2022 年 31 巻 1 号 p. 19-28
本研究の目的は,高齢者入所施設で生活する高齢精神障害者の語りを通して,援助職者から受けるケアに関する体験を描き出し,施設における精神障害者へのケアの課題を考察することである.半構造化インタビュー調査にて,認知症を除く精神障害の診断名をもつ65歳以上の高齢者から①施設入所の経緯②印象的なケア体験③ケアへの思い等の自由な語りを得た.同意を得てICレコーダーに録音し,逐語録を作成し分析した.
参加者は4施設の10名であり,参加者の語りからは次のようなケアのストーリーが明らかになった.精神障害をもつことによって自尊感情が傷ついている参加者にとって,〈一人の人〉として関心を向け,ケアしてくれる援助職者との関係性を築いていくプロセスを通して,援助職者との関係で傷ついたりしながらも,病気や生活に対する捉え方が前向きになっていった.これは〈一人の人〉として認められた感覚の獲得につながっていた.施設でのケアにおいては,入所者の自尊感情が回復できるような対人関係のあり方が重要な課題であると考えられた.
The purpose of this study is to describe narratives of elderly residents with mental illness living in nursing homes and who receive care from “helping professionals.” It also examines issues that arise in the care provided. Qualitative research was conducted using semi-structured interviews. Participants were elderly residents aged 65 and over, diagnosed with mental illnesses other than dementia who responded freely to interview questions on the following three topics: the residents’ (1) background prior to entering the nursing home; (2) impressive care experiences; and (3) feelings and thoughts about receiving care. We performed thematic analysis on the data, which were recorded using an IC recorder.
Ten residents with mental illness from four nursing homes participated in the survey, and the history of their care was drawn from their stories. For participants whose self-esteem was hurt by having a mental illness, the process of building relationships with helping professionals who provided good care—even if they got hurt by their relationship with the helping professionals—improved their the way of thinking about illness, and their life became more positive. They felt recognized as “individuals.” For such elderly residents with mental illness, interpersonal relationships that promote the recovery of self-esteem are an important aspect of nursing home care.
日本の精神科医療においては,「入院」から「地域」へと改革が進められているものの,未だに入院患者は約28万人であり,そのうち1年以上の長期入院患者数は,約17万人(厚生労働省,2019)と半数以上を占めている.長期入院患者を年齢別にみると,65歳以上の高齢者(以下,長期入院高齢者)が半数以上を占め,長期入院高齢者への退院支援は重要な課題であるといえる.
長期入院高齢者の疾患名をみると,認知症は約30%であり,約70%が認知症以外の精神障害(主に統合失調症圏)である.認知症以外の長期入院高齢者への退院支援の現状としては,家族とも疎遠で一人暮らしも難しく,家族の元や自宅への退院が困難なことが多いため,退院後の生活の場の一つとして最も検討されているのが高齢者入所施設(以下,施設)となっている(厚生労働省社会援護局障害保健福祉部,2014;鷺・寳田,2019).しかし,施設への退院支援については,施設に入所しても再度精神科病院に入院となる事例もあり,困難な現状が報告されている(鷺・寳田,2019).また,施設においては,精神障害に対する理解不足や偏見など,精神障害をもつ入所者(以下,高齢精神障害者)への対応の困難さの報告がある(一般財団法人日本総合研究所,2016;山本・水主・志波,2006).
諸外国においても,高齢精神障害者のケアについては,多くの高齢精神障害者がナーシングホームで生活しているものの,高齢精神障害者の受け入れには今だ消極的であること(Rahman et al., 2013),援助職者は認知症へのケアには意欲的であるものの,それ以外の精神障害へのケアには消極的であること(Campbell, 2006)も報告されている.また,精神症状による言動や攻撃性を感じる言動によってケアに時間を要し困難さを抱えていること(Rahman et al., 2013),攻撃性を感じる言動によってネガティブな感情を生じること(Aström et al., 2002;Edward et al., 2014;Franz et al., 2010),など困難な状況が報告されている.
