2020 年 29 巻 2 号 p. 40-49
本研究は,うつ病患者の配偶者により認識されたうつ病が家族にもたらした影響と対処について明らかにすることを目的とした.対象はうつ病患者と婚姻関係にある配偶者5名で,半構造化面接を実施した.面接によって得られたデータは修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した.その結果,うつ病が患者の配偶者とその他の家族にもたらした影響として『うつ病に生活のベースもペースも持っていかれる』など4カテゴリー18概念,家族のうつ病への対処として『うつ病患者に踏み込み過ぎない』など5カテゴリー17概念が生成された.
うつ病は家族の生活全般に大きな影響をもたらすものの,マイナスの影響だけでなくプラスの影響ももたらしていた.その影響に対し患者の配偶者とその他の家族は,プラスの影響に支えられながら夫婦関係を維持し,患者と適度な距離を保つことや,負の側面に焦点を当て過ぎずにかかわるなどしてうつ病に対処していた.
The purpose of this study was to explore how the family members of patients with depression are affected by the depression, and how they deal with its influence based on the spouses’ recognition about the patients with depression. The participants, who took part in semi-structured interviews, were 5 spouses married to depressed patients. The data obtained were qualitatively analyzed using a modified grounded theory approach. The results were as follows. We extracted four categories consisting of 18 concepts such as “life base and daily life shaken by depression” as depression’s effect on the spouse and other family members of the patient. We also dealt with five categories and 17 concepts such as “Do not step over into patients with depression” for coping with family depression. While depression had a major impact on family life in general, it had not only a negative impact but also a positive effect on the family.
In response to the influence brought to the family by depression, spouses of patients with depression and their family members reported that they maintained marital relations while being supported by positive influences such as deepening of bonds with in-laws. In addition, they might not be overstressed by patients with depression, keeping them at a reasonable distance, and being involved without too much focus on negative aspects.
うつ病は患者だけでなくその家族の半数近くに深刻な負担をもたらしていたという報告(Olawale et al., 2014)や,同居中の配偶者は明らかに抑うつ的な気分を有していたという報告(Benazon & Coyne, 2000)がなされている.また家族のうつ病を受け入れることの困難さについては,家族のうつ病に対する認識プロセス(木村・上平,2010)で,うつ病患者と生活を共にする家族の負担や苦悩については,うつ病患者の配偶者が抱く負担要因(富樫・川村・長澤,2010),家族が日常生活上経験する困難な出来事(木村ら,2008)などで報告されている.うつ病患者の配偶者による手記においても,うつ病患者との日常生活について「我慢の連続」(川田,2011)や,うつ病の症状について「こちらの心をえぐるようなひどい言葉を投げかけられる」,「1日中解決できない愚痴をエンドレスで聞かされる」(早川,2009)など,過酷な日常生活の実態が描かれ始めている.このようなうつ病患者の家族の体験についての研究は未だ十分とはいえず,うつ病がもたらす影響に家族はどのように対処しているのかについて具体的に明らかにされてこなかった.しかし,先行研究の指摘からうつ病患者の家族の中でも患者の配偶者は,深刻な負担や困難を抱えていることは明らかである.
これらのことから,家族成員の立場性による影響のちがいを考慮し,本研究では家族成員の中でも深刻な負担を抱え,家族の中でうつ病患者と唯一血縁関係ではなく婚姻関係にあるうつ病患者の配偶者の観点から,うつ病が家族にもたらした影響とその対処について明らかにし,看護への示唆を得る必要があると考える.
本研究の目的は,うつ病患者の配偶者により認識されたうつ病が家族全体にもたらした影響と,その影響に家族はどのように対処しているのかについて明らかにすることである.
