日本看護科学会誌
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原著
集中治療室看護師のMoral Distressの様相と対処プロセス
山内 英樹上野 恭子
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2025 年 45 巻 p. 889-899

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Abstract

目的:集中治療室(ICU)看護師のMoral Distress(道徳的苦悩)の様相と対処プロセスを明らかにすること.

方法:道徳的苦悩の経験を有するICU看護師11名に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した.

結果:ICU看護師は,内的価値観と外的要因との対立から《苛まれる心残りなケア》という苦悩を経験していた.その対処は,現状を受容する【組織順応型】,内省や対話を通じて成長を目指す【専門的成長型】,職場から距離をおく【離職意向型】に大別された.これらの類型は固定的ではなく,相互に移行しうる動的なプロセスであった.

結論:道徳的苦悩は,離職のリスクと専門的成長の契機の両義性を持つことが示唆された.【組織順応型】から【専門的成長型】への移行を促すためには,個人の内省に加え,対話の場の設定や意思決定への参画を促す組織的支援が重要であることが示唆された.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to elucidate the nature of Moral Distress experienced by intensive care unit (ICU) nurses and their coping processes.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with 11 ICU nurses with experience of Moral Distress, and the data were analyzed using the modified Grounded Theory approach.

Results: ICU nurses experienced profound distress, described as <<lingering regret over compromised care>>, arising from the conflict between their internal values and external constraints. Their coping processes were broadly categorized into three types: the Organizational Compliance Type, characterized by accepting the status quo; the Professional Growth Type, characterized by aiming for growth through introspection and dialogue; and the Withdrawal Intention Type, who intended to leave their positions. Furthermore, these types were not static, but part of a dynamic process wherein nurses could transition between them.

Conclusion: The experience of Moral Distress was revealed to be ambivalent, presenting both a risk of nurse turnover and an opportunity for professional growth. To facilitate the transition from the Organizational Compliance Type to the Professional Growth Type, organizational support—such as providing spaces for dialogue and promoting participation in decision-making—is crucial, in addition to individual introspection.

Ⅰ. 緒言

集中治療室(Intensive Care Unit: ICU)は,重症患者に対し集学的かつ高度な医療を提供する場である.そこでは,生命維持や合併症予防を最優先としつつ,患者の回復を目指して,看護師や医師をはじめとする多職種が連携し,患者中心の医療が提供されている.このような環境下では,患者との意思疎通が難しい状況や,迅速かつ複雑な判断を要する場面に頻繁に遭遇するため,看護師は相反する価値観の間で葛藤を抱えながら,倫理的な判断を下すことが少なくない.近年のCOVID-19パンデミックでは,面会制限や医療資源の逼迫に加え,重症患者の増加や臨床判断の複雑化により,ICU看護師の倫理的葛藤は顕著となった.カナダにおける調査では,COVID-19パンデミック下でICU看護師のMoral Distressが増大したことが報告されている(Gehrke et al., 2024).

このような葛藤に伴う感情は,Moral Distressとして概念化されている.Jameton(1984)はこれを「倫理的に正しいと認識しながらも,それを実行できないときに生じる苦痛な感情」と定義した.日本語では「倫理的苦悩」や「道徳的苦悩」などの訳語が用いられるが,本研究では「道徳的苦悩」を用いることとする.道徳的苦悩とは,個人の内的価値判断である「道徳(morality)」と,専門職としての行動規範である「倫理(ethics)」との間で葛藤に直面した際に生じる心理的苦痛である(Corley, 2002Epstein & Hamric, 2009Hamric et al., 2006).しかし,道徳的苦悩の概念には複数の定義が存在し,その理解や経験は社会的・文化的文脈の影響を受けると指摘されている(Morley et al., 2019).実際,日本と米国のクリティカルケア看護師を比較した研究では,日本の看護師の道徳的苦悩レベルが有意に高いことが示されており(Ashida et al., 2022),医療制度や文化的要因を踏まえた検討の重要性が示唆されている.

これまでの研究は,道徳的苦悩の要因や影響に関する分析から始まり,近年では具体的な介入方法の開発や評価へと進展している(庄野ら,2025).量的研究では,その程度が燃え尽き症候群(burnout)や離職と有意に関連することが報告されている(Lee et al., 2024Kovanci & Özbaş, 2025).

