日本看護科学会誌
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原著
看護師が自己規範とチーム規範との不一致によって経験するジレンマについてのナラティヴ分析
田口 めぐみ宮坂 道夫
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2019 年 39 巻 p. 350-358

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Abstract

目的:看護師が自己規範とチーム規範との不一致によって経験するジレンマの内容,ジレンマ対応の様式,対応に影響を及ぼす因子を明らかにする.

方法:ジレンマの内容と経験および対応について,看護経験2年以上の看護師21名にインタビューを行い,構造的ナラティヴ分析とテーマ的ナラティヴ分析を組み合わせた分析を行った.

結果と考察:構造的ナラティヴ分析の結果から,ジレンマを経験した際の対応は,イ)ジレンマに対してチーム規範に則って行動した,ロ)-①ジレンマに対して個人の可能な範囲で行動した,ロ)-②ジレンマに対して小集団から同意を得られた場合に行動した,ハ)-①ジレンマに対して自己規範に則って行動したがチーム規範に変化をもたらさなかった,ハ)-②ジレンマに対して自己規範に則って行動しチーム規範に変化をもたらした,に分類できた.テーマ的ナラティヴ分析の結果から,ジレンマ対応に影響を及ぼす因子は,看護経験年数,異動経験の有無,周囲との対立回避,賛同者の獲得,役割意識に基づく行動であった.患者の多様なニーズへの対応には,看護師個人とチームの相互における継続的な検討が必要である.

Translated Abstract

Objective: This study aimed to assess the dilemmas experienced by nurses standing between individual and team norms and the factors influencing the classification of nurses’ reactions to such dilemmas.

Methods: An interview survey was conducted on 21 nurses with more than 2 years of experience. Data were analyzed via structural and thematic narrative analyses.

Results and Discussion: Five structural patterns in the participants’ stories were evaluated via a structural narrative analysis: a), the nurse took some actions conforming to team norms, b)-1, the nurse took some actions as far as possible based on individual judgment, b)-2, the nurse took some actions when she could find a small group of supporters, c)-1, the nurse took some actions conforming to individual norms but could not change team norms, and c)-2, the nurse took some actions conforming to individual norms and succeeded in changing team norms. The thematic narrative analysis identified five factors affecting nurses’ reactions: duration of experience in nursing practice, job displacement, avoiding conflict with others, acquisition of supporters, and roles assigned in the team. These results suggest the importance of cultivating organizational culture “to listen to small voices.”

Ⅰ. 緒言

国内外の看護者の倫理綱領(日本看護協会,2003国際看護師協会,2012)では,看護師は自己の実施した看護に個人としての責任を持つべきであること,および同僚看護師や他の保健医療福祉関係者と協働して倫理的な組織環境の実現に貢献すべきであることが述べられている.その一方,看護師は同僚看護師や医師の考え方に疑問を感じた時に意見が言えない場合がしばしばあること(村田,2012),患者のニーズやwell-beingよりも規則やルールを優先しがちであること(De Casterlé et al., 2008)等が報告されている.田口らが看護経験3~10年目の看護師を対象に行った予備的研究では,個人として望ましいと考える判断や行動(以下,自己規範とする)と,所属するチームにおいて期待される判断や行動(以下,チーム規範とする)との不一致に基づくジレンマを経験していることが明らかとなった(田口・宮坂,2015).

患者への継続的かつ効果的なケアの提供(髙山・竹尾,2009)や,医療事故防止等,安全管理(Ballangrud et al., 2014)のためには,適切なチーム規範の形成が重要だと指摘されている.最近では患者の権利意識の向上等により,医療や看護に対するニーズは多様化しており,チーム規範がそれに対応できていない場合には,看護師が個人としての気づきをチームに伝えることで,チーム規範の改善につながる場合もあるとも考えられる.以上より,本研究は看護師が自己規範とチーム規範との不一致によって経験するジレンマの内容,ジレンマ対応の様式,対応に影響を及ぼす因子を明らかにすることを目的とした.これにより,看護師がジレンマを自らの成長に活かすことができる可能性や,個人が経験するジレンマにチームとしてどう対応するべきかについての課題を提起することが期待される.

