目的:措置入院制度において当事者が入院不要と判断された際の家族の体験を明らかにする.
方法:2005年以降に措置入院が検討され入院不要とされた家族8名に半構造化面接を行い修正版グラウンデッドセオリーアプローチで分析した.
結果:家族は自傷他害の恐れを伴う当事者と関わる中で【巻き込まれの日常化】の循環的プロセスを経験していた.これは『不安と巻き込まれの日常』から『支援要請にともなう葛藤』を経て『全関係者への対応』に進み,入院不要の判断後『怒りと絶望』を抱え,『支援の欠落への直面』に至った.その後『医療的支援確保への調整』や〈分離による環境調整〉を試みながらも『改善の実感なき日常回帰』を経て困難な日常に戻っていた.
結論:家族は入院不要の判断後も危機的状況が続き,制度的な支援不足により孤立しやすい.制度上の訪問支援,一時的な分離環境の整備など継続的な家族支援体制の構築が求められる.
Objective: This study aimed to clarify the experiences of families when an assessment is done on their family member confirming that involuntary admission under Japan’s involuntary hospitalization system is not required.
Methods: We conducted semi-structured interviews with eight family members whose cases were assessed as not requiring involuntary hospitalization after 2005. The data were analyzed using the Modified Grounded Theory Approach.
Results: The families experienced a cyclic process of daily crises, referred to as the “Normalization of Involvement.” This process began with “Anxiety and Everyday Involvement,” moved through “Conflict over Requests for Support,” and then to “Responses to All Stakeholders.” Following the decision that hospitalization was not required, the families faced “Anger and Despair” and subsequently “Confrontation with the Lack of Support.” Later, they attempted “Coordination to Secure Medical Support” and “Environmental Adjustment through Separation” but ultimately returned to a “Daily Life without a Sense of Improvement” and persistent difficulties.
Conclusions: Even after the determination of non-admission, families continued to experience crises and faced isolation due to the lack of systemic support. Ongoing support systems, including psychiatric emergency outreach and the provision of temporary separation environments, are needed to assist these families.
日本の非自発入院制度には,保護者の同意に基づく医療保護入院と,自傷他害の恐れがあると判断された場合に行政首長が責任者となる措置入院の2つの大きな枠組みが存在する.前者は家族が入院の責任を負う仕組みであり,後者についても自傷他害の被害者となることが多い家族がその影響を強く受ける(安藤ら,2014).したがって,日本においても非自発入院制度に関連する家族への支援の必要性は高い.非自発入院は,医療制度の中でも倫理的な課題を含む側面があり,その運用方法や制度設計は各国で統一されておらず,その差異による影響も明瞭ではない(Brito & Ventura, 2019;Davidson et al., 2016;Sheridan Rains et al., 2019).World Health Organizationの報告(2021)によれば,世界の入院患者の約10%が非自発入院患者であり,この制度は一定のニーズを反映していると考えられる.しかし非自発入院患者には多くの場合,家族が存在しその家族もまた当事者と同様に支援が必要な対象とされている.
非自発入院は,精神科救急システムと密接に結びついていることが多く(山本,2016),緊急時における家族の体験は否定的なものが少なくない.Gerson et al.(2009)は家族が危機的状況に直面し,さらにスティグマと闘わなければならない現状を報告している.また,Albert & Simpson(2015)は,家族が医療者や周囲の人々から十分な支援を受けられない状況を指摘している.措置入院の運営は法律やガイドラインで一定の基準が定められているものの,行政間で判断基準に差異が生じており,行政格差が指摘されている(Efkemann et al., 2022;瀬戸・吉住,2014;Weich et al., 2017).また,措置入院の要否を判断する措置診察においても,精神保健指定医による「自傷他害の恐れ」の法律の解釈に幅があり,統一した見解が得られにくいことも報告されている(Feiring & Ugstad, 2014;根本ら,2018).
2010年から2020年にかけて,措置入院が検討される申請通報数は17,033件から25,420件に増加し,措置診察数も7,873件から10,105件へ増加している.一方で,措置入院患者数は1,515人から1,443人と減少している(厚生労働省,2011, 2021).この傾向について,平田(2017)は1999年の移送制度の制定および通報基準の変化による影響を指摘している.措置入院の判断を要する事例が社会的には増加しているにも関わらず,実際に入院に至るケースは減少しているというこの状況は,既存の制度や支援では十分に対応しきれていない事例が増えている可能性が示唆される.
こうした状況から,全ての事例において医療保護入院や在宅支援が適切に提供されているとは考えにくく,何らかの理由により支援につながりにくい患者や家族が存在する可能性が示唆される.このような背景から,これまで多くの研究が入院に至った事例を中心に行われてきた一方で,入院に至らなかったケースにおける家族の体験や困難に焦点を当てた研究は極めて少ない.そのため本研究では,措置入院が検討されたケースにおいて,措置入院が不要となった経緯の中で,当事者の家族がどのような体験をし,どのように意味づけ,変化していったのかという体験のプロセスについて家族の視点から明らかにすることを目的とする.
