2025 年 45 巻 p. 99-109
目的:LOHに対する受診行動に影響を与える要因を年代,認知度,AMSスコアに着目して明らかにする.
方法:日本全国の20~69歳の男性1,500名を対象にWebアンケートを実施し,LOH症状に対する受診促進の要因について自由記述で回答を収集.1,168名の回答をKH Coderでテキストマイニングを用い分析した.
結果:2,091語の抽出語を基に,4つのカテゴリー,【受診を促す条件と支援】,【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】,【受診を妨げる心理的・知識的な障壁】,【受診を妨げる医療体制・制度の限界】が導かれた.
結論:職場・家庭からの支援,経済的支援の強化,専門医療体制の整備が受診行動の促進に重要である.
Objective: This study aims to identify factors influencing healthcare-seeking behavior for late-onset hypogonadism (LOH), focusing on age, awareness, and AMS score.
Methods: A web-based survey was conducted with 1,500 men aged 20 to 69 across Japan, gathering open-ended responses on factors that encourage health-seeking behaviors for LOH symptoms. A total of 1,168 responses were analyzed using text mining with KH Coder.
Results: Based on 2,091 extracted words, four categories emerged: (1) conditions and support that promote health-seeking behaviors, (2) economic and social barriers to seeking care, (3) psychological and knowledge-related barriers, and (4) limitations in the healthcare system and institutional structure.
Conclusion: Support from the workplace and family, enhancement of financial assistance, and the development of specialized healthcare systems are essential for promoting healthcare-seeking behavior.
近年,先進各国では性差医療が進展し,女性の健康(ウィメンズヘルス)への取り組みがますます強化されている.日本においても,内閣府による「第5次男女共同参画基本計画」(内閣府,2023)や厚生労働省による「女性の健康週間」(厚生労働省,2024)など,ウィメンズヘルス支援に関する政策が積極的に推進されている.一方で,男性の健康(メンズヘルス)も注目されるようになり,世界保健機関(WHO)もメンズヘルスの推進を加盟国に奨励している(WHO, 2018).男性の健康行動においては,社会的な規範や文化的背景が大きな影響を与えるとされ,特に「男らしさ」に対する社会的圧力が医療サービスの利用に対して障壁となることが指摘されている(Courtenay, 2000;Addis & Mahalik, 2003).
メンズヘルスの中でも特に注目されているのがLOH(late-onset hypogonadism)症候群(以下,LOH)である.日本では2007年にLOHに関するガイドラインが制定され,その診療の歴史はまだ浅い.LOHは,「加齢やストレスに伴うテストステロン値の低下によって引き起こされる全身倦怠感,性欲低下,筋力低下,不眠などの多様な症状を特徴」とし(日本泌尿器科学会・日本メンズヘルス医学会・LOH症候群診療の手引き作成委員会,2022),総称して“男性の更年期障害”と呼ばれることもある,中高年男性の生活の質を大きく低下させるため,超高齢社会における重要な健康課題とされている.LOHの診断基準として,現在も多くの議論があるが,血中総テストステロン値低下と臨床症状で診断されており,血中総テストステロン値が250 ng/dL未満で低下と診断している(男性の性腺機能低下症ガイドライン作成委員会,2022).
しかし,日本においてはLOHの認知度が低く,症状を自覚しているにもかかわらず医療機関を受診する男性は約10%にとどまるとされている(厚生労働省,2022).その背景には,男性の健康問題に対する「男らしさ」の社会的規範や,医療サービス利用へのスティグマが存在し,男性が医療機関を受診する際の障壁となっている(Galdas et al., 2005).Mahalik et al.(2007)の研究では,男性の「男らしさ」が健康行動全般に影響し,受診行動の遅れや行動変容の難しさに関連していることが指摘されている.
本研究では,自由記述データを計量テキスト分析の手法を用いて解析し,LOHに対する受診行動に影響を与える要因を年代,認知度,AMSスコアに着目して明らかにすることを目的とする.
本研究の意義は,LOHの受診行動に影響を与える要因を明らかにすることで,受診促進のための具体的な支援策を検討する基盤を提供することにある.LOHは認知度が低く,受診率が低い疾患であるため,症状の自覚があっても適切な受診に至らないケースが多い.本研究では,計量テキスト分析を用いて受診の意思決定に影響を与える要因を客観的に抽出し,その結果をもとに,医療機関での情報提供の強化や職場・家庭での支援策の検討に貢献することを目指す.
