日本看護科学会誌
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原著
軽度認知障害または認知症と診断された高齢者の体験
加藤 和子山田 紀代美
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2025 年 45 巻 p. 811-820

詳細
Abstract

目的:軽度認知障害または認知症と診断された高齢者の体験を明らかにする.

方法:軽度認知障害または認知症と診断された高齢者9名に面接を実施し,質的記述的研究方法により分析した.

結果:当事者は,【認知症とみられることへの不満と怒り】【変化する自分への不安と恐怖】【自尊心の喪失】など〈ネガティブな体験〉をしていた.ネガティブな体験に対して【自分の強みに着目】【気持ちの切り替え】【医療者に思いを表出】などの対処を行い,【今の生活への満足感】【家族の支えによる安心感】などの〈ポジティブな体験〉につなげ,その体験と向き合うことをしていた.さらに【今の生活の維持】ができることを望んでいた.

結論:当事者は,ネガティブとポジティブの両側面を体験しており,それらの体験には自分自身の強みや気持ちの切り替えなどが影響していた.また,ポジティブな体験は当事者が肯定的に自己を捉える機会となることが示唆された.

Translated Abstract

Purpose: To explore the lived experiences of elderly individuals diagnosed with mild cognitive impairment or dementia.

Method: Qualitative descriptive analysis was applied to interviews conducted with nine elderly individuals diagnosed with mild cognitive impairment or dementia.

Results: Participants reported negative experiences, including dissatisfaction and anger over perceived dementia-related stigma, anxiety and fear about changes in self, loss of self-esteem, and frustration caused by the shrinking of their social networks. Coping strategies for these negative experiences included focusing on personal strengths, emotional adaptation, and confiding in medical professionals. Conversely, positive experiences encompassed satisfaction with current life, a sense of security from family support. Future aspirations focused on maintaining their current lifestyles.

Conclusion: Individuals with mild cognitive impairment or dementia experience both positive and negative experiences, which are influenced by their coping mechanisms and focus on personal strengths. Furthermore, the findings suggested that positive experiences can provide opportunities for older adults with mild cognitive impairment or dementia to develop a more positive self-image.

Ⅰ. 緒言

わが国の65歳以上の高齢者における認知症および軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:以下MCI)を合わせた有病率は,2012年および2022年度の調査では約28%であり,誰もが認知症になり得る状況は継続している(厚生労働省,2022).このような状況から2019年には認知症施策推進大綱(認知症施策推進関係閣僚会議,2019)が,2024年には共生社会の実現を推進するための認知症基本法(厚生労働省老健局,2023)が施行された.認知症基本法では,MCIなどの認知機能の低下のある人や認知症の人の権利,正しい知識と理解,障壁の除去など,7項目の重点課題があげられ,認知症の人が尊厳を保持しつつ希望をもって暮らすことができるよう国としても積極的に取り組まれている.

しかしながら,認知症は神経系の進行性の疾患であることや,未だに根本的な治療法が見つかっていないことから,最近における世間一般のイメージも「身の回りのことができず,介護施設に入る」や,「症状が進行し,何もできなくなる」「暴言・暴力などで周りに迷惑をかける」などと捉えている人が多いことが報告されている(内閣府政府広報室,2019).この結果から,世間一般において,認知症の人に対する否定的な見方が根付いていることが伺われる.この否定的な見方を変えるためには,認知症の人がどのような思いを抱えて生活しているのか,その思いに耳を傾け,認知症の人の体験を理解することが必要である.

そのような中,認知症当事者であるBryden(2003/2004)の自己の体験の公表をきっかけとして,認知症の当事者自身の疾患の受けとめ方や思いに関する研究が報告され始められた.藤澤ら(2014)の研究においては,病気が進行することへの恐怖や将来に対する漠然とした不安,人間関係の破綻への不安があるという結果が報告されている.また,小野・中谷(2021)の研究では,告知された当事者は,認知症になったことを自覚しているが故の苦悩を感じているという報告もされている.早期発見し診断することは,医療的な相談支援や継続的な日常生活支援などの適切な支援を早期に受けられるというメリットがあるものの,認知症が当事者や家族に不安,困惑,失望などをもたらし,死を宣告されるに等しい絶望を招くことを指摘している(松下,2015).

