日本看護科学会誌
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原著
重症心不全患者の治療選択におけるシェアード・ディシジョンメイキングへの看護師参画に対する急性・重症患者看護専門看護師の認識
稲垣 範子
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2020 年 40 巻 p. 544-552

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Abstract

目的:重症心不全患者の治療選択におけるシェアード・ディシジョンメイキング(SDM)への看護師参画の実態に対する急性・重症患者看護専門看護師(CCNS)の認識を明らかにする.

方法:CCNS10名に半構成的面接を実施し,質的統合法(KJ法)にて分析した.

結果:【SDMに参画できていない看護師が直面している現状】【多職種からの活動理解に向けたCCNS自らの看護の取り組み】【看護師へのアドバンス・ケア・プランニングやSDM参画に向けた働きかけ】【重症心不全患者の苦悩に向き合う看護師へのSDM参画に向けた働きかけ】【医療チームの意思決定パターン革新に向けた取り組み】【補助人工心臓・移植に進む場合の支援】【移植に進まず緩和を目指す場合の支援】からなる全体像が導き出された.

結論:CCNSは,看護師参画不十分な現状打開に向け,看護独自の取り組みと医療チームとしての取り組みが必要とされる実態を認識していた.

Translated Abstract

Objective: To clarify perceptions of the current situation of the certified nurse specialists in critical care nursing (CCNS) regarding nurse participation in the shared decision-making (SDM) process for patients with advanced heart failure to make treatment choices.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with 10 CCNS, and the obtained data were analyzed adopting a qualitatively and integrative (KJ) method.

Results: The following categories outlined the status of nurse participation in SDM: [situations faced by nurses with difficulty participating in SDM], [independent nursing approaches adopted by CCNS to promote understanding of their activities among other professionals], [promotion of advance care planning and participation in SDM among nurses], [promotion of participation in SDM among nurses addressing distress in patients with advanced heart failure], [approaches to innovate medical teams’ decision-making patterns], [support for patients who choose ventricular assist device/heart transplantation], and [support for patients who choose palliative care, rather than transplantation].

Conclusion: The CCNS recognized the current situation, where both nursing and medical team approaches are required to resolve insufficient nurse participation in SDM.

Ⅰ. はじめに

重症心不全では治療結果に対する不確実性が高く,患者の価値や意向に沿った治療を医療者が共に考える意思決定モデルであるシェアード・ディシジョンメイキング(Shared decision-making:以下,SDM)の推進が求められ,選択肢について話し合う際は,生命予後だけでなく主要な有害事象,苦痛症状,機能制限,自立性の喪失,クオリティ・オブ・ライフ(Quality of life:以下,QOL),介護負担についても含めるべきであるとされる(Allen et al., 2012).

ただし,重症心不全患者では,急激に悪化し心原性ショックに至る場合もあり,患者・家族と医療者で治療の選択肢を十分に検討する時間があるとは限らない.一旦は救命を目指して機械的循環補助による治療を開始しても,治療効果が得られず治療を撤退せざるを得ない場合もあれば,回復する場合や移植待機など長期使用を前提とした植込み型補助人工心臓(Ventricular assist device:以下,VAD)への橋渡しが可能な場合もあり,予測が非常に難しい(den Uil et al., 2017).

機械的循環補助により生命維持治療を継続することの妥当性などについては,医療者間で意見の相違が起こりやすく,クリティカルケア領域の医療者が抱える苦悩も大きい(松嶋ら,2012).Kryworuchko et al.(2012)は,集中治療室(Intensive care unit:以下,ICU)での生命維持治療の意思決定におけるInter-professional SDM(以下,IP-SDM)モデルの活用を試みている.このIP-SDMモデルは,患者と医療者1対1のSDMではなく,多職種連携での医療提供の増加から,Légaré et al.(2011)により開発されたものであり,医師の医学的判断のみで治療を決定してきた状況から変化が生じてきている.

