2016 年 36 巻 p. 27-33
目的:「医療従事者の倫理的感受性」の概念分析を行い,定義を明らかにすることである.
方法:Rodgersの概念分析アプローチ法を用いた.データ収集には5つのデータベースPubMed,CINAHL Plus with Full Text,PsycINFO,医学中央雑誌web版,CiNii Articlesを使用した.検索用語は「ethical sensitivity」,「moral sensitivity」,「倫理的感受性」とし,計47件の論文を分析対象とした.
結果:属性として5カテゴリー【倫理的状況に反応して感情が表れる】,【対象者中心の医療における自己の役割への責任感】【倫理的問題に気づく能力】【倫理的問題を明確にする能力】【倫理的問題に立ち向かう能力】を抽出した.先行要件には2カテゴリー,帰結には3カテゴリーを抽出した.
結論:医療従事者の倫理的感受性は,倫理的問題の解決において意味をもち,問題を抽出するだけでなく立ち向かおうとすることを含む総合的な能力であった.
近年,医療の発達に伴う治療選択の複雑化や,治療を受ける対象者の価値観の多様化などにより倫理的問題を含む状況が増えている.例として意識不明の患者の治療選択,妊婦と胎児の救命の優先順位,災害医療時の限られた医療資源の提供方法,など様々ある.また服部・伊東(2004)は,ごく日常に存在する倫理的問題に目を向け,例えば守秘義務はどこまで患者のことを知る必要があるのかなど,今一度改めて考える必要性を述べている.一人ひとりの患者を中心とした医療を目指して,医療従事者は倫理的問題に取り組む必要がある.
倫理的問題に対処するためには,医療従事者は何が倫理的問題であるかに気づく能力である倫理的感受性を身につけ,高める必要がある.しかし,倫理的感受性は抽象的な概念であり,高めるとはどういうことなのか明確な基準はない.そこで,倫理的感受性の概念を分析し定義を明確にすることによって,その特性を知り,実践者の倫理的感受性を評価するための指標作成や,倫理的教育への示唆が得られると考えた.
「医療従事者の倫理的感受性」の概念分析を行い,定義を明らかにすることである.
Rodgersの概念分析アプローチ法(Rodgers & Knafl, 2000)を用いた.Rodgersの概念の捉え方は,流動的で時間の経過や社会背景など文脈により変化するものであるという哲学的視点を基盤としている.社会背景とともに変化発展する医療との関連が深い本概念の分析に適当といえる.
2. 文献検索方法データベースは,PubMed,CINAHL Plus with Full Text,PsycINFO,医学中央雑誌web版,CiNii Articlesを使用した.キーワードは英文献で「ethical sensitivity」,「moral sensitivity」,和文献は「倫理的感受性」のみとし,検索年は限定なしとした.タイトルと抄録を読み,システマティックレビュー,概念分析,尺度開発以外の該当は英文献77件,和文献81件であった.それぞれ約30%を乱数表を用いて選択し,概念分析論文,尺度開発論文,日本語版尺度開発論文を1件ずつ加え英文献23件,和文献24件,計47件を対象とした.
3. データ分析方法コーディングシートを作成し,概念を構成する属性,概念に先立って生じる先行要件,概念に後続して生じる帰結に関する記述を抽出した.次に内容をコード化し共通性と相違性に基づいてカテゴリー化を行った.さらにカテゴリーの関連性を構造化し概念モデルを作成した.分析の妥当性確保のため博士課程の学生間で意見交換を行い,看護理論の研究者および倫理的問題が起こりやすい生殖看護分野の研究者のスーパーバイズを受けた.
検索した文献のうち最多分野は看護学であり,医学,歯科学,薬学,理学療法学,栄養学,聴覚学を含んでいた.分析対象文献中に「倫理的感受性」を文中で定義したものは3件あった.倫理的問題や状況を感じ取る能力,認識する能力などと表現されていた.
本概念分析によって得られた属性,先行要件,帰結を以下に述べ,概念モデルを図1に示す.以下,カテゴリーを【 】で示す.
「医療従事者の倫理的感受性」の概念モデル
倫理的感受性の属性として5つのカテゴリーを抽出した(表1).
