日本看護科学会誌
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原著
急性期病院で必要とされる認知症看護実践能力
浦島 尚子グライナー 智恵子岡本 菜穂子福田 敦子山口 裕子龍野 洋慶
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2020 年 40 巻 p. 448-456

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Abstract

目的:急性期病院で必要とされる認知症看護実践能力を明らかにすることを目的とした.

方法:急性期病院で認知症看護を実践している看護師15名を対象に,半構成的インタビューを行い,質的記述的研究を行った.

結果:認知症看護実践能力は「認知症患者に対する基本的なケア姿勢」,「認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施」,「認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアの展開」,「認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動」により構成されていた.

結論:本研究により,基本的な認知症患者に対する姿勢だけではなく,急性期病院で必要とされている包括的な認知症看護実践能力が明らかとなった.今後認知症高齢者の入院が急増する背景からも,こういった視点で効果的に能力が向上されることが望まれる.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to elucidate nurses’ capacity to provide good dementia care in acute hospitals.

Methods: A qualitative descriptive study, along with semi-structured interviews, was conducted with 15 nurses practicing dementia care at acute hospitals.

Results: Nursing practice competencies included “Nurses’ basic attitudes toward dementia patients”, “Implementation of safety and comfort measures for dementia patients during hospital stays”, “Expansion of sustainable dementia care with consideration for patients’ lifestyle before and after hospitalization and environment around patients”, and “Behavior as a team member to provide appropriate care for dementia patients.”

Conclusion: This study revealed not only the nurses’ basic attitudes towards dementia patients, but also their comprehensive competency in providing good dementia care in acute hospitals. Because the number of elderly people with dementia admitted to hospitals is expected to rise rapidly in the future, nurses should effectively improve their competency in providing dementia care from this perspective.

Ⅰ. 緒言

日本では,団塊の世代が後期高齢者となる2025年,認知症患者数が高齢者数の20%にあたる675万人まで増加すると見込まれている(内閣府,2017).認知症患者数の増加に伴い,既に入院患者の約2割に認知症または認知機能の低下があることが報告されている(厚生労働省,2015a).手術等の治療のために急性期病院へ入院する認知症患者は,今後益々増加していくことが予測される.認知症患者数の増加に対応するため,認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を軸として,医療従事者の認知症対応力向上研修が開始された.また認知症患者に対するチームケアの推進や,病院での認知症ケアの質の向上を目的として,2016年の診療報酬改定時には認知症ケア加算が参入した(厚生労働省,2016).このような動向からも,医療機関での認知症ケアは,重要な課題の一つであるといえる.

認知症患者は認知力の低下や,判断力の低下から,認知症をもたない患者と比して入院時のせん妄発症数や,転倒の発生数が多い等,有害事象を発生しやすく,一度入院すると長期入院化しやすい傾向にある(CHKS, 2012Dewing & Dijk, 2016).急性期病院の看護師は,認知症患者の特徴を踏まえ,必要となる能力を身に着け,適切なケアを提供する必要がある.しかし,急性期病院で働く看護師は治療や日々の業務遂行を優先しており,患者のメンタルヘルスや,個別的なケアが後回しになっている,患者が混乱しているときの背景理解が不足しており,過剰な拘束を生んでいる,共感的な関りが出来ていない,ネガティブなイメージを持って接している,患者家族の思いを置き去りにし,目標の共有ができていないと指摘されている(Dewing & Dijk, 2016Digby et al., 2017).

新たな領域の能力開発を行うにあたっては,まずはその領域で質の高いケアを生み出す能力について整理することで,具体的にどのような能力向上を目指すことが必要かを明確化できる.そしてこの具体的目標をもってトレーニングや,教育を行うことが,より質の高い看護実践に繋がると考えられる.認知症ケアに必要な実践能力については,以前から在宅やスペシャリストにおけるケアを中心として研究がなされてきた.認知症の知識を身に着ける,認知症患者の行動を理解する,有効なコミュニケーションスキルを用い関係性を築く,意思決定を支援する,パーソンセンタードケアを提供する,介護者をエンパワメントすることは,ケア提供者に必要とされる能力として知られている(Griffiths et al., 2014Schepers et al., 2012Tsaroucha et al., 2011).特にパーソンセンタードケアは認知症看護の要として様々なアプローチがなされており,急性期病院で必要とされる認知症看護実践能力についても,パーソンセンタードケア理論を軸に研究がなされてきた(Edvardsson et al., 2013鈴木ら,2016).

