日本看護科学会誌
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原著
老年期うつ病者のレジリエンス
―病いと回復のストーリーから
田中 浩二長谷川 雅美
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2016 年 36 巻 p. 93-102

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Abstract

目的:老年期うつ病者のレジリエンスについて,当事者が経験した病いと回復のストーリーの中から解釈することである.

方法:うつ病と診断され,精神科治療を受けている高齢者5名を対象に,参加観察および非構造的面接を行い,Riessmanのナラティヴ研究法に基づいて分析した.

結果:研究参加者の病いと回復のストーリーを解釈した結果,老年期うつ病者のレジリエンスとして「人生で獲得してきた能力や日常性がよみがえることで生まれる力」「家族からの何気ない気遣いの中で家族との絆を感じる力」「慣れ親しんだ地域との一体感を再確認する力」「罪悪感と折り合い自らの人生を肯定的に統合する力」「孤独の価値を見出す力」「いのちのつながりの中で次世代のいのちを慈しみ希望をたくす力」の6つのテーマが導き出された.

結論:本研究で導き出された6つのレジリエンスには,いずれも長年のその人の人生や生活世界が密接に関連していることが考えられた.看護師は老いや死に対する価値観や人間観をもつ中で,老年期うつ病者とともに在ることや対話することを通して,そこに存在するその人の人生に裏打ちされた力に着目することが重要であろう.

Ⅰ. 緒言

老年期は,他の年代と比較し状況要因によって抑うつ的な心理状態になりやすい.気分障害患者に占める高齢者の割合も,全体の約35%(2014年患者調査)と高率である.従って,老年期うつ病の予防や回復支援は喫緊の課題である.

そこで,研究者らは老年期うつ病者の体験(田中・長谷川,2012)や生活世界との関連における回復のあり様(田中・長谷川,2014)を報告し,彼らの苦悩に添ったケアや回復を支援するための手がかりを提示した.これらの研究によって,老年期うつ病者は老いやうつ病による苦悩から生きる力が喪失しやすいこと,また回復のあり様としては,「なじみの人間関係や日常生活に帰還」し,「死の衝動からの解放と天寿全うへの託し」という帰結に至ることなどが明らかにされた.

以上のように,これまでの研究では老年期うつ病者の病いの体験や回復のあり様に焦点を当てて記述してきたが,一方ではそこに作用している回復過程を促進した力には着目できていなかった.近年精神医学や看護学の分野では,回復過程を促進する患者自身の自我の力,すなわちレジリエンスが注目され,治療ではレジリエンスを活かすことが重視されるようになってきた.レジリエンスとは,どの世代の人もがもつ心理的抵抗力や回復力のことであり,個人の性格などの固定化された特性ではなく,周囲からの働きかけや適切な支援など環境との相互作用によって変動する動的な個人特性である(石井,2009).レジリエンスは,精神疾患や心的外傷からの回復にも重要な力である(田,2009).ゆえに,老年期うつ病者の治療においてもレジリエンスを活かすことは重要であるが,彼らのもつ回復過程を促進する自我の力に焦点を当て,そのレジリエンスを明らかにした研究はない.レジリエンスを扱う研究では,高齢者やうつ病者を対象としているものが少なく,老年期は身体的にも心理社会的にも様々な危機を抱える時期であり,危機や抑うつに直面しながら生きることを支えるためにも老年期うつ病者のレジリエンスに着目することは重要であるといえる.

以上より,本研究では老年期うつ病者のレジリエンスについて,当事者が経験した病いと回復のストーリーから解釈することを目的とする.老年期うつ病者のレジリエンスが明らかになることで,彼らのレジリエンスを活性化するための看護のあり方が開示され,治療的な看護実践の考案に寄与できると考える.

Ⅱ. 用語の定義

レジリエンスは,多様な発達段階にある個人が逆境に直面した時に内的・外的保護要因との相互作用の中で適応的な結果を導く動的な過程であり,個人のもつ弾力性や抵抗力,現実を再構成する力などの自我の力やさらには回復の結果までを包含する広い概念である(Lawrence & Richard, 2006/2014).そこで本研究では,レジリエンスを「老年期うつ病者が発病のきっかけとなったネガティブライフイベントや発病によって出現した心身の症状を逆境として体験しながらも,自己の生き方や他者あるいは環境との相互作用によって逆境を乗り越え新たな適応に至る過程であり,その過程を促進する自我の力」と定義した.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究では,Riessman(2008/2014)のナラティヴ研究法を用いた.ナラティヴ研究法は,観察,持続的な関係,継続的な対話の中で語られた参加者のストーリーを解釈するための方法である.レジリエンスは,逆境への直面,回復過程,帰結に至るストーリーとしての構造があることやストーリーは語り手と聞き手の相互作用の中で現れ意味づけられることから,ナラティヴ研究法を用いることによって,レジリエンスを解釈することができると考えた.

