目的:長期入院を経験し精神科デイケアを利用する男性統合失調症者が,地域においてどのように生活を再構築しているのか,当事者の視点からその特徴を明らかにし支援への示唆を得る.
方法:男性統合失調症者9人を対象とし,参加観察やインタビューから得られたデータから退院後の生活の再構築についての語りを抽出し,分析した.
結果:対象者は,【長期入院によるつながりの喪失】を経験し,退院後は馴染みのない【新たなコミュニティのメンバーシップを得ることの難しさ】から寂しさを感じていた.そのようななか,専門職や親族などからの【サポートの活用による病状や生活の維持】を図りながら,【地域におけるデイケアメンバーとのつながりと役割の獲得】により,生活を再構築していた.
結論:長期入院を経験した男性統合失調症者が地域の中で孤立せず社会参加できるよう,当事者コミュニティと地域コミュニティとの関係づくりを強化することや,入院早期からの就労支援と地域における活動の機会の必要性が示唆された.
Objectives: Methods of rebuilding the life of males living with schizophrenia who had experienced long-term hospitalization and were currently using psychiatric daycare services in local communities were investigated from the viewpoint of the people to obtain suggestions for supporting them.
Methods: Qualitative and descriptive research designs were applied by referring to ethnographic methods. Participants were nine males living with schizophrenia who had experienced long-term hospitalization of over three years and were currently using psychiatric daycare services. Rebuilding of their life after discharge were identified from analyzing data obtained through participant observation and interviews.
Results: Participants experienced “loss of connections because of their long-term hospitalization” and felt lonely because of “the difficulty in obtaining membership of in their new community” that was unfamiliar to them. They tried to “maintain life and circumstances created by their illness through using the support” of professionals and relatives and rebuild their life by “acquiring connections with daycare members and a role in the community.”
Conclusions: It is necessary to enhance the relationship between the peer community and the local community, providing employment support from early time and local activity opportunities to achieve social participation in which males living with schizophrenia that had experienced long-term hospitalization can live without being isolated.
日本においては精神病床における入院患者のうち統合失調症が最も多く,約15万人に及び(厚生労働省,2017a),その数は年々減少しているものの,依然,人口あたりの病床数は諸外国と比較しても高い(厚生労働省,2018).また,日本における精神疾患患者の平均入院期間も国際的にも長い状況が続いていることから(OECD, 2014;厚生労働省,2018),国は統合失調症者の退院支援や,地域移行に向けた支援体制の構築を推進している.
統合失調症者は,幻覚や妄想,意欲の低下などさまざまな症状を抱え,生活の中で多くの困難を経験する(池淵,2012).特に長期入院患者は,長期にわたり社会から断絶され,退院後に生活を再構築する過程において一層の困難を抱えることが想定される.一般的に男性は,女性に比べてコミュニケーションを苦手に感じる傾向がある(伊藤,2010)ため,男性統合失調症者は退院後に地域で新たな関係性を築いていく上でも困難を伴いやすいと考えられる.
生活の再構築について,難病患者やがん患者は,困難を経験しながらも,自己肯定感を高めながら自分の生活に応じた対処を見出すこと(山本・中村,2019;前田ら,2012),抗HIV療法患者やDV被害回復者は,困難を乗り越えることにより役割の再獲得や生活の実感を得ることが報告されている(Seeley & Russell, 2010;Javaherian et al., 2009).精神障害者の地域における生活について,退院後の生活過程については報告があるものの(関根,2011),長期入院を経験した男性統合失調症者の生活の再構築については,明らかになっていない.
そこで,本研究は,長期入院を経験した男性統合失調症者の地域における生活の再構築について,当事者の視点から明らかにすることで,支援への示唆を得ることを目的とした.日本では退院後に精神科デイケア(以下,デイケア)を利用する者が多く,デイケアは長期入院患者の退院後の受け皿の役割を果たしていることから(厚生労働省,2009),本研究ではデイケア利用者に焦点をあてた.
生活の再構築:生活の再構築に関する先行研究(山本・中村,2019;前田ら,2012)を参考に,本研究では以下のように定義する.
退院後,身体・精神・社会生活への影響などのさまざまな困難に対し,その人なりに対処しながら変化に対応し,日常の暮らしを回復していくための気持ちや行動.