一方で,質的研究では,苦悩がどのような状況で生じ,どのように対処されるのかが詳細に明らかにされている.Gutierrez(2005)はクリティカルケア看護師の倫理的葛藤の誘因と対処行動を明らかにし,Austin et al.(2005)Rushton et al.(2015)も異なる臨床文脈において類似の知見を示している.国内でも,伊藤ら(2012)Ohnishi et al.(2010)が文化や組織風土を踏まえた道徳的苦悩の特徴を捉えており,山内(2023)によるレビューでも組織的支援や倫理教育の重要性を指摘している.また,Oh & Gastmans(2015)も同様の重要性を強調している.

加えて,Dodek et al.(2016)はICUに勤務する多職種を対象とした調査で,看護師のみならず,医師や他の医療職においても道徳的苦悩が経験されていることを明らかにしている.これは,道徳的苦悩が看護師特有の現象ではなく,集中治療に携わる医療従事者に共通して生じ得るものであることを示している.また,Epstein & Hamric(2009)は,この苦悩が繰り返し経験されることで心理的負担が蓄積し,「moral residue(道徳的残渣)」と呼ばれる現象を引き起こし,その影響が長期に及ぶことを指摘している.しかし,既存研究の多くは,苦悩の「要因」や「結果」,あるいは「特定の対処法」といった個別の要素に焦点を当てており,それらが看護師個人の経験の中でどのように関連し,時間の経過とともに変化していくのかを包括的に明らかにしたものは限られている.

そこで本研究では,ICU看護師の道徳的苦悩の様相と,その対処プロセスを明らかにすることを目的とする.本研究において,ICU看護師がどのような文脈で道徳的苦悩を経験し,それにどのように向き合っているのかを詳細に把握することで,現場に即した倫理的支援策の検討に資すると考えた.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザインと対象者

本研究は,先行する量的調査の母集団を基盤とし,質的視点を補完する形で実施した.道徳的苦悩の経験の多様性に着目し,全国規模で広く対象者を募集するため,量的調査と連動したリクルート方法を採用した.

具体的には,日本集中治療医学会が公表する専門医研修施設(n = 315)の看護部長宛に,研究協力と施設内でのポスター掲示許可を依頼した.掲示が承認された施設では,ポスターに調査概要とWebアンケートURL等を記載し,参加希望者が自発的にアクセスできるように設定した.アンケートでは,看護師の基本属性(例:年齢,性別,勤務年数,施設形態)に加え,道徳的苦悩の尺度を用いて,その経験の有無・頻度・強度などを尋ねた.最終設問では,後続の面接調査への協力可否を確認し,「協力する」と回答した者の中から,以下の選定基準を満たす看護師を対象候補とした.

選定基準:

①ICU経験が3年以上であること

②道徳的苦悩の経験がある者

2. データ収集

調査期間は2022年4月から8月とし,ICU看護師が経験した道徳的苦悩に焦点を当て,半構造化面接法によりデータを収集した.

面接ガイドは「倫理的葛藤を感じた具体的な事例」「その背景要因」「葛藤下における対応やその時の考え」などを中心に構成した.なお,面接の冒頭では,Jameton(1984)の定義といった枠組みを伝えることはせず,参加者が自由に語れるように促した.ただし,語りが「倫理的葛藤」に留まる場合には,「実践が阻まれた経験」も含まれる旨を補足し,道徳的苦悩の意味合いを簡潔に説明した.

3. データ分析

分析には,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach: M-GTA)を採用した.道徳的苦悩は定義や解釈に多様性があり,画一的な量的指標による把握が困難であるとされる.その背景には,看護実践の場固有の文脈的要因が影響する点が挙げられる(Hamric et al., 2006Morley et al., 2019).このため,本研究では既存理論に依拠せず,データ主導で現場に根ざした概念を抽出できるM-GTAが最適であると判断した(木下,2019Charmaz, 2014).

分析の信頼性と妥当性を確保するため,以下の取り組みを行った:

①複数研究者によるコーディングと検討(ピア・デブリーフィング)

②研究者自身の立場性への自覚と,それに基づくリフレクションによるバイアス低減

なお,対象者であるICU看護師の業務負担を考慮し,メンバー・チェックは実施せず,その代替措置として,分析者間のレビュー体制を強化した.最終的に,得られた概念やカテゴリー間の関連性を整理し統合した.M-GTAの分析手順を図1に示す.