多忙な状況下,複雑で高度な医療ケアを提供しながら質の高い認知症看護を提供するためには,パーソンセンタードケアの実施に加え,急性期病院における看護師の特徴・現状を踏まえたより具体的で包括的な能力の提示が必要であると考えられる.しかし,急性期病院の特徴・看護の現状を踏まえた,急性期病院での実際的な認知症看護実践能力を包括的に捉えた能力については未だ明らかになっていない.

本研究の目的は,今後の認知症看護実践の質の向上のために,急性期病院で実際に認知症看護を行っている看護師の実践に関するインタビューから,急性期病院において必要とされている認知症看護実践能力を明らかにすることである.

Ⅱ. 研究方法

1. 用語の定義

認知症看護実践能力:看護領域では,質の高い看護実践を行うための能力を看護コンピテンシーとして表現していることが多く,「安全で効果的な看護実践,介入を支持するスキル,知識,態度,価値観,技術的能力が統合されたもの(NMC, 2010)」,等と定義している.これを踏まえ本研究では,認知症看護実践能力を,認知症看護領域において,質の高い看護実践を行うための個人の価値観や知識,姿勢,技術的スキルを含めた能力とする.

2. 対象と方法

研究デザインには質的記述的研究を用いた.

1) 研究対象者

研究対象者は300床以上の急性期病院の病棟で今現在認知症看護を行っている看護師とし,実際に認知症患者にケアしている者であれば,管理職の看護師も含めた.また,認知症看護認定看護師,老人看護専門看護師もインタビュー対象者に含めた.Benner(1984/1992)は実践技能の成熟度から3年目から一人前の領域に入るとしており,認知症看護の実践能力を考慮し,経験年数が3年未満の者を除外した.

インタビュー対象となる看護師は,急性期病院の看護部長及び副看護部長に該当する看護師の紹介を依頼した.またスノーボールサンプリングも併せて行い,参加者を募った.

2) データ収集期間・方法

データ収集期間は2017年7月~9月であった.

インタビューガイドに基づき半構造化面接を行った.インタビューでは,認知症患者をケアする上で看護師に必要な能力,急性期病院における認知症患者に対する看護についての考え,認知症患者をケアするときに気を付けていること,大切だと思うこと,アセスメントの視点,認知症患者の環境で配慮している・配慮すべき点,家族に関して配慮していること,それぞれについて,できるだけ具体的に,自由に語ってもらった.インタビューはプライバシーの確保できる個室で実施し,研究参加者の許可を得て録音した.インタビュー時間は40分~1時間程度であった.

3) 分析方法

分析時は,出来事を,その出来事が存在する日常の中で使用する言葉で包括的に要約し,現象を率直に記述する,という質的記述的研究の方法論を用いた(北・谷津,2015).インタビューで得られたデータを元に逐語録を作成し,認知症患者の特性や,先行研究で報告されている質の高いケアに関わる要因,急性期病院での認知症看護の現状を踏まえ,急性期病院における認知症看護実践能力に関連すると思われる内容を出来るだけそのままの形で抽出,コード化した.コード化したデータを意味内容の類似点からサブカテゴリ化し,更に抽象度を上げ,カテゴリ化した.またそれぞれのカテゴリの関係性を再度吟味・統合し,認知症看護実践能力の中核となるものをコアカテゴリとした.

分析の真実性の確保のために,分析の過程で老年看護の専門家4名で内容の確認を行った.

3. 倫理的配慮

本研究は神戸大学大学院保健学研究科倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:第521号).

