日本看護科学会誌
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原著
介護老人福祉施設に勤務する看護師が高齢者の死の約1か月前に察知した症状や変化
岩瀨 和恵
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2018 年 38 巻 p. 115-123

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Abstract

目的:介護老人福祉施設に勤務する看護師が高齢者の死の約1か月前に察知した症状や変化を明らかにすることを目的とした.

方法:Miles, Huberman, and Saldañaの分析方法を参考にし,20名の看護師に半構造化面接法を用いてインタビューを行った.同意が得られた施設では同行観察を行った.

結果:20名全員が約1か月前に,高齢者の死を察知した経験を持っていた.その症状や変化は,【高齢者が訴える死の恐怖】,【意欲の減弱】,【食事摂取機能の低下】,【形相の変化】,【眼の変化】,【声の変容】,【他覚症状の出現】,【活動性の低下】,【体重減少】が抽出された.これらは,さらに上位の概念である主要カテゴリー『精神心理面の変化』と『身体機能面の変化』に大別された.

結論:看護師は約1か月前に高齢者の死を症状や変化で察知していた.必ずしもすべての症状や変化が1人の高齢者に出現するわけではないが,看護師が高齢者の死を察知し,十分な時間の中で看取りを行えることが示唆された.

Ⅰ. 緒言

わが国の高齢化率は増加し,今後未曽有の増加率を示していくと考えられる.介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム,以下特養)は65歳以上の高齢者で,身体上または精神上の著しい障害があるため,常時介護を必要としかつ在宅生活が困難な高齢者(以下,高齢者)に対し,日常生活の世話,健康管理等を行うことを目的とした施設である(老人福祉法,1973).施設数は増加傾向にあり,2017年から2018年の間だけでも150施設以上増加している(厚生労働省,2016).したがって,特養は終の棲家としての役割がさらに高くなり,人が人生の最期を迎える場所として期待されている.それを反映するように,特養での高齢者の死亡割合も増加している(厚生労働省,2017).

しかし,特養には常勤の医師がおらず,また,医療設備が十分ではないことも多い.そのため看護師が日々高齢者を看護する中で高齢者の死期を察知し,高齢者が家族と共に穏やかな死を迎えられるよう援助することが求められる.特養の看取りにおいて,早い段階で高齢者の死を察知することは看取りに向けたケアへと繋がる(Pattison et al., 2013坂下・西田,2012Porock et al., 2010).しかし,「早い段階」が具体的にいつなのかは先行研究では言及されていない.これまでの研究では,たとえば,死の約1週間前の高齢者の心身の徴候として,傾眠傾向や意識,呼吸,循環状態の変容が示されている(Ebersole et al., 2007/2007緩和ケア普及のための地域プロジェクト桑田,2016).

そして,特養で看取ることとなった際には,家族に看取りの方針を説明し,家族が同意後,看取りに向けた体制へと移行していくこととなる.その中で高齢者に穏やかな看取りを提供するには死の1週間前に高齢者の死を察知し,家族に連絡を取り,方針を決めていくのでは期間が短い可能性が高い.特に,身寄りがない,または家族と疎遠になっている高齢者も少なくなく,このような場合はさらに早い段階での高齢者の死を察知することが穏やかな看取りのために必要となる.

岩瀨・勝野(2013)では,早めに看取りに向けて体制を整え,ケアを開始するためには,高齢者の死の約1か月前のサインを見逃さないことが重要であることが示唆されている.約1か月前に高齢者の死を察知することにより,約1か月前から看取り体制の整備へと繋げ,高齢者の家族と共に看取りに向けた準備を整えることができる.約1か月前の高齢者の死のサインには,「目力のなさ」,「回復と悪化を繰り返すこと」等の症状が報告されているが,具体的な症状や変化ではないため看護師個人によって判断に曖昧性がある.したがって,死の約1か月前の高齢者の症状や変化を明らかにし,具体的に言語化することで,その症状や変化を看護師,医師,その他の特養職員等と共有し,より良い看取りの実践へと繋げてゆく一助となると考えられる.そこで,本研究は,看取り体制の整備を始めるために十分な時期である高齢者の死の約1か月前に特養看護師が高齢者の死を察知した症状や変化を明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

