入退院を繰り返す成人中期患者への精神科病棟看護師が抱く葛藤を明らかにし,退院支援に関わる看護師を支援する方策を検討した.20名の看護師に半構造化面接を行った.修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した結果,19概念,8カテゴリー,1コアカテゴリーが生成された.
看護師は,再入院患者に【無力感】を抱き,役割だからと【妥協】し関わっていた.入院中【家族に対する困惑】,【患者に対する困惑】,【態度が軽率に見えてしまう苛立ち】など《ズレによる困惑》を抱えながら葛藤を深め,【退院支援からの逃避】や【退院支援に関われないもどかしさ】を抱いたまま退院を迎えていた.一方【ズレを察知】する看護師もいたが,退院支援には至っていなかった.
看護師は,患者・家族とのズレを埋められず,同世代の患者へ怒りを投影していた.退院後のイメージに向けて同行訪問や就労支援への参加が重要であることが示唆された.
This study aims to clarify the conflict felt by psychiatric nurses when faced with the repeated hospitalization and discharge of middle-aged patients and considers measures to promote discharge support. Semi-structured interviews were conducted of 20 nurses. Analysis using the Modified Grounded Theory Approach revealed 19 concepts, 8 categories and 1 core category.
Nurses experienced a sense of powerlessness and “compromised with themselves” in interactions with patients because of their role. During hospitalization, a sense of discomfort due to this disconnect, including a sense of discomfort with the patient’s family, the patient themselves and impatience with negligent attitudes, deepened feelings of conflict and resulted in the evasion of discharge support and frustration at not providing support. Although some nurses showed awareness of a sense of disconnect, it did not lead to the provision of discharge support.
Nurses were unable to bridge the disconnect with patients and family, and their anger was projected onto patients of the same generation. Results indicat the need for nurses to participate in home visits and job assistance to visualize life after discharge.
平成16年厚生労働省(2004)が「入院医療中心から地域生活中心へ」と舵を切り,近年の精神科新規入院患者は約9割が1年未満で退院している.しかし,再入院は退院3か月後23%,6か月後30%,1年後37%であり(厚生労働省,2018),地域生活継続に向けた病棟の支援が重要である.地域移行支援を重視した研究では,退院前から患者家族・地域・病棟全体で連携し,家族が担ってきた役割を地域サービスに委ねることが家族の負担軽減につながった報告(小泉ら,2008)や,精神障がい者の社会的機能へのケアマネジメントと就労支援を行うことによって地域生活を延長できた報告(福川・宇佐美・中山,2013)等あるが,入退院の繰り返しの解決には至っていない.
令和元年の国民生活基礎調査(2019)では,30代から50代の男女が,最も日常生活に悩みやストレスを抱え,うつ病やその他こころの病気等を発症するリスクは高く,令和2年度には特に働き盛りで家族内の支柱となる40代前後の自殺者が16.7%と最も多かった(厚生労働省,2021).本来,成人中期は仕事上の役割増大に伴う責任の変化だけではなく,家庭内の保護者として背負うものが多く社会的活動と家庭生活の調和を図り多くの責任を担う立場にある.成人中期の患者が入退院を繰り返すことは,社会的な経済損失だけでなく,家族の均衡を脅かす危機的状況を引き起こすことにもつながるため,成人中期患者の再入院防止は重要課題である.
近年,再入院防止ケアに関しては,精神科看護師は再入院する患者に対しジレンマを持っていたが対象理解が進むにつれ関わりが改善した事例報告(持田,2019)や,精神科経験年数が12年以上の看護師ほど再入院予防ケアの意識が高く,知識・技術の高さとの相関が推測されることから,継続的な充実した教育の必要性を述べた研究(木野ら,2019)など,個別性への理解促進や再入院防止への意識向上が再入院防止に効果的であることを示している.しかし,積極的な多職種間での情報共有や対象理解の促進が再入院防止ケアにつながることに疑いの余地はないが,人と環境が複雑かつ相互に影響しあう病棟では情報が錯綜し,いくら議論を交わしても解決策を見出せないときの感情や思考とどのように向き合い,どう対処するのかは明らかにされていない.
