日本精神保健看護学会誌
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統合失調症を持つ人の家族の体験の様相
木村 由美天賀谷 隆
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2020 年 29 巻 1 号 p. 88-96

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Ⅰ  研究の背景

現在,統合失調症は決して珍しくない慢性疾患であるが,発症の多くが思春期から青年期であり,幻覚・妄想を中心とした陽性症状や思考・感情障害といった症状の特徴から,親を含めた他の家族成員に直接的な影響を及ぼすことが推察される.地域移行が促進される中,統合失調症を抱える人の家族(以下,当事者の家族)は,社会復帰後の支援者として欠かせない存在になっている.これまでの当事者の家族に関する調査は,家族が抱える介護経験に伴う苦悩に関する調査(藤野・山口・岡村,2009)や,家族の外傷後ストレス障害に着目した調査(宮城・豊里・興古田,2013)など,家族のこころの問題に着目した研究が報告されており,統合失調症の発症は,家族の生活にまで影響を及ぼす出来事であることがうかがえた.当事者の家族の7割が本人の問題行動への恐怖心を抱え,3割の家族が身の危険を感じているとしており(全国精神保健福祉会連合会,2010),中坪による家族の心理的プロセスに着目した調査(中坪,2010)や,家族のケア役割の受容に関する研究(菊池・岡本,2009蔭山,2012)では,家族のストーリーを丁寧に紐解いていく必要性を示唆していた.統合失調症患者の家族を理解する方法について,「生きられた体験」の解釈を深めていく(田野中,2011)ことや,ナラティブ分析によって日常の経験を理解する(Bruner, 2007)など,インタビューや手記などのナラティブから家族を理解する方法が提案されている.手記を分析した研究では,病気を抱えた当事者の理解を目的とした闘病記の分析(長瀬,2014仲田ら,2016),当事者だけでなく統合失調症のきょうだいの思いの変化を手記から明らかにした調査(石田,2012),障害児の母親が経験する社会を母親の手記から明らかにした調査(西方・小田原,2012)などがある.これらの研究では,当事者の家族が,テーマとなる出来事からどのような影響を受けていたのか,発症から現在に至るまでのプロセスや思いの質的変化を理解しようとする試みがなされていた.

今回分析の対象とする当事者の家族が記した手記は,当事者の家族が,発症当時から手記記載時点までの時間的経過を伴った体験である.手記の中では,書き手が自身の体験を回想し体験を意味づけ再構成しながら筆をすすめており,自身の体験を語るに外せないエッセンスが語られていた.本研究では,当事者の家族の体験のエッセンスを抽出し,統合失調症を発症した家族の体験の様相を明らかにする.

Ⅱ  研究目的

当事者の家族が,発症から手記を記載した時までの期間,何をどのように感じ,考え,行動してきたのかなど,体験の様相を明らかにする.それらを明らかにすることで,家族の体験の特徴とそれに応じた支援の在り方に示唆を得る一資料とする.

Ⅲ  研究方法

1. データの収集

分析対象は,NPO法人地域精神保健福祉機構コンボが出版しているメンタルヘルスマガジン『こころの元気+』に「家族のストーリー」として投稿されている家族の手記である.統合失調症を発症した当事者の家族の手記に限定し抽出するため,当事者の疾患が統合失調症であると明確にわかる「家族のストーリー」4回目の2014年6月発刊VOL 8, NO 6(通巻第88号)から2018年7月発刊VOL 12, No 7(通巻第137号)までの中から,34家族の手記を研究対象とする.

2. 分析方法

1)34家族の手記の全文を電子テキスト化した.電子テキスト化した手記を熟読し,意味内容の繋がりを壊さないよう注意し1文脈ごとに区切りコーディングし‍た.

