日本看護科学会誌
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原著
看護系大学生が認識する教育学習環境のシビリティとインシビリティ:
フォーカス・グループインタビューデータの質的分析
金城 芳秀宮里 暁乃佐伯 圭一郎西川 浩昭大城 真理子李 廷秀
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2019 年 39 巻 p. 165-173

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Abstract

目的:本研究は,教育学習環境におけるシビリティとインシビリティについて,看護学生の認識を明らかにすることを目的とした.

方法:2016年2月から2017年7月までに,学部4年生5人からなる3つのフォーカス・グループが得られ,各約1時間分の逐語録を分析資料とした.

結果:内容分析の結果,シビリティは4つのカテゴリーから構成され,(1)学べる環境の具備,(2)意思や価値観の尊重,(3)成長過程の共有,(4)関係性の拡充であった.またインシビリティは3つのカテゴリーからなり,(1)否定的な言動,(2)一貫性がない言動,(3)コンピテンシーの不足であった.

結論:本研究より,学生は自らの成長を伴う教育学習環境の構造と過程から教員のシビリティを認識し,学生と教員の相互の関わりの中止あるいは中断の原因となる状況からインシビリティを認識することが示唆された.

Translated Abstract

Purpose: The purpose of this study was to clarify perceptions of civility and incivility in the teaching-learning environment by conducting focus group interviews with undergraduate nursing students.

Methods: The study subjects were fourth-year students of 3 nursing colleges. From February 2016 until July 2017, 3 focus groups with 5 participants each were formed. Transcriptions from about 1 hour of semi-structured interviewing were analyzed through a thematic analysis using NVivo. In the interview guide developed by the researchers, civility was operationally defined as “scenes and circumstances where students are considered first as learners.” Incivility was defined as “scenes and circumstances where learning motivation has been reduced; for example, students have not been treated carefully or given poor respect.”

Results: The results of the qualitative analysis showed that civility consisted of the following 4 categories described by 11 sub-categories extracted from 28 codes: (1) preparation of the learning environment; (2) respect for intention and values; (3) sharing growth steps; and (4) expansion of relationships. Incivility consisted of 3 categories described by 11 sub-categories extracted from 36 codes: (1) negative behaviors; (2) behaviors with inconsistency; and (3) lack of competency.

Conclusion: Our findings suggested that the students perceived civility from the structure and process of the teaching-learning environment that prompted their own growth. They perceived incivility from situations that might cause discontinuation or interruption of the mutual relationship between learners and educators.

Ⅰ. 緒言

近年,看護教育や看護実践において,シビリティ(civility)を育む必要性が指摘され,一方,インシビリティ(incivility)は個人,チーム,組織,そして最終的には患者の安全に悪影響を及ぼすと考えられている(Clark, 2017).一般的に,シビリティは丁寧な行為または表現で,他人を尊重し思いやりのある言動を示し,インシビリティは失礼な行為で,無礼と他人への配慮の欠如を示している(Merriam-Webster Dictionary).

健康的な職場環境では,無礼,軽蔑,屈辱を意味するインシビリティ,抑圧による暴力lateral violence,ハラスメントやいじめであるbullyingなどが問題視され,それぞれの測定尺度も開発されてきた(Guidroz et al., 2010DeMarco et al., 2008Hutchinson et al., 2008).これらの“望ましくない行動(uncivil behavior)”を減らすことができれば,看護師の雇用が促進され,看護師の職務満足度が上がり,離職予防につながり,患者の安全性が高まると認識されている(Roberts, 2015).わが国の産業衛生分野でも,日本語版のbullying(Tsuno et al., 2010)やincivility(Tsuno et al., 2017)の測定尺度が開発され,その信頼性・妥当性が報告されている.津野(2014, 2017)は,インシビリティを「礼節や相互尊重の欠如」と表し,インシビリティがもたらす悪影響の研究例として,看護職場の生産性低下による経済的損失から,新卒看護師のメンタルヘルス,看護師のバーンアウト(燃え尽き)や離職を紹介している.