Ⅱ. 本研究における用語の定義

本研究では,自己規範を「看護師個人が望ましいと考える判断や行動の規準」,チーム規範を「看護師が所属するチームにおいて同調することを期待されている判断や行動の規準」,ジレンマを「自己規範とチーム規範との間で板挟みになること」と定義した.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

インタビュー調査による質的帰納的研究.

2. 調査期間

2016年3月~2017年6月.

3. 研究参加者

東日本の6か所の総合病院に所属する看護経験2年以上の者とした.管理職という立場による影響を排除するために看護師長や看護部長等の管理職に就いていない者に限定した.各病院の看護部に,特定の病棟に偏らないように対象病棟の選定を依頼し,病棟管理者に,看護経験2年以上の看護師という条件で研究参加者の推薦を依頼した.また,スノーボールサンプリング法を併せて用い,研究参加者から本研究の対象者として適切と思われる看護師を順次紹介してもらった.すべての看護師に対して研究者が説明を行い,同意を得られた場合に研究参加者とした.

4. データ収集方法

インタビューでは,患者の医療や看護に対するニーズにチーム規範が対応できていない場合に,研究参加者がどのようなジレンマを経験したのか,それにどう対応したかについての語りを促すナラティヴ生成質問を最初に行った.研究参加者の語りの文脈を遮らずに語りが終息するまで聞き続け,その後,語りの内容を確認する落ち穂拾い質問を行った.インタビュー内容は参加者の同意を得て録音した.

5. データ分析方法と分析手順

本研究では,ナラティヴ分析の対象は語り手ではなく,語られたナラティヴであるというリースマンの説に則り,構造的ナラティヴ分析とテーマ的ナラティヴ分析を組み合わせて用いた(Riessman, 2008).具体的な手順としては,ラボフらによって考案され(Labov & Waletzky, 1967),医療・看護分野でも広く用いられ,田口らが予備的研究で用いた方法を用いた(田口・宮坂,2015).最初に逐語録を精読し,ジレンマが具体的なエピソードとして語られている部分を抜き出して時系列に配置し,これを「ジレンマのナラティヴ」として分析の対象とした.ジレンマが具体的なエピソードとして語られている部分が見いだされなかった語りは,分析から除外した.予備的研究の結果を踏まえ,以下の3つの節を参加者の語りから同定した.〈状況〉:看護師がチーム規範に対して違和感やジレンマを経験した状況についての語り.〈行動〉:看護師がチーム規範に変化をもたらそうという行動をとった状況,またはその状況によって自己規範とチーム規範のいずれかを選択した行動についての語り.〈効果〉:看護師のとった行動の結果,チーム規範がその看護師が望ましいと考えるように変化した状況についての語り.

さらにテーマ的ナラティヴ分析を行い,3つの節で語られている具体的内容に注目し,〈状況〉では〈どんなジレンマを経験したか〉,〈行動〉では〈どんな行動をしたか〉,〈効果〉では〈チーム規範がどのように変化したか〉が語られている部分を見いだすとともに,全般にわたって〈自己の判断や行動にどんな因子が影響を及ぼしたか〉が語られている部分を見いだし,これらの抽象度を高めた簡潔な表現で再記述することで「テーマ」とした.さらに,ジレンマ対応の各パターンにおいて,テーマをつないで簡潔な文章としたものを「ストーリーライン」とした.その際に,ナラティヴ分析の主眼である個別のストーリーラインが維持されるように表現した.分析結果の信頼性を確保するために,ナラティヴ分析および質的研究法を専門とする研究者3名,看護倫理学および看護管理学を専門とする研究者2名から助言を受けた.

6. 倫理的配慮

本研究は,新潟大学大学院保健学研究科研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(第147号).研究参加者に研究の目的,方法,プライバシーの保護等について文書を用いて説明し同意を得た.看護実践におけるジレンマについて語る際に不快感等の感情を抱くことが考えられたため,話したくないことは話さなくてよいこと,いつでも面接を取りやめることができることを伝え,感情の動きに留意してインタビューを行った.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

研究参加の同意を得られた者にインタビューを実施し,得られたデータにまず構造分析を行い,ジレンマ対応の新しいパターンが得られるように,研究参加者を追加していった.ジレンマ対応の新しいパターンが得られなくなった時点で理論的飽和と見なしてデータ収集を終了した.この時点での研究参加者は21名で,ジレンマが具体的なエピソードとして語られなかった5名を分析対象から除外して16名を分析対象とした.参加者の所属病棟は13病棟であった.

