日本精神保健看護学会誌
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原著
トラウマにより生きにくさを抱えた患者への精神科看護師の看護支援と影響要因
加藤 隆子齋藤 直美渡辺 純一渡辺 尚子
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2020 年 29 巻 2 号 p. 19-28

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Abstract

本研究の目的は,精神科看護師がトラウマにより生きにくさを抱えている患者への看護支援でどのような体験をしているのか,看護支援に影響している要因は何かを明らかにして,看護支援の課題を検討することである.

精神科看護師8名に半構造インタビューを行い,質的記述的に分析した.精神科看護師は,患者支援の困難感やトラウマに触れることへの戸惑いを感じながらも,患者の現在の問題に着目し支援をしていた.トラウマを意識した看護支援には患者の対人関係特性,看護師の安定性,トラウマと対峙することが許される環境が影響しており,トラウマの問題を回避する看護支援の停滞とトラウマのある患者を気にかける看護支援の発展というパターンの特徴があった.看護支援において,トラウマを意識した看護経験の少なさや自信のなさから,患者との関わりを回避するという課題があった.それらを解決するためには基本的なトラウマの知識や感情活用についての教育,退院後の支援を見通し支援者や関係機関と早期から連携する必要性が示唆された.

Translated Abstract

The objective of this study was to clarify psychiatric nurses’ experiences, and factors influencing them when supporting patients facing difficulties after traumatic events, and identify related challenges.

Data obtained through semi-structured interviews with 8 psychiatric nurses were qualitatively and descriptively analyzed. While developing a sense of difficulty in supporting patients, and hesitating to deal with their trauma, the psychiatric nurses supported them, focusing on their current problems. Trauma-focused nursing support was influenced by interpersonal characteristics of patients , nurses’ stability, and an environment that facilitates dealing with trauma. It was characterized by two patterns: a decrease in nursing support that avoids trauma-related problems, and an increase in trauma patient-centered nursing support. When providing nursing support, nurses tended to avoid active commitments to patients due to a lack of experience and confidence in trauma-focused nursing.

To resolve this, basic knowledge of trauma and education for emotional literacy may be required. The necessity of early collaboration with supporters and related institutions, with the aim of providing post-discharge support, was also suggested.

Ⅰ  緒言

トラウマは,生命に危険を伴うかまたは強い恐怖もたらす体験が,ある程度の時間を経て精神障害の原因となるこころの傷である.トラウマの原因となるものには,自然災害,事故,不適切な養育,虐待,DV,いじめ,喪失体験など,個人にとっては耐え難い体験であり,それらが複雑にそして複合的に関連している.これらのトラウマ体験は,健全な心身の成長発達に影響を及ぼし,後年に至るまで深刻な影響を及ぼす.Kawakami, Tsuchiya, & Umeda(2014)が行った世界精神保健調査による日本における20歳以上の地域住民を対象にしたデータによれば,約6割の人がトラウマとなる出来事を体験していると言われており,精神的健康不全のある方への支援は,重要な課題である.

トラウマを長期間繰り返し体験することは,衝動コントロール不全,対人関係の問題,睡眠や食事の問題,集中困難,自傷行為など,生活上の問題と関連している.しかし,援助者はトラウマやその影響について理解が不十分で,対象者の抱えている困難を看過し,支援が進んでいない状況が指摘されている(浅野・亀岡・田中,2016).トラウマ体験者には,「トラウマへの気づき」,「安全性の重視」,「コントロール感の回復」,「ストレングスに基づくアプローチ」を鍵概念としたトラウマインフォームドケア(以下,TIC)(Hopper, Bassuk, & Olivet, 2009),すなわちトラウマを熟知したケア(SAMHSA, 2014)が重要である.しかし,TICは米国から導入された概念で,日本の医療現場でトラウマ体験者と関わる看護師を中心とした援助者へは,緒に就いたばかりであり,実践につながっているとはいいがたい.精神科医療の現場では,トラウマを体験したことが推測される対象者と出会ってもそのことに気づかないか,避けてしまう現状がある(松本,2016)と言われているが,なぜそのような状況が起きるのか明らかした研究は見当たらない.

