日本精神保健看護学会誌
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研究報告
うつ病等で休職に至る警告サインの明確化
佐藤 大輔安保 寛明
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2020 年 29 巻 1 号 p. 42-50

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Abstract

目的:本研究の目的は,うつ病等による休職者が休職前に感じた症状や変化を診療録や活動記録より抽出し,休職を予期する警告サインを明らかにすることである.

方法:職場を休職し,精神科医療機関で復職支援プログラムを受け,復職した方30名を対象とした.対象者の診療録およびプログラム中の活動記録より,休職前に感じた症状や変化に関する語句を収集した.収集した語句は内容分析法により類似した表現を集積し,カテゴリ化を行った.また,最も大きな分類の単位について,全体に対しての割合を算出した.

結果:911語を内容類似に応じてカテゴライズした結果,休職前に生じた症状や変化としては,【気分・覚醒度への影響】は全体の33.8%(以下同様に全体割合),【身体面への影響】は20.1%,【行動への影響】は12.8%,【業務への影響】は10.5%,【認知への影響】は9.1%,【自己悲嘆による影響】は7.6%,【業務環境による影響】は5.7%,【症状の否認】は0.1%であった.

結語:うつ病等による休職者の休職前に生じた警告サインが具体的に明らかになった.職場において早期介入に資する視点として活用が可能である.

Translated Abstract

PURPOSE: The purpose of this study was to extract the symptomatic states felt by absentees due to depression before leaving work from medical records, and to clarify the early warning signs of sickness absence.

METHODS: The subjects were 30 individuals who participated in a reinstatement support program at a psychiatric institution and returned to work. Using the subjects’ medical records and program activity records, words related to symptomatic states felt before taking leave were extracted. The extracted words were categorized into similar expressions according to the content analysis method. For the largest classification unit, the ratio to the whole was calculated.

RESULTS: A total of 911 words were extracted. Symptomatic states that occurred before the absence from work include “mood and arousal” (33.8%), “physical” (20.1%), “behavioral” (12.8%), “job performance” (10.5%), “cognitive” (9.1%), “self-distress” (7.6%), “environment and surroundings of the stressor” (5.7%) and “denial of symptoms” (0.1%).

CONCLUSIONS: The specific symptomatic states that could be interfered from mental health problems of the individuals were clear. It is possible to create observational perspectives where people around those experiencing symptomatic states can lightly intervene in the workplace.

Ⅰ  緒言

産業精神保健の分野において,Work-Related Stress:仕事関連ストレスは,抑うつや身体症状を引き起こすものとして,2004年以降WHOが職場や従業員に向けて啓発を行っている(WHO, 2004).わが国においてはうつ病による休職者は増加傾向にあり,それによる経済損失は3兆901億円ともいわれている(佐渡・稲垣・吉村,2011).さらに独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査報告書(独立行政法人労働政策研究・研修機構,2013)によると,休職から特に対策を講じずに復職した場合,復職率が低く,早期の再休職リスクも高いと指摘されており,具体的にも復職者の再休職は半年から1年以内にその半数に生じているという報告(酒井,2015)があり,復職支援の拡充は喫緊の課題である.

予防保健の考え方は産業精神保健においても適用でき,一次,二次,三次予防に分類して考えることが可能である.このうち,一次予防についてはストレスチェック,二次・三次予防については精神科デイケアや障害者職業センターでの復職支援プログラムとして介入構造が確立しつつある(有馬・秋山,2015).これまでに,復職支援プログラムの利用者は復職後の就労継続性が良いこと(大木・五十嵐,2012),産業医が復職支援の際にガイドラインを遵守・強化することで復職者の自己効力感が向上すること(van Beurden et al., 2015),休職者個人のみならず職場への支援を強化することで復職者の職業関連ストレスが軽減されること(Raykov, 2014)などが明らかにされてきた.休職期間に行う援助の方略が明らかになりつつある一方で,休職あるいは再休職のリスクのある労働者の早期発見と早期介入に資する知見は明確になっていない.

