2021 年 30 巻 2 号 p. 56-60
平成16年に厚生労働省(2004)による精神保健医療福祉の改革ビジョンにおいて「入院医療中心から地域生活中心」とした改革が推し進められてきた.しかし,平成29年の職業安定局の調査によれば,就職後1年の職場定着率は精神障碍者が最も低く離職原因の1つとして症状の悪化が挙げられる.精神症状の出現が少ない程,就労継続期間が長い(Han, & Jun, 2020)ことが指摘されており再発予防が課題となる.
統合失調症の再発は,4週間以内に精神症状の悪化を示す,不安やイライラ,うつ等の症状として出現する(Birchwood et al., 1989).そのため,医療者と患者自身が症状を観察し警告サインに気づくことが重要である(Lukoff, Liberman, & Nuechterlein, 1986).統合失調症患者の再発の定義について,最も多く用いられている要因に入院やPositive and Negative Syndrome Scale(PANSS)等の尺度,攻撃性といった言動の変化がある(Olivares et al., 2013).しかし,再発予防の観点から日常的に尺度を使用することは難しく,観察による変化の察知が重要である.
本研究では,看護師と対象者自身によって認識される言動の変化や症状の悪化といった再発兆候をウェアラブルデバイス装着による,睡眠やストレスレベル,ステップ数,心拍数の測定によって予測できるのか検討した.ウェアラブルデバイスを用いた研究では,妊婦のストレスレベルの予測(Oti et al., 2018)が報告されている.統合失調症の再発兆候に関して定量的な測定方法は,尺度の使用に留まっている.そのため,再発兆候を簡便かつ早期に把握できれば,対象者と医療者が共有することで離職防止策を講じ,地域生活を長く送ることが可能になると考える.
就労している統合失調症患者を対象とし,気分の変動等の再発兆候をウェアラブルデバイスのストレスレベル(低・中・強・1日の平均値),睡眠状態(起床時間・就寝時間・深い・浅い・レム睡眠・非睡眠・睡眠時間),心拍数(最大値・安静時・平均値),ステップ数の中から予測しうる因子を特定することを目的とした.
選択基準は,医療機関において統合失調症と診断されている対象者とし,研究参加の意思があり,主治医の許可が得られたものとした.除外基準は他の精神疾患の合併,研究参加の意思があっても主治医の許可が得られないものとした.研究協力が得られた就労継続支援施設の責任者に対象者の選定を依頼した.結果,就労継続支援施設(以下,施設という)の利用者1名とピアスタッフとして勤務している1名を対象者とした(平均年齢52.5歳SD = 6.3).
2. 調査項目再発兆候について先行研究(Birchwood et al., 1989;大山・藤井,2018)と文献(昼田,2009)に基づき共通する「睡眠状態の変化」「活動性の変化」抑うつや不安,焦り等の「気分の変動」を選定した.また,就労している対象者の再発兆候は作業能率に影響を及ぼすと想定し「作業能率の変化」を加えた.作業能率を対象者が遂行する作業に対する集中力,作業量の変化とし,普段の作業状況と比較し変化の有無を確認する項目とした.再発の要因である「ストレス」や「抗精神病薬を内服しないこと」,ストレスによって生じる「身体症状」(慶應義塾大学医学部精神神経科総合社会復帰研究班,2008)を調査項目に加えた.また,看護師によって観察される落ち着きのなさ等の変化を「1日の調子」として調査項目に設定した.
3. データ収集方法(図1)データ収集方法
ウェアラブルデバイスは,GARMIN vivosmart4(以下,GARMINという)を使用した.光学式心拍計が搭載され,2つの測定周波数により心拍変動を測定している.ストレスレベルは,心拍変動に基づき算出され,低いストレスレベルは0~25,中等度のストレスは26~50,高いストレスレベルは51~75,非常に高いストレスは76~100で表示される.採用理由として,精度が検証されていること(Lee et al., 2018),生活防水機能,1回の充電で7日間測定が可能であること,軽量(17.5 g)であることが挙げられる.
2) GRMINによるデータ収集対象者に手首にGARMINを装着するよう依頼した.しかし,作業に支障を来す場合や皮膚の異常,負担を感じた場合は外してよいことを説明した.週2回研究者が施設を訪問し,GARMINとペアリングしたiPadのアプリケーション(GARMIN Connect)によりデータをエクスポートした.