変化の一例として,急性・重症患者看護専門看護師(Certified nurse specialist in critical care nursing:以下,CCNS)が,複雑な意思決定に迫られる重症心不全患者・家族の価値の明確化を助けながら,タイミングを逃さずに必要となる医療者と協働し,合意形成に導いた事例が報告されている(戸田,2013高田,2016).しかしながら,ICUでの終末期意思決定への看護師の関与は,話し合いの場への同席や患者・家族の理解度の確認にとどまり,看護師自身の考えを伝えたり,看護師から質問し代弁するなどの関わりが少ないとの報告もあり(高田・平野,2015丸藤ら,2017),SDMへの看護師の積極的な関与が実現できていない現状が伺える.

CCNSは,重症心不全患者・家族の価値を明確化する役割を担い,多職種と連携しながら看護師による意思決定支援を先導している.CCNSがSDMへの看護師参画の実態をどのように認識しているかを明らかにすることは,看護師が患者・家族の価値を明確化する役割を担い,多職種連携によるSDMのプロセスに参画していくための基礎的資料が得られると考える.

そこで,本研究では,重症心不全患者の治療選択におけるSDMへの看護師参画について,CCNSがどのように実態を認識しているかを明らかにすることを目的とする.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン

重症心不全患者の治療選択におけるSDMへの看護師参画について,CCNSが捉えている現象を包括的にありのままに記述し,その現象を見出すために,質的記述的研究デザインを用いた.

2. 用語の定義

1) 重症心不全患者の治療選択

心不全の進展ステージ分類(Yancy et al., 2013)のステージCからDに至ると予測される患者,およびステージDの心不全患者が選択肢の中から治療を選択することで,侵襲的治療のみではなく,緩和ケアおよび終末期ケアの選択も治療選択とする.慢性的な経過をたどり重症心不全となった者だけでなく,急性発症の重症心不全患者や代理意思決定者による治療選択も含む.

2) 看護師のSDM参画

治療選択に迫られた重症心不全患者と家族,医療者が参加し,お互いの情報を共有し,関係者が合意の上で治療を決定することをSDMとし,看護師が意図を持ってそのSDMのプロセスに加わることを看護師のSDM参画とする.

3. 研究対象者

研究対象者は,公益社団法人日本看護協会認定のCCNSのうち,①CNS資格の5年更新を終えている,②重症心不全患者の意思決定支援の経験がある,③研究参加時点で病院で勤務している,以上3項目の全ての条件を満たす者10名程度とし,スノーボールサンプリングにて該当者を選定した.

4. 調査実施期間

2019年7月から2019年9月にかけて実施した.

5. データ収集方法

研究対象者へインタビューガイドをもとに,半構成的面接調査を個別に1回のみ実施した.インタビューガイドの内容は,重症心不全患者の意思決定に十分に関われたと思う事例にどのように関わったか,逆に,十分に関わることが難しかった事例では,どのような難しさがあったのか,なぜ難しい意思決定に関わり続けられるのか,などとした.

6. データ分析方法

分析は,断片的なデータを基に看護実践の現象にある多くの変数を捨象することなく,その全体像を構造化することができる方法とされる(正木,2008),質的統合法(KJ法)を選択した.山浦(2012)の質的統合法(KJ法)の手順に従い,まず,個別分析では,個別のインタビュー内容を逐語録に起こして精読し,看護師のSDM参画の実態について,1枚のラベルに1つの意味内容が含まれるように「元ラベル」を作成した.これらの全ての元ラベルをよく読みつつ一望し,内容の類似性に着目し,2から4枚程度のラベルを集め,集まったラベルの内容を一文にまとめた「表札」を作ることを1段階として3段階まで展開した.総合分析では,各個別分析で3段階まで展開したラベル全てを素材として統合し,個別分析と同様の手順を繰り返した.直観的に関係性を捉えられるのは,最大7グループとされているため(山浦,2012),最終的に5から7グループに集約されるまで展開した.集約されたグループの関係を構造化するために空間配置を行い,最終ラベル同士の関係に納得がいくまで適切な配置を探して決定し,最終ラベルの内容を表す「シンボルマーク」を付けた.シンボルマークは,【事柄:エッセンス】の二重構造で表現した.