鈴木・後藤(2006)は,急性期病棟の看護師は,身体管理や服薬支援への対応に追われ,退院後の生活を想定したケアが不十分であることを述べる一方,松浦(2010)は,患者の社会通念に反した行動や自己中心的な態度への陰性感情から,葛藤や無力感が派生し仕事への意欲が削がれることを指摘しており,多忙な業務だけではなく,怒りなどから看護師として責務を果たせていないなどの自責の念が退院支援への気持ちに大きく影響することを言及した.このことは,看護師のなかには,看護師としての責務と同時に,内在化した負の感情を持ち合わせていることが考えられるが,入退院を繰り返す成人中期患者に対して,家庭と仕事の二重構造で生きる同世代の看護師が怒りを投影し,このことを意識することがないままケアを行ってしまうため,効果的な再入院防止のケアや評価等につながりにくくなっているのではないかと考えた.したがって,入退院を繰り返す成人中期患者に対して,看護師がどのような感情や思いを抱えながら支援しているのかを明らかにすることができれば,どのような環境や状況下においても,今ここで起きている自己の内面を見つめる手がかりとなり,看護師が効果的な支援に向けた環境整備や看護教育の課題を見出すことができるのではないかと考えた.
そこで,本研究では,入退院を繰り返す成人中期患者に対して,精神科病棟看護師(以下,看護師)がどのような感情や思考を抱えているのか明らかにし,退院支援に関わる看護師を支援するための方策について考察することを目的とした.
「入退院を繰り返す成人中期患者」とは,1年以内に2回以上の入院を繰り返しており,服部(2020)の生涯人間発達論に基づき,30歳から50歳の成人中期とした.また,「精神科看護師が抱く感情や思考」とは葛藤を示し,入退院を繰り返す成人中期患者に対して,問題解決が容易でなく対応への意思決定が困難な心の状態(小谷,2010)とした.
対象者は九州の中核市であるA市の総合病院2か所および単科精神科病院3か所の急性期病棟(50床)に勤務し,精神科での看護師経験年数3年以上の看護師20名で,研究承諾の得られた者とした.また,管理職(看護師長および主任)は,看護実践よりも病棟運営管理中心の役割をとることが多いため対象から除外した.
2. 調査期間2019年6月から2019年12月
3. 研究方法半構成的質問紙を用いた面接を行った.面接時間は研究の説明を含め1人約90分間とし,プライバシーの確保ができる個室で行った.質問内容は,基本属性(年齢,性別,精神科経験年数,看護師経験年数,看護に関する資格),患者への思いについては,入退院を2回以上している成人中期の患者を一人思い浮かべてもらった.同じ病棟に勤務する者もいたが,患者の年齢や性別等から同じ患者を思い浮かべてはいなかった.その患者の再入院時,入院中,退院間近の3期に分け,「患者さんが再入院した時に生じた感情や考えたことを教えてください.」等を質問した.また,面接時のデータ収集は同意を得て,メモとICレコーダーでの録音を行った.その際,共通認識ができるようにA3用紙を研究者と対象者の間に置きメモをとった.
4. 分析方法面接終了後逐語録を作成し,分析は,木下(2020)が提唱する修正版グランデットセオリーアプローチ(Modified Grounded Theory Approach: M-GTA)を用いて質的帰納的に分析を行った.分析焦点者は,「精神科で3年以上勤務している看護師」とし,分析テーマは,「精神科看護師が入退院を繰り返す成人中期の患者と関わる中で抱く感情や思考」とした.分析テーマに基づき,データの関連している部分を抽出し,その意味内容から概念を生成した.概念ごとに分析ワークシートを作成し,常に概念どうし継続的比較分析を行い,概念と概念との関係性からカテゴリーを生成した.カテゴリー相互の関係からストーリーラインを記述し,結果図を作成した.
