民間精神科病院で働く新人看護師の精神科看護の体験から,離職を考えた要因および離職を思いとどまった要因について把握し,離職予防支援を行うため,新人看護師8名にインタビューを行った.その結果,【精神科看護師を続けることへの迷い】の関連事項として,患者からの攻撃対象となった体験,日々の患者との関わりに確信がもてずにいること,看護人員の少ない夜勤帯への不安が抽出された.その一方で,【精神科看護師の魅力ややりがい】として,患者との関わりに手ごたえを得たり,患者との関わりに癒された体験が抽出された.この結果からは,離職に最も関連する要因は患者からの攻撃対象となることであり,他方,潜在的な離職につながり得る要因は患者との関わり方に確信がもてないことであると考えられた.新人看護師が職務を継続するためには,先輩看護師のこれまでの精神科看護の体験を聞く機会を設けること,また近い年齢の看護師同士で精神科看護の体験を自由に語り合う場を設けることが支援となると考えられた.
In Japan, private psychiatric hospitals account for around 90% of the overall psychiatric hospitals. Literature showed that psychiatric hospitals have a high rate of job separation than general hospitals among new graduate nurses. This study aimed to explore psychiatric nursing experiences and consider ways to support new graduate nurses. We explored the psychiatric nursing care experience of eight new graduate nurses who worked at private psychiatric hospitals trough semi-structured interviews. The results were classified into two themes: (a) struggle of continuing to work as a psychiatric nurse and (b) the experience of an empowering and fascinating patient care. Over half of the participants experienced some violence from hospitalized patients, which is one of the factors considered for job separation. Another factor was, failing to establish a relationship with hospitalized patients, causing their loss of self-confidence on psychiatric care. Conversely, all participants were confident about the psychiatric care provided to hospitalized patients and the experience that might attract new graduate nurses. To support new graduate nurses to continue their job, two approach can be considered: creating opportunities to listen to narratives from senior mentors and establishing a peer support group among new graduate nurses.
2004年に行われた日本看護協会の離職率調査では,新卒看護師の離職率の高さが注目を浴びた.その中で精神科病院に勤務する新卒看護師の離職率は一般病院に比べ高いことが指摘されている(日本看護協会,2004).また2010年には看護の質の向上,医療安全の確保,早期離職防止の観点から新人看護職員の卒後研修が努力義務化されるなどの動向もあり,一般診療科の新人看護師を対象にリアリティショックへの適応やストレス緩和などに関する研究が数多く行われてきた.
今回の調査対象である民間の精神科病院は1950年の精神衛生法の制定をきっかけに急増し,現在でも全体の精神科病院の9割近くを占めている.これらの病院では,医療法による精神科特例に基づき一般病床より少ない看護人員でケアを担っている現状がある.また,民間の精神科病院に新卒で就職する看護師は少なく,准看護師や看護助手として勤務したのちに看護師資格を取得するなど多様な背景をもつスタッフが多い(厚生労働省,2017).そのためスタッフ教育を一斉教育の形で実施することは難しい.しかし民間精神科病院の中には特殊な治療環境や課題と向き合いながら,独自に新人看護師を採用しようと努力している病院もある(片岡ら,2015).
そこで精神科の新人看護師の離職予防やそれに関連する先行研究を検索したところ,新人看護師のジレンマに焦点を当てた研究(日下部・桑名,2013)や,臨床に適応していくプロセスを明らかにした研究(岩瀬ら,2011),離職予防のために院内で独自にプログラムを行った報告(高橋ら,2011;宇良,2015),精神科看護の体験に焦点を当てて分析した研究(瀧下・出口,2018)などが散見された.しかし,新人看護師の離職につながる関連要因を調査した報告は見当たらなかった.
本研究の目的は,民間の単科精神科病院に勤務する新人看護師の精神科看護の体験の中から離職を考えた要因および離職を思いとどまった要因について把握し,離職予防支援を行うための基礎資料を得ることである.
質的記述的研究
2. 研究対象者の選定関東圏内にある新卒看護師を採用している200~400床前後の民間の精神科病院3施設の看護部の責任者に,入職2年目の看護師の紹介を依頼し,研究の趣旨に同意し研究参加への承諾を得られた8名を対象とした.