当事者:精神保健及び精神福祉に関する法律(以下精神保健福祉法)に基づき,自傷行為,他害行為の恐れがあると警察,行政職員,精神保健指定医に一度判断をされた個人を指すこととした.
家族:当事者の血縁者であり,精神保健福祉法における保護者の役割を担っているかどうかは問わないものとした.
入院不要の判断:警察による保護解除の判断,救急車要請後の医療機関での即時的精神科医療不要の判断,行政の事前調査での診察不要の判断,措置入院診察における入院不要の判断等いずれかの判断とした.
体験:当事者が措置入院制度の対象となり,入院不要と判断されるまでの一連の出来事において,家族が認識し,意味づけた出来事,感情,思考,行動の総体とした.
体験のプロセス:通報から診察,帰宅,その後に至る一連の出来事を,家族が時間の経過に沿ってどのように受け止め,意味づけ,変容していったのかという体験の過程とした.
本研究では,当事者が措置入院制度において入院不要と判断される家族の体験のプロセスという主観的,相互作用的,過程的な側面の強い現象を明らかにするために,質的帰納的研究デザインとした.
2. 研究参加者本研究では,措置入院制度において入院不要と判断された当事者の家族を対象とした.
3. データ収集期間2023年12月~2024年8月
4. データ収集方法 1) 研究参加者の募集方法目的的に家族会,病院を選定し代表者に研究の説明およびチラシ配布の許可を求めた.作成したチラシには対象者を「2005年以降,警察,救急通報により措置入院が検討された当事者の家族で,入院が不要と判断された体験が1回以上ある」と示した.許可が得られた病院,家族会でチラシの配布と研究の説明を行った.興味関心のある人から,電話,FAX,メールなどで研究者に直接参加の意向が示された場合,電話もしくはオンライン会議システムで研究の趣旨と方法を改めて説明した.そこで同意がとられた際に調査の日程と場所を調整した.
2) 研究参加者の選定方法対象者の選定は,上記の募集方法に基づき,2005年以降に措置入院が検討され入院不要と判断された体験がある家族であることを条件とした.研究への参加希望があった場合,同意取得に先立ち,適格基準を満たしているかを確認し,基準を満たした者に対して研究の説明を行い,同意を得た上で研究参加者とした.
除外基準は研究参加への説明を理解できず,自由意思に基づく同意が得られない場合(重度の認知機能低下,急性の精神症状や強い混乱など)や,対象者が家族(親・子・配偶者等)ではない場合(近隣住民・学校関係者・医療/福祉の専門職のみは除外)とした.また未成年の対象者が家族として語り手となる場合に,本人同意と保護者同意の両方が得られない場合とした.
3) インタビュー内容データ収集は研究者が作成したインタビューガイドに基づく半構造的面接によって実施した.面接ではICレコーダーによる録音と,面接中の研究参加者のキーコメントおよび様子をメモに残した.インタビューガイドでは当事者との続柄や年齢,性別といった基本情報に加えて,通報に至った経緯や当時の心情,警察,行政とのやりとり,措置診察の過程における家族としての思い,入院が不要と判断された際の受け止め,帰宅後の対応などについて語っていただいた.また,一連の過程を通じて当事者や家族にとって必要と感じた医療的・福祉的支援についても尋ねた.
5. データ分析方法本研究は,当事者が措置入院制度において入院不要と判断される家族の体験のプロセスに着目した.そのため対人相互作用に基づいたプロセス的な性格を持つ場合に適する修正型グラウンデッドセオリーアプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下M-GTAとする)(木下,2017, 2020)を分析に用いた.M-GTAでは,データ分析の視点である分析焦点者とデータの切り口である分析テーマを設定し,データを精査,分析する.本研究では,分析焦点者を「当事者の家族」とし,分析テーマを「当事者が措置入院制度において入院不要と判断された家族の体験のプロセス」とした.
次に逐語録化したインタビューデータを読み込み,分析テーマと分析焦点者の視点に関連した箇所に注目し,概念の抽出,再考を繰り返した.概念間の論理的な関連性をたどりながらカテゴリを生成した.なおM-GTAは,他の質的研究法のように抽出した概念を網羅的に集約して上位概念化する方法とは異なり,分析テーマに照らして説明力の高い概念を中心にカテゴリを構成する概念駆動型の分析を特徴とする.そのため,複数の概念があっても一つのカテゴリにまとめず,個別に位置づける場合や,単一の概念であっても分析テーマに対して中核的な説明力を有すると判断されればカテゴリとして設定した.また構成する概念とカテゴリ相互の関連性を比較検討しながら関係図で示し,ストーリーラインを作成した.
