日本精神保健看護学会誌
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死にゆく過程の擬似体験(GDE)による看護学生の体験の意味づけと必要と認識した看護
安藤 満代八谷 美絵谷 多江子山本 真弓
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2020 年 29 巻 1 号 p. 106-112

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Ⅰ  序論

近年の高齢化に伴い,その先には多死社会になると予想されている.それに伴い看護師は,病院や施設,在宅などで患者を看取る機会は多くなると考えられる.終末期の患者には,身体的苦痛,精神的・心理的苦痛,社会的苦痛,そして霊的苦痛(スピリチュアルペイン)があるといわれている.看護学生が終末期患者の精神的・心理的苦痛や,霊的苦痛を理解することは,将来看護師となったときに患者への質の高いケアにつながると考えられる.しかし,看護学生が講義を通してのみでは終末期の患者の精神的・心理的苦痛やスピリチュアルペインを理解することは難しい部分もある.

近年,学修法として学生が自ら積極的に取り組むアクティブラーニングの重要性が指摘されている.アクティブラーニングとして終末期患者の精神面・心理面を理解する方法に五色カード法がある.五色カード法は,Thomas, R. McCormickが開発し,「五色カード法による死にゆく過程の模擬体験(Guided Death Experience: GDE)」と呼ばれ,ワシントン州の大学,病院,ホスピス等で実施されている.この方法は色のついたカードに自分が大切だと思う人,物,場所などを記入した後,取り除いていく体験型の方法である.下島・蒲生(2009)は,五色カード法に関して「本当に大切なものへの気づき」,「一人称の死の想像」などについて考察している.さらに下島・石川(2015)は,女子大学生に五色カード法を実施した結果,普段意識することの少ない自分の死という未来展望を通じて,時間的展望が変化したという.時間的展望とは,ある一定の時点における個人の心理的過去および心理的未来についての見解の総体と考えられ,学生はGDEによって未来の死を考え,今の行動に変化が伺えたことを報告している.しかし,これらの研究では対象者は看護学生ではなく,また具体的に学生がどのような体験をしたのか,終末期患者の理解につながったのかは不明であった.一方,山本・安藤(2018)が看護学生を対象としてGDEを実施したところ,学生の体験として恐怖,葛藤などの「感情の変化」,患者の理解に関した「他者に対する意識の変化」,生や死に対する気づきである「死生観の変化」などがあることを示した.しかし,終末期ケアで重要なスピリチュアルペイン,スピリチュアルケア,ケアリングなどに関する記述はみられなかった.この対象学生の大学では,宗教に基づいたスピリチュアリティやケアリングに重点をおいた教育などは行われていなかった.

一方,A大学は宗教の一つであるカトリックに基づく教育をしている.宗教や建学の精神に特に関わる科目として,1年次でカトリックの愛の精神I,キリスト教概論I,2年次でカトリックの愛の精神IIがあり,学生はそれらの科目でスピリチュアルペイン,スピリチュアルケア,ケアリングなどを学修している.3年次で臨地実習を行い,4年次ではケアリングサイエンスという科目で,ケアリングについての学びを深めている.

従って1,2年次という低学年でスピリチュアルケアやケアリングに関する教育を受けた学生においては,それらの知識が3年次で行うGDEの体験によって結びつき,スピリチュアルペイン,スピリチュアルケア,ケアリングの重要性を感じるという体験の意味づけがあり,自らが必要と認識した看護があると考えられた.しかし,どのような意味づけや認識があるのか,その内容は不明であり,調べる必要があると考えられた.

Ⅱ  研究目的

本研究の目的は,低学年からスピリチュアルペイン,スピリチュアルケア,ケアリングについて学修した看護学生のGDEを通した体験の意味づけと,看護学生が必要と認識した看護について調べることであった.

Ⅲ  研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究

2. 研究対象

A大学看護学部3年生105名のうち同意が得られた学生を対象とした.

3. データ収集期間

データ収集期間は2018年6月~9月であった.