研究対象者はうつ病患者と婚姻関係にある妻もしくは夫である配偶者とした.選定条件として,①医療機関において医師からうつ病と説明を受けている配偶者がいること.患者のうつ病の病状として4カ月以上精神科または心療内科の通院歴があり,入院歴の有無は問わないが,初発の急性期を脱した状態で,存命中であること.②自身の家族に起こったうつ病に関する体験について自己責任をもって語ることが可能な20~74歳の家族成員であること.③うつ病発症以降,うつ病患者との同居の有無,子どもの有無などは問わない.除外要件として,うつ病患者自身に摂食障害や発達障害などの精神疾患を併発する場合,がんなどの身体疾患に伴い二次的にうつ病を併発している場合は除外した.また研究対象者であるうつ病患者の配偶者は,うつ病などの精神疾患の診断を受けている場合,および後期高齢者を除いた.
研究協力の依頼方法は,精神科に勤務経験のある看護師からの機縁法に加え,スノーボールサンプリング法にて対象を拡大した.同時に精神科クリニックにおいて施設長と担当者に文書および口頭で研究趣旨や方法等を説明し,ポスター掲示にて研究協力者を募ると共に担当者から紹介を受けた.
2. データ収集方法プライバシーが守られる公共施設の個室または自宅などで1人につき1回60~90分程度の半構造化面接を実施し,ICレコーダーに録音したものをデータとして収集した.主なインタビュー内容は,うつ病患者の配偶者が認識したうつ病が家族全体にもたらした影響,家族の生活全般や家族内役割,家族成員間の関係性における変化,家族全体のうつ病への対応方法などであった.
3. データ分析方法研究デザインは質的記述的研究デザインを選択し,分析方法は木下の修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下M-GTAと略す)を選択した.M-GTAは「データに密着した分析から生成される理論」であり,「他者との相互作用の変化を説明できる」と共に,「実践的活用を促す」ことを特徴としている(木下,2003).この方法論はシンボリック相互作用論を基盤としており,個人だけでなく個人を取り巻く環境やその相互作用の過程をも含めて研究対象とすることが可能となることから,本研究の目的であるうつ病が家族全体にもたらす影響ならびに,その対処について明らかにするために適切と判断した.分析焦点者は「うつ病の病状がほぼ安定しており,家族内ならびに社会的役割を担うことの可能な状態にあるうつ病患者の配偶者」とし,分析テーマは「うつ病が家族にどのような影響をもたらし,それらに家族がどのように対処したのか」とした.
分析は逐語録を熟読後,うつ病が家族にもたらした影響とその影響への家族の対処について関連した箇所を文章または段落ごとに抽出,解釈し,事例の背景を詳細に検討しながら概念を生成した.「概念」ごとに分析ワークシートを作成(表1)し,継続的比較分析によって,深い解釈に努め偏った分析を防いだ.その際,概念をひとつ生成することにとどまらず,同時に関係しそうな可能性のある概念を複数考えるという多重的同時並行思考により分析作業を進めた.この作業によって概念間の関係を検討し,複数「概念」を関連づけてひとつのカテゴリーにまとめた.さらにカテゴリー間の比較分析を行いながら,うつ病が家族にもたらした影響とそれへの家族の対処についてストーリーラインを検討し,結果図を作成した(図1).「概念」以外の分析上のアイデアについては,理論的メモとして分析ワークシートに残した.
概念名 | 義父母への感謝の気持ちと絆の深まり |
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定義 | 元々義父母との関係は良好であったものの,配偶者のうつ病を契機に今まで以上頻繁に連絡を取るようになり,関係性の深まりや家族が一丸となったような感覚を抱いていること |
内容 (データ) |
「お義父さんとお義母さんとの関係も元々よくしてもらっていい関係だったと思うんですけど,そこはより絆が深まったかもしれないです,はい.そうです.」(i) |
「何か余計に(義父母と)頻繁に連絡取ったり行き来するようになったので,…中略…週に1回は絶対に顔を合わせるかな.今まで(子どもが)小さかったので,来てくれることが多かったんです.」(i) | |
「結婚してうつ病じゃない時間の方が短かったから,結婚して1~2年だから,その間にものすごく普通,いわゆる普通の良い関係ですけど,病気になって一丸となったという感じはありますね.義父母ともう一丸となっているし,私とこうチームみたいな感じで.」(k) | |
「主人のお義母さんが結構連絡をくれていて,心配していたので,離れている期間はすごく連絡をくれていて.でお母さんは本当に色んな,色んなのを見て調べたりしていて.お義父さんはそういうお義母さんを止めて,“まず一人になりたいんだからお前からはあんまり連絡するな”という感じで,止めていたみたいなんで.」(j) | |
理論的メモ | 義父母と良い関係であるため,悲しませたくないという思いと,一番傷ついているのは義母だと感じている.元々仲は良かったがうつ病を機に家族一丸となった.嫁に文句を言う訳でもなく,自分の立場に立ってくれる義母 |
うつ病が家族にもたらす影響と対処に関する関連図
真実性の確保として,精神科看護の専門家である指導者2名よりスーパービジョンを受け,研究プロセスの適切性を確認すると共に,基礎情報シート,逐語録等のデータ収集及び分析に用いた記録物を監査証跡として保持し,研究者の意思決定の筋道を明確にした.