データの除外基準は以下三点であった.一つ目は措置入院等の制度過程に入り,入院不要にて帰宅されたという経験がなく措置入院になったケースの語り.二つ目は,警察・救急・行政・医師のいずれとも接点がない純粋な外来通院エピソードのみで,措置入院制度過程の判断や,帰宅告知に触れていないケースの語り.三つめは,語りの中心が当事者本人に関する内容であり,家族の体験プロセス(巻き込まれ,ためらい,受診・入院希求,帰宅後の予期不安等)がないケースの語りとした.
データおよび分析は,研究参加者の語りをゆがめない,恣意的な解釈にならないように,精神看護を専門とし,質的研究の経験豊富な研究者2名と議論し質的研究熟知する研究者よりスーパーバイズを受けた.また研究参加者全員によるメンバーチェッキングを受け,結果の厳密性と真実性を確保するよう努めた.
6. 倫理的配慮研究参加者の募集は,対象施設を介して行ったため,同意に影響が及ばないよう,研究者が研究参加者の意思表示を直接受けた.研究概要は,研究同意説明文と口頭で十分に説明し,研究協力または撤回は本人の自由意志であること,参加しないことによる不利益は生じないことへの説明を行い,同意書に署名を得た.面接ではプライバシーへの配慮,録音することへの説明と同意を得た.オンライン会議システムを用いたインタビューでは,事前に交換した連絡先を通じて個別の参加リンクを送付し,開始前に録画の同意を口頭および画面上で確認した.さらに体験を語ることへの配慮として,参加者の身体的・精神的な疲労やインタビュー中の感情の変動を考慮し必要な際にはインタビューを中止するなどの適切な措置をとることとした.面接で得た情報は,研究参加者と無関係の番号と対応表で管理の上,研究参加者の秘密保護に十分配慮した.公表時には匿名化を徹底し,事前説明においても,協力者の不利益が生じないよう十分に配慮した.また語りの中に,心理的侵襲の影響により本人の認識と大きく乖離していると判断される表現,極端な自己非難の語り,参加者に著しい不利益が生じる恐れのある内容などについては,参加者の不利益の回避と研究結果の正確性を保つ観点から,データとしての使用可否を研究者間で検討し,必要に応じて採用しないこととした.本研究は,横浜市立大学人を対象とする生命科学・医学系研究倫理委員会の承認を得て行った(承認番号:A210100018 承認日:2021年2月2日).
研究参加者は,男性1名,女性7名,当事者との続柄は母親が6名,父親が1名,子が1名であった.当事者の入院不要の判断を受けた経験とは別に当事者が措置入院を経験した協力者が4名,また入院不要の判断を受けた後,3か月以内に当事者が入院となる経験を有した協力者が5名であった.インタビューの平均時間は67分であった.
| 対象者 | 年代 | 当事者との 関係性 |
当事者の診断の変遷 (上から下) |
当事者の措置入院経験の 有無 |
入院不要判定後3か月以内の 当事者入院の有無 |
面接時間 (分) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| A | 60歳代 | 母 | 強迫神経症 パーソナリティ障害 発達障害 |
有 | 有 | 44 |
| B | 50歳代 | 母 | 適応障害 摂食障害 |
無 | 有 | 54 |
| C | 60歳代 | 母 | うつ病 自傷症候群 パーソナリティ障害 |
有 | 無 | 72 |
| D | 60歳代 | 母 | 適応障害 摂食障害 パーソナリティ障害 難治性うつ病 |
有 | 無 | 61 |
| E | 50歳代 | 母 | 社会不安障害 うつ病 双極性障害 パーソナリティ障害 |
無 | 無 | 45 |
| F | 60歳代 | 母 | 双極性障害 | 無 | 有 | 128 |
| G | 40歳代 | 父 | 統合失調症 | 無 | 有 | 57 |
| H | 40歳代 | 長女 | 統合失調症 | 有 | 有 | 81 |
当事者の家族が,当事者が措置入院制度において入院不要と判断された家族の体験のプロセスは,24個の〈概念〉と7つの『カテゴリ』,1つ【コアカテゴリ】の循環のプロセスが構成されていた.そのうち3概念〈不安と巻き込まれの日常〉〈支援の欠落への直面〉〈状況改善の実感なき日常回帰の認識〉がカテゴリとしての説明力を有していたため,カテゴリに昇格した.以下それぞれを用いてストーリーラインを説明し,結果図を示す(図1).