トラウマ体験者を支援する援助者を対象にした研究では,DV被害者を支援する看護職者の実態調査や看護職者への支援の在り方を検討したもの(泉川,2013),東日本大震災など災害時の支援者の心理的ストレス状況を明らかにしたもの(新福・原田,2015)など,少しずつ研究が蓄積されている.しかし,臨床ではトラウマの診断すらあいまいで,トラウマ治療の対象にはなっていないが,トラウマにより生きにくさを抱えている患者がおり,患者は適切な支援が受けられていないと感じていること(加藤・魚津・高松,2017),そこには看護師自身も看護支援に困難感を抱き,戸惑っている現状が推察される.また,トラウマを熟知したケアを行わなければ,援助者自身二次的外傷ストレス(Figley, 1995/2003)により,援助関係にも影響が生じる.

以上の点から,トラウマにまつわる看護実践能力を向上するためには,現状の看護支援とその課題を明らかにし検討することはきわめて重要である.

Ⅱ  研究目的

本研究の目的は,トラウマ体験者と関わる機会の多い職種の一つである精神科病棟に勤務する看護師を対象に,トラウマにより生きにくさを抱えている患者への看護支援でどのような体験をしているのか,看護支援に影響している要因が何か明らかして,看護支援の課題を検討することである.

Ⅲ  用語の定義

トラウマにより生きにくさを抱えた患者:単回性トラウマまたは長期反復性トラウマを有し,そのことが影響し精神障害を発症したと考えられる患者で,安定した日常生活が送れない状況にいる者とした.トラウマが患者の精神症状や日常生活に影響しているか否かは,看護師が入院時の状況や患者との関わりから関連性があると判断した場合,トラウマにより生きにくさを抱えた患者とした.

看護支援:トラウマにより生きにくさを抱えた患者と看護師の相互作用と患者と協働して課題に取り組むという援助関係を基盤として,患者のトラウマからの回復を促進するための看護師の関わりとした.

Ⅳ  研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,トラウマにより生きにくさを抱えた患者を支援する看護師の体験という,いまだ明らかにされていない複雑なテーマを扱う.そのため,看護師の語りを丁寧に分析する必要があると考え,質的記述的研究方法を選択した.

2. 研究対象施設と研究参加者

関東圏内で,トラウマ治療に特化した病院ではないが,500~600床前後の精神科単科病院の病棟に勤務し,トラウマにより生きにくさを抱えた患者の看護経験のある看護師とした.参加者の選定は,施設長に研究目的と方法を説明し承諾をえて,研究受け入れ担当者に参加者の選定を依頼した.本研究は基礎的な研究であり,看護師の属性を限定せず理解を深めたいと考えたため,年齢や性別,経験年数は限定しなかったが,選定基準として以下のものを設けた.①トラウマがベースにあると考えられるPTSD,解離,境界性パーソナリティ障害等の診断をされている患者の看護経験のある看護師.②トラウマにより生きにくさを抱えている患者,例えば,生命の危機に直面するような災害や事故,虐待,DV,いじめ,喪失体験などその個人にとって耐えがたい体験をして日常生活に影響するほど苦しんでいる患者の看護経験のある看護師.

3. データ収集の期間

2018年6月~9月.

4. データ収集の方法

データ収集は半構造インタビューで行った.トラウマにより生きにくさを抱えた患者への看護支援での体験を,その時の感情や思考,行動を中心に語ってもらった.事例を語る場合には,対象となった患者が特定されないよう個人名は伏せて語るよう依頼した.インタビュー時はプライバシーが守れるよう静かな個室で行い,データを正しく理解するために許可をえてICレコーダーに録音した.

5. 分析方法

録音したデータを逐語録におこし,研究目的に関連する語りすべてをデータとした.研究目的と関連のあるデータを意味内容が損なわれないよう,文脈を重視しながら抜き出しコード化した.コード化したものを類似性と相違性を検討しながらサブカテゴリー化,カテゴリー化した.また,分析を進める際には,看護支援の状況を患者との関わりの初期から時間軸に沿って,どのような感情や思考が生じたのか,その結果どのような看護を行ったのか,さらにトラウマを意識した看護を進めるにあたって,どのようなことが影響しているのかの視点で進めていった.分析は,4名の研究者と議論を重ね合意がえられるまで検討を繰り返すこと,さらに質的研究とトラウマの看護支援に熟知した研究者に助言をえながら進めることで信頼性と妥当性の確保に努めた.