4. 倫理的配慮研究協力依頼施設及び研究協力者に対して協力依頼の際に,研究の趣旨,研究協力の任意性,研究協力に伴う利益・不利益,回答拒否や協力撤回の保障,プライバシーの保護,研究成果の公表について文書及び口頭で説明し,同意を得た.なお,本研究は札幌医科大学倫理委員会の承認(承認番号27-2-47)を得て実施した.
協力者は20代~40代のうつ病患者の配偶者で妻の立場3名,夫の立場2名の計5名であった.雇用形態は正社員4名,派遣社員が1名と有職者であった.一方うつ病患者の年齢は30代が3名,40代が2名で罹病期間は1~10年,全員が現在配偶者もしくはその他の家族と同居中であった.面接時間は40分~95分で平均63.5分であった.
研究協力者(家族) | うつ病患者 | 同居の有無 | |||||||||
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属柄 | 年齢 | 性別 | 健康状態 | 雇用形態 | 属柄 | 年齢 | 性別 | 罹病期間 | |||
g | 夫 | 30代 | 男性 | 良好 | 正社員 | 妻 | 30代 | 女性 | 10年以上 | 同居 | |
h | 夫 | 40代 | 男性 | 良好 | 正社員 | 妻 | 40代 | 女性 | 14年 | 同居 | |
i | 妻 | 30代 | 女性 | 良好 | 正社員 | 夫 | 30代 | 男性 | 2~3年 | 同居 | |
j | 妻 | 20代 | 女性 | 良好 | 派遣 | 夫 | 30代 | 男性 | 2年程度 | 同居 | |
k | 妻 | 40代 | 女性 | 良好 | 正社員 | 夫 | 40代 | 男性 | 8~9年 | 同居 |
分析テーマに関する内容が豊富な協力者1例を選び,分析テーマに沿って着目した箇所を抽出し,2例目以降は対極比較,類似比較の観点で分析を進めた.全協力者の分析終了後,概念の関係性を検討してカテゴリーを生成した.以下に生成されたカテゴリーを『 』,概念は【 】で示した.
1) うつ病が家族全体にもたらした影響とそれへの家族の対処についてのストーリーライン(図1)うつ病患者の配偶者により認識されたうつ病が家族全体にもたらした影響として,『うつ病に生活のベースもペースも持っていかれる』というように経済的な基盤や家族の生活自体のペースに影響を受けており,『うつ病患者への交錯する感情とささやかな願い』を抱えながら,『家族成員間に生じるぎくしゃくした時間と絆の深まり』というマイナスとプラスの関係を体験していた.それらの影響に対し患者の配偶者とその他の家族は,『家族成員がそれぞれ力を出し合い今やれることをする』ことや,『偏見にさらされることはあっても周囲の人々との繋がりで支えられる』というように一人で抱え込まずに社会との繋がりを維持していた.それにより,患者の配偶者とその他の家族はうつ病患者との間に適度な距離が生まれ,『うつ病患者に踏み込み過ぎない』ことや病状への対処として『うつを受け止めながら飲み込まれないように対応する』,『負の側面に焦点を当て過ぎずにかかわる』といった対処をしていた.さらにこのように患者の配偶者とその他の家族はうつ病によって様々な影響を受け,それらの影響に対処していく経過の中で,うつ病に対する認識を変容させていく『変わらざるを得なかったうつ病に対する家族成員の認識』に至っていた.