2. 研究参加者

65歳以上でうつ病と診断され,精神科病棟に入院し治療を受けている高齢者5名とした.なお,治療によって急性期症状が軽減し,コミュニケーションが取れる状態であり,主治医から研究参加への許可が得られた患者とした.

3. データ収集方法

データ収集期間は,2014年6月~2015年6月であった.研究参加可能な患者を主治医に選定してもらい,入院期間中毎週1回の参加観察を行った.参加観察では,ベッドサイドでコミュニケーションをとったり,作業療法で一緒に創作活動を行ったりしながら,症状と回復の状況やライフヒストリーを把握した.そして,退院前に1~3回,退院後6か月の時点で1回の非構造的面接を行った.面接では,病いと回復のストーリーを中心に,病気との折り合い方や日常生活で気をつけていること,生き方や信条などを自由に語ってもらった.研究者は,支持的に傾聴する中で解釈した意味を研究参加者に返したり,適宜状況に根ざした質問を挿入したりしながらnarrative interviewを展開した.1回の面接時間は60分~90分程度であった.面接内容は許可を得て録音した.

4. データ分析方法

本研究ではRiessman(2008/2014)のナラティヴ研究法に基づき,テーマ分析,構造分析,対話分析の要素を活用し以下の手順で分析を行った.まず逐語録を精読し,個々の事例の全体的な意味を理解した.そして本研究におけるレジリエンスの定義に基づき,逆境,回復過程,帰結からなる語りの構造を捉え,各部分同士の関係や全体との関係を理解し,解釈のためのストーリーを見出した.語りの構造やシークエンスおよび語り手と聞き手の相互作用に着目し,参加者のストーリーがなぜそのように語られるのか,またその現象にはどのようなレジリエンスがあるのかについて解釈し,そこに含まれるテーマ的な意味を抽出した.そして個人にとっての意味の多様性を保ちつつ,事例間のテーマ的な類似性を見出した.さらに,病いと回復のストーリーから解釈されたテーマが老年期うつ病者のレジリエンスであることについて,老年期というライフステージやうつ病の精神病理を踏まえて時間性・関係性の側面から検討するために,人間存在に関する理論や知見(Heidegger, 1927/2003;木村,2006竹中,2010鷲田,2015Lifton, 1976/1989)をもとに解釈した.またRiessman(2008/2014)は,ナラティヴ研究では研究者と研究される人の間主観性と相互反映性が重要であることを述べており,解釈において研究者はデータとの相互作用を重視した.このように文脈に埋め込まれた意味を多方面から解釈することや質的研究の専門家からスーパーバイズを受けることで結果の真実性を確保した.

5. 倫理的配慮

金沢医科大学研究倫理審査委員会で研究の承諾を得た(No. 207).研究参加者には,研究目的,方法,プライバシーの保護,研究参加および途中中断の自由,研究に伴うリスクに対する措置などについて文書と口頭で説明し同意を得た.面接時は,研究参加者の感情の変化や疲労,ストレス,身体的状況にも慎重に配慮した.また,面接中参加者の心身の状態に変化が生じた場合には,直ちに面接を中止し,適切な対処ができるよう,主治医・看護師と連携を密にとった.

Ⅳ. 結果

研究参加者は,5名(男性2名,女性3名)の老年期うつ病者であった.年齢は,60歳代後半から80歳代前半であった.研究参加者の病いと回復のストーリーを解釈した結果,老年期うつ病者のレジリエンスとして6つのテーマが導き出された.以下,テーマごとに具体的なストーリーと解釈を提示する.なお,ナラティヴデータ中の「イ:」はインタビュアーである研究者を指す.