表1 研究参加者の概要
研究参加者 看護経験年数 年齢 異動経験* 違和感やジレンマを抱いた状況 エピソード時の役割
A 2年 20歳代 患者の療養環境の整備よりも治療や処置が優先されている状況.
B 2年 20歳代 患者のニーズや家族の意向が反映されない告知に対する状況. プライマリーナース
C 4年 20歳代 ①患者の身体的苦痛が増強しても医師への連絡を躊躇する状況. 日勤帯のチームリーダー
②患者の意向を確認せずに家族や医療者が治療を主導している状況.
D 6年 20歳代 有・病棟 患者の病状が回復しても画一的に面会時間の制限が継続される状況.
E 6年 20歳代 退院後の食生活について患者の意向を確認せずに食事制限が継続される状況.
F 7年 20歳代 業務多忙により患者の清潔援助が不十分であるが改善方法が検討されない状況. 病棟の業務改善係
G 8年 30歳代 有・病棟 患者の回復経過に合わせたケアを実施するよりも処置などの業務が優先される状況.
H 10年 30歳代 有・病棟 ①ターミナル期にある患者の外出希望伝えたが特別扱いになるため許可されない状況. プライマリーナース
②患者の経口摂取の意向を把握したが看護師間の役割が不明確で伝達がうまくいかない状況. プライマリーナース
I 10年 30歳代 有・病棟 清潔援助が画一的で患者のニーズに十分に対応できていない状況.
J 12年 30歳代 有・病院 患者の白血球数が低下した場合の清潔援助が不十分である状況.
K 14年 30歳代 有・病院 患者の意向を確認せずに治療が継続される状況.
L 17年 40歳代 有・病院 清潔援助が画一的で患者のニーズに十分に対応できていない状況.
M 18年 40歳代 有・病院 患者の療養生活のニーズを把握せずに看護師主導のケアが行われている状況. 病院・病棟の業務改善係
N 19年 40歳代 有・病院 ターミナル期にある患者のケアが他の患者より優先されている状況.
O 20年 40歳代 有・病院 患者の病状が回復しても拘束が継続される状況.
P 26年 40歳代 有・病棟 ①患者の食事に対する意向を把握しても治療方針により対応できない状況.
②低侵襲の手術を受けた患者であってもリスク管理を優先し厳重に処置が行われている状況.

*病棟:同じ病院の異なる病棟への異動経験

*病院:異なる病院への異動経験

2. 分析結果(図1

一人の研究参加者から2つのエピソードが語られる場合があったため,16名から得られた19個のジレンマのナラティヴを分析対象とした.

図1

ジレンマのナラティヴの構造とテーマの概要

1) 構造分析の結果

〈状況〉の節では,X)自らの観察によって自己規範とチーム規範との不一致を認識した場合(14例)と,自己規範に則った行動をした結果,Y)看護チームのメンバーからの指摘により自己規範とチーム規範との不一致を認識した場合(5例)の2つのパターンが見いだされた.ジレンマに対して行動がとれずに,ジレンマを経験した〈状況〉の節で完結しているナラティヴは見いだされなかった.

〈行動〉の節は,ジレンマに対してイ)チーム規範に則って行動した,ロ)-①個人の可能な範囲で行動した,ロ)-②小集団から同意を得られた場合に行動した,ハ)-①自己規範に則って行動したがチーム規範に変化をもたらさなかった,の4つに分類できた.〈状況〉の節がX)の場合の〈行動〉は,イ),ロ)-①またはハ)-①の3つ,〈状況〉の節がY)の場合の〈行動〉は,ロ)-②またはハ)-①の,それぞれ2つのパターンに分類できた.

〈効果〉の節,すなわち,ハ)-②自己規範に則って行動しチーム規範に変化をもたらした,という語りが得られたのは6例だった.いずれも〈状況〉の節がX)の場合であった.

2) テーマ分析の結果

以下に,語りの一部を引用しながら,パターンごとに見いだされたナラティヴのテーマについて述べる.〈 〉はテーマを示し,これらから得られたストーリーラインをゴシック体で示した.“ ”は研究参加者の語りを示し,[ ]は研究者による補足,(中略)は研究者による省略,「 」は引用表現と思われる個所,……は間(言いよどみ,沈黙)が見られた箇所である.