4. 調査方法

ターミナルケア論の講義において五色カード法を実施した.中島ら(2009)は10名~25名で行うことが通常であるというが,今回は1つのグループが5名~6名となり,約90名で実施した.また,中島ら(2009)ではカードを投げ捨てるとされているが,精神的な安全のために今回は投げずに,そっと手の届かないところに置くこととした.GDEが終了した後に,グループでディスカッションをした.その後,GDEを通しての体験の意味づけを調べるために「このワークの感想や意見」について,またGDEを体験して終末期患者への看護において必要と感じたケアの認識を調べるために,GDEを通して終末期患者に必要だと認識した看護について自由記述を求めた.

五色カード法とは:下島・蒲生(2009)が示した五色カード法の概略を示す.実施者に5色(黄色,ピング,青,緑,白)のカードを5枚ずつ,計25枚のカードを配り,1枚のカードに1つずつ自分の大切なものを記入してもらう.緑のカードには“大切にしている物”,ピングのカードには“大切な人”,青のカードには“好きな場所”,黄色のカードには“普段大切にしている出来事”,白のカードには“大切な目標”を記入してもらう.その後,カードを机の上に並べる.研究者は,ゆっくりと物語を読み上げながら,途中でカードを何枚か机の向こう(手が届かない所)へ投げるように指示する.1回だけ他者からカードを引かれる以外は,自分で選択して除いていく.物語は,がんが見つかった時,再発したとき,痛みが増強した時,残りの時間が少なくなったことに気づいた時から構成される.学生はその都度カードを捨てるように指示される.最後に体験したことについてグループディスカッションを行う.

6. 用語の定義

・スピリチュアルペイン:自己の存在の意味の消滅から生じる苦痛であり(村田,2003),時間存在,関係存在,自律存在としての人間の存在の三つの側面があるといわれる.ここでは,死に関連した生きる意味や目的の喪失とした.

・ケアリング:人間とはケアする存在である.ケアリングは,感じ取り応答する能力であり,価値への応答である(シモーヌ・ローチ,2009)といわれている.ここでは,患者の苦痛を感じ取り,それに答えようとすることとした.

7. 分析方法

同意が得られた学生の自由記述を分析対象とした.学生の自由記述は質的記述的研究デザインの分析方法に沿って行った.最初に記述の文章を1文に区切り,最小の意味をなすコードを抽出した.次に類似したコードを集めてサブカテゴリとし,最後に類似したサブカテゴリをカテゴリにまとめた.

分析では,主に「スピリチュアルペイン」「スピリチュアルケア」「ケアリング」など用語の定義にある意味内容を含む記述を抽出した.分析では,分析していく過程を通して自由記述を熟読し,意味内容に沿って分析できているかを常に確認しながらカテゴリ化を進めた.また各分析段階で,研究者間で合意が得られるまで意見交換し,分析の妥当性の確保に努めた.

8. 倫理的配慮

学生のGDEの心理的負担を考え,実施の前に「終末期患者の模擬体験」を行うことを説明しておき,近親者の死があった場合など,自分にとって負担と感じる場合には他の学修方法があることを伝えていた.演習前には,気分不良などがある場合はいつでも中止してよいこと,また演習後も対応できることを伝えた.また演習には補助の教員も入り,学生にすぐ対応できるようにしていた.

GDEは,通常の授業のなかで実施した.この科目の成績を出した後に,調査への参加の依頼を行った.同意が得られる場合には同意書に自署し,回収ボックスに入れてもらった.なお,本研究の実施にあたっては,平成30年5月聖マリア学院大学研究倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号H30-008).

Ⅲ  結果

GDEの参加者は105名であり,そのうち同意が得られたのは93名であった.カテゴリ化した結果を以下に示す.ローデータは,文書を斜体で書き,カテゴリを【 】で,サブカテゴリを〈 〉で,コードを「 」で示した.

