目的:日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断について定義することを目的とした.
方法:日本国内で発表された33文献を対象として,Rodgersの概念分析方法を用い分析を行った.
結果:4つの属性:【生活者としての対象をよく知る】【先を見通す】【対象者の生活に即したケアを共に考える】【対象者中心思考で熟考する】,3つの先行因子:【生活の場での看護の特徴】【専門職的判断への意志】【看護師個人の能力】,2つの帰結【判断の内容】【対象者に最適なケアの実施】が抽出された.
結論:日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断は,対象者中心思考で熟考することを基盤とし,生活者としての対象をよく知り,先を見通しつつ,対象者の生活に即したケアを共に考えるプロセスである,と定義した.このプロセスにより対象者の状態,ケア,関わり方が決定され,対象者に最適なケアの実施に至る.
Objective: To obtain a definition of nursing judgment in home healthcare nursing practice as performed by home healthcare nurses in Japan.
Methods: A total of 33 literature references published in Japan were assessed. Rodger’s method was employed for concept analysis.
Results: The following four attributes were extracted: “understanding patients as individuals with their own lifestyles, opinions, and values”, “proactive perspective”, “discussing care for patients to meet their lifestyle needs”, and “careful patient-centered consideration”. In addition, 3 antecedents were extracted: “characteristics of nursing in daily life”, “intention to exercise professional judgment”, and “ability of each nurse”. Finally, 2 consequences were extracted: “contents of judgment” and “conduct of appropriate care for patients”.
Conclusion: Nursing judgment in home healthcare nursing practice by home healthcare nurses in Japan was defined as the process of understanding patients as individuals with their own lifestyles, opinions, and values and discussing the care required to meet their lifestyle needs with the patients as well as the people surrounding them. This process should be performed proactively and should be based on careful patient-centered consideration. Through this process, the patient’s condition, care, and involvement are determined, so that appropriate care for each patient can be provided in nursing practice.
人間の判断・意思決定に関しては長く心理学分野における関心事である(Pitz & Sachs, 1984).看護師の行う臨床判断・意思決定(clinical judgment・decision making:以下,臨床判断等とする)に関しては1960年代から研究が始まり,心理学の理論を借りて,情報処理モデルやintuitive-humanist model,cognitive continuum theory等により臨床判断等が説明されてきた(Banning, 2008;Thompson, 1999).近年では臨床判断等は多角的に捉えられ,論理的思考と直観の両者が関与し(Thompson et al., 2013),taskやcontextの影響を受ける(Lauri & Salanterä, 1995),複雑な構造だと捉えられている.医療における臨床判断等は不確かさを扱うが(Thompson, 2001),看護ケアの質は臨床判断により決定づけられる(Standing, 2017)ため重要度は高く,それぞれのtask,contextに応じた臨床判断等の探求が望まれる.
臨床判断等の定義に関してはCorcoran(1990)やTanner(2006)の定義がよく知られており,臨床判断等の概念分析(Manetti, 2018;Johansen & O’Brien, 2016;他)により概念の探求が進んでいる.臨床判断と意思決定の違いについては,ほぼ同義とみる見解(Manetti, 2018)や,相互に補完的な関係にある(Thompson, 2001)とする見解もあるが,現在に至るまで両者が使用されていることや,Dowieの定義(判断:いくつかの選択肢をアセスメントする;決定:いくつかの選択肢から選択する)(Thompson, 2001)をみると,両者が並存する理由がわかる.McCaughan(2001)やCioffi(2001)は臨床判断プロセスの理解は進んだがその本質理解や包括的理解には至っていないと述べ,臨床判断研究は発展途上にあるといえる.
日本における看護師の臨床判断等に関する研究をみると,病院看護師を対象としたものが多く,意思決定よりも臨床判断についての研究が多い.また多くの論文でCorcoranやTannerの定義が引用され,日本独自の統一された定義はみあたらない.研究対象を訪問看護師に絞ると「臨床判断」の使用は減り,「看護師の判断」や「判断」と表記されるものが多い.これは臨床の意味が「病床に臨むこと」(新村,2018)であり病院のイメージが強く,訪問看護には馴染まないからだと思われる.訪問看護師の判断に関する研究では,判断の内容(廣部・飯田,2001;小原・森下,2012;小笠原,2003;辻村ら,2010),特徴(廣部・飯田,2001;葛西,2006),影響要因(Hayakawa, 2013;山本・小郷,2014),判断理由(古瀬,2005b;齋藤ら,2012),拠り所(小原・森下,2013),判断プロセス(中野・川村,2018),意思決定プロセス(松村・川越,2001)等が明らかにされているが,いずれも判断の一側面を明らかにしたものである.さらに訪問看護師は「1人で看護判断をして実践する責任がある」(木下,2005)が,「自己の判断能力への不安」(仁科ら,2009)があるという報告がある.よって一人訪問が基本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断を定義することは,訪問看護師の判断能力育成のため必要である.
以上より本研究の目的は,日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断について概念分析し,定義することである.