2. 研究デザイン本研究は,研究対象者との相互作用によって文化を解釈していくエスノグラフィーの手法を参考にした質的帰納的研究とした.エスノグラフィーの目的は,当事者のものの見方や生活とのかかわりを把握し,彼らの世界を真に理解することである(Spradley, 1980/2010).
本研究では,長期入院を経験しデイケアを利用する男性統合失調症者のものの見方や考え方,生活の再構築を当事者の視点から把握したいと考えた.また,長期入院を経験した男性統合失調症者の地域における生活の仕方や思いを,インタビュー調査のみで明らかにすることは難しい.そのため,エスノグラフィーの手法を参考に用いることで,当事者の視点から退院後の生活の再構築に関する豊富なデータを得ることを目指した.
3. 研究対象者厚生労働省の調査等では精神科病床への1年以上の入院を長期入院としている(精神保健研究所,2019)が,入院期間が長期になるほど退院後に生活を再構築することが難しくなることが想定される.本研究では,退院後に地域で新たな生活を築く中でのさまざまな経験や気持ち,行動をデータとして収集するため,過去に3年以上の入院を経験し,デイケアに通所しながら地域で生活する男性統合失調症者を研究対象に定めた.対象者の発達段階により生活の再構築に違いが生じる可能性があるため,生活構造が安定するとされる中年期に焦点をあてた.Levinson(1978/1992)は40歳から65歳までを中年期としているが,日本では平均寿命の延伸とともに高齢期の捉え方も変化してきているため,本研究では前期高齢者を含めた40歳から75歳未満を対象とした.
9人から研究への参加に同意を得た.以下,研究対象者を対象者と記す.
4. データ収集方法研究者は,「観察者としての参加者」として定期的にデイケアへ参加したとともに,訪問看護への同行や単独での家庭訪問を行いながら参加観察やインタビューを行った.「観察者としての参加者」とは,研究者が研究対象である集団の一部となって参加観察を行うことを指し,研究者が研究対象者と関係を構築しやすいという利点がある(Roper & Shapira, 2000/2009).
初めに,対象者との間に信頼関係ができると,内面の世界が研究者に開かれるようになるというエスノグラフィーの研究過程モデル(Leininger, 1985/1997)を参考に,9か月を予備的フィールドワークに費やした.その後,1年1か月にわたりフィールドワークを行い,参加観察として,デイケア参加時の様子や,家庭訪問による生活状況の把握を行い,観察した内容,対象者の言動,そのときに感じたことをその都度,フィールドノートに記録した.インタビューは,対象者の生活状況が概ね把握でき,信頼関係ができてきたと思われる時期に,インタビューガイドに基づく半構造化面接をデイケア内の個室で実施し,必要に応じて家庭訪問時等に追加で確認を行った.インタビューでは,「普段どのように1日を過ごしていますか」「これまでに利用したサポートはどのようなものですか」「家族や友人,近所の人とはどのようなお付き合いがありますか」などと退院後の地域における生活状況やサポートの利用,相互関係ついて時系列に尋ね,追加の質問を行うなどこれまでの経過や生活状況について詳細に語ってもらうように努めた.インタビュー内容は,対象者から許可を得てICレコーダーに録音し,逐語録を作成した.インタビューの平均時間は53分であった.データ収集期間は2015年8月から2016年8月であった.
5. 分析方法フィールドノートや逐語録などのデータから,対象者一人ひとりの家族構成や入院期間,サービス利用状況等について整理し一覧表を作成したとともに,個別にストーリーとして記述した.次に,作成した個別の記録から,退院後にさまざまな困難を経験するなかでの対処や対応,日常の暮らしを回復していくための気持ちや行動を表していると思われる箇所を抽出しエピソードとし,類似性を検討しながらサブテーマを設定した.サブテーマの類似性や関連性を検討しながら統合し,テーマを設定した.
データ解釈やテーマの抽出にあたっては,地域看護学,精神医学,文化人類学の専門家からスーパーバイズを受けながら修正を繰り返し,信頼性と妥当性の確保に努めた.
6. 倫理的配慮実施機関の代表者とデイケア主任者および訪問看護主任者に対して,研究の目的や方法,依頼内容,倫理的配慮について説明し,研究協力の承諾および対象者の紹介について同意を得た.研究対象者を選定する際には,精神症状が安定した者で,研究協力の可否について判断能力のある者とした.内諾の得られた対象者に対し,研究者が改めて,研究目的や調査内容,データ収集方法,研究への協力は自由意思に基づくものであること,研究への協力を拒否しても不利益はないことなどを説明し,1週間程度研究協力の可否について検討期間を設けた上で,研究協力について同意を得た.