2)次に,電子テキストはテキストマイニングにより,手記全体の内容の把握と家族の体験の様相を明らかにする本稿の目的に沿って分析を行った.テキストマイニングはKHcoder(Version3)を用いた.KHcoderはテキスト型データを整理・分析し内容分析することができる.大量なテキストデータを量的に分析し,図や表で語りの構造を可視化する点において,本研究の目的を明らかにすることができる妥当な手法である.分析は,次の手順で行った(樋口,2014).(1)頻出150語を抽出した.(2)全体の共起ネットワーク(サブグラフ検出:最小出現数10,描画する共起関係上位60)を作成した後,頻出150語と共起ネットワーク図をもとに家族の体験のテーマを生成する.この過程では,共起ネットワークで示された語のKWICコンコーダンスを使用する.コンコーダンスは,分析対象ファイル内で抽出語がどのように使用されているのかの文脈を探ることができる検索機能・検索結果である.コンコーダンスで示された文脈を確認し意味内容の類似性に従い2名の研究者で比較・統合しテーマを生成した.

3. 倫理的配慮

本研究は,すでに出版されている書籍を分析対象としている.著者の言葉など改変せず明記するなど著作権に配慮する.本研究は,出版元であるNPO法人地域精神保健福祉機構コンボ編集部責任者への計画書の提出と口頭での説明をもって承諾を得ている.

Ⅳ  研究結果

34手記のうち語り部である当事者の家族の続柄は,親が25件,きょうだい,および配偶者がそれぞれ4件,子どもが1件であった.当事者の内訳は,娘15件,息子9件,弟3件,妻2件,夫2件,子(性別不明)1件,兄1件,母親1件であった.

1. 頻出語の抽出

34家族の語りの内容を全体的に把握するために,34家族の手記を統合しKHcoderで形態素解析したところ,総抽出語数16,200語,687文が抽出されたうち,頻出150語を示す(表1).家族の語りの中で,「娘」や「息子」といった語が上位に位置していた.本調査の当事者の家族の続柄の7割以上が親であることから,当事者を示す「娘」「息子」という語が多く抽出されており,娘や息子に関連する語りが手記の主な内容であった.また「家族」「自分」「思い」「病気」「統合失調症」という語も上位にあり,統合失調症に対する思いが多かった.その他「仕事」,「入院」,「辛い」,「生活」,「家族会」,「理解」,「学ぶ」という語が上位であり,生活の変化や辛い状況に関する内容,そして家族会の参加と疾患や対応の理解に関する内容が多かった.

表1 頻出上位150語
抽出語 出現回数 抽出語 出現回数 抽出語 出現回数
118 診断 13 仕方 8
家族 64 聞く 13 私たち 8
自分 59 変わる 13 辞める 8
病気 55 家族学習会 12 主治医 8
思う 50 強い 12 趣味 8
息子 50 主人 12 信じる 8
言う 37 受け入れる 12 8
36 笑顔 12 8
家族会 33 精神科 12 突然 8
統合失調症 30 相談 12 病名 8
病院 30 12 部屋 8
仕事 29 良い 12 毎日 8
28 一人 11 8
元気 25 帰る 11 8
行く 24 出る 11 WRAP 7
24 出会う 11 一番 7
23 生きる 11 何度 7
入院 22 対応 11 苦しい 7
21 仲間 11 繋がる 7
悪い 20 電話 11 見える 7
20 当時 11 現在 7
見る 19 不安 11 7
持つ 19 11 私自身 7
理解 19 連れる 11 状況 7
18 頑張る 10 心配 7
感じる 18 幻聴 10 多く 7
学ぶ 17 自責 10 退院 7
辛い 17 受ける 10 知識 7
生活 17 職場 10 地域 7
知る 17 長女 10 7
一緒 16 通う 10 変化 7
気持ち 16 入る 10 本当に 7
16 年前 10 友人 7
16 10 来る 7
参加 15 泣く 9 落ち着く 7
思い 15 苦労 9 の問題 6
少し 15 子ども 9 ストレス 6
状態 15 支える 9 違う 6
本人 15 人生 9 育てる 6
時間 14 9 飲む 6
続く 14 偏見 9 6
日々 14 様子 9 楽しい 6
14 連絡 9 感情 6
発症 14 話す 9 苦しむ 6
デイケア 13 8 結婚 6
過ごす 13 気づく 8 好き 6
楽しむ 13 8 始める 6
考える 13 言葉 8 姿 6
13 行動 8 子供 6
症状 13 作業所 8 思える 6