早期発見と介入に関連して,厚生労働省は“労働者の心の健康の保持増進のための指針”においてラインケア(管理監督者によるケア)などを通じた事業所内の他者による支援を明記している(厚生労働省,2017).この指針では,管理監督者による部下への接し方や業務改善によるストレス軽減の必要性を強調しており,特に「部下のいつもと違う様子」に早く気付くことの必要性を言及している.また,メンタルヘルス不調者を部下に持った経験のある管理監督者に関する調査報告でも,ラインケアの基盤は不調者の「変化の兆候をつかむ」ことであると報告されている(堀内・松田・櫻井,2012).一方で,前述の厚生労働省の指針において,心の健康問題には客観的な測定方法が十分確立していないこと,心の健康状態の評価には労働者本人から心身の状況に関する情報を取得する必要があること,心の健康問題の発生過程には個人差が大きいために経過の把握が難しいことが指摘されている(厚生労働省,2017).具体的にも,一般企業の衛生管理者等を対象とした調査において,多くの企業では職員のうつ病等への理解が希薄であり休職者への対応に苦慮している(佐藤・安保・後藤,2017)ことが明らかになっている.さらに,上司や同僚との関係は業務の成果に着目した関与が中心になる可能性が高く,ラインケアの実施のためには労働者本人と上司又は同僚との間で効果的なアセスメント項目が共有されることが必要であると考えられる.

労働者のうつ状態を予測しうるストレス反応としては,「疲労感と不安感」「活気と抑うつ感」「身体愁訴」「怒りと抑うつ感」の4因子が示されている(谷原・福崎,2013)ものの,抑うつ状態にある労働者自身には自己の状況を抽象的に判断することが困難である傾向も同論文内で指摘されている.つまり,職場では管理職者や衛生管理者が,医療機関では外来看護師や復職プログラムに従事する専門職者が,労働者自身の具体的なエピソードを聞きながら,自己管理と他者による援助を協働して行うことが有益であると考えられる.

ここで国際的には,デンマークの標準的な職業リハビリテーションにおいて,自己管理を含めた心理教育が取り入れられており(Poulsen et al., 2017),自分の状態を自身で管理できるための自己アセスメントの強化は十分に達成可能な介入であると言える.さらに,ラインケアとセルフケアは密接な関係にあり,ラインケアの観点からもセルフケアの重要性が示されている(岡田,2013).例えば,うつ病等による休職者の意見を反映して労働者の休職前の警告サインを職場の管理職者に示すことが管理職者に対する教育的効果がある(Milligan-Saville et al., 2017)という知見も得られている.よって,休職中の労働者が認識している警告サインを明らかにすることにより,休職中の労働者に対して復職支援に携わる看護職者などが聞き取りを行う際の資料とすることができるだけでなく,一次予防の段階で管理職者向けのメンタルヘルス研修に取り入れることによって二次・三次予防の適切な実施につなげる可能性を高めることができるだろう.

以上から,本研究では職場支援者及び同僚・上司などが職場で活用でき得る詳細な観察項目の設定や休職予防介入へ向けた指標の開発を長期的な目標とし,うつ病等による休職者の意見を基に,休職前に生じた具体的症状や変化について調査を行った.

Ⅱ  研究目的

本研究の目的は,うつ病等による休職者が,休職前に感じた症状や変化を診療録および復職支援プログラムの活動記録より抽出し,休職を予期する警告サインを明らかにすることである.

Ⅲ  用語の定義

・うつ病は病名,うつ状態は病態であるが,本研究ではうつ病・うつ状態を「うつ病等」に統一する.

・医師の診断書による休暇については,各事業所やその休暇の取得期間により,「特別休暇」や「病気休暇」「病気休職」など様々な呼び方が存在し,職場規定でも異なるため,本研究では職場規定や休んでいる期間にかかわらず,「休職」に統一する.

・本研究では,民間企業,公務を総称して「職場」もしくは「事業所」と表記する.