看護教育において,Clark & Carnosso(2008)は「シビリティは,不一致,相違,または異論を表すとき,他者に対する心からの敬意として特徴づけられる.そこには,時間,存在,真に話し合う意欲,共通点を探る誠実な意図が含まれる.」と定義した.一方,インシビリティは,気をちらす,迷惑な,あるいは腹立たしい行動(非言語的を含む)から,侵略的な,脅かす,あるいは暴力的な行動(悲劇)まで,連続性(continuum of incivility)のある概念として捉えられている(Clark et al., 2015).

Clark(2008a)は,教員と学生の高ストレスが交差する学習機会を出発点に,シビリティへ向かうか,インシビリティに向かうか,どちらのダンスを踊るか,ダンスを相互作用のメタファーとしてシビリティを育む概念モデルを示した.すなわち,インシビリティをシビリティに導くためには,インシビリティダンスを始めたときこそ,関与すべき機会と捉えて,教員も学生も,対話を継続していく忍耐力が必要と説明している.さらにIncivility in Nursing Education(INE)surveyから,学生と教員が認識するインシビリティを明確化した(Clark, 2008bClark et al., 2009a).その後,学生,教員共に24項目の改訂版(INE-Revision)の測定尺度を開発した(Clark et al., 2015).

このように教育学習環境におけるインシビリティが測定され,シビリティの理解が深まる研究が蓄積されてきた.インシビリティの概念を用いることで,教育場面の様々な問題に取り組みやすくなると考えられるが,わが国の看護教育における研究報告は見当たらない.インシビリティと認識できる場面や状況は,少なからず存在しているが,学生にとってシビリティもインシビリティも馴染みの無い概念であり,操作的定義を新たに設けて,学生の認識を探る必要がある.そこで,本研究では看護系大学の学部4年生を対象としたフォーカス・グループインタビューから,看護学生が認識するシビリティとインシビリティを明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

Clark(2008a)のシビリティを育む概念モデルを参考に,本研究でのシビリティとインシビリティの操作的定義を導いた.その際,教育学習環境の日常的な場面や状況からシビリティとインシビリティをどのように学生が認識しているか,場所,授業形態を限定せずに,自己の直接的体験または見聞きした内容から捉えたいと考えた.そこで,シビリティは「学生が学習者として第一に考えられ,配慮されている場面や状況」とし.インシビリティは「学生が大切に扱われていない,敬意が払われていないなど,学習意欲が削がれた場面や状況」と操作的に定義した.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

教育学習環境におけるシビリティ,インシビリティに関する国内の研究報告はほとんど得られないため,研究デザインは探索的-記述的質的研究とし,フォーカス・グループインタビューを選択した(Holloway & Wheeler, 2002/2006).

2. 研究参加者

看護系大学3校の学部4年生から,大学内のポスター掲示により,4~6名の研究参加者(フォーカス・グループ)を募集した.その際,大学での学業・成績には一切関係しない,インタビュー内容は漏らさない,インタビューアーは中立な立場の大学院生であることを明記した.

3. データ収集の方法

2016年2月から2017年7月までに,3つのフォーカス・グループ(1グループ/1大学)が得られた.いずれも1グループ5名の研究参加者に約1時間の半構造化インタビューを実施した.インタビューアーは3回とも同じ2名に固定し,一人が司会進行,もう一人がフィールドノートやメモを担当した.インタビュー場所は,静かで落ち着いた環境が保て,学生のプライバシーが守られる学内の教室,会議室に設定した.また,研究者が作成したインタビューガイドを用いて,シビリティとインシビリティの操作的定義を説明し,これまでの講義,演習,臨地実習(以下,実習)において,シビリティ,インシビリティの場面や状況の目撃や経験から,個人名を伏せて自由に語ってもらった.なお,インタビュー内容は研究参加者の了承を得てICレコーダーで録音した.

4. データ分析方法

インタビュー時の録音データから逐語録を作成する際,不注意な発言に含まれる個人情報の削除あるいは匿名化もあわせてインタビューアーに依頼した.したがって,研究参加者名,語りに含まれる具体的な人名,施設名,大学名などがマスキングされた資料を分析に用いた.

得られた3回分の逐語録からシビリティ,インシビリティの場面や状況を抽出し,フィールドノートやメモを参照してコード化した.これに続いて,コードに共通して見出される意味内容を,サブカテゴリー,さらにはカテゴリーとして統合した.最初のコードの抽出では誰が誰に対する言動であり,インシビリティであるか,シビリティであるかを区別した.サブカテゴリー,カテゴリーの抽出では「誰が(主語)」ではなく,行為そのものに注目することとした.これら一連のテキストデータの処理はNVivo(version 11)を用いて行った.