イ)ジレンマに対してチーム規範に則って行動したナラティヴ

このナラティヴは〈状況〉と〈行動〉の節で構成され,〈効果〉の節が見られないナラティヴのうち,〈行動〉の内容が,チーム規範に則って行動したというものが看護師Aの1例のみだった.Aのナラティヴのテーマから,以下のようなストーリーラインが得られた.

〈業務優先による療養環境の不備〉に違和感を覚えたが,〈患者のニーズへの対応不足を容認する先輩看護師の言動〉や,〈早期の職場環境への適応を優先したことによる自己規範の抑制〉を行い,周囲からの〈支援獲得のためにチーム規範を優先する必要性の認識〉に至った.

Aは患者の療養環境の整備よりも治療や処置を優先すべきだというチーム規範に違和感を抱いたが,先輩看護師達もそのことに気づいていながらも見過ごしているように思えた.以下はAの語りである.“結構1年目で[看護チームのケアの方法を]受け入れなくちゃっていう気持ちが強すぎて.” “自分が患者だったら不快かなって思うようなことも業務に追われてしょうがないかなと…….” “先輩もそれ[業務を優先すること]を許容しているからみたいな感じで受け入れつつあったりとか.” “周りとうまくやれることが大事ですし.”

ロ)-①ジレンマに対して個人の可能な範囲で行動したナラティヴ

〈状況〉と〈行動〉の節で構成され,〈効果〉の節が見られないナラティヴのうち,〈行動〉の内容が,自己規範をチームに提示することなく,個人の可能な範囲で行動したというものが看護師G,L,Oの3例だった.これらから,以下のような共通のストーリーラインが得られた.

〈患者のニーズへの対応不足〉(G, L, O)を認識していたが,〈業務遂行と患者のニーズへの対応との両立の困難さ〉(G)を経験したり,〈過去に先輩看護師から自己規範とチーム規範との不一致を指摘された経験〉(L)や,〈過去に自己規範をチームに受け入れらなかった経験〉(O)があったりしたため,〈患者の状況や業務に基づいたケアの選択〉(G, L, O)を行うことによって,〈チーム規範に影響を及ぼさない範囲でのケアの実施〉(G, L, O)をした.

看護師Lは,清潔援助が画一的で患者のニーズに十分に対応できていないと認識し,自己規範に則って清潔援助を行ったことがあったが,チーム規範との不一致を先輩看護師から指摘された.Lは,多様なケアを実施することにより患者のニーズへの対応が可能になると考えていたため,その時々の業務状況に基づき,患者とケアに関する相談を行った後に,自己規範またはチーム規範のどちらかに則ったケアを選択していた.Lは以下のように語った.“患者さんと自分の間で今日どうするっていうのは決めたいなって思ったので,結構,自分は自分って形でやってました.「あなたがそれ[週間予定にないケア]をやると,皆がやらなくちゃいけなくなる」みたいなことを言われたことがあったと思うんですけど.” “私は特別なことをしてるわけではないので,(中略)私がやるケアをルールにするつもりはないので.”

ロ)-②ジレンマに対して小集団から同意を得られた場合に行動したナラティヴ

〈状況〉と〈行動〉の節で構成され,〈効果〉の節が見られないナラティヴのうち,〈行動〉の内容が,自己規範を提示したがチームから受け入れられず,自己規範に理解のある小集団から同意を得られた場合にのみ行動したというものが,看護師C①,D,H①の3例だった.これらから,以下のような共通のストーリーラインが得られた.

〈患者個々のニーズとチーム規範との不一致を認識〉(C①,D,H①)し,〈患者の意向を同僚や先輩看護師に提示〉(H①)する等,〈自己規範に則った行動〉(C①,D,H①)をとったことがあった.しかし,〈自己規範をチームに受け入れられなかった経験〉(C①,D,H①)の後,〈自己と類似した立場や自己規範に賛同する看護師の存在下での自己規範に則った行動〉(C①,D,H①)をとった.また,〈後輩看護師に患者のニーズに沿う対応の必要性を提示〉(D)し,自己規範に対する賛同の獲得に向けた行動をとる者もいた.

