日本看護科学会誌
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総説
がん治療後のリンパ浮腫をもつ患者における複合的治療のアドヒアランスの概念分析
井沢 知子荒尾 晴恵
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2018 年 38 巻 p. 169-175

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Abstract

目的:がん治療後のリンパ浮腫患者における複合的治療のアドヒアランスの概念分析を行う

方法:WalkerとAvantの手法で,医学領域,看護学領域,理学療法学領域,心理学領域の4領域から文献検索し50論文を抽出した.

結果:属性に【精神的に安定している状態】【リンパ浮腫や複合的治療についての理解】【主体性】【実施方法やスキルの工夫】【複合的治療の実行・評価】【リンパ浮腫を自己管理できるという自己効力感】【医療者からの学習の促し】【医療者とのパートナーシップ】,先行要件に【慢性的な苦痛症状】【長期管理の必要性】【複合的治療の自己管理を余儀なくされる】,帰結に【リンパ浮腫の症状】や【QOL】の改善が抽出された.

結論:概念を「精神的に安定した状態でリンパ浮腫や複合的治療について理解し,主体的に複合的治療のスキルを工夫して実行することであり,患者の自己効力感が影響する.これらは医療者からの学習の促しと,患者と医療者との間に築かれたパートナーシップを通して実現される」と定義した.

Ⅰ. 緒言

がんは,我が国では1980年代から現在まで死因の第1位を占めている.2016年のがん罹患数予測は約1,010,200例であり,(国立がん研究センターがん登録・統計),がんの5年相対生存率は60%を超え,がん罹患者数は増える一方である.がんの根治を目指すために行われる手術療法でリンパ節郭清術を伴うと後遺症としてリンパ浮腫が生じる場合があり,一度発症すると非可逆性となり完治は難しく難治性である.国内には未受診の患者も潜在的にいると想定されるが,がん治療後のリンパ浮腫患者は10万人以上存在すると言われている(奥,2016).

リンパ浮腫とは,国際リンパ浮腫学会では「リンパの輸送障害により,リンパ運搬能力が低下して間質内の血漿由来のタンパクや細胞が運搬できず貯留すること」と定義される(日本リンパ浮腫研究会編,2016).徐々に進行し非可逆性のリンパ浮腫となると,身体的負担,外見上の問題に加え,蜂窩織炎を繰り返すなど悪化の一途をたどる(Ostby & Armer, 2015).リンパ浮腫の対処には,圧迫療法,運動療法,スキンケア,マニュアルリンパドレナージからなる複合的治療と日常生活指導が推奨されている(小川,2016).これらの複合的治療を行わずに症状が悪化すると,蜂窩織炎などの炎症が繰り返され社会生活に支障をきたす(Ridner & Dietrich, 2008).このような事態にならないためにもがん治療後のリンパ浮腫患者は,日常生活の中に複合的治療を取り入れ,生涯継続することが求められる.しかし,身体的な苦痛や複雑な手技を実践する煩わしさが伴うため,継続することは,患者にとって大変負担を伴うため容易なことではない(Ridner & Dietrich, 2008Fu et al., 2013Ostby & Armer, 2015).

治療を主体的に行っていくには,患者が医療者からの推奨に同意して,必要な内容を実践し,生活に取り入れるアドヒアランスの考え方が必要となる.リンパ浮腫は日々浮腫の増減を繰り返すため,患者は生涯にわたって複合的治療を継続することになり慢性疾患と類似する.慢性疾患患者にとってのアドヒアランスの意味合いは,病気の悪化による身体症状への対応だけでなく,患者自身が疾病と共存するために生活の取り入れや再構築を意味し,根本的に自分の生活を見つめて立て直すことを含んでいる(黒江・普照,2004).このことは,リンパ浮腫も同様であり,患者がリンパ浮腫を生涯抱えながら生きていくために治療の主体的な遂行と,心理社会面を含んだ包括的な生活面への捉えなおしが重要である.アドヒアランスに着目することで,継続困難なリンパ浮腫の複合的治療の生活への取り入れ,継続を支援できるのではないかと考えた.服薬のアドヒアランスについては,その重要性が示されている(菅野,2016山本・百田,2016)が ,がん治療後のリンパ浮腫をもつ患者における複合的治療は,様々な手技や圧迫といった身体的苦痛を伴う行為を患者が継続していく要素が含まれており,このような多様な治療のアドヒアランスに関する概念は明らかとなっていない.そこで,がん治療後のリンパ浮腫における複合的治療のアドヒアランスの概念を明らかにし,患者が複合的治療を継続できるような看護支援への示唆を得ることを目的とする.