5. 倫理的配慮研究対象者には,研究の目的を口頭と文書で説明し,研究協力を依頼し,書面で返答を得た.研究参加は自由意思でよいこと,不参加により不利益が生じないこと,個人の特定がされないこと,面接途中で取りやめることができること,得られたデータは厳重に取り扱い,本研究以外では使用せず,データは研究終了後に破棄することを説明した.本研究は著者が所属する久留米大学及び研究対象者が所属する総合病院,精神科病院の倫理委員会審査にて承認を得たのち実施した.(承認番号:19043)
研究参加の承諾が得られた看護師は20名であった.性別は男性6名,女性14名で,平均年齢は38.7歳,看護師経験年数は平均15年8か月,精神科看護師の経験年数は平均9年7か月であった.また,思い浮かべてもらった患者は,男性12名,女性8名,30代7名,40代12名,50代1名であった.なお,同じ病棟に勤務していた看護師で同じ患者を思い浮かべた者はいなかった.
2. 精神科看護師が抱く感情や思考M-GTAによる分析の結果,19概念から,8つのカテゴリー,1つのコアカテゴリーを生成した.以下にストーリーラインとコアカテゴリー,カテゴリー,概念について説明する.文中の《 》はコアカテゴリー,【 】はカテゴリー,〈 〉は概念,「 」は具体例,( )は意味の補足を示す.
看護師は,再入院してきた患者に対し【無力感】を抱く一方で,役割だからと【妥協】し関わっていた.入院中,【家族に対する困惑】や【患者に対する困惑】,【態度が軽率に見えてしまう苛立ち】といった《ズレによる困惑》を抱えながら葛藤を深め,支援しても無駄という【退院支援からの逃避】や,他職種から孤立し【退院支援に関われないもどかしさ】等を抱いたまま退院を迎えていた.一方で,【ズレを察知】し患者と考え方の違いを認める看護師もいたが,退院支援への活用はできなかった(図1).
入退院を繰り返す成人中期患者への精神科看護師が抱く葛藤
次に,コアカテゴリーおよび各カテゴリー,概念の意味と具体例を述べる.
1)【無力感】:看護師は再入院に対し,過去の支援に〈退院支援の甲斐がない〉と評価し,これからについても〈入院目的がわからない〉と途方にくれていた.
〈退院支援の甲斐がない〉:繰り返される再入院に,以前の退院支援で何も解決していなかったことに報われない思いを抱いていた.
「そもそも同じような問題で(病棟に)帰ってくる.我々,前の入院の時,何ができたんだろうというか無力感というか」(看護師G)
〈入院目的がわからない〉:患者が病院を頼りにしているのは分かるが,いつまでに何を目指せばよいのか目標を見失っていた.
「入院を繰り返している方は病院が安心の場になってるイメージです.何のために入院してきたんだろう.」(看護師A)
2)【妥協】:幾多の再入院に〈他に打つ手がない〉と降参し,回復を期待するが思い通りにはいかない現状に〈病気のせいにする〉しかなかった.
〈他に打つ手がない〉:期待通りとはいかない自己管理に,患者の可能性から諦めに傾いてしまうことに苦悩していた.
「またかーと思います.どう関わったらいいのか,どういう時に調子を崩すのだろう.諦めというよりしょうがない」(看護師C)
〈病気のせいにする〉;暴言暴力など患者の病状が悪い時は,看護師は病気のせいと自分に言い聞かせて鼓舞し,その場を乗り切ろうとした.
「悪い時は多分,病気がそうさせてるんだろうなぁと思いながら仕事はしていて,なるべくそう意識しながらですね」(看護師S)
3)《ズレによる困惑》:現実と向き合えない患者に対して,【態度が軽率に見えてしまう苛立ち】から甘えに見えてしまったり,優先することへの意見がかみ合わず【患者に対する困惑】など戸惑った.また,家族の評価に食い違いがあり【家族に対する困惑】を抱えていた.