2. 統合失調症を発症した当事者の家族の体験

頻出150語と共起ネットワーク図(図1)を,KWICコンコーダンスで示された文脈を参考に比較・統合し10のテーマが生成された.共起ネットワーク図の01のグループは,「今」「本人」「過ごす」等からなる【現在の当事者の家族と当事者の落ち着いた生活】と,「状態」「病院」「入院」「薬」「連れる」からなる【壮絶な状況を経て医療に繋がる】の様相が違う2つのテーマが生成された.02のグループは【統合失調症を学び自分を取り戻す】,03のグループは【統合失調症の発症により激変した生活】,04のグループは【助けを求め彷徨い相談の場を獲得する】,05のグループは【辛く苦しい状況】,06のグループは【当事者家族としての経験の内省】,07のグループは【当事者と共に回復していく】,08のグループは,語りの内容が【統合失調症の発症により激変した生活】【壮絶な状況を経て医療に繋がる】【当事者の家族としての経験の内省】など他のグループと重複している為,他のテーマに集約した.09のグループは【症状に振り回される日々】,10のグループは【自責の念を抱く】といった,統合失調症を発症した当事者の家族の体験の主要なテーマが生成された.以下,10のテーマの語りの内容について,発症から手記を書いた時期に至るまでの時間軸に沿い具体的に説明する.なお,『』は,テーマを表す代表的な手記の内容であり,『』内の()は,コード番号である.コード番号はFの後の数字2桁が手記の番号を示している.本文中は統合失調症を発症した人を当事者とす‍る.

図1

共起ネットワーク図

1) 統合失調症の発症により激変した生活

当事者の家族は,『中学3年生の息子が「頭の中に何か入ってきた!精神科病院に連れて行ってくれ」と叫んだ日から病気との闘いが始まりました(F07001)』など,突然の告白により事態を把握したときから闘いが始まったと認識していた.発症後,『被害妄想と幻聴から,かなり不穏な状態に陥いり,独語を頻繁に発したり,夜も眠らずに興奮状態で騒々しくしていたりと言う状態が続きました(F23001)』と,家庭生活が脅かされる体験,そして『娘には部屋の周囲から「うるさい」「死ね」と幻聴が聞こえたり,パニック症状がでるようになりました.私は娘の為に職場に転勤願いをだし,娘の傍で暮らすと決意しました(F30004)』など,家庭生活だけでなく仕事までも変更を余儀なくされた体験をしていた.

2) 症状に振り回される日々

当事者の発症によって,『毎日悩み,眠れない日々が続き,友人の電話やメールにも出られず,ついには仕事も辞め,孤立していきました(F28009)』など,日々の苦悩と周囲からの孤立に陥っていった経験や,日々続く当事者の症状にまつわる状況について,『わが家が壊されていく感じでした.仕事中でも家の事が心配な日々が続きました(F07006)』と語っており,それは家族が壊れていくような体験であった.

3) 辛く苦しい状況

当事者の発症によって『行動に私も巻き込まれ,辛く苦しい日が続いた(F01006)』『娘は人生に疲れ果て自死意識が強かったため目が離せず,家内と二人でヘトヘトになりながら監視するという辛い状況でした(F08003)』『私は娘を自動車に乗せたまま川へ飛び込もうと何度思ったかわかりません(F19010)』など,疲れ果て死を覚悟した体験をしていた.また家族自身の辛さの体験だけでなく,『両親や私も辛いかもしれませんが,当事者の本人が一番苦しんでいると思います.本人は自分がなりたくてなっているわけではないと思う.本当は健常者のように働くことができたり,家庭を持ったりしたかったかもしれない(F20008)』など,当事者の苦悩に心を痛めていた.