当事者の家族は,自傷他害行動に直面するなかで,不安と緊張を抱えながら『不安と巻き込まれの日常』に置かれていた.そうした中で〈緊急性の高さの認識〉を得ると,警察や救急の要請を検討し,〈通報要請へのためらい〉を伴う『緊急支援要請にともなう心理的葛藤』が生じていた.やがて〈限界感による通報判断〉に至ると,警察や救急,行政,医師など多様な関係者への『全関係者への対応』が求められた.家族は〈家族による当事者情報の提供〉を繰り返しながら,〈目の前では本音が言えない状況〉に置かれながら関係者とのやりとりを重ねていた.長時間の経過のなかで当事者が落ち着き,〈鎮静過程への家族の気づき〉を得た場合には,入院不要と判断され〈帰宅指示の伝達〉を受けることもあった.
入院不要と判断された当事者の家族は〈入院不要判定への落胆〉〈制度の中での疎外感〉〈帰宅後への高まる予期不安〉が交錯し,『怒りと絶望』に至っていた.そのような中で〈支援要請に対する当事者の否定的反応〉を受けることもあり,家族は支援を求める先が不明確なまま取り残される『支援の欠落への直面』を経験していた.一方,落ち着いた様子の当事者を前に『状況改善の実感なき日常回帰の認識』を抱く家族もいた.
状況が改善しないなかで,〈医療受診への調整努力〉や〈入院支援への調整努力〉など『医療支援確保への調整的取り組み』を行う家族もいたが,たとえ入院しても〈状況改善の無い当事者の退院〉に至り,再び日常に戻ることもあった.医療的支援が得られない場合や,当事者の拒否により支援の糸口が見えないときには,〈当事者と家族の分離による環境調整〉を通じて負担軽減を図る対応もとられていた.
また,何の働きかけも行わずに受動的に日常へ戻る家族もいた.このように,支援に至らなかった後の対応にはさまざまな過程があり,家族はそれぞれ異なる在り方で対処を試みていたが,状況は改善せず,最終的には『状況改善の実感なき日常回帰の認識』に至る傾向があった.以上のプロセスは,当事者の自傷他害行動や入院判定をめぐる一連の対応を通じて,家族が不安と葛藤を抱えながら振り回されていく【巻き込まれの日常化】に至る循環のプロセスであった.
なお本研究においては,概念生成の過程で主要なカテゴリ間の関係性が一定程度明確になったものの,新たな視点を提示する可能性のある語りも一部に認められ,理論的飽和には完全には到達していないと判断した.
3. 家族の体験のプロセスを構成するカテゴリおよび概念(表2)プロセスを構成する各カテゴリについて説明する.各概念の定義と具体例は,表2に示す.
| コアカテゴリ | カテゴリ | 概念 | 定義と具体例 |
|---|---|---|---|
| 巻き込まれの日常化 | 不安と巻き込まれの日常 | 不安と巻き込まれの日常 | 当事者の自傷,他害行為への巻き込まれが日常になっていること 死にたいとか,リストカットとか,…私の携帯にも何度も連絡が来て,いつ帰ってくんのとか…なんとかしてとか,殺してとか,いろんなことがくるようになって(C氏) |
| 当事者への緊張的対応 | 当事者の自傷他害へ不安に耐えながら対応すること 感情が爆発するように,私に向かって攻撃するようになってからはほんとにつらくて,父親はいない,違う所にいて,ほとんど助けてくれない状況だったんで,私一人で全部受け止めてたんですよね.(E氏) |
||
| 緊急性の高さの認識 | 当事者の自傷他害が普段に比べて激しい状況であると認識すること 病院に行った時っていうのは大体そう.その前がずっとそういう感じが続いてるから,ちょっとひどいことあって行くわけだけれども(D氏) |
||
| 緊急支援要請にともなう心理的葛藤 | 入院治療への切望 | 当事者の自傷他害の状況に対して入院治療を希望する思い 私たちもとにかく入院をさせてほしい,強制入院をさせてほしいって思いがあった(B氏) |
|
| 緊急コールへの情報提供 | 当事者の自傷他害で困った時にアクセスする場所の情報提供を受けること 今だったら,包丁振り回したら警察っていうのは聞いてはいるんで,警察に最終的にはなるんですけど(F氏) |
||
| 通報要請へのためらい | 世間体などを気にして警察や救急車へ助けを求めることが出来ないこと その時はもう警察を呼ぶのも恥ずかしい的な,やっぱり近所の目もあるっていうのもあったり…やっぱりちょっとそこは(F氏) |
||
| 限界感による通報判断 | 当事者の自傷他害行為が家族だけではどうにできず警察,救急に電話をかけること ほんとにもうどうしようもなくて,家とか私たちが抑えるレベルじゃないところまで行っちゃってて,確か病院のほうでも見てくれない…もう仕方なく警察にっていうこともありました.(A氏) |
||
| 当事者による緊急支援要請 | 当事者自らが警察や,救急車を要請すること 私は連れていけないっていうのをやりとりをしてたら…親に包丁を向けて…私は罰を受けなきゃいけないって言いだして,自分で警察,電話したんですよね.(E氏) |
||
| 第三者による緊急支援要請 | 近所の第3者が警察や救急車を要請すること 母は町営住宅のベランダでイライラしたらゴミ袋の中に使わなくなった食器を入れて,ばんばんって壊すんですね.…近隣の人が心配して通報するんです.(H氏) |