テーマ1.人生で獲得してきた能力や日常性がよみがえることで生まれる力

老年期うつ病者は,発病によって,普段何気なくしていたことやこれまで何十年も続けてきたこと,好きだったことなどができなくなっていた.うつ症状が強くなり,生活の中でのこのような日常性が脅かされることによって,「真っ暗闇の中にいるみたい」「人間でなくなったみたい」という体験をしていた.

Aさんは70歳代後半の女性であり,自宅で書道教室を開き,数十年来地域の子どもたちに字を教えてきた.字を書くことは,Aさんがこれまでの人生で培ってきた最も得意とする能力であり,日常生活の中でも何気なくしていた馴染深いことであった.しかし,発病によってそうした日常性が脅かされていた.

A:入院した時は,看護師さんにボールペン借りて「看護師さんありがとう」って書こうとしたけど,字が曲がって書けなかった.それが字が書けるようになってから「わっ,書けた」と思って元気が戻ってきて.

イ:字はずっと書かれてたから,もう1度書けるようになったっていうのは

A:すごい嬉しかった.うん.嬉しかった.習字の字書けた時に,元気出てきたんやと思う.40年ぐらいずっとしてきたからね.36歳の時から……

回復とともに人生で獲得してきた書字の能力がよみがえってきたことが,さらに回復過程を促進する力となっていた.

Bさんは,60歳代後半の女性であり,自宅で花や野菜を育てることが楽しみであったが,うつ病を発症してから花を見たいと思わなくなっていた.

B:私コーヒーが大好きで,コーヒーを入れて花に挨拶をしていく,その「おはよう」って花に言って,その時が私の一番の至福の時.それができなくなったんです.今年は花のきれいな時期に,花も見れずにこれからどうなるんだろうって思っていましたけど,入院して2か月たって外泊した時には,私がいない間に花たちがしっかりきれいに咲いていて,「あらー,あなたたち私がいない間にきれいに咲いてくれたね」って語りかけてきました.

Aさんは再び字が書けるようになった時,「わっ,書けた」と生き生きとした喜びを感じることができ,「元気がもどってきた」.またBさんは,再び花が見られるようになった時,生き生きとした声が湧き上がり,花に語りかけることができ,「至福の時」を取り戻した.これらの体験からは,長い人生で獲得してきた能力や慣れ親しんできた日常性が取り戻されることによって,心身の内から生き生きとした生命性が湧きあがっていることが解釈できた.日常性は,現存在がおのれを保持している存在様式であり,現存在という人間存在のあり方を規定している(Heidegger, 1927/2003)と言われているように,人生で獲得してきた能力や慣れ親しんだ日常性が取り戻されることは,自己を保持するための基盤や生命性が取り戻される体験であり,老年期うつ病者のレジリエンスとなっていると解釈できた.

テーマ2.家族からの何気ない気遣いの中で家族との絆を感じる力

老年期うつ病者は,うつ病の発症と関連して家族に対する罪悪感を強くもっていた.罪悪感によって,自分は家族にとって迷惑な存在であると感じたりとるに足りない存在であると感じたりしていた.

Bさんは,うつ病を発症し「自分には家族に対して取り返しのつかない罪がある」という罪業妄想をもっていた.そして,食事,睡眠や身動きがとれなくなった時の家族の反応を聞き,さらに罪悪感が強くなっていた.

B:介護が始まったことを娘が息子に知らせたら,息子がびっくりして「えっ早くない?」って言ってるのを聞いて,「あー,私もう介護で子どもに迷惑かけることになったんや,申し訳ない,あの世に行きたい」と思うようになって.

このような罪悪感は希死念慮につながっていたが,一方では入院時に家族の優しさに触れたことで家族への思いが深まり,治療への方向づけができていた.

B:最初喋ることさえやっとで,息子が手握ってくれて,先生と話してる息子の目から涙が出て,それ見たら,なんで子どもを泣かすような親になってしまったのかなって.診察の後「お母さん頑張ったね」って言ってくれて,そんな優しくされたら,やっぱり優しい子だったんだと思うと同時に,こんなに子どもを苦しましてなんということやと思いながら,ここへ入って(入院して),,.

そして,2か月間の入院治療を受けてうつ症状が改善した時,病気になったことを振り返って家族の絆が再認識できたことを語った.

