日本看護科学会誌
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原著
医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した先天異常のある子どもの母親のレジリエンス
山岡 愛吾妻 知美
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2018 年 38 巻 p. 151-159

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Abstract

目的:医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した先天異常のある子どもの母親の経験や思いから,母親のレジリエンスの一端を明らかにする.

方法:在宅療養中の先天異常のある子どもの母親7人に感情浮沈図を用いて半構造化面接を行った.データは内容分析の手法を用いて分析し,母親のレジリエンスについてカテゴリー化した.

結果:母親のレジリエンスとして【退院への意志】【ネガティブ感情に負けない力】【夫の存在】【信頼できる医療者の存在】【子どもの生命力】【家族の存在】【妊娠と出産のポジティブな思い】【同じ境遇の母親の存在】【母親としてのプライド】【ソーシャルサポート】が抽出された.

結論:医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した先天異常のある子どもの母親のレジリエンスは,退院への意志,母親の性格,周囲の人々との信頼関係や支援,子どもの生命力,子どもとの相互作用によって培われた母親としての思いであった.出産前からの計画的な支援,母親と子どもの相互作用に着目した支援,在宅療養への段階的な支援が重要であることが示唆された.

Ⅰ. 緒言

出生後,長期に入院する子どもが在宅療養へ移行できない要因は環境や支援体制のみならず,家族の考えや受け入れに関わることが大きい(滝ら,2011).子どもが在宅療養へ移行するまでに,母親は子どもが出生した理由を自問し自分なりの答えにたどりつくことで出生を受け入れ,家族の支えや育児の自信獲得により子どもの退院への確固たる意志を持つようになる(木戸ら,2012).また,在宅療養が継続できている医療的ケアを必要とする子どもの養育者は,子どもの回復期にケアに参加することで医療的ケアは子育ての一環と考え,子どもと共にやっていこうという覚悟ができる(馬場ら,2013)ことが明らかにされている.このように子どもが在宅療養へ移行する過程で,母親は様々な困難に直面しながらも,その困難に立ち向かい乗り越える経験をしている.この経験には母親のレジリエンスが影響しているのではないかと考えられる.

レジリエンスとは人間の適応システムがもつストレスや逆境に対する頑健さや回復力で(氏家,2013),レジリエンスを支える要因は,肯定的な考えや行動力,家族や周囲の存在である(Grotberg, 2003).近年,様々な学問領域で研究が進められ,看護分野では,患者やその家族が持つレジリエンスを高め,疾患や療養生活によるストレスからの回復を促す援助を試みる研究が多い(大久保ら,2012).しかし,医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した子どもの母親においてレジリエンスという概念で捉えたものはない.そこで本研究では,妊娠中あるいは出産直後に先天異常を告知され,医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した子どもの母親の経験や思いから,母親のレジリエンスの一端を明らかにすることを目的とした.それによって,看護師は妊娠中から出産,子どもが在宅療養へ移行するまでの家族支援をより広い視野で行うことができ,母親や家族が危機的状況から脱する一助となると考える.

Ⅱ. 用語の定義

レジリエンス:避けることのできない逆境に立ち向かい,それを乗り越え,そこから学び,さらにはそれを変化させる能力(Grotberg, 1999).

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

内容分析を用いた質的研究デザイン

2. 研究参加者の選択基準

研究参加者は,妊娠中あるいは出産直後に先天異常を告知され,医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した子どもの母親で,子どもが出生後最初の退院から1~2年程度で,近畿圏内にある都市部の2病院のいずれかを利用している.母国語が日本語で,精神疾患や日常生活に支障をきたす基礎疾患がなく,自宅で子どもと暮らしている人とした.

なお,障害児の親の障害受容過程において,子どもの障害の種類や重症度が影響を及ぼすことが明らかになっており(桑田・神尾,2004),出生後に長期に入院する子どもの母親においても同様に影響が考えられる.また,医療的ケアが母親の養育負担感に影響を及ぼしていることから(久野ら,2006),看護度・介護度に一定基準を設ける必要があると考えた.そこで,医療的ケアに基づく障害判定基準(鈴木・山田,2005)を参考に,調査時点で呼吸管理や食事機能等のスコアの合計が10点以上の子どもに限定し,医療機関から母親の紹介を受けた.