7. 信頼性・妥当性の確保

研究者は,質的統合法(KJ法)の研修を複数回受講したうえで調査,分析を実施した.研究全体を通して,クリティカルケア看護の臨床・研究経験があり,質的統合法(KJ法)の指導経験のある研究者のスーパーバイズを受け,さらに,分析過程において,質的統合法(KJ法)の指導者である専門家に指導を受け,信頼性・妥当性の確保に努めた.

Ⅲ. 倫理的配慮

本研究は,関西医科大学倫理審査委員会の審査・承認を得て実施した(承認番号2019018).研究対象者の所属機関の責任者の同意を得たうえで,研究対象者に文書及び口頭による十分な説明を行い,研究対象者の自由意思による同意を文書で取得した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者およびインタビューで語られた事例の概要

対象者は40から50歳代のCCNS10名(男性3名,女性7名)で,それぞれ1から2事例を中心に語られた(表1).面接時間は40分から76分で,平均面接時間は59分であった.

表1  対象者およびインタビューで語られた事例の概要
対象者ID CCNS経験年数 看護師経験年数 語られた場面でのCCNSの主な活動形態 主に語られた事例
A 10 30 院内横断的活動 ・急性心筋梗塞患者の初期治療から終末期に至るまで妻による代理意思決定を支援した事例
・カテコラミン離脱困難な患者の在宅移行/転院に関して医療者間で意見の相違があった事例
B 5 29 救命救急センター所属 ・ECMO導入でも改善せずECMO中止に関して多職種でガイドラインに基づき検討した事例
C 11 29 心臓血管外科病棟所属 ・高齢で入退院を繰り返す慢性心不全患者の呼吸困難への終末期緩和ケアを推進した事例
D 5 15 集中治療室所属 ・体外式VAD装着や脳出血などで繰り返し代理意思決定が必要となった事例
・今後の侵襲的治療を望まない慢性心不全患者と家族での話し合いが進まなかった事例
E 12 19 心疾患集中治療室所属・院内横断的活動 ・以前に移植まで検討していた慢性心不全患者の終末期を見据えた治療選択に関する事例
・急激に悪化した劇症型心筋炎で移植を見据えた治療の代理意思決定が必要とされた事例
F 10 29 院内横断的活動 ・大動脈弁狭窄の治療中に急性増悪した高齢患者が自ら説明を希望し手術を選択した事例
・挿管を望んでいなかった患者への挿管を希望した家族が最終的に看取りを選択した事例
G 10 31 院内横断的活動 ・カテコラミン離脱困難な患者に最終段階が近いと告知し緩和ケア病院転院へと導いた事例
H 8 22 緩和ケアチーム所属・院内横断的活動 ・精査加療目的で転院してきた慢性心不全患者に治療困難な状態をCCNSから告げた事例
・不整脈リスクもある重症心不全患者の外泊など短期目標の達成を多職種で支えた事例
I 9 28 緩和ケアチーム所属 ・医師から移植を勧められ転院してきたものの家族との合意形成ができていなかった事例
・カテコラミン離脱困難で在宅希望の患者の集中治療室から在宅への移行を支援した事例
J 9 17 VADチーム所属 ・移植待機やVAD治療の限界を説明し患者・家族と一緒に悩んだ上で治療選択できた事例
・VAD装着後合併症への侵襲的治療を望まない患者・家族と医療者との調整を要した事例

CCNS(Certified Nurse Specialist in Critical care nursing):急性重症患者看護専門看護師,ECMO(Extracorporeal Membrane Oxygenation):体外式膜型人工肺,VAD(Ventricular Assist Device):補助人工心臓

2. 分析結果

対象者10名(元ラベル962枚)の各個別分析3段階のラベル276枚で総合分析を行った結果,7グループに集約され,図1の全体像が浮かび上がった.

図1 

重症心不全患者の治療選択におけるシェアード・ディシジョンメイキングへの看護師参画の実態

1) CCNSが捉えた重症心不全患者のSDMへの看護師参画の全体像

図1に示した(1)から(7)のシンボルマークを用いて全体像を説明する.