図1  M-GTA分析手順

4. 倫理的配慮

本研究は,順天堂大学大学院医療看護学研究科研究等倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:順看倫第2021-71号).すべての参加者からは,研究内容と倫理的配慮に関する詳細な説明の上,書面によるインフォームド・コンセントを取得した.WebアンケートはSSLにより暗号化し,個人情報は厳重に管理した.

Ⅲ. 結果

1. 対象者の概要

本研究の質的調査の対象者は11名であった.対象者の選定にあたっては,まず量的調査の回答者のうち,面接の協力に同意した18名のうち,管理者等を除いた13名に連絡し7名の協力を得た.その後,専門資格保有者に偏りがあったため,機縁法によって専門資格を有さないICU看護師4名を追加し,最終的な対象者とした.

対象者の内訳は男性7名,女性4名であり,看護師経験年数は平均11年(範囲:6~19年),ICU経験年数は平均7年(範囲:3~12年)であった.専門資格の保有状況としては,急性・重症患者看護専門看護師3名,特定行為研修修了者1名が含まれていた.対象者の所属施設のうち,COVID-19患者の受け入れをしていたICUは7施設であった.対象者の属性を表1に示す.

表1 対象者の概要(n = 11)

記号 性別 看護師
経験年数
ICU
経験年数
教育歴 専門資格 COVID-19
受入れ
病床数 時間(分)
A 男性 14 11 大学院 CCNS 10 53
B 女性 19 10 専門学校 特定行為修了者 6 42
C 男性 6 6 大学 なし 9 44
D 男性 7 7 大学 なし 12 49
E 女性 10 8 大学院 CCNS 12 67
F 男性 8 8 大学 なし 8 55
G 男性 17 12 大学院 CCNS 8 57
H 女性 9 3 大学 なし 10 68
I 女性 6 6 大学 なし 14 64
J 男性 18 4 専門学校 なし 6 45
K 男性 8 4 専門学校 なし 10 41

2. 結果の概要とストーリーライン

ICU看護師の道徳的苦悩の様相と対処行動について分析した結果,1コアカテゴリーを含む6カテゴリーと16概念が生成された.これらの相互関係を統合する形で結果図(図2)を作成し,それに基づいてストーリーラインを構築した.

図2  道徳的苦悩を経験した看護師の対処プロセス

以下に,ストーリーラインを示し,その後,各カテゴリーの定義,構成する概念および対象者の語りを記述する.なお,コアカテゴリーは《 》,カテゴリーは【 】,概念は〈 〉で示し,引用する語り(ヴァリエーション)は「 」で示す.表1の対象者番号に対応するアルファベット,補足説明は( )内に記す.

1) ストーリーライン

ICU看護師は,〈日常に近づける生活環境〉の調整,〈安楽をもたらす苦痛除去〉,〈患者の持つ回復力の促進〉といった実践を通じて,【その人らしさを支える】という専門職としての信念を基盤に看護を行っていた.しかし,臨床現場では〈医師の指示に従わざるを得ない〉〈病院の方針によるしばり〉〈他者の不道徳な行為の黙認〉など,組織的・構造的制約によって自己の信念と外的要因とが対立する事態が生じていた.看護師はこうした状況の中で【信念を貫けないケア】を強いられ,〈湧き上がる怒りや不満〉〈医療へのあきらめや失望〉といった否定的感情を抱いていた.そしてこれらの感情は一過性のものではなく,〈いつまでも引きずる感情〉として持続し,《苛まれる心残りなケア》という中核的な道徳的苦悩の経験へとつながっていた.この苦悩に対する看護師の対処行動は,主に三つの類型として生成された.

第一は,看護師が自身の価値観を抑制し,組織の慣習や業務の効率性を優先することで葛藤の表面化を回避する【組織順応型】である.第二は,苦悩体験を内省し,同僚との対話や学習を通じてその意味を再構築しながら乗り越えようとする【専門的成長型】であり,看護師としての専門性の向上や成熟を伴うものであった.第三は,苦悩が十分に解消されず,職場環境や業務からの心理的・物理的な距離をとる【離職意向型】である.

さらに,これらの対処類型は静的に分類されるものではなく,相互に移行しうる動的なプロセスであることが明らかとなった.たとえば,組織的支援や内省の契機を得ることで【組織順応型】から【専門的成長型】へと変容するケースが存在する一方,支援の不足や苦悩の継続により,各類型から【離職意向型】へと変容する可能性も示唆された.また,【離職意向型】にあっても,環境調整や関係性の再構築によって再び【組織順応型】として職場に留まるケースも認められ,その動きは複雑な様相を呈していた.