本研究は,新潟大学大学院保健学研究科研究倫理審査委員会の承認を得た(承認番号122).また,実施機関の代表者や役職員から構成される管理部門の承認を得た.
7. 調査地の概要単科精神科A病院デイケアが位置し,対象者の多くが居住するB市郊外のC地区を主な調査地とした.
B市は高齢化率約29%の地方の中核的な都市であり,C地区はB市郊外に位置している.C地区には古くからある農村集落が点在しているほか,約30年前に造成された住宅地がある.
C地区には,精神障害者が地域で利用できる支援機関として,A病院のデイケアとA病院の訪問看護部門がある.福祉施設としては,ショートステイと生活訓練を実施している事業所が1か所あり,地区内にはその他の就労支援施設等の事業所はない.
A病院では,長期入院患者のうち,施設入所した者を除くと約8割が退院後にデイケアを利用しており,利用者の中にはデイケア通所期間が10年以上に及ぶ者も少なくない状況であった.
対象者9人の平均年齢は58.8歳であった.入院期間は平均19.2年(最短4年,最長32年),全員が退院と同時にデイケアの利用を開始し,デイケアの平均利用期間は8.9年(最短5年,最長12年)であり,長期入院ののち,長期にわたりデイケアに通所していた.居住形態は民間アパートや公営住宅でのひとり暮らしが6人,病院の借り上げアパートで一部共同生活を送っていた者が2人と,多くが病院の仲介により退院後の居住先を確保していた.6人が週に4日以上デイケアに通所しており,デイケアに通所しない日も訪問看護やホームヘルプなどのサービスを利用していたほか,8人が親やきょうだいなどから金銭管理等のサポートを得て生活を送っていた.地域での交流機会は少なく,ほとんど交流機会がないか,顔を合わせた時に挨拶する程度であった(表1).
A | B | C | D | E | F | G | H | I | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年齢 | 50代 | 60代 | 70代 | 70代 | 60代 | 50代 | 50代 | 40代 | 50代 |
性別 | 男 | 男 | 男 | 男 | 男 | 男 | 男 | 男 | 男 |
発病年齢(歳) | 19 | 29 | 23 | 21 | 25 | 27 | 16 | 17 | 15 |
家族構成・居住形態 | 両親と同居 | 独居 | 共同生活※ | 独居 | 独居 | 共同生活※ | 独居 | 独居 | 独居 |
入院期間(年) | 4 | 14 | 16 | 32 | 31 | 8 | 31 | 9 | 28 |
退院後の生活期間(年) | 5 | 12 | 10 | 10 | 9 | 7 | 10 | 11 | 6 |
デイケア利用期間(年) | 5 | 12 | 10 | 10 | 9 | 7 | 10 | 11 | 6 |
デイケア利用頻度 | 1回/週 | 4回/週 | 4回/週 | 4~5回/週 | 1回/隔週 | 4~5回/週 | 2~3回/週 | 4回/週 | 4回/週 |
フォーマルサポートの状況 | VN(2回/月) | VN(2回/月) HHS(1回/週) |
なし | VN(2回/月) | VN(4回/月) HHS(7回/週) |
VN(1回/月) | VN(4回/月) SS(3回/週) |
VN(4回/月) HHS(2回/週) RS(2回/週) |
VN(4回/月) |
インフォーマルサポートの状況 | 母親が家事全般,妹が買い物や通院のサポートをしている | 兄が生活費の管理などをサポートしている | 兄が公的書類や手続きをサポートしている | 義姉が生活費の振込をしている | 弟が毎月の生活費を引き出して持ってきてくれる | 兄が毎月の生活費を引き出して持ってきてくれる | 向かいの住民が不要な家電等を譲ってくれた | 父方の従兄が何かあったときに対応してくれる | 妹が何かあったときに対応してくれる |
地域での交流状況 | 回覧板を受け取る際に挨拶する程度 | ほとんどない | 買い物時に,近所の商店の店主と話す程度 | 同じ棟の住民と顔を合わせた時に挨拶する程度 | 近くのタバコ屋の店主と話す隣の家の高齢男性が時折訪ねて来る | 外出時にバス停で立ち話をする程度 | 地域の草取りなどで立ち話をする宗教団体の集会に出掛ける | 挨拶をする程度 | ほとんどない |
VN:訪問看護,HHS:ホームヘルプ,SS:ショートステイ,RS:生活訓練
※病院借り上げのアパートでの一部共同生活
対象者は,10代から20代に統合失調症を発症し長い入院期間を経たなかで,生まれ育った地域や仕事を通じて得た関係性を失うなど【長期入院によるつながりの喪失】を経験し,退院後も馴染みのない【新たなコミュニティのメンバーシップを得ることの難しさ】から寂しさを感じていた.そのようななか,デイケアや訪問看護の専門職,きょうだいや親族などからの【サポートの活用による病状や生活の維持】を図りながら,【地域におけるデイケアメンバーとのつながりと役割の獲得】を通じてメンバー間のつながりや連帯を強化し,何とか孤立せずに生活を送っていた(表2).
