2020 年 40 巻 p. 1-4
【目的】体表下の硬さが看護大学生の効果的な胸骨圧迫にどう影響するのかを検証し,教育的示唆を得ることである.【方法】看護大学生46名に対し,体表下の硬さの違う床・ベッド上・ベッド上背板使用による胸骨圧迫を行い,圧迫深度,圧迫回数,圧縮の適切な解除率の違いを比較検討した.【結果】圧迫深度において,床とベッド上背板使用による体表下の硬さの違いに有意な差がみられた.また,圧迫深度,解除率には性別差による違いがあった.男子学生は,圧迫深度が深く解除率が低い,女子学生は圧迫深度が浅く解除率が高い結果となった.【結論】性別による圧迫効果の違いを考慮した胸骨圧迫の演習・講習の重要性,身体特徴や実施時の体勢の是正に対する取り組みが求められる.
Chest compressions were performed on 46 nursing students while these students lay on the floor, a bed, and a backboard put on a bed, which all produce a different hardness beneath the body surface, and differences in compression depth, number of compressions, and appropriate decompression rate for compressions were compared in order to develop educational suggestions for examining the impact of nursing students on chest compressions. The results showed a significant difference in compression depth due to variation in hardness beneath the body surface depending on whether the compressions were performed on the floor or a backboard on a bed. Furthermore, differences between the sexes were seen in compression depth and decompression rate. Male students showed a deep compression depth and low decompression rate, whereas female students showed a shallow compression depth and high decompression rate. These findings suggest the importance of chest compression exercises and training that take into account sex-related differences in compression depth, as well as the need for an approach to correct physical characteristics and posture during compressions.
一般的に医療機関において急変患者を発見する率は看護師が高く,その早期対応が生存率に影響を与える.看護大学生の看護技術として心肺蘇生の演習は必須であり,通常一次救命処置(BLS: basic life support)の演習は床上でモデル人形を使用して行うことがほとんどである.「CoSTR2010の推奨では,CPRは可能な限り堅い面の上でおこなうべきことを推奨した」(一般社団法人日本蘇生協議会,2016)と報告している.本研究の目的は体表下の硬さが男子・女子看護大学生の効果的な胸骨圧迫にどう影響するのかを検証し,教育的示唆を得ることである.そこで,看護学科大学生を対象に体表下の硬さによる胸骨圧迫の効果の違をSimPad(Laerdal)により比較検討した.
A大学看護学科大学生46名(男子20名,女子26名)に実施した.
2. 調査期間調査期間は2018年7月~10月であった.
3. 実施内容蘇生用モデル人形(レサシアン)とSimPadを使用し①床上②ベッド上③ベッド上背板(以下実施場所)における,2分間の胸骨圧迫中の圧迫深度・圧迫回数・圧縮の適切な解除率の平均を測定し比較検討した.
4. 分析方法平均値±標準偏差および分散分析(多重比較の調整:Bonferroni)を用いた.実施場所における2分間の胸骨圧迫中の圧迫深度・圧迫回数・圧縮の適切な解除率の平均を,各実施場所間,性別,各実施場所と性別の3つの項目について分析した.統計解析には,SPSS statistics ver 23を用い,統計的有意確率は5%未満とした.また,測定値=0は測定不能値としデータから削除した.その際,1箇所でも0値があった場合は他の2か所のデータも同様に削除の対象とした.
5. 倫理的配慮本研究は国際医療福祉大学大学倫理審査施設委員会(18-Io-51)の承認を得た後,研究対象者の個人情報とは無関係の番号を付し,研究対象者の秘密保護に十分配慮すること,同意後も随時これを撤回できる旨,研究が実施又は継続されることに同意しないこと又は同意撤回による研究対象者等が不利益な取扱いを受けない旨を同意書に明記し,署名を得ることで同意とした.
