日本看護科学会誌
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原著
経皮的冠動脈形成術後急性冠症候群患者の退院後の適応過程における精神的健康
土肥 眞奈深堀 浩樹大山 裕美子
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2018 年 38 巻 p. 142-150

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Abstract

目的:経皮的冠動脈形成術後急性冠症候群患者の適応過程である刺激,反応,退院後の精神的健康を記述すること.

方法:発症・術後1か月以上経過した患者10名を対象に半構造化面接を実施し内容分析を行った.ロイの適応モデルに基づき患者の意識が最も注がれる焦点刺激を発症,治療,退院と定義し,刺激がもたらす反応,精神的健康,関連・残存刺激を記述した.

結果:関連・残存刺激として【心臓疾患に対し恐怖心をもっていた】等9カテゴリー,反応として【退院後も胸部症状があった】【無理はできなくなったという認識になった】等22カテゴリー,精神的健康として【再発の心配がある】【胸部症状の出現がトラウマとなっている】等6カテゴリーが得られた.

結論:精神的健康が低下する患者の存在が示唆され,対応として退院後にかけてのリスクの高い者のスクリーニングや発症経験の振り返り,胸部症状出現時の対応方法の教授が有効な可能性が示唆された.

Ⅰ. 緒言

急性心筋梗塞(Acute Myocardial Infarction:以下AMI),不安定狭心症は,臨床上の総称である急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome:以下ACS)として治療されている(2012年度合同研究班,2013).ACS患者に対し日本では,経皮的冠動脈形成術(Percutaneous Coronary Intervention: PCI)が主に行われる.ACSはいまだ入院前死亡率の高い疾患だが,PCIが行われた場合その生命予後はよい(2012年度合同研究班,2013).PCIは低侵襲のため海外では7日未満の退院も可能であり(OECD, 2017),多くの患者が早期に社会復帰を遂げる(平良ら,2011).

PCIを受けたACS患者の身体面の回復とは対照的に,精神面の回復は順調ではない可能性がある.PCI後の患者は不確かさに関係した不安を持つことが明らかになっている(Higgins et al., 2000).またPCI後のAMI患者を対象とした質的研究では,患者は再梗塞の懸念(石田ら,2014)や恐怖(Daly et al., 2000)をもつことが明らかになっている.さらに心筋梗塞患者の内,一定の患者がうつ状態にあることが知られており(Frasure-Smith et al., 1993),PCI治療後を含むACS患者の退院後6か月のうつ状態の者の割合が39%に達することも報告されている(Lauzon et al., 2003).以上のことからPCI後のACS患者の精神的健康状態の低下が懸念される.

うつ状態を示す心筋梗塞患者の多さからガイドラインではPCI後ACS患者への心理社会的サポートの重要性が謳われている(2012年度合同研究班,2013).心理社会的サポートは入院中の限られた時間では困難であり(高橋ら,2014),それを補う手段として外来での心臓リハビリテーションや,かかりつけ医と連携を行う地域連携パスが設けられている(国立循環器病研究センター,2011).しかし,これらの普及率は低く(原田ら,2011),心理社会的サポート実施の不十分さによる,患者の精神的健康状態低下がより懸念される.そこで,まずPCI後ACS患者の精神的健康状態を患者の側から詳細に記述することで,その状態を明らかにすることが求められると考える.心理社会的サポートが広く普及するに至っていない現状において,患者の精神的健康状態を記述することは患者に必要とされるサポートや普及可能な支援方法の検討につながる可能性があり,心理社会的サポート提供実現の一助となると考える.

急性発症・PCI実施と劇的な環境変化を経験するPCI後ACS患者の精神的健康を明らかにしていく上では,ロイの「適応モデル」を方法論として活用することが可能と考える.人が環境の変化である刺激に適応していく過程を示したロイは,「適応モデル」において,人が変化に適応した場合,その後心身ともに健康,完全な状態に達成し,非効果的な反応(適応できず)の場合にはその達成を阻害すると示した(Roy & Andrews, 1991).本研究にてPCI後ACS患者の精神的健康の記述を行い,支援方法を検討するにあたり,ロイの適応モデルに基づきモデルの重要概念である刺激を受けた後の適応状態(反応)とその後の健康状態について患者の経験を振り返り記述し,健康につながる適応反応,健康を阻害する非効果的反応を考察することで,患者の精神的健康状態の把握から,効果的な支援方法の検討につながると考えた.そこで本研究ではPCI後ACS患者の術後の適応過程である刺激,反応,退院後の精神的健康を記述することを目的とし,精神的健康への支援方法の示唆を得ることとした.