3. データ収集

研究参加者が出来事を時間軸において構成し,可能な限り現象を再現できるように感情浮沈図を用いた.感情浮沈図は,個人がどのように過ごしてきたかを曲線で表現し,その山と谷を中心に話してもらいながら,その時の困難などを引き出す手法である(島内,1985).横軸は妊娠から在宅療養へ移行するまでの時間,縦軸は感情の状態を表わし,上に行くほど「+(プラス)」の状態,下に行くほど「-(マイナス)」の状態とした.

データ収集は2015年12月に実施した.まず,インタビューガイドをもとに,研究参加者の年齢,職業,家族構成,マンパワー,子どもの年齢.性別.主な疾患や先天異常の告知の時期,在宅療養に移行するまでの期間,移行してから今までの期間,利用している社会資源について研究参加者より聴取した.そして,研究参加者に感情浮沈図を記入してもらい,妊娠から在宅療養へ移行するまでの感情の浮沈,感情が立ち上がったきっかけについて自由に語ってもらった.面接は研究参加者の了承を得た上で録音した.

4. 分析方法

本研究では,研究参加者の語り(データ)の言葉の表現だけではなく,その言葉の示す本質的な意味を文脈から推論し,メッセージの持つ意味を多角的に捉えるために,Content Analysis; An Introduction to its Methodology初版(Krippendorff, 1980/1989)の視座による内容分析を用いた.1)録音内容を研究参加者ごとに逐語録に起こした.2)研究参加者ごとに逐語録を精読し「母親の困難を乗り越えるためのさまざまな方法や支援など」に関連する語りを抽出した.3)文脈を重視しながら意味のまとまりのある文脈に区分し,1文脈1単位とした.4)文脈を熟考したうえで意味内容の類似性に着目しながら抽象化をすすめ,サブカテゴリー,カテゴリー化した.5)さらに同質の中心的意味を持つと考えられるものをまとめ,大カテゴリーを導き出した.

真実性と信憑性の確保は,内容分析の経験が豊富な研究者に研究方法,プロセス,分析結果についてスーパーバイズを受けること,また,最終的な段階で小児看護専門看護師に内容を確認してもらうことで確保した.面接は原則1人1回とし,研究参加者の負担を考慮し,データの解釈の確認は依頼しなかった.

5. 倫理的配慮

本研究は京都府立医科大学医学倫理審査委員会(承認番号ERB-E-307)及び各病院の倫理審査委員会の承認を経て行った.外来主治医・看護管理者から研究参加者の紹介を受け,書面と口頭で調査の趣旨,協力は任意であること,倫理的配慮について説明し同意を得た.面接は研究参加者の希望の日時を調整し,リラックスできるように個室を用意した.データは個人を特定できないように番号を用い,ネットワークがつながらないパソコンに保存し,パスワードをかけて管理した.研究参加者の精神的負担を予防するために,話すことで逆に楽になるように,言動の様子をうかがいながら傾聴する姿勢でインタビューした.

Ⅳ. 研究結果

1. 研究参加者と子どもの概要

研究参加者7人の年齢は30~40歳代,そのうち2人が有職者であった.子どもの年齢は9か月~3歳,主な疾患は染色体異常,筋疾患,脳性麻痺などで,気管切開,レスピレーター管理,酸素吸入,吸引,経管栄養などを必要としていた.先天異常の告知は妊娠中~出産後と様々で,6人が核家族であった.感情浮沈図において,全員が先天異常の告知時に感情が急激に下降していたが,その後の立ち上がりについては個々によってさまざまであった.出産前に先天異常の告知を受け感情浮沈の幅が大きい傾向にあった1例と,出産後に先天異常の告知を受け,感情の状態がマイナスのまま経過した1例を示す(図1).