このような報告に対して,鈴木(2022)の研究では,診断直後にショックを感じた体験があった一方で,なったものは仕方がないという思いや新しい役割を見つけて,前向きになれたという体験があることを述べている.柳渡ら(2020)の研究では,MCIや認知症の告知を受けた直後に,認知症看護認定看護師や公認心理師などの支援を受けた当事者は,告知後のショックが少なく,前向きな気持ちになれたという報告がされている.また,土岐ら(2022)の研究でも,当事者が捉える自己について,ネガティブなものとポジティブなものの両側面があり,苦悩から自己を守ろうとする側面もあることも示された.以上のように認知症と診断されることが怖い,不幸だけではなく前向きになれることや,認知症になっても苦悩などに対処する能力が備わっているなど,認知症の人の体験が少しずつ明らかにされてきた.

しかし,MCIや認知症と診断されたことで生じる体験は,不安の感じ方やその人の性格,価値観,認知症に対する捉え方により多様である(塩路,2020).また,家族や医療などのサポートにより影響を受け(室谷・黒田,2020),認知症の人の体験も複雑化している.さらに,認知症の人は,不安や恐怖があっても取り繕い,他者に話さない(松田ら,2009)ことや,勘違いなどを指摘されることにより自尊心が傷つき,話すことを躊躇しやすい(大塚,2020)などの傾向がみられる.これらのことから,当事者の思いや感じている体験を十分に明らかにされているとは言い難い.多様で複雑な当事者の思いや感じている体験を捉えるためには,体験していることをありのままに語ることができるようにする(Mattos et al., 2018)ことや,認知症の人の言動の意味を丁寧に解釈する(土岐ら,2022)ことが必要である.

そこで,本研究では,認知症の専門医よりMCIまたは認知症と診断され,継続的に治療を受けている高齢者を対象に,診断されたことにより生じている体験をありのままに捉え,それを解釈することにより,MCIまたは認知症と診断された高齢者の体験を明らかにすることを研究目的とした.MCIや認知症の人が語る体験を明らかにすることは,認知症の人を理解し,その人に合わせた支援の方法を見出す手がかりになると考える.

Ⅱ. 研究目的

MCIまたは認知症と診断された高齢者の体験を明らかにする.

【用語の定義】

体験について中木ら(2007)は,「印象に残る出来事とその時の心身の状態,特に限定された時期の身体的感覚と反応」と定義し,否定的や肯定的な感情だけでなく,成長を成し遂げるなどの発達的な変化や,疾病や死を受容し主体的に生きる姿勢を獲得する自己受容など,反応から見出されるものも体験と捉えている.また,豊島(2002)は,「物事にふれておこる気持ちや考え,事にあたる態度や姿勢などを包括した,個人が感じる主観的な現実」と定義している.そこで,本研究では,中木ら(2007)豊島(2002)の体験の定義を参考に,体験を「MCIまたは認知症と診断された出来事と,それにより生じている心身の反応と捉え,診断されて生じている感情や思い,認識,取り組む姿勢,すなわち態度や行動などに関連した反応とする.また,その反応の結果として,見出された現象を示したものも含める」と定義した.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究である.

2. 研究参加者の選定方法

本研究では,もの忘れ外来に通院中で,認知症の専門医よりMCIまたは認知症と診断された高齢者を研究参加者とした.

選定条件として,MCIまたは認知症と診断され,主治医から病名および病状について説明を受けている65歳以上の人で,妄想や幻覚などの明らかな行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptom of Dementia: BPSD)がなく急性期の状態ではない人で,言語での意思疎通が可能で,自己の体験を語ることができる人であると,主治医が判断した人を条件とした.

認知機能の指標であるMMSE(Mini Mental State Examination)については,19点以下は同意の能力が低下する傾向が示されている(Kim & Caine., 2002)ことから,本研究では目安として20点以上の人を選定条件とした.また,当事者の理解する能力は低下する(Okonkwo et al., 2008)ものの,当事者が安定した状態であることや面接環境などを調整することにより,その状況を理解し説明ができる(内ヶ島・蒲原,2011)ことから,研究参加者が安心して語ることができるよう配慮した.

3. データ収集方法

1) データ収集期間

2023年4月~10月である.

2) データ収集の方法

(1) 研究参加者の基本情報の収集

研究参加者と家族,研究協力施設の責任者に同意を得て診断名,認知機能に関する検査の結果,家族構成などの基本情報を収集した.