看護師Cは,患者の身体的苦痛が増強しても医師への連絡を躊躇する状況に違和感を抱き,患者の状況を医師に報告して新たな対処方法を検討するべきであるという自己規範に則り,医師に報告したが,先輩看護師からそのような行動をしないよう注意された.この経験後は,自分と年齢や価値観が近い看護師が多い勤務帯に限って,自己規範に則った行動をとるようにした.以下はCの語りである.“先生は検査に入ると朝から晩まで出てこないんですよね.[痛みのある患者のことで]日中に先生に連絡をとるのをためらう文化がうちの病棟にあるみたいで.” “「今,先生あれ[検査中]だからちょっと待ちなよ」とかそういう先輩もいたりするので,(中略)自分が[日中のチーム]リーダーをやってて,比較的若いメンバーっていうか,近いメンバーだったら自分が率先して連絡とったりできるんですけど.”

ハ)-①ジレンマに対して自己規範に則って行動したが,チーム規範に変化をもたらさなかったナラティヴ

〈状況〉と〈行動〉の節で構成され,〈効果〉の節が見られないナラティヴのうち,〈行動〉の内容が,自己規範をチームに提示してチーム規範を変えようとしたが受け入れられなかったというものが,看護師C②,F,H②,J,P①,P②の6例だった.これらから,以下のような共通のストーリーラインが得られた.

〈患者の意向を把握〉(H②,J,P①)したり,〈患者の意向確認の必要性を認識〉(C②)する等により,患者のニーズや根拠に基づく〈自己規範の提示〉(C②,F,H②,J,P①,P②)をしたが,最終的に〈自己規範に対する賛同者の不獲得〉(C②,F,H②,J,P①,P②)に終わった.また,〈チームワークにおける責任の範囲の曖昧さ〉(H②),〈看護師の行動に影響を及ぼす医師の言動〉(P①),〈医師の治療方針によるケアの制限〉(J,P①),〈マニュアルに規定されたケアの優先〉(J),〈患者の状況確認不足による自己規範の抑制〉(C②,F),〈異動によるチーム規範の理解不足〉(J,P①,P②)等によって,自己規範への確信が揺らぎ,チーム規範を変えるような一歩踏み込んだ行動が取れなかった.感染予防や急変時対応等,看護チームの安全志向が強く,〈患者個々の状況よりもリスク回避の優先〉(P②)が見られる環境では,〈根拠に基づくケアの不足の提示に対する不承認〉(J,P②)があった.

看護師Jは,患者の白血球数が低下した場合の清潔援助が不十分である状況に違和感を抱いていた.以前に所属していた病棟では,最新の情報に基づいて入浴の可否を判断していたが,現在の病棟では古い規準が改訂されないまま使われていて,そのために入浴を許可されないケースがあった.Jは,医師や看護チームメンバーに対して最新のデータを根拠に,入浴が可能であることと,患者も入浴を希望していることを数回にわたり伝えたが,受け入れられなかった.Jは,自己規範がチームに受け入れられない理由を,異動後のチーム規範の理解不足により,周囲の期待に沿う行動がとれないためととらえていた.Jは次のように語った.“[以前に勤務した病棟の]感染管理としては,できるだけお風呂に入れた方が良いって方針になってて,(中略)結構,何回か看護師に言ったり先生に言ったりいろいろ言ったりしたんですけど,(中略)ここではそういう方針ではないからって言って,いまだにそれは変わってなくて.” “まず,ここのやり方を早くわかるようになりたくて,一通りできるようになればきっと見えてくるのかなとか,自分の意見を受け入れてもらえるのかなとか,そういうのがあって.”

ハ)-②ジレンマに対して自己規範に則って行動し,チーム規範に変化をもたらしたナラティヴ

〈状況〉〈行動〉〈効果〉のすべての節が見られ,自己規範をチームに提示してチーム規範に変化をもたらしたものは,看護師B,E,I,K,M,Nの6例のナラティヴだった.これらから,以下のような共通のストーリーラインが得られた.