分析結果の厳密性を確保するために,逐語録からのデータ抽出,コード作成,カテゴリー化の全過程において,研究者間の討議をとおして,場面や状況の解釈が妥当かなど,繰り返し確認を行った.

5. 倫理的配慮

本研究は沖縄県立看護大学研究倫理審査委員会の承認(第16017号)を得て実施した.研究協力の依頼時やインタビュー実施時に,研究目的や研究方法,自由意志と同意の示し方,個人情報保護の方法,研究協力に伴う利益と不利益,研究結果の公表まで,口頭および文面により説明を行った.また,研究参加者が特定されないように個人を番号で識別すること,氏名,科目名,大学名など,個人・組織が特定される内容をできるだけ発言に含めないことなど,インタビューにあたって事前に協力を求めた.

Ⅳ. 結果

逐語録から生成したコードは( ),抽出したサブカテゴリーは〈 〉,カテゴリーは[ ]で表示した.なお,具体的な語りは“ ”で示す.

教育学習環境におけるシビリティあるいはインシビリティに関するコードは,講義,演習,実習および卒業論文指導の場面・状況において,学生と学生,学生と教員(実習先の看護職者が介在する場合も含む)および教員と教員の間から得られた.ただし,学生と事務職員の間に起きた内容は分析から除外した.

1. シビリティ

シビリティでは,得られた28個のコードを統合して,11個のサブカテゴリー,さらに4個のカテゴリーに抽象化した.カテゴリーは[学べる環境の具備],[意思や価値観の尊重],[成長過程の共有]および[関係性の拡充]であった(表1).

表1 看護学生による教育学習環境のシビリティの認識
カテゴリー サブカテゴリー コード
学べる環境の具備 場に応じて適切な調整をする 学生がケアや処置に参加できるように教員が学生の要望に応じる
病棟の予定を把握して教員が学生の参加を促す
学生に手本を示す 学生と一緒にカルテをみて教員が取るべき情報を教える
学生に注意したことは教員も実践する
シミュレーションを活用する シミュレーションの構造により学習意欲が高まる
シミュレーションで自分の能力に向き合える
意思や価値観の尊重 質問に対して誠意が感じられる対応をする 質問に対して教員が個別に教える
質問された内容を教員が丁寧に返す
学生一人ひとりをみて個別的な対応をとる 実習で受け持つ患者による学生の負担を教員が理解する
教員と看護師間のみで学生の情報を共有する
学生の都合に合わせて教員は指導時間を作る
学生の味方でいる 報告内容を確認して教員がバックアップする
学生の失敗は責めずに教員が実習施設に謝る
一緒に考える 教員は学生が苦手としていることを一緒に考える
学生によるインシデントを学生と教員が一緒に振り返る
実習記録の書き方を学生と教員が一緒に考える
成長過程の共有 変化をとらえてフィードバックする 前回の実習記録と比較して教員が改善点を褒める
学生が実習記録で修正した箇所を教員が褒める
学生のできているところを教員がフィードバックする
認める声掛けをする 面談で学生の頑張りを教員が認める
学生が看護師に意見したことを教員が褒める
教員が学生を認める肯定的な言動をとる
関係性の拡充 普段から相談しやすい関係をつくる 教員が自ら挨拶をする
教員が積極的にコミュニケーションをとる
学生のことを気にかける 教員が実習中に実習内容以外のことも気にかける
教員が実習時間外に学生のところに行き積極的に質問を受ける
実習施設で学生と教員が最後まで一緒にいる
実習でのケアやアセスメントを教員が具体的にアドバイスする

[学べる環境の具備]は,〈場に応じて適切な調整をする〉,〈学生に手本を示す〉および〈シミュレーションを活用する〉のサブカテゴリーから生成された.(シミュレーションの構造により学習意欲が高まる)や(シミュレーションで自分の能力に向き合える)からなる〈シミュレーションを活用する〉では,設定された患者状況に対応できないという現実が明確になることで,教員の厳しい意見を受け入れていた.シミュレーションにおける具体例では,“全然できなくて何をみたらいいのかも分からなかったりして.その都度,だからもっと勉強してねって言われて”の状況から,“答えられなくてもチームメンバーが答えられれば授業が進んでいったりして,その時に学んだりすることも多くて.その構造が良かったんですかね”という解釈があり,学習課題を克服する過程と構造にシビリティを見出していた.