Rodgers & Knafl(2000)の概念分析の方法を用いた.訪問看護実践は時代の変化や地域特性の影響を受けやすく可変的である.Rodgersの概念分析では,概念は時間の経過や社会背景などにより変化するものであるという哲学的基盤をもつため,Rodgersの方法が本研究に適していると考えた.
2. 文献収集方法日本国内で発表された訪問看護実践に関する論文を対象とした.データベースは医学中央雑誌web版を使用し,「判断」or「臨床判断」or「実践能力」and「訪問看護師」and「原著」で検索したところ,該当論文は128件であった(検索日:2018年1月29日).まず該当論文の要約を精読し,訪問看護実践における判断について記述されていると判断した論文を選定した.入手可能な論文は26件でありこれらを分析対象とした.この他,分析対象論文の引用文献として用いられた論文やハンドサーチにより集めた論文7件も対象とした.以上より本研究の概念分析に使用した論文は計33件であった.
3. データ分析方法論文を精読し,訪問看護実践における判断の属性,先行因子,帰結に該当する箇所をそのまま抽出し,抽出箇所(データ)を分析用のマトリクスシートに記入した.次にデータの共通性と相違性に沿ってカテゴリ化した.さらにカテゴリの関連性を構造化し概念モデルを作成した.この過程をふまえ日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断の定義を行った.
分析の結果,4つの属性,3つの先行因子,2つの帰結が明らかとなった.以下,カテゴリは【 】,サブカテゴリは[ ],コード(内容)は〈 〉,データは「 」で示し説明する.
1. 属性(表1) 1) 【生活者としての対象をよく知る】このカテゴリは,対象者を,その人特有のライフスタイル,意思,価値観をもち生活している生活者としての,その人本来の姿を知ろうとする訪問看護師の行動を表していた.サブカテゴリは[観察する][意思を確認する][直感を使う][推察する][家族の介護力を知る][個性や価値観を知る][生活者として捉える][状況を見守る]であった.[状況を見守る]には〈様子をみる〉〈療養者・家族を尊重して待つ〉等の内容が含まれるが,この時看護師は「起こりうる危険を予測し緊急時に備える」(深田恵ら,2012)等の積極的関与が伴う行為と読み取れた.
このカテゴリは,対象者のこれまでと今の状況から今後を予測し,先の見通しをもって今できることを考えるという訪問看護師の視点を表していた.サブカテゴリは[療養者・家族の心身の変化を予測する][リスクを予測する][今後の変化を見通す]であった.
3) 【対象者の生活に即したケアを共に考える】このカテゴリは,対象者の生活に即した看護ケアとチームケアを,対象者や家族,多職種と共に試行錯誤しながら創りあげていく訪問看護師の行動を表していた.サブカテゴリは[共に考える][看護ケアとチームケアを検討する][生活にあわせてケアを調整する][試行錯誤する][看護を評価する]であった.
4) 【対象者中心思考で熟考する】このカテゴリは,対象者の意思や希望,対象者との関係を大切にしながら,対象者の本当の思いに常に考えを巡らせている訪問看護師の姿勢を表していた.サブカテゴリは[価値観をおき看護師の役割を自覚する][療養者・家族の意思を重視する][療養者・家族との関係を大切にする][対象者が求めていることを考えぬく]であった.
2. 先行因子先行因子として3つのカテゴリ,【生活の場での看護の特徴】【専門職的判断への意志】【看護師個人の能力】を抽出した(表2).
帰結として2つのカテゴリ,【判断の内容】【対象者に最適なケアの実施】を抽出した(表3).
カテゴリ | サブカテゴリ | 内容 | 文献 |
---|---|---|---|
判断の内容 | 状態の判断 | 健康状態 | 中村(2013),中野・川村(2018),二瓶ら(2000),齋藤ら(2012) |
状態の変化・悪化 | 藤田ら(2007),池口(2016),髙藤ら(2009) | ||
緊急性・重症度 | 廣岡ら(2016),松村(2004),二瓶ら(2000) | ||
日常生活自立度 | 廣部・飯田(2001),小原・森下(2012),高橋・布施(2013),冨安・山村(2009) | ||
介護力 | 古瀬(2005a),小原・森下(2012),森山ら(2015) | ||
利用者・家族のセルフケア能力 | 松村・川越(2001) | ||
ケアの判断 | 排便コントロール方法 | 伴ら(2006),辻村ら(2010) | |
下剤の量,種類,必要性 | 齋藤ら(2012),辻村ら(2010) | ||
ケアの実施時期,タイミング | 池口(2016),二瓶ら(2000) | ||
優先順位 | 二瓶ら(2000),王ら(2008) | ||
ケアの有効性 | 藤田ら(2007) | ||
介護者の介護方法 | 深田恵ら(2012),小笠原(2003) | ||
心のケア | 葛西(2006) | ||
行為の決定 | 小原・森下(2012),森山ら(2015),白柿(2010),山本・小郷(2014) | ||
関わり方の判断 | 関わり方 | 森山ら(2015),二瓶ら(2000),小笠原(2003) | |
関わりを継続するか | 平賀(2008) | ||
家族や他職種に何をどのように伝えるべきか | 中村(2013) | ||
対象者に最適なケアの実施 | 最適なケアの実施 | 最適なケアを実施 | 藤田ら(2007),中村(2013),齋藤ら(2012),白柿(2010) |
療養者・家族の望むケアの提供 | 療養者・家族の望むケアを提供する | 廣部・飯田(2001),白柿(2010),高橋・布施(2013),横山・舟島(2010) | |
療養者・家族との協働 | 療養者・家族と協働してケアを実施する | 廣部・飯田(2001),髙藤ら(2009),冨安・山村(2009) | |
チームケアの提供 | チームケアを提供する | 伴ら(2006),小原・森下(2013),蒔田(2013),中村(2013),二瓶ら(2000),王ら(2008),山本・小郷(2014) |
本概念の概念モデルを図1に示す.【生活者としての対象をよく知る】【先を見通す】【対象者の生活に即したケアを共に考える】は相互に行き来する循環プロセスとして捉えられた.またこれら3つの属性と【対象者中心思考で熟考する】は,相互に影響しあう関係として捉えられた(図1).