テーマ | サブテーマ | エピソード | 対象者 |
---|---|---|---|
長期入院によるつながりの喪失 | 長期入院による社会的なつながりの喪失 | 発病や長期入院による仕事などの社会での活動の中断 | Bさん |
高齢となった家族とのつながりの難しさ | 高齢のきょうだいを頼ることの困難さ | Dさん | |
慕っている高齢の母親との交流の難しさ | Iさん | ||
新たなコミュニティのメンバーシップを得ることの難しさ | 新たなコミュニティのメンバーシップを得ることの難しさ | 近隣の住民に対する心理的な距離感 | Cさん |
住民との交流機会であった地域の清掃活動の減少 | Gさん | ||
宗教団体の集会でしか得られない他者との交流 | Eさん | ||
サポートの活用による病状や生活の維持 | 専門職からのサポートを受けながら行う服薬の自己管理 | 服薬の自己管理を支えてくれる週1回の訪問看護 | Eさん |
確実な服薬のために受けるデイケアスタッフからの服薬の確認 | Fさん | ||
生活訓練施設や訪問看護のサポートによる服薬の管理 | Hさん | ||
専門職から生活上の対処能力を高める支援を得る | デイケアスタッフとともに行う生活費の管理 | Bさん | |
ホームヘルパーの助けを借りて行う調理や掃除 | Eさん | ||
ホームヘルパーによる休日の食事の調理 | Hさん | ||
きょうだいや親族から家計管理に対するサポートを得る | 母親のサポートによる生活の継続 | Aさん | |
別居のきょうだいによる生活費の管理 | Fさん | ||
地域におけるデイケアメンバーとのつながりと役割の獲得 | 生活におけるデイケアメンバーとの協力 | デイケアメンバーと協力して行う食事の準備 | Bさん |
不足した時の生活費を助けてくれるデイケアメンバー | Iさん | ||
寂しさの中でのデイケアメンバーとのつながり | 仲の良いデイケアメンバーとの時間の共有 | Bさん | |
グループで中心的な役割を果たすことで埋める寂しさ | Dさん | ||
同じアパートに住むデイケアメンバーとの日常的な交流 | Fさん |
以下,テーマを【 】,実際の語りを「 」,会話やメモの引用を『 』,エピソードを〔 〕,エピソードの内容を斜体で示す.
1) 【長期入院によるつながりの喪失】長期入院により,それまでに地域や学校,仕事で培ったつながりを喪失し,入院中に両親が他界するなど,家族とのつながりもほとんどなくなっていた.
〔慕っている高齢の母親との交流の難しさ〕
Iさん(50代)は,高校中退後,精神症状の悪化から30年近く入院し,就労経験はほとんどない.退院後,生活訓練施設に3年程入居し,その後公営住宅で約3年間ひとり暮らしをしていたが,地域には親しい知人や友人はいない.以前は唯一,母親が電車やバスを乗り継いで時折訪ねて来たが,膝が悪く移動に困難がありIさんを訪ねることが難しくなってからは,日常的な交流はない.
Iさんは,ひとり暮らしを始めた頃に母親が書いたという『元気で.腹を出して寝ないように』という色あせた古い紙の切れ端を大事そうに取ってある.また,玄関にも昔,母親が持ってきてくれたという造花を今も大切に飾り,今はなかなか会うことのできなくなった母親の姿を重ねていた.