症状や変化:症状とは,病気などによる肉体的,精神的な異状.変化とは,ある状態や性質などが他の状態や性質に変わること(松村,2012)とされている.本研究では,症状や変化は,何らかの原因で起こる心身の異状や長年の関わりからわかるそれまでとは違う状態や性質になることとした.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究は質的記述的研究デザインを用いた.本研究の目的を達成するためには,特養看護師が高齢者のどのような症状や変化で約1か月前の死を捉えているのかを具体性のある内容で記述する必要がある.したがって,特養看護師の語ったデータから高齢者の死期を察知した症状や変化を浮き上がらせ,整理し統合することが可能な質的記述的研究方法が有用であると考えた.また,特養看護師が死期を察知している高齢者がいる場合,実際にどのような症状や変化で死期を察知しているのか,共に観察し,特養看護師の言葉で言語化することで,真実性,妥当性の高い記述となると考え,特養看護師に同行し,共に観察することとした(以下,同行観察).

2. 研究参加者の選定

日本全国の特養の中で看取りを行っている施設の施設長が推薦する常勤看護師で,特養での看取り経験があり,かつ高齢者の死を察知したことがある看護師を研究参加者とした.看取りを行っていることの前提として,看取り介護加算を申請しており,看取りについての研究論文,会議録,書籍等での研究発表や実践報告がある施設を選定した.研究参加者を常勤看護師としたのは,常勤看護師は日常的に高齢者と関わっていると考えられ,症状の有無だけではなく,長年の関わりから導き出される高齢者個人の変化を捉えることができ,その結果,より質の高いデータを収集できると考えられるからである.

3. データ収集方法

まず,施設長へ研究協力依頼を行い,研究参加者を推薦してもらった.また,同行観察についても施設長に依頼し,同意が得られた場合,同行観察周知ポスターの掲示および配布を行ってもらい,事前に著者が同行観察を行うことを高齢者,高齢者の家族および他職員に周知した.

研究参加者に本研究への参加の同意が得られた後,個別にインタビュー・同行を行う日時や場所について相談した.同意後,まず年齢,看護師歴,現施設での経験年数,看取った回数,病院および訪問看護師経験の有無,高齢者の死期を察知したことがあるか等についてフェイスシートに記入してもらった.つぎに,先行研究で得られた死の約1か月前に焦点をあて,その時期に高齢者の死を察知した症状や変化を聞いていった.その際,表現が抽象的だった場合にその症状や変化がどのようなものであったか,具体的な言葉で語ることができるよう,繰り返し掘り下げて聞いていった.

面接内容は研究参加者に了承を得てICレコーダーで録音し,逐語録を作成した.施設ごとに1~2名にインタビューを行った.また,インタビュー前後のいずれかで,同行観察を行った.観察した内容および研究参加者が語った言葉等はフィールドノーツ(以下,FN)に記載した.同行中および同行終了後に研究参加者が高齢者のどの症状や変化で死期を察知したかを確認した.同行の際,施設内で研究参加者に同行するのに違和感のない服(ナースウエア,介護服等)に着替え,同行した.高齢者の羞恥心に配慮し,同行している研究参加者に,一緒にケアをした方が良い場合,席をはずした方が良い場合を判断してもらい,その都度研究参加者の指示に従った.後日,研究参加者に,同行した際に語った言葉の意味や表現に相違はないかを確認した.

4. データ収集期間

2015年2月から2016年6月までであった.

5. データ分析方法

逐語録は1名当たり,7,827~15,067文字となり,総文字数334,828文字,同行観察のFNは12,587文字となった.データのすべてを分析対象とした.また,インタビュー時間は30~58分(平均42分)であり,同行観察を行った高齢者数は合計29名であった.データ分析はMiles et al.(2014)の分析方法を参考に分析した.

まず,作成した逐語録を繰り返し読み,意味を損なわないよう区切り,基本データとした.つぎに,逐語録全体のコーディングを行い,同行観察で得られたデータを叙述化し,コーディングを行ったものと統合した.さらに,比較検討を繰り返しながら,類似するコードを集め,サブカテゴリーとした.カテゴリーは,具体的に記述されるようにカテゴリー名は抽象度を上げず,死期を察知した症状や変化の特徴を導き出すため,具体的な記述にとどめた.そして,それぞれのカテゴリーの関連を検討し,上位の概念である主要カテゴリーを抽出した.また,分析の中で,具体的な記述にとどめるに当たり,文脈からカテゴリー,サブカテゴリーを超えて,切り離せないデータが現れた.そのため,カテゴリー,サブカテゴリーのつながりを図で示した.