何をケアと認識したり感じたりするかは,感情,価値といった主観的な要素が影響し,個人によって異なる.また,ケアの実施者(援助職者)とケアを受ける者との認識には,体験の捉え方にズレが生じていることもある.そこで,具体的なケアの現状から課題を明らかにするには,ケアの現状について,援助職者と高齢精神障害者双方の語りから,描き出すことに意味があると考えた.
これまでに,研究者らは,関西圏における6つの施設の援助職者へインタビューを行い,ケアの現状を描き出した.その結果,次のことが明らかとなった.援助職者は入所者との良好な関係を築こうとするプロセスを通して,入所者に対する認識が「精神障害者」から「一人の人」へと変化し,精神症状ではなく個性として捉えたケアへの変化のストーリーが描き出された.しかしその背景には,入所者からの暴言や暴力といった攻撃性を感じるような言動によって入所者との関係で傷つくこともあり,傷つきながらも入所者との関係性を修復しようと試みながらケアを継続しようとするストーリーも描き出された.これらの結果より,傷ついた援助職者の感情支援は,課題の一つであると考えられた(鷺・寳田・和泉,2020).
そこで今回は,ケアの受け手である精神障害をもつ入所者(高齢精神障害者)の語りから,ケアの現状を描き出す.そして,高齢者入所施設における精神障害者へのケアの課題について,さらに考察を深めたい.
高齢者入所施設で生活する高齢精神障害者の語りを通して,援助職者から受けるケアに関する体験を描き出し,高齢者入所施設における精神障害者へのケアの課題を考察する.
1.高齢者入所施設:老人福祉法を根拠法とし,法的基準や設置主体の規定があり,経済的な理由および家族による援助を受けることが困難な人が入所可能な施設.本論では,精神症状が安定しており,日常生活が比較的自立している精神科長期入院高齢者の退院先として想定される養護老人ホームや軽費老人ホームとした.
2.高齢精神障害者:精神科への受診歴や入院歴があり,認知症を除く精神障害の診断名をもつ65歳以上の高齢者.
3.援助職者:高齢者入所施設で勤務しており,精神障害者へのケア体験を有する援助職者.医療職や福祉職といった職種や役職,教育背景については問わない.
4.ケア:1日を通しての日常生活上での世話や援助・支援といったかかわり.施設における主なケアとして,食事や入浴などの日常生活上の援助,相談にのる,レクリエーションなどの行事を提供する等があり,それらを含む.
5.ケア体験:援助職者から受けるケアとして参加者が認識している感情や価値を含めた主観的体験
1.研究デザイン:半構造化インタビューを用いた質的記述的研究
2.インタビュー対象者及び参加者:対象者は,精神障害をもちながら高齢になり施設で生活する65歳以上の高齢者とした.精神障害は認知症以外とし,性別,入院歴,入所期間等については問わなかった.問わなかった理由は,対象を限定することによりアクセスの難しさが予測されたためである.対象者に,個別にて文書と口頭で説明し,同意を得た人を参加者とした.
3.対象者へのアクセス方法:本研究を行う前に,研究者らのネットワークを通してアクセスし,同意を得た6つの高齢者施設の援助職者にインタビューを行い,「高齢者入所施設における精神障害者へのケアの現状と課題」(鷺・寳田・和泉,2020)を明らかにした.本研究では,前回の研究で協力を得た援助職者や施設責任者から,本研究の対象者となり得る人の紹介を得た.その結果,4施設から対象者の紹介を得た.対象者の紹介を依頼するにあたって,対象者の選定では,参加者の精神的な安全を考慮し,援助職者との関係性が取れており,精神障害を有していることを本人が伝えていること,精神状態が安定しており,語ることで精神状態の悪化につながる可能性が低く,インタビュー参加には自己の意思で判断できると2名以上の援助職者が判断した人とした.
4.期間:2019年5月~8月
5.場所および時間:参加者が生活する施設のプライバシーが保持でき,参加者が疲労や負担を感じていると見受けられた場合に援助職者等にサポートを求めることができる場所とし,30分~1時間程度を目安として行った.