3. データ収集方法データ収集期間は,2018年7~8月である.インタビューは平均67分間(59~88分)の半構造的インタビューを一人につき1回実施した.民間精神科病院に就職後,印象に残っている場面,辛さや限界を感じた場面,やりがいを感じた場面,離職を考えた経験の有無ときっかけ,勤務を続けてきた理由等について対話形式で聞き取りを行った.インタビュー内容は,研究参加者の承諾を得てICレコーダーに録音し,語られた内容のみを分析の対象とした.
4. データ分析方法インタビューデータから逐語録を作成し,精神科看護の体験とそれに関連する要因を元の意味を損なわないよう抽出し,類似点および相違点に基づいてサブカテゴリ,カテゴリ,コアカテゴリを作成した.これらのカテゴリをリサーチクエッションと照らし合わせながら離職および勤務継続につながり得る要因について分析した.分析は,研究者間で確認を行いながら実施し,一致が得られるまで推考することにより妥当性を高めるよう努めた.
5. 倫理的配慮本研究は,北里大学看護学部研究倫理委員会の承認(2017-11-3)を得て実施した.研究計画書に基づき,研究参加候補者に対して文書を用いながら口頭で説明を実施した.その後に,研究協力承諾書を渡しそれへの記入をもって研究協力の同意を得たこととした.
研究参加者は看護師として他の病院で勤務経験のない入職して2年目の看護師の男性3名,女性5名であり,平均23.3歳(範囲:21~26歳)であった.精神療養病棟に4名,精神科救急治療病棟,精神科急性期病棟,精神一般病棟,認知症治療病棟にそれぞれ1名勤務していた(表1).
年齢 | 性別 | 勤務している病棟 | 最終学歴 | |
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A氏 | 20歳代 | 女性 | 精神療養病棟 | 3年課程専門学校 |
B氏 | 20歳代 | 女性 | 精神療養病棟 | 5年一貫教育 |
C氏 | 20歳代 | 男性 | 精神科救急治療病棟 | 3年課程専門学校 |
D氏 | 20歳代 | 女性 | 精神療養病棟 | 3年課程専門学校 |
E氏 | 20歳代 | 男性 | 認知症治療病棟 | 2年課程専門学校 |
F氏 | 20歳代 | 女性 | 精神療養病棟 | 3年課程専門学校 |
G氏 | 20歳代 | 女性 | 精神科急性期病棟 | 3年課程専門学校 |
H氏 | 20歳代 | 男性 | 精神一般病棟 | 4年制大学 |
インタビュー結果から,離職につながり得る要因とそれをとどめ得る要因を中心に検討した.逐語録から2コアカテゴリ,9カテゴリ,44サブカテゴリが分類された.文中の【 】はコアカテゴリ,《 》はカテゴリ,〈 〉はサブカテゴリ,「 」は研究参加者からの聞き取りの内容を示した.コアカテゴリとして,【精神科看護師を続けることへの迷い】【精神科看護師の魅力ややりがい】の2つが分類された.【精神科看護師を続けることへの迷い】に深く関連していたのは,《患者の攻撃対象となる辛さ》,《自分の関わりに確信がもてない》の2つのカテゴリであった.また,その他の【精神科看護師を続けることへの迷い】に関連する要因として《看護人員の少ない夜勤帯への不安》も分類された.
【精神科看護師の魅力ややりがい】では,関連する要因として《関わりへの手応え》,《患者との関わりに癒される》が分類された.この他に,【精神科看護師を続けることへの迷い】の中にあった新人看護師たちが,《チームスタッフからの支援》を得ながら,徐々に【精神科看護師の魅力ややりがい】を見出したケースもあった.コアカテゴリ及びカテゴリの関連性の概要を図1で示した.以下にそれぞれのカテゴリ内容を紹介する.
新人看護師の精神科看護の体験
研究参加者のうち5名が,人格や容姿を否定されるような言葉を浴びせられる,ケアの途中に叩かれるなどの〈患者から暴力や暴言を受ける〉体験をしていた.