B:最初病気になった時には,「子どもに悪い親だったな」とか「こんな親に生まれて息子にも娘にも申し訳ない」って思ってましたけど,主人も息子も娘も支えてくれて,改めて家族の絆に支えられてるんだなと思いました.家族に感謝です.普段普通に生活してたら,息子ともそんなに話さないし,あまり感じたことはなかったですけど,病気したおかげで,それが話す機会にもなって.娘が「何も言わずにお母さんのこと一番わかってるのはお兄ちゃん(息子)やよ」って言ってくれて.母と子のつながりをしっかり感じさせてもらって.

さらに退院後も,家族との絆がレジリエンスとなっていることを語った.

B:お父さん(夫)と出かけることが増えて,こんなことなかったのになと思いながら.入院前は1年間別々に寝てたんですけど,退院してからまた同じ部屋で寝てくれるようになったんです.ああ,気にかけてくれとるんやって.

高齢者にとって家族との絆は,Bさんが「普段普通に生活していたら…あまり感じたことがなかった」と語るように自明のこととなっていた.このように日常的には明瞭に意識化されていなかったが,「病気したおかげで…母と子のつながりをしっかり感じさせてもらって」と語るように,老年期うつ病を発病し家族への罪悪感を強く体験したことで,何気なく気遣ってくれる家族の存在が大きな意味をもって意識化された.そして,家族との絆が明瞭に意識化されることで回復が促進されたことが読み取れた.また家族との絆の再確認には,病気を体験したことのみならず,対人的情緒的同調性を重んじるうつ病者の病前性格(木村,2006),すなわちBさんの語りにみるような当事者が元々もっている人からの気遣いや人との絆を貴重なものとして感じとる精神性も影響していると解釈できた.このように老年期うつ病者にとって,家族からの何気ない気遣いの中で家族との絆を感じる力はレジリエンスとなっていると解釈できた.

テーマ3.慣れ親しんだ地域との一体感を再確認する力

老年期うつ病者は,生活環境の変化や喪失を伴うライフイベントなどが発病のきっかけとなっていた.こうした生活環境の変化や発病は,馴染みの生活から離隔された体験となっていた.

Eさんは,80歳代前半の女性であり,同居する長男が家をリフォームしたことや夫の病気がきっかけでうつ病を発病した.Eさんは「本当は夫と2人で小さな家で暮らしたい」というように,慣れ親しんだ人や環境の中で心からくつろげる生活がしたいと思っていたが,リフォームによって環境が変わったことや近い将来には施設入所となるであろうことが気がかりとなっていた.そのようなEさんにとって,畑は気軽に集える場であり馴染みの場であった.Eさんは,慣れ親しんだ地域の人とのつながりに支えられていることを語った.

E:みんな近所の人も,ばあちゃんら畑に集まってたんやけど,そのばあちゃんら死んで,今は定年になった兄ちゃんが多くなって.ほんやけど,「長いこと顔見んかったけど,どうしとったんや?」って,「治ったか?」って言うてくれる.畑に出て定年になった若い兄ちゃんらと喋ったりすると気分いいし.

またDさんは,親しく付き合い始めたのはこの10年程度だが,偶然出身校が同じだったということから,青年期以来生まれ育った地域を通してつながっているように感じる友人がいることを語った.Dさんは,自分が愛する地域との一体感を感じることができるような人との絆が回復を促進していることを語った.このように,老年期うつ病者にとって,長年生活してきた地域との一体感やつながりの再確認は,レジリエンスになっていると解釈できた.

テーマ4.罪悪感と折り合い自らの人生を肯定的に統合する力

老年期うつ病者は,過去や現在の人間関係の中で様々な罪悪感を体験していた.特に,後悔を伴う体験や外傷的な体験は,遠い過去のものや客観的には些細なものであっても罪悪感をもたらしていた.

Cさんは,60歳代後半の男性であり,心身の機能低下によって次第と仕事の段取りができなくなったため半年前に退職したが,仕事を辞めると決めた時から遠い過去にさかのぼっての罪悪感に支配されるようになった.

C:仕事を辞めると言った時から,暇になってくると過去のことが思い出されてね.若い時ガキ大将で人を悪い道に引っ張って,友達がたくさん高校退学したんです.もし俺と遊ばなければ,別の道があったんじゃないかって.俺だけが高校出たっていうか,で罪の意識がありました.それに悩まされたのがうつの原因です.自分を責めて責めて,俺なんか世の中に必要ないんじゃないかって思いました.悪いことを忘れよう忘れようとしてもね,忘れられないですね.