(1)【態度が軽率に見えてしまう苛立ち】:患者への期待と現実と向き合えない患者の状態を見て〈甘えてるように見えてしまう〉や〈他人事のような態度に温度差を感じてしまう〉など,歯がゆく感じていた.
〈甘えてるように見えてしまう〉:看護師が患者はもっとできるはずという期待と,患者の言動の違いにもどかしい思いをしていた.
「現実世界に戻ることの不安もあったんでしょうけど,入院しておきたい甘えもあったのかなと思いました」(看護師M)
〈他人事のような態度に温度差を感じてしまう〉:患者が自分の問題に向き合おうとしない態度と,看護師の期待に温度差を感じていた.
「患者は退院支援カンファレンスでは落書きとかして,こっち(看護師)は考えているのに自分もやれよっていうイライラ感もありました」(看護師D)
(2)【患者に対する困惑】:看護師は,〈家庭と病院の行動の差異に困惑する〉や,退院後の生活の仕方で〈優先するものがズレる〉〈服薬管理に対する意見がズレる〉など調和が進まないことに戸惑っていた.
〈家庭と病院の行動の差異に困惑する〉:患者の行動のギャップを見て,退院後の生活を患者がどこまでできるのか捉えられないでいた.
「平日は点滴をしないといけないくらい.(週末)外泊で家事をしたり,家庭のことをして帰ってくる.不思議な感じでした」(看護師M)
〈優先するものがズレる〉:精神症状の軽減を優先したい看護師の思いが,仕事を優先したい患者の思いと合っておらず,看護師のもどかしさが尽きなかった.
「治療を頑張ろうと言っても,(患者は)仕事に行かないと生活できない.雇用機会がなくなってしまうって言われる」(看護師P)
〈服薬管理に対する意見がズレる〉:内服しない患者と服薬の継続を切に願う看護師の歩調が合わなかった.
「私は薬をやめないでほしい.でも彼(患者)は極力飲みたくない.医者,看護師と本人の思いは並行じゃないですか.」(看護師N)
(3)【家族に対する困惑】:同居生活を期待しても〈家族とのズレに戸惑う〉看護師は,家族の足並みがそろわない現状に〈無関心に見えてしまう家族へ憤る〉など戸惑った.
〈家族とのズレに戸惑う〉:患者の病棟生活を見てきた看護師が退院後の生活を保障しても,家族は同居に不安をもつため調整に戸惑った.
「退院支援の会議で父親はすごく(自宅退院を)望んでいるけど,母親は退院させたくはない,可能なら転院をしてほしい」(看護師N)
〈無関心に見えてしまう家族へ憤る〉:家族への期待と,家族の患者に対する距離感への対策が打てずもどかしかった.
「旦那は他人事.奥さんに起こってる問題ですけど,奥さんの問題はあなたの問題じゃない?みたいな.1回目の(入院)時とは質の違う怒り」(看護師T)
4)【退院支援からの逃避】:看護師としての役割遂行へ〈距離のとり方に悩む〉一方,〈再入院のイメージが離れない〉振り出しに戻る予感や,患者の理不尽な言動に〈心的距離を保ちたい〉等,退院支援から目をそらしていた.
〈距離のとり方に悩む〉:入院時の理不尽な行為による恐怖が脳裏をよぎり,退院支援に積極的に取り組めなかった.
「怖い思いをしました.怪我は初めてでした.しばらく顔を合わせるのが嫌だった.それでも悪くなると関わらないといけない」(看護師S)
〈再入院のイメージが離れない〉:支援者の家族がいて期待をしても,入退院の理由が毎回同じであるため再入院の予感がぬぐえなかった.
「本当にやれる?っていうのが正直ある.家でも不安,便がでない,浣腸と言って,(お母さんが)先生に相談して(入院になる)」(看護師G)
〈心的距離を保ちたい〉:怖い体験からくる感情を払拭しきれない看護師は,患者との距離感を保って傷つかない方法を模索していた.