4) 助けを求め彷徨い相談の場を獲得する

当事者の家族は,発症当初から『不安と苦しみの中で「誰か助けて!」「どうしてなの?」と自分の人生を恨む気持ちでした(F33017)』と,苦悩しながら『突然,穴底に落ちたような日々.精神科,保健所と,ワラをもすがる思いで相談に行った(F32003)』『通院(すぐ転院して5か所),カウンセリング,先祖の供養などをおこないました(F05003)』と,あらゆる場に助けを求め奔走していた.その結果『保健所の職員は,直ちに動いてくれ,精神科病院の院長との相談の場を設定してくれた(F32004)』と,相談できる場の獲得につながっていた.

5) 壮絶な状況を経て医療に繋がる

家庭生活において『息子の暴力はますますエスカレートしていき,「このままでは殺されてしまう」と感じて入院を申し入れることにしました(F27003)』と,当事者の家族自身が命の危機を感じるようになり入院を決めた経験や,『一番のターゲットは私でした.本当に操り人形のように振り回され,家庭崩壊するほどの暴力に変わり,家族では病院に繋ぐ事もできず,後に警察沙汰になり強制入院することができました(F18007)』と,激しい暴力など,当事者の家族は医療に繋がるまでに壮絶な体験をしていた.

6) 自責の念を抱く

統合失調症の発症について『私は胎教か育て方が悪かったのかと自責の念を持ち続け…(F19004)』たり,『なんで早く病気に気づかなかったのか,子どもが辛い思いをしているときに支えてあげられなかったのかと,自責の念を持たずにいられぬ日々でした(F06005)』など,統合失調症の発症の原因を自身に帰属させ自責の念を抱いていた.

7) 当事者と共に回復していく

当事者の家族は当事者の『少しずつですが,娘の病気を受け入れられるようになりました.私が娘に穏やかに接するにつれ,娘の病状も少しずつ改善し,外出できるようになっていきました.調子の良い時は,絵を描いたり,夕飯を作ってくれたりした.私は感激して飛び上がって喜びました(F30013)』や『あれほど凶暴性な不安の状態から,穏やかになり…あまりにも不思議で信じ難く奇跡が起きたような思いです(F18008)』と病状の回復に喜び安堵したり,『3回目の入院を繰り返し,ハイになったり,妄想したり,幻聴が聞こえたりと,さまざまな症状があり…(F17009)』など,再燃を繰り返す中で一喜一憂しながら,『家族会に出会い,私が元気になりました.その頃から少しずつ娘も落ち着き始めました(F22011)』など,当事者の家族自身も家族会など新たな出会いを獲得し徐々に回復していることを認識していた.

8) 統合失調症を学び自分を取り戻す

当事者の家族は,『私は病気のことを調べまくりました.当時はネット環境が十分ではなく,勉強は本で行ないました(F21007)』『家族学習会で素直な気持ちをさらけ出すことができ,家族の対応の仕方や元気になるための工夫をたくさん学んでいくうち少しづつ元気になる自分が感じられました(F10009)』など,家族自身が疾患を学び元気になっていく体験をしていた.また,『退院して1年以上立った今でも,波があり暴言を吐いたりすることがありますが,対処法を学び,彼のしんどさを理解しようとしている私にとっては,何も知らなかった頃とは違いストレスをあまり感じずにいられます(F27009)』など,当事者への対応や家族自身のストレス対処法を学習していた.当事者の家族は,『病気の正しい知識と対応の仕方を家族一緒に学び,ともに楽しむ時間をつくる中で少しずつ,少しずつ,穏やかで元気な家族の形を取り戻していきました(F06009)』と,疾患の理解,当事者への対応を学習しながら,家族のカタチを取り戻していることを実感していた.