[意思や価値観の尊重]は〈質問に対して誠意が感じられる対応をする〉,〈学生一人ひとりをみて個別的な対応をとる〉,〈学生の味方でいる〉および〈一緒に考える〉のサブカテゴリーから生成された.質問してきた学生に対する丁寧な対応や曖昧さを避けようとする姿勢,学生の都合に配慮する,学生の負担を理解するなど,個別的な対応として学生に受け止められていた.実習中の具体例では,“私がインシデントを起こしたとき,その場では,ちょっとだけ病棟で話したんですけど,後でゆっくり整理していこうね”という対応であり,教員が学生を中心に考えた状況が語られた.

[成長過程の共有]は〈変化をとらえてフィードバックする〉と〈認める声掛けをする〉のサブカテゴリーから生成された.具体的には,改善点を褒める,修正した箇所を褒めるなど,教員が学生の実習記録を認め,肯定的にフィードバックする言動があげられた.実習記録における具体例では,“直すと必ず,ここいいねって褒められて……記録を先生に提出して,私たちが患者さんのところに行っている間に見てて,これ前より良くなっているねって言われると,前も読んでいて比較してくれているんだなっていうことがわかるので”という語りがあった.

[関係性の拡充]は〈普段から相談しやすい関係をつくる〉と〈学生のことを気にかける〉のサブカテゴリーから生成された.実際,(教員が自ら挨拶をする)や(教員が積極的にコミュニケーションをとる)は学生にとって相談しやすい教員と位置付けられ,日頃の関係性が指摘されていた.実習後の具体例では,“記録について質問ある?って言ってくれる先生もいるんですけど,今から書くものなので,あまり質問や疑問がないこともあるんですね.記録書いてると疑問が出てきて,5時とか過ぎていることが多くて”,“研究室に行ったら,居てくれる先生もいます.図書館でやっていたら,来てくれる先生もいるので”など,配慮のある教員,学生を気にかける教員をシビリティと捉えていた.

2. インシビリティ

インシビリティでは,得られた36個のコードを統合して,11個のサブカテゴリー,さらに3個のカテゴリーが生成された.すなわち,[否定的な言動],[一貫性がない言動]および[コンピテンシーの不足]であった(表2).

表2 看護学生による教育学習環境のインシビリティの認識
カテゴリー サブカテゴリー コード
否定的な言動 他者に不満や批判的意見を漏らす 教員間で学生の愚痴を言う
教員が特定の学生の出来をグループ内の学生に伝える
人前で他者を否定する 学生がいる前で教員が教員を怒る
教員が学生全員の前で試験結果を公表する
教員同士が学生の前で言い合う
教員が一人の学生をつるし上げて怒る
教員が学年全体の出来を批判的に言う
高圧的な言動をとる 教員が無意識に学生の自己評価を下げる
教員が再試験はしないと脅す
教員が威圧的なメールを送る
見下した言動をとる 過程を知らない教員が現段階の制作物を否定する
看護師にむいていないと教員が学生に言う
教員が拒否的な発言をする
一方的に決めつける 教員が誤解して学生を注意する
ルールを守らないとして教員が学生を授業に参加させない
一貫性がない言動 相手や状況に応じて言動を変える 教員の指導内容が看護師の前で変わる
教員の指導体制により倫理審査に出せなくなる
学生が一生懸命やっている状況で教員が昼休憩を急かす
教員と考えてきたにも関わらず急に指導者の意見が絶対となる
学生がやってきたことを教員が急になかったことにする
学生が教員によって授業態度を変える
居眠りをする 卒論発表会で教員が居眠りをする
外部講師の講義で教員が居眠りをする
カンファレンスで指導者の発言中に教員が居眠りする
学生が授業中に居眠りをする
コンピテンシーの不足 特定の学生のフォローを依頼する 教員は看護師に能力の低い学生のことを伝え指導を依頼する
教員はグループ内の学生のフォローを学生に依頼する
質問したいときに不在である 教員が実習中に不在もしくは別のことをする
学生が聞きたいときに教員がいない
具体的な助言がない 教員は否定言動のあと改善する具体的方法を教えてくれない
学生が実習内容を相談すると教員から突き放される
ルールを守らない カンファレンスでの教員のフィードバックが少ない
授業中に学生が寝ていても教員は何も言わない
授業の所感を書いても教員は改善しない
授業が予定よりすごく短い時間で終わる
学生が授業のテキストを持参しない