〈医師や先輩看護師の意見を反映したチーム規範〉(B,E,K,M,N)や〈医師に意見を言いにくい環境〉(K)を認識し,また異動経験者の中には〈異動による自己規範提示の困難さ〉(M)を感じる者もあったが,〈患者や家族のニーズの把握〉(B,E,I,K,M,N)ができていることから,自己規範に自信が持てていた.さらに,同僚や先輩看護師から〈患者のケアに対する提案〉(K)があって〈医師の治療方針に影響を及ぼさない範囲でのケアの実施〉(K)ができたり,〈多忙な業務と患者へのケアのバランスを考慮〉(I)した行動が可能になった者もいた.また,看護チームにおいて役割に就いている場合は,〈看護チームにおける役割の自覚と周知〉(B,M)により,カンファレンス等で自己規範を提示できた者もいた.役割に就いていない場合でも,〈個人の経験に基づく役割の自己認識〉(I,N)があることで,自己規範に則った行動をとった者もいた.そして,看護師間の〈規範の対立を回避〉(E,M,N)する等により,〈自己規範に対する賛同者の獲得と増員〉(B,E,I,K,M,N)ができ,〈患者個々のニーズへの対応〉(B,E,I,K,M,N)が可能になった.

看護師Bは,治療効果がなく病状が悪化し続けると思われる患者に対して,予後の告知をしたくないと言う家族と,あくまで予後告知をするべきだというチーム規範との間に不一致があると感じていた.Bはプライマリーナースであったため,家族との対話の機会を設け,以前に患者が医師から病状説明を聞いた際に大きなショックを受けたことを知った.今回は病状がさらに悪化しているため,予後告知の判断は慎重に行うべきだという自己規範に確信を持ち,先輩看護師にこの考え方を伝えたところ賛同を得られたため,看護チームのカンファレンスで自分の意見を提示した.その結果,現時点では,治療効果がなく病状が悪化し続けることは話さずに病状説明を行うことが適切であるという判断に至った.Bは次のように語った.“[患者の母親が]1回目の[病状]告知を受けた時の本人の衝撃が大きかったって[言っていた].” “告知すべきだって言っていた人達にはそれはどちらかというと私達看護師の考えであって,家族とか本人の気持ちとはズレてるんじゃないかって[言った].” “結構ベテランの先輩がいたのでその方に相談ていうか(中略)先輩もそういう[告知しない]こともあるかもしれないって.” “病気と付き合って治療していきましょうっていう言い方なら家族は納得できるって[いうことが],[家族と]話していくうちにわかったので,(中略)私達[看護師]と主治医とご家族で決めてICをしたって感じです.”

Ⅴ. 考察

看護師が経験したジレンマの内容は,医師の治療方針と患者の意向との不一致,ターミナル期にある患者への告知,身体拘束の解除のタイミング等,先行研究と類似した傾向にあった(水澤,2009).しかし,本研究により,ジレンマに際しての看護師の対応が5つのパターンに分類されることが明らかになり,対応の違いに影響を及ぼす因子として,看護経験年数,異動経験の有無,周囲との対立回避,賛同者の獲得,役割意識に基づく行動が考えられた.以下,これらに絞って考察する.

1. 看護経験年数と異動経験の影響

看護経験年数が同様であっても,チーム規範に対する行動に相違が見られた.看護経験年数が少ない場合は,患者のニーズを把握していながらも業務を優先する先輩看護師の行動を自己規範として内面化するケースが見られた(看護師A).新人看護師は自信の無さからチームや組織において受け身のコミュニケーションになりがちで,他のスタッフに意見が言えず,チームにおける対立を回避する傾向があると報告されている(Pfaff et al., 2014).一方,看護師A のナラティヴからは,新人看護師が多忙な業務や先輩看護師の言動により,患者のニーズに沿うケアができない状況に葛藤する様子もうかがわれた.これについて,看護師Aと同じ経験2年の看護師Bの場合は,経験年数が少ないからこそ患者のケアや業務に関する質問ができると認識しており,その職場には新人が質問しやすい環境を作り出す先輩看護師がいた.新人看護師のポジティヴな認識には,周囲のスタッフとの関係が関連すること,これが専門職としての能力を促進するとも報告されている(勝山ら,2018新ら,2019).新人看護師がジレンマ経験をチームに提示できる環境を作ることで,自己の気づきを表出できる可能性が高まると考えられる.