このプロセス全体を図2に示した.道徳的苦悩の発生から対処に至るまでの看護師の経験は,個人の専門性,組織文化,支援体制との関係の中で絶えず揺れ動くものであった.

3. コアカテゴリー・カテゴリー・概念

ICU看護師の道徳的苦悩の背景要因と体験に関するカテゴリーを表2に,道徳的苦悩のコアカテゴリーとそれに基づくカテゴリー(三類型)を表3に示す.

表2 道徳的苦悩の背景要因と体験に関するカテゴリー

区分 カテゴリー 定義 概念 定義
背景要因
(看護観・信念)
【その人らしさを支える】 患者の生活背景や思いを知り,その人らしさを尊重する看護への願い 〈日常に近づける生活環境〉 患者個々の生活に視点をおいて日常生活に戻る援助を行なうこと
〈安楽をもたらす苦痛除去〉 苦痛をできる限り,取り除き安楽なケアを提供すること
〈患者の持つ回復力の促進〉 患者の持っている回復力を信じて看護実践すること
苦悩体験 【信念を貫けないケア】 自己の看護観と矛盾する現状を認識しつつ行動すること 〈医師の指示に従わざるを得ない〉 医師の権限に従わざるを得なく,看護の専門性が発揮できないこと
〈病院の方針によるしばり〉 患者のより良い医療を行っていく上で病院の方針が障壁となっている状況
〈他者の不道徳な行為の黙認〉 他者の非倫理的な行為に気づいてもそれを自ら正すことはしていない状況
表3 道徳的苦悩のコアカテゴリーとカテゴリー(三類型)

コアカテゴリー カテゴリー 定義 概念 定義
《苛まれる
心残りなケア》
実践できない看護を受け入れられない否定的な感情を抱き続けること 〈湧き上がる怒りや不満〉 状況を変えられないことへの怒りや不満がこみ上げてくること
〈医療へのあきらめや失望〉 医療制度や体制に対して何もできない変えられないと無力感を抱くこと
〈いつまでも引きずる感情〉 過ぎた出来事について感情の処理ができていないこと
【組織順応型】 葛藤を抱えながら現状を変えられないと受け止め,従来の業務パターンを維持する姿勢 〈人員不足が招くこなす看護〉 人員不足により患者へのケアが業務的だと認識すること
〈呑み込まれる業務優先の看護〉 患者を尊重していない医療者中心の行動に慣れていくこと
【専門的成長型】 ICU看護師を続けるために努力する主体的な取り組み 〈俯瞰して分析する出来事〉 出来事を感情を入れずに俯瞰して客観視すること
〈同僚と共有する気持ち〉 他者と気持ちを共有して気がまぎれること
〈職場に置いてくる否定的感情〉 職場を出たら気持ちを引きずらないと気持ちの切り替えができること
〈ICU看護の専門性を高める努力〉 状況を打破するために主体的な前向きな取り組みをすること
【離職意向型】 道徳的苦悩の累積により,ICU での勤務継続を困難と感じ,異動や離職を具体的に志向すること 〈ICUから離れていく気持ち〉 ICU看護の離職意思を抱くこと

1) 【その人らしさを支える】

このカテゴリーは,患者の生活背景や個別性を尊重し,その人らしいあり方をICU内でも支援しようとする看護師の価値観を反映していた.以下の3つの概念によって構成される.

①〈日常に近づける生活環境〉

ICUという特殊な治療環境においても,患者の普段の生活に近づけるよう環境を調整しようとする看護師の姿勢が示された.F氏は,「医師は医学的側面に偏りがちだが,看護師は生活背景や患者の生活史に目を向けることで,その人に合った環境を整えたい」と語り,医学モデルだけでなく生活モデルに立脚した看護の視点を強調した.また,C氏は「退院後の生活を見据えて関わることを大切にしている」と述べ,現在のケアを将来的な生活につなげようとする意識が示された.

②〈安楽をもたらす苦痛除去〉

治療過程に伴う身体的・心理的苦痛は,患者の回復を阻害する要因になり得ると捉えられ,看護師は苦痛の予防・緩和を積極的に担っていた.E氏は,「患者に回復する力があっても苦痛がそれを妨げる.看護で回避できることは多くある」と語り,苦痛除去が患者の治癒プロセスに与える影響と,看護の介入可能性に強い関心を寄せていた.