[否定的な言動]は,〈他者に不満や批判的意見を漏らす〉,〈人前で他者を否定する〉,〈高圧的な言動をとる〉,〈見下した言動をとる〉および〈一方的に決めつける〉のサブカテゴリーから生成された.いずれも教員の言動により,学生は能力や可能性を否定されたと解釈していた.例えば,〈人前で他者を否定する〉は,(学生がいる前で教員が教員を怒る)や(教員同士が学生の前で言い合う)など,学生の前で行われる教員間の意見対立も指摘され,間接的ながら学生は学習意欲を損なわれたという受け止め方であった.加えて,学生が公開処刑と称する場面,(教員が学生全員の前で試験結果を公表する)や(教員が一人の学生をつるし上げて怒る)など,一方的,全否定的な教員の言動が取り上げられた.卒業論文指導の具体例では,学生は“最初はちゃんとやってたみたいなんですけど,ここまでやりますって言ったことを期日までにやってこなくて,そういうことが何回かあり”から,学生は“二週間ぐらい学校に来なくて,連絡とかもなくて”となり,教員は“学生から言ってくるまで自分は何も言わない”という状況に至り,最終的に担当教員の変更という対応策がとられた.

[一貫性がない言動]は,〈相手や状況に応じて言動を変える〉や〈居眠りをする〉があり,教員も学生も相手をみて授業態度を変えるサブカテゴリーの内容であった.具体的には,(教員の指導内容が看護師の前で変わる)や(教員と考えてきたにも関わらず急に指導者の意見が絶対となる)は,現場の看護師の指摘や注意に教員が迎合するなど,学生が教員の豹変に驚く場面であった.また,学生側も教員によって授業態度を変えるなど,自らの行動を批判的にみていた.

[コンピテンシーの不足]は〈特定の学生のフォローを依頼する〉,〈質問したいときに不在である〉,〈具体的な助言がない〉および〈ルールを守らない〉のサブカテゴリーから生成された.学生に学生の支援を依頼,不在が目立つ,学生への助言や会う機会を設けない,学生が指摘してもそのまま放置するなど,学習資源とはならない教員像があげられた.

Ⅴ. 考察

本結果では,学生が認識するシビリティ,インシビリティは,講義,演習,実習および卒業論文指導の場面・状況から見出された.具体的には,[学べる環境の具備]を土台にして,学生の[意思や価値観の尊重]があり,[成長過程の共有]を通して学生の変化が捉えられ,教員との[関係性の拡充]に至るとき,学生は教員との関係にシビリティを認識していた.すなわち,学生は自らの成長を伴う教育学習環境の構造と過程から教員のシビリティを認識し,学生と教員の間には尊重のある対話が継続されていたと考えられる.一方,教員の[否定的な言動]があり,[一貫性がない言動]がみられ,[コンピテンシーの不足]が伴うとき,学生は教員との関係にインシビリティを認識していた.すなわち,学生は教員との関わりを中止あるいは中断する状況からインシビリティを認識し,学生の期待と教員の期待にずれが生じたと考えられる.これらの状況については多面的な検討が可能であろうが,ここでは,シビリティのある教育学習環境を導く状況とシビリティの期待のずれからインシビリティに陥る状況について考察する.

1. シビリティのある教育学習環境を導く状況

Clark & Carnosso(2008)は,「個人はそれぞれのパーソナルレンズを通してシビリティを認識する.そのレンズは文化,経験,立場および期待の影響を受けている.」としている.ここでいう期待とは何を意味しているのだろうか.