1. GDEを通しての看護学生の体験の意味づけ

GDEを通しての看護学生の体験の意味づけについてのカテゴリ化を以下に示す(表1).カテゴリは,【喪失過程の苦痛の体験】【喪失感から生きる意味の問い】【終末期患者の心情への思いやり】【ケアリング提供者としての意識】【自分の生き方や死生観を考える機会】【終末期患者の理解につながるワーク】であった.以下に詳細を述べる.

表1 GDEを通しての看護学生の体験の意味づけ
カテゴリ サブカテゴリ コード例
喪失過程の苦痛の体験 カードを選択し,捨てるときにつらかった 捨てるときに悲しい気持ち,寂しい気持ちがした
徐々に喪失する感情の苦痛を感じた だんだん無くなる悲しさや怖さを感じた
コントロール感の喪失を感じた 自分のカードが取られる時はつらかった
喪失感から生きる意味の問い スピリチュアルペインを感じた すべてを失うと生きる意味を失うと感じた
生きる意味の問いから発想の転換をした 自分に何が残されているかを考えることが必要だ
終末期患者の心情への思いやり 模擬体験から実際の患者の心情を思った 本当の患者は想像できないほどつらいと思う
患者にとっての時間の重さを感じた 患者は1日1日を大切に生きていると実感した
ケアリング提供者としての意識 喪失感へのケアの必要性を感じた 喪失感を感じている患者に看護師の存在は大きい
患者を支えるものに気づいた 人とのつながりが患者の希望を支えると思う
自分の生き方や死生観を考える機会 自分にとって大切なものを確認した 人は人に支えられていると感じた
日々の時間の大切さに気づいた 明日死ぬかもしれないと思うと一日を大切にしたい
死を意識して今の生き方を考えた 目標をもって生きたいという自分の意思に気づいた
終末期患者の理解につながるワーク 他者の死生観を理解した 大勢に見守れた最期と孤独な最期を希望する人がいた
死にゆく過程を疑似体験できた このワークで死に向き合うことをリアルに体験できた

【喪失過程の苦痛の体験】には,〈カードを選択し,捨てるときにつらかった〉〈徐々に喪失する感情の苦痛を感じた〉〈コントロール感の喪失を感じた〉などのサブカテゴリがあり,コードの例として「捨てるときに悲しい気持ち,寂しい気持ちがした」があった.以下に学生の実際の記述を示す.

「カードを選ぶとき,はじめのほうはすぐに選ぶことができたけど,だんだんカードが減っていくと,どれも自分にとって大切なもので,選ぶのが難しくなってきました.実際に無くなるわけではなく,ただカードを減らしていくだけでも悲しい気持ちになるのに,実際に本当に全く無くなるとしたら,それは今までに感じたことのない気持ちになると思います」(学生A氏)

【喪失感から生きる意味の問い】というカテゴリには〈スピリチュアルペインを感じた〉〈生きる意味の問から発想の転換をした〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例として「すべてを失うと生きる意味を失うと感じた」があった.以下に学生の記述の例を示す.

今まで喪失体験をしたことがなかったけれど,今回体験することで自分の大切なものが無くなっていくことに,これが本当だったらと想像するととても恐怖を感じたし,これからどう生きていくか,最期まで時間をどう過ごすかわからなかったし,そうなるのがとても嫌だなと感じた.(学生B氏)

【終末期患者の心情への思いやり】というカテゴリには,〈模擬体験から実際の患者の心情を思った〉〈患者にとっての時間の重さを感じた〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例として,「本当の患者は想像できないほどつらいと思う」があった.以下に学生の記述の例を示す.

今日ワークをやったとき,あんなにも捨てる時に「ごめんね」と心で思うような気持ちになった.今日体験してみて,実際の患者はこのような心情なのかなと感じることができた.(学生C氏)

【ケアリング提供者としての意識】というカテゴリには,〈喪失感へのケアの必要性を感じた〉〈患者を支えるものを気づいた〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例としては「喪失感を感じている患者に看護師の存在は大きい」があった.以下に学生の記述の例を示す.