2) うつ病が家族全体にもたらした影響 (1) 『うつ病によって家族成員間に生じるぎくしゃくした時間と絆の深まり』うつ病患者の配偶者は,「もう,すごく険悪でした,病気になってからずっと.」(j)や,「離婚届に旦那がサインしたやつはもらっているんです.」(k)など,【うつ病患者とのぎくしゃくする夫婦関係】について語っていた.またうつ病患者と子どもとの関係について「話聞いたりとか,仲は良いのは良いんです.でも尊敬しているかって言ったらちょっと怪しいですけどね.」(k)など,【うつ病を患うことによって生じた子どもとの隔たり】を感じていた.その一方で「離れている期間(うつ病の夫と別居中)はすごく連絡をくれていて,お義母さんは本当に色んなのを見て調べたりしていて…中略」(j)や「病気になって一丸となったという感じはありますかね.両親ともう一丸となっているし,こう私とチームみたいな感じで.」(k)のように【義父母への感謝の気持ちと絆の深まり】を体験していた.また「病気だからたとえば風邪ひいたら薬のんだら治るみたいな感じで“いつ治るんだい”って聞かれるのが一番つらくて.まあ母としたら年取っている状況でこの割とハードな生活(母が家事全般を全面的にバックアップする生活)だったので,…中略…私もそれが分からなくて分かるなら教えて欲しいんですけど.」(h),のように【不協和音が生じながらも支えてくれる親の存在】についても語られており,家族成員間の関係性にネガティブな影響だけではなく,プラスの影響ももたらしていた.
(2) 『うつ病に生活のベースもペースも持っていかれる』このカテゴリーには「経済的にも現実大変だったっていうのもありますし.」(i)などのように【配偶者がうつ病になったことによって生じた経済的な問題】が含まれていた.また「一番思っていたのは生活が大変,日々の生活が大変だったっていうこと.」(h),「全部主人の,その体調に生活のペースをもっていかれたなっていうのはすごくあります.」(j)というように【うつ病に生活のペースを持っていかれる】体験をしていた.
(3) 『うつ病患者への交錯する感情とささやかな願い』うつ病患者の配偶者は患者に対し,「もう邪魔になるんですよ.」(k)や「苛々が募っていく」(i)というように【うつ病患者に対するネガティブな感情】を抱く一方で,「基本的に旦那は優しいんですよ」(k)や「妻が私を普通の人にしてくれた」(h)など,【うつ病患者に対する肯定的な感情】も抱いていた.また「夫に申し訳ないことしていたなって思っていて.…中略…もっと早く気づいてあげて薬をのんでいたら」(i),「私と結婚したから悪かったんじゃないかって自分の中にはすごくあって」(j)など【うつ病につきまとう後悔や自責感を抱く】ことについて語られていた.うつの病状が比較的安定した後はうつ病患者に対し,「給料とか役職とかどうでもいいので,本当にあの今のままのあなたでいて下さいっていう」(i),「現状維持できたら」(g)のように【多くを望まず現状維持や健康であることを願う】妻や夫の姿が窺えた.
(4) 『変わらざるを得なかったうつ病に対する家族成員の認識』うつ病患者の配偶者やその他の家族は「最初は何が起こっているのか分からなかった」(h),「今思い返せば,最初は胃が痛いから始まったんですよね」(i)というように【うつ病だと気づかなかった発病当初】から「自分がそういう仕事(医療職)だから,尚更受け入れられないんだなって.」(i)という【うつ病に対する家族成員自身の抵抗感】を抱きながら,「どうせ薬出すだけで薬漬けにされてしまうという感じで,もう.今一切(通院)していないです.」(k),「入院してみるのもいいかなって」(i)など【精神科治療に対する疑義と前向きな捉え】という相反する捉え方がみられた.