過去の罪悪感を伴う記憶は,Cさんの精神状態を圧迫していた.それらは,Cさんにとって忘れたくても忘れられない記憶であった.そこでCさんは,あえて忘れようとせず,自らが大切にしてきた生き方や価値との統合をはかった.Cさんは,人情や仕事に重要な価値を置いており,ネガティブな記憶の中にも自らの行動の準拠枠としていた現象が含まれていることを再確認したことで,人生の一コマとして統合できるようになったと考えられた.これには,長年管理職として仕事をしたり,様々な人間関係を構築してきた中で「人を許す」ことを重要な価値としてきたCさん自身の生き方が反映されていると思われた.

C:まず人を許さないかん.どの時代でも一緒やけど,暴力で人を征服するわけじゃないからね.ガキ大将は暴力では絶対人は動いてくれんからね.だから仕事でも,所長をしてましたけど,許すという気持ちがあればそんなにいさかいはおきんと思うんです.まあ私の生き方はそういう生き方でした.要するに,格好いい言い方したかもしれませんけど,過去の行いに対して悩んだということで(老年期うつ病を発病し),それと(他の発病要因として)仕事がなくなった時に趣味がなかった.仕事が趣味だったから.だから夢はいっぱいありました.だけどその人に与えられたポジションっていうのは神様うまいことつくっとるってことはこの年になったらよくわかります.この道は自分に与えられた生きるポジションやったと思うね.そういうあったことが,年いったけど人間をひとまわり大きくしたんじゃないかって.

高齢者は,身体・精神・社会面での様々な喪失や未来の残された時間の縮小などによって,相対的に過去の記憶が肥大化したり遠い過去が身近に体験されたりする.また,うつ病者の時間感覚は過去志向(木村,2006)であり,彼らは過去の行動を悔やんだり人や社会との関係における役割同一性で悩む傾向にある.ゆえに老年期うつ病者は,過去の罪悪感や自己の無価値感に支配されやすい.一方で,老いはいのちの成熟である(鷲田,2015)と言われているように,老年期うつ病者には老いや抑うつを体験したことによる洞察の深さや総合的な判断力もあると考えられる.Cさんは,自らの人生や人としての生き方を鳥瞰する中で,うつ病体験を「格好いい言い方したかもしれませんけど」と語ったり,生きてきた道を「与えられたポジション」として意味づけたりしており,罪悪感に支配されていたナラティヴを肯定的なナラティヴに更新することができていると解釈できた.これは,老いや抑うつに直面する中で生みだされた成熟の力であり,このように罪悪感と折り合い,人生を肯定的に統合する力は老年期うつ病者にとってレジリエンスになっていると解釈できた.

テーマ5.孤独の価値を見出す力

老年期うつ病者は,老いによる心身の機能の衰弱や家庭・社会での役割の喪失,人間関係の喪失,死の意識化などによって孤独を体験していた.これらは発病のきっかけとなり,発病によってさらに孤独や疎外感は増強していた.

Dさんは,60歳代後半の男性で,製作の仕事に従事してきた.退職後はスポーツクラブに所属していたが,体力の低下や健康障害,死の強い意識化などを通して老年期うつ病を発病した.Dさんは,様々な喪失によって発病したときの体験を「自分の大事なものが全部はぎとられていって自分が自分でないような感じ」と語った.Dさんは,30歳代と40歳代の時にも一時的にうつ病の治療歴があるが,その時と現在の体験では病気の質が全く違うことを語った.

D:現役時代に発病した時は,回復して家族や社会生活に戻ろうという強い責任感と信念があったけど,今は責任感というよりも自分自身の死生観だね.もう生きる死ぬの世界に入ってる.社会的責任とは違う.自分自身に返ってくる.

イ:仕事をされていた頃は,(向き合う)対象が社会に対する責任であったのが,今仕事から退かれて自分に向かうようになっている.

D:そういうことです.その移り変わりですね.それは,この年にならないと分からない.この年になってこの病いしてね,自分一人,いい意味での孤独っていう捉え方はせざる得なくなってくる.やっぱり,孤独の中に自分をどう置くか,孤独の自覚が価値観を帯びてきたっていうことですよね.

イ:一般的には孤独というと少しネガティブなイメージだけど,孤独のプラスというか,人として存在する上での向き合わなければならないものとして.