研究対象者に研究目的・方法について書面と口頭で説明し,同意書への署名をもって研究への同意とした.また,研究参加は自由意思であり,いつでも同意を撤回できること,それにより不利益に繋がることはないことを説明した.研究データの匿名性を保持し,個人情報が含まれる資料は厳重に保管することを保証した.

Ⅲ. 結果

1. 研究対象者

対象者は4つの急性期病院から得られた15名の看護師で,11名が女性,4名が男性看護師であった.所有資格として12名はジェネラリストの看護師,1名は認知症看護認定看護師,2名は老人看護専門看護師であった.対象者の所属は,脳神経外科・内科中心の混合病棟2名,皮膚科・呼吸器内科中心の混合病棟1名,腎臓内科・膠原病リウマチ内科中心の混合病棟1名,肝胆膵外科を中心とする混合病棟6名,一般混合病棟に勤務する看護師2名,看護部に所属する看護師が3名であった.回答があった対象者の平均年齢±標準偏差(以下standard deviation:SDとする)は34.9 ± 9.2歳,平均経験年数±SDは11.9 ± 9.5年であった.

2. 分析結果

インタビューデータから,47のサブカテゴリと,13のカテゴリ,4つのコアカテゴリを抽出した.コード数は389であった.抽出された認知症看護実践能力には,認知症患者に対するコミュニケーションや,尊厳について等,認知症患者と関わるときの姿勢から,急性期病院での看護の特徴を踏まえた,実際的なケア方法までが含まれていた(表1).

表1  急性期病院で必要とされる認知症看護実践能力
コアカテゴリ カテゴリ サブカテゴリ
認知症患者に対する基本的なケア姿勢 認知症患者の認知機能,身体・心理状態を正確に把握する 認知症の種類とその症状に関する知識をもって関わる
入院前の患者の認知症に関する情報や患者との関りを通して,認知機能をアセスメントする
認知症患者の主観的情報だけに頼るのではなく,客観的な情報と統合してアセスメントする
認知機能の低下のある人が安心してケアが受けられるようなコミュニケーションを図る 認知機能が低下した人が理解しやすく,安心できるようなコミュニケーションスキルを使う
患者が安心してケアが受けられるような説明を行う
患者の反応を確認し,同意が得られてからケアを行う
認知症患者の尊厳を意識し,尊重する 患者の尊厳を傷つけないような姿勢で関わる
常に必要性を検討し,できるだけ拘束は行わないようにする
患者のセクシュアリティに配慮してケアを行う
患者の生き方や価値観から患者本人の希望を考え,意思決定を支援する
生活史や嗜好,言動等から,患者を理解し,個別性を踏まえたケアを行う 患者の目線に立って患者の思いを理解できるように努力する
患者1人1人に合わせたケアが大切であることを自覚する
本人の思い,特性,生活史をケアに活かす
認知症患者に必要なケアを余裕をもって行うためにセルフマネジメントする 多忙な中でも余裕をもった対応ができるよう自身のイライラする気持ちに対応することができる
忙しいときであっても自身のコミュニケーションを振り返り,修正する
認知症患者に特別に必要となるケアをするために,他のケアとの優先度の評価やタイムマネジメントを行う
認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施 BPSDが出ている原因や症状に合わせて,適切なケアを行う BPSDが現れているときには,まずその原因を探す
BPSDの原因となりうる,不快な症状をコントロールする
BPSDが現れているときには,無理な制止や否定はせず,患者の症状に合わせて対応方法を工夫する
せん妄のケアとして昼夜のリズムを整える
せん妄のケアとして医師の指示の元,適切に薬剤を使用する
認知症患者の混乱を招かず,安心して過ごすことができるよう,環境を調整する 患者が安心できるようになじみの環境に近づける
患者が混乱しないように,部屋の位置や病床内のレイアウト等の環境をできるだけ変えないようにする
場所見当識障害があっても病室やトイレ等の位置が分かるように目印をする等の工夫をする
認知機能の低下に合わせ,安全対策を行う 患者の安全に関わる認知機能や症状の情報収集,アセスメントを行う
患者の安全対策が適切かどうか他スタッフと検討し改善する
患者の安全が守られるように見守りを強化する
説明書きを貼る,繰り返し説明することで患者が安全に過ごせるよう注意喚起する
患者の安全が守られるように,部屋のレイアウトを工夫する,ルート類の整理,保護を行う
認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアの展開 入院,治療による影響で認知機能が低下しないよう働きかける 患者が日常生活動作の中で何ができて何ができないのかをアセスメントする
認知機能が低下しないように,できる活動を見出し,患者自身に行ってもらう
認知機能障害による日常生活動作への影響を補うようなケアの工夫を行う
低活動性により認知症が進まないように,レクリエーションや交流等の時間を作る
日付や時間の感覚がつくようなケア,環境調整を行う
家族介護者の介護負担や入院に伴う不安を軽減するように関わる 介護してきた家族の思いを汲み取り,家族を労う
家族が安心できるよう面会に来た家族に患者の日々の様子を伝える
家族が不安にならないよう,治療や環境の変化が,患者の精神・認知機能に影響することがあることを説明する
患者の対応に困っている家族に,認知症の知識や対応方法を伝える
入院前から退院後の生活まで切れ目がないようにケアを組む 家族や患者をよく知る人から,ケアのヒントとなる患者のケアのこつや生活状況について情報収集する
入院前と生活を大きく変えないように,在宅での生活や趣味,ケア方法を踏まえてケアを行う
入院前の状況を入院してすぐに把握し,患者や家族,施設スタッフ,ケアマネージャー等と協同し,退院後の環境を整える
他職種,患者,家族を交えたカンファレンスを開き,退院後の生活について話し合う
認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動 チーム全体で統一したケアが提供できるように情報を共有する 患者の認知症症状やケアに関する詳細な情報をチームと共有する
チームで患者の目標,ケア目標を共有する
質の高いケアが提供できるようにチームメンバーと協力する 患者のケアに十分な時間,人員をさけるよう同僚と協力する
患者のケアの方法に迷ったときにはチームで話し合う
より専門的な対応が必要な場合,早期にリエゾンチームやスペシャリストを活用する