6. 用語の定義SimPad:Laerdal社の製品で,CPR(cardio pulmonary resuscitation)中の手技として,圧迫率と圧迫深度,各圧縮の適正な解除,適正な手の位置,中断の頻度と長さ,適切な換気,等がリアルタイムで確認できる.
ベッド:パラマウント社A53151C---0018G
マットレス:パラマウント社83 × 191ポケットコイルRB-ZA83P コイルスプリング 厚さ13幅830長さ1910
心肺蘇生用背板:材質:ABS樹脂,重量:1.8 kg,サイズ:W430 × D660 × T70
各測定項目における有効データ数は,圧迫深度:男子20名・女子26名,圧迫回数:男子20名・女子26名,圧縮の適切な解除率:男子17名・女子26名であった.各実施場所における圧迫深度・圧迫回数・解除率の分析結果を表1に示す.全体平均の床の圧迫深度は51.3 mm,ベッド上の圧迫深度は49.1 mm,ベッド上背板の圧迫深度は47.9 mmであり,床とベッド上背板に有意な差がみられた.また,性別による圧迫深度の平均は男子が53.6 mm,女子が46.5 mmであり,性別間に有意な差がみられた.
床 | ベッド上 | ベッド上背板 | 平均 | ||
---|---|---|---|---|---|
圧迫深度(mm) | 男子 | 55.0(±4.7) | 53.0(±7.3) | 53.9(±3.6) | 53.6(±5.4)* |
女子 | 48.3(±6.8) | 46.0(±8.1) | 45.0(±7.7) | 46.5(±7.5) | |
圧迫回数(回) | 男子 | 124.0(±10.1) | 119.8(±13.6) | 119.1(±11.1) | 120.1(±11.3) |
女子 | 117.6(±10.5) | 115.6(±9.5) | 115.5(±8.2) | 116.2(±9.3) | |
解除率(%) | 男子 | 61.6(±28.3) | 65.4(±38.3) | 69.5(±35.2) | 65.5(±33.3) |
女子 | 87.7(±21.3) | 90.2(±19.8) | 92.8(±18.2) | 90.2(±19.5)* | |
圧迫深度(mm) | 全体平均 | 51.3(±6.8)* | 49.1(±8.4) | 47.9±7.6 | |
圧迫回数(回) | 120.4(±10.7) | 117.4(±11.5) | 117.1±9.6 | ||
解除率(%) | 77.3(±27.3) | 80.4(±30.7) | 83.6±28.3 |
平均値(標準偏差)を示した.p≦0.05
圧迫回数の平均は,床の男子平均が124回とやや多いものの,各実施場所で男女ともに100~120回/分であり,実施場所間,性別,実施場所と性別ともに差は見られなかった.解除率の全体平均は,床で77.3%,ベッド上で80.4%,ベッド上背板で83.6%であり,実施場所間,実施場所と性別による差はみられなかった.性別による解除率の平均は男子65.5%,女子90.2%であり,性別間に差がみられた.
今回,蘇生用モデル人形を使用し3か所での胸骨圧迫を行った結果,床とベッド上背板使用の圧迫深度に有意な差を認めた.
標準的な体格の成人に対する用手胸骨圧迫は,6 cmを超える過剰な圧迫を避けつつ,約5 cmの深さで行うことが推奨されている(一般社団法人日本蘇生協議会,2016).全体の床の圧迫深度の平均は51.3 mmとガイドラインが推奨する深さに達することができたが,ベッド上の平均圧迫深度49.1 mmとベッド上背板を使用した場合の平均圧迫深度47.9 mmはガイドライン2015が推奨する圧迫深度に達することができていなかった.しかし,(Stiell et al., 2014)は,院外心停止し患者に対する大規模研究の中で最大生存期間は深度45.6 mm(40.3~55.3 mm)であり,2010年米国心臓協会の心配蘇生ガイドラインの目標が高すぎる可能性が示唆された.と報告している.今回60 mmを超えるような圧迫深度は見られなかったが,女子の圧迫深度が40 mmに満たない学生もいたことから効果的な胸骨圧迫になっていないことが考えられ,できる限り推奨される深度に近づける努力は必要である.