D:そうです,なるね.そこになるとどうしていくかっていうと,宗教と哲学の世界に結びつくわけですよ.〈中略〉そしてね,だんだんと物質の欲求って薄れてくるわ.今ね,1億円とかって与えられても一緒やわ.たぶん.明日から遊んでどうっていう気はないね.そんなもんじゃないと思うね.それからね.だんだん死に対する恐怖がなくなってくる.このままでいればいいんだって.

イ:自己意識が取り払われて,孤独でありながら,なんか世界とか……

D:孤独ゆえにそういう風になっていくんでしょう.逆に.逆説だけど.

Dさんは,哲学や宗教と対話することで,孤独の価値や世界との一体感を体験できていることを語った.それによって,物質への欲求が次第と薄れていき,死の恐怖や孤独が緩和し「病気の苦しさにもがきながらやっとかすかな光にたどり着いた感じ」と語るようなあり様で回復過程が促進されていた.老年期の課題の一つは,孤独に耐える力を身につけることであり,孤独は否定的な意味だけでなく深い思索をもたらす(竹中,2010).孤独の価値には,生老病死という宿命を抱えた生身の人間存在が,死生観を深める中で次第と自己へのとらわれを少なくしていき,世界との融合を体験するという現象が含まれていると解釈できた.孤独の価値を見出す力は,Dさんが語るように若年時のうつ病の時とは異なった体験であり,老年期うつ病者のレジリエンスであると解釈できた.

テーマ6.いのちのつながりの中で次世代のいのちを慈しみ希望をたくす力

老年期うつ病者は,様々な喪失体験やライフイベントに直面し,孤立無援状態の中で自殺念慮をもったり強い罪悪感を抱いたりしていたが,世代を超えたいのちのつながりを体験する中で,回復過程が促進され,生きる力が育まれていた.世代を超えたつながりのありようは,子どもや孫とのつながりのような直接的な関係性に限らず,生物学的な関係性を超えた世界観における次世代のいのちへの慈しみや亡くなった先祖への畏敬など象徴的なものもみられた.

Aさんは,卒業のシーズンには小学校の子どもたちのために,十年来卒業証書の名前を書く仕事を続けてきた.しかし,夫の病気(脳卒中)やうつ病の発病によって,罪悪感が強く長年続けてきた仕事に対して否定的になっていた.

A:主人も私なんかと出会わなければこんな病気になることもなかったのに.卒業式のシーズンなんか,卒業証書の名前を書く仕事が来るでしょう.そしたら,私がそれに忙しいから,主人は何かしてほしいことがあっても,ずっと我慢してたと思うんですよ.それで主人は病気になって,私罪よね.

Aさんは,入院中次第と罪悪感やうつ症状が緩和し,毛筆ができるようになった.Aさんは,人の名前や歌を書くことが好きで,身近に子どもが生まれると扇状の色紙に子どもの「名前」「生年月日」「生下時体重」「両親の名前」および「健やかに育つ」という願いと山上憶良の歌を書いていた.3か月後退院し,再び自宅で小学校の子どもたちの卒業証書を書く仕事ができるようになった.

A:(卒業証書の名前)350人書いた.学校の先生が喜んでくださってうれしかった.一人一人がいい子になってねって思いながら.

イ:ああ,そんな思いが込められて.

A:一人一人の子どものこと考えながら心を込めて書いた.

次世代の子どもたちには,卒業証書を通してAさんの願いや愛情がたくされており,Aさんの心が込められていることがうかがえた.そのような心は,以下に語られるように亡くなった母親からも受け継がれているようであった.

A:病気になってからよくお母さんの夢見るのよ.お母さんが現れて,お母さんと話しているの.お母さんが隣で声をかけてくれて.私,末っ子でお母さん子だったから.学校から帰ってきては,お母さんの胸にしがみついとった.

Aさんは,母親から受けた愛情を全身で記憶しており,現在も母親は夢の中で「隣で声をかけてくれる」というように見守ってくれる存在であった.そのように見守られることは回復を促す力になっており,さらに受け継がれてきた愛情やいのちを次世代につないでいくことがレジリエンスとなっていた.Aさんにとっては,いのちが次世代につながっていくこと,自分が次世代の子どもたちのために何かができることが重要な価値であり,喜びであった.