Ⅱ. 概念枠組み

本研究では,適応を求められる疾患を対象とした研究(John, 2001Narsavage & Chen, 2008)で用いられるロイの適応モデルを概念枠組みとして採用した(図1).このモデルでは,人間は刺激を認識し,対処し,その結果は反応として4様式(生理的様式:身体的活動であり,また,刺激に対する身体的な反応の仕方に関係する,自己概念-集団アイデンティティ様式:個人が自分自身に対してもつ信念や感情が合成されたもの,役割機能様式:役割もしくは役割の実績に対する感情や態度,相互依存様式:他者との相互作用を含み,社会での役割よりもよい近接した関係性に焦点を当てたもの)によって表される(Fitzpatrick & Whall, 2005小田,2009Roy & Andrews, 1991).反応が適応反応の場合にはその後心身ともに健康,完全な状態に達成し,非効果的な反応(適応できず)の場合にはその達成を阻害するとされている(小田,2009).

図1

概念枠組み

刺激は患者の意識が最も注がれる焦点刺激,それ以外の関連刺激,影響が明らかではない残存刺激の3種類がある.本研究ではPCI後ACS患者が受ける焦点刺激を“発症,PCI,退院”と定義した.ACS患者がPCIを受ける場合,急性発症直後の実施であるため発症と治療という環境変化をほぼ同時に経験する.この時点で患者には劇的な身体機能変化が生じている.しかしPCI後の患者は,処置の低侵襲さゆえに処置後すぐはその変化を理解しづらく(Gaw, 1992),発症と治療のみの段階では刺激として認識されない可能性がある.また入院中は身体活動量が通常の生活と比べ少ない状態で早期に退院を迎えるため,退院までに再梗塞等本人が自覚せざるを得ない大きなイベントがない限り,生じた変化について患者は認識しづらい.むしろ退院後の身体活動量増加や,退院後1週間以内の超早期に復職する患者の存在を考慮すると(平良ら,2011),PCI後ACS患者は退院を機に負担が増え,自身に生じた変化を認識せざるを得ず,“発症,PCI,退院”となってはじめて刺激として認識すると考えることが可能である.したがって本研究ではPCI後ACS患者が受ける焦点刺激を“発症,PCI,退院”と定義し,関連・残存刺激,反応,精神的健康を記述した.

Ⅲ. 用語の定義

精神的健康:疾患の有無に限定しない対象者自身の気持ちや気分を含む精神面の状態とする.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究対象

首都圏のA病院(約200床)循環器内科外来通院中の緊急PCI実施後1か月以上経過したACS患者を対象とした.若年者の冠動脈疾患除外と高齢者の認知機能を考慮し,20歳未満または80歳以上の者,高安動脈炎による冠動脈狭窄の者を除外した.さらにACSによって患者の精神状態に起きている事象を明確にすべく,虚血性心疾患に付随する心不全などの合併症以外の疾患が重篤化している者,すでにうつ病の診断がついている者を除外した.その他,コミュニケーションをとることができない,担当医が不適切と判断した,のいずれかに該当した場合も除外した.以上の除外基準のいずれにも該当しない10名を便宜的標本抽出法により抽出した.なお,対象者数は精神的健康状態を示す新たな情報が得られなくなった時点で打ち切った(Flick, 2007/2011Polit & Beck, 2004/2011).

2. データ収集方法

平成27年3月17日~10月15日に半構造化面接を一人40~60分行った.