(2) 面接によるデータ収集

面接ガイドを用いた半構造化面接法で行った.面接は,主治医からの病気や治療の説明内容とその時の思いや病気の受け止め方に関連したこと,認知症を抱えて生活している思いや生じている感情などに関連したこと,就業,趣味や社会活動など,取り組みに関連したこと,研究者に伝えたいことや語りたいことなどの内容とした.面接内容については,研究参加者と家族の同意を得てICレコーダーに録音し,面接中の研究参加者の表情や身振りなどはフィールドノートに記録した.

面接は,研究参加者1名につき原則として2回で,1回目の面接内容を踏まえて2回目の面接を行い,各30分程度とした.研究参加者の心身の負担を最小限にするために,希望に沿って面接の日程,面接時間および場所などを調整した.

(3) 研究参加者が安心して語れることへの配慮

プライバシーが確保できる個室で行った.家族の同席を希望する場合は,研究参加者の意向を尊重した.面接の質問は研究参加者が理解できるようわかりやすい言葉で行い,疑問などがある場合は丁寧に説明した.研究参加者が語りやすい質問から開始し,記憶を想起しながら語ることができるよう研究参加者のペースに合わせて行った.

面接の実施は,開始前に,研究参加者の体調やBPSDなどの症状が出現していないか確認し,主治医と相談して行った.面接中は不安や疲労感のある表情,落ち着かない態度や言葉などを観察し,心理的な負担が生じてないか細心の注意を払い,心理的な負担やBPSDが出現した場合は面接を中止するなど,主治医の協力を得て相談しながら対応する体制を整えた.

4. 分析方法

本研究は,MCIまたは認知症と診断された高齢者の体験を記述することが研究目的であることから,Sandelowski(2013/2013, p. 148–150)の質的記述的研究を用いて分析した.

1) 個別分析

面接内容の逐語録を作成し,診断されたことにより生じている感情や思い,認識,取り組む態度や行動などが示されている内容と,その反応により見出された内容を抽出し,研究参加者ごとにコード化した.研究参加者の抱えている疾患の特徴をふまえて,繰り返し語られた内容も,その都度,1つのコードとして捉えた.コード化は意味を損ねないように行い,研究参加者の言葉を用いて可能な限り表現した.

2) 統合分析

抽出された研究参加者全員のコードを比較し,類似性と相違性に着目してサブカテゴリ,カテゴリ,テーマを抽出した.その結果,9名の研究参加者のデータから抽出したカテゴリを用いて,MCIまたは認知症と診断された高齢者の体験を説明できることを研究者間で確認したため,データの収集を終了した.

3) 分析内容の妥当性と信頼性

分析過程において,研究参加者が体験している現象を記述するという視点に立ち,サブカテゴリやカテゴリの抽出や命名に反映されているかなど,共同研究者と質的研究の専門家からスーパーバイズを受けた.

5. 倫理的配慮

本研究は,聖隷クリストファー大学倫理委員会の承認(承認番号22024-01)を得て実施した.研究協力施設の責任者に,文書と口頭で研究への協力を依頼し,承諾後,選定条件を満たしている候補者を紹介していただいた.研究者が研究協力候補者と家族に研究協力の依頼について説明し,承諾を得た.その後,研究目的,研究方法,研究参加への自由意思の尊重,同意の撤回,予測される利益・不利益,個人情報の保護,研究結果の公表などについて文書と口頭で説明した.研究協力候補者と家族の両者の同意が得られた後に,希望する面接の日程と場所を調整した.

面接では,研究参加者が安心して語ることができる環境と,心理的負担が生じない対策や,心理的負担が生じた場合のサポート体制について,協力施設の責任者と相談しながら対応できるよう配慮した.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者の概要

研究参加者の概要を表1に示した.研究参加者は9名(男性3名,女性6名)で,平均年齢は82.2歳であった.家族構成は配偶者と同居は6名,配偶者および娘と同居は1名,娘夫婦と同居は2名であった.MCIは7名,アルツハイマー型認知症は2名で,MMSEは22点から28点の範囲であった.