【 】:コアカテゴリ,《 》:カテゴリ,〈 〉:サブカテゴリ,斜体文字を生データとして表記する.

1) 認知症看護実践能力の構成

急性期病院の看護師達は,クリティカルな場面で,正確に自身の不調を訴えられない可能性が高い認知症患者に対する際に《認知症患者の認知機能,身体・心理状態を正確に把握する》ことや,侵襲的な状況の中で過ごす患者のために《認知機能の低下のある人が安心してケアが受けられるようなコミュニケーションを図っていた》.これらは《認知症患者の尊厳を意識し,尊重する》,《生活史や嗜好,言動等から,患者を理解し,個別性を踏まえたケアを行う》,《認知症患者に必要なケアを余裕をもって行うためにセルフマネジメントする》といった能力とともに,急性期病院における【認知症患者に対する基本的なケア姿勢】として,発展的なケア行為の要となっていた.また入院による環境の変化や侵襲度の高い治療により発生する有害事象に対応するために,【認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施】を行っていた.これは,《BPSDが出ている原因や症状に合わせて,適切なケアを行う》,《認知症患者の混乱を招かず,安心して過ごすことができるよう,環境を調整する》,《認知機能の低下に合わせ,安全対策を行う》能力によって構成されていた.更に,生活感がなく,医療的ケアが優先されやすい急性期病院での環境の中でも《入院,治療による影響で認知機能が低下しないよう働きかける》,《家族介護者の介護負担や入院に伴う不安を軽減するように関わる》,《入院前から退院後の生活まで切れ目がないようにケアを組む》ことで,【認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアを展開】することを重要な能力として捉えていた.加えて,多忙でスタッフも多く,回転率が早いという制度的特徴から,認知症患者に直接的なケアを提供する能力とは別に,【認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動】として,《チーム全体で統一したケアが提供できるように情報を共有する》能力や《質の高いケアが提供できるようにチームメンバーと協力する》能力が求められていた.認知症看護実践能力は以上の能力で構成されていた.

