日本精神保健看護学会誌
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原著
精神科病院において看護者が認識する倫理的風土に影響を及ぼす要因
今泉 源香月 富士日
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2023 年 32 巻 1 号 p. 38-47

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Abstract

本研究では精神科病院の倫理的風土に影響を及ぼす要因を明らかにすることを目的に,看護者を対象とした質問紙調査を行った.

質問紙は基本属性,日本語版倫理的風土測定尺度,組織風土尺度,協同作業認識尺度,日本語版バーンアウト尺度にて構成し,14施設949名の看護者を対象に調査を行い,319名を分析対象とした.

日本語版倫理的風土測定尺度を従属変数とする重回帰分析の結果,組織風土尺度の下位因子である「柔軟性・創造性・大局的」,「自由闊達・開放的」,「権威主義・責任回避」,協同作業認識尺度の下位因子である「個人志向因子」,「協同効用因子」が倫理的風土に影響を及ぼす要因であった.

この結果から,組織における倫理的風土を向上させるためには,権威が弱いと考えられる看護者を含めたすべての看護者の倫理的な感性を対等に扱い,個々の道徳的感受性や倫理観が看護実践に反映させられるような風土を作ることが必要であると考えられた.

Translated Abstract

This cross-sectional study was conducted by administering a questionnaire survey of psychiatric nurses to identify factors influencing the ethical climate in psychiatric hospitals.

The questionnaire consisted of 5 items for basic attributes, 14 for the Japanese version of the ethical climate scale, 49 for the organizational climate scale, 18 for the perception of cooperative work scale, and 17 for the Japanese version of the burnout scale. The survey was administered to 949 nurses working at 14 facilities in Japan, and 319 nurses were included in the analysis.

Multiple regression analysis using the Japanese version of the ethical climate scale as the dependent variable demonstrated that “flexibility, creativity, and big picture” (β = .259, p < .001); “free and open” (β = .199, p < .001); and “authoritarianism and avoidance of responsibility” (β = –.187, p < .001), which were subfactors of the organizational climate scale, and “individual orientation factor” (β = –.222, p < .001) and “cooperative utility factor” (β = .147, p < .01), which are subfactors of the cooperative work perception scale, were factors influencing the ethical climate. These results suggest that to improve the ethical climate in organizations, the ethical sensitivity of all nurses, including those who are considered to have weak authority, is required to treat an equal footing and to create a climate in which individual moral sensitivity and ethical views can be reflected in nursing practice.

Ⅰ  はじめに

わが国の精神科病院では歴史的に非倫理的な事件が繰り返し発生しており,その中には看護者の患者に対する暴力や,非人道的な扱いなどの事例も含まれている(冨田,2005).近年では,保護室に入院中の患者に対して過剰な抑圧を加え,頸椎を損傷させ死亡させた事件が大きく報道された.

精神科病院における看護者による患者に対する非倫理的行動は決して稀有な現象ではない.今泉・香月(2020)は精神科看護者を対象とした質問紙調査によって,患者に対する虐待的行為の経験の有無を調査しており,対象となった看護者の内,55.8%が過去1年間で少なくとも1つ以上の虐待的行為を行った経験がある事を明らかにしている.精神科病院はその特性から社会との接点が乏しく,精神障害者が自身の境遇を他者に伝える能力や機会が限られている場合もあるため,医療者による非倫理的行動の実態把握が困難であり,事件として明るみに出る非倫理的行動は氷山の一角に過ぎない可能性がある.精神科看護者の倫理・道徳に関しては様々な先行研究が行われているが,その多くは問題提起に留まっている.その要因の一つとして,これまで注目されてきた精神科看護者の倫理・道徳に影響を及ぼす要因が年齢・経験年数(坂東・西田・高間,2014),自己効力感(坂東・西田・高間,2015),患者に対する陰性感情(今泉・香月,2020)などの個人要因に偏っていることが考えられる.組織における非倫理的行動についてKish-Gephart, Harrison, & Treviño(2010)は「個人がなぜ非倫理的行動を行うのかの見解は多様であり,多くのことが分かっておらず,先行研究における見解にも一貫性がない」と述べており,倫理や道徳に関連した問題の要因を個人に求めることの難しさを指摘している.