③〈患者の持つ回復力の促進〉

患者が本来備えている回復力を信じ,その力を最大限に引き出すことが看護の役割であるという認識が示された.E氏は,「患者には回復力があると信じており,それを支えることが看護の役割だと思っている」と述べており,患者の主体性を尊重する看護観がうかがえた.

2) 【信念を貫けないケア】

このカテゴリーは,看護師が自身の専門的価値観や,患者にとって最善と考えるケアを実践しようとする中で,様々な外的要因によってそれが阻まれ,理想と現実のギャップに苦悩する状況を示していた.以下の3つの概念により構成される.

①〈医師の指示に従わざるを得ない〉

看護師は,患者中心の視点に基づいたケアを重視しながらも,医師の判断や指示との乖離に直面し,最終的にその方針に従わざるを得ない場面で葛藤を抱えていた.

C氏は,「医師同士の価値観の違いから,終末期患者の意思決定の時にやるせない思いを感じる.看護師はその人にとって何が大切かを考えるが,治療を優先する医師が十分な情報提供や選択肢を与えずに方針を決定することがあり,看護師は意見を表明しにくい状況に置かれる」と語り,患者の価値を尊重する姿勢が医師の一方的な判断により押し返される構造を示した.またG氏は,「回復の見込みが薄い患者に対して侵襲的治療が継続されることに疑問を持ちながらも,それに従わざるを得ない」と述べており,非合理と感じながらも看護師として治療方針に従うしかない状況に対する無力感を抱いていた.

②〈病院の方針によるしばり〉

病院全体の運営方針や組織的な判断が,個々の患者のニーズに応じたケアの質や看護師の裁量を制限していた.

B氏は「病院の都合による患者説明を看護師が担わされることに違和感を覚える」と述べ,看護師に求められる説明が,必ずしも自らの判断に基づくものではなく,組織の都合に左右されることへの疑念が語られた.またE氏は,「病院の再編成により経験の少ない看護師が多く配置され,質の高いケアが困難になった」と語り,人員配置の方針が看護実践に直接影響する事例が示された.

③〈他者の不道徳な行為の黙認〉

他の医療者による倫理的に問題のある行動を認識しながらも,それを指摘できず,結果的に黙認してしまう状況は,看護師にとって新たな苦悩の源となった.

F氏は,「日常的に行われている(問題のある)習慣に疑問を抱きながらも,職場風土の中で声を上げづらい」と語り,職場の文化や同調圧力によって改善行動が抑制される様子を指摘した.この「問題のある習慣」としてF氏が挙げた具体例には,「血圧計を患者の腕に巻いたままにしておく」といった行為が含まれており,患者の身体的負担やケアの質を損なう恐れがあるにも関わらず,慣例として黙認されている現状が示されていた.こうした行為に対する違和感があっても,“それが習慣だから”という理由で改善の契機が得られにくい風土が存在していた.

3) 《苛まれる心残りなケア》

このカテゴリーは,看護師が自身の専門的価値観に沿った看護を実践できなかった経験について,強い否定的感情を抱き続ける状態を表していた.これには,〈湧き上がる怒りや不満〉,〈医療へのあきらめや失望〉,〈いつまでも引きずる感情〉の3つの概念が含まれる.

看護師は,自身の信念と相反する状況や,改善されない組織的課題,理不尽な制約に直面することで,怒り,無力感,患者への申し訳なさなど,複雑かつ持続的な苦悩を経験していた.

①〈湧き上がる怒りや不満〉に関連する語りとしては,C氏の「先輩によってモチベーションや指導の価値観が違い,ケアの質向上を促す人もいれば,業務効率優先で残務をなくすよう指導する人もいる.その一貫性のなさにもどかしさや辛さを感じた」という指摘がある.これは,組織内の指導体制の不統一が,看護師に葛藤を生じさせる要因となっていることを示していた.

②〈医療へのあきらめや失望〉としては,F氏が「(コロナ禍で)面会できない状況で,特に死期の近い重症患者のご家族を面会させられないことに,非常に苦しいと感じていた」と語っており,B氏も「『コロナがなければ』と思い,どうしようもない状況に対する怒りのような感情があった」と述べている.これらは,外的要因によって理想的なケアが提供できなかったことへの看護師の苦悩を示していた.

③〈いつまでも引きずる感情〉については,G氏が「患者のケアに不利益が生じているのに改善されない状況が長く続くと,特定の誰かへの怒りというより,不全感や状況自体への怒り,患者への申し訳なさが生じる」と語っており,問題が放置されること自体が看護師にとって大きな精神的負担となることが示されていた.

