日本看護科学会誌
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論壇
看護研究の倫理審査に関する考察:アメリカ合衆国の事例を踏まえて
麻原 きよみ三森 寧子八尋 道子小西 恵美子百瀬 由美子小野 美喜安藤 広子
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2016 年 36 巻 p. 80-84

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Abstract

目的:アメリカ合衆国の看護研究の特徴と研究倫理審査体制に関する情報より,わが国の看護研究の倫理審査体制のあり方を考察する.

方法:アメリカ合衆国の看護研究の特徴に関する文献検討と看護学部のある総合大学の研究者からの研究倫理審査体制に関する情報収集.

結果:①看護研究は,研究と質向上,根拠に基づく実践,プログラム評価に分類.②審査は,審査免除,迅速審査,通常審査の3種類.③通常審査はIRBで審査し,迅速審査は小規模な審査委員会で審査することや,審査の振り分けや研究者が相談できる人材の設置等,整備された研究倫理審査体制.④質向上,根拠に基づく実践,プログラム評価という看護研究の多くは,迅速審査の対象.

考察:看護研究の特徴を踏まえて,看護研究の方法,対象及び内容に応じて審査を分類し行うことの必要性とスムーズな審査のための組織的な審査体制の整備と人材育成の重要性が示唆された.

Ⅰ. はじめに

2013~2014年度(平成25~26年度)の日本看護科学学会看護倫理検討委員会では,第34回学術集会において,交流集会「若手研究者が直面する研究遂行上の悩み―アン・デービス先生と語ろう―」を開催した(麻原ら,2014).74名の参加者があり,7グループ毎の話し合いの中で,27件の研究遂行上の悩みが出された.そのうち,大学教員(研究者)の悩み17件のうちで最も多かったのが,「研究指導を受けることが難しい」「研究について相談できる仕組みがない」など研究を行う体制に関するもので7件であった.一方,臨床の看護師の悩み10件のうち,最も多かったのは,「ケーススタディにおいて,対象者への同意の取り方やタイミングがわからない」など,ケーススタディを行う際の倫理的配慮に関する悩みがほとんどであり(9件),残りの1件は,「病院の研究倫理審査では看護研究が研究として理解されない」であった.

2011~2012年度(平成23~24年度)の看護倫理検討委員会が実施した調査(石井ら,2014)によると,調査に回答した看護系大学89校(回収率44.5%)のうち87校(97.8%)が研究倫理審査委員会(以下,IRB:Institutional Review Board)を設置していた.また近年では,看護研究を対象として,病院看護部に研究倫理審査委員会が設置されるようになっており(高田ら,2010),わが国独自の発展を遂げているとされる(小西・坂本,2014).このように,看護研究の倫理審査体制は整備されてきたが,今回の交流集会の意見から,看護研究に特徴的な研究遂行上の悩みがあることが明らかとなり,それに対する特別な審査基準や審査体制が必要ではないかと考えられた.

そこで,2013~2014年度の看護倫理検討委員会では,研究倫理審査の先進国であるアメリカ合衆国の文献検討から,看護研究の特徴を明らかにすると共に,看護学部を有する総合大学の研究倫理審査体制に関する情報を踏まえ,今後のわが国における看護研究の倫理審査体制のあり方について考察することとした.

Ⅱ. 情報収集方法

アメリカ合衆国における看護研究の特徴について文献検討を行った.また,調査期間に来日中の看護学部をもつ2つの総合大学(コロラド大学,イリノイ大学)の研究者から,研究倫理審査体制に関する情報を得た.

Ⅲ. 看護研究の特徴

コロラド大学研究者から,アメリカ合衆国における看護研究の特徴についての情報を得ていたことから,アメリカ合衆国の文献を検討した結果,看護研究はResearch(研究),Quality Improvement(QI,質向上),Evidence-Based Practice(EBP,根拠に基づく実践),およびProgram Evaluation(プログラム評価)に大別された(Goldstein, 1980Houser, 2008Lynn et al., 2007Newhouse et al., 2006Newhouse, 2007Polit & Beck, 2008U.S. Department of Health & Human Services, 1998).それぞれの定義を表1に,相違を表2に示す.看護は実践の科学である.そのため,「一般化」をめざした「系統的」なresearch(研究)以外に,看護ケアの質向上,臨床現場の問題解決の方法の開発,および業務改善等を目的とする3つがあることが看護研究の特徴として示された.