分析の全過程において,高齢者看護学および質的研究に携わる研究者数名と議論し,コード,サブカテゴリー,カテゴリーの妥当性の確保に努めた.

6. 倫理的配慮

本研究は,首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認(承認番号14088)を受けて実施した.承認後,研究参加施設の施設長に研究の趣旨を文書および口頭で説明し,同意を得た.施設長には推薦した研究参加者が研究協力を拒否しても何ら職務および雇用に不利益がないこと,研究参加者には研究の趣旨,本研究への参加は自由意思であり,施設長へ参加の有無は知らせず,中止・中断した場合も一切不利益を被らないこと,匿名性の保持,データおよびFNの厳重管理,結果の公表を文書および口頭で説明し,同意書にて同意を得た.場所についてはプライバシーが守られる個室または個室に準じる場所を選定した.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

研究参加者は女性看護師19名,男性看護師1名,年齢は40歳代3名,50歳代10名,60歳代7名であった.看護師歴は7~32年(平均28 ± 8.5年),現施設での経験年数は2~26年(平均10 ± 5.7年)であった.施設で看取った人数は3~330人(平均70 ± 96人),病院での勤務経験の有無は「あり」が19名,訪問看護での勤務経験は「あり」が8名であった.

表1 研究参加者の概要
ID 施設 年齢(代) 看護師歴(年) 職位 現施設での経験年数 施設で看取った回数 病院勤務経験 訪問看護勤務経験 現施設前の福祉施設勤務経験 高齢者の死を予見したことがあるか どのくらい前に死を予見したか
A a 60 38 看護師 20 81 ある 1か月前
B b 60 33 看護師 13 260 ある 1か月前,2,3日前
C c 50 20 看護師 13 20 ある 1か月前
D c 50 18 看護課長 13 330 ある 1か月前
E d 40 25 看護師 10 50 ある 1か月前,2,3日前
F e 60 42 看護師総括リーダー 15 240 ある 1年前,1か月前
G e 60 26 看護師 14.5 240 ある 1年前,1か月前
H f 50 17 看護師長 7 35 ある 1か月前,1週間前
I g 40 26 看護師 3 3 ある 1か月前,2,3日前
J h 50 31 看護師 5 36 ある 1年前,半年前,1か月前,2,3日前
K i 50 37 看護師 2 40 ある 1か月前
L j 50 34 保健課長 7 100 ある 1か月前,半年前
M j 50 31 看護副主任 7 80 ある 1か月前,1週間前
N k 50 30 施設長 26 200 ある 1か月前,2,3日前
O l 50 27 看護師 6 36 ある 1か月前,2,3日前
P m 60 20 看護師 8 100 ある 1か月前
Q m 50 25 看護師 1.5 6 ある 1か月前
R n 60 32 看護師 13 50 ある 1か月前,2,3日前
S o 60 41 看護部長 7 185+α ある 1~3か月前,2,3日前
T o 40 7 看護師 7 70 ある 1~3か月前

研究参加施設は関東および東海地方の15施設であり,インタビュー時点での各施設の高齢者数は53~134名であった.インタビュー時の高齢者の平均在居年数は3.4 ± 0.7年,要介護度の最頻値は4であった.すべての施設が看取りについての会議録での実践報告があり,看取りを行っている施設であった.また,インタビューを行った15施設のうち,同行観察を行った施設は11施設であった.以下,これら15施設の施設名をaからo,20名の研究参加者名をAからTと匿名化して表記する.分析結果の記述については,以下カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉,また,主要カテゴリーを『 』,研究参加者(以下,特養看護師)が語った言葉,FNからの抜粋はゴシック体で示す.

2. 特養看護師が高齢者の死の約1か月前に察知した症状や変化

本研究では,特養看護師が約1か月前に9カテゴリーの症状や変化で高齢者の死を察知していることが示唆された.