床とベッド上背板使用による深さの違いの理由の一つとして,実施者から床以外の場所で「やりづらさ」の声が聞かれた.床は床に対する「沈み」がないこと,実施者の体勢に対する安定感等から「実施しやすさ」がある.ベッドではマットレスの厚さやスプリング効果,ベッド上背板使用では背板とモデル人形との接触面の滑りやすさ,ベッドに対する背板の巾が胸骨圧迫をしにくくしていることが考えられた.実施者の「やりづらさ」が胸骨圧迫の質を落としていることも考えられ,背板使用の有無(前田ら,2018),ベッドの高さ(Perkins et al., 2003)など胸骨圧迫における効果的な技術や条件,実施体勢の是正の検討も必要である.また,体表下の硬さの違いだけではなく胸骨圧迫の深さに関連する因子として,救助者の体重などが報告されている(Hasegawa et al., 2014;Asta et al., 2013).大学生の筋力・体力・持久力の低下も報告されるが(下門ら,2013;角田ら,2010),性別間の差は基礎体力,持久力等による影響が大きいと推察される.しかし,胸骨圧迫時の筋肉疲労はあまり影響がないこと(安川ら,2011),肘関節の屈曲角度と時間経過による影響(小枝ら,2011),自らの体重を利用した圧迫法(遠藤ら,2009)など,身体自体の機能を生かした圧迫効果の違いを報告している文献もあり,一概に性別間の差を体力だけにとらわれることはできず,様々な身体的特徴を検討する必要性があると考えられる.
各実施場所での圧迫回数は100~120回/分でいずれにも差がなかった.「リズムは,聴覚刺激から感じ取ることが一般的であるが,規則的なものの動きすなわち視覚的にも感じとることができる」(佐々木,2012).今回,1つの演習室内で実施者間が近い位置で胸骨圧迫を行っていることから視覚的な影響により圧迫回数に差がなかった可能性も考えられる.胸骨圧迫の解除について循環動態に有効なCPRを行う上で重要なのは,胸骨圧迫と胸骨圧迫の間に胸部に血液をかん流させることであり,圧迫と圧迫の間に胸壁に力がかからないようにすることである.解除率において,女子より男子の圧迫解除が適切に行われていないことを示した報告(秋月・大橋,2017)もあり,本研究においても同様の結果が得られた.圧迫深度と圧迫回数の平均より男子は深く・速く圧迫を行うことを重視し,解除が不十分になっているのではないかと推察され,逆に女子は,圧迫深度が浅いため解除がしやすい状況にあるのではないかと推察された.圧迫解除に関する文献は少なく,適切な解除方法については今後調査の必要性がある.本研究において,実施場所,圧迫深度と解除率における男女差がみられたことで,実施場所にとらわれない胸部圧迫の方法や,性別に合わせた胸骨圧迫,解除方法を教授していく必要性が明らかになった.また,胸骨圧迫時の体勢も検討することで,「やりづらさ」を解決できるのではないかと考える.今後,一般的なCPRの実際を教育するだけではなく,身体的特徴を是正しつつ,教育的視点からの効果的なCPR実施に向けた教育の必要性が求められた.
2分間の胸骨圧迫中の床とベッド上背板使用時において圧迫深度に差がみられた.また,圧迫深度,解除率には性別差による違いがあり,性別による圧迫効果の違いを考慮した胸骨圧迫の演習必要性が示唆された.今後は身体特徴や実施時の体勢の是正に対する取り組みが求められる.
謝辞:本研究にご協力くださった皆様に心からお礼申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない
著者資格:K,Mは主に研究データの収集に貢献し,全ての著者は最終原稿を確認した.