表1 研究参加者の概要

研究参加者 性別 年齢 症状出現時期 通院期間 MMSE 診断 診断時の説明の受け止め 同居者
A氏 女性 80歳代 5ヶ月前 3ヶ月 23 AD 否認 娘夫婦
B氏 男性 70歳代 1年前 5ヶ月 25 MCI 妥当 配偶者
C氏 女性 90歳代 2年前 1年2ヶ月 26 MCI 安心 配偶者
D氏 女性 70歳代 2年前 1年2ヶ月 27 MCI 覚えていない 配偶者
E氏 女性 80歳代 2年前 1年3ヶ月 22 AD 覚えていない 配偶者
F氏 女性 70歳代 2年前 1年8ヶ月 27 MCI 覚えていない 配偶者
G氏 男性 80歳代 2年3ヶ月前 1年9ヶ月 28 MCI 覚えていない 配偶者・娘
H氏 男性 80歳代 4年前 1年5ヶ月 27 MCI 覚えていない 配偶者
I氏 女性 90歳代 10年前 7ヶ月 24 MCI 覚えていない 娘夫婦

通院期間:本研究協力施設への通院期間 AD:アルツハイマー型認知症 MCI:軽度認知障害

研究協力施設への通院期間は3ヶ月から1年9ヶ月で,認知症の症状に気づいた時期が1年前以下は2名,2年前以上は7名であった.診断結果の説明時の反応は,否認は1名,妥当は1名,安心は1名,覚えていないは6名であった.

2. MCIまたは認知症と診断された研究参加者の体験

分析の結果,26サブカテゴリ,15カテゴリが抽出され,〈ネガティブな体験〉〈ネガティブな体験への反応〉〈ポジティブな体験〉〈これからの望み〉の4テーマに分類された.テーマ,カテゴリ,主なコードを表2に示した.以下,テーマを〈 〉,カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》,語りを“ゴシック体”で示し,各テーマについて説明する.

表2 軽度認知障害または認知症と診断された研究参加者の体験

テーマ カテゴリ サブカテゴリ 主なコード
ネガティブな体験 認知症とみられることへの不満と怒り 意向に反した受診による不満と怒りがある ・認知症と思っていないのに,病院に連れて行かれたことに不満と怒りがある(A氏)
認知症と言われる自分に怒りが生まれる ・いつもと同じようにやれているので,認知症と言われるのが不満で怒れる(A氏)
変化する自分への不安と恐怖 忘れてしまう自分が心配で怖い ・忘れることが多くなり心配で,自分自身が駄目になってきたと怖く感じる(D氏)
将来の自分を想像すると不安である ・忘れることが多くなり,自分がこれからどうなるのかわからない不安がある(F氏)
・動けなくなった時のことを思うと心配である(G氏)
認知症の親のように変化する自分が不安で怖い ・両親の認知症が遺伝するのが怖い.今後,自分がどうなっていくかわからない不安がある(F氏)
自尊心の喪失 普段の行動ができなくなることを自覚して自信を失う ・記憶がすっぽり抜けてお粗末である.本が読めなくなったり,物を探したりする自分が社会からみたら外れている(H氏)
昔と違う自分にみじめさを感じる ・保育の仕事を,今はできない自分がみじめである(E氏)
他者からの言葉に自信を失う ・家族から,この間言ったのにと言われるのがきつくて嫌だ(D氏)
・体操教室の先生に注意されたり,配偶者から突き刺さる言葉を言われ,自信がもてない(F氏)
症状の出現による生活の不自由さ もの忘れによる生活への不自由さを感じる ・症状がひどくなり置いてあるところを忘れるので,生活が不自由である(H氏)
交流範囲の縮小によるもどかしさ 少ない交流に物足りなさを感じる ・自由な生活であるが交流が少ないので,もう少し華やかなことがあるといい(B氏)
・自動車の運転をやめたので,交通手段がない(E氏)
ネガティブな体験への反応 時間の確認 忘れないよう日時を確認する ・認知症と言われてからは,忘れないようカレンダーや新聞で日時を確認している(A氏)
気持ちの切り替え 諦めて忘れることを容認する ・物覚えが悪くなり,興味がもてないと諦めている.忘れてもいいようなことは忘れる(H氏)
・忘れてしまうことがあるけど,まあいいかなと思う(F氏)
他に興味を持ち,気分を紛らわす ・認知症の会など気軽に行けるところを紹介してもらい,気を紛らわしたい(B氏)
・不安や恐怖を感じて辛い時は気持ちを変えて,仲間と交流しながら好きなことをして楽しむ(D氏)
認知症のことをあえて深刻に捉えない ・深刻に捉えると動けなくなるので,深刻な病気と考えないようにしている.その方が自分自身楽である(G氏)
自分の強みに着目 今までと同じようにやれている自分を信じる ・今までと同じように卓球や仲間とやれているので大丈夫(A氏)
・車を運転して来れるので自分はまだよい(G氏)
医療者に思いを表出 思いを聞いてくれる医療者に話をする ・医師に本音を言えることがいい(F氏)
・病院では黙って聞いてくれる人がいるので話す(H氏)
ポジティブな体験 今の生活への満足感 困りごとのない今の生活に満足している ・困っていることはない,寂しいとか不安があるわけではなく,普通の生活でよい(B氏)
・自分でできているので困ったことはない(D氏)
家族や仲間との交流に楽しさを感じる ・娘と散歩や買い物に行くことが楽しみ(I氏)
・仲間とテニスをやっていて楽しい.みんなと顔を合わせているのが楽しい(G氏)
自分のペースで過ごすことに楽しさを感じる ・気の向いたまま縛られることなく,自分のペースで本を読むことが好き(B氏)
家族の支えによる安心感 生活の支えである家族に感謝している ・娘に頼んだことはやってくれる.娘がいてくれて安心している(A氏)
・娘が病院につれてきてくれたり,料理を作ってくれるので有難い(I氏)
配偶者の存在に安心を感じる ・一人で住んでいたらこの世にいないと思うので,夫がいるだけでありがたい(E氏)
・妻がいると安心するし,いないと生きていけないので頼りにしている(H氏)
医療者への信頼と安心感 指摘しない医療者に安心感がある ・忘れたことを家族に指摘されるが,先生は話を聞いてくれ,嫌なことを絶対言わない.だから信頼し安心している(E氏)
・家族には忘れることを指摘されるが,医師には自分のことをわかってもらえていると安心している(D氏)
顔なじみの医療者に信頼と安心を感じる ・病院に来ると,長生きして幸せに過ごせる,健康でいられてありがたい気持ちになり安心する(I氏)
・知っている医師に診てもらっている安心がある(G氏)
アイデンティティの維持 認知症になっても自分は自分である ・娘からみたらおかしいかもしれないが,私は昔からずっと変わらず一緒である(A氏)
これからの望み 今の生活の維持 今の生活を続けたい ・忘れることがあっても,話せて,今の生活があればよい(A氏)
認知症の進行の抑制 認知症の進行を止めたい ・何とか治したい,良くしたいという気持ちでずっと受診している(B氏)
・認知症は治らないという先入観があるが,もっといい薬で治りたい(F氏)