1) インタビューガイド

焦点刺激によって引き起こされた反応を抽出するために①発症,PCI,退院を経て自身に生じた変化について尋ねた.反応は刺激により引き起こされる行動であり,動く,話すといった行為の他,気持ちが落ち着くといった精神面の動きも含む.そのため自身に生じた変化を広く尋ねることで,反応を含むデータの聴取が可能になると考えた.①については退院を経ての反応4様式それぞれを聴取することを目的とし,生理的様式については対象者の身体に起きた変化,自己概念-集団アイデンティティ様式については自身に対して持っている信念や感じ方の変化,役割機能様式については自身が担う役割に対する姿勢や思いの変化等,相互依存様式については家族や友人など周りの近しい人たちとの関係や接し方の変化を尋ねた.刺激として,②①はなぜ起きたと思うか尋ね,焦点刺激以外の事象が聴取された場合に焦点刺激以外の刺激である関連・残存刺激の記述が可能になると考えた.さらに患者の退院後,インタビュー時点まで続く精神面の状態を尋ねる目的で③対象者自身の気持ちや気分等に焦点を当てて尋ねた.その他,④①の変化について退院前から予想していたか,⑤発症時や入院中,退院後の状況等,発症してからインタビューまでの経過を尋ねた.対象者属性として年齢,性別,現疾患,残存虚血の有無等を調査した.

3. 分析方法

Hsieh & Shannon(2005)が示す内容分析の3手法の内,既存の概念枠組みを用いるdirected content analysisを用いた.分析はElo & Kyngäs(2008)の方法にのっとり,準備段階として分析すべき事象,分析する範囲を決定し,用いる基盤をロイの適応モデルとした.

1) データ抽出

インタビューで得られたデータを全て逐語録化した後,刺激,反応,精神的健康を示すデータをそれぞれに分けて抽出した.反応については,示された行動や反応を抽出し,抽象化の過程でロイが示した4様式に分類した.関連・残存刺激は,反応を引き起こすという定義に基づき,抽出された反応に影響しうる焦点刺激以外の事象を抽出した.精神的健康は退院後,インタビュー時点まで続く対象者の気持ちや気分の状態をあらわす言葉に焦点を当て抽出,分析した.なお,反応については適応反応か非効果的反応かの判断を行った.この判断は目標に応じて行うため(小田,2009),本研究では精神面の健康に到達すべく肯定的,前向きな認識や対応,発言や症状改善を適応反応,否定的,後ろ向きな認識や対応,発言や症状出現を非効果的反応と定義した.また“不安”が語られているデータは精神的健康を示す気持ちや気分として捉えることが可能だが,ロイの適応モデルでは自己概念-集団アイデンティティ様式の重要概念として定義されているため反応として扱い(小田,2009Roy, 2013),変化を語らなかった場合は,その他反応として扱った.

2) 抽象化

刺激,反応,精神的健康それぞれで抽出されたデータの内容を見返し,意味内容を損なわないようコード化した.コードの意味内容の類似点,相違点に着目しながらサブカテゴリー,カテゴリーへと抽象化した.分析の全過程において急性期・循環器領域での経験を有する研究者,質的研究の経験がある研究者を含む3名の研究者間で検討を重ね,信頼性の担保に務めた.

4. 倫理的配慮

研究の概要,研究参加・中断における個人の自由意思の尊重,研究参加に伴い生じうる不利益等について文書を用いて説明し同意を得た.データは匿名性を保持した上で厳重に管理し,インタビューではプライバシー保護に最大限配慮した.なお,本研究は横浜市立大学医学研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:A150122014).

Ⅴ. 結果

対象者10名の平均年齢と標準偏差は64.7 ± 10.1歳(最小-最大:45–74),男性9名だった.疾患はAMI 9名,不安定狭心症1名であり,過去の狭心症発症者はいなかった.全員が心臓リハビリテーションに参加していた.インタビュー実施時点の直近のPCI実施後の日数は61.1 ± 51.4日(最小-最大:11–199)であり,糖尿病,高血圧症,高脂血症の合併症のないものは3名,また7名が就労していた.以降,カテゴリーを【 】,語りを「 」で示す.語りの理解の上で状況の説明や補足が必要な場合には,語り内に( )で追記する.なお,刺激,反応,精神的健康状態は,概念枠組みで示した関係性でつながっていくことを前提とする.