さらに,G氏は「患者の外見や生育歴について,配慮なく人を傷つける言動をする医療者がおり,意識のある患者が実際に傷ついたこともあった.その(医療者の)意識の低さに問題を感じる」と述べており,倫理的な配慮に欠ける同僚の言動に対する憤りが看護師の苦悩につながる様子がうかがえた.

これらの語りは,道徳的苦悩が時間的にも持続し,内面化された感情として看護師の心理に影響を及ぼし続けている実態を示していた.

4) 【組織順応型】

このカテゴリーは,看護師が葛藤を抱えながらも現状を変えることができないと受け止め,従来の業務パターンを維持し続ける姿勢を示すものであった.以下の2つの概念によって構成される.

①〈人員不足が招くこなす看護〉

人員不足という構造的な制約により,看護師は個別性のある看護を十分に提供できず,業務効率を優先せざるを得ない状況に置かれていた.その結果,ケアは「こなす」ことが目的化され,実践の質よりも作業の達成が重視される傾向が認められた.

B氏およびI氏は,「本来行いたいケアができないことに葛藤を感じている」と語っており,業務に対する違和感を抱きつつも,状況を変えられないという諦めとともに,その働き方を受容せざるを得ない様子がうかがえた.

②〈呑み込まれる業務優先の看護〉

自身の看護観と日々の業務との間に乖離を感じながらも,業務の忙しさや職場の慣習的な流れに抗えず,結果的に業務優先のケアに従ってしまうケースも見られた.

C氏は,「忙しさと自信のなさから,業務優先のケアに流れてしまう」と語っており,主体的に改善を図るというよりは,日常の流れに吞み込まれてしまう姿が示唆された.このような傾向は,専門性への志向と現場の制約との間にある継続的な葛藤を浮き彫りにしていた.

5) 【専門的成長型】

このカテゴリーは,看護師が道徳的苦悩の経験を乗り越え,あるいはそれを糧として,ICUにおける看護実践を主体的かつ前向きに継続しようとする対処行動を示していた.以下の4つの概念で構成される.

①〈俯瞰して分析する出来事〉

困難な状況や生じた感情を客観的に捉え直し,冷静に分析・評価しようとする認知的な取り組みが確認された.B氏は,「出来事を文章化することで感情や思考を整理している」と語っており,内省を通じて経験の意味づけを図る姿勢が示された.

②〈同僚と共有する気持ち〉

信頼できる同僚との対話を通じて,自身の感情や葛藤を共有することが,心理的支えとして機能した.C氏は,「倫理的に葛藤することを話し合える場の存在が支えになっている」と述べており,感情の表出や共感の受容が苦悩の緩和に寄与することが示唆された.

③〈職場に置いてくる否定的感情〉

業務上で生じた否定的な感情を職場内にとどめ,職場外へ持ち出さないよう意識的に切り替えることで,精神的安定を保つ工夫が見られた.F氏は,「家族との会話で自然に気持ちが切り替わる」と述べ,私生活でのリフレッシュが心理的消耗の緩和に役立っている様子が示された.

④〈ICU看護の専門性を高める努力〉

道徳的苦悩の経験を,自己成長や職場環境の改善に向けた動機へと転化し,具体的な行動に結びつけようとする主体的な取り組みが認められた.C氏は,「自己学習や責任者への働きかけにより,環境改善を図っている」と語っており,問題の可視化と提言を通じた実践的な姿勢が示された.

6) 【離職意向型】

このカテゴリーは,看護師が道徳的苦悩の経験や職場環境に対する強い不満を抱え続け,その解消が困難な状況の中で,ICUでの勤務継続に限界を感じて異動や職場から離れることを現実的に志向する状態を示していた.〈ICUから離れていく気持ち〉という概念が生成された.蓄積された苦悩や組織への不信,将来への不安などが,看護師をICUからの「離脱」へと向かわせる主たる要因となっていた.

具体的には,職場の人間関係や職場の風土に対する違和感や適応困難の経験が語られた.H氏は,「パワハラ的な言動や職場風土に馴染めず,異動を考えた」と述べており,職場風土への不適応が離脱意向を強める契機となっていた.

また,家族から労働環境の過酷さを指摘され,看護師自身が働き方に疑問を抱くようになったケースも存在する.I氏は,「家族から現場環境の厳しさを指摘され,働き方に疑問を抱くようになった」と語っており,看護師個人の判断だけでなく,家族の声が離職の検討に影響を与えていた.