今回,学生が捉えていたシビリティでは,[学べる環境の具備]において,教員がロールモデルとして位置付けられていることや,シミュレーションが学習意欲を高めると捉えられていた.さらに教員と学生の間のコミュニケーションを円滑にするフィードバックや声掛けは[成長過程の共有]をもたらすと考えられる.[関係性の拡充]では,教員の教育的配慮や助言から,学生はシビリティを認知していた.その際,[意思や価値観の尊重]を導く教員に学生は敏感であることが示され,教育学習環境への期待があると考えられた.これらの結果は,Tecza et al.(2015)がシビリティを導く3つの概念と位置付けている,互いに敬意を払う(mutual respect),参加に導く(guided participation)および学生中心(student centeredness)に対応していた.ただし,[関係性の拡充]の〈学生のことを気にかける〉において,(教員が実習時間外に自ら学生のところに行き積極的に質問を受ける)を学生は教員のシビリティと捉えていた.しかし,Clark(2017)は,シビリティ,プロフェッショナリズムおよび倫理的実践の概念をカリキュラムに統合するエビデンスベースドアプローチが今後必要と指摘している.したがって,特別な場合を除いて,教員個人の時間外の対応ではなく,学生のニーズが学習過程に取り込めるように,学生と教員が実習時間内で工夫する,実習後の相談時間も必要な実習時間として拡大するなど,明確なルールの設定が必要と思われる.

シビリティのさらなる概念分析では,シビリティの「属性」は道徳的原則(徳,信頼,尊厳・尊敬)と専門職性(ロールモデル,説明責任,コミュニケーション,共同)からなると報告された(Woodworth, 2016).シビリティがコミュニケーション,対人関係,学習,患者アウトカムに影響を与えるという捉え方であった.すなわち,「有意義な対人関係,支持的なコミュニケーション,最適な結果(アウトカム)を伴う患者ケアの質を保証する最適な学習環境を確立する上でもシビリティは必要である.」と結論している.本研究では,例えばシミュレーションにおいて,教員から学習不足を厳しく注意されても,その後の教員の肯定的なフィードバックを支持的なコミュニケーションとして捉えていた.しかし実習や卒業論文指導では,学生は教員の言動を否定的と受け止めたのか,対話を避ける場合がみられた.このようなときこそ,継続的な対話の必要性を相互に認識する必要があるが(Clark, 2008a),学習者と教育者の力関係を考えると,教員側から対話の機会を示す姿勢が必要と思われる.これにより,シビリティのある教育学習環境を共に導く状況が期待できる.

2. シビリティの期待のずれからインシビリティに陥る状況

Lasiter et al.(2012)は,学生が認識する最悪の体験は,他者がいる前で激しく批判されること,馬鹿にされること,軽視されること,自分のことを他者に漏らされることと報告した.本結果の[否定的な言動]の〈他者に不満や批判的意見を漏らす〉には,グループ内の学生だけでなく,教員間で学生の愚痴をこぼすことは,学生の期待を教員が損なう状況の一つであった.加えて,〈特定の学生のフォローを依頼する〉は[コンピテンシーの不足]に入るインシビリティであり(表2),教員の何気ない言動により,ときに学生は傷つき,教員への期待を失う状況が考えられる.学生の自己効力感や看護師志望の自己認識を損ねるような発言,乏しいコミュニケーションは,学生に過度のストレスをかけると認識されている(Rawlins, 2017).

Gallo(2012)の文献レビューによれば,教員のインシビリティには,無礼で見下すような批評,乏しいコミュニケーション,忍耐力の欠如,学生に対する無関心があり,授業に関連しては,準備不足の授業,質の低い教授法,コンピテンシーの不足,授業以外では相談できない状態あるいは他の教員の知識や信用への異議があげられている.本結果においても,〈見下した言動をとる〉,〈一方的に決めつける〉,〈質問したいときに不在である〉,〈具体的な助言がない〉など,類似点が多くみられた(表2).さらに,[コンピテンシーの不足]に〈ルールを守らない〉があり,(授業の所感を書いても教員は改善しない)や(学生が授業のテキストを持参しない)などは,Woodworth(2016)が示した「看護教育者は学習環境において社会的に受け入れられる行動的期待を設定し,学生との良好な対人関係を確立する.」の行動的期待から外れた状態と思われる.

Rawlins(2017)による2004年から2016年までの文献17件の統合的レビューでは,教員間(Clark, 2013Clark et al., 2013),学生間(Kerber et al., 2012),臨床スタッフと学生の間(Tecza et al., 2015)などは除外しているが,教員と学生の間のインシビリティは,身体的・心理学的に悪影響(不安,不眠,うつ,攻撃,絶望)を及ぼすとしている.これら悪影響に関する語りは,本研究では得られなかった.本研究参加者は直接的な負の体験が少ない学生に偏った可能性があり,加えて,グループインタビューで開示するのは難しいと考えられ,さらなる研究データの蓄積が必要である.