9) 現在の当事者の家族と当事者の落ち着いた生活

当事者の家族は『私も地域活動センターのスタッフとして働くようになりました.今では,この病気によって出会った仲間や仕事に支えられ,おかげさまで落ち着いて生活することができています(F10012)』と,現在の生活を語っていた.また『妻は今でも幻聴と体感幻覚という症状を訴えるが,自分を客観視出来る状態にあり,落ち着きを取り戻しています.以前はケンカもよくしたが,現在は穏やかな雰囲気の家庭です(F23007)』と,症状に対処しながらも安定した生活であることを語っていた.

10) 当事者の家族としての経験の内省

【当事者の家族としての経験の内省】は,当事者の家族が,発症から現在に至るまでの体験を振り返り意味づけした語りである.当事者の家族は『長女が混乱状態になっても,統合失調症と言う病気が我が家に発症するなど思いもよらず,別の病気に違いない,少し休めば治るのでは・・と,なかなか現実を受け入れることができませんでした(F14002)』と,当事者の変調を目の当たりにしながらも受け入れることができなかった体験を語っていた.そして『統合失調症ではないかと思うようになってからは,母の発するおかしなことは全て否定してきた.否定しないと私の心が耐えられなかったからです(F28005)』と自らの心のバランスを保つ術を振り返っていた.そして,統合失調症の診断によって『子どもが病気とわかり,それらの行動が「症状」であり人格ではないとわかった時,「統合失調症」という病名に衝撃を受けながらも,ちょっとホッとしたのを覚えています(F06003)』としていた.また経験を重ねる中で『世間がどう思おうと,まず私自身から「自分が持つ偏見」を乗り越えるのが大事と思えた.それが,心に力を取り戻す契機となりました(F14011)』と偏見に気づき向き合うことの大切さや,『私も好きな仕事を続けることで過保護にならず,一定の距離が持てたことはよかったと思っています(F31011)』と当事者とのかかわり方を客観的捉えて適度な距離感を見出していた.そして『退院も間近かと思います.喜ぶことなのに,退院に対しては「本当にだいじょうぶかな」とトラウマになっている自分に,もどかしさを受け入れに半信半疑で悩まされています(F18010)』と,抱えるトラウマと『統合失調症という病気は,何年たってもこれで安心といえない苦労の多い病気ではあるが,統合失調症は,家族の人生をもある意味大きく変える「苦労」ゆえの試練がはぐくむ豊かさと,生き直しをもたらす病気なのかもしれない(F13013)』と,家族の苦悩や不安を吐露しながらも,それを乗り越えようとする家族の変化や成長を実感していた.

Ⅴ  考察

1. 統合失調症当事者の家族の体験

統合失調症当事者の家族の体験は,医療につながるまでの時期,入院から社会復帰までの時期,社会復帰から現在と,大きく3つの時期の体験が語られていた.家族の体験の特徴として,この様相が違う3つの時期に起こる事象には家族にとって語るに外せない体験のエッセンスが存在し,それらは家族に大きな影響を及ぼしていた.

まず,医療につながるまでの時期の体験は,【統合失調症の発症により激変した生活】【症状に振り回される日々】【辛く苦しい状況】【助けを求め彷徨い相談の場を獲得する】【壮絶な状況を経て医療に繋がる】がそれにあたり,この時期の体験について,中坪(2010)が生成した家族の心理的プロセスの中でも医療につながるまでには,変調の訴えを統合失調症患者の家族のライフストーリーの始まりとしており,医療につながるまでの困難が見いだされていた.また蔭山(2012)は,医療につながるまでには,「効果的に対処できず憔悴」や「危機の訪れ」など家族なりに何とかしようと行動を起こしていることから,診断前の「問題への気づき」の段階からケアする経験のプロセスが始まっていると結論づけている.本研究では,『中学3年生の息子が「頭の中に何か入ってきた!精神科病院に連れて行ってくれ」と叫んだ日から病気との闘いが始まりました.』と,当事者の変調を機に家族のストーリーが始まっている.家族は助けを求め奔走し相談の場を探しながら『このままでは殺されてしまう』と命の危機や,『家庭崩壊』の危機を体験し,ようやく医療につないでいた.家族は不安定な家庭生活の中で,事態が好転するよう懸命に行動を起こすが,後の【当事者の家族としての経験の内省】で示されるように,この時期に抱いたトラウマが,当事者との生活の中で期待と不安の間で絶えず揺らぎ続けるなどの影響をもたらしていた.