図1

母親の感情浮沈図

2. 医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した先天異常のある子どもの母親のレジリエンス(表1

面接時間は30~80分(平均51.7分)で,面接内容の逐語録から抽出された母親のレジリエンスの文脈は185文脈であった.分析の結果,5の大カテゴリーと10 のカテゴリー,29のサブカテゴリーに分類された.すべての母親から全てのカテゴリーが抽出されたわけではなく,個人によって異なり,確認された時期もさまざまであった.なお,文中の【 】はカテゴリー,〈 〉はサブカテゴリー,インタビューの内容は小サイズのフォントで表記する.

表1 医療的ケアを継続しながら在宅療養へ移行した先天異常のある子どもの母親のレジリエンス
大カテゴリー カテゴリー サブカテゴリー
退院への意志 退院への意志 退院するのが当然という思い
普通に育児しているという感覚
在宅療養の不安の軽減
医療的ケアの受容
母親の性格 ネガティブ感情に負けない力 行動力
情報収集
前向きな性格
気持ちを奮い立たせること
泣くこと
気持ちを整理
子どもとの相互作用によって培われた母親としての思い 妊娠と出産のポジティブな思い 授かった命の慈恵
出産の経験
母親としてのプライド 母親としてのプライド
子どもの生命力 子どもの生命力 生命力を感じること
直接的な触れ合い
子どもの笑顔
周囲の人々との信頼関係や支援 夫の存在 一緒に考えてくれる
目標の一致
育児の協同
共に居てくれる
連れて帰ろうという言葉
信頼できる医療者の存在 思いを受け止め支援する存在
在宅療養へ向けた支援
子どもを認めてくれる存在
家族の存在 きょうだいの存在
親族の支援
家族で過ごす時間
同じ境遇の母親の存在 同じ境遇の母親の存在
ソーシャルサポート ソーシャルサポート

1) 退院への意志

この大カテゴリーは以下の4のサブカテゴリーで構成される【退院への意志】で構成された.抽出された185文脈のうち,このカテゴリーに関連する文脈が最も多かった.

〈退院するのが当然という思い〉は,家で育てたい,家族で過ごしたい,家に帰ることが子どもにとって最善であるという思いであった.

病院にいても,よくならないんやったら,家に帰った方が絶対にいいって.絶対自分らと居た方が幸せやし…(中略)…病院に,子どもを置いとくのが,自分らは耐えられなかったです.

〈普通に育児しているという感覚〉は,たとえ子どもに病気や障害があったとしても健康な子どもと同じように,普通に季節の行事を体験させ,日常の中で普通に子どもを育てるという母親の感覚である.また,その子なりの成長があり,それをありのまま受け入れている感覚であった.

クリスマスがある,誕生日がある,お祭りがある,花火がある,そんなんは,やっぱ,体験させてあげたいと思っていましたね.

〈在宅療養の不安の軽減〉は,医療者のサポートや,退院後の生活を自ら調整したり,在宅療養をしている子どもの母親との交流を通して家での子どもとの生活を具体的にイメージできたこと,また,医療的ケアの練習や子どもの病状が安定したことにより家で安心して子どもを看ることができると母親が感じたことであった.

私,具体的に想像できないって言ったら,お友達のお母さんが…(中略)…全部教えてくれて,そこで,ようやく,帰れるかもって思ったんですよ.

本人もそこそこ,状況は落ち着いてはきて,呼吸器を外してお風呂入ったりもしてたので,これやったらいけるかなと思って.

〈医療的ケアの受容〉は,不安をもちながらも医療的ケアの習得に臨み,実施できることであった.

いちいち説明するというよりも,やって,慣れていくっていう感じでしたね.気管のカニューレの交換とかも.

2) 母親の性格

この大カテゴリーは以下の6のサブカテゴリーで構成される【ネガティブ感情に負けない力】で構成された.ネガティブ感情は抑うつや不安などの陰性感情を示す(川人ら,2011).【ネガティブ感情に負けない力】とは,期待していた妊娠や出産ではなかったこと,子どもの生命の危機,母子分離などによって生じる母親のネガティブ感情に負けない力を意味する.