A:人生これでよかったと思うようにしてる.贅沢言ったらきりがないから.私,夢があったの.息子がなかなか結婚しなくて.写真屋さんの前を通りながら,モデル写真に息子夫婦と赤ちゃん抱いて5人で写ってる写真があるでしょう.こんな写真自分の家族で撮りたいなって思ってたの,そしたら本当に子どもができて写真も撮れた.だから夢叶ってそれでいい人生だったって思ってる.

老年期うつ病者は,自らの存在の起源である先祖や次世代を生きるいのちとのつながりの中で,先祖から受け継いだ心を大切にし,自らの心や希望を次世代に託すことで,いのちの連続性を体験していた.生の連続性の感覚を体験できることは,人間が死の不安に打ちかって生き続けるために必要なものであり(Lifton, 1976/1989),死との対話や死生観が問われる老年期うつ病者にとってのレジリエンスとなっていると解釈できた.

Ⅴ. 考察

1. 老年期うつ病者のレジリエンスの特徴

本研究結果より,老年期うつ病者のレジリエンスとして病いと回復のストーリーから6つのテーマが明らかとなった.Wagnild and Yuong(1993)は,高齢者のレジリエンスとして,「個人的な能力」と「自己や生き方の受容」をあげた.また城谷ら(2013)は抑うつ症状の回復と関連の深いレジリエンスとして「何事にも前向きである」と「私の人生は意味がある」を提示した.これらの先行研究から,老年期うつ病者のレジリエンスとしては,その人らしい能力が活かされることやその人なりの生き方が受容できること,あるいは人生の意味が確認できることなどが重要であるといえる.本研究結果の「人生で獲得してきた能力や日常性がよみがえることで生まれる力」や「罪悪感と折り合い自らの人生を肯定的に統合する力」は,先行研究の高齢者のレジリエンスやうつ病者のレジリエンスと共通していると考えられる.また自己の生き方の受容や人生の意味の探求のためには,「家族からの何気ない気遣いの中で家族との絆を感じる力」や「慣れ親しんだ地域との一体感を再確認する力」という日常的なつながりの価値を再体験する力の一方で,「孤独の価値を見出す力」という身近なつながりを超えた世界観や死生観に触れて生を探求する力も重要となると考えられる.このような力が基盤となって,Aさんのナラティヴのような生の連続性の感覚,すなわち「いのちのつながりの中で次世代のいのちを慈しみ希望をたくす力」が生まれていると考えられよう.

本研究結果の6つのレジリエンスは,いずれもその人の生き方や人格的成熟を通して現れたものであり,根底には老いによる喪失や死への直面,孤独,他者への罪悪感,自己の無価値感などの苦悩が存在していた.このことから老年期うつ病者には人間存在の意味を構成する本質的要素,すなわち時間性・関係性・自律性が脅かされるというスピリチュアルペイン(村田,2012)があると考えられた.そのような苦悩から生まれるレジリエンスには,自己と他者の存在そのものへの畏敬や日常性の価値の再発見,生と死への深い洞察,時間や世代を超えた存在の志向性などのスピリチュアリティが含まれていると考えられる.

これまでも老年看護学の分野では,老いの苦悩から生みだされる高齢者のスピリチュアリティや自我の生涯発達,人生の統合のあり様などが探求されてきた(小野,1997鈴木,2013).本研究結果の6つのレジリエンスは,本質的にはこれらの既存知識が基盤となっており,その上でうつ病の精神病理や回復過程が反映されて見出された知見であるといえる.老いは自己の存在意味への問いに差し迫り(鷲田,2015),うつは新たな自分を見つけるための精神的な成長痛である(武井,2005).このように老いと抑うつは共に自己の内面への志向を高めることからも,老年期うつ病を体験することは高齢者の発達課題である生と死や人生への洞察をより深め,スピリチュアリティを高めることに寄与していると考えられる.このことから老年期うつ病者のレジリエンスに着目した看護は,老年期うつ病からの回復支援に寄与するのみならず,高齢者のスピリチュアルケアや自我の生涯発達あるいは人生の統合を支援するためのケアのあり方としても有益な示唆を提示しているといえよう.具体的には,これまで高齢者ケアで有効とされてきたナラティヴアプローチやライフレビュー(Tanaka et al, 2012桑原・亀井,2013)などの援助技法に,本研究結果の6つのレジリエンスを活かすという視点を取り入れることで,より効果的に高齢者の抑うつ緩和やQOLの向上に寄与するであろう.