1) 〈ネガティブな体験〉

このテーマは,研究参加者がMCIまたは認知症と診断されたことにより,不満や怒り,不安や恐怖など,感情や思い,認識,態度などの反応において,否定的や悲観的な体験を示したものである.これは,【認知症とみられることへの不満と怒り】【変化する自分への不安と恐怖】【自尊心の喪失】【症状の出現による生活の不自由さ】【交流範囲の縮小によるもどかしさ】の5カテゴリから構成されていた.

研究参加者は,本人の意向に反して受診させられたことと,“いつもと同じようにやれているので,認知症と言われるのが不満で怒れる(A氏)”のように,家族から【認知症とみられることへの不満と怒り】の体験をしていた.不安や恐怖については,“忘れることが多くなり心配で,自分自身が駄目になってきたと怖く感じる(D氏)”のように,《忘れてしまう自分が心配で怖い》や,“両親の認知症が遺伝するのが怖い.今後,自分がどうなっていくかわからない不安がある(F氏)”のように,《認知症の親のように変化する自分が不安で怖い》という【変化する自分への不安と恐怖】の体験をしていた.

また,研究参加者は,“記憶がすっぽり抜けてお粗末である.本が読めなくなったり,物を探したりする自分が社会からみたら外れている(H氏)”のように,《普段の行動ができなくなることを自覚して自信を失う》ことや,“保育の仕事を,今はできない自分がみじめである(E氏)”のように,《昔と違う自分にみじめさを感じる》という自分自身の変化による【自尊心の喪失】の体験をしていた.また,“体操教室の先生に注意されたり,配偶者から突き刺さる言葉を言われ,自信がもてない(F氏)”のように,周囲の人や家族などの《他者からの言葉に自信を失う》ことにより【自尊心の喪失】の体験もしていた.