またうつ病の発病当初,うつ病患者の子どもたちは乳幼児もしくは小学生低学年であったことから病名を具体的に伝えていなかったものの,成長に伴い「家族の中に触れてはいけない変な秘密があるっていうのは実はよくなくって,本にして書いたことで…中略…すっきりしたというか.」(h),「大きくなってきている今だから思春期とか迎えてやっぱり父親に対して色々出てくるじゃないですか.だからその時にちゃんといってあげないと.」(k),【理解とタイミングの難しさを理由に親のうつ病について説明を受けていない子どもたち】について気がかりであったことを語っていた.うつの病状経過に伴い,「立場が変わったら向こうの方が圧倒的に大変だよねって思ったことがあったんですよね.」(h)というように【うつ病患者本人が一番大変だということへの気づき】をしていた.病状安定後は「今はもう何となく自分は(うつ病から)逃げ切ったような気がしているので」(h),「何か忘れたのかな,そんな生活自体がものすごく大変っていう覚えがあんまりないんですよ.」(g)のように【うつ病が快復に向かっているという実感と薄れていく大変だった頃の記憶】を経験していた.しかしその一方で,「妻の病気は治ったと思いながらも本当の心の奥底では実はまた復活するのかなっていう…中略…多分死ぬまでですけど,絶対に油断しないっていう気持ちはまだ残っているんです.」(h),「治るものじゃなくって一生付き合っていかなきゃいけないって思って」(i)のように【再発への心配と一生付き合っていくという覚悟】をしていた.うつ病の病状がほぼ安定している現時点においてうつ病患者の配偶者は,うつ病患者と共に過ごすことによって溜め込んではいけないことに気づくことができたり,「お義父さんとお義母さんとの関係も元々よくしてもらっていい関係だったと思うんですけど,より絆が深まったかもしれないです.」(i)のように【配偶者がうつ病になったことによって得られたプラスの効果】を実感していた.
3) うつ病によってもたらされた影響への患者の配偶者とその他の家族の対処 (1) 『うつを受け止めながら飲み込まれないように対応する』うつ病患者の配偶者は,「毎日帰ってきて死んでないかって,心配な時がありました.」(i)など,【自死を心配する日々と死にたい気持ちを受け止める】ことをしており,うつ病患者の気分が落ちそうだと感じた際は明るく努めるように心がけることや,「紙に書いて主人は今病気で,病気がこういう風にさせているんだって自分に思い込ませていたような気がする」(j)など,【うつの病状に飲み込まれないために気分を切り替える】工夫を実践していた.また「もしそういう風(溜め込み過ぎ)にしているんじゃないかなって思うようなことがあれば,なるべく言うようにはしています.」(g),「休みの日は休めるようにどこか遠出するとか,そいうことを控えて体調を整えられるようにはしていますね.」(i)など,【うつ病患者が頑張り過ぎないように気遣う】ことをしていた.
(2) 『家族成員がそれぞれ力を出し合い今やれることをする』うつ病患者の配偶者は「母が家事全般を全面的にバックアップしてくれたのが大きかったと思います.」(h)など【両親がうつ病を有する配偶者の代わりに育児と家事をバックアップする】体験をしていた.また「兄も(うつ病を有する夫を)外出によく連れ出してくれて,ご飯食べに一緒に行ったりとかしてくれていたみたいです,入院中も.」(i),「(うつ病患者である妻が)お母さんとか妹とかと電話していますけど,毎日か1日おきかいつも大した内容のない話をしています.」(h)というように【うつ病患者に家族成員が個々にかかわる】ことをしていた.加えて「どうしても(うつ病の)主人を悪くいう訳じゃないですか,帰ってこないってひどいですよねっていうようなことも(義母が)聞いてくれていましたね.」(j)など【自分の辛さや愚痴を親に聞いてもらう】体験をしていた.