||
| 全関係者への対応 | 目の前では本音が言えない状況 | 当事者からの反応を予想して本音を言えない状況 言えるわけないじゃないですか,娘の前で,やっぱり入院してよなんて.後が怖いです(A氏) |
|
| 家族による当事者情報の提供 | 警察や救急隊員,行政職員,医師の求めに応じて当事者のことについて説明すること その時もやっぱりいろいろ説明をしても,まず警察で説明しても…23条やっても,まず県に問い合わせする…県のほうからも電話来て,説明をする.(A氏) |
||
| 鎮静過程への家族の気づき | 警察や救急に当事者をつなぎ措置入院制度の過程に,当事者の当初の興奮が収まっていく様子を家族として認識すること それでわーってなって,でも,しばらくしたら落ち着いたんですよね.落ち着いた頃に来まして,警察が(E氏) |
||
| 帰宅指示の伝達 | 措置入院制度の中でその時点で緊急に必要な医療が無いと,警察,行政,医師に告知の言葉を家族として受け止めること 大丈夫です反省してますからお帰りくださいって言われて,はいっていって,車乗せて連れて帰りましたけど.(B氏) |
||
| 怒りと絶望 | 入院不要判定への落胆 | 警察,行政,医師から入院が不要であることを伝えられた時の落胆 不要となってって,ほんとにがっかりです.がっかり.(A氏) |
|
| 制度の中での疎外感 | 措置入院制度の中で当事者が優先され家族としての思いがおざなりにされている感覚 なんでそうなっちゃったのかな,親の思いはどこに行ったんだろうとか.(B氏) |
||
| 帰宅後への高まる予期不安 | 警察,行政,医師から入院が不要であることを伝えらえた時に生じる帰宅後への不安 この状態で娘を家に連れて帰るのは,もうとても怖くてしょうがない.私たちが何かされるのもあるけれど,本人がもう薬が,また飲んじゃうと,どうなるか分からないっていうのもあって(F氏) |
||
| 支援要請に対する当事者の否定的反応 | 警察や救急車への要請をとった一連の流れについて当事者に非難されること 帰られた時に,なんで電話すんだよみたいなところがあってて,私たちも居ても立っても,怖いなとか.(B氏) |
||
| 支援の欠落への直面 | 支援の欠落への直面 | 措置入院が不要と判定された後,どこに頼ればいいのかがわからなくなること 措置にならなかった場合は,じゃあ,どうしたらいいのって.またおんなじこと繰り返すだけで,じゃあ,私に何ができる,私はどうしたらいいんですかっていうことを,ほんとに誰かに教えてほしかったけど,それの答えを持ってる人はその時は誰もいなかった.(C氏) |
|
| 当事者と家族の分離による環境調整 | 措置入院不要判定後,家族の安全と当事者の状況改善のため,居住環境を一時的,恒久的に分離する対処行動 母が私のこと敵意もってるみたいな感じだったから,私がいなければお母さんが安定するのかもって,私はおばあちゃん家に行っちゃって.(H氏) |
||
| 医療支援確保への調整的取り組み | 医療受診への調整努力 | 措置入院が不要と判定された後で当事者を医療受診につながるように家族が奔走すること 次の日朝病院連れてくのも息子は,病気じゃないって言って,まあ病識がないのでもうすごい叫んでて…朝,父と夫にほぼ力づくで車に乗せてもらって(G氏) |
|
| 入院支援への調整努力 | 措置入院から医療保護入院切り替えではなく,帰宅後に家族が当事者を入院につなげようとすること 先生にご相談をした中で,措置入院なりませんでしたか,そっか,じゃあ,もう次は,未成年なので,17歳だったんですけど,医療保護入院を狙うしかないねって話になって.(B氏) |
||
| 不安からの一時的解放 | 入院により当事者の安全が守られたり,巻き込まれな日常が一時的になくなることへの一時的な解放感 取りあえずビクビクして夜寝なくて済むっていうか.…病院に入るっていうことは,24時間のある程度,監視下に置かれてるっていうことと,危険なものが一切周りに置かれてない(C氏) |
||
| 状況改善のない当事者の退院 | 当事者の入院が予想に反した形で終了し期待したような状況の改善にならなかったこと 入院したんですけど,あの子,脱走してきちゃったんですよ.…脱走してきちゃって,家に帰ったのが分かって,一応,強制退院,形になって(B氏) |
||
| 状況改善の実感なき日常回帰 | 状況改善の実感なき日常回帰 | 当事者に警察や救急車の対応をした後で,入院する,しないに限らず状況の明確な改善がないままに,日常に戻っていく感覚 その後は疲れて寝たような気がしますけど,だけど,また何かであると,やっぱりちょっと不安定なったりはしますので.(通報前と同じ状態に,振り出しだった感じですね.)そうです.(A氏) |
太字は具体例,( )は著者による補足
このカテゴリは日常的な当事者の自傷他害に対して,不安に耐えながらも普段の自傷他害行為と緊急的な自傷他害行為を見極め対応していく過程であり,〈当事者への緊張的対応〉〈緊急性の高さの認識〉の2概念および『不安と巻き込まれの日常』という昇格した1概念で構成されていた.