一方で,一般企業では非倫理的行動を未然に防ぐ方策として「企業倫理の制度化」という考え方がある(山田・野村・中野,1998).企業倫理の制度化とは「個人の良心に過度に依存せず,組織的な仕組みや制度を構築することで企業倫理の確立を図ろうとするもの」であり,企業倫理の制度化では個人よりも集団に対する介入に価値を見出し,倫理的な組織風土を構築することで企業における非倫理的行動を防ぐことを目的としている.組織風土が個人の非倫理的行動に及ぼす影響については,山田・中野・福永(2020)の調査にて,倫理的な意思決定が個人の倫理観に任されているような風土では非倫理的行動が助長され,規則の遵守や他者への配慮が根付いている風土では非倫理的行動が抑制される傾向が示されている.看護者においてはLandeweer, Abma, & Widdershoven(2011)による研究において臨床における倫理的な判断は看護者同士で相互に影響し合っていることが示されており,看護者同士の人間関係などによって形成される病院や病棟の風土は看護者一人一人の倫理的な行動に影響を与えている可能性がある.

これまで精神科看護者の倫理や道徳に関する問題に対しては看護者の個人要因に注目した研究が行われてきているが,非倫理的行動を引き起こす個人要因は多様であり,包括的な介入に繋げることが困難であると考えられる.一方,集団によって形成される倫理的風土や組織風土に着目した精神科看護者の倫理・道徳に関連する研究から得られる示唆は一般化しやすく,包括的な介入に繋げられる可能性があるが,これまで精神科病院の倫理的風土や組織風土に着目した研究は行われてない.そこで,本研究では精神科病院の倫理的風土と組織風土との関係を明らかにすることで包括的な介入への示唆を得ることを目的に研究を行う.

Ⅱ  研究目的

本研究の目的は精神科病院において看護者の認識する倫理的風土と組織風土との関係を明らかにすることで非倫理的行動を防止するための包括的な介入への示唆を得ることである.

Ⅲ  研究方法

1. 研究デザイン

無記名自記式質問紙を用いた横断研究.

2. 研究対象者

1) 研究対象施設

日本精神科病院協会に加盟している精神科病床を100床以上持つ病院から200施設をランダム抽出した.また,機縁法により研究協力依頼の可能な施設を加えて研究対象施設とした.

2) 研究対象者

研究対象施設に勤務している看護職者を研究対象者とし,適格基準として「現在,精神科病棟で勤務している看護職者(看護師,准看護師)」,「精神科病棟における1年以上の勤務経験を有する者」を設定した.

3. 質問紙調査実施方法

1) 質問紙調査実施期間

令和4年4月1日から令和4年5月31日までの期間で調査を行った.

2) 質問紙調査実施方法

研究対象施設に対して書面で研究協力依頼を行い協力の回答が得られた施設を研究協力施設とし調査を行った.質問紙は研究者から看護部責任者へ郵送し,看護部責任者より病棟長へ配布し,病棟長から研究対象者へ配布した.質問紙の回収は返信用封筒を用いた郵送法,もしくはMomentive Incの提供するアンケートサイト「Survey Monkey」を用いたWeb回答のいずれかを回答者が選択し行った.

4. 倫理的配慮

本研究は名古屋市立大学看護学部研究倫理委員会の承認を受け実施した(ID: 21025-5).また,研究実施施設に対して研究の概要,倫理的配慮を書面にて説明し,協力の得られた施設で調査を実施した.個々の研究対象者に対して研究の目的,意義,倫理的配慮を研究依頼書,質問紙の表紙に記載した.また,研究参加の意思は質問紙への回答をもって得られたものとし,その旨を質問紙の表紙に明記した.

本研究で得られたデータを論文,学会発表などで二次利用する場合,研究協力施設及び研究協力者が特定されないよう配慮することを明記した.

5. 調査内容

質問紙調査では,組織の倫理的風土に影響を及ぼす要因として組織風土に着目し,それぞれに対応した評価尺度を使用した.また,倫理的風土や組織風土を測定する評価尺度は,回答者が自身の所属する組織を評価する構造となっており,回答者の価値観や精神状態が交絡因子として影響を及ぼす可能性が考えられたため,個人要因に関する要素である協同作業認識尺度とバーンアウト尺度を採用した.各尺度の使用に際し,各尺度作成者に研究の概要を説明し許可を得た.