(3) 『負の側面に焦点を当て過ぎずにかかわる』うつ病患者の配偶者は【うつ病や関連情報に捉われずにうつ病患者自身を看る】で示されたように,「あんまり病人扱いしないっていう」(k),「あまり意識しないで,普通に接しているのかなと思います.」(g)というようにうつ病患者を病人として捉え対応するのではなく,本人自身をみるように心がけていた.また「あんまり責めるようにとかはしないようにしています」(g),「もしかしたら(うつ病患者の)よかった部分しかみていなかったのかも知れないです.」(g)など,【追い詰めるようなことはせずにプラスに捉える】ようにしており,「何かを我慢したりすることはあまりなかったかな.」(i),「サポートしてたって言うつもりはあんまりないんですけどね.」(g)というように【患者のうつ病を負担に感じたりサポートした意識はない】と語っていた.
(4) 『うつ病患者に踏み込み過ぎない』うつ病患者の配偶者は,「もうだめだろうなと思って,もう離婚するつもりで離れたので.」(j)など別居を選択したり,「暗い旦那が家にいるっていうのがすごく嫌で,帰らなくなったみたいな.」(k)など【うつ病患者と心理的・物理的な距離を置く】ことや,「何かもうそこ(体調管理)はできるんだろうなっていう信頼をして,調子悪そうだったら見守るくらいにして,本人に任せる.」(j)などのように【うつ病患者に健康管理を託し自発性に任せる】ことをしていた.また患者の配偶者だけでなく患者や患者の配偶者のきょうだいも,「(うつ病について)まあ敢えて触れずにいてくれるみたいな」(k),「心配していたけど,こっちが言うまでは特に何も言ってこなくて見守るタイプなので,」(j)など,【助力しても深追いしないきょうだいの存在】としてうつ病への対処に少なからず関与していた.
(5) 『偏見にさらされることはあっても周囲の人々との繋がりで支えられる』うつ病患者の配偶者は,「父親の弟が多分うつ病だったかなんか,自律神経失調症って言っていたけど」(k)というように身近に【精神的症状を有する親族の存在】があった.またうつ病患者とその配偶者の周囲には「(友人関係は)変わらなかったですね.私の友達は私のことも心配してくれていたし,夫の友達から連絡なんてきたことなかったのに,…中略…ラインがきたり.」(i),大学の友達は福祉関係の学科に行っていたので,仲が良かったから(夫がうつ病になったことを)言いやすかったです.」(j)のように【うつ病発病後も継続する友人関係】や,「そこで(上司に話を)聞いてもらったことでパンクせずにいられたのかなって思います.」(h)など【職場の上司や部下に配偶者のうつ病について打ち明けることで支えられる】体験,「私の父が金のことは心配するなってこうズバッて言ってくれたんですよね.」(h),「もう何年休んだって首にはならないから大丈夫だよって言ってくれて」(i)というような【心配な金銭面について助言してくれる人の存在】がみられた.しかし,その一方で「そんなのお前が原因に決まっているだろう」(h),「やっぱりサボっているようにみられているんじゃないかって,すごい心配だったんですよね.」(i)のようにうつ病に対する正しい理解がされておらず【うつ病に対する世間の偏見】を感じていた.
うつ病患者の配偶者により認識された,うつ病が患者の家族にもたらした影響とその影響への家族の対処について考察し,その後にうつ病患者の配偶者とその他の家族を対象とした看護への示唆について以下に述べる.
1. うつ病が家族にもたらしたプラスの影響これまでの先行研究同様,本研究においてもうつ病患者の家族の負担感や困難さなどマイナスの影響がみられた.しかしその一方で本研究の協力者であるうつ病患者の配偶者は,【うつ病患者に対する肯定的な感情】を持ち合わせていたことに加え,配偶者がうつ病の発病を契機として【義父母への感謝の気持ちと絆の深まり】を体験しており,それらのプラスの影響がうつ病によるマイナスの影響を上回っていたことによって,うつ病患者と夫婦関係を維持することができていたのではないかと考える.