〈行動力〉は,子どもに病気や障害があるという事実に衝撃を受け,到底現実を受け入れられることはできないが,そのなかでも子どもの為にできることを行う母親の力であった.

できることを,生まれた時にやっていくよなって,パパとも話していた.

〈情報収集〉は,子どもの病気や在宅療養についての情報を調べたり,在宅療養している子どもの母親のブログ(weblogの略)を閲覧したり,医療者に質問する母親の行動であった.

へこまないように,色んな情報を仕入れてから,先生と結果とか,聞くようにしていた.

〈前向きな性格〉や〈気持ちを奮い立たせること〉は,母親が捉える自分の元来前向きである性格や,前向きになろうと努力している特性であった.

なんとかなるんじゃないで生きてきたので,そういう気持ちは,持っていてよかったなって,この子産んで思いました.やっとこの子産んで,自分のいいところが,すごいわかりました.

〈泣くこと〉は,困難や不安に直面し,どうにもならなくて精神的に耐えられず,時に夫や看護師の前で涙を流し,辛さや悲しみを表出できる母親の対処であった.

看護師さんの前でも泣いちゃったし,もういいや泣こうと思って,思い切り泣いて.

〈気持ちを整理〉自分の気持ちを整理し,気持ちを切り替え,前を向いてやっていこうとする母親の姿であった.

看護師さんが…(中略)…代わりに抱っこしてくれたら,○○ちゃん泣き止んだんですね.その時がすごいショックやって.看護師さんの方がずっとみてくれているから…(中略)…でも,気持ち切り替えて,次の日には,○○ちゃんに泣かれてもいいや,自分で抱っこをするってなりました.

3) 子どもとの相互作用によって培われた母親としての思い

この大カテゴリーは【妊娠と出産のポジティブな思い】と【母親としてのプライド】の2つのカテゴリーで構成された.

(1) 【妊娠と出産のポジティブな思い】

このカテゴリーは妊娠や出産の充実感や満足感などの陽性感情を示す.

〈授かった命の慈恵〉は,胎動を感じることで胎児の存在を確認し,わが子を慈しむ母親の思いであった.

でも,動いているし…(中略)…産むってこと自体は,変りも,揺るぎがなかった.

〈嬉しかった出産〉は,子どもを出産したことが普通に嬉しいという母親の気持ちであった.

出産のときはただただ嬉しかったんです.

(2) 【母親としてのプライド】

病院にいるよりも家に連れて帰った方が子どもはさみしくない,母親である自分の方が子どもを看ることができる,家の方が自分の思うように子どものお世話ができるというような,母親としての自負,誇り,責任であった.

自分の子やのに,何かをするのに,なぜ全部許可がいるんだろうって,そのときすごい思ったんですよ.だから,帰ってからの方が,自分のある意味好きにできるっていうか,やっと,自分の思うようにお世話ができる.

4) 子どもの生命力

【子どもの生命力】で構成された.

〈生命力を感じること〉は,子どもの病状が安定し元気であると母親が感じることや,子どもの生命力を信じる母親の思いであった.

○○ちゃんが元気だったら,自分らも元気だし,○○ちゃんがしんどうそうだったら,大丈夫かなって,不安になるし.

〈直接的な触れ合い〉は,抱っこや直接触れることで感覚的に子どもの命を母親が感じることであった.

やっぱり初めて沐浴させてもらったりだとか,ちっちゃいながらもおっぱいくわえてくれただとか,いっぱい嬉しい.

〈子どもの笑顔〉は,子どもが喜んでいると母が感じることであった.

笑ってくれることが,どれだけ自分の中では,あの,すごい,心の支えになったか.