6. 倫理的配慮

本研究は,千葉県立保健医療大学研究等倫理審査委員会(審査番号2018-01)と調査対象施設(審査番号156)の研究倫理審査委員会の承認をえて実施した.研究参加者には,研究目的と方法,研究協力を拒否する権利,途中辞退する権利,また研究協力の拒否や途中辞退があっても一切不利益が被ることがないこと,個人情報の保護について文書と口頭で説明し承諾をえた.

Ⅴ  結果

1. 研究参加者の概要

本研究では,2施設の精神科病院の精神科病棟に勤務する看護師8名(男性2名,女性6名)から協力がえられた.平均年齢は41.3歳(50歳代2名,40歳代3名,30歳代2名,20歳代1名)であった.臨床の平均経験年数は17年(20年以上3名,10年以上4名,3年以上1名)であった.精神科の平均経験年数は12.9年(20年以上1名,10年以上6名,3年以上1名)であった.

看護経験で語られた患者は,トラウマに特化した治療を行っている対象者ではないが,背景に虐待やDV,いじめなどの体験があった.

2. トラウマにより生きにくさを抱えた患者への精神科看護師の看護支援

看護師は患者との関わりの当初は【患者支援の困難感】や【トラウマに触れることへの戸惑い】を抱きながらも,患者の【現在の問題に着目する】看護を行っていた.さらに,トラウマからの回復を促進するための看護支援に影響する要因として,【患者の対人関係特性】【看護師の安定性】【トラウマに対峙することが守られる環境】があり,これらが看護支援を阻害,または促進していた.阻害要因が働く時には,看護師は【トラウマの問題を回避する】ことで,患者へ【淡々と対応する】,そしてしだいに【関わりを諦める】といった消極的な関わりを行い,その結果【患者に変化が見られないことに伴う不快感】が生じていた.そのことがまた【トラウマの問題を回避する】ことにつながるという悪循環をきたし看護支援は停滞していた.一方,促進要因が働く時には,看護師は【トラウマのある患者を気にかける】ことで,【患者のニーズを満たす】,さらに【患者に自覚を促す】といった積極的な関わりを行い,その結果【患者の肯定的変化に伴う嬉しさや連帯感】が生じていた.そのことが【トラウマのある患者を気にかける】ことにつながる好循環となり,看護支援は発展していた(図1).

図1

トラウマにより生きにくさを抱えた患者への精神科看護師の看護支援

以下,カテゴリーごとに詳細を記述する.なお,本研究では【 】はカテゴリー,〈 〉はサブカテゴリー,「 」はコードの特徴を表す看護師の語りの要約を示す.

1) 【患者支援の困難感】

このカテゴリーは,〈理解することの難しさ〉〈感情の波や行動化に対する恐れや不安〉〈治療が進まない患者への歯がゆさ・苛立ち〉〈家族の理解を得ることの難しさ〉というサブカテゴリーから構成されていた.

看護師は,「患者が辛かった出来事について話してくれても,自分にはその体験がないため本当の意味で苦しさはわからない」と〈理解することの難しさ〉を感じていた.そして,急に泣いたり,明るくなったり,時には縊首行為などを行う患者の〈感情の波や行動化に対する恐れや不安〉を抱くことや,治療のために入院してきたにもかかわらず,何を言っても耳を貸さない〈治療が進まない患者への歯がゆさ・苛立ち〉を感じていた.また,保護室での治療を家族が承知しないことや,虐待をしている親に養育姿勢について助言しようにも,虐待の自覚がないため〈家族の理解を得ることの難しさ〉を感じていた.

2) 【トラウマに触れることへの戸惑い】

このカテゴリーは〈踏み込むことへの不安〉〈踏み込めない歯がゆさ〉〈踏み込んだ後の不安〉〈介入する術がない〉〈患者が話せば聞く〉というサブカテゴリーから構成されていた.