Ⅳ. 考察

本研究では,ICU看護師が経験する道徳的苦悩について,その背景にある制度的・文化的要因と対処行動の特徴を明らかにした.対処行動は【組織順応型】【専門的成長型】【離職意向型】の三類型として分析された.これらは状況や支援体制に応じて相互に移行しうる動的なプロセスであることが明らかになった.

先行研究では,道徳的苦悩が時間とともに累積し持続する性質を有することが指摘されてきた(Jameton, 1984Hamric et al., 2006).しかし,それらは主として苦悩が「残存する」ことの概念的説明にとどまっており,看護師の具体的な対処プロセスやその変化については十分に明らかにされていなかった.本研究は,ICU看護師の体験を質的に分析することで,苦悩が単に固定的に蓄積するのではなく,対処行動や組織的支援によって異なる対処パターンの間を移行する動的な現象として経験されることを明らかにした.これは,Moral Distressを時間経過に応じて変容するプロセスとして捉えた点に独自性があり,臨床における倫理的支援のあり方を再考させる知見である.

1. ICU環境における道徳的苦悩の構造的背景

本研究で明らかになったICU看護師の道徳的苦悩は,看護師が重視する倫理的価値観(患者の尊厳の尊重,生活者の視点,回復力の重視など)と,臨床現場に存在する制度的・文化的制約(医師主導の指示体系,病院の方針によるケア制限,慢性的な人員不足)との深刻な矛盾に起因していた.これらの構造は,Jameton(1984)が提示した「倫理的に正しいと分かっていながら実行できない状況」という道徳的苦悩の典型的特徴と合致していた.

また,倫理的に不適切な行為を指摘しづらい職場風土や,慢性的な時間的・人的資源の不足は,看護師が抱える苦悩を表面化させにくくし,問題が解決されないまま蓄積されていく要因となっていた.Corley(2002)Hamric et al.(2006)が指摘するように,こうした環境は道徳的苦悩を長期化・深刻化させる背景となっていた.さらに,COVID-19パンデミックという特異な社会・医療的背景下では,面会制限や侵襲的治療の継続といった新たな誘因が加わり,従来の道徳的苦悩の研究では十分に扱われてこなかった倫理的課題が明確化された.この点は,Lake et al.(2022)が報告したパンデミック下のICUにおける倫理的課題とも一致していた.

2. 対処行動の三類型と相互移行のプロセス

本研究で抽出された対処行動は,【組織順応型】【専門的成長型】【離職意向型】の三類型に分類された.【組織順応型】は,価値観を抑えて組織の秩序や慣習に従うもので,短期的には葛藤の回避につながるが,長期的には燃え尽き症候群(burnout)のリスクを高める(Shoorideh et al., 2015Fumis et al., 2017).終末期ケアにおいても道徳的苦悩は顕著であり,Oldenmenger et al.(2024)の看護師を対象とした研究では,延命治療の継続やケアの制約が苦悩を増幅することを報告している.本研究で明らかにしたICUにおける『信念を貫けないケア』の構造は,こうした終末期ケアの文脈における倫理的困難とも共通性を有している.【専門的成長型】は,苦悩の経験を内省や学習に統合し,専門性を成熟させる姿勢であり,これはmoral resilience(倫理的困難からの回復力)の獲得過程と捉えることができる(Hu et al., 2024Varasteh et al., 2025).一方,苦悩が解消されず,改善の見込みも乏しい場合には,看護師は職場から距離を置く【離職意向型】へと移行し,中には異動や離職を具体的に実行するケースもみられた.これは,Lee et al.(2024)Kovanci & Özbaş(2025)といった量的研究が報告する道徳的苦悩と離職意向との関連性を質的に補強するものである.

これら三類型は静的な枠組みではなく,組織的支援や職場環境の変化,個人の内省によって相互に移行する動的なプロセスであることが示唆された.この動態は,倫理的困難への対処が単一の方向に固定されず,状況に応じて多様に変化することを示すものである.