5) 周囲の人々との信頼関係や支援

この大カテゴリーは【夫の存在】,【信頼できる医療者の存在】, 【家族の存在】, 【同じ境遇の母親の存在】, 【ソーシャルサポート】の5つのカテゴリーから構成された.

(1) 【夫の存在】

全員がパートナーと婚姻関係にあり,本カテゴリーを「夫」と表現した.

〈一緒に考えてくれる〉は,子どもの手術などの治療の決定や,家に連れて帰る決意などの意思決定を行う場面で,一緒に子どものことを考え,決定する夫の存在であった.

パパだけでした.パパには言えた…(中略)…そこだけは,この1年,2年間を過ごせた救いだったと思います.それがなかったら,私壊れていたと思います.

〈目標の一致〉は,子どもの治療や育児について夫と話し合い,その思いや方針,目標が夫と同じであると母親が感じたことであった.

元気に産んであげられなかったことを,ごめんっていう気持ちは,多分,一生,一生,離れないけど,そのごめんを絶対,○○ちゃんの前では言わんとこうって.○○ちゃんは,ごめんとは絶対思っていないはずだと,パパとも言っていて.○○ちゃん,絶対聞いているしね.

〈育児の協同〉夫が一緒に育児を行い,時に母親ができないことを補ってくれることであった.

パパは…(中略)…生まれてから○○ちゃんに会いに行かなかったことがなくって.毎日,毎日,○○ちゃんのことを考えて,やってくれていたのが,やっぱり大きかったと思います.

〈共に居てくれる〉は,健診などにいつも一緒に行き,そばにいてくれる夫の存在であった.

パパがね,結構うちは,基本的にはずっと居てくれるので.

〈連れて帰ろうという言葉〉は,子どもを家に連れて帰ろうという夫の言葉であった.

主人は生まれた時から,連れて帰るって…(中略)…もともと,私より,連れて帰りたいっていうのは,ずっと言っていましたね.

(2) 【信頼できる医療者の存在】

〈思いを受けとめ支援する存在〉は,母親の様々な思いを受け止めて,母親の意志を尊重し,支援する,信頼できる医療者の存在であった.

産む前から,色々ほんとサポートとかしてくれて.こう,生まれてから自分らがどうしたいかとか聞いてもらってたんで.

〈在宅療養へ向けた支援〉は,医療的ケアの練習や退院調整などの在宅療養への具体的な支援と段階的な移行であった.

緊急時に,優先的に受け入れるようにしていますと△△病院の先生が言って下さったので…(中略)…確実に,そこの受け入れ態勢を確保してくださいっていうのをお願いしたんですよね.

〈子どもを認めてくれる存在〉は,母親は子どもの現状を受け入れられず苦悩していたが,子どもをかわいがる医療者の存在に対してありがたいと感謝や嬉しい気持ちを語っていたことであった.

周りの看護師さんとか先生とかが,ほんとに,すごくかわいがってくださって,かわいい,かわいいって言ってくれて,すごい,手厚く色々してくださって.それに救われた…(中略)…本当にありがたいなって思って.

(3) 【家族の存在】

〈きょうだいの存在〉は,患児のきょうだいが医療的ケアを必要とする子どものありのままを受け入れている様子に母親は精神的に助けられていると感じること,また,患児のきょうだいの存在自体が力になっていると母親が感じることであった.

あの子たちも口癖で,○○ちゃんは,○○ちゃんやからいいねんって,言っている.素直に,引き入れてくれてる感じはします.すごい頼もしいですね,ほんとに,助けられてます.

〈親族の支援〉は,自分や夫の両親,きょうだいが子育てを助けてくれているということであった.入院中の支援としては,精神的支援や,特に患児にきょうだいがいる場合には主にそのきょうだいの世話を祖父母が行っていた.

○○ちゃんが(異常がある)ってなったときも…(中略)…父母も近くにいてサポートしてくれるし…(中略)…環境整っているって思ったら,怖くない.なんとも思わなかったんですよ.

〈家族で過ごす時間〉は,子どもと一緒に家族で過ごす時間を幸福だと母親が感じることであった.