看護師は「トラウマに関する知識の不十分さから,トラウマにまつわる気持ちを表出されてもどうすることもできない,話す勇気がない」と〈踏み込むことへの不安〉を抱いていた.また,日々の忙しさに流され〈踏み込めない歯がゆさ〉を感じていた.一方,患者が気持ちを表出するようになると患者の体験に圧倒され,患者の気持ちに〈踏み込んだ後の不安〉を抱いていた.さらに「トラウマ体験に起因して飲酒の問題が起きたとしても,どのように看護すればよいのか」分からず〈介入する術がない〉と語っていた.そして,こちらからあえて聞かないが〈患者が話せば聞く〉という姿勢を取っていた.

3) 【現在の問題に着目する】

このカテゴリーは〈精神症状の安定を図る〉〈身体面のケアをする〉〈安心・安全な環境を整える〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師はトラウマの問題が根底にあると気づいても現在生じている〈精神症状の安定を図る〉ことや,摂食や飲酒の問題からくる身体的健康に着目し〈身体面のケア〉をしていた.そして,トラウマの問題を蒸し返すよりもDVや虐待を受けていた環境から患者を切り離し,患者にとって〈安心・安全な環境を整える〉ための調整を行っていた.

4) 【患者の対人関係特性】

【患者対人関係特性】という要因のなかで看護支援を阻害するものは,〈演技的傾向〉〈他罰的傾向〉〈人を寄せ付けない雰囲気〉であった.看護師は,自分に関心を向けてほしいがために何かにつけて言動が大げさな患者の〈演技的傾向〉に「なぜそのような態度をとるのか」と疑問を抱いていた.また,過去に虐待という辛いことがあったとしても,いつも他人のせいにして自分を正当化する〈他罰的傾向〉のある患者に,冷ややかな気持ちになっていた.そして,演技的で他罰的傾向のある患者は,「基本的には改善されることはないだろう」と,過去の看護経験から回復への諦めを抱く看護師もいた.患者のなかには〈人を寄せ付けない雰囲気〉があり,「関わろうにもバリアを張ったように近寄りがたい」と感じている看護師もいた.

【患者の対人関係特性】という要因のなかで看護支援を促進する要因は,患者の〈人懐っこい性格傾向〉であった.看護師は患者の素直さや人懐っこさから親しみを感じ,他者から助けたいと思わせるような人柄について,それも何かの技だと好意的にみていた.

5) 【看護師の安定性】

【看護師の安定性】という要因のなかで看護支援を阻害するものは,〈関わりへの自信のなさ〉〈自身のトラウマ体験〉〈トラウマを意識した看護経験の乏しさ〉であった.看護師はトラウマに踏み込めない理由を「主治医の治療方針」や「治療環境が整わないこと」,「他スタッフから関わりへの協力が得られるかわからない」と理由づけする一方で,「本当は基本的な知識や経験がないために不安である」と〈関わりへの自信のなさ〉を語っていた.また,「皆,多少のこころの傷を持っており簡単に解決できるものではない」と〈自身のトラウマ体験〉と患者の体験を重ねて考え,トラウマに触れることへの苦手意識を持っていた.過去にトラウマのある患者への看護支援を行った際に傷つき,患者と関わることに消極的になっている看護師もいた.そして,精神科の患者の多くは過去にトラウマとなる体験を持っていると考える一方,「そのことを看護にどう生かせばよいのかわからない」と〈トラウマを意識した看護経験の乏しさ〉を語っていた.

【看護師の安定性】という要因のなかで看護支援を促進する要因は,〈関わりの積極性と手応え〉〈患者との距離を保つ〉〈一人で抱えない〉〈一緒に考える姿勢〉であった.「もともとどのような患者にも言うべきことは言う」といったように,自分の感情を積極的に伝えていた看護師は,多くの場合率直な感情表現は患者に伝わるという体験をしており〈関わりの積極性と手応え〉を感じていた.また,患者とトラウマ体験を共有しても,看護師の役割として客観的に状況を捉えることを心掛け,〈患者との距離を保つ〉ことを意識していた.看護師は,時に患者との関わりで不安を覚え,気持ちが重くなることがあるが,上司や他スタッフに相談し〈一人で抱えない〉ことで乗り切っていた.そして,患者に助言したり,なんとかしてあげようという姿勢ではなく,時間を共有する,一緒に悩むというように〈一緒に考える〉姿勢を大事にしていた.