Ⅳ  研究方法

1. 研究デザイン

内容分析を用いた質的帰納的研究

2. 対象者

東北地方にある復職支援プログラムを有する3つの精神科医療機関へ研究協力依頼を行い,研究協力の承諾を得られた1医療機関において,精神保健指定医よりうつ病・うつ状態と診断され,職場を休職し,精神科医療機関で復職支援プログラムを受け,復職した方30名とした.医療機関より,2015年1月以降復職支援プログラムに参加した順に対象者の紹介を受け,30名に達した時点で紹介は終了とした.副診断による除外基準は認知症,高次脳機能障害とした.復職支援プログラム導入直前の入院経験の有無は除外基準として設けなかったが,入院経験を有する対象者は皆無であっ‍た.

3. 調査方法

1) 対象者へのアクセスと同意の取得

紹介を受けた医療機関へ対象者の通院に合わせて研究者がおもむき,研究の趣旨を口頭および文書にて説明して同意書への署名をもって同意とした.同意を得た対象者の氏名を一覧化して対象者リストとし,医療機関内の施錠できる棚で保管したうえで,調査データの取得が終了した時点で医療機関により裁断破棄を実施した.調査期間は2018年3月15日から2018年4月5日である.

2) データの定義と分析

同意の得られた対象者に関する医師の外来診療録及び復職支援プログラムの活動記録を分析対象とした.診療録については,復職支援プログラム開始時から復職時までの診療記録のみとした.活動記録については,復職支援プログラム参加中に,直近の休職に至る自己の振り返りをまとめた記録物とした.これらの記録のうち,休職前の期間に出現した症状や変化として対象者の主訴として語られたり,対象者自己により記載されたりしている記述記録についてデータ分析対象として転記した.復職支援プログラム実施中に起きた出来事に対する語りと思われる内容は除外とした.

収集データは,症状や感じた変化について精神保健指定医と対象者本人により記述されたものであるため,データの分析には内容分析(舟島,1999)を採用した.データの単位は症状や変化を表している単語もしくは口頭表現文とした.データの意味内容の類似性に従い,分類し,その分類があらわす内容についてカテゴリ化を行った.また,カテゴリについて,全体に対しての割合を算出した.分析内容については研究者間で一致が得られるまで十分に検討を重ね,分類の妥当性を高めるように努めた.分析にあたり,精神看護学を専門とし,医療機関において復職支援プログラムの担当経験を3年以上有する研究者2名で同時に検討を重ねながら分析を実施した.そのため,研究者間によるカテゴリの一致率の算出は行っていない.

Ⅴ  実施に際しての倫理的配慮

対象となる施設に対しては,調査協力の依頼を施設の長宛てに行い,承認を得た.対象者については,調査の協力依頼に,協力は任意であること,個人や医療機関名は特定されないこと,調査に協力がなくとも不利益は全くないこと,症状以外の情報取得はないこと,内容の秘密は厳守されること,データは研究者以外が目にすることはないことと,取り扱いは細心の注意を持って厳重に行うことを口頭および書面で説明した.また,撤回可能な期日を説明し,協力撤回書と返信用封筒を配布した.協力を撤回しても不利益が全く生じないことも書面及び口頭で説明した.撤回書は研究者宛に直接個人が郵送できるようにした.本研究は,第二著者の所属において倫理審査委員会の承認(承認番号1801-21)を得た.

Ⅵ  結果

本研究に協力を得た対象者は表1に示すとおり,男性25名,女性5名であった.年代は40~49歳が16名と最も多かった.

表1 対象者
n %
性別 男性 25 83.3
女性 5 16.7
年齢 20–29 1 3.3
30–39 9 30.0
40–49 16 53.3
50–59 4 13.3

休職中に復職支援プログラムを受け,復職した30名の診療録及び復職支援プログラム中の自己の振り返り記録より,休職前に生じた症状や変化として914の語句が収集でき,前述した分析過程で今回の分析とは無関係と判断した語句3語を除去し,911語を内容類似に応じてカテゴライズを行った.カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》,コードを[ ]で示す(表2).