さらに,研究参加者は,《もの忘れによる生活への不自由さを感じる》ことや,退職や自動車の運転を辞めたことにより交通手段がなくなり,“自由な生活であるが交流する機会が少ないので,もう少し華やかなことがあるといい(B氏)”のように,【交流範囲の縮小によるもどかしさ】の体験をしていた.

2) 〈ネガティブな体験への反応〉

このテーマは,研究参加者がネガティブな体験をしたことに対しての認識や,行った対処などを示したものである.これは,【時間の確認】【気持ちの切り替え】【自分の強みに着目】【医療者に思いを表出】の4カテゴリから構成されていた.

研究参加者は,不安や恐怖などに対して,“物覚えが悪くなり,興味がもてないと諦めている.忘れてもいいことは忘れる(H氏)”のように,《諦めて忘れることを容認する》ことや,“不安や恐怖を感じて辛い時は気持ちを変えて,仲間と交流しながら好きなことをして楽しむ(D氏)”のように,《他に興味をもち,気分を紛らわす》《認知症のことをあえて深刻に捉えない》という【気持ちの切り替え】をしていた.

また,《今までと同じようにやれている自分を信じる》という【自分の強みに着目】して,前向きに対処することや,家族に忘れることを指摘され,【自尊心の喪失】を体験している研究参加者が,本音を話せ,黙って聞いてくれる【医療者に思いを表出】するという対処をしていた.

3) 〈ポジティブな体験〉

このテーマは,研究参加者が満足感や安心感など,感情や思い,認識,態度などの反応において,肯定的な体験や快適な体験を示したものである.これは,【今の生活への満足感】【家族の支えによる安心感】【医療者への信頼と安心感】【アイデンティティの維持】の4カテゴリから構成されていた.

研究参加者は,家族との買い物や仲間とテニスするなど,《家族や仲間との交流に楽しさを感じる》体験と,“気の向いたまま縛られることなく,自分のペースで本を読むことが好き(B氏)”のように,《自分のペースで過ごすことに楽しさを感じる》体験から,【今の生活への満足感】を獲得していた.また,“困っていることはない,寂しいとか不安があるわけではなく,普通の生活でよい(B氏)”のように,《困りごとのない今の生活に満足している》という【今の生活への満足感】の体験をしていた.

安心感については,家族の支えによるものと医療者によるものがあった.“娘に頼んだことはやってくれる.娘がいてくれて安心している(A氏)”のように,家族に感謝していることや,“一人で住んでいたらこの世にいないと思うので,夫がいるだけでありがたい(E氏)”のように,《配偶者の存在に安心を感じる》体験をしていた.また,医療者により,“忘れたことを家族に指摘されるが,先生は話を聞いてくれ,嫌なことを絶対言わない.だから信頼し安心している(E氏)”のように,《指摘しない医療者に安心感がある》や,《顔なじみの医療者に信頼と安心を感じる》体験をしていた.

さらに,研究参加者は,“娘からみたらおかしいかもしれないが,私は昔からずっと変わらず一緒である(A氏)”のように《認知症になっても自分は自分である》という【アイデンティティの維持】される体験をしていた.

4) 〈これからの望み〉

このテーマは,認知症を抱えながら生活している今を踏まえて,これからの生活への望みを示したものである.これは,【今の生活の維持】【認知症の進行の抑制】の2カテゴリから構成されていた.

研究参加者は,“忘れることがあっても,話せて,今の生活があればよい(A氏)”のように,【今の生活の維持】の望みや,“認知症は治らないという先入観があるが,もっといい薬で治りたい(F氏)”のように,《認知症の進行を止めたい》という望みももっていた.

以上のことから,研究参加者は,不安や恐怖などの〈ネガティブな体験〉をしていたが,満足感や安心感など〈ポジティブな体験〉もしていた.また,自分の強みに着目することや気持ちの切り替えなど〈ネガティブな体験への反応〉を示し,対処していた.そして,研究参加者は《認知症の進行を止めたい》という思いや,【今の生活への満足感】を長く維持したいということを望んでいた.

Ⅴ. 考察

研究参加者の体験には,ネガティブな体験とポジティブな体験の両側面があった.これらの体験にどのような意味があるのかを考察する.