6) 【トラウマと対峙することが守られる環境】

【トラウマと対峙することが守られる環境】という要因のなかで看護支援を阻害するものは,〈トラウマには介入しないという主治医の方針〉〈臨床でのトラウマに対する認識の希薄さ〉〈限られた入院期間〉〈多忙な病棟環境〉であった.看護師は「入院中の関わりは主治医の考え次第である」と話し,入院の目的が症状の緩和であれば〈トラウマには介入しないという主治医の方針〉に従っていた.また,看護師は自傷行為など行動化を起こす患者や,アルコールの問題がある患者であっても,「トラウマと結びつけて考えることはできなかった」と語り,〈臨床でのトラウマに対する認識の希薄さ〉があった.そして入院期間が3か月と限られている急性期病棟では,症状に対する治療は行うが,「その間にトラウマの問題を直視させることには疑問を感じる,介入したとしても中途半端になってしまう」と〈限られた入院期間〉での介入の難しさが語られた.また,看護師は「トラウマの問題を共有し理解を深めたい」と思っても〈多忙な病棟環境〉に流され,「悶々としている」と語る者もいた.

【トラウマと対峙することが守られる環境】という要因のなかで看護支援を促進する要因は,〈スタッフの理解と支援〉〈閉鎖病棟という環境による保護〉であった.〈スタッフの理解と支援〉では,担当看護師として患者と交換日記をしていた際,一人で対応することに限界を感じたことや,今後の患者のためにも他スタッフとも気持ちの表出ができる関係を築くことが必要と考え,他スタッフに支援を求めていた.また,「患者が甘えてくるときには抱きしめたりする行為も周囲のスタッフが支持的に見ていてくれたからできた」と語る者もおり,〈スタッフの理解と支援〉があることで患者との関わりが維持できていた.そして,トラウマの問題に踏み込むことができるのも,安全に見守ることができる〈閉鎖病棟という環境による保護〉があるためであった.

7) 【トラウマの問題を回避する】

このカテゴリーは,〈核心には触れない〉〈触れることを誰も望んでいない〉〈いつかは触れるべきこと〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師は,「患者が話さないにもかかわらず,トラウマの問題に触れることは看護師の自己満足になるのではないか」,「患者に熱心に関わり,トラウマの問題に踏み込んだとしても,患者がスプリテッィングを起こし,不快な思いをする」ことがあるので〈核心には触れない〉と語っていた.また,トラウマの問題に〈触れることを誰も望んでいない〉と考える一方で〈いつかは触れるべきこと〉とも考えていた.

8) 【淡々と対応する】

このカテゴリーは〈ごく普通に接する〉〈巻き込まれないようにする〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師は演技的で大げさな表現をする患者や,人前で平気で希死発言をする患者に疑問に感じていた.そして遠巻き見ながら〈ごく普通に接する〉ことで,必要以上に関わらず〈巻き込まれないようにする〉姿勢で患者に関わっていた.

9) 【関わりを諦める】

このカテゴリーは,〈関わりへの諦め〉〈回復への諦め〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師は,「トラウマの問題に触れることは仕事量を増やし感情的にも疲弊するだけなので,当たらず触らずがよい」と考え〈関わりへの諦め〉を抱いていた.また,「トラウマの問題に触れるとかえって患者の反発にあうことがある,患者はこのまま一生症状に左右されて生きていくのだろう」と考えるようになり〈回復への諦め〉も抱いていた.

10) 【患者に変化が見られないことに伴う不快感】

このカテゴリーは,〈負のループから抜け出せない〉〈嫌悪感〉〈疑い〉〈不信感〉〈驚き〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師は人を寄せ付けない患者の雰囲気や,トラウマを盾にして他罰的になるなど,まるで生きにくさにとどまっているように見える患者の〈負のループから抜け出せない〉状況に,〈嫌悪感〉〈疑い〉〈不信感〉〈驚き〉を抱いていた.