苦しみのなかで1つ1つ失っていくどうしょうもなく,自分の元気な頃からかけ離れていく中にいる患者さんに,温かく心に残る優しいケア,寂しい気持ちになっている患者さんに寄り添い,力になれる看護師になろうと思った(学生D氏).

【自分の生き方や死生観を考える機会】には,〈自分にとって大切なものを確認した〉〈日々の時間の大切さに気づいた〉〈死を意識して今の生き方を考えた〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例として「明日死ぬかもしれないと思うと一日を大切にしたい」があった.以下に学生の記述の例を示す.

今回のワークを通して,自分にとって大切なものは何か改めて考える良い機会になりました.この大切なものを生きている今,大事に守っていきたいと思えるようになりました.また自分がこんなにも目標を持って生きていきたいという強い意思があることは知らなかったので,自分を知る良い機会になりました(学生E氏).

【終末期患者の理解につながるワーク】というカテゴリには,〈他者の死生観を理解した〉〈死にゆく過程を疑似体験できた〉などのサブカテゴリが含まれていた.コードの例として「大勢に見守られた最期と孤独な最期を希望する人がいた」があった.

以下に学生の記述の例を示す.

他のグループの意見で,ピンクを最初に捨てた人がいたと聞いて驚きましたが,死ぬときは誰にも看取られず,一人孤独に死にたいためと聞いたとき,そういう意見もあるのだと思いました.(学生F氏)

2. 終末期患者のケアで看護学生が必要と認識した看護

五色カード法を通して,死にゆく患者に対して看護学生が必要と認識した看護に関する記述のカテゴリ化では,【患者の死生観や価値観の重視】【患者や家族の意思を尊重した医療】【患者に寄り添うケアの実践】【ケア提供者の態度の重要性】【スピリチュアルケアの実践】【家族や周囲へのケア】が抽出された(表2).

表2 GDEを通して看護学生が必要と認識した看護
カテゴリ サブカテゴリ コード例
患者の死生観や価値観の重視 個別性や価値観を大切にしたケアをする 患者が大切にしているものや心の支えを理解する
患者の死生観を支持するケアを行う その人らしい生活と死が迎えられるように支援する
患者や家族の意思を尊重した医療 患者と家族の意思を反映した治療や看護を行う 患者の夢,人生などを大切にすることが必要だ
意思決定を支援する 患者と一緒になって最善の選択を手伝う必要がある
患者に寄り添うケアの実践 コミュニケーションスキルを十分活用する 患者の思いを傾聴し,寄り添うことが大切
希望をつなぐケアを行う 夢や目標を聞き,生きる糧とすることが大切
ケア提供者の態度の重要性 死から逃げない医療職者の態度が大切だ 看護師は患者から逃げずに向き合うことが大切
積極的に関わろうとする態度が大切だ 看護師の態度でよりよいケアができる
スピリチュアルケアの実践 人生に意味感が持てるようなケアを行う 回想法などで「良い人生だった」と思えるケアをする
心の安寧をもたらすようなケアを行う 暗い気持ちに光をともせるようなケアをしたい
孤独感を感じさせないケアを行う 看護師がそばにおり安心感をもたらすケアをする
家族や周囲へのケア 家族や周囲の人への情緒的サポートをする 家族や周囲のつらさへのサポートを実践する
信頼関係を構築し患者と家族をつなぐケアを行う 患者と家族の架け橋となり,患者の願いを叶えたい

【患者の死生観や価値観の重視】というカテゴリには,〈個別性や価値観を大切にしたケアをする〉〈患者の死生観を支持するケアを行う〉というサブカテゴリを含んでいた.コードの例として「患者が大切にしているものや心の支えを理解する」があった.以下に学生の記述の例を示す.

患者さんが最期までその人らしく生きることができるように支援することが重要であると思うので,「その人らしさ」というものを知るためにその人を知ることが必要だと感じました.(学生G氏)

【患者や家族の意思を尊重した医療】というカテゴリには,〈患者や家族の意思を反映した治療や看護を行う〉〈意思決定を支援する〉というサブカテゴリがあった.コードの例として「患者の夢,人生などを大切にすることが必要だ」があった.以下に学生の記述の例を示す.