6.内容:①施設へ入所した経緯について,②施設におけるケアに関する印象的な出来事について,③ケアへの思いについて,語りの流れに応じ自由に語ってもらった.インタビューは,参加者の同意を得てICレコーダーに録音した.
7.分析方法:ICレコーダーに録音したデータから,逐語録を作成した.援助職者から受けているケアに関する体験の内容に焦点を当てて逐語録を繰り返し読み,内容の理解や解釈を深めながら分類を繰り返し,ケアに関する体験を描き出していった.佐藤(2008)の分析方法を参考にしながら,以下の手順で行った.
1)逐語録を何度も読み返し,文脈をたどりながら意味内容を損なわないよう,語りの区切りごとに示されている内容について,参加者の語りの言葉を使い,オープンなコーディングを行った.
2)コードを相互に比較したり,コードが含まれる文章の箇所同士の関係性を明らかにするプロセスを繰り返し,抽象度の高い言葉を使用して焦点を絞ったコーディングを行いながら,テーマやサブテーマを見出していった.この作業を行ったり来たりしながら繰り返し行った.
3)逐語録をテーマやサブテーマごとに整理し,それぞれのテーマやサブテーマにどのような関係・つながりがあるのか吟味するため,マトリクスを作成して相互に比較し,ストーリーを作成した.
分析/解釈においては,複数の研究者間でディスカッションを行い,信頼性・妥当性の確保に努めた.
援助職者が対象者となり得る人を研究者に紹介するにあたり,対象者の紹介を依頼した施設には,対象者が精神障害を有することを研究者に伝えてもよいと了解が得られた人のみの紹介となるように伝えた.インタビュー参加に関しては,援助職者のパワーが働かないよう,参加の有無は援助職者に伝わることはないこと等を個別にて説明を行い,対象者の意思で判断できるように配慮した.また,参加者の精神的な安全を優先してインタビューを行うため,精神状態に変動がみられた場合には,援助職者にフォローの相談を行う旨の説明を行い承諾を得た.疲労や負担を感じた場合には,遠慮なく伝えてもらい,その時点でインタビューを中断することを説明した.
本研究は,武庫川女子大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号,No. 17-78).
施設および参加者の特性については表1に示す.インタビュー時間は,30分未満が3名,30分以上60分未満が4名,60分以上90分未満が2名,90分以上が1名であり,語られた内容の文脈や意図を吟味し結果とした.
項目 | 人数(10) |
---|---|
性別:男性 | 4 |
女性 | 6 |
年齢:65~69歳 | 3 |
70歳代 | 7 |
診断名:統合失調症 | 6 |
妄想性障害 | 1 |
うつ病・アルコール依存症 | 2 |
躁うつ病 | 1 |
入所期間:1~5年未満 | 6 |
5~10年未満 | 4 |
入院期間(最長):1年未満 | 2 |
1年以上~10年未満 | 1 |
10年以上 | 3 |
不明 | 4 |
入院回数:1回 | 0 |
複数回 | 8 |
不明 | 2 |
施設:養護老人ホームa | 1 |
養護老人ホームb | 3 |
養護老人ホームc | 1 |
軽費老人ホームa | 5 |
参加者らの語りからは,次のようなテーマ・サブテーマが導き出され,ストーリーが描き出された.これらのテーマ・サブテーマは相互に関連していた.
テーマを【 】,サブテーマを『 』,強調したい語句を〈 〉で表記した.
参加者らは,援助職者から【自分に関心を向けてくれる】ケアを体験し,感謝の気持ちを示していた.時には【援助職者との関係で傷つく】体験もしていたが,【自分に関心を向けてくれる】ケアの体験を積み重ねることによって,いつしか参加者らには【ケアを通して病気や生活に対する捉え方が前向きになる】ような変化が生じ,生きる楽しみや喜びを見いだしていた.これは〈一人の人〉として認めてもらえる感覚の獲得につながっていた(図1).
精神障害者から〈一人の人〉として認めてもらえる感覚の獲得へのプロセス
語られた体験について,特徴的な語りを引用し以下に述べる.語りの部分は「斜体」で表記し,参加者の名前は匿名とし[アルファベット1字]さんとして記した.