3) 看護師の観察データと評定方法作業中の集中力や生産性の変化を「作業能率の変化」とした.不安や焦り,気分の落ち込みを「気分の変動」とし,2件法(0.なし,1.あり)とした.1日の対象者の調子を(0.良い,1.悪い)とし,対象者が施設に来所した際,1名の看護師に評定を依頼した.評定する看護師は,施設責任者が任命し2~3名の中から当日作業に同伴し,状態を把握したものが実施した.
4) 対象者への聞き取りによって得るデータと評定方法熟睡感,服薬し忘れ,頭痛や腹痛等の身体的な不調の訴えの有無を2件法(0.なし,1.あり)とし,施設に来所した際に対象者自身に評定を依頼した.
5) データ収集期間2019年12月9日~2020年1月21日
4. 分析方法施設を休んだ日やGARMINを外したことにより欠損値がある日のデータは除外した.共通した再発兆候の予測因子を明らかにするため2名のデータを合わせて分析した.GARMINから取得した量的データは正規性に従うか確認し,スペアマンの順位相関係数を求めた.GARMINから取得した変数を独立変数とし,看護師の観察データと対象者への聞き取りによって得られる変数を従属変数とした.分析は,2項ロジスティック回帰分析,多重ロジスティック回帰分析を行い,回帰式の有意性や解釈可能性により決定した.変数の選択は,相関がある変数と相関はないが関連が強いと思われる変数とした.分析には,SPSS Statistics23(IBM)を使用した.
5. 用語の操作的定義 1) 再発兆候先行研究(Olivares et al., 2013)に基づき「患者,看護師によって把握される言動の変化や症状の再出現または悪化の兆し」とした.
2) ストレスGARMINに表示されるストレスレベルとした.
3) 身体症状対象者が知覚する身体的な不調(頭痛や腹痛等)とした.
6. 倫理的配慮研究参加は,対象者の自由意思に基づくものとし,対象者の研究参加の意思を確認後,施設の責任者より対象者が通院している医療機関の情報を得た.主治医に研究内容を説明し研究参加の了解を得た.研究参加により精神状態に変調を来した場合は,受診を促すことを主治医に説明し,協力体制を整えた.尚,本研究は筆者が所属する九州工業大学大学院生命体工学研究科におけるヒトを対象とする研究審査委員会の承認を得たうえで実施した(承認番号:19-10).
データを取得した日数は,施設利用者が34日,ピアスタッフの対象者は33日であった.分析から除外した日数は,前者13日(38.2%),後者15日(45.5%)であった.分析対象は,前者21日,後者18日の合計39日分とした.
2. GARMINより取得した変数の記述統計量(表1)と再発兆候の評定結果変数名 | 平均 | 標準偏差 | 中央値[四分位点] |
---|---|---|---|
ストレス | |||
強いストレス(分) | 69.4 | 70.4 | 54.0[25.0, 91.5] |
中等度のストレス(分) | 153.8 | 78.0 | 136.0[102.50, 191.0] |
低いストレス(分) | 154.8 | 73.6 | 157.0[100, 209.5] |
ストレス平均値(スコア) | 29.9 | 10.5 | 28.0[24.0, 34.0] |
ステップ数 | |||
ステップ数(歩) | 6157.5 | 2636.3 | 6326.5[4081.5, 7780.8] |
心拍数 | |||
安静時平均心拍数(回) | 56.6 | 3.7 | 57.0[53.0, 60.0] |
安静時心拍数(回) | 56.2 | 4.5 | 57.0[52.5, 59.0] |
最大心拍数(回) | 118.3 | 14.1 | 116.0[110.0, 123.0] |
睡眠 | |||
就寝時間(時間) | 14.7 | 9.4 | 20.7[2.6, 21.9] |
起床時間(時間) | 7.1 | 1.8 | 7.5[5.8, 8.2] |
浅い眠り(分) | 262.7 | 103.5 | 276.0[190.5, 325.5] |
レム睡眠(分) | 67.1 | 56.1 | 66.0[22.5, 108.0] |
非睡眠(分) | 10.6 | 13.4 | 6.0[0.0, 18.0] |
睡眠時間(分) | 470.1 | 103.6 | 480.0[396.0, 531.0] |
GARMINより取得した変数の記述統計量を表1に示す.再発兆候である熟睡感は,0(あり)=29日,1(なし)=10日,服薬し忘れは,0(あり)=1日,1(なし)=38日,身体症状は,0(あり)=11日,1(なし)=28日,作業能率の変化は,0(あり)=1日,1(なし)=38,気分の変動は,0(あり)=4日,1(なし)=35日,1日の調子は,0(良い)=31日,1(悪い)=8日であった.