特養看護師が高齢者の死を察知した9カテゴリーの症状や変化は,【高齢者が訴える死の恐怖】,【意欲の減弱】,【食事摂取機能の低下】,【形相の変化】,【眼の変化】,【声の変容】,【他覚症状の出現】,【活動性の低下】,【体重減少】であった(図1).本研究の結果,先行研究に加えて,新たに【高齢者が訴える死の恐怖】,【形相の変化】,【眼の変化】,【声の変容】,【他覚症状の出現】という5つの症状や変化が示唆された.

図1

特養看護師が高齢者の死の約1か月前に察知した症状や変化

また,この9カテゴリーの症状や変化は,さらに上位の概念である主要カテゴリーとして『精神心理面の変化』と『身体機能面の変化』に大別された.『精神心理面の変化』に含まれるカテゴリーは【高齢者が訴える死の恐怖】,【意欲の減弱】であり,『身体機能面の変化』に含まれるカテゴリーは【食事摂取機能の低下】,【形相の変化】,【眼の変化】,【声の変容】,【他覚症状の出現】,【活動性の低下】,【体重減少】であった.以下に代表的データを挙げて説明する.

1) 【高齢者が訴える死の恐怖】

【高齢者が訴える死の恐怖】のカテゴリーには,〈死にたくないと言う高齢者〉,〈死の恐怖を訴える高齢者〉の2つのサブカテゴリーが含まれた.特養看護師は【高齢者が訴える死の恐怖】という高齢者の精神心理面の変化を観察することで高齢者の死期を察知していることが示された.特養看護師は,亡くなる約1か月前に高齢者の発言が変化していくことで,高齢者の死を察知していた.

〈死にたくないと言う高齢者〉

特養看護師I

1か月ぐらい前になると,割と(高齢者が)「死にたくない」って言いだすんです.割と言いますね,皆さん.「助けて」とか,「死にたくないの」とか.

〈死の恐怖を訴える高齢者〉

特養看護師I

「死ぬのが怖い」っていうことを言い始めます.びっくりしますけど.…たまにぽつんと言うんですよ.90(歳)とか100(歳)とかになると,それで頭がクリアだと,やっぱりそういうのを考えちゃうみたいで.

2) 【意欲の減弱】

【意欲の減弱】には,〈減弱するこだわり〉,〈低下する食事への意欲〉の2つのサブカテゴリーが含まれた.

〈減弱するこだわり〉

特養看護師はこだわりがあった高齢者が亡くなる約1か月前にこだわりがなくなることを言語化していた.

特養看護師N

(高齢者が)変わってきたなと.とってもこだわりの強い人が,こだわらなくなってくる.

〈低下する食事への意欲〉

特養看護師は「食べられない」という事象が起こっているということは,食べることへの意欲低下,つまり,「食べたくなくなる」という〈低下する食事への意欲〉が食事摂取量に大きく関係していることを語っていた.

特養看護師P

食べられないということはやっぱり意欲が落ちてくると同時に食欲も落ちてくる.食べたいという気持ちが落ちてきて,(今は)この段階.食べられないんじゃなくて食べたくなくなるっていう,そんな感じですよね.

3) 【食事摂取機能の低下】

【食事摂取機能の低下】には,〈できなくなる食事摂取〉,〈嚥下機能の低下〉,〈食事摂取量の減少〉の3つのサブカテゴリーが含まれた.

〈嚥下機能の低下〉では,高齢者が口腔内に食物を溜め込んでしまい,「飲み込む」という動作ができなくなることを特養看護師は高齢者の食事中に観察していた.特養看護師が高齢者の食事の介助をしながら,もしくは食事中に高齢者のそばにいて,高齢者に起こっている状態を観察していることがうかがえた.

〈嚥下機能の低下〉

特養看護師P

食べられないっていうのは,お口に入れる動作はできても飲み込めないっていうこともあるんで,やっぱり嚥下機能,あと,その送り込み,…喉頭部の動きが悪くなって,…送り込みの舌の動きができないとか,そういう状態のことですかね.

4) 【形相の変化】

【形相の変化】には,〈苦しげな食事摂取〉,〈表情の変貌〉,〈顔色の変化〉の3つのサブカテゴリーが含まれた.これは,特養看護師が詳細に高齢者の顔つきを観察し,高齢者が亡くなる約1か月前に変化を捉え,高齢者の死を察知していることを示すカテゴリーである.