LOHに対する受診行動に影響を与える要因を年代,認知度,AMSスコアに着目して明らかにすることを目的とする.
LOH(late onset hypogonadism)症候群(加齢男性・性腺機能低下症):主として加齢あるいはストレスに伴うテストステロン値の低下による症候群を指す.LOH症候群の症状としては,全身倦怠感,性欲低下,筋力低下,ED,集中力低下,不眠,いらいら,早朝勃起の減少など多岐にわたる(日本泌尿器科学会・日本メンズヘルス医学会・LOH症候群診療の手引き作成委員会,2022).
受診行動:LOHの症状を認識し,医療機関での相談や治療を求める行動に影響を与える環境・状況・条件を含む一連の意思決定プロセスを指す.
2. 調査対象と調査方法本研究は,日本のLOHに対する認知度・有病率・健康影響,患者の受診環境や看護師のケアの実態などを調査することを目的として立ち上げた研究プロジェクト“Japanese Men’s health and Andropause Related Symptoms (J-MARS) Study”のベースライン調査である.調査対象は,楽天インサイト株式会社のインターネット調査モニターから募集した全国の20~69歳の男性1,500名である.調査方法は2024年9月24日から9月26日にかけて無記名自記式質問紙調査(Webアンケート調査)を通じて実施された.調査対象の抽出に当たっては,全国8ブロック(北海道・東北・関東・東京・中部・近畿・中国四国・九州沖縄)を均等に割り当てることで地域的な偏りを最小限に抑え,さらに更年期症状の出現が多い40~60代の回答者割合を高めるよう調整を行った.具体的には,LOHの発症リスクが高い40~60代に重点を置きつつ,その他の年代(20~30代)も含めることで,年代ごとの受診行動の意識の違いを分析することを目的とした.そのため,調査対象者の割付は40~49歳,50~59歳,60~69歳をそれぞれ約25%とし,残りを20~39歳の層に振り分ける層別抽出を行った.この設計により,更年期症状の自覚が進む年代と,それ以前・それ以後の層の認識の違いを比較し,受診行動に影響を与える要因を明らかにすることを目指した.
3. 調査項目対象の属性として,年齢,居住都道府県,婚姻状況,子どもの有無,同居家族の人数,住居形態,職種,最終学歴,世帯収入,主観的経済状況,運転免許の所持,自家用車の所有,既往歴,AMSスコア(Heinemann et al., 1999)を尋ねた.
本研究では,LOHの症状評価指標としてAMSスコアを用いた.AMSスコアは,加齢に伴うテストステロンの低下による症状を評価するために開発された標準的な質問紙であり,身体的,精神的,および性的症状の三つの領域に分類される.各項目1~5点の5段階で評価され,合計スコアに基づき,症状なし(17~26点),軽度(27~36点),中程度(37~49点),重度(50点以上)の4段階に分類される.このスコアは,テスト・リテスト信頼性および内的一貫性において高い信頼性を示しており(Bernie et al., 2014;Morley et al., 2006;Kobayashi et al., 2008),男性の健康状態に関する自己認識を測定する尺度として広く活用されている.
本研究では,「あなたがもし更年期障害になったとしたら,どのような環境・状況・条件なら受診しやすいと思いますか」という仮定的な質問を用いた自由記述データを分析対象とした.本質問を採用したのは,LOHの診断を受けた患者だけでなく,潜在的なLOH患者や一般男性の受診意識を探索するためである.LOHは,本人が症状を自覚していない場合が多く,診断前の認識や心理的・社会的バリアが受診行動に影響を与えることが推測される.そのため,本研究では,診断群に限定せず,幅広い年代の男性を対象とすることで,より実態に即した受診行動の要因分析を行った.
4. データ分析方法本研究への参加の同意の得られた1,500名の男性の自由記述内容をテキストデータとし,KH Coderオフィシャルパッケージ(Ver.3.02C)を用いてテキストマイニングを行った.KH Coderにおける計量テキスト分析は,計量的分析手法を用いてテキスト型データを整理または分析し,内容分析を行う方法である(樋口,2021).KH Coder を用いたテキストマイニングを用いた根拠として,同一の質的データに対し質的分析と量的分析の両方を行い互いの結果を相互に比較,補完すればより信頼性のある成果が得られる可能性は大きい(大河原,2022;町田,2019)と考えた.