CCNSが捉えた全体像は,重症心不全患者の治療選択におけるSDMに看護師が参画できていない現状の打開に向けて,CCNSが直接的・間接的に看護の取り組みを活性化し,多職種で重症心不全患者・家族の選択を支える体制構築に挑んでいる実態を示すものであった.まず起因するのは,(1)【SDMに参画できていない看護師が直面している現状:多職種が活躍する中で試されている看護のアイデンティティ】という課題であった.CCNSは,それを打開するために,(2)【多職種からの活動理解に向けたCCNS自らの看護の取り組み:患者・家族のSDM参画の推進と意思決定後のフォロー】を基盤に,クリティカルケア看護師へ2つの側面に向けて働きかけていた.一方は,(3)【クリティカルケア看護師へのアドバンス・ケア・プランニング(Advance care planning:以下,ACP)やSDM参画に向けた働きかけ:意思決定支援の本質の理解に基づく実践のリード】であり,もう一方は,(4)【重症心不全患者の苦悩に向き合うクリティカルケア看護師へのSDM参画に向けた働きかけ:生へも死へも,できる限りのケア提供を諦めない力のリード】であった.これら(1)から(4)に示した看護としての取り組みを行ったうえで,(5)【医療チームの意思決定パターン革新に向けた取り組み:多職種チームの総意で判断できるようになるための試行錯誤】を行っていた.

このような(1)から(5)の取り組みに立脚し,重症心不全患者・家族に対して,2つの側面から多職種チームで支援していた.それらは,(6)【VAD・心臓移植に進む場合の支援:VAD・移植への覚悟を問い,治療後に何が起ころうと揺るがない継続的支援】および,(7)【心臓移植に進まず緩和を目指す場合の支援:心不全末期の苦痛緩和を保障する院内外で連携した支援】であった.

2) 各シンボルマークの内容

図1に示した(1)から(7)の各シンボルマークの内容について,最終ラベル,元ラベルを用いて説明する.《 》は最終ラベル,「 」は元ラベル,( )内アルファベットは対象者IDを示す.

(1) 【SDMに参画できていない看護師が直面している現状:多職種が活躍する中で試されている看護のアイデンティティ】

最終ラベルは,《患者の意向を確認せず推測で考えたり,患者と主治医の長い関係性や代理意思決定に揺らぐ家族の思いを理解できずに,案外,看護師がSDMの障壁になる場合や,看護師は時間に追われることを理由にしがちだが,患者・家族への厳しい話は医師が担い,生活情報や病態理解は理学療法士の方が詳しく,意思決定に必要な情報は医療ソーシャルワーカーが収集し,多職種が活躍する中で,まさに看護に何ができるのか試されていると思う.》であった.元ラベルには,「本当は,(意思決定に)みんな関わりたいなと思ってると思うんですよ,本質的には,看護師って.だけど,何か違うことをやらざるを得ないような臨床状況に,本質的な難しさというか,矛盾があるんだろう.(D)」などが含まれた.

(2) 【多職種からの活動理解に向けたCCNS自らの看護の取り組み:患者・家族のSDM参画の推進と意思決定後のフォロー】

最終ラベルは,《CCNSが自ら説明する場合は,主治医の説明内容を予測し説明可能な責任範囲を見定めて説明し,患者と家族の関係性や大事にしてきた価値観などを踏まえ,患者や家族が考える力を発揮して意思表明できるように参画を促すことや,家族が代理意思決定を担うときは,後悔や罪悪感に苛まれていないかフォローすることを通して,CNSや認定看護師の活動が医療チームに理解されると他の職種も活動しやすく,チームのモチベーションも向上すると感じている.》であった.元ラベルには,「医者が私(CCNS)に『先に話をしてくれ』と言うまでに,医者と一緒に説明に入って,『こういう風なことを医者は説明するから,ここまでは最終的に私は言っていいな,これを越えると言い過ぎだな』(などの積み重ねがあった).(J)」などが含まれた.