2) 『緊急支援要請にともなう心理的葛藤』このカテゴリは,当事者の自傷他害行為が生活圏で激化する中で,家族が〈限界感による通報判断〉に直面する前の,警察や救急車への通報に迷う葛藤を示していた.家族は,普段からの不安を抱えながら,〈入院治療への切望〉や〈緊急コールへの情報提供〉を受けつつ,〈通報要請へのためらい〉を乗り越える様子が確認された.さらに,こうした家族の対応と並行して,当事者自身が自ら警察などに連絡する〈当事者による緊急支援要請〉や,近隣住民など〈第三者による緊急支援要請〉も見られた.これらは直接的な構成要素ではないものの,生活圏での危機認識と支援要請の複雑さを示し,このカテゴリと密接に関連していた.
3) 『全関係者への対応』このカテゴリは,当事者,警察,行政,医療の全方位へ対応を迫られるプロセスであり,〈目の前では本音が言えない状況〉〈家族による当事者情報の提供〉〈鎮静過程への家族の気づき〉〈帰宅指示の伝達〉の4概念から構成されていた.当事者家族は,当事者への対応をしつつも駆け付けた関係職種へ,当事者へ本音が聞かれないように配慮しつつ状況を説明していた.また一連の長時間の経過で徐々に当事者が落ち着くことで入院に至らない可能性を予見し,帰宅を促される告知を受け入れていた.
4) 『怒りと絶望』このカテゴリは,当事者家族が〈帰宅指示の伝達〉後に至る心理的な過程であり,〈入院不要判定への落胆〉〈制度の中での疎外感〉〈帰宅後への高まる予期不安〉の3概念で構成されていた.これらの感情は相互に関連し,落胆をはじめ,家族に孤立感を抱かせるとともに,帰宅後の生活で再発や問題行動が生じるのではないかという予期不安を引き起こしていた.
5) 『支援の欠落への直面』このカテゴリは,〈帰宅指示の伝達〉を受け『怒りと絶望』を抱える家族が,制度的・医療的支援の手立てが見つからないまま,支援の空白に置かれていく過程であり,1概念として位置づけられていたが,複数の事例において中核的に現れたことからカテゴリに昇格した.この過程に至るまでに,〈支援要請に対する当事者の否定的反応〉を受ける家族もおり,そのような経験を経ながら,支援の依拠先を見いだせない状態に置かれていく様子が確認された.
6) 『医療的支援確保への調整的取り組み』このカテゴリは,家族が当事者の状況を改善しようと医療との再接続を図る過程であり,〈医療受診への調整努力〉〈入院支援への調整努力〉の2概念で構成されていた.家族は,措置入院が見送られたことに落胆しながらも,医療保護入院などの選択肢を模索し,診療予約や主治医との連絡を通じて再び支援につなげようとしていた.しかし入院に至ったとしても〈状況改善の無い当事者の退院〉を経験し,望んだ安定に至らない例もみられた.
7) 『状況改善の実感なき日常回帰このカテゴリは,当事者の状況に明確な改善が見られないまま,家族が再び日常生活へと戻っていく過程であり,1概念として位置づけられていたが,カテゴリの説明力を有していたため昇格した.この過程は〈当事者と家族の分離による環境調整〉,『医療支援確保への調整的取り組み』,〈状況改善の無い当事者の退院〉を経験したそれぞれの家族が試行錯誤の末に,望んだ支援や変化が得られないまま,結果として日常に戻っていく過程であった.
