2025 年 45 巻 p. 703-708
公益社団法人日本看護科学学会(JANS)では,看護学を専攻する若手研究者による国際学会での発表や海外研修などの機会を増やすことで,若手研究者の活性化と育成を図り,将来の看護学の発展を奨励することを目的として助成事業を2021年度から行っています.
このたび,2名の会員が本助成により海外留学を実施しましたので,日本看護科学学会の学会誌である「日本看護科学会誌」に海外留学の報告を掲載しました.
担当理事:吉沢豊予子(若手国際化・研究助成委員会 委員長)
本田 光
Hikaru Honda
札幌市立大学看護学部
School of Nursing, Sapporo City University
E-mail: h.honda@scu.ac.jp
チュラロンコン大学は,1917年に創立されたタイで最も歴史のある国立大学であり,教育・研究・社会貢献の各分野において高い評価を受ける,国内トップの総合大学である.本学の公衆衛生大学院は,タイ国内における公衆衛生分野の教育と研究の中核を担い,多国籍の学生を受け入れる国際的な大学院教育を展開している.タイでの学びは,東南アジアに広がる公衆衛生の現場が近いことから,実践的な学修と研究を深める上で大きな可能性を秘めている.
私は2024年8月から2025年7月までの1年間,この大学に留学する機会を得た.留学の主な目的は,母親の「地域とのつながり」や「孤立・孤独」に関する研究を推進するため,日本で開発した「母親の地域とのつながり尺度」のタイ語版を作成し,タイおよび東南アジアの文脈における妥当性を検討することであった.
また,所属大学で国際交流部門長を務めた経験から,学生に国際的な学びを促す立場として,まず自らが異文化の中に身を置き,その中で学ぶという経験が必要だと考えた.海外からの留学生を受け入れる際にも,彼らに真に寄り添った学びのサポートを提供するためには,自分自身が留学生として学ぶ立場を体験することが欠かせないと感じていた.
さらに,EPA(経済連携協定)制度によりインドネシアから来日していた,学習意欲の高い優秀な看護師との研究を通じた出会いも大きな刺激となり,「自分も負けていられない!」と,40代半ばからの新たな挑戦を決意する後押しとなった.こうした思いが重なり,長年あたためてきたタイへの「正規留学」の夢を,ついに実現することができた.
チュラロンコン大学では,修士課程の学生として講義を受ける傍ら,研究計画書の作成と審査,大学の研究倫理審査委員会への申請および修正対応,そしてプレテストの実施など,一連の研究プロセスを経験した.タイで研究を行うにあたっては,調査票や依頼文など,すべての文書をタイ語で作成する必要があり,英文とタイ語の両方を準備しなければならない手間のかかる作業が続いた.
講義はすべて英語で行われ,日々の予習や,英語でのプレゼンテーション,そして1科目につき3時間にもおよぶ記述式の試験に取り組むなど,久しぶりに学生としての勉強漬けの日々を過ごした.特にグループワークでの発表では,自分の担当部分でチームに迷惑をかけないかというプレッシャーがあり,必死に準備を重ねた.研究計画の発表や審査会でも,試験官の先生方は一学生として真摯に向き合ってくださり,鋭い指摘を受けるなかで,改めて研究の基本に立ち返る貴重な機会となった.
ひとつ残念だったことは,留学中に帯状疱疹を発症し,一定期間の療養を余儀なくされたことである.研究の進行には影響が出たものの,慣れない異国の地で痛みと不安に耐えながら,必要な医療にアクセスするという体験は,将来,海外で学ぶ学生の留学生支援を考えるうえで大きな学びとなった.
2)調査への同行と異文化の現場理解自身の研究とは別の体験として印象に残っているのが,実地調査への同行である.日頃から親しくしていたミャンマー人留学生に誘われ,彼の調査に同行したことは,大きな学びの機会となった.彼の研究テーマは,タイにおけるミャンマー移民コミュニティにおける性教育の必要性に関する実態把握であった.
調査を通して,ミャンマーの標準語を聞くことはできても,読むことができない人がいること,そうした識字率の課題や出身地域による多様な言語が背景にあることを知った.さらに,調査票に記載されていた「コンドーム」を理解できない参加者もおり,それは実物を見たことがないことによるものだった.研究参加者同士が互いに教え合いながらアンケートに回答する様子は微笑ましくもあったが,同時にプライバシーや調査の厳密性への影響といったジレンマにも直面した.
しかし,その場面こそがまさに「性教育の実践」の一端となっており,調査という行為が単なる情報収集を超えて,教育的介入にもなりうるということを実感した.研究の持つ奥深さと,その可能性の広がりを改めて認識する貴重な経験でもあった.
3)研究テーマを揺さぶられた国際的対話心に深く残っているのは,ある日,ミャンマー人留学生と交わした何気ない会話である.私の研究テーマである「育児における孤立・孤独」の問題についてミャンマー人留学生に話した際,彼は「孤独なんて,リッチ(豊か)な国のリッチ(贅沢)な問題だね」と言い,こう続けた「俺たちの国の課題は,まずすべての子ども達にちゃんと食べさせてあげることだから」.その一言は,私にとって非常に衝撃的であった.