Ⅱ. 研究方法

1. 分析方法

WalkerとAvantの概念分析(Walker & Avant, 2005/2008)を用いた.この手法は,概念構築の背景,関連概念との相違,先行要件,結果,概念の定義を検討し,定義的属性を決定し,概念自体の本質を明らかにする.がん治療後のリンパ浮腫の複合的治療のアドヒアランスについての概念の分析方法は,①関連する4領域すなわち医学領域,看護学領域,理学療法学領域,心理学領域の4領域におけるアドヒアランスの使われ方について概観し,②関連概念と比較して属性を明確にした上で,③がん治療後のリンパ浮腫患者の複合的治療についての概観を示し,④がん治療後のリンパ浮腫の複合的治療のアドヒアランスの先行要件と帰結を示した.これらのプロセスを踏まえて最終的にその概念を検討した.

2. データ収集方法

「アドヒアランス」の使われ方については,一般的な辞書や英語辞書など幅広く活用した.次に,リンパ浮腫に関連する医学,看護学,心理学,理学療法学の領域を加え,「アドヒアランス」の用語が使われ始めた1990年から2016年までを検索した.データベースは,MEDLINE,CINAHL plus,PsycoINF,Pedro,web of scienceを用いた.検索する際には,adherence,self-care adherenceを含む原著およびレビュー論文を選んだ.web of scienceでは,“self-management and lymphedema”の原著論文のうち被引用頻度が多い重要論文からOncology,Nursing,Rehabilitationの領域を選択したものを抽出した.和文では医学中央雑誌で会議録を除く検索語“セルフケアand患者アドヒアランス”の原著論文を抽出した.それぞれの領域のデータベースから計207件を抽出し,重複論文を削除して英文を89件にしぼり,英文と和文の計182件とした.さらにそれぞれから短報や事例報告を132件削除し,最終的に和文22件,英文28件を合わせた計50論文を抽出し分析の対象とした.

Ⅲ. 結果

1. アドヒアランスという概念の使われ方

1) アドヒアランスの一般的な捉え方

アドヒアランスの語源は,フランス語の「アデランス「adhérence」」という同義語で「付着・くっついて離れない」「忠実な支持」という意味合いを含んでいた.新英和中辞典(研究社,2003)では,アドヒアランスは「固守・執着・忠実・支持」の意味が載せられていた.ライフサイエンス医学辞書では「患者が能動的に治療に参加すること」と示されていた.以上より,アドヒアランスは一般的には「必要な事項に対して能動的に取り組むこと」と捉えられている.

2) 4領域でのアドヒアランス

(1) 医学領域

アドヒアランスとは,従来患者が能動的に治療方針の決定に参加し,自ら治療を遂行することを意味している(石井,1995).医学領域でアドヒアランスを検索すると,糖尿病や心疾患,精神疾患などの服薬アドヒアランスに関する内容が多数を占めていた(Tu et al., 1993Dickson et al., 2012Yap et al., 2016).これらの疾患で服薬アドヒアランスに関する論文が多いのは,治療上服薬が不可欠であることが理由と推測される.リンパ浮腫に関連したものを加えたところ,アドヒアランスは,患者自身が【リンパ浮腫や複合的治療についての理解】をしていることが前提であった(Sherman et al., 2015小林,2016).さらに自らが積極的に参加し,納得した上で決定された治療行動を遂行することであり,【主体性】といった患者自身の取り組む姿勢が重要であった(Tu et al., 1993Dickson et al., 2012Ostby & Armer, 2015Yap et al., 2016).また,確実な実施が必要であり,服薬では飲み忘れ防止に主眼が置かれていた(小林,2016).そのため服薬頻度を減らし容器を工夫することや,簡便さ(Ostby & Armer, 2015)など【実施方法やスキルの工夫】が強調されていた(Ostby & Armer, 2015小林,2016).よって,医学領域のアドヒアランスの特徴としては,【リンパ浮腫や複合的治療についての理解】があり,【主体性】をもって【実施方法やスキルの工夫】を行うことが属性として挙げられた.

(2) 看護学領域

看護学領域では,治療を自ら遵守するために必要な看護援助,つまりアドヒアランスを促す看護援助として,セルフモニタリングできるように患者に日記などを用いて動機づけを行い,心理社会的なアプローチを行う看護介入が抽出された(Alcorso et al., 2015Fu et al., 2010).知識の提供などを中心とした【医療者からの学習の促し】によって患者のアドヒアランスを高める試み(Alcorso et al., 2015Fu et al., 2010)や,慢性的なリンパ浮腫を抱え続ける苦痛に対して,心理社会的アプローチによって【患者と医療者とのパートナーシップ】を重視した関わり(黒江,2000Fu et al., 2013)がアドヒアランスの看護学領域の特徴的な属性であった.