カテゴリ | サブカテゴリ | 内容 | 文献 |
---|---|---|---|
倫理的状況に反応して感情が表れる | 反応として表れたネガティブな感覚 | 主観的な性質 受動的 葛藤を知覚したことの反応で様々な感情を抱く(共感,か弱さ,悲しみ,罪悪感,良心の呵責,恥,失望,怒り)「もやもや感」「なんとなくおかしい」と実感した気持ち ネガティブな感覚を含む 混乱している考え 揺らぎを体験 |
Heggestad et al., 2013; Rushton et al., 2013; Glasberg et al., 2008;Nortvedt, 2003;Lutzen et al., 2006;森ら,2007; 鈴木ら,2003 |
対象者中心の医療における自己の役割への責任感 | 対象者のwell-beingを指向する | 患者との関係性に焦点を当てる 患者へのケアに直接関わる 患者のニーズを理解する能力の基礎 患者のwell-beingに付随する意思に大きく寄与する |
Hanna & Mona, 2014; Gonzalez et al., 2014;Kim et al., 2013;Lutzen et al., 2006;Scott, 1995 |
自己の役割への責任感に基づく | 状況における自己の役割や責任への自分自身の気づき dividing loyalties(誠実な行為の分類・区別) Moral Responsibility(道徳的責任感)=個々の患者の視点から何が道徳的問題なのかを知ること |
Weaver et al., 2008;Lutzen et al., 2006;前田・小西,2012 | |
倫理的問題に気づく能力 | 直観的で繊細な性質 | 直観的理解 他者の感覚に繊細になる 倫理的問題に敏感になること |
Tuvesson et al., 2012; Bailey & Piercy, 1997;森ら,2007 |
倫理的問題に気づく能力 | 倫理的な問題の有無やどのような問題があるのかについて敏感でいられること 何が倫理的問題であるかに気づく能力 患者の傷つきやすさへの気づき 倫理的葛藤に気づく能力 Sense of Moral Burden(道徳的な気づき) |
Hanna & Mona, 2014; Tuvesson et al., 2012; Kelly & Nisker, 2009; Glasberg et al., 2008;Lutzen et al., 2006;前田・小西,2012;諏訪,2010; 森ら,2007;岡垣ら,2007; 石原,2004;鈴木ら,2003 | |
倫理的問題を明確にする能力 | 社会的状況を解釈する能力 | 倫理的状況の十分な理解のために重要 社会的状況の解釈から成り立つ |
Heggestad et al., 2013; Bailey & Piercy, 1997 |
倫理的問題を見出す能力 | 倫理的問題を感情,事実,価値と区別することができる能力 moral perception(倫理の認識) 倫理的問題を認識 ある状況下での倫理的側面を見出す能力 |
Lind & Lepper, 2007; Weaver et al., 2008;Lutzen et al., 2006;Hebert et al., 1992;竹見,2014; 山田ら,2009;森ら,2007; 島守,2004;畠山,2004;南,1999 | |
倫理的問題に立ち向かう能力 | 倫理的な行動を導く内面の力 | 道徳的な行動を導く主要な内面の工程の一つ 知性と思いやりと共に決断する能力 Moral Strength(道徳的に物事に立ち向かう能力) |
Weaver et al., 2008;Lutzen et al., 2006;Bailey & Piercy, 1997;前田・小西,2012 |
具体的な行動の芽生え | 看護師としてなすべきことが見え,具体的な行動を展開する 倫理問題に気づき周囲に伝えることができる |
丹生・横山,2013 |
倫理的状況に遭遇した時に「葛藤を知覚したことの反応で様々な感情を抱く」(Rushton et al., 2013).感情として「もやもや感」,「なんとなくおかしい」(森ら,2007),「悲しみ,罪悪感,良心の呵責,恥,失望,怒り」(Rushton et al., 2013)などの「ネガティブな感覚」(Lutzen et al., 2006;Glasberg et al., 2008)が見られる.また,倫理的感受性は「主観的な性質」とされている(Heggestad et al., 2013).
2) 【対象者中心の医療における自己の役割への責任感】倫理的感受性は「患者の良い状態を目指す意思につながる重要な要因」(Kim et al., 2013)であり,「個々の患者の視点から何が倫理的問題かを知る」(Lutzen et al., 2006)など対象者を中心とする自己の役割への責任感が感受性に反映していた.
3) 【倫理的問題に気づく能力】倫理的問題に「気づく」(Hanna & Mona, 2014;Rushton et al., 2013;Tuvesson et al., 2012;Kelly & Nisker, 2009;Lutzen et al., 2006;Nortvedt, 2003;前田・小西,2012)こととして多くの文献に用いられていた.「敏感」(森ら,2007)さ「繊細」(Bailey & Piercy, 1997)さを持った「直観」(Rushton et al., 2013;Tuvesson et al., 2012)的な能力として表される.
4) 【倫理的問題を明確にする能力】「社会的状況の解釈」(Bailey & Piercy, 1997)によって倫理的問題を見出す能力(Lind & Lepper, 2007;Hebert et al., 1992)である.倫理的な意味を他と「区別」(Lutzen et al., 2006)して理解する思考を意味する.