次に,当事者の入院から社会復帰までの家族の体験では,【自責の念を抱く】【当事者と共に回復していく】【統合失調症を学び自分を取り戻す】がそれにあたる.この時期,当事者の入院と診断によって,家族は当事者の言動に振り回され危機的な生活から解放された安堵感と同時に,『私は胎教か育て方が悪かったのかと自責の念を持ち続け…』など,発症の原因を自身の当事者に対して行ってきた言動に結び付け罪悪感に苛まれながら,治療過程の当事者の姿に一喜一憂していた.当事者の変調以降,渦中にある当事者と家族は渾然一体となって,当事者の変調や回復に家族も揺らぎ,運命共同体として共に回復していく過程を歩んでいく.この時期の入院という物理的な距離が,当事者との関係性や精神的な距離感を家族が客観的に捉える機会となり,家族としての自分の在り方に深く内省する機会になることが推察される.さらにこの時期,診断名に驚きながらも当事者の変調からの言動の説明付けができたことに安堵する様子も語られていた.診断を受け,『私は病気のことを調べまくりました.当時はネット環境が十分ではなく,勉強は本で行ないました.』といったように,発症時に助けを求め彷徨っていた家族の様相が変化し的確で必要な資源を獲得する方向へ行動変容している.これは診断を受けた事によって家族は何をどのように情報収集し行動を起こしていくのかといった方向性が定まることを意味し,『家族学習会で素直な気持ちをさらけ出すことができ,家族の対応の仕方や元気になるための工夫をたくさん学んでいくうち少しずつ元気になる自分が感じられました.』といったように,新しい出会いと当事者との向き合い方を学ぶ機会を得て家族自身が元気を取り戻していた.入院や診断は家族が次のステップに向かうために必要な要素のひとつであることを示してい‍た.

そして,社会復帰や現在の時期の体験は【現在の当事者の家族と当事者の落ち着いた生活】【当事者の家族としての経験の内省】がそれにあたり,この時期,中坪(2010)は正常と異常の併存という支点を中心として家族は絶え間なく期待と不安で揺れ動いているが,その期待や不安を「リフレーミング」しているとしている.本研究においても,家族は『私も地域活動センターのスタッフとして働くようになりました.今では,この病気によって出会った仲間や仕事に支えられ,おかげさまで落ち着いて生活することができています.』と,仲間を獲得し自身の役割や仕事を見出し,発症当初は救いを求めて獲得した社会資源であったが,今では他の当事者や家族のために活動しており,自分の家族のための活動から自己実現や社会のための活動に変化していた.また家族は,『統合失調症という病気は,何年たってもこれで安心といえない苦労の多い病気ではあるが,統合失調症は,家族の人生をもある意味大きく変える「苦労」ゆえの試練がはぐくむ豊かさと,生き直しをもたらす病気なのかもしれない.』と,自分の家族が統合失調症を発症したという体験を,人生の「豊かさ」と「生きなおし」と意味づけ,発症から現在に至るまでに家族成員の障害を受容するだけでなく,終わりのない闘いと平穏を行きつ戻りつする中で,見方や発想を変えながら,これからも当事者と共に人生を豊かに生きていくことだと「自分の人生」を受け止めていることがうかがえた.したがって,闘いと平穏の間で揺れ動く当事者の家族が,自身に起こった様々な体験をリフレーミングし人生を豊かに生きていくことを支えることが大切である.