11) 【トラウマのある患者を気にかける】

このカテゴリーは,〈時と場所を共有する〉〈支持的な関わりをする〉〈関わる方も重い〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師はフラッシュバックを起こしたり,激しく揺れる患者の様子を目にし,「何かできることはないかと,そばにいる時間を作ったり,マッサージをする」など〈時と場所を共有する〉ことをしていた.〈支持的な関わりをする〉看護師は,患者を叱ったとしても,その後患者の気持ちを配慮できていたか自らの関わりを振り返り,再び患者のもとに行って心配していることを伝えるなどしていた.このように,真剣に患者に関わるほど看護師にも様々な感情が沸き起こり〈関わる方も重い〉と語る者もいたが,諦めず患者に関心を向けていた.

12) 【患者のニーズを満たす】

このカテゴリーは,〈適切に甘やかす〉〈肯定的にフィードバックする〉というサブカテゴリーからなっていた.虐待があった患者は,入院環境で厳しく対応された場合は,入院が過去と同様に孤独で不安だけの体験となる.そのため,患者の状況によっては抱きしめるなどの行為を通して安心感を与えるような関わりも〈適切に甘やかす〉意図的な看護として効果があると考えていた.さらに,患者の言動を否定せず傾聴し,気持ちのコントロールができるようになったことを〈肯定的にフィードバックする〉ことで患者のニーズを満たしていた.

13) 【患者に自覚を促す】

このカテゴリーは,〈自分の思いを率直に伝える〉〈気持ちの言語化を促す〉というサブカテゴリーからなっていた.自分の感情を自覚しその感情を患者に伝えることを意識的に行っている看護師は,がっかりしたことや悲しかったことなど患者に〈自分の思いを率直に伝える〉ことをしていた.そして,「過去の振り返りや周囲の理解を得るためには,感情表出や助けを求めることが大切である」ことを患者に伝え,〈気持ちの言語化を促す〉関わりを行っていた.

14) 【患者の肯定的変化に伴う嬉しさや連帯感】

このカテゴリーは,〈前向きな行動変容〉〈気持ちを言語化する〉〈嬉しさ〉〈愛おしさ〉〈手応え〉〈一体感〉というサブカテゴリーからなっていた.看護師は,患者と言葉のキャッチボールができるようになったり,飲酒をしないといった患者の〈前向きな行動変容〉を捉えていた.そして行動化するのではなく,泣きながらでも〈気持ちを言語化する〉患者の様子に,〈嬉しさ〉や我が子に対する時のような〈愛おしさ〉を抱いていた.そして患者とのやり取りの積み重ねに〈手応え〉や〈一体感〉を感じ,看護師自身も前向きな気持ちになっていた.

Ⅵ  考察

1. トラウマにより生きにくさを抱えた患者への精神科看護師の看護支援と影響要因

看護師は,【患者支援の困難感】や【トラウマに触れることへの戸惑い】を抱きながらも,日々,患者の持つ【現在の問題に着目する】支援を懸命に行っていた.トラウマケアの基本は,安全で安心できる環境と感覚を提供することであり,日常の生活の質を少しでも向上させていくことである(青木,2019).また,Herman(1992/1999)は,トラウマからの回復のステップを第一段階:安全の確立,第二段階:想起と服喪追悼,第三段階:再統合と述べている.本研究の【現在の問題に着目する】支援は,Herman(1992/1999)の「安全の確立」という回復を支えるステップであり,患者の日常生活の質を向上させるために不可欠であったと考える.

本研究では,トラウマからの回復に向けた看護支援を阻害,促進する要因が明らかになった.【患者の対人関係特性】のなかで阻害要因が影響する場合,看護師には患者に対する冷ややかさや諦めが生じ,患者の心理状態を理解することに困難をきたしていた.坂下(2008)は終末期の患者と関わる看護師には心の壁があり,それは看護師と患者間のギャップ(隔たり)であると述べている.この心の壁は,患者と向き合う時の混沌とした不安や重圧感などからくる心身の疲労で,苦しい経験による看護師の状況から,踏み込めないとか逃げ出したいと感じる時の心の構造であると説明している.これはトラウマのある患者への看護に戸惑いを感じ,トラウマの問題を回避する看護師の姿勢と類似していると考える.トラウマからの回復に向けた看護支援の困難さの背景に語られた患者のほとんどは,長期反復性トラウマのある患者であり,そのようなトラウマから対人関係の構築を困難にさせる【患者の対人関係特性】が生じたと考える.そして,トラウマからの回復に向けた看護支援の停滞のパターンは,トラウマを熟知したケアとはいい難く,患者にとっては再トラウマ化(SAMHSA, 2014)となりうる.