1. ネガティブな体験が意味すること

研究参加者は,不安や恐怖,怒り,自尊心の喪失などのネガティブな体験をしていた.先行研究でも,将来に向けての不安や恐怖(橋本,2023),変化していく自分への情けなさや自尊感情の低下(土岐ら,2022),周囲の人に認知症扱いされることによる自己肯定感の低下とそれによる怒りの出現(橋本,2022)など,今回の結果と同様の報告がなされていた.ネガティブな体験の背景には,自尊心とそれに類似の概念である自己肯定感の低下があると考えられる.

自尊心と自己肯定感が低下する要因には,認知症高齢者が忘れることが多くなったなど,認知症の症状を自覚することに加えて,悪化すれば家族の顔さえわからなくなる病気なので,認知症だけにはなりたくないといった風潮(松本,2015),記憶力を向上させることが立派なことで,忘れることが駄目である(Small, 2021/2024, p. 10)という社会的な側面から生じる否定的な見方も影響している.また,認知症の親と同じように崩れていく恐怖(水谷,2015土岐ら,2022)を経験した認知症高齢者の否定的な見方の存在もあげられる.このような否定的な見方が,認知症高齢者に内在化するセルフスティグマにより,認知症である自分が存在価値のない人であると知覚してしまい(笠貫,2022),認知症高齢者に自尊心の低下を引き起こしていると述べられている(Burgener et al., 2013).これらのことから,ネガティブな体験は,認知症高齢者に内在化するセルフスティグマや,否定的な経験などの影響を受けて,自尊心や自己肯定感が低下している状況であると捉えることもできる.

また,認知症高齢者は,ネガティブな体験にもがきながらも,苦悩から自己を守ろうとする(土岐ら,2022)ことだけでなく,気持ちを切り替えて前向きに対処する(橋本,2023久保田・高山,2017)という反応がある.本研究の参加者も気持ちの切り替えや自分の強みに着目する方法でネガティブな体験に対処する反応を示していた.畑野・筒井(2006)も,強みに働きかけることにより,まだできるという意識が強化され,自己効力感が高まり,納得できない環境変化に遭遇しても,自分の気持ちを表出する方法で対処できると述べている.さらに,徳永・大塚(2022)は,認知症であることに囚われない肯定的な経験を認識することにより,認知症に脅かされず,認知症であるけれど活動を楽しむことができると述べている.このことから,認知症と診断されて生じるネガティブな体験は,気持ちの切り替えや自分の強みに着目するなどの対処により,肯定的な経験を認識することができれば,認知症であるけれど活動を楽しむなどのポジティブな体験をもたらすと捉えることができる.

このようなポジティブな体験をもたらす前向きな反応を,ストレスに対するコーピングであると捉えることができる.コーピングとは,ストレスに対処するための認知的努力と行動による努力であり(Lazarus & Folkman, 1991/1991, p. 143),認知症の人に生じているストレスをwell-beingの方向に変化させようとコーピングが行われていると示されている(Judge et al., 2010).認知症高齢者に生じているネガティブな体験は,自分自身に備わっているコーピングが自尊心の喪失や自己肯定感の低下などのネガティブな体験に促され,コーピングが効果的に発揮されることによりwell-being,すなわち,ポジティブな体験をもたらしていると捉えることもできる.

さらに,本研究の参加者は,今の生活に満足感や安心感をもち,この生活を続けたいという希望をもっていた.先行研究でも,今の生活を維持したい(藤澤ら,2014久保田・高山,2017小野・中谷,2021)と,本研究と同様な望みをもっていた.認知症高齢者の今の生活を維持したいという思いには,認知症という疾患が進行性の疾患であり,根本的な治療が確立されていないことから,この生活がいずれ終わってしまうのではないかという不安や恐怖があると推察する.その不安や恐怖を打ち消そうとして,認知症のことをあえて深く考えないなど,気持ちの切り替えなどの対処を行うことにより,今の満足した生活を維持しようとしている.Xanthopoulou & McCabe(2019)は,認知症とうまく暮らすためには,記憶の問題に対して対処戦略を活用し,他者からのサポートを受けて,主体的な感覚と自己意識を維持することの必要性を指摘している.また,林(2012)も,安定した生活には,認知症による苦悩に対して,自ら適応しようとする潜在的可能性を見出し,折り合いをつけて生きることの必要性を述べている.このように,ネガティブな体験は,その体験に対してさまざまなコーピングを促し,認知症高齢者にポジティブに生きようとする望みをもたらしていたと推察される.