表2 休職前に出現した症状・変化
【カテゴリ】 《サブカテゴリ》 [コード]
【気分・覚醒度への影響】
33.8%(308/911)
《表現の減少》 [笑顔が減った][無口・話したくない・言葉がうまく出ない,引き出しから探す感じで]
《緊張感》 [緊張が高まりハラハラ・どこにいても安らげない・ざわざわ感(緊張)・追い詰められた気分]
《刺激に脆弱》 [怒りっぽくなる・易怒性][短気になる・易刺激性]
《気分の高揚・興奮》 [気分や感情が高揚][多弁・興奮]
《周囲の人が気になる》 [周囲の人が気になる]
《気分の変動》 [気分の浮き沈みがある・夕方気分が楽になる]
《不安・焦燥感》 [不安感でいっぱい][焦り・何かに駆り立てられる感じ・居ても立ってもいられない]
《不安の影響》 [休日でも不安や緊張が取れない][パニック発作が出現]
《恐怖感》 [対人恐怖・対面恐怖を感じた][音が怖い・音が苦手になる]
《主に不眠による睡眠障害》 [眠れない][眠りが浅く何度も目覚める][次の日の段取りを確認すると眠れない][夜中の2時3時に目が覚める][寝た気がしない]
《不眠以外の睡眠障害》 [夢見が悪い][過眠傾向になる][昼間の極度の眠気]
《抑うつ症状》 [抑うつ気分・ゆううつ][意欲がわかない][何もする気がなくなる][すべての欲求が無くなる][趣味が楽しめない・何をしても楽しいと思えない]
《イライラ感》 [いらだち・ちょっとしたことでイライラしやすくなる]
《機能の抑制》 [思考力低下・思考停止した][運動抑制]
【身体面への影響】
20.1%(183/911)
《倦怠感・疲労感》 [体全体がだるく・体がだるくなったり][休んでも疲れが取れない・疲れやすく体が重い]
《神経的症状》 [体や手が震える][手のしびれ・左顔のしびれ,痙攣]
《体の部位の症状》 [手のひらがかゆくなる・手の皮がむける・のどのつまり感・目が乾燥している感じ]
《体の漠然とした症状》 [体のどこかおかしい・体が鉛のように重い]
《発熱》 [発熱(38度台)・微熱・不明熱]
《動悸》 [動悸がする]
《めまい・ふらつき》 [めまい][体のふらつき・揺れている感じがする]
《難聴・耳鳴り》 [突発性難聴・耳鳴りがひどくなる]
《肩こり》 [肩や首のコリがひどくなる]
《発汗》 [発汗・異常発汗]
《呼吸の乱れ》 [息切れ・息苦しい][過呼吸]
《体の痛み》 [頭痛][腰痛][首痛][背中の痛み][肩の痛み][みぞおちの痛み]
《食欲の減退・体重減少》 [食欲の低下・2,3日何も食べない][体重減少]
《過食・体重増加》 [過食・暴飲暴食][体重増加・17キロ増えた]
《消化器症状》 [吐き気がする][下痢][胃痛・胃のむかつき][腹痛・緊張性の腹痛]
《味覚の異常》 [味がしない]
【行動への影響】
12.8%(117/911)
《自殺の行動化》 [大量服薬・自殺サイトの閲覧]
《落ち着きのなさ》 [椅子に座っていられない・席にじっとしていられない・何も手につかない]
《活動や思考の停滞》 [ぼんやり・妻からボーっとしているといわれる・人の話をうわの空で聞く][活動量の低下・動きが緩慢に]
《気分転換ができない》 [気分転換に出かけると,余計疲労がたまる感じ]
《過度の活動》 [活動性が増加]
《突発的な感情表出》 [仕事に向かうと急に泣きだす・仕事中わめきたくなったり泣きたくなったり][出勤時恐怖で玄関にうずくまる・書類を投げる]
《確認行為の増加》 [同じことを何度もきく・何回も確認しないと安心できない]
《嗜好の増加・依存》 [飲酒量の増加][喫煙量の増加][ギャンブル増・買い物依存]
《攻撃的になる》 [上司に攻撃的になってしまった]
《生活場面への影響》 [食事のばらつき・生活全般がおっくう・入浴を3,4日しない・室内が片付かなくなる・服装はどうでもよくなる][運転が危険・駐車がうまくできない][電話が苦痛]
【業務への影響】
10.5%(96/911)
《出勤できない》 [出勤中に引き返す・週2回しか出勤できない・仕事に行けない][無断欠勤・仕事を休みがち・早退が増える]
《業務への影響を及ぼす状態》 [業務が重なるとパニック・急な要件が入ると混乱し,頭が真っ白に][ミスの増加][新しい業務の習得ができない・書類が重なる・仕事中もボーッとすることが増える][仕事が手につかない・覚えることが中途半端]
《対人関係の苦痛・悪化》 [人前に立つことが苦しくなる・上司と目を合わせられない・人前でのあいさつ苦手,声が震える,避けていた]
《業務に必要な認知機能の低下》 [集中できない・集中力低下][記憶力の低下][注意力の低下][思考力の低下]
【認知への影響】
9.1%(83/911)
《マイナス思考》 [ネガティブ・マイナス思考になる]
《自己の業務への否定的感情》 [異動前は自分はできるほうだと思ったが異動後自分はダメだと思った・仕事を回せていない・もっと良い判断ができたのでは]
《何か違うという感覚》 [頭に霧がかかったような感じ・気持ちがふわふわ・意図がこんがらがっているような][自分が取り残されている感・自分は何かおかしいと感じる]
《極端な思考のかたより》 [仕事を辞めたら楽になる・自殺したら楽になるのでは・白か黒か決めなければ・卑屈思考]
《思考能力の低下》 [考えをまとめられない・数を数えられない・書類を読んでも頭に入らない・記憶力低下・計算もできない]
《業務にとらわれている感じ》 [仕事が頭から離れない][周りの評価を気にしすぎる・失敗ばかり気にして自責感が強まる・ミスはできない][時間が足りない・仕事に追いつめられる]
《他者へ依頼・話しができない》 [人に頼れず,一人でこなしていた・上司がワーッと話すと言いたいことが言えない]
《職場への怒り》 [自分を受け入れてくれないという上司への反発心・他スタッフへの不信感]
【自己悲嘆による影響】
7.6%(69/911)
《自己否定・存在の否定》 [自己否定が強まる][死にたくなる時がある・死ぬしかない・高いところで飛び込みを考える][消えてしまいたい・逃亡欲求]
《否定的感情》 [悲観的になる・将来への悲観][自責感・自分はダメだという自責][罪悪感][思考の負のスパイラル][押しつぶされそう・情けない,かっこ悪い・何もかもが嫌]
《自信の喪失》 [自信がない・自信が持てない・自信喪失]
《孤独感》 [誰も相手してくれない・ひとりぼっち感][人に会いたくない]
【業務環境による影響】
5.7%(52/911)
《環境や周囲のストレッサー》 [残業や休日出勤][異動・昇進・配置転換][家族内で会話が減った・家族と口論][仕事を持ち帰って・休憩時間も仕事をしていた・自分の能力を超える場面が続く][内勤はストレスで切り替えができない・職場の居心地が悪い]
【症状の否認】
0.1%(1/911)
《症状の否認》 [周囲の休めという忠告を聞かずに働いた]
【その他】
0.2%(2/911)
[サザエさん病といわれた][気分と性欲が比例]