1) 形態素解析KH Coderは,意味をもつ最小の言葉単位(単語)である語(形態素)で抽出されるため,語句の抽出リスト,複合語の検出と茶筌を利用し,強制抽出が望ましい語の調整を行い,その後複数の形態素から構成される語句を強制抽出する語句とした.また,出現頻度は多いがそれだけでは意味をなさない記述を分析から除外し,形態素解析の対象とする語は,内容語となる名詞,動詞,形容詞とした.さらに,5つ以上の語として認識され抽出されないことが予測される語などについては,語の取捨選択処理として強制抽出語句とし,前処理を行った.
2) 共起ネットワークLOHに対する受診行動に影響を与える要因の強い結びつきを探るため,共起ネットワークを作成した.ネットワークでは,5回以上共起した語句の関連性を可視化し,強い共起関係ほど濃い線で表現した.また,ネットワークは最小スパニング・ツリーを用いて整理し,サブグラフの検出と意味の類似性に基づいたグループ化を行った.グループ内の各語句はKWICコンコーダンスにより文脈を確認し,素データを繰り返し精査して質的帰納的に分析(萱間,2007)を行い,カテゴリー化の過程に反映した.さらに,多数の語句が共起ネットワークや対応分析上にあると判別が困難になるため,上位60語を条件として分析を進めた.
3) 対応分析対応分析は頻出語と背景因子との関係を明らかにする分析法である.
ここでは行を単語,列を背景因子としてクロス集計を行った.クロス集計表の行と列に対応する二次元座標として散布図のように図示したものである.背景因子である年代(20~30代,40~50代,60代),認知度(よく知っている,聞いたことはある,知らない),AMSスコア(なし,軽度,中程度,重度)と自由記述データとの関連性を分析した.年代に着目した理由は,人生のステージごとに異なる健康リスクや認識が受診行動に影響を及ぼす可能性があるためである.認知度については,LOHに対する理解度が受診行動にどのように影響するかを評価するためである.また,AMSスコアは症状の重症度を反映し,重症度に応じた受診行動の違いを把握することが重要であると考えたためである.日本泌尿器科学会・日本メンズヘルス医学会・LOH症候群診療の手引き作成委員会(2022)の「LOH症候群(加齢男性・性腺機能低下症)診療の手引き」において,AMSスコアはスクリーニング目的での使用は推奨されておらず,特に感度が高い一方で特異度が低い点が指摘されている.しかし,本研究では,AMSスコアをLOH症候群の診断基準としてではなく,受診行動の要因を分析するための指標として用いた.AMSスコアの高低は,対象者が自覚している症状の程度を反映しており,受診の意思決定に影響を与える要因の一つとして考えられる.そのため,本研究では自由記述データと組み合わせて分析を行い,AMSスコアの重症度別に受診行動の特徴を対応分析することで,症状の自覚が受診の意思決定にどのような影響を与えるかを明らかにした.
変数間の関連性を視覚的にプロットし,受診行動に対する各要素の影響を定量的に測定し,それぞれの特徴となる語を明らかにした.なお,対応分析に用いる最小出現数は5語,差異が顕著な語を分析に使用するため上位60語とした.
分析過程においては,開発者のセミナーを受講した研究者1名と看護学研究者3名で合意が得られるまで検討した.全過程を通じて,解釈が先入観にとらわれていないか,内容の妥当性を欠いていないかについて確認・照合し,全過程において客観性の確保に努めた.
5. 倫理的配慮Webアンケート調査を実施するトップページに研究の目的,自由意志による参加であること,回答しないことに関して不利益を被らないこと,回答途中であっても回答を中断できること,本研究で得たデータを発表する際には匿名性が担保されること,身体的・心理的侵襲が伴わないこと,回答を持って同意を得たとみなすことを説明した.これらの項目を確認し,回答した者を研究対象とした.なお,本研究は秋田大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て行われた(承認番号3209,令和6年8月30日).
全回答者1,500名に回答を求めたが,そのうち特にないなどの回答を除いた1,168名(77.8%)を分析対象とした(表1).