「患者に与薬するため声をかけたらいきなり頬を叩かれた.何が起こったのかわからないままにもう1回叩かれてしまった.どうしてこのようなことをされなければいけないのか,納得がいかなかった.先輩看護師は沢山支えてくれたけれど,もうこの場にはいられないと思った」(C氏)
「患者に呼ばれて部屋に行くと,あなた調子に乗っているわよと急に枕を投げつけられた.驚いてその場で泣いてしまった.自分の何がいけなかったのかわからなくてとても辛かった.自分は駄目だなと思う」(G氏)
上記2名はこれらの体験から離職を検討したと語り,その他の研究参加者も〈攻撃の対象となる辛さ〉や〈攻撃に納得できない〉といった思いをしていた.
「容姿のことを否定された.病院でなければ普通にいじめですよね」(D氏)
「飲み物を出そうとしたらいきなり叩かれました.急に手が上がって怖かったし痛かった」(F氏)
「与薬しようと思ったら,急に殴られてその場で倒れ込んでしまった.夜勤帯で人手が少ないから,待たせてしまったせいだと思う」(H氏)
このような《患者の攻撃対象となる辛さ》を伴う体験は【精神科看護師を続けることへの迷い】と直結していた.
2) 《患者の攻撃行動と向き合う》暴力や暴言を受けた新人看護師たちは,《患者の攻撃対象となる辛さ》を抱えながらも業務に支障をきたさないよう,〈辛い気持ちを紛らわす〉ことや,上司が調整をして患者や保護室の担当から外すなど対象となった〈患者との関わりを減らす〉ことで日々のケアに携わっていた.そのなかで,新人看護師たちは自分の傷ついた体験に対して病気だから仕方ないと割り切ろうとしたり,患者との物理的距離感がとれていなかったことを反省したりしながら,患者の攻撃対象となった事実と折り合いを付けようと試みていた.しかしながら,〈感情を処理する難しさ〉や〈患者からの攻撃が怖い〉という思いから抜け出せない状況が続き以下のように語った看護師もいた.
「今でも腹が立ちます.患者だから仕方ないとは思えない」(D氏)
「暴力をされた相手に何故丁寧に看護しなければならないのだろう」(H氏)
「またされたらと思うと本当は怖くて同じ部屋に近づきたくない.でも,それを言ってしまったら先輩たちに迷惑かけてしまう」(G氏)
このような葛藤の中,他のスタッフに迷惑をかけないよう気遣いながら日々の業務を担っていたが,精神科看護師として働き続けることへの内なる迷いを語った看護師もいた.
「先輩看護師が同じような経験をした話をしてくれたから,私だけではないって思うようにしていた.でも,先輩は今,上手に対応できている.私もそうなれるのかな」(F氏)
「先輩方は,やっぱり強い性格なのではないかと思う.私は,攻撃されてから怖くなって怯えてしまう.精神科看護師ってやっぱり強くないと駄目なのかな」(G氏)
まだ看護師としての経験が浅い研究参加者にとって,患者から攻撃を受ける体験は看護師としての自分の存在意義に影響を与えるものであった.
3) 《意味ある経験として捉え直す》《患者の攻撃行動と向き合う》なかで,新人看護師たちの中にはその場面を,《意味ある経験として捉え直す》ことができた者もわずかにいた.
「攻撃を受けたのは良い学びになったとは思う.精神症状のアセスメントの重要性も理解できたし,相手との距離感も考えられるようになった.周りの先輩のおかげです」(C氏)
「最初は手をあげられたことが怖かったけれど,先輩看護師の対応を見せてもらって学ぶなかで,距離感やタイミングなど,どうすれば叩かれないのかわかってきた」(F氏)
このような語りが聞かれ,周囲の支援を受けながら〈攻撃された場面を振り返る〉ことで,〈新たな認識を獲得する〉に至り,《関わりへの手ごたえ》と変えたケースもあった.
4) 《自分の関わりに確信がもてない》全員の研究参加者が,日々のケアの中で《自分の関わりに確信がもてない》体験をしていた.そして,このカテゴリは【精神科看護師を続けることへの迷い】とも関連しており,〈患者の状態を判断する難しさ〉や,〈患者と言葉で伝えあう難しさ〉,〈退院支援の難しさ〉などが語られた.