2) 【認知症患者に対する基本的なケア姿勢】

このコアカテゴリは急性期病院で認知症患者にケアを提供する際,基本となる姿勢に関わる能力で構成されている.急性期病院の看護師は,クリティカルな場面で《認知症患者の認知機能,身体・心理的状態を正確に把握する》ことの重要性について理解していた.また侵襲や不快感が伴うケアが多い中,患者が安心できるような説明や,同意を大切にし,《認知機能の低下のある人が安心してケアが受けられるようなコミュニケーションを図っていた》.更に,治療や身体的変化により生活の変革を余儀なくされることが多いため,患者の価値観を踏まえた意思決定の支援や,患者の目線に立って思いを理解する等,《認知症患者の尊厳を意識し,尊重する》,《生活史や嗜好,言動等から,患者を理解し,個別性を踏まえたケアを行う》ようにしていた.またあらゆる突発的なイベントに対応しながら,適切な認知症ケアを行えるように《認知症患者に必要なケアを余裕をもって行うためにセルフマネジメントする》ことを重要な能力と捉えていた.

(1) 《認知症患者の認知機能,身体・心理状態を正確に把握する》

看護師達は,認知症患者を適切にケアするために,〈認知症の種類とその症状に関する知識をもって関わる〉ことや,〈入院前の患者の認知症に関する情報や患者との関りを通して,認知機能をアセスメントする〉ことを重要だと考えていた.また認知機能が低下することにより,患者が症状を言葉で訴えることが難しいことを踏まえ,〈認知症患者の主観的情報だけに頼るのではなく,客観的な情報と統合してアセスメントする〉ことを大切にしていた.

「患者さんが訴えた言葉が本当にその人の本質なのかどうかというところの判断で,アセスメントする上で,表情やったりだとか言葉でこっちがアセスメントして汲みとってあげないと理解できないところがもしかしたらあるかもしれないので,そこを,あの人は痛くないって言ってるから,じゃあ大丈夫や,じゃない可能性がゼロではないかなと思うんですよ.」

(2) 《認知症患者に必要なケアを余裕をもって行うためにセルフマネジメントする》

急性期看護師として,手術後の管理や重症度の高い患者のケア,突発的なイベントが起きる中で認知症患者に対応するためには,〈多忙な中でも余裕をもった対応ができるよう自身のイライラする気持ちに対応することができる〉ことや,患者との関わりが不適切なコミュニケーションになっていないかどうか,〈忙しいときであっても自身のコミュニケーションを振り返り,修正する〉能力が必要であると考えていた.〈認知症患者に特別に必要となるケアを実施するために,他のケアとの優先度の評価やタイムマネジメントを行う〉ことも必要な能力であった.

「自分がしたいことを,というかそのいろんなことをケア,アクティビティなことするための時間を作る,時間配分であったりとか,タイムマネジメントは必要やと思います.後は広い心ですかね….」

3) 【認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施】

このコアカテゴリでは殺風景で認知症看護をするために整っているとは言えない療養環境や,疾患・治療に伴うダメージがある中で,患者が出来るだけ安全・安楽に過ごせるような対策を行う能力で構成されている.《BPSDが出ている原因や症状に合わせて,適切なケアを行う》ことや,〈患者が安心できるようになじみの環境に近づける〉といった《認知症患者の混乱を招かず,安心して過ごすことが出来るよう,環境を調整する》関わり,部屋のレイアウトの工夫や,ルート類の整理,保護等,《認知機能の低下に合わせ,安全対策を行う》ことが含まれていた.