1) 【自分に関心を向けてくれる】施設への入所の経緯は,参加者全員が自分の希望というよりも看護師やワーカーなどの医療従事者や家族の勧め,役所からの紹介によるものだった.入所当初は不安を抱えていたと語る参加者もいたが,【自分に関心を向けてくれる】ケア体験が感謝と共に多く語られた.そういったケアによって不安が和らぎ,参加者らの安定した生活にもつながっていた.
(1) 『さまざまな場面で話を聞いてくれる』ほとんどの参加者が,さまざまな場面で声をかけてくれ,話を聞いてくれる援助職者について語った.
身内がおらず,入所して4年になる[H]さんは,役所の紹介による入所であった.入所当初は不安を抱えていた.「初めは不安でした,どうなるんかな思ってね」と話した.しかし「馴染むまでね,“どないや,元気ですか”とか“大丈夫ですか”とか言うてくれるんです.何かあったら何でも言えますしね」と語ったように,気にかけ声をかけてくれる援助職者がいてくれたことで気持ちが前向きになり,[H]さんにとって援助職者は何でも言える存在になっていた.
入所して3年になる[B]さんは,精神科病院での複数回の入院の中で,最長16年の入院経験がある.入所の経緯については「(病院内のワーカーが)“あんたにちょうど合うてるわ”言うてくれて,やってみよういう感じで」と話した.
[B]さんも,援助職者が気にかけて声をかけてくれたり,話を聞いてくれることが嬉しかった.そして,自分にも自信がもてるようになっていた.
「声かけてくれたら嬉しいし…(入院生活では)みんなが何か,後ろ指さしてるような感じで,…情けなかった.今はちゃんと聞いてくれる人がいるから」([B]さん)
何度か入退院を繰り返した後,施設へ入所して10年になるという[F]さんは,「コミュニケーション的な場もあるんやけどね,意見聴取会みたいなのが,月に1ぺんぐらいあるんやけどね」と話し,自分の意見や思いを言える場があることは,主体的に生活してくためにも助かっていた.
(2) 『生活の中での困りごとに気づいて手助けしてくれる』参加者からは,日常生活援助についてや発熱時,足が痛い時などのケア体験についても語られた.それは,『生活の中での困りごとに気づいて手助けしてくれる』こととしてであった.
[A]さんは,30年の入院生活をした後,病院の医師や看護師の勧めで施設へ入所して5年目になる.「そりゃ嬉しかったですよ.30年入院してて」と話し,排泄に関する困りごとを素早くケアしてくれる援助職者について語った.
「朝,ぱっときてくれはって.失禁したら,(下着の洗濯を)やってくれて.朝早くから来てくれはるから,ヘルパーさん.“できましたよ”って.嬉しかった」([A]さん)
[B]さんは,入浴や掃除,洗濯を手助けしてくれることについて「お風呂入ってね,背中流してもうたり,頭洗うてもうたり,ようしてくれるから,掃除もしてくれるしね,洗濯もいっしょに洗ってくれてちゃんとしてくれるから」と語った.
夫の介護を行い,3人の子どもを育ててきた[G]さんは,入所して3年になるという.
「ここにきて良かったですね.子どもも喜んどるしね.…洗濯もしてもらえるしね,身の回りのちょっとしたことね.優しいですよ」と話し,援助職者の優しさを感じていた.
[E]さんは,約4年の入院を何度か繰り返し,ワーカーの勧めで入所に至った.施設生活は5年になる.「掃除に来てくれます.任してます!」と話し,援助職者を信頼していた.
10回以上の入退院を繰り返し,16年の長期入院の後,ワーカーの紹介で入所した[C]さんは,発熱時のケア体験について「風邪引いて,風呂入ったんですよ,やめといたらよかったんですけどね.熱しょっちゅう測って,氷枕してくれたりね」と語ったように心配してくれる援助職者の優しさを感じていた.
[I]さんは,「大嫌いなムカデが出てきたりして寝られなかったりしてね,いっつも寮母さん呼んでね,駆除してもらってるんです」と話し,困った時には手助けしてくれる援助職者がいてくれることで,安心した生活を継続していた.