5) 【倫理的問題に立ち向かう能力】倫理的問題の解決への「道徳的な行動を導く主要な内面の工程」(Bailey & Piercy, 1997)である.医療従事者として「なすべきことが見え,具体的な行動を展開する」(丹生・横山,2013)ための「行為を正当化できる勇気」(Lutzen et al., 2006;前田・小西,2012)や「物事に立ち向かう能力」(Lutzen et al., 2006;前田・小西,2012)が含まれる.
倫理的感受性の特性として上記3)4)5)の3つの能力が見られた.これらが倫理的問題解決の方向で発揮された時,倫理的感受性が高いとされていた.
3. 先行要件倫理的感受性の先行要件として,2つのカテゴリーを抽出した.
1) 【医療における多様な価値観の存在】倫理的感受性は,様々な価値観が交錯する複雑な状況において「文脈に依存」(Lind & Lepper, 2007)して反応する.「対象者自身の価値観,家族の価値観,医療職者の価値観」(森ら,2007)がそれぞれ存在し,医療従事者自身も「個人的価値・文化的価値・専門的価値」(南,1999)を合わせ持っているため,価値の対立において複雑な構造となる.さらに「国の文化」(Begat et al., 2004;森ら,2007)や「組織文化」(Begat et al., 2004;勝原,2005)にも影響を受ける.日本では「個人の意思決定よりも集団の輪を大事にする」(森ら,2007)特徴がみられた.
2) 【倫理的問題に遭遇する体験】倫理的感受性は倫理的問題への遭遇を体験することで反応する.倫理的問題とは「患者と家族の意思の対立,患者の抑制をめぐるジレンマ,新生児や精神障害者の意思決定をめぐる問題」(森ら,2007)など対象者の状況に関連する問題と,「価値や人間関係の意見の相違,施設の規則における葛藤」(Rushton et al., 2013),組織内の複数の指示命令系統による「職業間のコンフリクト」(勝原,2005)など主に医療従事者に起因する問題がある.倫理的問題は「日常の看護実践」(森ら,2007)や「研究の遂行」(Jeffers, 2002)など「患者との対人関係においてどの状況でも」(Heggestad et al., 2013)存在する.
4. 帰結倫理的感受性によって得る帰結には,3つのカテゴリーを抽出した.
1) 【倫理的問題への対応】倫理的感受性の結果として「倫理的意思決定」(Hanna & Mona, 2014;Tighe & Mainwaring, 2013;Kim et al., 2013;Johansson & Norheim, 2011;Glasberg et al., 2008;Weaver et al., 2008;Lind & Lepper, 2007;Lutzen et al., 2006;竹見,2014;丹生・横山,2013)をもたらすことが,多くの文献で記述されていた.その過程には「問題を整理し解決の方向・方法を見出す」(竹之内ら,2010;山田ら,2009)ことが含まれる.そして対象者の権利の保護を促進する(Jeffers, 2002;丹生・横山,2013;畠山,2004;今川,1999),対象者に寄り添い続ける(Weaver et al., 2008;竹之内ら,2010;岡垣ら,2007)など,倫理的な行動という実践力により問題への対応および解決を可能にする.
2) 【専門職としての発達】医療従事者は倫理的問題への対応に取り組んだことから,自分自身の「成長を自覚」(鈴木ら,2003)し,「倫理的局面の区別と正しい理解を習慣化する」「アプローチを良心的に変える」(Weaver et al., 2008),「互いのケアを支援し合う」(鈴木ら,2003)など,次の実践につながる結果を得ていた.
3) 【倫理的問題に対応できない】一方で,倫理的感受性が低いために「倫理的問題に気づかない」(Tighe & Mainwaring, 2013),気づいても「問題を放置する」(島守,2004)ことがある.また,倫理的感受性が高くても「善悪の判断のストレス」(Tuvesson et al., 2012)があることや,「現場で問題を伝え行動することは難し」(丹生・横山,2013)く,スタッフへの「ケア資源が欠乏」(Tuvesson et al., 2012)していると倫理的問題への対応が困難となる.
5. 同義語道徳的感受性:倫理とは人間行動の道徳的局面を理解できるようにする哲学的探究の形であり(Fry & Johnstone, 2010),道徳的感受性と倫理的感受性は置き換え可能(Lutzen et al., 2006)であるとされている.
6. 時代による変化倫理的感受性という概念が文献で多く用いられるようになったのは1990年頃であるが,日本では1999年からである.1940年代より医師や看護師の団体による人権尊重を基盤とした国際的な倫理規定の改革が行われてきた.1973年に米国病院協会が患者の権利章典を提示したことが大きく影響し,倫理的問題の解決を目指した研究が増加した.医療従事者の感性や認識に注目した研究により本概念が発達した.日本では海外の影響を受けて発達してきた.