〈苦しげな食事摂取〉

特養看護師I

まず食べなくなるっていう食事が食べられなくなる…(食事摂取が)全介助の人だと,すごいしかめっ面になって苦しそうな顔をして首を振ったりとか,飲み込まなくて吐き出したりとか.本当に苦しそうに食べる人.

特養看護師は,ただ単に食べられないという身体機能面の変化のみではなく,「苦しそうに食べる」という食事をどのように高齢者が食べているかということを捉えていた.これは,ただ単に食事量の減少ではなく,苦しそうに食べているゆえに食べたくても食べられない,もしくは食べたくないのに食べているという高齢者の心情を特養看護師は捉えていることがうかがえた.したがって,高齢者の精神心理面での食事摂取量低下,つまり,【意欲の減弱】のカテゴリーに含まれる〈低下する食事への意欲〉,【形相の変化】のカテゴリーに含まれる〈苦しげな食事摂取〉が【食事摂取機能の低下】に大きく関係していることが示された.

〈表情の変貌〉は,特養看護師が高齢者の表情が変わっていく様子を長年高齢者と接しているからゆえにわかることを語っていた.

〈表情の変貌〉

特養看護師G

(死の時期を察知した症状や変化は)なかなか言葉にできなくて…それこそ本当に,その人その人によって違いますからね.3年間か何年かずーっと毎日,見てるから,そこで(表情が)違ってくるので.……無表情っていうか.

〈顔色の変化〉は,特養看護師が高齢者に行う日々の看護の中で,顔色を観察し,約1か月前の死を判断していることを示すサブカテゴリーである.特養看護師は顔色の色合いを語っていた.

〈顔色の変化〉

特養看護師L

顔色ってたぶん,本当に青白くなるというか.

特養看護師J

顔が一番ですね.見えているのもあるので.(顔色が)ちょっと土気色っぽいっていうか,黒っぽい感じですね.

特養看護師M

(死の察知は)勘なんですよ.だから言葉にできないで…顔色が悪いって,真っ青じゃなくてちょっと土気色になるっていうか.

FNより

インタビュー後に特養看護師と高齢者の部屋へ行く.高齢者はベッド上で横になっており.声かけで顔をこちらに向け,目線が合う.発語はない.眉間にはしわはなく,苦痛様の表情はしていない.痰がらみがあり,時々咳嗽している.特養看護師が「まだしっかりしているが,昨日から食事が食べられない」,高齢者の顔を見ながら「ね,顔色が黒ずんでる感じでしょ」と語る.特養看護師がインタビューで言っていた土気色とはこのことなのか.顔の皮膚の色は少し黒いように感じる.チアノーゼがある青い顔色,貧血であるような白い顔色とは違う印象.顔の色は黒いが真っ黒ではなく,日焼けした皮膚とも違う.確かに特養看護師が表現した土気色がしっくりくるように感じる.循環が悪いことで皮膚の赤みを消し,土気色に見えるのだろうか.

5) 【眼の変化】

【眼の変化】には,〈どこを見ているかわからない視線〉,〈失われる目の輝き〉の2つのサブカテゴリーが含まれた.これらは先行研究の「目力のなさ」を具体化した身体的症状を表している.特養看護師は高齢者が何かを見ているようだが,特にこれだという物体を見ているわけではないことを語っていた.

〈どこを見ているかわからない視線〉

特養看護師I

(高齢者が)1点集中で見ている.何かを見ているんですよね.でも何を見ているわけでもなくて,…何見ているのかな?って思うんですけど.

6) 【声の変容】

特養看護師は高齢者の表情および顔色等の視覚でわかる変化だけでなく,聴覚でも高齢者の身体的機能を把握していることがうかがえるカテゴリーである.サブカテゴリーとして〈声の弱化〉,〈声のトーンの低下〉の2つが含まれた.これは特養看護師が高齢者と声の変容がわかる程,頻繁に高齢者と関わり,会話をしていることをうかがわせる.

〈声のトーンの低下〉

特養看護師G

(高齢者の声の)トーンが下がるっていうのかな.やっぱりトーンが下がるっていうことは,それだけの肺活量とか,なんかそういう内臓的なものが落ちてきてらっしゃるんかなと思うんですけど….

7) 【他覚症状の出現】

【他覚症状の出現】には,〈増減する浮腫〉,〈発熱〉の2つのサブカテゴリーが含まれた.