(3) 『日々の楽しみを支えてくれる』参加者らにとって,日々の楽しみは,施設での生活を豊かにするものとして必要であり,援助職者のケアに支えられてもいた.主に語られたのは,「食事」「おやつ」「買い物」「趣味」「イベント」であった.「食事」については全員が語った.
[A]さんの楽しみは「食事」であった.「カレーライス,美味しいです.匂いがパーっと残りますね,食べると美味しい」と個性的に話した.
[J]さんは,数年間施設で生活していたが,精神状態が不安定になり,食事を食べられなくなったことから精神科病院へ再入院したことがある.[J]さんも食事は楽しみであった.口数は少ないものの「食事だけは楽しみ!」と力強く話した.
[F]さんは,「月末に希望献立いうてね,こちらが要求するやつを,お寿司定食とか焼肉定食とか,2か月に一ぺんだけあるんやけどね」と話し,自分の食べたいものを食べられる希望献立は楽しみだった.
[H]さんの一番の楽しみは「おやつ」だった.
「おやつの時間っていうんですけどね,2時半からあるんです,牛乳とコーヒーと,毎日です.楽しみです」([H]さん)
[F]さんは,施設で開かれる喫茶ボランティアについても話した.
「ボランティアで喫茶の人がコーヒーしてくれたり,楽しみやもんね」([F]さん)
[I]さんは,「趣味」である手芸の材料を買いに行くことを楽しみにしていた.
「数珠ね,作ってはめてるんです.買い物ツアーに行った時に手芸の材料買ってきて,作るんですよ.作る楽しみ,完成した楽しみもあるでしょ」([I]さん)
[B]さんも手芸の材料を買いに行くことが楽しみの一つであり「手芸のお店で(買って)作ったりね,これを買いに行くのは毎月木曜日にね,スタッフさんが連れて行ってくれるんです」と笑顔で語った.
2か所の施設で生活した経験をもつ[D]さんは,「趣味」をもつことで,物事を前向きに考えられるようにもなったと語った.
「誰でもね,物事を前向きにね,考えてね.…自分の趣味とかね.そしたら楽しみも増えるでしょ」([D]さん)
施設で企画される「イベント」を楽しみにしている参加者もいた.
丁度施設で行われていた誕生日会に参加していた[H]さんは「今,誕生日会してもらってたの.嬉しいです.紅茶とケーキとつけてもらって」と嬉しそうに話した.
2) 【援助職者との関係で傷つく】【自分に関心を向けてくれる】ケア体験が感謝と共に多く語られた一方で,『訴えや行動を否定される』『日々の楽しみを制限される』体験が語られた.一部の参加者からは『偏見を感じる』体験も語られた.これらは,【援助職者との関係で傷つく】体験でもあった.
(1) 『訴えや行動を否定される』[G]さんは,「足が痛い」という訴えを否定された体験について「足が痛くなるからどないしようかな思うて,ちゃんとしてくれることはしてほしいな思うて.“何も見てもらう必要ない”って,そんなこと関係ないわねえ,勝手やね」と語った.また,自分の行動を否定され,厳しく言われることに納得いかない時もあった.
「“あかんあかん”言うて.どないしようと勝手やん,ほっといてもろうたらええやん.厳しいな思うて.“なんや!”いうて言うた時もあったけどね.」([G]さん)
このように語った[G]さんの口調は少し苛立っていた.
(2) 『日々の楽しみを制限される』『日々の楽しみを支えてくれる』ケア体験が語られた一方で,『日々の楽しみを制限される』体験も語られた.それは我慢する体験でもあった.
[F]さんは,自分の好みに合った味付けにできないことへの悩ましさを述べた.
「マヨネーズとかソースとかおしょう油,サラダのドレッシングとか置いてくれたらええんやけど.そこのちょっとしたケアしてほしいな思うけど」([F]さん)
また,「色んなイベント的なことをしてほしい思うな…月に1回は少ないと思う」と話し,楽しみのある生活を望んでいた.
[A]さんは,「買い物」の延期について話した.