1. 刺激

関連・残存刺激として【家族もしくは自分の入院経験があった】等,表1に示す9カテゴリーが得られた.「女房がもともと4,5年前に脳腫瘍でそれこそ死にそうになった.(中略)そういうのが家族の中であったから,やっぱりみんなでまとまるような感じ?家族がね.」このほか,【長い期間休むと治る胸痛をもっていた】と強い痛みを急に経験したわけではなく許容範囲の痛みを持っており治療につながったカテゴリーと【心臓疾患に対し恐怖心をもっていた】と発症前からの心臓疾患への恐怖に関するカテゴリーが示された.

表1 刺激(関連・残存),反応,精神的健康
カテゴリー サブカテゴリー
関連刺激・残存刺激 職場は療養に理解があった 職場が療養休暇取得可能だった
勤めていた職場は療養に理解があった
職場の人たちのサポートがあった
家族のサポートがあった 家族の手厚いサポートがあった
孫の誕生が励みになった
家族もしくは自分の入院経験があった 家人の入院を経験した
家人も同時期に入院していた
家族・自分が以前入院が必要な病気を患った
自分の病気経験がなかった 病気経験がなかった
退院直後から働く必要があった 退院直後から働く必要があった
長い期間休むと治る胸痛をもっていた 長い期間休むと治る胸痛をもっていた
心臓疾患に対し恐怖心をもっていた 以前から心臓は怖いと思っていた
病気に影響を受けにくい性格だった ポジティブな性格であった
仕事以外のことで気をもまない性格であった
発症前から健康的な生活をしていた 以前から歩く習慣があった
反応 生理的様式 非効果的反応 退院後下肢が疲れ歩行に支障があった 復職後足の疲れ,腫れがあった
退院後足がしびれた
退院後の歩行はふらつき疲れを感じた
退院後体力が落ちた 入院中に予想していなかったふらつきを退院後に感じた
退院後疲れやすくなった
退院後運動するには力が必要だった
退院後階段昇降が辛く感じた
退院後一度体力が落ちた
退院後も胸部症状があった 外出先で苦しくなることがあった
退院後息切れするようになった
興奮や仕事上の問題に直面すると胸部症状が出た
退院後めまいを感じた 退院後めまいを感じた
入院前と同じように考え事ができなくなった 入院前と同じように考え事ができなくなった
退院後に物事を考え込むようになった
内服により内出血ができやすくなった 内服により内出血ができやすくなった
適応反応 身体面は改善した 身体面は改善した
自己概念―集団アイデンティティ様式 非効果的反応 退院後心機能の不安が生じた 退院直後不安が大きくなった
心機能に不安が生じた
胸部症状の出現により身体機能に不安をもつようになった
再発の不安が生じた
退院後仕事面の不安が生じた 仕事面の不安をもつようになった
退院直後不安が大きくなった
無理はできなくなったという認識になった 無理はできないと思うようになった
興奮すると心臓が反応するような状態の自分になった
再入院・再発は避けたいと思うようになった
適応反応 普通の生活を心がけた 普通の生活を心がけた
役割機能様式 非効果的反応 仕事のパフォーマンスが落ちることを退院後認識した 仕事のパフォーマンスが落ちた
仕事のパフォーマンスが落ちることは入院中は予想していなかった
退院後容姿を気に掛けなくなった 退院後容姿を気に掛けなくなった
禁煙が辛い タバコを吸えないことが辛い
退院後面倒なことが嫌になった 退院後面倒なことが嫌になった
周囲にこれ以上迷惑をかけたくないと思うようになった 周囲にこれ以上迷惑をかけたくないと思うようになった
適応反応 患者として生活に気を付けようと意識するようになった 興奮しないように立ち振る舞うようになった
患者として生活に気を付けようと意識するようになった
食べ物を気を付けるようになった
相互依存様式 非効果的反応 家族にあたってしまうことがある 退院後妻にあたってしまうことがある
適応反応 家族中心の考え方になった 入院を経て家族中心の考え方に変わった
家族への接し方が変わった
家族優先の考え方になった 家族に迷惑をかけられないと思っている
家族より先に死ぬことを考え心配になる
財産等整理しなければと思うようになった
家族・職場のサポートに感謝している 家族のサポートがつよくなった
家族のサポートに感謝している
理解ある職場に感謝している
その他 変わったことはない 変わったことはない
精神的健康 再発の心配がある 再発のことが気になる
胸部症状の出現が恐怖である 心臓関連症状の出現が気になり怖かった
胸部症状の出現がトラウマとなっている 心臓関連症状の出現がトラウマになっている
何もせずにはいられない 何もせずにいるとネガティブな方向に考えかねない
精神的に順調 精神的に順調
精神面のストレス・苦しみはない 精神面の苦しみはない
精神面のストレスはない