人数 | % | ||
---|---|---|---|
性別 | 男 | 1,168 | 100.0 |
年齢 | 20~29歳 | 101 | 8.6 |
30~39歳 | 114 | 9.8 | |
40~49歳 | 315 | 27.0 | |
50~59歳 | 312 | 26.7 | |
60~69歳 | 326 | 27.9 |
n = 1,168
回答者数の一番多い層は60~69歳で27.9%だった.平均年齢は50.3 ± 12.0歳だった.
2. 計量テキスト分析KH Coder オフィシャルパッケージ(ver.3.02C)を用いて計量テキスト分析を行った結果,文章数1,233,総抽出語数(使用)9,740(2,091)語,異なり語数(使用)1,112(454)語が抽出された.
1) 上位100の抽出語記述に含まれるすべての文章を単語レベルに分解し,それぞれの語の出現頻度を算出した.出現頻度の多い単語から上位100語を表2に示す.出現語数上位3位は「病院」「更年期」「症状」であった.
出現回数 | 単語 |
---|---|
80 | 病院 |
79 | 更年期 |
75 | 症状 |
73 | 障害 |
64 | 思う |
54 | 環境 |
49 | 分かる |
40 | 医師 |
39 | 行く |
33 | 出る |
32 | 無料 |
31 | 専門 |
30 | 感じる |
27 | 支障 |
26 | 受ける,出来る |
22 | 近い,職場 |
21 | オンライン,会社,状況 |
20 | 考える,男性 |
17 | 自分 |
15 | ネット,知る,日常 |
14 | 休み,取る,専門医,定期 |
13 | 安い,良い |
12 | クリニック,家族,近所,情報,待ち時間 |
11 | 医療,外来,行ける |
10 | 言う,土日 |
9 | 悪い,一般,休暇,具体,経済,社会,余裕 |
8 | 休む,休める,思いつく,自宅,周り,周囲,条件,状態,先生,多い,体調,内科,費用 |
7 | 勧める,患者,診る,制度,窓口,通う |
6 | お金,機関,取れる,少ない,場所,得る,有給 |
5 | やる気,易い,医院,行政,詳しい,人間ドック,痛み,聞く,保険,夜間,料金 |
4 | 基準,寄り添う,機会,強い,見る,言える,行う,項目,作る,自身,身体,世の中,世間 |
共起ネットワークとは,抽出語またはコードを用いて,出現パターンの似通ったものを線で結んだ図,すなわち共起関係を線で表したネットワーク図である.布置された位置よりも,線で結ばれているかどうかということに意味がある.円の大小が出現回数を反映し,線の太さは共起関係の強さを表している.LOHに対する受診行動に影響を与える環境・状況・条件の共起ネットワークの構造を図1に示す.
共起ネットワークの構造に基づいて抽出された各カテゴリーに,特徴を表すネーミングを行った(表3).以下,【 】はカテゴリー,〈 〉はサブカテゴリー,「 」は主な自由記述(KWICコンコーダンスに基づく代表例),“ ”は共起した語を示す.