(3) 【クリティカルケア看護師へのACPやSDM参画に向けた働きかけ:意思決定支援の本質の理解に基づく実践のリード】

最終ラベルは,《心不全の軌跡の理解に乏しい医療者により,本人がどう生きたいかを考えるプロセスが重視されず意思決定支援やACPが形だけで進められてしまい,心不全患者も先のことを考えないまま致死的イベントで救命センターに運ばれ,集中治療を行っても助からないことも多い現状であることから,病状が悪くなる前から患者が生き方を考えるACPの支援に先駆的に取り組むがん領域などと交流しながら,クリティカルケア領域の看護師参画を進めていきたいと考えている.》であった.元ラベルには,「A病院でVADをつけてB病院に戻ってきて.A病院でACPとられてるんだけど,『(A病院とは)書式が違うので』って.結構(本人が望んでいなかった)治療を(B病院で)されていて.書式が違っても,内容は同じなんですよ.(G)」などが含まれた.

(4) 【重症心不全患者の苦悩に向き合うクリティカルケア看護師へのSDM参画に向けた働きかけ:生へも死へも,できる限りのケア提供を諦めない力のリード】

最終ラベルは,《クリティカルケア領域で働く看護師には,先の見えない不安や死の恐怖を口にした患者の感情を否定せず,背景にある思いも含めた傾聴,狭い病室で生きるしかないVAD患者のQOL向上への試み,Do Not Attempt Rescueだからと諦めず患者の状態に応じたケアの工夫といった,どのような状態にあってもできる限りのケア提供を諦めないという基盤があるため,CNSが少しリードしていけば意思決定支援に取り組めるのだと思う.》であった.元ラベルには,「モルヒネいったら,もうエンドステージで,と思っちゃってる人(看護師)もいるので.呼吸困難感を,どういう風に緩和をして,我々は何を見るんだという,その目標指標を決めながらやっていったというふうな.(C)」などが含まれた.

(5) 【医療チームの意思決定パターン革新に向けた取り組み:多職種チームの総意で判断できるようになるための試行錯誤】

最終ラベルは,《医師に言っても罵倒されると看護師が発言を諦め,パワーを持つ医師や師長の協力が得られない状況に,CNSバッジを外したくなるほど辛い時もあるが,めげずにやるしかなく,患者と家族の意向の対立や体外式模型人工肺・VADの導入・中止の判断などの倫理的問題にガイドラインを拠り所にして多職種チームで話し合い,チームの総意として判断できるようになることが重要で,その積み重ねがリソースにもなると思う.》であった.元ラベルには,「気に入らないことがあると罵倒する外科医に,看護師の価値観,それは患者・家族の意向の尊重なのに,『言っても無駄』みたいな経験を積み重ねて,気づいていないかのように封印してしまう風土になっている.(I)」などが含まれた.

(6) 【VAD・心臓移植に進む場合の支援:VAD・移植への覚悟を問い,治療後に何が起ころうと揺るがない継続的支援】

最終ラベルは,《VAD・移植に進む場合は,できる限りVADの合併症を抱えて移植待機する壮絶さを覚悟できるような患者・家族への説明と「生きる」ための治療を選択する患者の思いの根底を知ること,治療後の結果に伴う様々な感情も共有することが必要で,VAD治療後の状態悪化の局面では,治療の中止を望む患者・家族と引くに引けない医師の思いが交錯して難しいこともあるが,患者・家族との関係性を最期まで維持し支えることが重要であると考えている.》であった.元ラベルには,「死にたくないから,VAD治療まで向かうし,死にたくないから,『先生が良いと思うことを全部やってくれ』みたいな.そこの価値観についても,その治療に進む,その患者さんの思いの根底みたいなところを伺ったり.(E)」などが含まれた.

(7) 【心臓移植に進まず緩和を目指す場合の支援:心不全末期の苦痛緩和を保障する院内外の連携による支援】

最終ラベルは,《移植に進まず緩和を目指す場合は,カテコラミンを継続しての在宅管理や緩和ケア病院への転院は癌とは違い体制が整っていないため,関係者が一堂に会して誤解のないように話し合ったり,元の病院へ戻れる準備もしておくなど,心不全末期の苦痛緩和を保障できる院内外の連携が求められる.》であった.元ラベルには,「カテコラミンつけて家に帰ったんですよ,ICUから.本人はこれをつけてでも帰りたい,でも娘さんは自分で看る自信もない.『家族の思いも,本人の思いも大事に,何ができるか一緒に考えましょう』と関わり続けた.(I)」などが含まれた.