2. 老年期うつ病者のレジリエンスに着目した看護支援

精神療法において最も重要なことは,患者の自然治癒力に働きかけること(神田橋,1990)と言われているように,老年期うつ病者の看護において彼らのレジリエンスを活かすことは精神療法につながる重要なアプローチであると考えられる.「人生で獲得してきた能力や日常性がよみがえることで生まれる力」を活性化するためには,老年期うつ病者が心身で獲得してきた記憶を呼び覚ますことができるように支援することが重要であろう.本研究結果では,老年期うつ病者の苦悩として,自分の最も得意とすることや好きなことができなくなったことが語られていた.これまで培われた能力や経験を頼りとして生きる高齢者にとっては,自分の得意とする能力の喪失は大きな喪失感や失望感となるだろう.そこで,そのような悲しみや当惑に添いながら,患者が自身の能力や日常性を取り戻せたり,生活の中で活かせるよう支援していくことが重要であろう.

また,「家族からの何気ない気遣いの中で家族との絆を感じる力」や「慣れ親しんだ地域との一体感を再確認する力」を活性化するためには,馴染みの人や環境に愛着をもち他者からの些細な気遣いに重大な価値を見出すという老年期うつ病者の精神性に着目した身近な人からのさりげない支援が重要になるであろう.野間(2012)は,故郷,祖先,親,家庭,他者との情緒的交流,親しみの感覚などのように,自らがそれに慣れ親しんでおり,自分の生活の基盤であり,存在の由来となっているものをハイマートと呼び,我々はハイマートを体験するとき,生き生きとした生命性を自覚すると述べている.本研究結果では,慣れ親しんだ家族や地域を通して,ハイマートを敏感に感じ取ることで,生命性を取り戻し回復したことが語られており,老年期うつ病者へのケアではこのような感覚を取り戻せるよう支援することが重要であろう.

さらに,「孤独の価値を見出す力」や「罪悪感と折り合い自らの人生を肯定的に統合する力」を活性化するためには,患者の人生や病いのストーリーを傾聴する中で,孤独や死の不安,喪失感,罪悪感などのスピリチュアルペインを捉え,対話を通してこれらを緩和し,未解決の課題の整理や自己との和解を促進していくことが必要であろう.看護師は老年期うつ病者の苦悩に寄り添い,喪失を生きる中で新たに創造しようとしている価値や英知に敬意を払い,彼らの人生や生き方に学ぶ姿勢で支持的に対話することが重要であろう.そして,彼らが自分らしさや人生で獲得してきた知の価値を再発見し,老いの成熟の側面を見出せるよう支援することが重要であろう.このようなケアによって,老年期うつ病者は今の経験が過去に基づいているという実感と未来に拡がるという期待の中で身体を通して生き生きとした生命性を体験することができ(野間,2012),「いのちのつながりの中で次世代のいのちを慈しみ希望をたくす力」という生の連続性の感覚が体験できるようになるだろう.

老年期うつ病者のレジリエンスを活性化するためには,まず看護師自身が老いや死に対する価値観や人間観をもつことが重要であろう.そして,日常的なケアや対話の場面を通して彼らの生涯が交錯した時空間を共にし,その中で病者が人との確かなつながりや安心を実感できるよう支援することが重要であろう.看護師は,彼らの病いと回復のストーリーに関心を向け,そこに在るその人の人生に裏打ちされた力に着目することが重要であるといえよう.

Ⅵ. 研究の限界と今後の課題

本研究では,順調な回復過程をたどった患者のみを対象としていること,さらに全参加者において配偶者が健在していることなどから,心理社会的に著しく孤立している患者やうつ状態が遷延化している患者への適応は困難なことも否めない.また研究方法の特徴上,研究者のデータ収集・分析能力が結果に影響を与えていることも考えられる.今後は経過ならびに家族背景や生活環境の多様な老年期うつ病者も対象として研究を継続していくことが課題である.

謝辞:本研究にご協力いただき,貴重な体験を語っていただいた研究参加者の皆様に心より感謝いたします.なお本研究の一部は,第35回日本看護科学学会学術集会で発表した.また,本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究(B)の助成を受けて実施したものである.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KTは,研究の着想,デザイン,データ収集,分析,論文執筆の全研究プロセスに貢献した.MHは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は,最終原稿を読み承諾した.

文献
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