「刺激を与えない.あっと思っても見ないふりをしてた気がする」(看護師H)
5)【退院支援に関われないもどかしさ】:看護師は〈主治医の決定に賛成できない〉と思いながらも,退院支援で患者の地域生活を知らないため〈多職種連携に加われない〉や〈退院調整の役割が分からない〉など孤立と情けなさを感じた.
〈主治医の決定に賛成できない〉:問題解決にならない対症療法であっても,代替案のないことに歯がゆさを感じていた.
「十何年病気と付き合ってきた事実と,新しい治療でどこまでよい人生に向かわせることができるのか.たかがしれてる,その場しのぎ」(看護師J)
〈多職種連携に加われない〉:医師と地域専門職者との輪に入って決定に関与したくても指示に従うだけの状況に憤りを感じていた.
「精神保健福祉士と医師が話して(退院の)方向性が決まって,(看護師は)分かりましたって.一応グループの中にいるけど,蚊帳の外ですね」(看護師D)
〈退院調整の役割が分からない〉:病棟外の話題には,病棟看護師としての支援への限界を感じていた.
「(情報を)言い過ぎると,(患者が看護師から)言われたからとなる.どういう形が自己決定支援?精神科は生活全般が治療と思うと難しい」(看護師I)
6)【ズレを察知】:看護師は〈患者と向き合う〉ことで,これまでの価値観や概念が患者の思いとかみ合ってなかったことを知り〈ズレの修正に苦慮する〉こととなった.
〈患者と向き合う〉:看護師は自ら患者のことをもっと知ろうと関心を注いで接することでこれまでの接し方に疑念を抱いた.
「車の中で話すとちょっと気持ちが近くなった.お父さんとの葛藤とかお母さんに対する思いとか情報が入った.どこが本人にとってきついのかが分かってきてからだいぶ関わりやすくなった.」(看護師B)
〈ズレの修正に苦慮する〉:既成概念に囚われていた看護師は,患者から新たな考え方に気づかされ迷いが生じていた.
「幻聴の体験を聞いて,薬をやれば落ち着く(幻聴が)止まると思ってたけど,(患者に)そうじゃないと言われて.頓服をやっても効果がないことを知った.頓服をやることに躊躇してます.」(看護師Q)
入退院を繰り返す成人中期患者に対する精神科看護師の葛藤が明らかになった.ここでは,コアカテゴリーである《ズレによる困惑》を中心に葛藤の悪循環の構造について考察し,葛藤から離脱する方法について検討する.
1. 入退院を繰り返す成人中期患者に対する葛藤 1) ズレを埋められない葛藤ズレによる困惑は,患者に対する困惑,家族に対する困惑,安易な態度に見えてしまう苛立ちから形成され,看護師は患者や家族との間にあるズレを埋められず,無力感や妥協などにつながり葛藤が生じていたと考える.
今回の患者と家族に対する困惑は,看護師が病院内での患者の生活を把握できても,患者や家族の地域生活の実態を十分に知らないために生じたものであった.成人中期は,子育て・仕事・他人とのつきあい等の時間に追われる多忙な時期でもあり,家族が患者一人のために時間を使うことは難しい.例えば,看護師は「旦那は他人事」と配偶者の反応に憤りを感じていたが,家族には子育てや仕事で定期的な面会が難しいことを前提としていなければ,家族の面会などが滞ったときに“関心のない家族”と映ってしまう可能性がある.また看護師は,患者に対して優先するものがズレる,服薬管理に対する意見がズレる,家庭と病院の行動の差異に困惑する等,医療者の立場で評価する傾向が浮き彫りとなり,そのことがズレの要因になっていることが示唆された.本来,家族の柱である成人中期患者が,“仕事や家庭内での役割をこなしたうえで治療する”と考えることは自然なことである.しかし,“治療したうえで仕事や家事をこなしたほうがよい”と考えていた看護師は治療優先となり,仕事などを優先したい患者の思いと合っていなかった.隅田(2008)は,患者・家族・専門職のズレについて,立場の違いによる関心の違いから生じた認識のズレが,情報のとらえ方の違いや問題把握の違いに影響すると述べており,医療者の立場に立っていることで生じていた認識のズレと同じことが起こっていた.