「食べない患者にどこまで声をかければよいのかわからない.何度も話しかけると気分を害してしまうけれど,声をかけずにいるのもいけないと思う.先輩看護師が声をかけると食べるのに何が違うのだろう」(A氏)
「幻覚妄想状態にある患者に話しかけても意思疎通がとれないときがある.頓服で対応するけれど,それ以外に何ができるのかわからない」(B氏)
「患者は内服を拒否することでより長く医療者が関わることを理解しているから,服薬を1回してもらうだけでもとても時間がかかる」(H氏)
このような患者と関わる難しさに戸惑いや悩む語りもあれば,自分のケアの意味が見いだせないでいるといった語りもあった.
「内服の必要性を理解できていないから,入院中に一生懸命伝えてみるけれど,私がやっていることに意味がないのかなって再入院の度に思う」(G氏)
「私が関わっても何も話してくれない.患者から何も引き出せない日が続くと,患者に対して何ができているのかわからなくなる」(B氏)
「発達障害もあり,病状が改善せず身体拘束が外せない患者にどのように接して良いのかわからない.工夫してみたけれど他に打つ手がない」(H氏)
この他にも,先輩看護師と比較して悩む以下のような語りが聞かれた.
「先輩の関わる姿を見ているとすごいなって思うけれど,私にはそれができるようになるイメージがない.私にはここでの適性があるのかな,なさそうだなって考えこんじゃう」(F氏)
この新人看護師は,自分の精神科看護師としての適性に疑問をもち続けていたが,一方で,今の心のよりどころは《チームスタッフからの支援》だと語った.
5) 《患者への関わり方を模索する》患者との関わりの中で《自分の関わりに確信がもてない》ながらも,新人看護師たちは〈先輩看護師の対応を見て学ぶ〉ことや,〈患者のもとに足を運ぶ〉ことで患者への関わり方を模索していた.
「こちらから働きかけても話をしてくれない患者の対応に困っていたが,他のスタッフの接し方を見ながら何度も色々な声をかけていくなかで少しずつ話をしてくれるようになった」(B氏)
「声をかけるだけでは排便管理が上手くいかない患者に,手作りのカレンダーを作ってみたら排便の記録をつけてくれるようになった」(A氏)
「自室の外を怖がる患者に近くのベンチやホールに出てもらえるように少しずつ声をかけながら一緒に外にいる時間を増やしていった」(H氏)
このように日々関わり続ける中で〈会話を重ねる大切さ〉を再確認したり,患者と接し続けるなかで当初描いていた患者のイメージが変わっていく経験をしながらケアを模索していた.
6) 《関わりへの手ごたえ》当初は新人看護師たちも《自分の関わりに確信がもてない》状況でケアを行っていたが,先輩から声をかけてもらったり,事例検討する機会を得るなど《チームスタッフからの支援》を受け,自分のケアについて振り返る機会があった.そこで改めて,《患者への関わり方を模索する》ことができ,新人看護師たちは患者との関係性が築けるようになったという.また〈患者の反応から得た喜び〉や,〈自分の関わりへの肯定感〉を体験することで【精神科看護師の魅力ややりがい】を感じており,以下のような語りがあった.
「半年以上会話が思うように進まなかった患者から,今後の希望や今の思いなどを聞くことができるようになった.患者の口から気持ちを話してもらえるのは嬉しい.諦めずに関わって良かった」(B氏)
「自分が関わって対話を重ねていく中で,明らかに表情が明るく笑顔が増えた患者がいた.関わって良かった」(C氏)
一方で,新人看護師たちのケアの体験の多くは未だ《自分の関わりに確信がもてない》状況にとどまっており,患者との《関わりへの手ごたえ》を得る難しさが読み取れた.
7) 《看護人員の少ない夜勤帯への不安》この他に多く語られたのが夜勤という勤務帯への不安であった.民間精神科病院は夜勤帯に看護師1名,看護補助1名といった少数のスタッフで担っている病棟も少なくない.そのため,対応に困難を感じた時にも周囲に助けを求めにくい状況にあり,夜勤帯での〈漠然とした不安の高まり〉を感じていた.特に精神科病棟で実施する機会の少ない〈身体的ケア技術への不安〉が強いようであった.