Ⅴ. 考察

1. 看護師のSDM参画に向けた取り組み

本研究でCCNSは,看護師参画の現状を,【SDMに参画できていない看護師が直面している現状:多職種が活躍する中で試されている看護のアイデンティティ】のように,危機的に捉えていた.Rasmussen et al.(2018)は,看護師が認識するプロフェッショナル・アイデンティティに影響する要因として,看護師である自分自身,専門職としての実践における役割,看護実践の文脈の3つを挙げ,この3要因が調和していることが,ケアの質や患者アウトカムにも影響すると述べている.重症心不全患者をケアするクリティカルケア看護師には,【重症心不全患者の苦悩に向き合うクリティカルケア看護師へのSDM参画に向けた働きかけ:生へも死へも,できる限りのケア提供を諦めない力のリード】に表現されるように,救命だけ,あるいは,Quality of deathだけではなく,どちらに対しても同様に重視する看護実践の役割や文脈に特徴があると考えられる.

CNSなど高度実践看護師(Advanced practice nurse:以下,APN)は,【多職種からの活動理解に向けたCCNS自らの看護の取り組み:患者・家族のSDM参画の推進と意思決定後のフォロー】のように,多職種に対して看護としての意見を代表する,倫理的な問題を組織的に解決するなどの役割も果たしている(伊藤ら,2014Williams & Dahnke, 2016).看護師による患者・家族のSDM参画の推進については,乳がん患者の治療選択における看護師主導のSDMにより患者参画が促進され,看護師自身がディシジョン・コーチという新しい役割を担うことに好感が得られたとの報告もある(Berger-Höger et al., 2019).

一方で,看護師参画の障壁として,【医療チームの意思決定パターン革新に向けた取り組み:多職種チームの総意で判断できるようになるための試行錯誤】など,組織的な要因も深く関わっていると推測される.筒井ら(2019)は,慢性疾患患者の生命維持療法の意思決定支援について,患者・家族,看護師も医師の意見に従うという認識があり,看護師が主体的に関われていない現状を報告している.Meleis(2016)は,専門職間連携を進めるうえで,医学が最上位で医師がリーダーシップを取り続けてきた文化に大きな影響を受けてきた看護が,新しい専門職間連携の文化を構築すべきであると述べている.欧米13カ国のICUにおける調査で,倫理的意思決定に関する組織風土について,看護師に比べ医師は良い風土であると認識しており,倫理的意思決定の風土が良くないほど,医師と看護師の認識の差が大きいことが明らかにされており(Jensen et al., 2019),看護師が自らの認識を発言していくことは世界的な課題でもある.

2. 重症心不全患者・家族の意思決定支援体制の構築に向けて

重症心不全患者・家族に対して,一方では,【VAD・心臓移植に進む場合の支援:VAD・移植への覚悟を問い,治療後に何が起ころうと揺るがない継続的支援】を行い,厳しい闘病生活を覚悟のうえで選択できるような支援が行われていることが明らかとなった.日本の植込み型VAD装着件数は増加している一方で,心臓移植患者のVAD装着での待期期間は平均3年となっているのが現状である(日本心臓移植研究会,2019).移植実施件数の少ない日本でも導入が検討されている移植を前提としない植込み型VADによるDestination therapyなどでは,治療後に起こりうる事態や機器停止までを十分に説明したうえで治療を決定できるような支援(preparedness planning)も報告されている(Swetz et al., 2014).今回得られた結果と同様に,辛い合併症等を抱えて生きる覚悟を問うような支援をするには患者・家族と医療者との信頼関係の構築が欠かせないと考えられる.