【気分・覚醒度への影響】は全体の33.8%であった.具体的な記述としては,[笑顔が減った][無口・話したくない・言葉がうまく出ない,引き出しから探す感じで]から構成される《表現の減少》,[緊張が高まりハラハラ・どこにいても安らげない・ざわざわ感(緊張)・追い詰められた気分]から構成される《緊張感》,[怒りっぽくなる・易怒性][短気になる・易刺激性]から構成される《刺激に脆弱》,[気分や感情が高揚][多弁・興奮]から構成される《気分の高揚・興奮》,[周囲の人が気になる]から構成される《周囲の人が気になる》,[気分の浮き沈みがある・夕方気分が楽になる]から構成される《気分の変動》,[不安感でいっぱい][焦り・何かに駆り立てられる感じ・居ても立ってもいられない]などから構成される《不安・焦燥感》,[休日でも不安や緊張が取れない][パニック発作が出現]から構成される《不安の影響》,[対人恐怖・対面恐怖を感じた][音が怖い・音が苦手になる]から構成される《恐怖感》,[眠れない][眠りが浅く何度も目覚める]などから構成される《主に不眠による睡眠障害》,[夢見が悪い][過眠傾向になる]などから構成される《不眠以外の睡眠障害》,[抑うつ気分・ゆううつ][意欲がわかない]などから構成される《抑うつ症状》,[いらだち・ちょっとしたことでイライラしやすくなる]から構成される《イライラ感》,[思考力低下・思考停止した][運動抑制]から構成される《機能の抑制》が認められた.