今回の研究では,当事者の疾患として統合失調症は2名のみであった.一方で,瀬戸ら(2018)は,日本における措置入院患者の疾患に関する調査において,統合失調症圏の割合が多いことを報告している.また,制度的には日本の措置入院と異なり異質性も高いが,メタアナリシスにおいても統合失調症の診断は非自発入院になりやすいことが報告されており(Walker et al., 2019)国単位の調査でも同様の報告が多い(Bhalla et al., 2022;Maina et al., 2021).今回の研究は数量的な研究デザインではないものの,入院に至る患者群と入院に至らない患者群の間には属性上の違いがある可能性が示唆されている.小池ら(2021)も,精神保健福祉法第23条通報において複数回の通報を経て入院する患者群と1回の通報で入院する患者群を比較した調査を行っている.その結果,複数回通報の対象者ではパーソナリティ障害,知的障害の割合が高いことを報告しており,本研究の結果とも一致する傾向が見られる.
本研究では,家族が〈鎮静過程への家族の気づき〉が行われる状況も示された.瀬戸ら(2000)は警察が精神症状を疑い対応するケースの平均対応時間を5時間37分と報告している.またニュージーランドの精神科救急制度においても,現場への到着時間,対応時間,救急外来での待機時間など合計約5時間かかることが報告されている(Every-Palmer et al., 2023).人格障害や知的障害の一部では,感情調整の脆弱性に起因して,突発的かつ一過性の爆発的な行動がみられることがある(Shaffer et al., 2023;Wojciechowski, 2021).一方,統合失調症などの精神病性疾患では,妄想や幻覚に基づく不穏状態が,比較的長期間持続する傾向が知られている.診断基準においても,統合失調症の診断には1か月以上持続する精神病性症状が必要とされている(American Psychiatric Association, 2014).すなわち,瞬間的な衝動爆発と,持続的な興奮・混乱を比較し,入院に至るまでに要する時間を考慮した場合,両者の対応には質的な違いが生じると考えられる.本研究における家族の語りからも,当事者が突発的に激昂したものの,時間の経過とともに自然に鎮静化する様子が観察されており,持続的な精神病症状に伴う不穏とは異なる様相がうかがえた.このような特性から,当事者は結果的に入院には至らず,支援の在り方も異なる可能性が示唆される.
さらに家族は通報後に〈支援要請に対する当事者の否定的反応〉として,言語的・身体的な暴力を伴う非難を受けていた.このように,支援を求めたこと自体が,当事者との関係性の悪化につながるという経験をしていた.こうした状況下では,当事者の感情が鎮静化するまでの短時間において,家族が心理的・物理的に距離をとれるような一時的な避難支援や分離環境の確保が重要であり,これは,家族の安全確保にとどまらず,その後の支援関係や家族関係を維持するための重要な介入の一つと考えられる.現状においてもレスパイトの一時的な入院などが各所で見受けられるが,過度な医療化を避けながらも,急性期における家庭内の緊張を一時的に緩和するための支援体制の整備が,地域精神保健の視点からも求められると考えられる.
2. 支援の切れ目を防ぐ体制整備に向けて本研究では,措置診察の結果,入院が不要と判断された当事者および家族が,支援の空白状態に直面し,精神的・社会的に孤立するリスクを抱えていることが示された.特に,〈帰宅指示の伝達〉を受けた家族は,その後の支援の見通しが立たない中で,当事者の症状に関する不安や,再発,再燃への恐れ,今後の生活への懸念を強く感じていた.このような状況における家族の孤立感や心理的負担については,先行研究でも繰り返し報告されている(Muhlbauer, 2002;田中,2012;Tranvåg & Kristoffersen, 2008).また,Levine & Ligenza(2002)は,精神科救急の支援体制において,家族が必要とする支援が十分に提供されていないことを明らかにしており,本研究の結果とも一致している.
今回の事例では,医療的な入院適応に至らなかったものの,突発的な暴力,暴言,一時的な錯乱状態など,生活上の危機や周囲への影響が大きい,いわゆる事例性の高い行動が見られた.当事者は激昂した後に自然に鎮静化する様子が家族の語りから確認され,精神病性症状による持続的不穏とは異なる状況であった.こうした明確な疾病性が見られない一方で,事例性の高いケースにおいては,本人が医療を拒否する場合や,通院義務も課されない中で,医療的な支援へとつながることは難しい.加えて,福祉的な支援の利用も制約を受けやすく,結果として入院をはじめとする支援が得られず,当事者や家族が孤立する危険性が高まる状況が推察される.