インシビリティの帰結の例として,離職(Clark, 2009b)や暴力が危惧されているが,本研究の卒業論文の指導例では教員変更が帰結であった.これは当事者間の関係をさらに悪化させない予防策といえるが,シビリティに展開する機会が閉ざされたと考えることもできる.一方,本対象者からは,腕や脚を組む,あきれた表情をするなどの失礼なボディランゲージは語られず,Clark & Carnosso(2008)が指摘する文化的相違が考えられる.ただし,インシビリティは,非言語的な意思表示を含む無礼な行動から暴力による悲劇まで,連続性のある概念として捉えられていることから(Clark et al., 2015),インタビューの最後にはこの点にも言及して,学生の認識を確認する必要があったと思われる.

学生は(学生が教員によって授業態度を変える)を自らインシビリティと捉え,学生の居眠りだけではなく,教員の居眠り,教員が学生の居眠りに注意を与えないなど,学生と教員がクラスルールを維持するという努力姿勢に欠けている点を認識していた.シビリティのある教育学習環境には,インシビリティを放置せずに規律を維持する,相互に尊重する,協調する,排除ではなく包括性があると指摘されている(Rawlins, 2017).

本結果では,適切な報告・連絡・相談など,主体的な学生の言動をシビリティとは捉えられていなかった.すなわち,学生自身の言動が教育学習環境にポジティブな影響を与えるという認識を導く結果は得られなかった.本研究の操作的定義では,このシビリティのある教育学習環境を十分には捉えきれず,教育側の言動に焦点を当ててインシビリティを捉える偏りがあった可能性がある.

Ⅵ. 研究の限界と課題

3大学でフォーカス・グループを募集する際,「学部4年生」が唯一の条件であり,性・年齢の構成,臨床能力の到達段階など考慮できない状況であり,結果の一般化には限界がある.

グループインタビューでは,シビリティもインシビリティも,特定の教員によるか,別々の教員によるのか区別を求めなかった.さらに逐語録の匿名化を加えて分析資料としたため,行為者が同一人かどうかより,行為そのものに関心をむけた.このため,インシビリティが語られたとき,その帰結を一つ一つ確認してはいないので,本研究では帰結に関する結果が偏った可能性がある.

本結果ではインシビリティの連続性(Clark et al., 2015)の非言語的内容や身体的暴力は示されなかったことから,研究参加者の偏りにより,語られた場面や状況にも限界が生じたと思われる.また,教員がインシビリティを引き起こす背景には,教員の役割の多面性,多重課題,教育管理上の支援不足などが指摘されている(Rawlins, 2017).同様な状況は本研究の3大学の教員にも想定でき,実際のカリキュラムの相違も含めて,背景の考慮が十分ではなかったことが課題である.

本結果により,国内では初めて,学生が認識する教育学習環境におけるシビリティとインシビリティの多様さを,学習者と教育者の相互関係として表すことができた.これは学生の立場に基づく相互関係であり,教員の立場が考慮されていない.教員が認識するシビリティとインシビリティを今後明らかにする必要がある.

Ⅶ. 結論

本研究では,看護学部4年生5人を対象とした3つのフォーカス・グループから,教育学習環境におけるシビリティとインシビリティについて,7つのカテゴリーが得られた.学生が捉えたシビリティは[学べる環境の具備][意思や価値観の尊重][成長過程の共有][関係性の拡充]であり,一方,インシビリティは[否定的な言動][一貫性がない言動][コンピテンシーの不足]であった.これらの知見から,シビリティにより尊重のある対話が継続され,インシビリティにより対話自体を中止あるいは中断する関係に陥ることが示唆された.

謝辞:本研究にご協力いただいた学生の皆様へ心より感謝申し上げます.本研究の一部は第82回日本健康学会総会,第38回日本看護科学学会学術集会にて発表した.本研究はJSPS 科研費 16K11925の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:YKは研究の着想から原稿作成まで,AMとMOはデータ収集,データ分析および原稿への示唆,KS,HNおよびJSLは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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