【身体面への影響】は全体の20.1%であった.具体的なものとしては,[体全体がだるく・体がだるくなったり][休んでも疲れが取れない・疲れやすく体が重い]から構成される《倦怠感・疲労感》,[体や手が震える][手のしびれ・左顔のしびれ,痙攣]から構成される《神経的症状》,[手のひらがかゆくなる・手の皮がむける・のどのつまり感・目が乾燥している感じ]から構成される《体の部位の症状》,[体のどこかおかしい・体が鉛のように重い]から構成される《体の漠然とした症状》,[発熱(38度台)・微熱・不明熱]から構成される《発熱》,[動悸がする]から構成される《動悸》,[めまい][体のふらつき・揺れている感じがする]から構成される《めまい・ふらつき》,[突発性難聴・耳鳴りがひどくなる]から構成される《難聴・耳鳴り》,[肩や首のコリがひどくなる]から構成される《肩こり》,[発汗・異常発汗]から構成される《発汗》,[息切れ・息苦しい][過呼吸]から構成される《呼吸の乱れ》,[頭痛][腰痛]などから構成される《体の痛み》,[食欲の低下・2,3日何も食べない][体重減少]から構成される《食欲の減退・体重減少》,[過食・暴飲暴食][体重増加・17キロ増えた]から構成される《過食・体重増加》,[吐き気がする][下痢]などから構成される《消化器症状》,[味がしない]から構成される《味覚の異常》が認められた.

【行動への影響】は全体の12.8%であった.具体的には,[大量服薬・自殺サイトの閲覧]から構成される《自殺の行動化》,[椅子に座っていられない・席にじっとしていられない・何も手につかない]から構成される《落ち着きのなさ》,[ぼんやり・妻からボーっとしているといわれる・人の話をうわの空で聞く][活動量の低下・動きが緩慢に]から構成される《活動や思考の停滞》,[気分転換に出かけると,余計疲労がたまる感じ]から構成される《気分転換ができない》,[活動性が増加]から構成される《過度の活動》,[仕事に向かうと急に泣きだす・仕事中わめきたくなったり泣きたくなったり][出勤時恐怖で玄関にうずくまる・書類を投げる]から構成される《突発的な感情表出》,[同じことを何度もきく・何回も確認しないと安心できない]から構成される《確認行為の増加》,[飲酒量の増加][喫煙量の増加]などから構成される《嗜好の増加・依存》,[上司に攻撃的になってしまった]から構成される《攻撃的になる》,[食事のばらつき・生活全般がおっくう・入浴を3,4日しない・室内が片付かなくなる・服装はどうでもよくなる][運転が危険・駐車がうまくできない]などから構成される《生活場面への影響》が認められた.

【業務への影響】は全体の10.5%であった.具体的には[出勤中に引き返す・週2回しか出勤できない・仕事に行けない][無断欠勤・仕事を休みがち・早退が増える]から構成される《出勤できない》,[業務が重なるとパニック・急な要件が入ると混乱し,頭が真っ白に][ミスの増加]などから構成される《業務への影響を及ぼす状態》,[人前に立つことが苦しくなる・上司と目を合わせられない・人前でのあいさつ苦手,声が震える,避けていた]から構成される《対人関係の苦痛・悪化》,[集中できない・集中力低下][記憶力の低下]などから構成される《業務に必要な認知機能の低下》が認められた.