2. ポジティブな体験が意味すること

本研究の参加者は,MCIまたは認知症と診断されることや症状の出現を自覚し,自信を失い,自尊心の喪失を体験していた.そのような状況において研究参加者は,気持ちの切り替えなどを行い,仲間や家族との交流をとおして,楽しさというポジティブな体験をしていた.

しかし,認知症高齢者は,移動手段の減少で人と会わなくなる(鈴木,2022)ことや,することがない,やろうとする意欲が減退するなど(清水,2018)により,交流する機会が減少する傾向がある.また,認知症の人の中には,他者に変に思われる心配があり,特定の人としか交流しない(橋本,2024)や,人前で失敗したくない思いや周囲の目が気になる(小野・中谷,2021)などがあり,交流を制限している人も存在する.また,サービス利用においては,認知症の進行レベルが合わず,交流が図れないと感じ,自尊感情が低下してしまう(田代・松本,2017)ことや,居心地の悪さを感じてしまう(橋本,2024)ことも指摘されている.

そのような状況の中での交流は,本研究の参加者にとって,仲間や家族と安心して一緒に過ごせる機会となり,楽しさを感じられる場となっていた.また,趣味などの自分の好きなことや経験を活かして自分を表現するなど,自分のできることを再確認する機会となっていた.先行研究でも,交流は仲間と過ごしたい欲求や趣味,娯楽とした楽しさがある(松本ら,2020徳永・大塚,2022)ことや,信頼関係の構築や居心地の良さによる安心感,自己の価値観を見出すことができる(中村・森川,2014),人の役に立つことにより自信の回復につながる(張,2021)などが示されている.さらに,自分の強みを発揮できることや新たな知見を獲得することができるなど,自己実現できる機会(徳永・大塚,2022)でもあると述べられている.このように,本研究の参加者の交流により生じているポジティブな体験は,趣味や娯楽による楽しさだけでなく,自己表現や自己の存在価値の再確認,自信の回復など,肯定的に自己を捉える機会をもたらしていたと考える.

また,交流は個別的な側面だけでなく,認知症の人が社会に向けて発信する場(張,2021)や,地域住民との交流により認知症の人を知ってもらう機会(日高,2024)という社会的な側面ももっている.本研究では,慣れ親しんだ仲間や家族との交流が中心であったことから,地域や社会という側面についての語りはなかった.今後は,社会的な側面から交流を捉えることにより,交流における認知症高齢者の体験の意味をさらに捉えることができると推察する.

Ⅵ. 研究の限界と今後の課題

本研究は,MCIまたは認知症の高齢者の体験を研究参加者として,面接法を用いて行った.研究参加者が安心して自分の思いを語れるよう環境を整えて行い,診断により生じている体験を明らかにすることができた.しかし,本研究では,協力施設が1施設であることや,家族と同居していた高齢者が研究参加者であったことから,限定された中での調査であった.今後は,施設や地域の特性,家族構成などを踏まえた研究を蓄積し,それを踏まえて,当事者の視点から必要な支援を検討することが課題である.

Ⅶ. 結論

MCIまたは認知症と診断された高齢者9名に面接を実施し,分析した結果,当事者は,【認知症とみられることへの不満と怒り】【変化する自分への不安と恐怖】【自尊心の喪失】など〈ネガティブな体験〉をしていた.ネガティブな体験に対して【自分の強みに着目】【気持ちの切り替え】【医療者に思いを表出】などの対処を行い,【今の生活への満足感】【家族の支えによる安心感】などの〈ポジティブな体験〉につなげ,その体験と向き合うことをしていた.さらに【今の生活の維持】ができることを望んでいた.

当事者は,ネガティブとポジティブの両側面を体験しており,それらの体験には自分自身の強みや気持ちの切り替えなどが影響していた.また,ポジティブな体験は当事者が肯定的に自己を捉える機会となることが示唆された.

付記:本研究は,聖隷クリストファー大学大学院看護学研究科における博士論文に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力いただきました研究参加者の皆様と,研究協力施設の皆様に深く御礼申しあげます.また,本研究において貴重なご助言をいただきました宮城大学の谷津裕子教授に心より感謝申しあげます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KKは研究の着想およびデザイン構築,データ収集,分析,考察,論文作成,研究プロセス全体に貢献した.KYは分析,考察,論文作成,研究プロセス全体に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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