〈増減する浮腫〉では,高齢者によっては浮腫が減弱する者,浮腫が増強する者それぞれが存在していることを特養看護師は観察し,把握していることが示された.

〈発熱〉では,高齢者が死の約1か月前に発熱すること,またその回数が増えることで,特養看護師がその高齢者の死期を察知していることを特養看護師は語っていた.

〈発熱〉

特養看護師E

熱が続く.この人1か月のうちに2回熱出したねーとか,あれ先週も熱出してたねこの人ーとかっていうのがけっこう頻回に来る,うん.

8) 【活動性の低下】

【活動性の低下】には,〈反応鈍麻〉,〈傾眠傾向〉の2つのサブカテゴリーが含まれた.特養看護師は,普段と高齢者がどう違うかによって死を察知していることを語った.これは,高齢者の普段の状態を把握していないと死を察知できないことをうかがわせる.

〈反応鈍麻〉

特養看護師Q

普段,通常の声掛けで反応するのがなかなか鈍くて,こちらのほうでちょっと肩をさすってお声をかけたり,自分で動きが鈍ければ,普段であれば顔をスッと向いてくださる方を,体の向きを変えて,私のほうに向いていただいた上で声かけをするとか,そこは違いますね.普段とその方がどう違うかによって,死期が近いというか,この方は最期のゴールに向かって準備をされてるんだなという感じが伝わってくる.

9) 【体重減少】

【体重減少】には,〈著しい体重減少〉,〈阻止できない体重減少〉の2つのサブカテゴリーが含まれた.特養看護師は高齢者が亡くなる1か月前から現れる著しい体重減少をデータで読み取っていることがうかがえた.また,特養看護師は高齢者が食事を食べやすいように食事形態の工夫を行っても,高齢者には効果がみられず,食事を摂取していたとしても,体重減少が起きることを語っていた.特養看護師は高齢者が食事を摂取しているからと安心せず,体重減少にも注意深く目を向けていることが示された.

〈著しい体重減少〉

特養看護師P

(体重表で)見た時に,結果的に1か月前ぐらいになるとガクッと落ちてるんです…1か月前ぐらいになった時の(体重減少で)やっぱりちょっと要注意だねって.

〈阻止できない体重減少〉

特養看護師G

やっぱり痩せていらっしゃいます.何(どんな工夫)をしても.

Ⅴ. 考察

約1か月前に特養看護師が高齢者の死を察知した症状や変化において,9カテゴリーの症状や変化が示された.先行研究では,約1週間前から1~2日前に高齢者の死を察知する症状が報告されているが(Ebersole et al., 2007/2007緩和ケア普及のための地域プロジェクト桑田,2016),約1か月前の症状や変化として報告されているものは少ない.山田(2008)には,訪問看護師が捉える心身の徴候として約1か月前に,経口摂取減少,傾眠,せん妄がみられることが述べられている.本研究でも同様のカテゴリーが抽出されたが,それに加えて新たに【高齢者が訴える死の恐怖】,【形相の変化】,【眼の変化】,【声の変容】,【他覚症状の出現】の5つのカテゴリーが示された.本研究で挙げられたすべての症状や変化が1人の高齢者に出現するとは限らない.しかし,特養看護師が約1か月前に観察していた高齢者の死を察知する症状や変化を具体的に記述することができたと言える.約1か月前に高齢者の死を察知することで,高齢者を早期に病院へ搬送することも含め,十分な時間の中で高齢者の家族や医師,介護士と共に看取りについて考え,看取りへ向けた体制の整備へと繋がってゆくと考えられる.

また,特養看護師が高齢者の身体機能面の変化だけではなく,高齢者の行動や言動に現れている精神心理面の変化で死期を察知していることが示された.特に【高齢者が訴える死の恐怖】に相当するカテゴリーはこれまでの報告にはない.このような発言を,特養看護師がただ流して聞いてしまうのか,それとも重要視して看取りに繋げることができるかはこの発言を聞いた特養看護師にかかっている.高齢者の死期を察知できる看護師は日々高齢者と会話する中で,高齢者の訴えを逃さずに捉えていることが考えられる.