3. ロジスティック回帰分析の結果(表2)従属変数 | 独立変数 | 偏回帰係数 | 有意確率 (p) |
オッズ比 | オッズ比の95% 信頼区間 |
|
---|---|---|---|---|---|---|
下限 | 上限 | |||||
身体症状 | 強いストレスを受けた時間 | 0.894 | 0.038 | 2.444 | 1.052 | 5.680 |
定数 | –2.002 | 0.002 | ||||
ストレス平均値 | 0.089 | 0.034 | 1.093 | 1.007 | 1.186 | |
定数 | –3.598 | 0.007 | ||||
1日の調子 | 最大心拍数 | –0.137 | 0.036 | 0.872 | 0.767 | 0.991 |
定数 | 14.359 | 0.051 |
モデルχ2検定 p < 0.01
相関関係において有意差(r = 0.365*)があったストレス平均値を独立変数として2項ロジスティック回帰分析(強制投入法)を行った.モデルχ2検定の結果はp < 0.01で有意であり,変数も有意(p < 0.01)であった.ホスマー・レメショウの検定は,p = 0.336で良好であった.身体症状の有無は,ストレス平均値によって判別的中率71.8%の確立で予測される結果となった.次に有意差はなかったが(r = 0.279),再発要因に影響すると考えられる強いストレスを受けた時間を独立変数として2項ロジスティック回帰分析(強制投入法)を行った.モデルχ2検定の結果は,p < 0.01で有意であり,変数も有意(p < 0.01)であった.ホスマー・レメショウの検定は,p = 0.385で良好であった.身体症状の有無は,強いストレスを受けた時間によって判別的中率76.9%の確立で予測される結果となった.
2) その日の調子を従属変数としたモデル相関関係において有意差(r = –0.421**)があった最大心拍数を独立変数として2項ロジスティック回帰分析を行った.モデルχ2検定の結果は,p < 0.01で有意であり,変数も有意(p < 0.01)であった.ホスマー・レメショウの検定は,p = 0.513で良好であった.その日の調子は,最大心拍数によって判別的中率79.5%の確率で予測される結果となった.
身体症状は,ストレス平均値や強いストレスを受けた時間によって予測される可能性が示唆された.GARMINはストレスレベルを心拍変動に基づいて算出している.先行研究(松本・後山・木村,2008)において心拍変動は心身相関の客観的指標となり,心身のストレスを反映する可能性が示唆されている.身体症状が外因性か心因性の判定の必要性はあるが,強いストレスを受けた時間,ストレス平均値によって再発兆候である身体症状の有無を把握できる可能性がある.
2. 最大心拍数とその日の調子の関連先行研究(Bär et al., 2007)では,簡易精神症状評価尺度(BPRS)の高値群において顕著な副交感神経活動の低下がある.本研究では,1日の調子は,最大心拍数が多い程調子がよく,最大心拍数が減少している程調子が悪いことが予測される結果となった.一般的に最大心拍数は運動によって高値となる.対象者は就労しており,調子がよい時程活動的であることが要因と推察される.
以上より,対象者と支援者が主観的判断のみに依らず,ストレス平均値や強いストレスを受けた時間,最大心拍数といったデータを把握,共有することで早期に異変を発見し,再発や離職防止に向けて協働することができるのではないかと考える.
本研究の限界は,ウェアラブルデバイス装着に対する不安から一定数の対象者の確保に至らなかった.よって結果を一般化することができない.除外データが双方の対象者で38.2%,45.5%と多く判別的中率に影響している.また,自律神経に影響を及ぼす向精神病薬の投与量を考慮していない.したがって課題は,心理的負担を軽減するため試着期間を設け対象者数を確保すること,長期的な測定期間の設定,クロルプロマジン等価換算値を含め検討する必要がある.
研究の遂行にあたりご助言いただきました九州工業大学大学院生命体工学研究科柴田智広教授,ご協力いただきました施設の対象者,職員の皆様に深く感謝申し上げます.
本論文の一部は,第9回看護理工学会学術集会において発表した.
YSは,研究の着想から原稿作成のプロセス全般を遂行した.
本研究における利益相反関係にある企業等は存在しない.