入院中NICUの奥の部屋で,家族水入らずに過ごさせてもらったんですが,気持ち的には,すごいハッピーになった.

(4) 【同じ境遇の母親の存在】

自分と思いを分かち合える,同じように医療的ケアを必要とする子どもの母親の存在であった.他の母親に助けられた母親は,その後に出産した同じような境遇の母親に情報提供を行うなどの役割を担っていた.

お友達のお母さん,本当に,私,あのお母さんがいたから,そもそもNICUにも面会に通えたと思うんですよ…(中略)…自分だけじゃないわって.

(5) 【ソーシャルサポート】

母親の力になっている社会資源のサポートや人との出会いであった.

○○ちゃんのおかげで貴重な経験をさせてもらっている…(中略)…いろんな人との出会いもある.病院でも大きくなったねって言われて,色んな人に成長をよろこんでもらってよかったねって○○ちゃんに話している.

Ⅴ. 考察

子どもの先天異常の告知から在宅療養へ移行するまでに,母親は子どもの命の危機に何度も直面し不安や困難を抱え,感情が変動している様子が感情浮沈図より確認された.また,感情が立ち上がったきっかけは母親のレジリエンスとしてとらえられ,土台に周囲の人々との信頼関係や支援,子どもの生命力,母親の性格があり,子どもとの相互作用によって培われた母親としての思いや,退院への意志が在宅療養へ移行するという決意につながっていると考えられた.

1. 周囲の人々からもたらされる力

子どもの健康障害によらず夫の協同は不可欠であるが,たとえ子どもに健康障害があっても夫がなかなか育児に関われていない現状がある(小沢ら,2010).しかし,本研究の【夫の存在】は積極的に母親を支える存在であった.【同じ境遇の母親の存在】は心強い同士であるとともに,情報提供者としてわが子との生活を具体的にイメージする一助になり,さらに,母親自身が後に続く同じ境遇の母親へ情報提供を行うきっかけにもなっていた.これは母親が自分だけではないという思いを強め,同じ立場からのアドバイスに助けられ,さらに次世代への援助者となっていた西田(2006)の報告と同様であった.出産前に先天異常を告知された母親は,【信頼できる医療者の存在】によって計画的に出産を迎えられ,出産がうれしいと前向きにとらえていた.子どもの現状を受け入れられず苦悩していた母親は,出生してから限られた空間の中で過ごす子どもの存在価値や生まれてきた意味を求め続けていた.しかし,医療者が子どもの存在価値を認めることが,子どもの生まれた意味を見出すきっかけになっていたと考えられた.このように,本研究においても,周囲の人々からもたらされる力が母親のレジリエンスであることが確認された.

2. 子どもとの相互作用による力

子どもの存在や,妊娠中からの子どもとの相互作用によって培われた思いが母親の力となっていた.【妊娠と出産のポジティブな思い】を持っていた母親は共通して胎動を感じ,確固たる意志を持って出産に臨んでいた.一般的に,母親は胎動を感じることによって胎児の存在を確認し安心する(横尾・中込,2009).また「異常を診断された胎児と生きる妊婦は,自身の身体で子どもを知覚することによって子どもの無事や回復の奇跡を確信し,子どもと共に在る時間を親の役割として認識していた」(荒木,2011)とあり,胎動を通して自分のお腹の中で生きている子どもの命を感じ,〈授かった命の慈恵〉が母親に子どもと共に在る意味を与えていた.つまり,胎動を感じ,妊娠を肯定的に捉えることそのものが,母親のレジリエンスであると考えられる.出産後も母親は子どもの病状に一喜一憂する日々を過ごしていたが,病状の不安定さや手術などの局面で子どもが乗り越えて回復する様子や,【子どもの生命力】を五感で感じることで自責の念などのネガティブ感情がやわらいだのではないかと推察された.それだけではなく,母親は抱っこすることで妊娠中や出産時の感覚がつながったという経験(本田ら,2015)からも,子どもが在るという確かさを感じることは母親である実感を促す.【子どもの生命力】は母親を勇気づけ,立ち向かっていこうとする原動力(レジリエンス)になり,母性意識は胎児.新生児との相互作用から形成.発展する(新道・和田,1990)ことから,子どもとの相互作用の中で【母親としてのプライド】が培われていることが考えられた.