概念分析の結果より,医療従事者の倫理的感受性は「倫理的状況への遭遇体験に反応して感情が表れる主観的性質を持ち,倫理的問題への気づき,問題の明確な理解,問題に立ち向かおうとすることを総合した能力であり,対象者を中心とする医療者の役割への責任感が反映する」と定義した.
2. モデルケース本概念の理解を深めるために,モデルケースを用いて説明する.
Aさんは37歳の女性で,40歳の夫と共に不妊検査を受けた.結果はAさんは異常なく,夫は精液検査で無精子の状態であった.B医師は来院したAさんに夫婦両者の結果を伝え,今後の治療に向けて夫の受診を促した.診察に立ち会ったC看護師は,夫の検査結果をAさんのみに伝えたことに違和感を覚えた.検査結果は個人情報であり,夫婦でも無断で知らせることはプライバシーの侵害となると考えた.C看護師がB医師に尋ねると夫の了解は得ておらず,検査結果の伝え方に倫理的問題があった.C看護師は,検査結果は本人への告知が原則であること,検査を実施する時点で結果の伝え方を説明し同意を得る必要性についてB医師と話し合った.その後B医師と共に検査結果の取り扱い方について現状を調べ,医療チームで共有するためのプロトコール作成を開始した.
ここでは個人情報である不妊検査の結果が,了解を得ずに本人以外に伝えられており,情報流出によって個人の尊厳が守られていない.C看護師に注目すると,検査結果の伝え方に違和感を覚えており【倫理的状況に反応して感情が表れる】と【倫理的問題に気づく能力】の属性が見られた.B医師への働きかけは【対象者中心の医療における自己の役割への責任感】による【倫理的問題を明確にする能力】や【倫理的問題に立ち向かう能力】が見られており,さらに医療チームにおける倫理的問題解決への取り組みに繋がっている.以上よりC看護師は倫理的問題に気づき,明確にした問題に立ち向かう能力を発揮しており,倫理的感受性が高いと考えられる.
3. 実践への活用医療従事者の倫理的感受性は,倫理的問題を認識する能力として表されることが多かったが,それだけではなく問題に立ち向かう能力が属性に含まれたことは新たな知見であった.倫理的問題の解決において意味をもつ概念であり,問題に気づき解決に向かう時,倫理的感受性が高いと言える.倫理的問題に立ち向かう能力とは,倫理的感受性の後に始まる道徳的推論(Fry & Johnstone, 2010)までに必要な能力にあたり,具体的には問題に関わる詳しい状況把握,チームメンバーへの相談や提案などの行動を起こそうとすることがあげられる.問題に気づくだけでは解決できず,倫理的問題は複雑であり価値を含むため「判断を下すのではなく,何が最良かを考え」「折り合いをつける」(森ら,2007)難しさがある.また「善悪の判断のストレス」(Tuvesson et al., 2012)があること,「職場環境に影響を受け」(Begat et al., 2004),「現場で問題を伝え行動することは難しい」(丹生・横山,2013)など解決は容易ではない.だからこそ問題に取り組むための立ち向かう能力が必要だといえる.変化し続ける医療現場で,他職種が連携しながら,常に対象者を中心とした実践を行うための必須の能力だと考える.
今回得られた概念の属性には,感情の表出,直観的な気づき,問題の理解,問題に立ち向かう力が含まれていた.これらを基に指標を作成することで,倫理的感受性のどの部分を伸ばす必要があるかを評価し,教育プログラム開発に活用することが可能と考える.
4. 本研究の限界と今後の課題医療における倫理は多岐に亘っており,本概念分析の対象文献の範囲で各局面を網羅しているかには限界がある.概念分析結果においては文献を引用し,わかりやすい記述を心がけたが,属性のカテゴリー説明に抽象的な部分があることは否めず,本研究の限界とする.また,同義語について道徳と倫理は厳密には異なる概念であるが,先行文献における概念の活用状況を検討して導いたものであるため,各概念の用いられ方によって今後さらに議論の必要がある.
今後の研究課題は,倫理的問題が起こりやすい医療領域における医療従事者の倫理的感受性の指標を作成し評価および教育に活用すること,個人および組織的な倫理的実践能力向上を目指すことである.
Rodgersの概念分析アプローチ法を用いて「医療従事者の倫理的感受性」の概念分析を行った.その結果,5つの属性,2つの先行要件,3つの帰結を抽出し定義を明らかにした.状況から倫理的問題を抽出するだけではなく問題に立ち向かう能力が属性に含まれた.倫理的問題を認識し解決に向かう時,倫理的感受性が高いと言えた.
謝辞:本稿を作成するにあたりご指導いただきました聖路加国際大学の田代順子教授,森明子教授に深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YAは研究の着想から原稿作成のプロセス全般を遂行した.