(3) 理学療法学領域

理学療法分野では,アドヒアランスは,ビデオや電話での道具的な介入により,治療に対する実施回数や頻度を重視していた.治療を自ら遵守するために必要な治療行為を実施した遵守率をアドヒアランスとして捉えていた(Jerant et al., 2003Ridner et al., 2012Song et al., 2014Brown et al., 2014).ここでのアドヒアランスは,実施するための実践的な方法が示されており,この領域の特徴としては,確実な実践とその見直しが重要であり,【複合的治療の実行・評価】が属性であった.

(4) 心理学領域

心理学分野では,不安や抑うつ状態がアドヒアランスを阻害させることを示唆するもの(Hudson et al., 2014Bolle et al., 2015)が多いことから【精神的に安定している状態】が属性に挙げられた.また,アドヒアランスには患者自身が治療を行うことで病気(や症状)が良くなると感じることが強く影響しており(Sherman et al., 2015),患者の【リンパ浮腫を自己管理できるという自己効力感】を引き出すことの重要性が抽出された(Hudson et al., 2014Bolle et al., 2015Sherman et al., 2015).このような要素は心理学分野の属性であった.

2. 関連概念との相違や類似点

1) コンプライアンス(Compliance)

治療の遵守に関して,1976年ごろから用いられるようになった概念であり,アドヒアランスの用語が発生する以前に広く用いられてきた(Haynes et al., 1979).コンプライアンスは,要求や命令に従うという意味であり,医療者と患者の関係は一方的な主従的関係で,患者の生活の個別性を排除した指示を守るという健康管理の在り方である.また「ヘルスケアプロバイダーからの助言に一致するか否かが重要な要素」として挙げられている(長,2005).これらより,コンプライアンスは,患者が主体的に行うアドヒアランスとは相違がみられた.

2) コンコーダンス(Concordance)

コンプライアンスと同様に治療への捉え方に対する考え方であり,1993年頃から英国で,主に服薬の治療遵守向上のためにその用語が使われた.その際の定義では「服薬に関し患者の考えを尊重する話し合いの後に患者と医療者が到達する合意」とされ,パートナーシップに基づき,患者と医療従事者間で疾患や治療について十分にコミュニケーションを図って治療を決定することであった(National institute for health and clinical excellence, 2009).このことから,コンコーダンスは,治療決定の段階で患者と医療者が対等な関係性で方針を決定していく意味合いが強く(Snowden et al., 2013),アドヒアランスと類似した点もあるが,より“双方間のコミュニケーション”が強調されていた.

3) セルフマネジメント(Self-management)

セルフマネジメントは,病気や疾病を管理し,健康な習慣を通して健康を維持するプロセスを含むというセルフケアの要素の一つであり,症状や徴候に対する認知的な意思決定のプロセスであった(Riegel et al., 2000).そして,健康を増進し,悪化を防止するための個人の行動ということに関連していた(Deaton, 2000).セルフマネジメントの概念には“日常生活上の課題”を行うことであり,個人の“経験に基づく熟練した能力”を含んでいた(籏持,2003).セルフマネジメントは,医療者とパートナーシップ関係を重視するアドヒアランスよりも,患者自身の能力によって自発的かつ意図的な行動であることが強調されていた.

以上の関連概念と比較すると,アドヒアランスの概念の属性には,患者の主体性や医療者との関係性が根底にあることが強調されていると言える.

3. がん治療後のリンパ浮腫患者の複合的治療のアドヒアランスの概念の属性

4領域のアドヒアランスの文献,および関連概念との相違,類似点の検討から,がん治療後のリンパ浮腫患者の複合的治療のアドヒアランスの概念の属性は下記のように示した.属性は,【精神的に安定している状態】で【主体性】のもとに,【リンパ浮腫や複合的治療についての理解】があり,【実施方法やスキルの工夫】をしながら【複合的治療の実行・評価】が挙げられた.【リンパ浮腫を自己管理できるという自己効力感】が行動を促進させる.これらの属性を根底から支えるものとして【医療者からの学習の促し】があり,【医療者とのパートナーシップがある】ことが抽出された.