3. 母親の性格に起因すると思われる力

【ネガティブ感情に負けない力】における,母親の楽観性や行動力,問題解決志向(状況を改善するために問題を積極的に解決しようと解決方法を学ぼうとする力),自己理解(自分自身について理解し自分の特性に合った目標設定や行動ができる力)はレジリエンスの個人特性であり(平野,2010),母親は衝撃を受けながらも,本来持つ母親の性格を発揮し,困難を乗り越えていた.

4. 退院への意志を持つまでの過程

母親には子どもが〈退院するのが当然という思い〉や〈普通に育児しているという感覚〉があった.この思いや感覚は,先述した子どもが在宅療養へ移行する際の母親の心理過程(木戸ら,2012馬場ら,2013)において,困難の中であっても周囲の人々に支えられながら,本来持つ母親の性格を発揮し,子どもとの相互作用によって培われ,母親の原動力となるものであった.

5. 看護上の示唆

明らかになった母親のレジリエンスを発展させるような支援が必要である.まず,個人がもつ獲得的なレジリエンスの要因(平野,2010)を強化するためには,自己理解ができるような働きかけ,また,一般的な育児から医療的ケアの習得まで母親の成功体験を重ねてレジリエンスの1つである自己効力感が高められるように働きかけていくことが必要である.母親と周囲の人々との関係調整を支援し,同じ境遇の母親との交流ができるような配慮等を行い,家族の力で先天異常のある子どもが出生したという事実に少しずつ向き合えるように支援する必要がある.

さらに,他者との関わりの中で発展されうる能力について,「ケアをする能力は養成されなければならないのであり,その養成は,この能力が他者によって呼び起こされることによってはじめて可能になる」(Roach, 1992/1996)とある.母親は時に看護師や同じ境遇の母親をロールモデルとして捉え,子どもへの慈愛を呼び起こし,また,母親が子どもにケアをすることで子どもの生命力を感じ,母親の能力は子どもとの関わりによって養成され,母子間の相互作用の結果として,母親としてのプライドに繋がるのではないだろうかと考えられる.「母親はケアされ母親は子どもをケアすることで,母親は子どもからの学びを得て母親としての成熟へと進む」(池内・内藤,2009)とあるように,子どもとの相互作用が母親のレジリエンスを高める可能性があることが示唆された.個々にあるレジリエンスは違うことを看護師は認識し,ありのままを受け止め,子どもと母親自身が大切にケアされていると母親が感じとれるよう,支えていくことが重要である.

Ⅵ. 研究の限界と今後の課題

本研究の研究参加者は,自身の経験を語る意思があり,積極的な性格の人であったと考えられる.また,医療体制等が充実した都市部の人であり,データが偏っている可能性がある.引き続きデータ収集を行い,先天異常の告知の時期や子どもの同胞の有無などによる検証が課題である.そして,各カテゴリーの関係性や「子どもとの相互作用によって培われた母親としての思い」に至るまでの過程は今回明らかになっておらず,研究を進めていく必要がある.

付記:本研究は2015年度京都府立医科大学大学院保健看護学研究科修士論文の一部を加筆・修正したものである.なお,第36回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:お忙しい中,調査にご協力いただき貴重な経験を語っていただいたお母様方,研究参加者のご紹介を快く承諾していただいた病院関係者の皆様へ厚く御礼申し上げます.修士論文作成中に重要なご助言をいただきました小児専門看護師橋倉尚美様と,本論文の投稿にあたりご指導ご助言をいただきました大阪医科大学泊祐子教授に心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:AYは研究の着想,デザイン,データ収集,データ分析,原稿の作成など全過程を実施した.TAはデータの分析,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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