「(実家に住む姪が)受験中みたいで……(実家には)行ってませんね.2年ぐらい前は(実家)に帰ってましたね.盆と正月と.(母親から)姪2人が大学行ってるし,そういうのもあって『来るのやめなさい』なんて言われましたね……」
Iさんは,10代に発病し長期入院を経験したため,友人・知人もなく,交流は家族に限定されていた.退院後,慕っている母親も高齢となり気軽に実家と交流することは難しく疎遠となり,家族とのつながりさえも失いつつあった.
2) 【新たなコミュニティのメンバーシップを得ることの難しさ】対象者は地域で生活を送っていても,地域住民との付き合いはごく限られており,地域住民の一員としても町内のなかで役割を担うことは少なかった.
〔近隣の住民に対する心理的な距離感〕
Cさん(70代)は,中学卒業後,大型自動車運転免許を取得し,配送業などの職業を転々とした.20歳後半に精神症状が出現し計16年程入院した.退院後,約10年間A病院借り上げのアパートで一人暮らしをしている.
Cさんの住むアパートは雑木林に囲まれ,近所の人との付き合いはほとんどなく,近所の商店で二言三言,店主と日常的なあいさつや他愛のない雑談を交わすのを楽しみにしていた.町内の神社では春と秋の2回祭りが開催され,住民同士が顔を合わせる機会となっていた.Cさんも祭りには興味があり,同じアパートに暮らすデイケアメンバーと行くこともあるが,特に町内の一員として祭りの手伝いに参加をしたことはなかった.
「(近所の人が集まって)祭りでご飯作ったりするんですわね.(祭りには)行くだけですかね.(中略)(地域でもっと)交流,活動してみたいっていうのは,まあ,何にもやりたくねっすね……面倒で」
Cさんは,町内の祭りや行事などに参加することはあっても,そこでの役割や居場所はなく,町内の一員としてのメンバーシップは得られていなかった.そのため,近隣の住民に対して心理的な距離感を感じ,町内での活動や交流には消極的であり,近所の商店などでの日常的なあいさつや他愛のない会話など,ゆるやかな交流を求めていた.
3) 【サポートの活用による病状や生活の維持】長期入院を経験した参加者の多くが,サポートを活用しながら治療を継続し病状を安定させ生活を維持することで,安心して地域での生活を送ることができていた.
〔服薬の自己管理を支えてくれる週1回の訪問看護〕
Eさん(60代)は,中学卒業後は大工として働いていたが,精神症状が出現し,A病院に31年程入院した.退院後,生活訓練施設やグループホームを経て貸家で約4年前からひとり暮らしをしている.
Eさんは,泥棒が侵入して現金がなくなっているような気がして不安になることがある.訪問看護師から「ちょっと薬見ていい?眠剤飲んでない日もあるみたいだけど眠れてる?」と残薬をさりげなく確認されると,次のように答えた.
「最近眠れるから(眠剤は)飲んでないんだ.(中略)もし泥棒が入ったら(生活費がなくなって)買い物できなくなっちゃうかな」
訪問看護師が「不安なようだったら(財布を)置く場所変えた方がいいかもね」と話すと,Eさんは「そうだな」と,定期的に訪問してくれる訪問看護師の具体的なアドバイスを受け安心した.
Eさんは,発症する20代まで家族と暮らし,そのまま約30年の長期入院に至った.地域でひとり暮らしするなかで不安を感じることもあるが,訪問看護によるサポートを得て病状を安定させながら,ホームヘルプの家事援助を活用して生活を維持していた.
4) 【地域におけるデイケアメンバーとのつながりと役割の獲得】対象者の多くが退院後は知り合いのいない新たな地域におけるひとり暮らしに寂しさを感じていた.そのため,デイケア以外の場所でもメンバー同士でつながり,そのなかで役割を得て,孤立せずに生活を送っていた.
〔グループで中心的な役割を果たすことで埋める寂しさ〕
Dさん(70代)は,高校卒業後に就職したが,寮生活で同僚とトラブルとなり,20代前半に退職し帰郷した.その後,恐怖感などの症状から30代前半にA病院に入院となり,計32年間程入院した.約10年前に退院し,福祉ホームを経て公営住宅で独り暮らしをしていた.