表1 アメリカ合衆国の文献における看護研究の種類と定義
Research(研究) 「一般化可能な知識の創出・発展,あるいはそれに寄与するようにデザインされた,開発,検証,評価を含む系統的な探究をいう」(U.S. Department of Health & Human Services, 2009) 看護における研究の定義:「問題の解決や疑問への回答を得るために,または仮説の検証のために,注意深い観察,測定,体系的なデータ分析などの順序だった手法を用いて,妥当性のある結論を導きだす体系的な探究」(Polit & Beck, 2008
Quality Improvement;QI
(質向上)
1~2つの病棟,あるいは1つの病院のケア提供に迅速な改善をもたらすようにデザインされた,データを用いた体系的な活動(Lynn et al., 2007).
Program Evaluation
(プログラム評価)
活動(activity)の選択,採用,価値付け,修正に関わる効果的な決定を行うのに必要な,記述され,判断された情報の系統的収集(Goldstein, 1980).
Evidence-Based Practice
(根拠に基づく実践)
最良の科学的根拠を臨床的経験に統合し,患者の価値観や嗜好を組み込んで行われる専門職としての実践(Houser, 2008).
表2 アメリカ合衆国の文献における研究と医療の質向上,プログラム評価,根拠に基づく実践の相違(Newhouse et al., 2006Newhouse, 2007
研究(Research) 医療の質改善,プログラム評価,根拠に基づく実践
誰の利益になるのか? 臨床医,科学者,社会
患者や対象者(随時)
患者,対象者,スタッフ,医療提供者,管理者
測定用具は何か? 複雑な測定,信頼性と妥当性など 限定された範囲
使用と管理が容易
時間 より多くの時間が必要 速いサイクル
剰余変数 制御または測定
厳密なプロトコールの管理
変数の存在を認めるが,通常は測定しない
サンプルサイズ 適切な検出力の推測に基づく,あるいは,データの飽和によって決まる 小さい.しかし,変化を検出するために十分な大きさを対象とする
データ収集 複雑で厳密にコントロールされた計画 より少ない時間と資源と費用
結果の一般化 研究結果が,研究の対象集団より大きな集団に,一般化(適用)されることが意図されている 研究結果は,多くの場合,研究の対象者または患者に適用され,より大きな集団への一般化をしない場合もある

一方,わが国ではどのように看護研究の特徴が示されているかを明らかにするために,文献検索データベース医学中央雑誌を用いて,「看護研究」と「種類」,および「看護研究」と「倫理審査」のキーワーズで2005~2015の10年間検索を行った.その結果,ほとんどの文献は,看護研究について特定の看護領域の研究内容の特徴,および調査研究や質的研究など研究手法の特徴を示したものであり,わが国においては,看護研究について系統だってその特徴を示した文献はみられなかった.

Ⅳ. 倫理審査体制

1. ヒトを対象とする研究に関する米国の規則

アメリカ合衆国における倫理審査は,連邦規則集(CFR;Code of Federal Regulations,丸山,2002),いわゆる共通規則(Common Rule)に基づいて行われている.CFR第45編第46部に,米国厚生省による,対象となるヒトの保護のための指針があり,ヒトを対象とする研究を行う上でのIRBのあり方,審査のあり方,インフォームド・コンセントに関わることなどが明記されている.以下に,CFRにおける研究の定義,審査の種類について概要を示す.

1) 研究とは

「研究(Research)」とは,一般化可能な知識の創出・発展,あるいはそれに寄与するようにデザインされた,開発,検証,評価を含む系統的な探究をいう(46.102条).

2) 審査の種類

CFR指針は,ヒトを対象とする研究(Study)のすべてに適用され,本指針の要件に従って運営される施設内審査委員会(IRB)により,審査および承認されなければならない,とされている.審査の種類には,審査免除(Exempt review),迅速審査(Expedited review),通常審査(Full board review)がある.

2. 看護学部がある米国の2つの総合大学の研究倫理審査体制

1) コロラド大学(University of Colorado)

コロラド大学では,「ヒトを対象とする研究」を実施しようとする場合は,実施に先立ちColorado Multiple Institutional Review Board(コロラド多施設倫理審査委員会,以下COMIRB)に研究計画書とともに実施許可申請を行い,承認を得る必要がある.また,近年ではヒトを対象とする研究でない場合でも,個人情報を含むものがあるなどの理由で多くの学術誌がIRB承認を求める傾向にあり,審査非該当の証明を得るために研究者は審査申請を行う場合もある.このように審査件数が急増する一方,人に対する侵襲の度合いが軽微なものやほとんど伴わない研究も多いため,審査の種類を「審査免除」「迅速審査」「通常審査」の3つに区分し,審査の効率化を図っている.

看護研究の特徴から,約70%は質向上(Quality Improvement),根拠に基づく実践(Evidence-Based Practice),およびプログラム評価(Program Evaluation)に該当するため,迅速審査の対象となることが多い.その審査は,通常1~2人の審査委員が申請書を読み,「承認」,「審査免除」,あるいは「ヒトを対象とする研究ではない」等と判定し,委員会形式では行わない.この1~2人の審査業務の負担が非常に重いが,IRB審査の殆どをこの形で審査することで,通常審査対象の研究件数を絞り,審査の負担軽減と効率化を図っている.詳細はWebサイト(University of Colorado)に示されており,学外者でも閲覧可能である.