本研究の結果から,経験年数が多い看護師であっても,異動直後は自己規範よりもチーム規範を優先する場合があることも明らかとなった.看護師Jのように,新たな部署の業務内容を理解して遂行できるようになって初めて一人前として認められ,自己の意見が受け入れてもらえると認識する者もいた.異動経験のある看護師は,以前に所属した部署との習慣や考え方の相違により自信を喪失し,自己を新人看護師と同様に位置づけた行動をとるという報告(中村,2010)があり,これまでの経験により形成された自己規範と新しい職場のチーム規範との不一致によってジレンマに陥っている状況だと考えられる.一方,看護師の自律的判断の獲得には,自己の経験や知識を深化させることに加え,他者の経験に影響を受けることが報告(杉山・朝倉,2017)されている.経験とは,実際の状況に直面した時に従来持っていた理論,概念,発想を洗練し変更する能動的な過程であるとBenner(2005/2015)は述べている.別の職場から異動してきた者にとってはジレンマ経験が,以前から所属している者にとっては異動してきた者のジレンマ経験を聴くことにより,自分たちの発想や習慣を再考し,患者のニーズに沿う規範形成をするための契機になり得ると考える必要がある.

2. 周囲との対立回避,賛同者の獲得,役割意識に基づく行動

参加者の行動からうかがえるのは,対立を回避するための賛同者の獲得なしにチーム規範を変えようとする行動をとると,チームから受け入れてもらえない場合があるということである.その一方,賛同者の獲得なしに,対立を回避しながら自己規範に則った行動をとる参加者(看護師L)もいたが,こういった行動は,医師の治療方針の影響を受けず,かつ自己の判断である程度の行動が可能な清潔援助等に限られていた.

また,本研究の参加者の中には,ジレンマ対応に際して,看護チームにおける役割意識に基づいた行動をとることによってチーム規範に変化をもたらした者(プライマリーナースのB,業務改善係のM)と,行動がとれなかった者(プライマリーナースのH②,業務改善係のF)とがいた.その一方,結果には示していないが,役割に就いていなくても,チームの中で後輩を指導する立場にあると自覚している者(N)や,異動経験のある自分が患者のニーズに対応するようにチーム規範を変える役割があると認識している者(I)もおり,ジレンマに対して主体的な行動をとっていた.さらに,この4名の看護師達は,自己規範の提示のみならず,同僚看護師達の意見を聴くという行動により,賛同者を獲得していた.このようなことから,ジレンマに対して行動するためには,与えられたものでも,自覚に基づくものでも,役割についての明確な認識を持つことが重要であると考えられた.看護師が自己の認識や実践に確信を持つためには,周囲からのポジティヴなフィードバックが重要であるとされ(Ortiz, 2016),役割意識に基づいた行動をとるためには,個人の意見をいったんは受け止めるといったチーム環境も必要と思われる.チーム規範は患者のニーズの変化等に応じて継続的に見直しをしなければ,患者への対応が画一化する弊害をもたらす(Vandecasteele et al., 2017)とされる.看護師が自己の役割を認識し,患者のニーズに対応する規範のあり方をチームに提示することで,看護師が個々に専門職者として成長し,ケアの質を向上させる機会になる可能性もある.

研究の限界と課題

本研究で得られた知見はあくまで,研究参加者のジレンマ経験のナラティヴを分析した結果に基づくものである.また,参加者の選定を病院管理者に依頼したことやスノーボールサンプリング法を用いたことにより,バイアスが生じた可能性も否定できない.ここで明らかになった知見はこうした限界の範囲内でのものである.ジレンマ対応の様式については理論的飽和を得ているが,ジレンマの内容と対応に影響を及ぼす因子については,より広範囲の研究参加者を対象に研究を拡大することによって,その実態を捉えることが可能になると考えられる.

謝辞:本研究を実施にするにあたり,ご協力いただいた方々ならびに研究参加者の皆様,分析の方向性等についてご助言をいただいた横浜市立大学医学部看護学科の勝山貴美子先生,新潟大学大学院保健学研究科看護学分野の小林恵子先生,関奈緒先生,関井愛紀子先生(現:医療法人恵松会河渡病院),および宮坂研究室の大学院生の皆様に深謝いたします.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MTは研究の着想,デザイン,データ収集,分析,論文執筆の全プロセスを行った.MMはデータ分析への貢献を行った.両者は最終原稿を読み承諾した.

文献
 
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