2. 反応

1) 生理的様式

【退院後体力が落ちた】【退院後も胸部症状があった】等7カテゴリーで構成された.【退院後体力が落ちた】は5サブカテゴリーから構成され,退院後にめまいやふらつきなどの体力低下を感じ,生活に支障が生じている状況が確認された.【退院後も胸部症状があった】は3サブカテゴリーで構成され,退院後の心臓を原因とする諸症状の出現を示すカテゴリーが得られた(非効果的反応).一方【身体面は改善した】と治療効果の実感を示す場合(適応反応)もあった.

2) 自己概念-集団アイデンティティ様式

【退院後心機能の不安が生じた】等4カテゴリーで構成された.「(病変部を)膨らませたっていうから,(中略)長くもつのかどうか.」退院後に再発の不安だけではなく,身体機能や仕事面などにわたる様々な不安を持つ状況が明らかになったが(非効果的反応),【普通の生活を心がけた】と状況に対処している場合(適応反応)もあった.

3) 役割機能様式

【患者として生活に気を付けようと意識するようになった】【禁煙が辛い】等の6カテゴリーで構成された.【患者として生活に気を付けようと意識するようになった】は3サブカテゴリーで構成され,患者役割を獲得し意識変革を行う状況(適応反応)が認められた.一方で【禁煙が辛い】と患者役割を担い禁煙している状況を辛いと思っている状況が明らかとなった(非効果的反応).

4) 相互依存様式

【家族・職場のサポートに感謝している】【家族にあたってしまうことがある】等4カテゴリーで構成された.【家族・職場のサポートに感謝している】は3サブカテゴリーで構成され,周囲の人間による手厚い支援に対する思いが示された(適応反応).しかし【家族にあたってしまうことがある】と家族という密接した関係に対し理性的でいられない状況(非効果的反応)も認められた.

また反応全体について【変わったことはない】のカテゴリーも生成された.

3. 精神的健康

【再発の心配がある】【胸部症状の出現が恐怖である】【胸部症状の出現がトラウマとなっている】【何もせずにはいられない】【精神面のストレス・苦しみはない】等6カテゴリーが得られた.

【再発の心配がある】では「まあそらもう胸は気になるね.またなったらという風に」と再発について心配する者の存在も明らかとなった.【胸部症状の出現が恐怖である】では「ほんのちょっと息苦しい.それがほら,結局気になっちゃうじゃないですか.普段別に発症していなければそのままなんだけど,発症しちゃってるから.ちょっと怖いかなって.」という語りが得られ,心疾患の既往のある身体となったことによって胸部症状に敏感に反応し恐怖,心配を感じている実態が示された.また【胸部症状の出現がトラウマとなっている】では「退院後4日後の仕事の状況(仕事中の胸部症状出現)がトラウマになっている.(自分一人では職場に)帰れないと思ったもん.救急車呼ぼうと思って.」と,復職後に感じた胸部症状が救急車を呼ぶか迷うほど重かった経験がトラウマとして語られた.なお,胸部症状出現に関するカテゴリーの抽出元となったデータは残存虚血がない者3名から抽出された.【何もせずにはいられない】の語りでは「(仕事に戻れたのが)よかったような気がします.逆に,何もしないでただ休んでいると,もっといろんなことを考えて,ひょっとして,もっと暗い方向に考えたかもしれない.」と仕事などで気を紛らわせることで気持ちを保つ必要がある状態が明らかとなった.以上の精神的健康低下を示すカテゴリーは復職した者,していない者両方から抽出された.

一方,【精神面のストレス・苦しみはない】では「(研究者:ここ最近の精神面は?)苦しいのはない.」等,健康な状態を印象付ける端的な語りが得られた.