フリッツ・ハイダーの認知的バランス理論(Heider, 1958/1978)によると,人は不安定な関係を解消しようと動機付けられるだけでなく,均衡状態に持っていくよう動機付けられる.うつ病患者の対人関係における特徴として,相互作用を通して周囲をネガティブな気分に誘導するという情動伝播仮説(Coyne, 1976)があり,その追跡研究のメタ解析(Joiner & Katz, 1999)においてもその仮説は強く支持されている.そのため患者の配偶者と義父母との情緒的つながりは,患者に対するネガティブな気分や感情を経由して,均衡状態を保つために対人的態度を変容させたことによって深まったと推測される.つまり患者との相互作用を通してネガティブな気分に誘導された患者の配偶者に義父母が同調したことにより親近感が増し,関係性の維持・向上に繋がったと考える.これらのことから,うつ病患者とその配偶者の夫婦関係がぎくしゃくしながらも家族内における患者の配偶者と義父母との関係性が強化されたことにより,家族全体の維持に繋がったと推測する.
2. うつ病患者と適度な距離を保つという対処患者の配偶者は『うつ病患者に踏み込み過ぎない』で示されたように,【うつ病患者と心理的・物理的な距離を置く】といった対処をしていた.この対処が可能となった理由として『家族成員がそれぞれ力を出し合い今やれることをする』で示されたように,家族内におけるうつ病患者へのサポートが配偶者ひとりに任されるのではなく,両親のバックアップなどによって支えられ,特定の一人に背負わされずに済んだ背景が第一の要因と考える.遊佐(1984)によると,曖昧な境界線をもつ家族は問題解決にあたって誰がどのような機能や役割を取るかが不明確であり,家族成員はあらゆる問題に関して互いに引き込まれ,必要以上に関与し合う.本研究の協力者は,それぞれが家族内の機能や役割を柔軟に担い,うつ病を有する家族成員に対し必要以上に関与し合うことなく適度な距離を保持していたことから,第二の要因として本研究の協力者は明確な境界線を有した健康度の高い家族であったことが影響していたと推測する.第三の要因は『偏見にさらされることはあっても周囲の人々との繋がりで支えられる』で示された【職場の上司や部下に配偶者のうつ病について打ち明けることで支えられる】などのように,うつ病患者を支える立場にある家族が家族以外の人々との繋がりを維持し,そこからのサポートも得られていたことが考えられる.
この3つの要因が家族内に好循環をもたらし,『うつを受け止めながら飲み込まれないように対応する』で示されたように患者の配偶者自身は,うつの病状を受け止めつつも症状に巻き込まれないように自ら気分を切り替えるための努力をすることができ,その結果として,うつ病の症状と適度な距離を保つという対処を取ることができていたと考える.
3. うつ病患者のプラス面を重要視するという前向きな対処配偶者とその家族は,『負の側面に焦点を当て過ぎずにかかわる』で示されたように,うつ病患者にマイナスの側面がなかったわけではない.しかしうつ病を有する家族を追い詰めるようなことはせずにプラスに捉えることや,負担感やサポートした意識のなさ,『偏見にさらされることはあっても周囲の人々との繋がりで支えられる』で示されたように,うつ病に関するマイナスの側面を体験しながらも,プラス面を重要視するという前向きな対処をしていた.
家族が患者に対して表出する感情の内容を測定した感情表出研究では,「批判的コメント」が患者の再発転機と関連していたことや,高感情表出群は低感情表出群と比較し,再発リスクは4.3倍高かったことなどが報告されている(Mino et al., 2000).したがって『負の側面に焦点を当て過ぎずにかかわる』という対処は,感情表出研究の観点からみるとうつ病の再発予防に繋がる重要な対処のひとつであると考える.
このようなうつ病患者である配偶者にマイナス面があってもプラス面を重要視するという家族の前向きな姿勢は,うつ病に対する認識にも影響しており,配偶者とその家族は,【うつ病に対する家族成員自身の抵抗感】や精神科治療に対する疑義を抱きながらも,その一方で前向きな捉え方や【うつ病を有する配偶者本人が一番大変だということへの気づき】を体験していた.また時間の経過とともに病状は回復し,【再発への心配と一生付き合っていくという覚悟】をしながら,【配偶者がうつ病になったことによって得られたプラスの効果】というようにプラスの体験として意味を付与するまでに変容していた.