日本では当然のように社会問題として捉えられている「孤立」や「孤独」が,果たして本当に普遍的な問題なのか,そんな根本的な問いを突き付けられた思いに至った.同時に,自分の研究テーマを国際的な文脈の中でどう位置づけていくか,という視座を得るきっかけにもなった.
一見すると,孤独の問題は先進国に特有のもののようにも見える.しかし実際には,途上国においても,まだ光が当てられていないだけで,支援を必要としている人々がいるのではないか.そのような議論をもっと深く交わしたかったが,私の英語力では語りきれなかったことが悔やまれる.それでもこの経験は,私の研究の視野を大きく広げ,「孤立・孤独」というテーマをより広い世界的な観点から再定義する必要性を強く認識させてくれた.
4)つながりという最大の成果この1年の留学を通して,私が得た最大の成果は「つながり」だった.正規留学という立場は,肩書の無いひとりの学生として異文化の中に飛び込む体験そのものであった.多くの優しさに支えられ,他者に頼りながら乗り越えた数々の課題,そのプロセスを共にした仲間との間には,学生という対等な立場だからこそ育まれた深い信頼関係を築くことができた.さらにはチュラロンコン大学の先生方との出会いと学術的な交流を通じて育まれたつながりは,今後の大学教員としての人生を支える貴重な財産になったと感じている.


この留学は,私にとって教員・研究者としての人生の折り返し地点での大きな挑戦でもあった.いま振り返りながら,この報告書をまるで職業人生の中間レポートのような気持ちで綴っている.1年間の留学で得た学びと経験は,今後の研究活動や後進の育成に生かしていきたい.また,留学中に築いた国際的ネットワークと信頼関係を,共同研究や学生交流へと発展させ,アジアに軸足を置く看護学研究者として,今後も精進していきたいと考えている.
謝辞:留学に際し,日本看護科学学会 若手研究者助成「若手研究者が海外留学するための助成」により,ご支援を受けました.心より感謝申し上げます.
利益相反:なし
桜井 美果
Mika Sakurai
名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻看護学コース博士後期課程
Doctoral program, Course in Nursing, Department of Integrated Health Sciences, Graduate School of Medicine, Nagoya University
E-mail: sakurai.mika.a2@s.mail.nagoya-u.ac.jp
2024年度若手研究者が海外留学するための助成金を獲得し,所属大学の交換留学制度を活用し,2024年9月から2025年7月まで英国のUniversity of Leeds,School of Sociology and Social Policyに留学した.留学生として,Debating Welfare States, Disability Studies, Gender and Societyなどの科目を履修するとともに,研究活動を行った.研究活動の目的は,英国における「高齢者と家族介護者への地域での支援」について学び,高齢者と家族介護者が地域に住み続けられる共生社会の構築につながる国際共同研究を検討することであった.そのため,高齢者と家族介護者,地域医療に関わる研究者とディスカッションを行うこと,その研究者が担当する研究活動に参加することを計画した.また,地域での支援を学ぶため,留学期間中に,オランダの在宅ケア組織“Buurtzorg”の視察,日本の所属大学の専攻と提携しているリトアニア大学で短期研修を受けることを計画した.
留学先のリーズ大学は,1904年に設立された英国を代表する国立大学の一つである.英国の研究型国立大学24校によって構成されるRussell Groupに加盟し,質の高い研究と教育で世界的に知られている.7つの学部から構成され,37,000人を超す学生が在籍している.
渡英後,参加を計画していた研究プロジェクトは活動していないことがわかったため,異なる研究プロジェクトに参加することとなった.留学中の研究活動として,研究者とのミーティング,リーズ大学の研究者が行うPatient and Public Involvement and Engagement(PPI/E)のMeetingへの参加,学術集会での研究発表などを行った.また,英国のエディンバラ大学の研究者が主催するCo-productionに関する研究プロジェクトに参加する機会も得た.さらに,計画したBuurtzorgの視察では,同行訪問だけではなく,創立者Jos de Blok氏やBuurtzorgで働く日本人の葉子・ハュス・綿貫氏から話を伺うことができた.リトアニア大学の短期研修では,病院訪問,学術カンファレンスへの参加,患者会への参加などから,英国のみならず欧州での地域医療の実際を学ぶことができた.本報告書では,リーズ大学でのプロジェクト活動への参加とエディンバラ大学の研究者との研究活動について報告する.