《行動・心理症状(以下Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:BPSDとする)が出ている原因や症状に合わせて,適切なケアを行う》

認知症患者のBPSDに対する対応としては,〈BPSDが現れているときには,まずその原因を探し〉,認知症だからBPSDは出るものだ,といった判断はしないことが重要だと考えていた.また認知症患者は自身の不快な症状を直接的に伝えることが難しいことを踏まえ,疼痛や便秘といった〈BPSDの原因となりうる,不快な症状をコントロール〉する〉ことも重要だとしていた.患者の間違いを指摘する,注意するといった関わりではなく,安心できるような対応をする力も考慮すべきであり,〈BPSDが現れているときには,無理な制止や否定はせず,患者の症状に合わせて対応方法を工夫する〉といった考え方も大切な視点としていた.更に,認知症患者は環境の変化や手術等の治療によって,せん妄を起こしやすいことを踏まえ,〈せん妄のケアとして昼夜のリズムを整える〉,〈せん妄のケアとして医師の指示の元,適切に薬剤を使用する〉といったケアも実践していた.

「BPSDみたいないろいろ困る症状が出てきたりとか,ケアする上で困難なことが起こるときの背景には,必ず精神的な面もあるかもしれませんけど,身体の不調がご自分でキャッチできなくて,痛みがあっても痛いと言えないとか,便秘が続いていても便が出そうだけど出ないんだよとか(中略)そういう脱水便秘,後発熱とか感染症の徴候とかそういった身体の要因もそういったものに繋がってくるので…」

4) 【認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアの展開】

このコアカテゴリは,医療的ケアや業務が優先されやすい急性期病院の特徴に対して,急性期病院での入院期間を患者の人生の中の一部とし,継続的な視点を持って,入院前後の認知症患者の生活やその周囲の環境に働きかけていく能力である.生活感のない環境や急性期病院での治療の侵襲により認知機能低下,それに伴うADLの低下が起こりやすい上,日々の医療的業務が優先されやすい中,《入院,治療による影響で認知機能が低下しないよう働きかける》ことは重要な能力の1つであった.患者の密接な関係にある《家族介護者の介護負担や入院に伴う不安を軽減するように関わる》ことや,《入院前から退院後の生活まで切れ目がないようにケアを組み》周囲の環境を巻き込んで生活環境を整えることも,急性期病院においても重要な能力であった.

(1) 《家族介護者の介護負担や入院に伴う不安を軽減するように関わる》

家族に対するケアとしては,〈介護してきた家族の思いを汲み取り,家族を労う〉ことで精神的,身体的負担に配慮することに加え,〈家族が安心できるよう面会に来た家族に患者の日々の様子を伝え〉,急性期病院での入院を不安に思わぬよう,また患者の状況の理解に乖離ができないように心掛けていた.また急性期病院では入院による環境の変化や治療による侵襲で,患者が認知機能の変化やBPSDをきたしやすいという特徴から,〈家族が不安にならないよう,治療や環境の変化が,患者の精神・認知機能に影響することがあることを説明する〉といった関わりも大切にしていた.また,〈患者の対応に困っている家族に,認知症の知識や対応方法を伝える〉ことで,退院後の生活に向けた家族教育,支援を行うことも必要だと感じていた.

「(入院前は)ピンピンしてて90代の人で骨折とかってなるとやっぱり家族的には(患者の変化が)受け入れができないっていう,思いがあるんですよね.なので,もう入院した時点で,もうもともと自分で生活できてる人とかでも,やっぱり入院すると環境変わるから,やっぱり認知症(だけ)じゃないんだけど,症状は出てきますよって(中略)先にお伝えしたりとかはしてます.」

(2) 《入院前から退院後の生活まで切れ目がないようにケアを組む》

リロケーションダメージを防ぐ,また入院以前の患者について早期に把握するために,看護師達は入院してすぐから〈家族や患者をよく知る人から,ケアのヒントとなる患者のケアのこつや生活状況について情報収集する〉ことが大切だと考えていた.またそういった情報を取った上で,〈入院前と生活を大きく変えないように,在宅での生活や趣味,ケア方法を踏まえてケアを行う〉ようにし,入院時のケアだけではなく,地域に帰ることを念頭に置き,生活を整える必要があることを認識していた.更に,退院後,社会資源の導入が必要になることを見越して,介護保険を利用しているかどうか等,〈入院前の状況を入院してすぐに把握し,患者や家族,施設スタッフ,ケアマネージャー等と協同し,退院後の環境を整える〉支援,そのために〈他職種,患者,家族を交えたカンファレンスを開き,退院後の生活について話し合う〉機会を持つといった取り組みを重要な能力として捉えていた.