現施設での経験年数が5年以上の特養看護師は18名であった(表1).一方,高齢者の在居年数は約4年であり,このことは,特養看護師が高齢者と数年以上にわたって関わり,高齢者と共に過ごしていることが示されている.特養看護師は高齢者との長年の関わりの中で,その人の普段とは違う変化に気付き,高齢者の死を察知している可能性をうかがわせる.

本研究の特養看護師は,施設で看取った回数3~330回,現施設での経験年数2~26年と幅があり,施設で看取った回数が1桁台の特養看護師もいた.これらの特養看護師は施設での看取り経験は少ないが,訪問看護やターミナル病棟で長年の勤務経験があった.また,すべての特養に会議録での実践報告があり,看取りを行っている特養だった.そのような環境で特養看護師は,様々な看取りの経験から培われた観察力をもとに特養での約1か月前の高齢者の死を察知できたと考えられ,十分に質の高いデータが得られていたと考えられる.反対に,100人以上の高齢者を看取ったことがある特養看護師は8名いた.年間平均でも数名から十数名を看取っていることが推察される.看取る人数が多ければ,特養看護師は必然と入所時から看取ることを考えていくようになると考えられる.特養看護師は常に看取ることを視野に入れ,高齢者の日々の援助に臨み,高齢者と接していることが推察される.そのため特養看護師はいち早く,高齢者の死を予見できるのではないかと考えられる.

Ⅵ. 看護への示唆

特養に勤務する看護師が,本研究で得られた高齢者の死期を察知する9カテゴリーの症状や変化のいずれかが高齢者に出現する可能性があることを知り,これらを注意深く観察することで,まだ高齢者の死期を察知したことがない看護師でも死期を察知できる可能性がある.そしてこの9カテゴリーの症状や変化は,特養看護師がアセスメントをするうえでの指標として有用性があると考えられる.また,高齢者の死の約1か月前に出現する症状や変化を特養に勤務する看護師内で共有すると共に,医師および介護士に高齢者の死期を察知した症状や変化を伝えることで,高齢者の死の約1か月前から看取りに向けた体制を整えることができると考える.

Ⅶ. 研究の限界と今後の課題

本研究で調査対象とした施設は関東および東海地方の15施設であったため,死期を察知する症状や変化は偏りがある可能性は否めない.他の地方の特養看護師が高齢者の死をどのように察知しているかは不明であるため,調査地域を拡大していく必要がある.また,本研究の特養看護師に新卒で特養に就職した者が1名いた.病院勤務経験はないが,高齢者の死期を察知していた.病院での勤務経験がなく,特養でのみ勤務する看護師がどのように高齢者の死期を察知していったかを調査することは,病院勤務経験の有無が看取りに与える影響を知るうえでも今後の課題であると考えられる.

特養看護師に高齢者の死をどの時期に察知したことがあるか質問したところ,1か月前以外にも1年前,半年前とさらに長期間に及んで高齢者の死期を察知していた特養看護師がいた.これについても調査し,看取りケアの充実を図ることが必要である.

特養看護師の中で,高齢者の死を察知しているにもかかわらず,「なかなか言葉にできない」と語り,症状や変化を言語化することができなかった者もいた.つまり,特養看護師は長年の経験に基づき,高齢者の全体像を把握して予見に繋げているケースも多いと推察できる.しかし,本研究ではそれを裏付けるデータは十分には得られなかった.したがって,特養看護師が高齢者に現れる具体的な症状や変化から高齢者の全体像をどのように把握しているのか言語化することも今後の課題である.

謝辞:本研究にご協力下さいました研究参加者および参加施設の皆様に心より御礼申し上げます.首都大学東京大学院人間健康科学研究科在学時にご指導下さいました岩手保健医療大学看護学部勝野とわ子教授に感謝申し上げます.また,査読者および編集委員の方々からは本研究に関する貴重なコメントをいただきました.記して御礼申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

付記:本稿は,首都大学東京大学院人間健康科学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

文献
  • Ebersole, P., Hess, P., Luggen, A. (2007)/竹花富子,松下晴彦(2007):終末期の問題 ヘルシー・エイジング人間のニーズと看護の対応(第1版),エルゼビア・ジャパン,東京.
  •  岩瀨 和恵, 勝野 とわ子(2013):看取りを積極的に行っている特別養護老人ホームにおいて看護師が高齢者の死期を判断したサインとそのサインを察した時期,老年看,18(1), 56–63.
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