リーズ大学では,障害者や高齢者のケアなどを専門とする研究者と自身の研究や英国の地域医療についてディスカッションを行った.School of HealthcareのDr Gary Morris氏は,School of Healthcare Experts by Experience in Education and Research(SHEEER)というグループを形成して,研究活動を実施している.グループは,研究活動・教育活動のあらゆる側面において,PPI/Eを取り入れることを目的として活動している.PPI/Eは,医療を受ける患者や市民とともに医療サービスや研究を発展させるプロセスであり,伝統的な研究に縛られるものではないと定義される(Karlsson & Janssens, 2023;Locock & Boaz, 2019).病を持ちながら生活する人々や家族介護者などが実体験に基づく専門家として参加している.このように,英国では,PPI/Eが浸透しており,患者や市民が研究に参画することで,支援を求める人々に即した有用な研究へと発展することが期待できると報告されている(NIHR, n.d.).私は,Dr Morris氏とのディスカッションを経て,SHEEER meetingに複数回参加した.Meetingは,対面で実施することが困難な参加者の状況を配慮し,オンラインにて2か月に1~2回程度開催されている.参加して印象的だったことは,参加した患者・市民がこれまでの自身の経験を臆せず語り,専門家としての立場を認識していたことである.経験を言語化して他者に伝えることは,容易でないにもかかわらず,自身の経験を研究へと発展させようとする意欲の高さがうかがえた.また,参加している研究者は,自身の研究や大学教育の内容を発表していた.その際の患者・市民からのフィードバックの内容は,彼らが実生活で求めているものであった.その声を吸い上げ,可能であれば参画してもらいながら研究や教育を進めていくことで,高齢者とその家族が住み続けられる地域社会の構築に貢献し得ることを学ぶことができた.
2006年に障害者の権利と尊厳を守るために策定されたUN Convention on the Rights of Persons with Disabilities(CRPD)の指針となった,Nothing about us, without us(私たち抜きに私たちのことを決めるな)は,障害学において有名な原則である.日本でも障害者権利条約の中で示され,広く知られている(外務省,2024).この原則は,自らの生活に影響を与える政策や戦略に,障害者が積極的に参加することに焦点を当てている(United Nation, 2004).英国において,この原則は障害学だけでなく,医療や介護の分野でも重視されてきたが,近年その重要性が一層強く認識されている.研究への参画に対する患者・市民の強い原動力は,英国の国民性が反映された使命感に近いものであるように感じられた.
また,私は,研究活動を広げるため,英国のエディンバラ大学のProfessor Leah Macaden氏に連絡を取り,研究に関する教示を受けた.そして,Professor Macaden氏が行うプロジェクトに2025年4月からメンバーの一員として参加している.このプロジェクトは,Co-productionに関する内容であり,市民と研究者にて構成されるメンバーでプロジェクトを進めている.ミーティングの際,市民であるメンバーは,Person-centred careについて,当事者の意見が反映されていないcareはPerson-centred careとは呼ばないと話した.英国において,Person-centred careは,医療・社会福祉の教育およびトレーニングの核となる枠組みである(NHS England, n.d.).私はPerson-centred careの重要性を医療者として理解していると思っていたが,実際にメンバーが語るPerson-centred careをこれまで実践できていたのか,自身の経験を振り返り内省した.一方で,Person-centred careをPPI/EやCo-productionのように,患者・市民とともに作り上げていくことは,容易にできることではない.医療者や研究者のみならず,患者・市民を含む社会全体の意識を変革していく必要があることを,研究活動に加え,リーズ大学で履修した社会学の授業を通して学ぶことができた.




今回の留学の成果を主に2つ挙げる.一つ目は,英国で重視されているPPI/EおよびCo-productionの実際を経験し,高齢者とその家族への支援を構築するためには,研究者や医療者が当事者と協働し,ニーズに即した支援を共に創造していくことが重要であるという知見を得たことである.二つ目は,英国・欧州の研究者と長期にわたり交流し,ネットワークを築くとともに,あわせて研究活動に参画する機会を得られたことである.
さらに,今回の留学で他国を知ることを通して自国を俯瞰でき,これまでとは異なる視点から問題を捉える力を培うことができたと実感している.今後は,築いたネットワークをいかして国際共同研究の実施につなげるとともに,欧州の研究者と協働し,高齢者と家族介護者が地域に住み続けられる共生社会の構築へ寄与していきたいと考えている.
倫理的配慮:引用に際しては著作権に十分配慮し,出典を明示した.
謝辞:本学会の若手研究者が海外留学するための助成によるご支援を賜りました.ここに深く感謝申し上げます.
I would like to express my sincere gratitude to Dr Gary Morris at the University of Leeds, Professor Leah Macaden at the University of Edinburgh, Professor Olga Riklikienė at Lithuania University, Jos de Blok, Founder and CEO of Buurtzorg, and Yoko Huijs-Watanuki, Buurtzorg Nurse, for their kind guidance and warm hospitality during my stay.
あわせて,留学に際してご指導・ご協力くださった皆様に厚く御礼申し上げます.
最後に,本留学の準備にご尽力いただき,また多大なるご指導とご支援を賜りましたグローバル・エンゲージメントセンター名古屋大学教授の岩城奈巳先生,指導教員の星野純子先生に心より感謝申し上げます.
利益相反:なし