【認知への影響】は全体の9.1%であった.具体的には[ネガティブ・マイナス思考になる]から構成される《マイナス思考》,[異動前は自分はできるほうだと思ったが異動後自分はダメだと思った・仕事を回せていない・もっと良い判断ができたのでは]から構成される《自己の業務への否定的感情》,[頭に霧がかかったような感じ・気持ちがふわふわ・意図がこんがらがっているような][自分が取り残されている感・自分は何かおかしいと感じる]から構成される《何か違うという感覚》,[仕事を辞めたら楽になる・自殺したら楽になるのでは・白か黒か決めなければ・卑屈思考]から構成される《極端な思考のかたより》,[考えをまとめられない・数を数えられない・書類を読んでも頭に入らない・記憶力低下・計算もできない]から構成される《思考能力の低下》,[仕事が頭から離れない][周りの評価を気にしすぎる・失敗ばかり気にして自責感が強まる・ミスはできない]などから構成される《業務にとらわれている感じ》,[人に頼れず,一人でこなしていた・上司がワーッと話すと言いたいことが言えない]から構成される《他者へ依頼・話しができない》,[自分を受け入れてくれないという上司への反発心・他スタッフへの不信感]から構成される《職場への怒り》が認められた.

【自己悲嘆による影響】は全体の7.6%であった.[自己否定が強まる][死にたくなる時がある・死ぬしかない・高いところで飛び込みを考える]などから構成される《自己否定・存在の否定》,[悲観的になる・将来への悲観][自責感・自分はダメだという自責]などから構成される《否定的感情》,[自信がない・自信が持てない・自信喪失]から構成される《自信の喪失》,[誰も相手してくれない・ひとりぼっち感][人に会いたくない]から構成される《孤独感》が認められた.

【業務環境による影響】は全体の5.7%であった.具体的には,[残業や休日出勤][異動・昇進・配置転換]などから構成される《環境や周囲のストレッサー》が認められた.

【症状の否認】は,全体の0.1%であった.[周囲の休めという忠告を聞かずに働いた]から構成される《症状の否認》が認められた.

Ⅶ  考察

1. 得られた結果の妥当性について

本研究の目的は,うつ病等による休職者が休職前に感じた症状や変化を抽出し,休職を予期する警告サインを明らかにすることであった.うつ病等による休職者の休職前に生じた症状や変化は,警告サインとして,【気分・覚醒度への影響】【身体面への影響】【行動への影響】【業務への影響】【認知への影響】【自己悲嘆による影響】【業務環境による影響】【症状の否認】と大きく8つに分類された.これらはICD-11(WHO, 2018)の感情クラスター,認知行動クラスター,自律神経クラスターに含まれるもの,精神症状と身体化の関連性(Terluin et al., 2006),職場復帰の困難感(田上ら,2012)と関連があると捉えることができ,結果の分類について大きな偏りはないものと考えられる.

2. 休職者自身が知覚した警告サインの特徴

休職者自身が知覚した警告サインは,既存の診断基準と合致する事項が多くあったものの,具体的な語りにおいて他者からは観察しにくい事項や既存の診断基準では観察されにくい事項がある可能性があった.

DSM-Vによるうつ病の診断基準においては,抑うつ気分や疲労感を中核症状とし,罪悪感や焦燥感といった否定的な認識の基盤となる感覚を周辺症状として臨床診断に活用している.これらに関する語りも見られた一方で,本研究の対象者からは,恐怖感,刺激への脆弱性といった,従来の診断基準の項目ではやや明らかになりにくい事項も休職前の警告サインとして語られた.

【気分・覚醒度への影響】【身体面への影響】が全体の53.8%を占めた.また,コードの部分では,具体的かつ詳細な症状や変化が明らかになった.本研究で明らかになった休職前に生じていた症状や変化の半数以上が具体的に自覚可能なものである.休職前には,おおむね【気分・覚醒度への影響】や【身体面への影響】が出現しているものと捉えられる.これらはセルフケアに重要な視点をもたらす.特に【身体面への影響】については,Nomura et al.の調査(Nomura et al., 2007)によると,うつ病等の精神疾患を有していると,職業ストレスからくる身体症状の出現が高いとされ,【気分・覚醒度への影響】と【身体面への影響】は密接なかかわりがあることがわかる.本研究で抽出できた具体的な【身体面への影響】もNomura et al.と同様であり,【気分・覚醒度への影響】と【身体面への影響】が互いに影響しあい,それぞれの症状や変化をより強くし,最終的には休職に至るものと推測できる.