看護支援を発展させるためには,患者との心理的距離を適切に保つ必要がある.心理的距離とは患者との関係性を表すものの一つで,看護師自身の感情や環境から影響を受ける主観的なものである(香月,2009).看護支援の停滞では,看護師は【淡々と対応する】というように巻き込まれないようごく普通に接することを意識していた.牧野(2005)は巻き込まれの否定的側面である「意図せぬ巻き込まれ」について,患者のペースに受動的に乗ってしまうことで,否定的な感情が生じて余裕がなくなり,治療の方向性を見失い,適切なケアの行動が取れなくなることと説明している.本研究の看護師も同様の状況で否定的感情が継続し,適切な看護支援が行えなくなっていったことが推察される.一方,看護支援の発展では,看護師は患者を〈適切に甘やかす〉ことで【患者のニーズを満たす】支援を行っていた.これは牧野(2005)のいう「主体的巻き込まれ」と類似している.「主体的巻き込まれ」とは能動的,主体的に患者のペースに合わせて関わるなかで,患者を身近な存在に感じ見通しを持ちながら,患者の状況に応じて個別的なケアを行うことであり,本研究の看護師も実践していた.患者の対人関係構築を困難にさせる【患者の対人関係特性】に看護師が意図的に巻き込まれながらも患者ととも在り続けることは,患者の安心や安全を守り,トラウマからの回復の一助になっていたと考える.さらに「意図せぬ巻き込まれ」から「主体的巻き込まれ」への移行要因には看護師の成長やチームからのバックアップがあるといわれている(牧野,2005).本研究でも〈スタッフの理解と支援〉を得ながら患者と関わり続ける中で,看護師は自身の看護に手ごたえを感じており,看護師が適切なサポートを受け,スタッフの理解を得ながら連携することは,看護支援には不可欠である.そして,看護師から巻き込まれることを意識的に行っていたという発言はなかったが,【患者のニーズを満たす】など主体的に患者のペースに合わせ個別的なケアを行い,【患者に自覚を促す】ことで【患者の肯定的変化に伴う嬉しさや連帯感】を生じ,関係性を発展させていた者がいた.これは,Herman(1992/1999)の安心できる環境で語ること,つまり「想起と服喪追悼」であり,看護師との関係性を育て患者が自己を成長させる「再結合」と類似していると考えた.これらのことから,看護師が意識的に巻き込まれることにより患者との関わりを積み重ね,患者が自らの気持ちを表現できるよう感情を引き出しながら関係性を維持することが出来れば,看護支援が停滞から発展へと移行する可能性があると考えた.

さらにPeplau(1989/1996)によると精神科看護の専門性は患者のニーズを満たすことであり,ニーズの代行ではないとしている.すなわち精神科看護の専門性は,患者の表現を助け,患者が自身のニーズを明らかにし,それを満たすことができるように支援することである.本研究の結果から,看護師は〈自分の思いを率直に伝える〉ことを通して患者の〈気持ちの言語化を促す〉関わりをしていた.看護師は,【患者のニーズを満たす】だけではなく,患者の中に湧き上がる感情は何らかのニーズが満たされないことの表れであると考え,【患者に自覚を促す】支援を行っており,これは精神科看護の専門性であると考える.