「毎月,買い物に行きたい,買い物の予定がなしって書いてある,未定になってる,…それが一番困る.」([A]さん)
[I]さんは,「色んな人の集まりで共同生活は成り立ってますからね,自分の意見ばっかりね,通らないっていうのも,他の人たちの手前もあるから,多少は遠慮しなきゃいけないところもあるな…」と話し,大勢の入所者のケアをする援助職者に対して,自分だけの楽しみや希望を聞いてもらうことは難しいと感じていた.
(3) 『偏見を感じる』一部の参加者からは,『偏見を感じる』体験も語られた.
長期入院中,医療従事者や周囲の患者から後ろ指をさされているように感じていたことを語った[B]さんは「毎日一緒のことばっかり言ってるから,ばかちゃうかと(思われているような)…」と話した.
[C]さんは「“(頭が)おかしいな”って,“薬のせいにするな”って言いはるけどね…」と話し,「おかしい」と言われて傷ついた体験をしていた.
[G]さんは,訴えや行動を否定された体験から「私は頭あほになったとか神経のずれとか,そんなことは思うたことはなかった…精神病になったと思えへんからね.頭とかが悪うて病院に入ったんじゃない」と語気を強めて語った.『偏見を感じる』体験は,自分自身に対する偏見とも結びついていた.
3) 【ケアを通して病気や生活に対する捉え方が前向きになる】参加者からは【援助職者との関係で傷つく】体験が語られたものの【自分に関心を向けてくれる】ケア体験が多く語られた.こういったケア体験を通して,いつしか『自分の病気や生活について前向きに捉える』といった変化が生じていた.
[H]さんは,「気性が治ってきました.…有り難いな思ってます.いつもありがとうの感謝ですよ.ここ来た時は,慣れへんから参ったことはあったけどね,慣れてきたらね,快適です」と援助職者への感謝を述べ,入所当初は不安であった施設生活は快適なものになっていた.
[C]さんは,入院生活上での困りごとはなかったものの,「長くいてるほど悪化するんですよ.早く退院した方がいいですよ,あんなところは」と話した.一方で,施設での生活については「ここは慣れてから楽しくなって.満足してます.住めば都ですよ.もう入院したくないよ.そのために薬飲まなあかん」と前向きに捉え,薬には抵抗があると語っていた[C]さんであったが,自分の病気と上手につきあいながら安定した生活を続けていくためにも必要であると感じていた.
[B]さんは「(入院している時は)胸の内を話されへんような,閉じこもるような病気みたいな感じやった方やから.暗かったんやろうな思うてな.(今は)自分では明るくしてるつもりやけど,どうやろな.精神…疑ういうことはね,心の病気だったんです.今は気楽になりました」と自分の変化を話し,その表情は明るかった.
長期の入院生活を続けてきた[A]さんは,入院生活を語った時,看護師について「話することはあんまりなかった.空気みたいな感じ」と話した.一方で,施設の援助職者については「心配してくれる,お世話になってる」と話し,認めてもらえた感覚を次のように表現した.
「社会的入院,ダメになったらあかん,認められたい,人間として認められたい.…良かった,ここ来て良かったですね」([A]さん)
[D]さんは,援助職者への感謝と尊敬の気持ちを次のように,しみじみと語った.
「○○さん(生活相談員)には,本当にお世話になってます.私も先輩として尊敬される人間になりたいと」([D]さん)
[I]さんは,「健康状態がいつも安定して生きていけるように自分なりに最大限の努力はしてるつもりやけどね」と話し,加齢に伴う身体機能の低下を気遣いながら前向きに捉えた施設での生活を語った.