カテゴリー | サブカテゴリー | 主な自由記述(KWICコンコーダンスに基づく代表例) | 共起語 | 共起語のグループ |
---|---|---|---|---|
【受診を促す条件と支援】 | 〈医療機関を利用しやすい〉 | 「近くに病院があれば受診しやすい」 | 医院,自宅,近い,患者,多い 土日,夜間, 少ない,待ち時間,良い,通う,易い,場所,窓口 |
A-1 |
「土日に診療を受けられると助かる」 | ||||
「休日診療があれば便利」 | ||||
「仕事の合間に受診できる時間があれば,もっと行きやすい」 | ||||
「仕事を休むことなく診療を受けられる環境が必要」 | ||||
〈職場や家庭からの支援がある〉 | 「職場が健康診断で推奨してくれたら,受診しやすい」 | 職場,家族,得る,取る,休み,無い,有給,休暇,取れる,有給,制度,行政 | A-2 | |
「会社が更年期障害に対して理解を示してくれると安心」 | ||||
「家族が受診を勧めてくれると行きやすい」 | ||||
「家族の理解が受診を促進する」 | ||||
「妻の勧めがあれば病院に行くかもしれない」 | ||||
【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】 | 〈診療費の負担と保険の問題〉 | 「診療費が高いと感じるため,受診を避ける」 | 経済,余裕 料金,安い |
B-1 |
「保険適用外の治療は負担が大きい」 | ||||
「診療費の補助があれば,もっと気軽に受診できる」 | ||||
「無料診断があれば行きたい」 | ||||
「保険適用外の診療費が高い」 | ||||
「診療費の補助があればもっと受診しやすい」 | ||||
〈就労時間の調整が困難である〉 | 「平日は仕事で時間が取れない」 | 休む,会社 病院,行く |
B-2 | |
「診療時間が合わないため,行けない」 | ||||
「診療時間と自分のスケジュールが合わない」 | ||||
【受診を妨げる心理的・知識的な障壁】 | 〈症状認識と病気に対する知識が不足している〉 | 「自分が更年期障害だとは思わない」 | 更年期,男性,障害,思う,症状,出る,支障,日常 | C-1 |
「症状はあるが,更年期障害だと認識していない」 | ||||
「症状が軽いと受診しない」 | ||||
「病院に行くほどではないと感じる」 | ||||
〈社会的スティグマとプライバシーが心配である〉 | 「病院に行くのが恥ずかしい」 | 自分,感じる 周り,状態 体調,悪い,言う |
C-2 | |
「他人に知られるのが嫌だ」 | ||||
「男性も更年期障害になることが知られていない」 | ||||
「男性が更年期障害で受診することへの抵抗がある」 | ||||
「受診することで,他の人に変な目で見られるのではないか」 | ||||
〈診療科や治療方法に対する情報が不足している〉 | 「どの診療科に行けばいいのかわからない」 | 具体,聞く 知る,詳しい,条件,痛み,一般,内科 |
C-3 | |
「更年期障害の治療に関する情報が不足している」 | ||||
「治療法についての情報が少ない」 | ||||
「更年期障害の症状や治療について知らない」 | ||||
「男性でも更年期障害があるという知識がない」 | ||||
「どのような治療が行われるか分からないため,不安を感じる」 | ||||
「副作用が心配で,治療をためらう」 | ||||
【受診を妨げる医療体制・制度の限界】 | 〈専門医や外来が不足している〉 | 「近くに男性更年期の専門医がいない」 | 医療,機関 近所,専門,クリニック,外来 |
D-1 |
「専門外来が少ないため,受診しにくい」 |
「近くに病院があれば受診しやすい」「土日に診療を受けられると助かる」「休日診療があれば便利」といった意見が多く見られ,サブカテゴリー〈医療機関を利用しやすい〉が導き出された.“医院”“自宅”“近い”“土日”“夜間”などの語が頻出していた.「職場が健康診断で推奨してくれたら受診しやすい」「家族が受診を勧めてくれると行きやすい」といった意見が見られ,サブカテゴリ-〈職場や家庭からの支援がある〉が導きだされた.これらは受診を後押しする要因を示し,受診行動をとるための支援や条件を強調していることから,カテゴリー【受診を促す条件と支援】と命名した.
(2) 【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】「診療費が高いと感じるため,受診を避ける」「保険適用外の治療は負担が大きい」といった意見が多く見られ,サブカテゴリー〈診療費の負担と保険の問題〉が導き出された.共起語として“経済”“余裕”“料金”“安い”などの語が頻出していた.また,「平日は仕事で時間が取れない」「診療時間と自分のスケジュールが合わない」といった意見が挙げられ,サブカテゴリー〈就労時間の調整が困難である〉が導き出された.これらの結果から,経済的な問題や仕事時間の調整の難しさが受診行動を妨げる重要な要因であることを示しているため,カテゴリー【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】と命名した.
(3) 【受診を妨げる心理的・知識的な障壁】「自分が更年期障害だとは思わない」「症状が軽いと受診しない」といった意見が多く見られ,サブカテゴリー〈症状認識と病気に対する知識が不足している〉が導き出された.共起語として“更年期”“男性”“障害”“思う”“症状”などの語が頻出しており,病気に対する知識や認識の不足が受診行動に影響を与えていることが示されていた.さらに,「病院に行くのが恥ずかしい」「他人に知られるのが嫌だ」といった意見から,サブカテゴリー〈社会的スティグマとプライバシーが心配である〉が導き出された.「どの診療科に行けばいいのかわからない」「治療法についての情報が少ない」といった意見が見られ,サブカテゴリー〈診療科や治療方法に対する情報が不足している〉が導き出された.