2) イリノイ大学(The University of Illinois at Chicago)

イリノイ大学施設内審査委員会(The University of Illinois at Chicago, Institutional Review Boards: The UIC IRBs)は,大学の全職員が行うすべての研究について,研究対象者のリスクを最小限に抑え研究の利益を最大に伸ばすよう審査/モニターする目的で設置されている.IRBには3つの委員会(分科会)がある.すなわち,①基礎科学(ヒト以外の研究),②ヒトを被験者とする臨床・薬物研究を含む研究,③ヒトを対象とする非薬物性の研究を領域とする各委員会である.

大規模校であり研究数も多いことから,各学部に preliminary IRB review committee(college IRB)を置き,その上にmain IRBを設置する組織体制をとる.そのため研究者はIRBの審査を受ける際に,まずcollege IRBで学部内審査(pre-review)を受け,main IRBへ提出する.これによって研究計画書が洗練されるため,月に1回のmain IRBの審査を助け,時間を有効に使用できるシステムとなっている.Webでのオンライン申請となっており,その詳細な流れが閲覧できる(University of Illinois at Chicago).

IRBの審査メンバーは,通常実施される研究活動を完全かつ適切に審査ができるよう,多分野のメンバーで構成されている.看護研究の場合は,医療分野の専門家のみならず,法律家や施設外メンバーを含む.また,メンバー自身が共同研究者である場合など,メンバーは審査の席に入らないことで,利害関係は除かれる.

すべての研究はIRBの審査と承認を受ける必要がある.審査の種類は「審査免除」「迅速審査」「通常審査」である.研究者は,IRBにオンラインで審査申請をする.看護研究のヒトに直接関与しない基礎的な研究(例えば動物の研究,血液サンプルの研究,廃棄された体組織に関する研究など)も,実際に危険化学物質を扱う人々を守るために,IRBの承認なしでは研究は行えない.審査対象外の研究もIRBに研究計画書を提出する.論文を出版する際には,IRBの承認を受けていることを明記しなければ公表はできない.そのため審査対象外の研究もIRBに研究計画を申請し,審査対象外であることの承認を得る必要がある.

Ⅴ. 考察

アメリカ合衆国の文献検討から,看護研究は,一般化をめざす「研究」のほかに,「質向上」,「根拠に基づく実践」,「プログラム評価」の4つに分類された.これらは,臨床現場の問題解決および業務改善等を目的とする看護研究の特徴を示している.米国の両大学は,CFRに基づいて,すべての研究を一律に審査しているわけではなく,研究対象者が負うと予測されるリスクの程度によって,審査免除,迅速審査,通常審査の3つに分けて審査している.コロラド大学では,IRBに申請される看護研究は,質向上,根拠に基づく実践,プログラム評価に関する研究が多く,看護研究の約70%がそのいずれかに該当し,迅速審査の対象となることが多いという.日本では,すべての看護研究を通常審査している機関も存在する.コロラド大学でも,以前は,研究はすべてFull board review(通常審査)で,IRBは「怖い」委員会であったが,今は研究者に親切な(user friendly)委員会になっているとのことである.これら米国の2つの大学の基準に照らすと,日本で実施される看護研究を概観する限り,通常審査の対象研究数は減少することが予測され,このように審査を分類することでタイムリーな看護研究の遂行が促進されるメリットがあると考えられる.看護研究は治験等といった医学系研究とは異なった特徴をもち,またそこに価値があることに自信をもって,看護学の発展,向上をめざすべきであり,研究(Research)の倫理審査基準を一律に適用して審査する必要はないと考えられる.研究の方法,対象,内容に応じた審査のあり方が求められる.

一方で,通常審査はIRBで審査し,迅速審査は小規模な審査委員会で審査するなど,審査体制を整備することで,迅速かつ効率的な審査をすることができるだろう.また,これら研究に対する審査の種類を適切に振り分ける人材やその育成,どの種類の審査になるかを研究者が事前に相談できる研究に習熟した人材の育成と機関の設置など,組織的な対応も必要となろう.

日本看護協会が「看護研究における倫理指針」を策定して約10年が経過した.今までは,IRBを設置することに焦点があてられてきた.今後は,看護研究の特徴を踏まえた審査基準および体制を整備し,人々のためによりよく研究をすすめるという倫理審査の本来の目的に立ちかえり,審査の質を向上するための努力が必要な時期であると言えるだろう.

謝辞:ご協力いただいた,コロラド大学看護学部名誉教授のDr. Joan Kathy Magilvyはじめコロラド大学看護学部Dr. Kathy Oman,Dr. Paul Cook,Dr. Nancy Loweとコロラド大学多施設倫理審査委員会Dr.Alison Lakin,および,イリノイ大学看護学部教授のDr. Alicia K Matthewsに深く感謝申し上げます.

なお,本報告は平成25,26年度日本看護科学学会看護倫理検討委員会の活動として行った.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KAは,考察及び計画,データの取得,分析,解釈,論文執筆の全体において責任を持ち,全プロセスに関わり,かつ承認をした.YM,MY,EK,YM,MO,HAは,考察及び計画,データの取得,分析,解釈について大いに貢献し,論文執筆の草案作成,修正を行った.

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