Ⅵ. 考察

1. PCIを行ったACS患者の退院後の精神的健康

精神的健康に関して健康な状態を印象付けるカテゴリーが得られた一方,“心配”“恐怖”“トラウマ”を抱く者の存在も明らかになった.“心配”“恐怖”“トラウマ”については,再発に対して“心配”をもつカテゴリーと,退院後に胸部症状が出現し“恐怖”“トラウマ”をもつカテゴリーが示された.

再発の心配がある者は,「胸は気になるね.またなったらという風に」の語りに示されるように再度経験することを避けたい思いをもっていた.先行研究でもPCI後のAMI患者が再梗塞の懸念をもつことが指摘されている(石田ら,2014).AMIより広い概念であるACSを対象とした本研究において再発を心配ととらえるカテゴリーが抽出されたことから心筋壊死の有無に関わらず急性に冠動脈の高度狭窄や閉塞を来すため急激かつ重篤な症状を経験しうるACSの特徴的なカテゴリーと考える.またPCI後の患者は外科的手術と比較し侵襲度が低いために将来的に再発するのではと考える一方,外科的手術を行った患者は完治した感覚を持つことが指摘されている(船山ら,2002).同じACS患者であっても治療によって患者がもつ思いは異なるため,【再発の心配がある】は再発を危惧する傾向にあるPCI後ACS患者に特徴的なカテゴリーだと考える.

退院後に胸部症状が出現し“恐怖”“トラウマ”をもつカテゴリーは残存虚血がない者から抽出された.ACSは治療後も何らかの心筋障害が生じており(2012年度合同研究班,2013),再灌流が成功しても術式に関係なく胸部症状を自覚するリスクがある.本研究結果より患者は症状出現ごとにそれに伴う心理的負担を負い生活していることが明らかとなり,【胸部症状の出現が恐怖である】【胸部症状の出現がトラウマとなっている】は残存虚血の有無,術式に関わらず症状出現時にACS患者が抱きうる特徴的なカテゴリーだと考える.

PCIは低侵襲で入院日数も短く社会復帰も可能なことから重症感を伴いにくいが,患者の心機能・身体機能は確実に健常時と比べ劣り,“心配”“恐怖”“トラウマ”といった精神状態にある可能性が示された.【何もせずにはいられない】と仕事などで気を紛らわして生活している実態も示され,PCI後ACS患者の中には,退院後に精神的健康が低下した状態の者が存在する可能性が示唆された.

2. 刺激を受け示されたPCI後ACS患者の反応

【変わったことはない】というカテゴリーも得られたが,多くが何らかの変化を来していた.身体面の改善,患者役割の獲得等適応反応もあるものの,非効果的反応が様々記述された.生理的様式では【退院後も胸部症状があった】【退院後体力が落ちた】と非効果的反応を示すカテゴリーが得られ,発症により生じた心筋障害による症状(2012年度合同研究班,2013),加えて治療,入院による体力低下(大平ら,2008)を退院後に自覚しうることが明らかとなった.自己概念-集団アイデンティティ様式では退院後自分自身の心機能と仕事面に関して不安に思う気持ちや【無理はできなくなったという認識になった】と自分自身への評価を改め下方修正し認識している状態が明らかとなった.役割機能様式では【禁煙が辛い】と新たに獲得した患者役割が負担となっている状況,相互依存様式では【家族にあたってしまうことがある】と近しい者との関係を損ないかねない反応が示された.PCI後の患者は多くが復職もしながら病院で指導された療養方法を取り入れようと努力する一方(船山ら,2002),生活に制限がかかることで不安や辛さ,さらには家族との関係を損ないかねない非効果的反応を示しうることが示唆された.

3. PCI後ACS患者が経験する刺激

関連・残存刺激として就労環境,家族の経験・サポート,性格,生活習慣等の個人背景,特性が示され,ロイや小田が刺激になりうると示す社会経済状況,過去の入院経験や習慣が含まれた(小田,2009Roy & Andrews, 1991).そのほか心疾患に特徴的なカテゴリーが抽出された.ACSの胸痛が死を意識する痛みと表現(籏持,2001)されるほど強いものであることは広く普及している.【心臓疾患に対し恐怖心をもっていた】にもあるように発症前にメディアや伝え聞いて得た情報をもとに心臓疾患自体に恐ろしさを抱きうることが明らかになった.一方で【長い期間休むと治る胸痛をもっていた】とACS(AMI,不安定狭心症)患者から,入院に至るまでに許容範囲の痛みが継続していたカテゴリーも示され,概念枠組みを踏まえると,患者が経験する胸痛は個人で異なるが,程度によってはその後の反応,健康状態に影響を与えうることが推測された.