以上から,男性が医療サービスを利用する際に感じる心理的な壁や情報の欠如を明確に示していることからカテゴリー【受診に対する心理的・知識的な障壁】と命名した.
(4) 【受診を妨げる医療体制・制度の限界】「近くに男性更年期の専門医がいない」「専門外来が少ないため,受診しにくい」といった意見が見られ,サブカテゴリー〈専門医や外来が不足している〉が導き出された.共起語には“医療”“近所”“専門”“クリニック”などが頻出し,医療体制の整備不足が受診行動に影響を与えていることが示されている.これらの結果は,医療体制の限界が受診行動の妨げとなっていることを示していることから,カテゴリー【受診を妨げる医療体制・制度の限界】と命名した.
4. 対応分析対応分析は,複数のカテゴリーデータ間の関連性を視覚的に評価するための統計的手法であり,自由記述の語句と各変数の関係性を二次元の散布図として視覚化することで,それぞれの特徴を把握することができる.分析において,プロット上の原点に近い語句は各群に共通して出現する語を示し,原点から離れるほど特定の群でのみ頻出する特徴的な語であることを示している.この手法により,各群(年代,認知度,AMS重症度)の受診行動に関連する特異的な語句が抽出され,それぞれの群の受診行動に影響を与える要因の違いを明らかにした.
1) 年代別年代別の特徴語としては,「20~30代」では“保険”“状態”“周り”などが抽出され,「40~50代」では“やる気”“社会”“経済”などが,「60代」では“思いつく”“少ない”“家族”などが抽出された(図2-1).
認知度別の特徴語としては,「よく知っている」群では“受ける”“医院”“家族”“夜間”などが見られ,「聞いたことはあるが内容については詳しく知らない」群では“状態”“休暇”“待ち時間”“少ない”などが抽出され,「知らない」群では“やる気”“条件”などが顕著に現れていた(図2-2).
「なし」では“人間ドック”“詳しい”“自宅”などが,「軽度」では“得る”“情報”などが,「中程度」と重度では“少ない”“患者”“余裕”“経済”などが抽出された(図2-3).
本研究では,LOHに対する受診行動に影響を与える要因を明らかにするために計量テキスト分析を行った.その結果,【受診を促す条件と支援】,【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】,【受診を妨げる心理的・知識的な障壁】,【受診を妨げる医療体制・制度の限界】の4つのカテゴリーが抽出された.これらの知見は,男性の受診行動を促進し,看護実践や公衆衛生の取り組みを改善するうえで重要な示唆を提供すると考える.
【受診を促す条件と支援】に関しては,医療機関へのアクセスのしやすさが受診行動の重要な決定要因であることが示された.具体的には,「近くに病院があれば受診しやすい」「土日に診療を受けられると助かる」といった意見が多く,地域医療の整備が受診行動の促進に大きく寄与することが明らかになった.Mohd Rosnu et al.(2022)の研究においても,医療サービスへのアクセスの改善が受診行動の促進に貢献することが示されており,本研究の結果と一致する.加えて,職場や家庭からの支援も受診行動を後押しする要因として大きな影響を及ぼすことが確認された.Haroon et al.(2023)は,社会的支援が男性の健康行動全般に大きな影響を与えることを指摘しており,本研究でも同様に,職場の健康診断の機会や家族からの勧めが受診行動の重要な決定要因となることが示唆された.特に,職場においては定期健康診断の場を活用し,LOH症候群のスクリーニングを導入することで,対象者が適切な医療機関を受診する機会を創出できる可能性がある.
次に,【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】では,診療費や保険の適用範囲の制限が受診行動を阻害する要因であることが示された.「診療費が高いと感じるため受診を避ける」「保険適用外の治療費の負担が大きい」といった意見が多く,経済的な負担が医療サービスの利用を抑制する要因として作用していた.Marmot(2005)も,経済的要因が健康行動に与える影響の大きさを指摘しており,本研究の結果はこれと一致する.また,労働環境と診療時間の調整の困難さも,男性の受診行動を阻害する要因として示された.「平日は仕事で時間が取れない」「診療時間と自身のスケジュールが合わない」といった意見が多く,柔軟な診療時間の確保やオンライン診療の導入が受診促進に寄与する可能性が示唆された.