「自分しか看護師が夜勤帯は病棟に居ないので常に何か不安」(F氏)
「夜勤の日は病棟に2時間くらい早く来て何かないか確認してしまう」(D氏)
「夜勤中に患者の身体状態が悪化してどうしようかと思った.医師に連絡していいのか判断がつかなかった」(E氏)
「点滴は他の科に就職した友人より技術がないと思う.何かあった時に対応できるのかわからない.夜勤で医師に指示されたら困る」(A氏)
上記のような語りがあったが,自分なりに書籍や研修会で身体的ケア技術を主体的に学んだり,判断に迷うときには他病棟のスタッフに電話で相談する等,対処を行っており,【精神科看護師を続けることへの迷い】に直接関連してはいなかった.
8) 《患者との関わりに癒される》新人看護師たちは,〈患者の存在に助けられる〉,〈患者と話す楽しさ〉を語り,日々の《患者との関わりに癒される》体験のなかで【精神科看護師の魅力ややりがい】を見出していた.
「患者が自分のことを名前で呼んでくれる.『ありがとう』って言ってもらえるのが一番嬉しい」(E氏)
「辛いときでも自分に声をかけてくれる患者がいる.話すと私までいつの間にか笑顔になって,またあの人に会いたいと思いながら病棟にくる」(C氏)
このように日常のケアのなかで《患者との関わりに癒される》体験をしているほか,レクリエーションの場面を語る者もいた.
「レクリエーションは純粋に楽しい.一緒にゲームをすると患者とか看護師とか関係なく勝ちたいって思うしその時間が息抜きになる.そういう時間があるとまた仕事頑張ろうって思える」(B氏)
「企画は大変だけれど,患者の笑顔が見られるのが何より嬉しいし,働いていて良かったって思える.笑顔が何より励みになる」(F氏)
このように,新人看護師たちは院内のレクリエーションで〈患者と共に活動を楽しむ〉体験をしていた.
9) 《チームスタッフからの支援》研究参加者全員が語ったのが《チームスタッフからの支援》であった.新人看護師たちは〈気にかけてくれる先輩看護師がいる〉ことと,困った場面での周囲からの支援を実感していた.例えば,患者からの攻撃の対象となったときは,周囲の先輩看護師が話を聞いてくれたり,自分の経験を聞かせてくれたと言う.また個別に先輩看護師に助言を得て自分なりに《患者への関わり方を模索する》者もいた.
「関わり方が難しい患者についてカンファレンスで相談してみたら先輩が色々な意見をくれた.やってみたら上手に関われた」(A氏)
「患者の対応の上手な先輩からアドバイスをもらった.試したらうまくいった」(B氏)
このように新人看護師たちは周囲からのサポートを受けやすい環境にあり,また支援されていることを研究参加者全員が実感していた.そのなかでも,大きな影響を得たと喜びと共にその体験を語った者もいた.
「先輩と話をしたら,『成長したね』って言ってくれた.自分にはその実感がなかったから,意外だったけれど嬉しかった」(G氏)
「憧れの先輩に認められるのが嬉しい.また頑張ろうって思える」(E氏)
このように,新人看護師にとって〈成長を認め伝えてくれる先輩の存在〉は自分を維持するための一つの支えとなっていた.そのほかに,同じ時期に入職した看護師同士で支え合っている語りもあった.
「先輩同士の意見の違いで,どうして良いのかわからず,同期に話したら『あるよね』って言ってもらえて自分だけではないと思えた」(A氏)
「落ち込むことがあるとまずは同期に話す.話しているうちに,また頑張ろうって思えて次の日からの活力になる」(E氏)
このように〈支え合える同期の存在〉について5名が語っており,病棟から離れたインフォーマルな場での交流がみてとれた.