このような支援の空白に対し,制度的な対応が求められる.精神保健福祉法第47条に基づく相談業務の拡充は,当事者および家族を支援の枠組みにつなぎとめる有効な手段と考えられる.第47条は,「精神障害者に関し,必要な相談に応じ,助言その他の援助を行うこと」と規定しているが,現行の運用は,訪問支援の明確な位置づけや基準の不在により,担当保健師の裁量に委ねられているのが実情である.本研究の家族の語りからは,支援の必要性を自覚しながらも,適切な窓口にたどり着けず,自ら支援を探し求める状況が示されていた.全国精神保健福祉連合会(2010)の調査においても,精神的危機状態にある当事者への訪問支援を希望する家族は過半数にのぼり,現場でも支援へのアクセス困難が構造的な課題となっていることが確認されている.したがって,第47条の相談業務に「訪問相談」や「急性期対応」等の機能を明記し,精神科救急制度と連携可能な形で制度化することが必要と考える.これにより,疾病性が低くても事例性が高い当事者と家族に対し,退院後や診察後に生じる支援の切れ目を防ぐことが可能となる.訪問相談の制度的明文化に加え,実施主体,支援内容,連携機関との協働体制についても明確にすることで,地域における包括的支援体制の基盤を整備できると考えられる.
医療機関においても,診察段階での不安の軽減と支援体制への接続を意識した対応が求められる.たとえば,診察時に当事者および家族に対して生活上のリスクや今後の支援方針を説明し,地域の支援機関と連携した対応を計画することで,支援の切れ目を防ぐことができる.精神保健福祉士等による相談支援の強化や,短期的な観察入院・一時的保護の仕組みの導入も,病院内で実施可能な対応策の一つと考えられる.また,入院に至らないケースへ,診察後のフォローアップ体制(電話支援,再診予約,地域への情報提供)を整備することで,地域支援への橋渡しとしての病院の役割を担うことが期待される.以上の考察を踏まえ,本研究の成果は効果的な家族支援の要因を明らかにする基礎資料を提供するものと考えられる.これにより,家族の健康の保持増進や被害の重症化の予防に寄与するだけでなく,当事者本人と医療とのつながりを円滑にする支援体制の構築に貢献することが期待される.
3. 本研究の限界今回研究参加者が特定の家族会や病院を通じて募集されたため,調査対象者が特定の地域やネットワークに偏りを持つ可能性が否定できず,結果として家族の経験を一般化するには限界がある.また本研究では,家族の続柄を特定せずに対象者として設定した.その結果,母親が多くを占める構成となり,家族の多様な視点が十分に反映されていない可能性がある.またM-GTAの方法論上では,結果の解釈が研究者の能力に影響を受けるという限界により,本プロセスの詳細については検討の余地が残されており,より洗練させていく努力が必要である.さらに本研究では当事者本人の語りを収集しておらず,社会的に弱い立場に置かれやすい当事者の視点が含まれていない点も,研究上の限界である.
本研究は,措置入院制度において当事者が入院不要と判断された際に家族が経験するプロセスを明らかにすることを目的とした.家族は当事者の自傷他害行動に直面し,『不安と巻き込まれの日常』を過ごす中で,〈緊急性の高さの認識〉を得た際に警察や救急車を要請するも,『緊急支援要請にともなう心理的葛藤』を抱えていた.〈限界感による通報判断〉の後,警察や医療関係者に〈家族による当事者情報の提供〉を繰り返すが,〈目の前では本音が言えない状況〉に置かれていた.長時間の対応の末,入院不要と判断され〈帰宅指示の伝達〉を受け,〈入院不要判定への落胆〉や〈制度の中での疎外感〉を経験し,〈帰宅後への高まる予期不安〉に苛まれていた.
入院不要とされた後には支援の方向性が見いだせないまま,制度的,医療的な支援の空白に置かれる『支援の欠落への直面』を経験していた.状況の改善を願い『医療支援確保への調整的取り組み』を続け,入院に至るも〈状況改善の無い当事者の退院〉を経験する家族もいた.また当事者との関係性や生活の安全を保つために,〈当事者と家族の分離による環境調整〉を行う家族も見られた.
こうした多様な対応を経ても,最終的には多くの家族が『状況改善の実感なき日常回帰の認識』に至っていた.これら一連のプロセスの中核には,制度や支援の限界の中で家族が振り回され続ける【巻き込まれの日常化】が位置づけられていた.これらの結果は,精神科救急における家族支援の強化の必要性を示しており,短時間で鎮静化する事例性の高いケースや,明確な入院適応とならなかった事例においても,支援の継続性を確保する仕組み,具体的には訪問支援や一時的分離を可能とする環境整備の重要性が示唆された.
付記:本研究の内容の一部を,第33回日本精神科救急学会学術集会にて発表した.
謝辞:本研究に協力してくださった皆様にこころより感謝いたします.本研究は,JPJS科研費(課題番号22K21120)を受けて実施した.
利益相反:本研究おける利益相反は存在しない.
著者資格:TKは研究のすべての過程に貢献した.YTは研究参加者のリクルート,データの分析過程に貢献をし,NFはデータの分析過程に貢献し,NYはデータの分析過程,研究環境の維持に貢献した.全ての著者が最終原稿を読み,承認した.