Dさんの家に,デイケアのない金曜の夜から日曜まで,近隣に住む仲のよいメンバー4人が来ることが慣例となっていた.Dさんは,近所のスーパーで買ってきたジュースやゼリーを用意して皆を待ち,クリスマスや年末年始の際はオードブルなどを買ってきてメンバーに振る舞っている.
「(退院当初)Bさんが泊まりに来ないくらいの付き合いの時が一番(寂しかった).一人でいるとね…….アパートにいたって一人で生活するだけだから」
Dさんは,退院時には両親がすでに他界し,見知らぬ土地で親族や地域住民との交流もほとんどないなかで寂しさを募らせていた.地域で暮らす寂しさを埋めるように,近隣に住むデイケアメンバーとデイケア以外でも時間を共にするなど,当事者コミュニティの中で中心的な役割を果たしていた.
長期入院を経験した精神障害者は,直面する問題に対処しながら生活するために,入院中に構成した自己アイデンティティを,地域生活に適応できる自己アイデンティティに再構成する過程を経験することが報告されている(関根,2011).本研究でも,対象者は,デイケアのメンバー同士で日常的に支え合うことを通じてつながりや連帯を強化し,当事者コミュニティにおいて役割や帰属感を得ていた.一方,対象者が地域コミュニティでメンバーシップを得ることは難しく,長期入院によるつながりの喪失や退院後の孤独な生活が,地域における暮らしを回復していく上で大きな障壁となっていることが明らかとなった.
以下,対象者が退院後に再構築した生活として,孤独な中での当事者コミュニティにおけるつながりの醸成について考察し,それらを踏まえた地域における看護実践への示唆について論じる.
1. 喪失と孤独の中での当事者コミュニティにおけるつながりの醸成アパートにいても一人で生活するだけ(Dさん)で,地域住民とは近所の商店での日常的なあいさつ程度が接点(Cさん)であるように,本研究の対象者の多くは,地域の中で寂しさを感じ,地域コミュニティにおいて役割がない中で,当事者コミュニティを形成することで,孤立せずに生活を送っていた.
一般に中高年期の男性は,家族,職場を中心とし,地域など重層的なコミュニティに属し,さまざまな役割を担い多様な関係性を築く(Levinson, 1978/1992)が,対象者が属するコミュニティは重層化しておらず,主にデイケアなど病院の包摂する範囲での関係性が中心であった.
対象者が重層的なコミュニティを築くことが難しく孤独を感じやすい要因として,まず,長期入院の影響が考えられる.対象者は,長期入院により生まれ育った地域や仕事を通じて得た関係性を喪失しているなかで,退院後に馴染みのない新たな地域コミュニティにおいて関係性を築いていくことには大きな困難を伴うことが推察される.
次に,統合失調症者は,病気特有の対人関係の不器用さ,思考のまとまりや感情の鈍麻,意欲や自発性の低下などの陰性症状により,自閉的な生活となりやすく(石井・藤野,2014),疾患の影響から他者と関係を築くことが難しく周囲から孤立しやすいと言える.
加え,発達段階を踏まえると,本研究の対象者は20歳前後の成人期への過渡期のはじまりに発病し,長期入院を送ってきた.成人期の過渡期は,就労により社会で役割や責任を担い,経済的にも自立する時期である(Levinson, 1978/1992).対象者のなかには発病前に就労していた者もいたが,長期入院を経た後に就労した者はいなかった.日本の生産年齢にあたる男性の就業率は8割を超え,OECDのなかでも3番目に高い状況のなか(OECD, 2016),就労を継続できなかったことは職場という社会的なつながりへの回路を絶たれただけでなく,一般的な成人期の男性に社会通念上期待される役割を担えていないことを意味する.そのため,地域住民との交流は面倒(Cさん)というように,対象者は地域住民とは距離を置いた交流を求めるようになっていたと考えられる.
また,地域住民も,精神疾患自体や精神障害を持つ人々に対して「変わっている」「こわい」などネガティブなイメージを持つ傾向があることが指摘されている(千葉ら,2012;谷岡ら,2007).本研究の対象者も,地域住民との交流機会がほとんどない中で,地域住民からは社会的距離を置かれていた可能性があり,偏見やスティグマの影響も推察される.