4. PCI後ACS患者の精神的健康への支援方法と体制

本研究結果よりPCI後ACS患者は焦点刺激を認識し,非効果的反応を示す場合,①胸部症状や体力低下といった身体的な症状を自覚する,②自分自身に自信をなくし評価を下方修正し認識する,③自身が担う役割による負担を感じる,④家族など近しい者に対し理性的でいられなくなるといった4種類の反応を示しうることがわかった.また精神的健康については健康な状態を印象付けるカテゴリーが得られた一方,“心配”“恐怖”“トラウマ”を抱く者の存在が明らかになった.今後量的研究による検証が必要であるものの,現時点でロイの適応モデルに従い考察すると,この4種類の非効果的反応が精神的健康の低下につながる可能性が考えられる.そのため,退院直後の外来では非効果的反応の有無について評価し,①身体的な症状を自覚する場合には心臓リハビリテーションの実施により運動負荷強度を知り(2000–2001年度合同研究班,2002),胸部症状が生じやすい状況を生活に反映させ予防的に行動することが可能なよう,生活に即した助言等の支援を行うことが効果的だと考える.また②自分自身に自信をなくし評価を下方修正し認識する場合には退院後の生活の振り返りを看護師もしくは臨床心理士が行い,退院後の生活において実施できている部分を評価し自己効力感を高める関わりが求められる.③自身が担う役割による負担を感じる,④家族など近しい者に対し理性的でいられなくなる,においては負担の原因となっている社会もしくは家庭内の役割をアセスメントし,負担軽減もしくは役割移行が可能か調整を行う必要がある.いずれも看護師が介入可能な内容だが,外来の限られた時間の中で全員に実施することは難しい.そのためまず非効果的反応を示し精神的健康が低下するリスクが高い者のスクリーニングを退院後にかけて行うことが有効と考える.また上記スクリーニングにおいては退院後の生活状況の評価が必要であるため,入院中から外来まで継続した評価,そのための外来部門と病棟の連携が求められる.さらに,再発や胸部症状の出現に対し“心配”“恐怖”“トラウマ”を抱いていることを示すカテゴリーが生成されたことから,精神面への支援として発症時の経験の振り返りや胸部症状出現時の対応方法の教授等が有効と考えられる.

PCI後ACS患者が退院後,“心配”“恐怖”“トラウマ”を抱く可能性が示唆されたが,現状として十分な心理社会的サポートは行われていない(高橋ら,2014).PCIの普及により救命率が上がった現状において患者が疾患と共に生活していくことが可能なよう,医療従事者に対する患者の精神的支援の必要性に関する教育と共に患者への支援体制の整備が必要であることが示唆された.

5. 本研究の限界と今後の課題

本研究対象者は首都圏の1病院に入院した45–74歳の10名(内男性9名)であり発達段階の異なる対象者が含まれ,女性が1名と少ないため,今後対象施設,対象者数を増やし,属性を考慮した分析を行い,新たなデータ産出の有無について確証をとることが求められる.また非効果的反応と精神的健康低下の関連性について,今回の質的研究では概念枠組みに基づいた記述にとどまるため今後非効果的反応が精神的健康低下をもたらすか量的研究により縦断的に検証する必要がある.本研究で得られた示唆を踏まえ,今後は具体的に導入可能なPCI後ACS患者への精神的健康に対する支援体制の構築が課題である.

謝辞:ご協力いただいた対象者様,また研究実施施設院長,看護部長,看護スタッフの皆様へ御礼申し上げます.本研究はJSPS科研費JP26861896を受け行われた.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MDおよびHFは研究の着想およびデザインに貢献し,すべての著者が分析過程から草稿の作成,最終原稿の確認,承認を行った.

文献
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