【行動への影響】【認知への影響】【業務への影響】においては,記述数として31.5%が存在した.症状や変化が生じることで生活や業務のしづらさを生み,更に症状を悪くするといった悪循環に陥っていることが予測される.Terluin et al.(2006)によれば,自己評価尺度による疲労・苦痛症状,抑うつ症状,不安症状,身体症状は互いに影響しあうものとしている.本研究の結果にTerluin et al.の指摘を組み合わせると,単独指標の悪化よりも複合的な指標の悪化が見られるほうが,より支援の必要な状況と考えることが可能であり,尺度化などの方法でモニタリングすることが早期介入による再発予防効果を上げる可能性がある.上記は仮説の範囲を出ないが,本研究の成果を活用する際の一つの方向性とできると思われる.

【自己悲嘆による影響】【業務環境による影響】については,直接的な症状とは言えないまでも,症状に大きく影響を与える変化要因であると捉えられる.加藤は「職場結合性うつ病」(加藤,2013)という言葉を用い,職場環境によるストレス背景を詳細に説き,職場における当事者の変化への気づきにくさも指摘している.すなわち,職場環境や周囲から受けるストレス,負の感情生成への気付きは非常に困難であり,休職に至るものと考えられる.

【症状の否認】について,1つの項目がそのままカテゴリになった.自覚があったり,他者からの指摘があったりしても,本人の否認により対策構築が困難になると推察される.

Ⅷ  本研究の強みと限界

うつ病等で休職から復職した者30名の記録を詳細に分析し,休職前に生じた症状や変化について分類できたことが,本研究の特徴である.すなわち,医師や医療従事者からの視点ではなく,労働者自身が気づき得るサインとして具体化することができ,職場や臨床で容易に活用できる可能性が高い.今後の展望として,本研究をもとにした指標や尺度開発を行うことで,患者にとって回答可能性の高い指標を用いることが期待できる.

本研究の限界としては,以下があげられる.

1つ目は,本研究の対象者は一医療機関に通院可能な復職者30名であり,居住地域等に一定の傾向があると考えられ,結果の一般性には留意が必要である.また,主にうつ病等を中心とした復職支援プログラム参加者を対象としたが,倫理的配慮の観点で厳密な疾患名の取得と分類は行っていない.そのため,疾病と警告サインとの関連を分析するには限界がある.

2つ目は,本研究で扱ったデータに関して,インタビューなどによる生の語りではなく,精神保健指定医や対象者本人により記述されたデータを用いた.そのため,診察時における対象者の発言に関し,精神保健指定医のアセスメントを含んだ記述の可能性や,対象者の記録に関し,復職支援プログラムによる心理教育等の影響を含む可能性がある.また,研究者間におけるカテゴリの一致率算出は行っていないため,研究者の主観が完全に最小限化されたかということについては限界がある.

3つ目は,質的研究という性質上,産業分類や職務状況などは取得していないため,結果を労働者全体の復職者の状況を反映しているかは検証していない.この点については,規模や調査項目のより大きな調査を行うことで,職種や職位に応じた休職前の警告サインに関する特徴を見出すことが可能になるだろう.

Ⅸ  結論

うつ病等で休職に至る前に生じた警告サインは【気分・覚醒度への影響】【身体面への影響】【行動への影響】【業務への影響】【認知への影響】【自己悲嘆による影響】【業務環境による影響】【症状の否認】と大きく8種類が見いだされた.具体的な症状や変化として,58のサブカテゴリが存在した.警告サインが明らかになったことで,職場における観察の具体的視点が明確にでき,休職に至る前の介入可能性を簡便にし得るものである.

謝辞

本研究にあたり,調査を承諾していただきました復職者の皆様に心より感謝申し上げます.また,臨床医学的視点から適切にアドバイスをくださいました産業医・精神保健指定医の後藤剛先生に深く感謝いたしま‍す.

著者資格

DSは研究の着想およびデザインと分析および研究活動全体を管理した.HAは研究デザインの作成と分析の実施に専門的助言を行い,緒言と考察の一部を執筆した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

利益相反に関する開示

本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
© 2020 日本精神保健看護学会
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