【受診を妨げる心理的・知識的な障壁】に関しては,「男らしさ」の社会的規範やスティグマが男性の受診行動に影響を与えていることが確認された.Courtenay(2000)の研究では,男性が「男らしさ」を守るために医療サービスの利用を避ける傾向があることが示されており,本研究でもその傾向が明らかとなった.特に,「病院に行くのが恥ずかしい」「他人に知られるのが嫌だ」といった意見が多く,社会的圧力が受診行動の抑制に繋がっていることが示された.また,Riska(2002)やMoynihan(1998)の研究でも,社会的スティグマが男性の受診行動の障壁となり,症状が重篤化するまで受診を遅らせる傾向があることが指摘されている.本研究の結果もこれを支持しており,このような心理的バリアに対応するためには,受診に関する正確な情報を提供し,受診の必要性を啓発することが不可欠である.Smith et al.(2006)の研究では,深刻な症状があっても男性は受診を遅らせる傾向があると指摘しており,看護師による積極的な教育的介入や,医療機関でのプライバシー保護の強化が,心理的障壁を軽減する手段として有効であると考えられる.
【受診を妨げる医療体制・制度の限界】については,専門医療へのアクセスの困難さが,受診行動の阻害要因となっていることが明らかになった.「近くに男性更年期の専門医がいない」「専門外来が少ないため受診しにくい」といった意見が多く見られた.WHO(2018)の報告でも,男性の健康問題に特化した医療体制の整備がメンズヘルス推進において不可欠であるとされており,本研究の結果と整合する.また,Baker et al.(2014)は,男性の健康問題が多くの国で軽視されていることが受診行動の遅れにつながっていると指摘しており,本研究でもその必要性が改めて示された.これらの知見から,専門医療の提供体制や制度的なサポートの充実が,LOHに対する受診行動を促進するための喫緊の課題であるといえる.
本研究の結果から,以下のような実践的介入が有効であると考えられる.①職場における健康診断の活用:職場健診の場において簡易スクリーニングを実施し,LOH症候群の疑いがある者に対し適切な受診を促す仕組みを導入する.②家族への啓発と支援強化:配偶者や家族の助言が受診行動を促進することから,家庭内での健康教育プログラムを導入し,家族が適切な情報を得られるような環境を整備する.③専門外来の整備と受診の利便性向上:LOH症候群の専門医療機関が限られているため,地域ごとの医療体制の整備を進める.また,診療時間の柔軟化や,オンライン診療の活用も受診促進の手段として検討すべきである.④経済的負担の軽減策の検討:診療費が受診行動の障壁となることが示されたため,健康保険適用の拡充や,企業による健康支援制度の導入が有効と考えられる.これらの知見は,LOHに対する看護アセスメント指標の開発において,具体的かつ効果的な支援策を提案するための実践的な指針となると考えられる.
本研究では,LOHに対する受診行動に影響を与える要因を明らかにするために計量テキスト分析を行った.その結果,【受診を促進する条件と支援】,【受診を妨げる経済的・社会的な障壁】,【受診を妨げる心理的・知識的な障壁】,【受診を妨げる医療体制・制度の限界】という4つのカテゴリーが抽出された.特に,職場・家庭からの支援,経済的支援の強化,専門医療体制の整備が受診行動の促進に重要であることが示された.本研究の知見は,看護アセスメント指標の開発や,男性の受診促進のための包括的支援策の策定に貢献する可能性がある.今後は,より多様なデータ収集方法を用い,長期的な受診行動の変化を追跡する研究が求められる.
謝辞:本研究は,JSPS科研費 基盤研究C「男性更年期障害の心理社会的要因の解明に基づく看護アセスメント指標の開発と検証」(24K13853)の助成を受けて実施した.ご協力いただきました全国の男性の皆様に深く感謝いたします.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:HN,FT,MK,DNは研究の着想およびデザインへ貢献し,FT はデータ収集,HNは分析を実施した.HNが草稿を作成して著者全員が草稿に助言し,著者全員が最終原稿を読み承認した.