「手術してても,やっぱり僕としては,今まで生きてきたとか住んでこられた日常生活の延長で,病院でも過ごしていただきたいと思っているので,そこ(患者の生活)は変えたくない,手術後やからとか入院してるからというところで変えたくはないと思っているので,そこを最大限に酌み取ってケアできたらなと….」

5) 【認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動】

このコアカテゴリは,多忙でスタッフも多く,回転率が早いという急性期病院の制度的特徴の中で,自身の思いを上手く表現できないことが多く,更にリロケーションダメージを受けやすい認知症患者のために,《チーム全体で統一したケアが提供できるように情報を共有する》能力,ケアに十分な時間や人員をさけるようにする等,《質の高いケアが提供出来るようにチームメンバーと協力する》能力で構成されていた.

《質の高いケアが提供出来るようにチームメンバーと協力する》

急性期病院の看護師達は緊急手術や急変等,突発的な処置や高度で複雑な医療ケアを提供しながら,認知機能の低下を踏まえた,患者にあったペース・方法でケアを提供するために,〈患者のケアに十分な時間,人員をさけるよう同僚と協力する〉ことの必要性を認識していた.加えて,個人でケア方法を考えるだけではなく,〈患者のケアの方法に迷ったときにはチームで話し合い〉,更に治療による精神障害等,〈より専門的な対応が必要な場合,早期にリエゾンチームやスペシャリストを活用する〉ことで,認知症看護の質を向上していけるよう努力していた.

「(身体拘束をしなくていいように)マンツーマンで見守らないといけないような人には,(中略)交替交替で誰かが部屋を回らないといけなかったらちょっとリーダーが見守っとくとか,なんかそんな風にチームで協力して見てるかな.」

以上のコアカテゴリ,カテゴリ,サブカテゴリが,認知症看護実践能力として明らかになった.

Ⅳ. 考察

今回の研究によって,【認知症患者に対する基本的なケア姿勢】,【認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施】,【認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアの展開】,【認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動】が急性期病院で必要とされる包括的な認知症看護実践能力として明らかとなった.

【認知症患者の入院前後の生活や周囲の環境に目を向けた,継続的なケアの展開】は,在宅ケアとの連携が重要視されている現状を受け,より必要性が高まってきた能力である.現在新オレンジプランの中で,認知症者が在宅で暮らしていけるように施策が進められており,地域の中での急性期病院の機能として,継続的なケアを提供していく重要性が述べられている(厚生労働省,2015b).2018年の診療報酬改定では,入退院支援の推進として,入院時支援加算が新たに加わった(厚生労働省,2018).在宅から病院へ,またその先の退院後の生活を見据えた支援の重要性が高まっていることからも,急性期病院での認知症患者に対する継続的な支援は今後も大きな役割を果たしていくであろう.病院での看護においては,患者のニーズよりも日々の業務や身体的なケアを優先しているといった指摘がある(Digby et al., 2017).入院と認知機能の低下には関連があるという報告もあり(Wilson et al., 2012),認知症患者の退院後の生活を見据え,〈低活動性により認知症が進まないように,レクリエーションや交流等の時間を作る〉ことや,〈日付や時間の感覚が付くようなケア,環境調整を行い〉,《入院,治療による影響で認知機能が低下しないよう働きかける》取り組みは,今後益々重要なケアとして認識され,実施されるべきだと考えられる.認知症患者の家族は,入院時の体験を,負担感が強く,家族との情報共有や患者への個別的なケアが提供されることがなかった等,ネガティブに捉えているという報告がある(Jurgens et al., 2012).疾患や治療の侵襲により精神症状を起こしやすく,認知機能にも変化が出やすい認知症患者に対する家族のイメージの乖離による摩擦が生まれないよう,また関係性が分断されることがないように,患者の情報を共有しておくことや,今後の生活を考慮して〈患者の対応に困っている家族に,認知症の知識や対応方法を伝える〉,家族を労うといった,《家族介護者の負担や入院による不安を軽減するように関わる》ことは急性期病院においても大切な視点である.更にきめ細やかな情報の共有を中心に,《入院前から退院後の生活まで切れ目がないようにケアを組む》ことも,認知症者のリロケーションダメージによる混乱を防ぐ,あるいは,在宅での生活との繋がりを意識したケアという点で,一層強化されるべき能力であると考えられる.