ものごとがうまくいかない悪循環に陥る人たちがいる一方で,常に物事が好循環で動いているように見える人たちがおり,後者は生じた問題が必ずしも悪いこととは捉えず,想定事項の範囲や視野が広い特徴があると言われている(枝廣・小田,2010).本研究の協力者は,先に述べたようにうつ病によってベースもペースももっていかれるようなマイナスの影響を受けていた.しかし病状経過に伴い,最終的にうつ病になったことによってプラスの効果が得られたことについて語っていた.したがって本研究の協力者は,家族に生じたうつ病という問題を必ずしも悪いこととして終始していなかったことから,常に好循環で動いているような人たちであり,想定事項の範囲や視野が広い特徴をもつ傾向を有していたと考える.
4. 看護への示唆うつ病患者の家族に関する先行研究では,家族の半数近くが深刻な負担を抱えていたという報告(Olawale et al., 2014)や,社会的孤立や支援の欠如を感じていたことが報告(Greenberg, Seltzer & Greenley, 1993)されている.本研究において,うつ病は患者の家族に対し,必ずしもマイナスの作用をもたらすものとして終始するだけでなく,家族の凝集性を高めるチャンスとなり得たり,家族としての成長を促す機会であることが示唆された.野嶋(2012)によると家族の力を支える看護とは,家族の健康に関する力,家族内の関係性を形成し発展させていく力,家族システムをマネジメントする力,家族と地域社会の関係性を発展させていく力を支援し,育成することであると述べている.したがってサポートが不足していると考えられる家族の場合は躊躇なく支援し,本研究の協力者のように医療職者の支援を得なくてもそれぞれの家族システムを生かしてうつ病に対処できている場合は,家族が適切に対処していることを具体的に支持すること,そして彼らの対処法を看護師は積極的に学ぶ姿勢をもつ必要があると考える.
うつ病患者の配偶者により認識されたうつ病が患者の配偶者とその家族にもたらした影響として『うつ病に生活のペースもベースも持っていかれる』,『うつ病によって家族成員間に生じるぎくしゃくした時間と絆の深まり』,『うつ病患者への交錯する感情とささやかな願い』,『変わらざるを得なかったうつ病に対する家族成員の認識』の4つのカテゴリーと18の概念が抽出された.うつ病は家族の生活面や夫婦関係においてマイナスの影響をもたらすことと,両親との絆の深まりやうつ病を有する配偶者への肯定的な感情といったプラスの影響という,相反する影響をもたらしていた.
うつ病に対し家族が行った対処については,『うつを受け止めながら飲み込まれないように対応する』,『家族成員がそれぞれ力を出し合い今やれることをする』,『負の側面に焦点を当て過ぎずにかかわる』,『うつ病を有する配偶者に踏み込み過ぎない』『偏見にさらされることはあっても周囲の人々との繋がりで支えられる』という5つのカテゴリー17の概念が抽出された.うつ病に対して家族は,成員それぞれが力を出し合い特定の一成員が負担を背負わずに済んだこと,それによって家族以外の周囲の人々との繋がりが継続でき,余裕が生まれうつの症状を受け止めることができ,うつ病患者と適度な距離を保つことができていた.また家族は,うつ病に伴うマイナス面を体験しているものの,そこに焦点を当て過ぎず,プラス面を重要視するという対処をしていた.
本研究は,うつ病患者の配偶者により認識されたうつ病が家族にもたらした影響とその対処についてであり,かつ協力者はうつ病の症状が安定している患者の家族成員であったため,この条件範囲内において説明力があるものと考える.加えて協力者自身も有職者で比較的健康度の高いといった限られた条件を持つ小集団についての分析結果であることに留意する必要がある.
本研究は第28回日本精神保健看護学会学術集会において発表した.
本研究にご協力いただきましたご家族に心より感謝申し上げます.また研究協力施設の皆様には研究に対するご理解とご協力に深く感謝します.
YHは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析/解釈,論文の作成を行い,JYはデザインや分析/解釈,論文指導,ISはデザインにおけるアドバイスならびに論文の推敲に関与した.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.