患者さんの大事にしている物や人,やりたいことなど個人を尊重したケアが必要だと思った.そのために患者本人の意見や考えを受けとめることや,家族などとも話し合う場を作ることが大事だと考える.(学生H氏)

【患者に寄り添うケアの実践】には,〈コミュニケーションスキルを十分に活用する〉〈希望をつなぐケアを行う〉というサブカテゴリを含んでいた.コードの例として「患者の思いを傾聴し,寄り添うことが大切」があった.以下に学生の実際の記述を示す.

患者は一人で死への恐怖と向かうことは耐え難く苦痛である.看護師は患者に対するケアとして心の内を話してもうらためにそばに寄り添い,これからどうしたいのか,共に考える支援が必要だと感じた.(学生I氏)

【ケア提供者の態度の重要性】には,〈死から逃げない医療職者の態度が大切だ〉〈積極的に関わろうとする態度が大切だ〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例として「看護師は患者から逃げずに向き合うことが大切」があった.学生の記述の例を以下に示す.

私たちが「この患者さんはもう亡くなってしまう.何を話せばいいのかな」など死への恐怖をふくらませていたら,患者さんを無意識に嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないし,遠ざけてしまうかもしれないと思った.私たちが死のことをしっかり考えることもケアにつながると思った.(学生J氏)

【スピリチュアルケアの実践】というカテゴリには,〈人生に意味感が持てるようなケアを行う〉〈心の安寧をもたらすようなケアを行う〉〈孤独感を感じさせないケアを行う〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例として「回想法などで良い人生だったと思えるケアをする」があった.以下に学生の記述の例を示す.

患者さんが大切にしている人,物などを理解し,その人の思いを感じることが大切だと思いました.また生きていくうえで,人,物意外に目標も大切なのだとワークを通して感じました.スピリチュアルペインに対してどう向き合っていくべきなのか難しいことであると思いましたが,まずはその患者さんに寄り添うことが必要だと思いました.(学生K氏)

【家族や周囲へのケア】というカテゴリには,〈家族や周囲への情緒的サポートをする〉〈信頼関係を構築し患者と家族をつなぐケアを行う〉というサブカテゴリが含まれていた.コードの例として「家族や周囲へのつらさへのサポートを実践する」があった.以下に学生の記述の例を示す.

看護師が患者さんの死を家族と共に乗り越えることも,家族にとっても少しは心の支えになるのではないかと考える.悲しいときは悲しみを一緒に分かち合うことが大切だと思う.本人だけでなく家族にも苦痛への看護,サポート,支援をする必要があると再認識しました.(学生L氏)

Ⅳ  考察

1. GDEを通しての看護学生の体験の意味づけ

【喪失過程の苦痛の体験】のカテゴリにみられるように,学生はカードが少なくなっていくに従い,自分が大切にしていたものを喪失する感じを,悲しみや怒りなどの感情を伴いながら体験していた.そして最後のカードが無くなったときには,空虚感を感じていた.小此木(1979)によれば,患者は余命告知されたときから予期された死,すなわち自己喪失に対する予期悲嘆のプロセスを体験することになるという.またパークスも(Parkes, 1970),人は大切な対象の喪失を体験,あるいは予期した際には,悲嘆のプロセスとしての一連の情緒的反応があることを示している.今回のGDEによって,学生も死を前にした患者の心情を模擬体験できていたのではないかと考えられる.

さらに,その【喪失感から生きる意味の問い】では,生きる意味に関連したスピリチュアルペインを感じていた.村田(2003)は,スピリチュアルペインとは,自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛であると定義し,その要因として「将来を失う」「他者との関係を失う」「自律性・生産性を失う」ことによるとしている.学生も,GDEによって大切な人との人間関係の喪失,将来の喪失を体験したことから,生きる意味に関連した終末期患者のスピリチュアルペインを体験していたと考えられる.