がん治療後のリンパ浮腫患者が自己管理するべき複合的治療には,弾性着衣やバンデージの使用,推奨する運動の実施,皮膚や爪の清潔保持,患肢のケガや感染の回避,セルフリンパドレナージの実施,患肢の挙上,皮膚色の変化や温度,周囲径サイズなどのモニタリングの7つが挙げられている(NLN, 2011Alcorso et al., 2015).アドヒアランスに関した研究の中では,複合的治療を遂行することをアドヒアランスと表現しているもの(Ridner et al., 2012)や,複合的治療の実施回数や頻度をアドヒアランスとしているものが殆どであった(Tidhar & Katz-Leurer, 2010Brown et al., 2014Brown et al., 2015Sherman et al., 2015).また,リンパ浮腫に関する専門的な知識や技術を有する医療者とのパートナーシップを持ちながら複合的治療を続けることが強調されていた(Fu et al., 2010Fu et al., 2013).

4. がん治療後のリンパ浮腫患者における複合的治療のアドヒアランスの概念の先行要件と帰結

1) がん治療後のリンパ浮腫患者における複合的治療のアドヒアランスの先行要件

先行要件には,リンパ浮腫の【慢性症状による苦痛】(Letellier et al., 2014)があり,【長期管理が必要な状況】(Brown et al., 2015)が要件に挙げられた.複合的治療をしないとリンパ浮腫が増悪するという切迫した状況で治療を続ける必要性があり(Alcorso et al., 2015),また,療養が外来通院環境で自己管理を余儀なくされる状況(Letellier et al., 2014)が挙げられることから,【複合的治療の自己管理を余儀なくされる】が挙げられた.

2) がん治療後のリンパ浮腫患者における複合的治療のアドヒアランスの帰結

帰結として【リンパ浮腫の状態】(Alcorso et al., 2015)や【QOL】(Letellier et al., 2014)が変化することが挙げられた.これらは,アドヒアランスの属性に挙げられているそれぞれの要素によって,リンパ浮腫の症状やQOLが改善するか,悪化するという帰結を示していた.概念分析の結果から,概念図として先行要件,属性,帰結を図1に示した.

図1

がん治療後のリンパ浮腫患者における複合的治療のアドヒアランスの概念

Ⅳ. 考察

1. がん治療後のリンパ浮腫患者における複合的治療のアドヒアランスの概念

本概念分析から,属性は,【精神的に安定している状態】【主体性】【リンパ浮腫や複合的治療についての理解】【実践方法やスキルの工夫】【複合的治療の実行・評価】【リンパ浮腫を自己管理できるという自己効力感】という患者自身の要素と,【医療者からの学習の促し】【医療者とのパートナーシップ】という他者からの影響についての要素の2つに分類して示した.これまでの分析によって,がん治療後のリンパ浮腫患者の複合的治療のアドヒアランスの概念は,「精神的に安定した状態でリンパ浮腫や複合的治療について理解し,主体的に複合的治療のスキルを工夫して実行することであり,患者の自己効力感が影響する.これらは医療者からの学習の促しと,患者と医療者との間に築かれたパートナーシップを通して実現される」と定義した.

結果から導き出されたこの定義は,リンパ浮腫患者に特化したものであるが,慢性症状に対する患者のアドヒアランスにも関連したものであると考える.

2. 臨床看護への示唆

本概念分析では,日常生活上で習得された知識で技術を確実に行い,習慣化が求められ,それには医療者とのパートナーシップが欠かせないことが明らかとなった.実際の臨床現場では外来や在宅場面で看護師が関わることが多い.リンパ浮腫外来などで,看護師は患者からセルフケアの困難さを聞き,どのようにすれば生活の中で工夫ができるかを一緒に方法を見直す姿勢が求められる.そして患者と共にリンパ浮腫の状態を評価し,方法の見直しを繰り返していくことが必要である.今後は,リンパ浮腫を抱える患者がどのように複合的治療のアドヒアランスを獲得していくのかその様相を明らかにする研究の蓄積が必要である.

Ⅴ. 研究の限界

本研究では,幅広い領域の文献からアドヒアランスの使われ方を調べた.そのため,取り上げた文献は,非がん疾患を対象とした研究が多く,リンパ浮腫では乳がん患者の対象に限られていた.よって,アドヒアランスの捉え方や状況が疾患により異なることが考えられ,本研究の限界である.

謝辞:本研究に関してご指導頂きました皆様に深く感謝申し上げます.本稿の一部は,20th EAFONS(East Asian forum of nursing scholars)で発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:TIは,研究の着想・デザイン,データ収集・分析・解釈,原稿の作成に貢献,AHは,研究の着想・デザインへの助言,分析・解釈,原稿への示唆および研究全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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