2. 当事者家族の体験を踏まえた支援の在り方

当事者の家族は発症当初,様々な困難場面に遭遇し奮闘するが,この時期の体験は後の家族の不安にもつながっている為,この時期の支援が非常に重要になっている.菊池・岡本(2009)は,統合失調症患者の親のケア役割受容の過程の中で,初期の段階には混乱と共に自閉があり,この時期,親と子の距離が近く親は情緒的に巻き込まれ子どもの状態も悪化する悪循環を指摘している.家族だけで何とかしようと抱え込む現象は,精神障害者などに対する社会の偏見やスティグマなどが背景にあると考えられる.この点,若年者からの障害者の認識に対する普及・啓発活動が十分になされていないため(厚生労働省,2010),地域教育や学校教育の中に精神疾患の啓発を積極的に取り込む等,早期発見,治療に繋がるような精神疾患の理解をはじめ当事者やその家族の体験に触れ精神疾患を身近なものとして認識する教育システムの構築が必要であると考える.

次に,入院から社会復帰までの時期については,家族は統合失調症の発症に自責の念をもつ.治療の対象は当事者であるため,どうしても当事者のケア中心となってしまい,家族は当事者の回復に欠かせない治療の協力者という立場となる.しかし,家族が医療につながるまでに体験した壮絶さや,家族が自責の念を抱える苦悩を考慮すると,家族もケアされるべき対象である.当事者の回復は家族の回復につながることから,少しの当事者の変化でも家族に伝えていく配慮が大切となる.また,運命共同体として当事者と共に回復と不安の間で揺らぐ家族の特徴を踏まえた心理社会的教育の場における情報提供が必要である.これによって家族は,疾患を理解し症状を客観的にとれることができるようになる.そして症状と自分との間で一定の距離を図ることができるように支援するだけでなく,家族がその時々の思いを吐露できる機会が必要であり,当事者の家族を支援する場つくりが重要になると考え‍る.

そして,社会復帰から現在の時期について,精神障害者と取り巻く背景や医療の現状が,当事者の発症から家族が専門家に相談できるようになるまで3年以上かかっている(厚生労働省,2010)といった背景や入院期間の短縮化が図られており,医療につながるまでの間の当事者の家族の心情を鑑みれば,当事者が社会復帰した後に受けることができる当事者や家族を含めた地域生活支援の構築が必要であり,家族会,ピアサポーター,行政を含めたあらゆる立場の人材の連携が重要になると考える.

最後に,全ての時期を通して,家族のリフレーミングを助ける関わりが重要である.西尾(2012)は,リフレームを言葉や態度の中に隠れている肯定的なパワーを引き出し,あるときには劇的な変化を生み出し,次の肯定的なステップへとつながることを可能にするスキルであるとしている.専門職者が家族はリフレームする力を持っている存在であると信じること,そして家族の言動の中にある肯定的パワーを言葉として表現し伝え続けることは,家族に体験の見方を変える余裕を持たせる.専門職者によるリフレーミングを意識したかかわりが継続されることが期待される.そして,専門職者からの支援だけでは得られない救いを与えてくれるのが,当事者家族の生の体験を知ることである.当事者の家族が手記やピアサポーターのこれまでの体験の語りに触れることで,家族成員の統合失調症の発症という体験を人生の「豊かさ」と「生きなおし」と意味づけるリフレーミングを可能にし,新たな手立てを見つけることにつながる.岩崎(1996)は,統合失調症患者のケアをする家族のコーピングについて,ケアを継続するために肯定的な側面を発見し体験の前向きな意味づけの作業を支えることが大切であるとしている.今回分析した34家族の手記に記された体験は,不安と孤独の中で彷徨う家族にとって一筋の光となり,家族が手記という形で自らの体験を語る意義は大きいと考える.