参加者らの入所の経緯は,病院の医療従事者や家族からの勧めや役所の紹介による受動的な入所であり,入所当初は不安を抱えていた参加者は多かった.しかし,参加者らは大勢の入所者のケアをする援助職者から〈一人の人〉として気にかけてもらえたり心配してもらえるなど,自分に関心を向けてくれるという体験を積み重ねることで施設が居心地の良い安心できる場所となり,嬉しさや感謝の思いが生じていったといえる.また,こういったケアに参加者らは援助職者の気遣いを感じていたと考える.「相手を気遣うことのできる人は,表面の障害ではなく,そのもとにある人間を見ることができ,また病気の人としてでなく,まず人として見ることができる」(Ilene, & Pamala, 2002/2007)という.〈一人の人〉として自分のことを理解しようとしてくれる援助職者の気遣いが,嬉しさや感謝につながっていたのかもしれない.参加者らの語りからは,援助職者とのかかわりの多さではなく,援助職者がどうかかわってくれたかが,ケアのあり方として重要であるといえる.
さらに,参加者から疾患に関するケア体験は語られず,生活に関するケア体験が多く語られたことからは,参加者らにとって精神症状への対処や付き合い方というよりも生活の過ごし方が重要であったといえる.特に参加者らの日々の楽しみを支えてくれる体験は多く語られた.施設へ入居した高齢者は自分らしく生きるために「趣味や生きがいをもつ」「好みの食事をとる楽しみ」等がある(市川・岩下,2010)と報告されており,今回の参加者らからも同様のことが語られた.精神障害の有無にかかわらず,高齢者にとって加齢による身体機能の低下などによって生活空間や行動範囲が狭まっていく生活の中での楽しみは生きがいでもあるといえる.ささやかでも楽しみを支えてくれることは,参加者らにとって重要となるケアであり,生活の豊かさにつながっていると考える.
2. 高齢精神障害者の傷つきと傷つきからの回復につながる内面の変化参加者らは自分の訴えや行動を否定されたり,楽しみを制限されるといった援助職者との関係で傷つく体験も語った.その中でも,一部の参加者からは偏見を感じる体験も語られ,無力感を生じているようでもあった.精神障害を患った人は,病気にかかった苦しみと,病気にかかったことによる周囲からの偏見によって苦しみを体験する(寳田・古城門,2011)という.また,精神科長期入院高齢者は,病名によるスティグマや身体機能の低下など,精神障害と加齢との狭間でネガティブな思いを抱いている(藤崎・藤野・福原,2009)ともいう.参加者らの語りからは,精神障害をもっていることを認めたくないと思いながらも,自分は無力だという苦しみを感じているようであった.こういった苦しみは自分自身に対する偏見へと結びつき,精神障害者であるというセルフスティグマによって,自尊感情が傷ついているようであった.
しかし,参加者らは〈一人の人〉として関心を向けてくれ,ケアしてくれる援助職者との関係性を築いていくプロセスを通して,援助職者との関係で傷ついたりしながらも「何かあったら何でも言えますしね」「聞いてくれる人がいるから」などと語られたように,援助職者を「相談できる人」「任せても大丈夫な人」といった信頼できる存在として認識するようになっていったといえる.認識の変化は,日々のかかわりを積み重ねていくことによってもたらされ,傷つきも和らいでいったと考える.そして,参加者らが援助職者と築いた良好な関係性は,入所者の安定した生活とも結びついており,病気や生活についても前向きに捉えられるようになっていったと考える.
3. 内面の変化が高齢精神障害者にもたらすもの参加者らは精神科病院での入院生活について,困難さや苦痛を感じているという訳ではなかったものの「社会的入院…ダメになったらあかん,ここ来て良かった」「もう入院したくない」「(病院では)話すことはあまりなかった」などと精神科病院での入院生活と施設生活とを比較して語る場面もあり,援助職者から受けるケアの違いを実感していたといえる.精神障害をもつ人ももたない人も入所し生活している施設では,精神障害の有無にかかわらず,援助職者は,入所者が楽しみをもちながら安心して生活できるようなケアを行っているといえる.
「かけがえのない人として対応されることや,重要他者によって受け入れられることは,個人の自己尊重を高める.障害をもつ人でも,いつも価値ある存在として対応されるのなら,自分たちをつまらない存在だと感じることはない」(Ilene, & Pamala, 2002/2007)という.参加者らが今ある生活を前向きに感じられるようになったのは,援助職者が〈一人の人〉として関心を向けてくれるケアによってであると考えられる.そういったケアによって〈一人の人〉として認めてもらえる感覚を獲得し,自尊感情の回復をもたらしていったと考える.自尊感情の回復は,ケアにおける対人関係のあり方,つまり,どのようにかかわってくれたかによって変化の仕方に違いがみられるといえ,精神障害をもつ人へのケアにおいては,自尊感情が傷つくような体験をしながらも前向きに生きている対象としての理解と認識への転換が必要かもしれない.