そして学生自身がスピリチュアルペインを感じたことから,【終末期患者の心情への思いやり】や【ケアリング提供者としての意識】が生じたのではないかと考えられる.メイヤロフ(Mayeroff, 1971/2006)は,「ケアは他者の成長を助けることであり,自分以外の人格をケアするには,その人とその人の世界をまるで自分がその人になったように理解できなければならない」と述べている.学生は,1年次や2年次のカトリックの愛の精神I,IIでケアやケアリングについて学修した事が,今回の自分たちが体験したスピリチュアルペインから,患者への共感とケアをしたいという気持ちに繋がったのではないかと考えられる.

また,同時に自分が今生きていることを大切にする,日常の有難さを感じるなど【自分の生き方や死生観を考える機会】になっていた.これらは先行研究の下島・蒲生(2009)山本・安藤(2018)と同様であり,GDEは対象者が一般の学生,看護系の学生,宗教的背景をもった看護系の学生など,背景が異なっても死という未来から,今という時間への気づきがあると考えられる.

2. GDEを通して看護学生が必要と認識した看護

終末期患者に対して看護学生が必要と認識した看護には,【患者の死生観や価値観の重視】や【患者や家族の意思を尊重した医療】などがあった.看護師が,患者や家族に対して尊厳をもって関わることは,生きる意味感を高めることに繋がり,看護師にとって重要な態度と考えられる.また学生はグループワークを通して他の学生の死生観や価値観を知り,それらを尊重することの重要性を感じたと考えられる.そのためにも【患者に積極的に関わる態度】が必要と感じ,ケアを提供する者としての意識が高まっているのではないかと考えられる.

さらに学生は【患者に寄り添うケアの実践】や【スピリチュアルケアの実践】が必要であると感じていた.学生は1年次,2年次のカトリックの愛の精神I,IIの講義において,病の苦痛,ケアリング,スピリチュアルケアの必要性,スピリチュアルケアのアセスメントやケアの実際について学修している.そこで,これらの知識を元に,今回のGDEを体験して感じたことが,スピリチュアルケアの必要性への認識に繋がっているのではないかと考えられる.

スピリチュアルケアを学ぶ方法として,先行研究の伊藤・島田(2005)では,体験談の抄読やVTR視聴から患者の看護の意味づけの学習をしていた.また北端・高橋(2016)は,看護学生がスピリチュアルケアを学ぶことに対する文献検討し,実習指導場面で,教員や看護師がスピリチュアルケアを意識して学生の気づきを促すことや,実習指導が必要であることを示していた.しかし,これらは学生が体験を通して学ぶ方法ではなかった.そのようななか,本研究では学生が模擬体験をすることで,患者の精神的・心理的,スピリチュアルケアの必要性を感じ取っていた.その理由として,模擬体験をすることで「コンパッション」を感じたためではないかと考えられる.コンパッションの定義はいくつかあるが,「他者の苦悩を共感的に意識し,同時にそれを和らげたいという思い」と考えられる.共感をするだけでなく,その苦悩を和らげたいという「自己や他者に対する世話や養育的態度」を含む(Clark, 2014/2015).このことは,患者の苦痛を感じとり,それに答えようとするケアリングにつながるものである.これらから,GDEは終末期患者のスピリチュアルケアの必要性を認識することに有効であることが示唆された.

Ⅵ  研究の限界と今後の課題

今回,参加者は低学年より宗教を背景としてケアリングやスピリチュアリティに関する学修をしていた知識に加え,GDEを体験することでケアリングやスピリチュアルケアの必要性の認識につながったのではないかと考えられる.ただしこれらの知識が直接GDEを通してスピリチュアルケアやケアリングへの気づきにつながったのかは,学生の意見をさらに聞くなどして確認していく必要があると考える.

著者資格

筆者のMAは,研究の着想,研究計画,データ収集分析,論文執筆を行った.MHとTTは,データ収集および分析と最終原稿を読み,MYは研究の着想と最終原稿を読み,承認した.

利益相反

本研究において利益相反は存在しない.

文献
 
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