Ⅵ  結論

統合失調症当事者の家族の手記から【統合失調症の発症により激変した生活】【辛く苦しい状況】【症状に振り回される日々】【助けを求め彷徨い相談の場を獲得する】【壮絶な状況を経て医療に繋がる】【自責の念を抱く】【統合失調症を学び自分を取り戻す】【当事者と共に回復していく】【現在の当事者の家族と当事者の落ち着いた生活】【当事者の家族としての経験の内省】の10の体験のテーマが生成された.それらの体験には,医療につながるまでの時期,入院から社会復帰までの時期,社会復帰から現在,と様相が違う3つの時期の事象が語られていた.そこには家族にとって語るに外せない体験のエッセンスが存在し家族に大きな影響を及ぼしていた.家族の手記分析によって明らかになった体験から,早期発見・治療に繋がるようなシステム構築,そして家族もケアされるべき対象として捉える必要性,さらに,家族が当事者の発症から体験してきた経験を前向きに意味づけ再構成できるよう支援することが重要であることが示唆された.本研究の課題として,研究対象が34家族の手記に基づく分析であり,今回の結果を一般化するには慎重になる必要がある.今後は,さらに幅を広げた調査が必要である.

謝辞

本研究をまとめるにあたり,ご指導くださった方々に深く感謝申し上げます.また,手記の分析にあたり研究への協力を快諾頂きました当事者家族の皆さま,メンタルヘルスマガジン『こころの元気+』出版に携わる編集者の方々に深く感謝申し上げます.

著者資格

YKは研究の着想およびデザイン,データーの収集と分析,論文の作成,TAは研究プロセス全体の助言を行った.全ての著者が最終原稿を読み承認した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
  • Bruner, J. S./岡本訳(2007).ストーリーの心理学―法・文学・生をむすぶ.ミネルヴァ書房.
  •  藤野 成美, 山口 扶弥, 岡村 仁(2009).統合失調症患者の家族介護者における介護経験に伴う苦悩.日本看護研究学会誌,32(2), 35–43.
  • 樋口耕一(2014).社会調査のための計量テキスト分析―内容分析の継承と発展を目指して.ナカニシヤ出版.
  •  石田 実知子(2012).統合失調症きょうだいの思いの変化に焦点をあてて―精神障害者きょうだいの手記分析から―.インターナショナルNursing Care Research,11(3), 57–67.
  •  岩崎 弥生(1996).分裂病患者をケアしている家族成員の情動的負担とコーピング.日本看護科学学会誌,16, 114–115.
  •  蔭山 正子(2012).家族が精神障害者をケアする経験の過程―国内外の文献レビューに基づく共通段階.日本看護科学学会誌,32(4), 63–70.
  •  菊池 由莉, 岡本 裕子(2009).統合失調症患者の親におけるケア役割受容過程.広島大学心理学研究,9, 217–229.
  •  仲田 みぎわ, 城丸 瑞恵, 佐藤 幹代,他(2016).乳がん体験者の闘病記にみる病い体験による肯定的変化.死の臨床,39(1), 185–191.
  •  中坪 太久郎(2010).統合失調症患者の家族の心理的プロセス.家族心理学研究,24(1), 1–15.
  •  長瀬 雅子(2014).神経難病患者の手記にみるスピリチュアルな苦悩.順天堂大学看護学部医療看護研究,11(1), 67–73.
  •  西方 浩一, 小田原 悦子(2012).障害児の母親が経験する社会とは―母親の手記の分析から―.作業科学研究,6(1), 34–41.
  • 西尾和美(2012).リフレーム一瞬で変化を起こすカウンセリングの技術.大和書房.
  •  宮城 哲哉, 豊里 竹彦, 興古田 孝夫(2013).統合失調症を抱える家族の心的外傷後ストレス障害(PTSD)と主観的困難・負担感および精神健康との関連.琉球医学会誌,32(1–2), 45–52.
  • 厚生労働省(2010).精神障害者の自立した地域生活を推進し家族が安心して生活できるようにするための効果的な家族支援等の在り方に関する調査研究.平成21年度厚生労働省障害者保健福祉推進事業障害者自立支援調査研究プロジェクト報告書.
  •  田野中 恭子(2011).統合失調症の家族研究の変遷.立命館人間科学研究,23, 75–89.
  • 全国精神保健福祉会連合会(2010).家族支援に関する調査報告.
 
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