このように,対象者の長期入院による関係性の断絶や,統合失調症の影響による関係性構築の難しさ,就労を通じた社会的なつながりの欠如が,地域の中で孤独を感じやすい要因であることが示唆された.精神障害者にとっても生活をサポートするような人や場所,活動への連結性は,人生の意味や帰属感を醸成することにつながる(Pinfold et al., 2015).そのため,対象者の退院後の生活の再構築は,地域コミュニティの中でメンバーシップを得ることが難しいなか,デイケアメンバーを中心とした当事者コミュニティを形成することでつながりを醸成し,帰属感を得ることであったと考えられる.
2. 地域における看護実践への示唆統合失調症者を含む精神障害者への支援として,現状では,市町村が相談支援事業者等と連携しながら日常生活上の相談や障害福祉サービスの調整などを行なっているが,個別の生活支援が中心であり当事者コミュニティと地域コミュニティをつなげる支援が十分とは言えない.
地域コミュニティとのつながりを育むうえで,地域住民の偏見やスティグマも大きな障壁となる.イタリアではそれらの障壁を取り除くために,専門職などからなる改革推進チームが地域住民と当事者が実際に会い,互いに話し合う機会を設けることで,精神障害者の地域移行を推進してきた(坂本,2013).日本においても,精神障害者が地域の一員として自分らしい生活ができるよう,地域共生社会の実現に向けた改革の柱として,多様な就労や社会参加の場の整備をあげている(厚生労働省,2017b).それらを具現化するためには,デイケアと地域活動支援センターの連携を強化し活動範囲を広げていくことや,デイケア等の支援機関と自治会や町内会とのネットワークを強化することで当事者コミュニティと地域コミュニティとのつながりを育み,交流の機会を増やしていくことなどが必要である.
また,就労については,日本では,精神科外来を受診する統合失調症患者の就業率は2割程度に過ぎず,就労の難しさが指摘されている(障害者職業総合センター,2010).早期から退院後の就労を念頭において必要な技術を訓練することや,対象者のように当事者コミュニティで役割を果たしていることを強みとして活かし,一般就労が難しい場合でも,地域コミュニティの中で,能力に合わせた多様な役割や仕事が得られるよう活動の機会を作っていくことが重要である.
以上のことから,地域を基盤として当事者の視点に立った支援を広げていくためには,地域コミュニティの一員としてのメンバーシップが得られるよう当事者コミュニティと地域コミュニティとをつなげる支援や,当事者の関心や能力に合わせて多様な役割や仕事を担うことができるよう,入院早期からの就労支援や地域における活動の機会が求められることが示唆された.
本研究により,長期入院を経験しデイケアを利用する男性統合失調症者の地域における生活の再構築について明らかにしたことにより,今後,当事者の視点に立った地域移行の推進を検討する上での一資料となると考える.しかし,本研究はA病院が位置するB市C地区という限られた機関と地域において得られたデータであるため,一般化することには課題があり,今後,ほかの地域に範囲を広げ研究を実施し知見を蓄積していく必要がある.
長期入院を経験し,デイケアを長期利用する男性統合失調症者の退院後の生活の再構築について検討した結果,以下が明らかとなった.
対象者は,【長期入院によるつながりの喪失】を経験し,退院後は【新たなコミュニティのメンバーシップを得ることの難しさ】から寂しさを感じていた.そのようななか,さまざまな【サポートの活用による病状や生活の維持】を図りながら,【地域におけるデイケアメンバーとのつながりと役割の獲得】を通じて,当事者コミュニティにおいて帰属感を得ることで生活を再構築していた.
長期入院を経験した男性統合失調症者が地域の中で孤立せず社会参加できるよう,当事者コミュニティと地域コミュニティとの関係づくりを強化することや,入院早期からの就労支援と地域における活動の機会の必要性が示唆された.
付記:本研究は,新潟大学大学院保健学研究科博士論文の一部を生活の再構築に焦点をあてて分析し作成したものである.また,本研究は,JSPS科研費(JP15K21005)および新潟大学大学院保健学研究科研究奨励金GPの助成を受けて実施した.
謝辞:本研究に,快くご協力くださいました対象者の皆様,A病院関係者の皆様および,エスノグラフィーの研究方法において多くの助言をいただいた新潟大学大学院現代社会文化研究科の加賀谷真梨准教授,データの解釈において示唆をいただいた新潟大学大学院保健学研究科の関奈緒教授,宮坂道夫教授に深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:NTは研究の着想,デザイン,データの入手,分析,草稿の作成.KKは研究プロセス全体への助言および草稿への示唆.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.