今回の8人の語りから,新人看護師の離職を考える動機に最も関連していたのは〈患者から暴力や暴言を受ける〉体験であることがわかった.今回の研究対象者のうち2名は明確に離職を考えたと語り,他3名は離職を考えるには至らなかったものの,出勤する辛さを述べていた.草野ら(2007)は,精神科患者から暴力行為を受けた看護師は怒りや自責の念を抱くこと,また暴力行為を引き起こしたことへの羞恥心や看護師として役割が果たせなかったという自己概念を揺るがされる体験をしていたと報告している.本研究の参加者たちも患者から攻撃を受けたことをきっかけに《患者の攻撃行動と向き合う》ことをしていたが,〈感情を処理する難しさ〉や〈患者からの攻撃が怖い〉といった気持ちを思うように整理できないでいた.先行研究では精神科看護師が患者から攻撃を受けた際に,時間の経過とともに受けた暴力を意味づけする者もいれば,病気に起因する行動であると諦めようとする者,精神的な衝撃の経験が払拭できず心的外傷後ストレス障害を発症する者などがおり,特にこの精神的な衝撃の辛さを軽減できない場合には早期退職につながり得ることが指摘されている(安永,2015).本研究においても,入職したばかりの新人看護師たちが攻撃の対象となっており,業務に適応する負担に加え,攻撃の対象となるストレスが加わることによって離職を考えるきっかけになることが示唆された.
2. 手応えを感じにくい精神科看護その他に,明確に離職を考えた要因としては語られなかったが,新人看護師たちが日常的に感じている《自分の関わりに確信がもてない》という状況は,精神科看護師としての自分の適性についての悩みや充足感のなさにつながり,潜在的な離職の関連要因となる可能性が考えられた.なかには《患者への関わり方を模索する》ものの,《関わりへの手ごたえ》を得ることができないまま,毎日の業務に携わっていたという人もいた.これは精神科看護が対象とする患者の疾患の特徴からくるものでもある.例えば,統合失調症と発達障害をもつ患者の看護についてH氏は「患者は内服を拒否することでより長く医療者が関わることを理解しているから,服薬を1回してもらうだけでもとても時間がかかる」と一向に病状の改善が見られない患者への関わりに徒労感を感じ,やりきれなさを感じたと語った.そのほかにも「内服の必要性を理解できていないから,入院中に一生懸命伝えてみるけれど,私がやっていることに意味がないのかなって再入院の度に思う」と入退院を繰り返す患者へのケアに,精神科看護の意味を見出せなくなっているケースがあった.高橋ら(2010)は,精神科看護師が患者へのネガティブな感情を強くもつときに情緒的な消耗感が高まりバーンアウトに繋がりやすくなると指摘している.一方で,周囲からの情緒的な支援があり,そのことを本人が充分に認識できる時にはその消耗感は低減できると示唆している.たとえ,精神科のケアに手ごたえを感じられなかったり,自分の提供するケアに意味が見出せず患者に対して否定的な感情を抱き,無力感や徒労感を感じていたとしても,周囲に共感したり理解してくれる他者の存在があれば,離職のリスクは避けられると考える.今回の研究参加者たちは実際に,プリセプターや周囲の話しやすい先輩看護師たちに話ができていたため離職までには至らなかったと思われた.
3. 就労継続への関連要因これまでは精神科看護の体験から離職につながり得る要因を紹介した.離職が頭をよぎりつつも就労の継続を可能にしたのは,《関わりへの手ごたえ》を得た経験であった.新人看護師たちは《自分の関わりに確信がもてない》なかで,患者への対応に迷いつつ《患者への関わり方を模索する》ことを続け,《チームスタッフからの支援》を受けた結果《関わりへの手ごたえ》を感じるに至った体験をしていた.B氏は,無口な患者と接しているとき,「私が関わっても何も話してくれない.患者から何も引き出せない日が続くと,患者に対して何ができているのかわからなくなる」と自分の関わりを肯定的に思えなくなった時期があったという.しかしあるとき,先輩看護師から声をかけてもらい「患者の対応の上手な先輩からアドバイスをもらった.試したらうまくいった」とのことだった.その際に,その患者がなぜ話さなくなったのか,その理由と経緯を聞き,関わりのポイントについて示唆を受けた.その情報をもとに今までの関わりを振り返り自分の姿勢が受け身であったこと,その患者を“何もしたがらない人”と決めつけていたことに気づくきっかけとなった.その後,「半年以上会話が思うように進まなかった患者から,今後の希望や今の思いなどを聞くことができるようになった.患者の口から気持ちを話してもらえるのは嬉しい.諦めずに関わって良かった」と語り,精神科看護が面白いと思えるようになっていた.日下部・桑名(2013)は,精神科の新人看護師が患者との関わりに悩みや困難などを抱えた際,精神疾患をもつ入院患者の特性から,自らの視点だけで対象を適切に理解することが難しく,先輩看護師の介入が必要であり,それにより新人看護師はこれからも仕事を続けていけそうだという感覚を得ることができると指摘している.自分から声を上げにくい新人看護師たちにとって,先輩看護師からのタイムリーな声かけや関わり方へのアドバイスといった《チームスタッフからの支援》は患者との関係を進展させるきっかけとなり,《関わりへの手ごたえ》を得ることにつながり,ひいては就労を継続する一つの要因になると考えられた.