【認知症患者に適切なケアを提供するための組織人としての行動】として,《チーム全体で統一したケアが提供できるように情報を共有する》ことが認知症看護実践能力の要素の1つとして明らかになった.日々担当者が変わる中で,記憶や見当識に障害があり,正確に自らの症状を訴えることが困難な認知症患者に対して,統一された看護実践を行うためには〈患者の認知症症状やケアに関する詳細な情報をチームと共有する〉ことは非常に重要である.多忙な中でも《質の高いケアを提供できるようにチームメンバーと協力する〉姿勢も能力の1つであり,認知症ケア加算において,多角的な視点から効果的な認知症ケアを行うことができるようチーム医療が推進されている背景からも,チームの一員としてケアに貢献していく必要性がある(厚生労働省,2016).また急性期循環器病院において,認知症ケアサポートチームの介入によりせん妄発症患者の日常生活自立度が改善した事例や,老年専門職チームによる介入が在院日数の短縮に有効であった報告は,チーム介入,より専門的で統一的なケアの提供が重要であることを裏付けている(内藤ら,2019亀井ら,2016).

以前から認知症ケア提供者の能力として重要とされている,基本的な認知症患者の理解や,パーソンセンタードなケア姿勢(Edvardsson et al., 2013鈴木ら,2016Tsaroucha et al., 2011)については,今回の研究では【認知症患者に対する基本的なケア姿勢】の中に含まれていた.認知症患者のケアにあたる際に,まず《認知症患者の認知機能,身体・心理状態を正確に把握する》こと,コミュニケーションスキルをもって,患者を尊重した姿勢で関わることは,認知症患者が安心して治療を受けるために,基本として身に着けておくべき能力である.本研究では更に,急性期病院という緊迫し,多忙な環境下で,自身の感情の制御や,コミュニケーションを振り返ることができる能力が,新しく実践能力として抽出された.この能力もまた,よりよい実践を生むための要素として重要であろう.

急性期病院における看護実践能力として真下ら(2011)が「患者の安全を守る看護ケア」をその因子の1つとして挙げており,実際に認知症患者は転倒等の有害事象を発生し,長期入院化する傾向にあることからも,【認知症患者が入院中安全安楽に過ごすための対策の実施】は急性期病院における認知症看護実践能力として要であると言える(CHKS, 2012).今後も《認知症患者の混乱を招かず,安心して過ごすことができるよう,環境を調整する》こと,またBPSDを適切にケアすることで,認知症患者の有害事象の発生を防ぎ,早期退院に向けて取り組んでいくことが必要である.

Ⅴ. 本研究の限界と実践への示唆

本研究のインタビュー対象病院は限られた地域の4施設となっており,施設特性や地域性からデータが限定的となっている可能性がある.今後は対象地域や施設を拡大していく必要があろう.

本研究で明らかになった認知症看護実践能力は,急性期病院の現場で働く看護師の生の声を基にし,実際的な認知症看護実践能力を広く包括したものである.抽出されたそれぞれのカテゴリは実践に則した具体的内容であり,今後病院での認知症看護教育や,認知症看護実践の指針になり得ると考える.この研究内容を基に,認知症看護教育や,認知症ケア実践の効果検証を行うことで,認知症看護実践が発展し,延いては認知症患者の生活の質の向上が期待できよう.

謝辞:本研究にご協力いただきました看護師の皆様に心より感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費16H05595(研究代表者:グライナー智恵子)の助成を受けて実施した成果の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:SUはデータ収集,分析,草稿の作成;CGは研究の着想・計画,分析,草稿全体への助言;NOはデータ収集および分析;AF,YY,RH はデータ分析に貢献.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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