日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断の概念モデル
日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断は,対象者中心思考で熟考することを基盤とし,生活者としての対象をよく知り,先を見通しつつ,対象者の生活に即したケアを共に考えるプロセスである.このプロセスにより対象者の状態,ケア,関わり方が決定され,対象者に最適なケアの実施に至る.
2. 日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断の特徴臨床判断等の概念分析(Johansen & O’Brien, 2016;Manetti, 2018)の属性と比較すると,臨床推論,直感,リフレクションは,本概念のサブカテゴリにこれらに相当するものが含まれるため,世界のあらゆる場の看護実践における判断に共通する属性といえる.一方本概念の特徴は,‘生活’‘共に考える’‘先を見通す’にある.対象者の生活は訪問看護師だけでなく他の支援者や家族,地域の人等に支えられて成り立つ.よって訪問看護師は対象者を取り巻く人々にも視野を広げ,様々な人と共に考えて判断することが必要になる.また訪問看護師は対象者の生活の一時に関わり,その時の状況から変化を予測し予防的ケアを行う.このように先の見通しをもって,対象者の生活と必要な医療とを統合して判断することは,訪問看護師に求められる重要な役割だと考えられる.
3. 本概念の訪問看護師の判断能力育成への活用可能性と課題まず,表1~3に示される本概念の属性,先行因子,帰結のサブカテゴリや内容は,訪問看護師が判断する際のチェックリストとしての活用可能性がある.次に属性の【対象者の生活に即したケアを共に考える】に含まれる内容は,訪問看護師が一人で実施するのではなく,療養者や家族,他の訪問看護師,多職種等と共に実施する必要がある.よって訪問看護師には,協働するために誰にどのように働きかけるのかを判断し行動する能力が求められるといえる.Decision makingは他者と協働する社会的行為であり(McCaughan, 2001),訪問看護ではcollaborative decision making(Dalton, 2005)の在り方が検討されている.日本ではより多くの人が関与する意思決定が主流と考えられるため,今後は効果的な協働的意思決定の方法が検討される必要がある.【対象者中心思考で熟考する】の[対象者が求めていることを考えぬく]は,訪問看護師が「療養者・家族をかけがえのない一人と認識」(中村,2013)しているからこそ,対象者がどうしたいか,どう生きたいか,どう最期を過ごしたいかといった,可変的で掴みにくい対象者の本当の思いに考えを巡らせていることを表している.医療と生活(加えてその人の人生)を支援する訪問看護師が【対象者中心思考で熟考する】ことを基盤とした判断ができるよう,その姿勢がどのように育まれ醸成されていくのかを明らかにし,学修支援や組織文化の在り方に活かしていく必要がある.
本概念の課題としては,判断のtaskとcontextを日本の訪問看護という範囲に設定した.よって本概念は日本の訪問看護実践におけるあらゆる場面に対応しうるものである.しかし訪問看護師が実践する場面は,急変時や慢性期,終末期など,あらゆるtask,contextを含む.今後は訪問看護実践における様々なtaskやcontextに応じた判断の方法を明らかにし,より実践に活用しやすい根拠を示すことが必要である.
日本の訪問看護師の行う訪問看護実践における判断は,対象者中心思考で熟考することを基盤とし,生活者としての対象をよく知り,先を見通しつつ,対象者の生活に即したケアを共に考えるプロセスである.このプロセスにより対象者の状態,ケア,関わり方が決定され,対象者に最適なケアの実施に至る.
謝辞:本研究にご協力いただきました全ての皆様に感謝いたします.なお本研究は,平成25~30年度科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号:25463550,研究代表者仁科祐子)の助成を受けて行った研究の一部である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:NYは研究の着想,デザイン,文献の収集,分析,解釈,論文作成の研究プロセス全てを主導し執筆した.NHとTSは研究プロセスへの助言,分析と考察,論文作成に関与し,全ての著者は最終原稿を確認し承認した.
付記:本論文の内容の一部を,第24回日本在宅ケア学会学術集会で発表した.