4. 高齢者入所施設における精神障害者へのケアの課題前回の援助職者へのインタビュー(鷺・寳田・和泉,2020)と本研究の入所者へのインタビューから明らかになったケアに関するストーリーからは,精神障害者から〈一人の人〉へと認識の変化をもたらすプロセスにおいて,関心を向ける・関心を向けてくれるといったケアへの相互作用が浮かび上がってきた.
日本においても諸外国においても,精神障害をもつ人に対して偏見が生じケアへの困難さが言及されている(Campbell, 2006;一般財団法人日本総合研究所,2016;Rahman et al., 2013).しかし,双方の語りからは,精神障害へのケアの困難さではなく,〈一人の人〉として捉えたケアが明らかとなった.それは,援助職者と入所者の相互作用を通してもたらされていたといえる.精神障害をもつ人へのケアには専門的な知識が必要であるともいうが,専門的な知識が認識を変化させていたというよりも,関心を向ける・向けてもらえるという双方の相互作用によって良好な関係性を築くプロセスの中で認識の変化がもたらされ,それがケアにつながっていたと考える.そのように考えると,一方向的な専門的な知識の提供ではなく,双方が良好な関係性を築けるようなプロセスをたどれることや認識の変化につながる支援や教育のあり方が今後の課題として挙げられる.それは,入所者の自尊感情の回復につながるケアに結びついていくといえる,そのためには,認識の変化のプロセスを丁寧にたどっていくことも必要かもしれない.
双方の関係性が安定していても,入所者の攻撃性を感じるような言動は援助職者の自尊感情を傷つけていた.諸外国でも入所者の攻撃性を感じる言動はネガティブな感情を生じさせており,その対応には課題が残されている(Aström et al., 2002;Edward et al., 2014;Franz et al., 2010).今回の援助職者は,入所者との関係性を修復しようとしながらケアを継続していたことから,傷ついても良好な関係性へと修復できるような支援は今後の課題でもある.援助職者の感情支援においては,個人で解決するのではなく,組織全体の課題として支援していくことが重要である.
精神障害やそのケアについて専門的な知識をもつ看護師や身近にかかわる専門職者は,精神障害の枠組みからその人を捉える傾向があり,指導や訓練をケアという視点で捉え,〈一人の人〉というよりも患者としてかかわっている点も多いと考える.このことからは,専門的な知識がないことが偏見につながるという訳ではなく専門的な知識が偏見へとつながる可能性があるかもしれない.精神障害の有無にかかわらず,〈一人の人〉として関心を向けるというケアの視点は重要であり,関心を向けてもらえることによって入所者の内面の変化とも結びついていたように,受け手の変化につながっていくケアといえる.それはケアの本質であり,援助職者にとって忘れてはならない視点である.
今回の参加者から肯定的なケア体験や施設生活について多く語られたことは,対象者を精神症状が安定しており援助職者と関係性がとれている人としたことも反映しているだろう.肯定的な施設生活を送ることができない入所者もいることを予測し,そういった入所者へのケアのあり方についても検討していきたい.
本研究の趣旨をご理解くださり,豊富な語りをくださいました参加者の皆さまおよび施設の方々に心より御礼申し上げます.
本研究は,公益財団法人ユニベール財団2018年度研究助成を受けた.
本研究は,武庫川女子大学大学院看護学研究科に提出した博士論文を加筆修正したものである.また,本論文内容の一部を2020年度日本精神保健看護学会学術集会にて発表した.
SSは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析/解釈,論文の作成を行い,MT・KIは研究のデザインやデータ収集への助言,分析/解釈および研究プロセス全体への助言を行い,ATは論文全体を踏まえた分析/解釈への助言を行い,著者全員が論文の推敲に関与した.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.