕事〕この概念は,看護師が病棟で行う看護実践を示し,‘まわす・こなす・すごす’と‘創造的な仕事’から成っていた.
1)‘まわす・こなす・すごす’‘まわす・こなす・すごす’は,‘時間内に仕事をまわす’‘与えられた仕事をこなす’‘何事もなく受け持ち時間をすごす’から成り,看護師が病棟で看護業務を行う時に常に求められる,重要な仕事であった.
2)‘創造的な仕事’これは,業務として決められているのではないが,各看護師が自分でまたはチームで考え,判断して,行っている仕事である.‘創造的な仕事’だけが独立して行われる場合と,‘まわす・こなす・すごす’を行う時に‘創造的な仕事’も合わせて行われる場合があった.‘創造的な仕事’は,決められた仕事ではないため,業務として評価をされにくい.しかし,看護師が‘創造的な仕事’をするかしないかは,患者の入院生活や治療に大きな影響を与えていた.
(1)‘創造的な仕事’だけが,独立して行われる場合例えば,看護師(05)は病室で排泄をすることに伴う患者の気持ちと,患者の病状を天秤にかけ,トイレでの排泄が可能な状態に患者がなったと判断したとき,そのことを医師に働きかけるという‘創造的な仕事’を行っていた.看護師(05)「若くても,高齢の方でも,できるならー,トイレまで行かせたいなーっていうのがあるんですけど,やっぱりそういうところって先生(医師)とかちょっと疎いところあるじゃないですかー.プライバシーっていうか.だからー,できるだけ病状が落ち着いてきたなって私,看護師サイドでの判断みたいので,(トイレに行くことは)どうですかねっていうことは先生(医師)にちょっと働きかけはするようにはしてるんですけど(SI3–2)」
4. 〔枠〕この概念は,看護師が患者に対して持っている専門的知識や固定観念に伴う言動を示している.〔枠〕は‘枠の中’と‘枠の外側’から,‘枠の中’は‘患者という枠’‘疾患の枠’‘年齢や状態の枠’から成っていた.
治療のために病院に入院すると,患者のほとんどは,その時から,看護師(07)が「パジャマ着るととにかく患者さんとしか見えない(SI2–6)」と言うように,‘患者という枠’の中に入れて見られていた.次に心筋梗塞や心不全といった疾患名および症状名,合併症の有無,病状の経過,症状といった‘疾患の枠’の中に入れて見られ,さらに若い人,お年寄り,子供,意識のない人,認知症の症状のある人,依存している人といった,‘年齢や状態の枠’の中に入れて見られ,対応されていた.〔枠〕に入りきらない‘枠の外側’として,その人のパーソナリティー,その人を取り巻く家族,仕事,生活背景といった,患者個人に特有なことと,入院治療の場における患者の生活のことがあった.
5. 〔関心のおきどころ〕この概念は,看護をするときに,看護師が抱く関心のおきどころの方向を示し,‘枠の中だけをみる’と‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’から成っていた.この2つの関心の方向は程度の差こそあれ,同じ人の中に同居しており,その時々で,‘枠の中’だけをみて看護する場合と,‘枠の中’と‘枠の外側’両方をみて看護する場合があった.看護師がこれらの方向のうちどちらの方向への関心を抱くかで,患者への関わり方が変わってくる.患者への関わり方の違いから,看護師と患者の間の相互作用のあり方が大きく2つの方向に分かれていっていた.本稿では2つの方向についてそれぞれ一部を記述する.
1)‘枠の中だけをみる’(1)患者と看護師の間で起こる相互作用看護師の〔関心のおきどころ〕が主に‘枠の中’にある場合,‘疾患や治療や業務ばかりで,人に関心が払われていない’状態や‘疾患や治療や業務ばかりで,生活に関心が払われていない’状態が生じていた.そのようなときは,‘返事を求められていない声かけ’や‘わかっていないとみなされる’という患者–看護師間の相互作用が生じていた.
①‘返事を求められていない声かけ’看護師が〔看護師の行う仕事〕をする時に,患者に対して声はかけているものの,患者からの返答を求めてはいない状況である.看護師側からの‘一方通行の声かけ’‘患者の返事を聞いていない’‘患者の返事を待たずに行動に移している’,看護師が業務上知りたいことだけを患者に聞く‘限定された事柄に対する声かけ’から成っていた.
例えば‘患者の返事を待たずに行動に移している’は,看護師の話しかけた内容を患者が理解しているかを確かめたり,話しかけたことに対する患者の返事を待たずに,看護行為を行うことである.「008さんお体拭かせてくださいね」と言いながら,視線は毛布の辺りにある.患者(008)が「えー?」と聞き返している時には,すでに毛布を剥いでいる(O25).‘返事を求められていない声かけ’という患者–看護師間の相互作用が生じているときは,‘看護師の声かけと患者の行為とのタイミングが合っていない’状況が起こっていた.また‘返事を求められていない声かけをされているとき患者は無言になっている’‘聞かれたことだけに答える’というような患者の戦略が生じていた.
②‘わかっていないとみなされる’患者自身より看護師のほうが患者の状態をわかっているということを前提にして,患者が扱われることである.特に,理解力が低下していると看護師に認識された患者は,認知の程度やどのようなことに対しての理解力の低下かを考慮されずに,すべてのことに関してわかっていないものとして扱われる状況が生じがちであった.そして,そのことは,必ずしも本人の実際の状態と一致するとは限らなかった.この状態にあると看護師に認識された患者には,‘本人の目の前で心ないことを言われる’子どもに対して接するような声かけや態度をされ‘子ども扱いされている’‘決定権を与えられない(スタッフが決めてしまう)’といった状況がみられた.