さらに,看護師は,患者に対し「入院しておきたい甘え」や「こっち(看護師)は考えているのに自分(患者)もやれよ」と,患者が自分のことに向き合えない様子が看護師には甘えているように見えていた.このことが,患者の態度が安易に見えてしまい,看護師に嫌な気持ちが芽生え,憤りを解決できずに放置し続けてしまった.その結果,退院間近になっても心的距離を保ちたいや距離の取り方に悩むなど,患者との認識のズレではなく距離間へと視点が移り,多方面でのズレを埋められず,葛藤が解消される方向へ進まなかったと考える.
2) 他職種への脅威精神科看護師に生じる葛藤の要因は,患者や家族への憤りだけではなく,他職種との連携のズレが,看護師のプロフェッショナルとしての職業的アイデンティティへの脅かしとなり葛藤へと影響したのではないかと考える.
看護師は,診察・治療等に関連する業務から患者の療養生活の支援に至るまで幅広い業務を担う,いわばチーム医療のキーパーソンとして期待されている(厚生労働省,2010)が,今回看護師は,患者の退院後の生活の実情を知らないことも重なり,「一応グループの中にいるけど,蚊帳の外ですね」と怒りともいえる思いを滲ませ,多職種連携に加われない,退院調整の役割が分からないと,他職種から取り残され半ば諦めていた.
患者の全体像の把握に基づく看護実践能力や,他職種との連携能力などの向上が,精神科看護師の職業的アイデンティティを高める(関根ら,2015)と言われ,患者との距離感にとらわれたことで患者理解を困難にしズレを放置する形となり他職種との連携に積極的に加われなくなった.このことは,看護師としての職業的アイデンティティに脅威を与えたのではないかと考えられた.
つまり,ズレを放置し続けた結果,質の高い業務遂行は困難となり,チーム医療のキーパーソンとして期待されるはずが,精神科看護師としての存在意義は失い,他職種にその座を奪われる脅威によって,葛藤から離脱できなくなるのではないかと考える.
3) 満たされない思いが芽生える不快感看護師は入退院を繰り返す成人中期患者に対して,無力感や妥協からズレによる困惑を抱き退院支援に関われないもどかしさや退院支援から逃避するなど,葛藤が悪循環していた.その過程では,患者家族とズレを埋められず,他職種への脅威を感じることで,看護師としては満たされない状況が続き不快感でしかないことをこれまでに述べてきた.しかし,これらは単に患者の対象特性を把握する能力やスキル不足,連携におけるコーディネート能力不足などの問題だけではなく,看護師が患者に投影する怒りが影響している可能性を考える必要がある.今回研究対象となった看護師は,精神科看護師として3年以上の経験者で,平均年齢38.7歳であり新たな家族を形成し家庭内で中心的役割を担っている時期にある.つまり,対象者は社会と家庭内で中心的役割を担いつつ,同世代の患者の回復を願いながら関わっていることになる.しかし,患者の回復を医療者の役割とするならば,同世代の成人中期患者の入退院の繰り返しによる怒りは,医療者である看護師が役割を果たせていない役割葛藤に伴う陰性感情として捉えることもできるのではないだろうか.看護師の怒りの背景には,そうした同世代に対する陰性逆転移という満たされない思いの積み重ねがあり,不快感が形成されていくのではないかと考える.Gorlin & Zucker(1983)は,医療者は逆転移である陰性感情の存在を認識し,自らの医療者としての役割について再検討をしてみる必要があることを指摘するように,患者に対する感情の動きに何等かの違和感を感じるときには,逆転移の存在をまずは認めることが重要になるのではないかと考える.