2. トラウマからの回復を促すための看護支援における課題

本研究から考えられた課題を三つの視点から述べる.第一に教育支援の必要性である.松本(2016)は,精神科の臨床現場においてもトラウマを十分に扱えていないことを指摘している.本研究でも同様の結果が得られており,いくつかの要因として,〈関わりへの自信のなさ〉〈トラウマを意識した看護経験の乏しさ〉〈臨床ではトラウマに対する認識の希薄さ〉があった.また,〈関わる方も重い〉と感じる看護師もいるように,トラウマのある方と関わる際には看護師自身も二次的外傷ストレス(Figley, 1995/2003)を生じる可能性がある.これらのことから,トラウマの基本的な知識の理解と介入方法を含めた教育プログラムの検討が必要である.そして,看護師個人だけでなく医療チームでトラウマに対する支援の在り方を検討していくことが重要であり,具体的には医療チームで事例検討を行い,患者だけでなく医療チーム,援助関係,臨床状況について幅広く理解を深め多角的に実践可能な患者支援を検討することが効果的である.

第二に,患者の退院後の生活を支えるため地域の関連機関との連携である.本研究では,看護師は〈限られた入院期間〉で看護支援を行うことに困難があると考えていることが明らかになった.そのため,入院中から退院後の支援を見通し,病棟だけではなく地域で患者を支える支援者や関係機関とも一つのチームとなり連携することが重要である.具体的には,入院初期からのカンファレンスや事例検討を地域の支援者を交えて行うこと,退院後も外来や地域でのカンファレンスに病院の看護師も参加することで,効果的な連携ができると考えた.また,このような連携を可能にするためにも,患者とトラウマの知識や問題について共有していくことが重要である(SAMHSA, 2014濱家ら,2018).

第三に,看護師の感情を自覚的に活用して,看護に生かすための教育の必要性である.本研究では,看護支援の発展にあった看護師は患者に〈自分の思いを率直に伝える〉ことを通して,関係性の深まりを体験していた.トラウマからの回復を促す支援をしながらも看護師自身,援助者としての成長が見られていたといえよう.一方で,看護支援の停滞にあった看護師は,患者との関わりで生じた感情を抑圧してしまい,自己の感情を自覚し,その意味を考え,適切に表現する,つまり感情を活用するという意識が乏しかったと考える.そのため,看護支援を発展させるためには,感情を活用するための教育支援の必要性が示唆された.

Ⅶ  本研究の限界と課題

本研究では,2施設であり,研究参加者が8名であるが,これまで未解明だったトラウマにより生きにくさを抱えた患者に対する精神科看護師の看護支援と影響要因を明らかにすることができた.しかし,参加者の属性の詳細や要因間の関連性についての分析までには至っていない.今後は年齢や職位,臨床経験年数,要因間の関連なども含め緻密に分析していくこと,地域への継続支援を踏まえ地域で働く援助者の支援経験について研究を重ね,援助者に対する教育プログラム開発に向けた研究を行うことが課題である.

Ⅷ  結論

トラウマにより生きにくさを抱えた患者への看護支援として,看護師は【患者支援の困難感】や【トラウマに触れることへの戸惑い】を抱きながらも【現在の問題に着目する】支援を行っていた.看護支援にはそれを阻害,促進する影響要因として【患者の対人関係特性】【看護師の安定性】【トラウマと対峙することが許される環境】があった.阻害要因が働くと看護支援は停滞し,看護師には【トラウマの問題を回避する】【淡々と対応する】【関わりを諦める】【患者に変化が見られないことに伴う不快感】が生じていた.促進要因が働くと看護支援は発展し,看護師には【トラウマのある患者を気にかける】【患者のニーズを満たす】【患者に自覚を促す】【患者の肯定的変化に伴う嬉しさや連帯感】が生じていた.本研究から,臨床におけるトラウマを意識した看護支援の経験不足や自信のなさ,トラウマに対する認識の希薄さが明らかになり,それを解決するために,基本的なトラウマの知識や具体的な介入方法を知ること,意識的に感情活用を行うための教育支援の必要性が示唆された.そして,現状では十分行えていない退院後の地域で生活する患者を支える関係機関の援助者との連携の必要性が示唆された.

謝辞

本研究にご協力くださいました看護師の方々に深く感謝申し上げます.

著者資格

RKは研究デザインと実施,データ収集,分析,執筆の全てを行った.NSはデータ収集,分析,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.JW,NWは分析,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.全著者は最終原稿を読み承認した.本研究は,2018年度千葉県立保健医療大学学内共同研究費の助成を受けた.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
© 2020 日本精神保健看護学会
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