4. 新人看護師への支援方法の検討新人看護師の主な離職につながり得る要因は,患者からの攻撃対象となることと患者との関わりに確信がもてないでいることであった.精神科看護への動機をもって入職した新人看護師が,日々患者との関わり方に悩み,葛藤しながらも離職せずにその職場に留まるためには,井上ら(2011)の研究でも指摘されているように,入職直後からの継続的なサポートが必要であると考える.
中堅看護師たちは,経験年数の浅い新人看護師とは異なり,精神科看護のやりがいをこれまでの実践から自ら見出すことができると指摘されている(田中・松田,2021).幅広いキャリアをもつ先輩看護師から,精神科看護の経験やこれまで精神科看護に携わり続けた動機はどのように保たれたのかなどを聞くことは,精神科看護への魅力ややりがいを改めて見直す貴重な機会になると考える.
一方で,ある研究参加者は攻撃を受けた経験をもつ先輩看護師から話を聞いたとき“私は先輩のようになれそうにない”と感じ自分と先輩看護師の姿を重ね合わせられなかったと語った.また,他の研究参加者も“先輩看護師のように振舞えていない自分が悪かったと思う”と先輩看護師との経験差を感じ上手く対処できなかった自分への自責の念をもったという.そのため,まずは,互いに似た経験をもつ新人看護師としての精神科看護の日々の経験を語りあうことで,他者の意見を通して自分自身の精神科看護への思いを再確認する機会になるのではないかと考えられた.その方法として,自分たちが経験している,看護の関わりについての自信のなさや患者の攻撃対象となった辛さなどを入職後,早い時期から定期的に新人看護師同士で語り合い,その気持ちを共有する場を設けることが有効なのではないかと考えた.
本研究の対象は,関東圏にある民間精神科病院の中から3施設の新人看護師8名であり,精神科病棟の種類を限定していないことに一般化の限界がある.また,本研究では精神科看護の体験に焦点を当て勤務継続のための支援方法を検討したが,それ以外の要因についても今後検討していく必要がある.
民間精神科病院で働く新人看護師の精神科看護の体験から離職を考えた要因および離職を思いとどまった要因について把握し,就労を継続し離職を予防するための支援方法を検討するためにインタビューを行った.その結果,以下のことが示唆された.
1.患者の攻撃対象となった体験が離職に最もつながりやすいことがわかった.その他,潜在的な離職につながり得る要因として日々の患者との関わりに確信がもてないことが考えられた.
2.先輩看護師からの声かけや関わり方のアドバイスは患者―看護師関係を進展させるきっかけとなり,新人看護師たちが患者との関わり方に手ごたえを感じる機会となっていた.その経験が離職を思いとどまらせる一因になると考えられた.
3.先輩看護師から精神科看護の経験を聞く場を作ること,また新人看護師が精神科看護の体験を自由に語り合い共有できる機会を設けることは,精神科看護の魅力ややりがいを見直す機会を提供し,勤務継続の動機を後押しする支援になると考えられた.
本研究の趣旨をご理解いただき,貴重な体験をお話してくださいました研究参加者の皆様に心より感謝いたします.また,様々なご協力やご調整をしていただきました病院の関係者の皆様に心から感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費 JP17H07078の助成を受けたものです.
本研究における利益相反は存在しない.
本研究ではSAが研究の着想及びデザイン,データ収集と分析,論文の作成を行い,DSは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.