看護師に‘わかっていないとみなされる’ように扱われると,患者もその看護師に対してわからないふりをするという患者の戦略が生じていた.しかし,この患者たちは本当に何もわかっていないわけではなかった.
2)‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’(1)患者と看護師の間で起こる相互作用看護師の〔関心のおきどころ〕が‘枠の中’に加え‘枠の外側’にもある場合,‘疾患や状態にだけ注目されているのではなく,人に関心をもたれている’状況や‘疾患や業務だけでなく,生活に関心が払われている’状況が生じていた.その場合,‘返事を求められている声かけ’や‘有効なむだ話’といった,患者–看護師間の相互作用が生じていた.本稿では‘返事を求められている声かけ’について記述する.
‘返事を求められている声かけ’は,看護師が〔看護師の行う仕事〕をする時に生じる,患者–看護師間の相互作用のひとつであり,‘患者の顔を見て話しかけている’‘丁寧なわかりやすい声かけをし,相手の行為に返答している’‘選択肢のある質問をしている’‘相手のペースで待っている’から成っていた.看護師側の一方通行の声かけではなく,患者を尊重し,返答の余地が与えられている声かけであった.このような声かけをされている患者は,自分の意向を伝えることができたり,生き生きした表情となっていた.
(2)‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’結果,起きること看護師の〔関心のおきどころ〕が‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’結果,患者は,疾患だけでなく自分への関心が感じられ,人として正当に扱われることや,入院治療の場での生活に細やかな配慮を受けられる状況になっていた.これらの結果,患者は安心して,入院治療の場に居て,治療に立ち向かえる,つまり,【安心してここに居られる】状況になっていた.
本研究で得られた核概念とその構造は,看護実践への新たな観点といえるものであり,臨床の場で個々の看護師が実践を行っていく手がかりになり得ると考える.具体的には,看護の現場で例えば「看護がなんだか上手くいかない」,「患者が落ち着かず治療に影響が出ている」と行き詰まった時に,「この患者は安心してここに居るのであろうか」と問うことを本研究は提案している.本研究の図1を見ながら,「自分(たち)は今どの位置にいるのか,どちらの〔関心のおきどころ〕の方向にシフトしているのだろうか」と問い,もし‘枠の中だけをみる’の方向にシフトしていると気付いたのであれば,‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’の方向に軌道修正をすることができると考える.松岡(1987)は「医療とは,人の内部環境がもつ修復機構に対し,直接的,間接的に介入するテクノロジーといえる.前者は治療そのものであり,後者は生活行動や外的環境の調整をもって内的環境へ介入することと考えられる」と述べている.本研究で得た核概念を念頭に置き,看護実践を行うことは,松岡が上記でいう「人の内部環境がもつ修復機構に対し,間接的に介入するテクノロジー」につながるものであると考えられる.
患者が【安心してここに居られる】(本研究の核概念)状況にあるように整えることは,本論文のI.はじめにに述べたように,「看護がなすべきこと,それは自然が患者に働きかけるに最も良い状態に患者を置くことである」(Nightingale, 1860/1968)につながると考えられる.
しかし,本研究で得た結果は既存の理論から導き出したものではなく,患者および看護師たちが現場で実際にどのように行動しているのかを観察したデータを概念化したものである.Glaser & Strauss(1967/1996)は,「データに基づいた理論は通常,より多くのデータによって完全に論破されたり,別の理論によって取って替わられることはありえない.というのは,それはデータにあまりに緊密に結びついているので,修正や再定式化は不可避であるにもかかわらず,その存続自体は決まっているからである」と述べている.したがって,本研究の結果は既存の研究と同一のものではなく,本研究において独自のものである.
本研究の限界は循環器内科の患者を主とする1病棟においてのデータであり,データの多様性が十分でないことである.しかし,この病棟においては,概念についてデータの飽和が見られたので,概念および概念間の関係を見いだすことができた.他の条件を有する病棟との絶えざる比較を行って,特定の状況(領域)においてより一般性を持つようにしていくことが,今後の課題である.
患者の入院生活に看護が及ぼす影響について,グラウンデッド・セオリー法に準じて,入院治療の場における患者と看護師等のスタッフの間の相互作用,その背景にある病棟・病院のシステムに焦点を当て,参加観察と面接によって得た質的データに根ざして帰納的に分析を行った.その結果,入院治療の場で,患者の入院生活が看護にどのように影響されているかを説明する【安心してここに居られる】という核概念が得られた.核概念は〔入院患者という名の仕事〕,〔看護師の行う仕事〕,〔枠〕,〔関心のおきどころ〕の4つの概念から構成されていた.看護師が〔看護師の行う仕事〕を行う際に,〔関心のおきどころ〕が‘枠の中だけでなく,枠の外側もみようとする’方向にあり,患者が【安心してここに居られる】状況にあるとき,患者は〔入院患者という名の仕事〕が行いやすくなる可能性が示唆された.
本研究に協力していただきました患者の皆様,病院スタッフの皆様に心より感謝申し上げます.グラウンデッド・セオリーについてご助言をいただきました,東洋大学社会福祉学部教授 志村健一先生に厚く御礼を申し上げます.
本研究は,聖隷クリストファー大学大学院看護学研究科に修士論文として提出したものの一部に加筆,修正したもので,第30回日本看護科学学会学術集会にて一部を発表した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YHおよびMKは豊富な意見交換に基づいて,研究の着想,デザイン,分析,論文作成を行った.データ収集はYHが行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.