もう一方では,【心臓移植に進まず緩和を目指す場合の支援:心不全末期の苦痛緩和を保障する院内外で連携した支援】に取り組んでいた.2018年の診療報酬改定にて,症状緩和に係る専従のチームによる診療が行われた場合に算定される緩和ケア加算に,「末期心不全」の患者が対象に加わり(厚生労働省保健局医療課,2018),緩和ケア体制も拡充されつつある.循環器疾患の患者に対する緩和ケア提供体制のあり方についての報告(厚生労働省健康局がん・疾病対策課,2018)では,多職種連携および地域連携の必要性が重視されており,個別の施設や団体を越えた連携の設計が望まれる.欧州心臓病学会による重症心不全患者の診療に関する提言(Crespo-Leiro et al., 2018)では,ハブ&スポークスモデルが紹介されており,地域におけるプライマリケア(スポークス),心不全に特化した二次医療施設,重症心不全に対応する三次医療施設(ハブ)の体制を組み,侵襲的治療についても,緩和ケアについても相談,紹介受診が可能となっている.日本においても重症心不全患者に対して,総合的な観点からの体制作りが必要になると考えられる.

3. 重症心不全患者・家族・医療者でのSDM実装に向けたモデルの必要性

意思決定支援においては,【クリティカルケア看護師へのACPやSDM参画に向けた働きかけ:意思決定支援の本質の理解に基づく実践のリード】のように,選択された結果のみでなく,患者・家族の価値観を明確にし選択肢を十分に議論して決定するプロセスが重視されるべきものであり,本質を理解して取り組めるような医療者・市民への啓発が必要と考えられる.ACPとSDMは類似した概念であり,ACPのコンセンサスカンファレンスにおいても,ACPは将来の治療に対する意思決定であるのか,現在必要な治療をSDMで決めていくこともACPの連続性の中にあるとするのか議論が分かれている(Sudore et al., 2017).事前にACPに取り組まれていたとしても,急激な悪化を経験する患者・家族と医療者が,厳しい状況のなかで情報を共有し,時間のない中で望ましい選択について共に考えていくSDMは欠かせないものである.

カナダの研究チームによるIP-SDMモデルの作成では,ミクロレベル(個人)での影響だけでなく,メソレベル(組織内のヘルスケアチーム)とマクロレベル(より広範な政策および社会的状況)の影響も検討できるよう,ステークホルダーとして,社会・公的機関も含み,議論の上で作成されている(Légaré et al., 2011).我が国の循環器診療に関しては,脳卒中・循環器病対策基本法(厚生労働省施策紹介,2018)が2019年施行に至っており,この機会を逃すことなくSDM推進に役立つモデルを検討していくことが必要であると考える.

Ⅵ. 研究の限界と今後の課題

本研究は,急性・重症患者看護専門看護師の視点という限られた側面からの実態把握であり,心不全の軌跡を踏まえた支援の現状や多領域にまたがる看護師や医療者間の連携を知るためにも,他領域の看護師や他職種への調査が必要である.また,重症心不全患者・家族への調査なしにSDMを評価することはできないため,今後は,患者・家族と医療者双方の立場からの調査が求められる.

Ⅶ. 結論

重症心不全患者の治療選択におけるSDMへの看護師参画の実態に対するCCNSの認識は,【SDMに参画できていない看護師が直面している現状】,【多職種からの活動理解に向けたCCNS自らの看護の取り組み】,【看護師へのACPやSDM参画に向けた働きかけ】,【重症心不全患者の苦悩に向き合う看護師へのSDM参画に向けた働きかけ】,【医療チームの意思決定パターン革新に向けた取り組み】,【VAD・心臓移植に進む場合の支援】,【心臓移植に進まず緩和を目指す場合の支援】からなる全体像として導き出された.

謝辞:本研究にご協力いただきました対象者の皆様,協力施設の責任者の皆様,本研究の計画・実施にあたりご助言いただいた関西医科大学大学院の林優子先生,瀬戸奈津子先生,李錦純先生,京都大学大学院の中山健夫先生,情報工房の山浦晴男先生をはじめとする先生方に心から感謝を申し上げます.本研究は,2018年から2021年度のJSPS科研費JP18K10331の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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