2. 葛藤の悪循環から離脱する方法一部の看護師は,悪循環のなかでズレを察知し,無力感や葛藤から脱しようと,少しずつ患者と向き合うような関わりがみられた.ズレを察知した背景には,患者・家族から聞いた情報だけではなく,看護師が患者と共に行動し,直接観察した事実から患者像を捉えようとしていた.
近年,精神科病院では,地域生活移行支援の一貫として,退院前訪問を行うようになった.病院看護師は,患者の退院後の生活イメージを再構築することが重要であるととらえる認識の必要性が報告されている(牧ら,2018)ように,実際に生活する場を直接確認することは立場の違いによる認識のズレの修正を可能にし,他職種との連携に積極的に参入できるきっかけになるのではないかと考える.病院内での生活力の観察だけでは,アセスメントに限界があり,仮に患者が外出や外泊時などの家族からの報告があったとしても,情報が明確ではないことから,看護師は自分流の想像を強め偏った患者像を描いてしまう恐れがある.したがって,看護師が直接自宅や施設を訪問することは,家庭と仕事における患者の立場や役割などを知るチャンスとなり,ズレからの脱却を図ることのきっかけになると考える.中島(2013)は,精神科看護師の社会復帰支援の意識に影響する要因を調査し,看護師が学会や研修会に参加し,積極的に取り組んでいる社会復帰支援の報告等に刺激を受けていたことを明らかにしたが,ズレによる困惑から抜け出すためには,患者・家族の生活の実際を知らないことで生じるズレであるため,専門職から報告を聞いただけでは,これまでと変わらないことが予想される.したがって,直接社会資源の施設で研修を受けたり,退院支援を早期から意識できるように,早急に患者との同行訪問を行ったりするなど,院内外の実地研修等の工夫がズレを察知する方法として必要ではないかと考える.松原・森山(2015)は,病棟看護師による同行訪問は,患者家族との関わりが積極的になり,多職種連携やサービス利用調整など退院支援時の関わり方に変化が見られたと述べていることからも,他人の実践を見聞きするだけではなく,実際に病棟看護師が地域社会で起きている状況を実体験できる仕組みが必要であるといえる.
以上のことより,葛藤の悪循環から離脱する方法として,成人中期は家族や仕事において柱となるため,看護師は患者の退院後の生活や仕事へのイメージを,同行訪問や就労支援への参加を通じて具体化することが重要であると考える.
本研究では,研究参加者20名であるが,これまで明らかにされていなかった入退院を繰り返す成人中期患者への精神科看護師が抱く葛藤を明らかにすることができた.しかし,今回の参加者のなかには,葛藤から離脱し効果的な退院支援に転換できた経験をもつ者はいなかった.今後の課題として,成人中期患者・家族に対して効果的な退院支援を行っていると考えられる看護師を対象とし,看護師が葛藤からの離脱を図るための現実的な支援方法を明らかにしていくことが望まれる.
精神科看護師20名の面接調査から,入退院を繰り返す成人中期患者が入院した際,看護師はすでに【無力感】と【妥協】の間で葛藤し,入院中《ズレによる困惑》を引きずったまま関わることで,【退院支援から目をそらす】【退院支援に関われないもどかしさ】を抱いたまま退院を迎えていた.繰り返す入退院で【ズレを察知】する看護師もいたが,葛藤の解消には至らなかった.患者の入退院によって生じる葛藤の悪循環から離脱する方法として,病棟看護師は,退院後の生活や就労へのイメージを,同行訪問や就労支援への参加によって具体化することが重要であることが示唆された.
本研究にあたり,調査を承諾していただきました看護職者の皆様に心より感謝申し上げます.
本論文の一部は第41回日本看護科学学会学術集会にて発表後,意見をもとに加筆修正したものを報告した.
筆頭著者のYFは研究の着想および構想,デザイン,データ収集,分析,考察など論文の作成および研究活動全体を管理した.KMは研究の構想,デザイン,分析,考察など論文作成に関与し,全体を通して専門的助言を行い実質的な貢献をした.共著者のYFとAMは研究の分析に実質的な貢献をした.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.