3. 道徳的苦悩の軽減策と多職種への示唆

本研究で明らかになった三類型は,それぞれ異なる支援アプローチを必要とする.【専門的成長型】には,MCD(Moral Case Deliberation:道徳的事例検討)などの倫理対話の場を設け,経験の内省や感情共有を促進することが有効である(Ashida et al., 2023).【組織順応型】には,Epstein & Hamric(2009)が指摘するmoral residue(道徳的残渣)の蓄積を防ぐために,職場風土や意思決定構造の改善,看護師の意見が治療方針に反映される環境の構築が必要である(山内,2023).【離職意向型】に対しては,自己効力感の再構築を目的としたエンパワメント型介入が有効であり,離職抑制に寄与する可能性がある(Abbasi et al., 2019).

さらに,Whitehead et al.(2015)Dodek et al.(2016)の調査は,道徳的苦悩が看護師のみならず医師やその他の医療職にも広く見られる現象であることを示しており,本研究で示した三類型は多職種における道徳的苦悩の理解においても示唆を与えうる.この枠組みは,職種間で共有可能な倫理的課題の可視化と,チーム全体での支援策立案の基盤となり得る.したがって,本研究はICU医療従事者における職種横断的な倫理支援モデルの構築に新たな視座を提供する可能性がある.

4. 研究の限界と今後の課題

本研究の知見は,ICU看護師の道徳的苦悩とその対処行動のプロセスを“動的な現象”として可視化した点に意義がある.一方で,以下の限界が存在する.

先ず,対象者は研究協力に同意した特定地域・特定施設のICU看護師に限られており,対象の偏りが生じている可能性がある.次に,対象者には専門性の高い資格を有する看護師が一定数含まれており,この構成が【専門的成長型】の対処行動を強調する方向に影響した可能性がある.今後は,専門資格を持たない看護師の対処行動をより詳細に把握するため,対象を拡大して調査を行うことが望ましい.最後に,本研究はICU看護師に焦点を当てたが,先行研究(Dodek et al., 2016)が示すように,道徳的苦悩は他の医療職種にも見られる現象である.本研究で提示した三類型の職種横断的な適用可能性については,職種間比較を行う縦断的・多施設的研究が求められる.

これらの課題を踏まえ,今後はMCDやエンパワメント型介入など,類型ごとに適合した支援策の効果をランダム化比較試験等で実証的に検証する必要がある.また,道徳的苦悩の経験や対処行動が,看護師のキャリア形成や離職率に及ぼす長期的影響の追跡も重要な課題である.

Ⅴ. 結論

本研究は,わが国のICU看護師を対象に,M-GTAを用いて道徳的苦悩の様相と対処行動のプロセスを質的に明らかにした.その結果,道徳的苦悩は,看護師が重視する倫理的価値観と臨床現場における制度的・文化的制約との間に生じる深刻な矛盾から発生していた.COVID-19パンデミックのような特殊な状況下では新たな誘因が加わることが示された.

看護師の対処行動は【組織順応型】【専門的成長型】【離職意向型】の三類型に分類され,これらが静的な枠組みではなく,支援や環境変化に応じて相互に移行する動的なプロセスであることが明らかとなった.このことは,道徳的苦悩が単なる個人の問題に留まらず,組織的要因が複雑に関与する現象であることを示唆している.さらに,これらの対処行動は,倫理的判断に基づくケアを妨げる側面を持つ一方で,適切な支援と環境が整えば,看護師の専門性を成熟させる契機にもなり得ることが示唆された.したがって,ICU看護師が道徳的苦悩を乗り越え,専門職として持続的に成長できるような環境整備が重要である.本研究の成果は,ICUをはじめとする急性期医療現場における倫理的に持続可能な医療提供体制の構築に向けた基盤となる可能性がある.

付記:本論文は,順天堂大学大学院医療看護学研究科博士後期課程に提出した博士論文の一部を加筆修正したものである.また,本研究の内容の一部は,第43回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究の実施にあたり,ご多忙の中,調査にご協力いただいた集中治療室勤務の看護師の皆様に心より感謝申し上げます.また,対象者の募集にご尽力くださった各施設の看護部長の皆様に深く御礼申し上げます.さらに,研究の遂行および論文作成にあたり,多大なるご指導を賜りました順天堂大学大学院医療看護学研究科の佐藤まゆみ教授,水野恵理子教授,ならびに有益なご助言をいただいた諸先生方に深く感謝の意を表します.なお,本研究はJSPS科研費(基盤C)22K10857の助成を受けて実施しました.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:HYは研究の着想およびデザインの立案,データ収集,分析,ならびに草稿の執筆を担当した.KUはデータ分析,原稿への批判的示唆,および研究プロセス全体への助言を行った.最終原稿については,著者全員が内容を確認し,承認した.

文献
 
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