1) 基本属性

基本属性では,性別・年代・所属する病棟の機能・精神科経験年数・一般科経験年数を調査した.

2) 評価尺度

(1) 倫理的風土尺度

倫理的風土の測定には稲垣ら(2020)が作成した日本語版倫理的風土測定尺度[J-HECS]を使用する.本尺度は「同僚」,「上司」,「病院」,「患者」,「医師」の5因子で構成され,質問項目は18項目からなり,5段階リッカート式で回答を求め,得点が高いほど倫理的風土を高く評価していると解釈する.看護者を対象とした調査におけるCronbach’ αは「同僚」(α = .76),「上司」(α = .93),「病院」(α = .85),「患者」(α = .76),「医師」(α = .87)および「尺度合計」(α = .94)であり内的整合性が認められている.本研究では研究対象者の所属する病棟の看護者間で形成される風土の測定を目的としていることから,「医師」の因子に該当する4項目は削除し,「同僚」,「上司」,「病院」,「患者」,の因子に該当する14項目の質問を使用した.

(2) 組織風土尺度

組織風土の測定には関本・鎌形・山口(2001)が作成した組織風土尺度を使用する.本尺度は「権威主義・責任回避」,「自由闊達・開放的」,「長期的・大局的志向」,「柔軟性・創造性・独自性」,「慎重性・綿密性」,「成果主義・競争」,「チームワークの阻害」の7因子で構成され,質問項目は49項目からなり,6段階リッカート式で回答を求め,得点が高いほど各因子の傾向が強いと解釈する.会社員や介護職員を対象とした調査において本尺度の一部を使用した際のCronbach’ αは.95から.59である(白石ら,2011吉田・高野,2018).なお,本尺度は多くの設問で「企業」「会社」「社内」など,病院に勤務する看護者が回答する際に不自然である文言があるため,設問の意図が変わらないように注意しながら看護者に対する質問紙として自然な文言に修正し使用した.

(3) 協同作業認識尺度

協同作業に対する認識の測定には長濱ら(2009)が作成した協同作業認識尺度を使用する.本尺度は「協同効用因子」,「個人志向因子」,「互恵懸念因子」の3因子で構成され,質問項目は18項目からなり,5段階リッカート法にて回答を求め,得点が高いほど各因子の傾向が強いと解釈する.大学生を対象とした調査におけるCronbach’ αは「協同効用因子」(α = .83),「個人志向因子」(α = .72),「互恵懸念因子」(α = .64)であり内的整合性が認められている.

(4) 日本語版バーンアウト尺度

バーンアウトの測定には久保・田尾(1992)が作成した日本語版バーンアウト尺度を使用する.本尺度は「情緒的消耗感」,「脱人格化」,「個人的達成感の低下」の3つの下位尺度を持ち17項目から構成され,5段階リッカート法にて回答を求め,得点が高いほどそれぞれの傾向が強いと解釈する.看護者を対象とした調査におけるCronbach’ αは「情緒的消耗感」(α = .81),「脱人格化」(α = .84),「個人的達成感の低下」(α = .79)であり内的整合性が認められている(久保,2007).

6. 分析方法

データの集計,統計分析にはIBM SPSS Statistics Version22及びIBM SPSS Amos Version22を使用し,有意水準は5%として検定を行った.

1) 使用する尺度の構成概念妥当性・信頼性の検証

J-HECS,組織風土尺度,協同作業認識尺度は日本の精神科看護者に対する適応が確認されていないことから,探索的因子分析による構成概念妥当性の検討,適合度の評価,及び信頼性の評価を行った後に統計分析に使用した.日本語版バーンアウト尺度は日本の精神科看護者に対する研究において多くの使用実績があり,信頼性・妥当性の確認がされているため,本研究における信頼性の評価のみを行い統計分析に使用した.探索的因子分析は主因子法,プロマックス回転にて行い,スクリープロットや固有値を鑑み因子構造モデルを仮定した.なお,各尺度において因子負荷量が0.35以下,共通性が0.20以下となった項目は残余項目とした.適合度の評価はRMSEA(Root Mean Square Error of Approximation),CMIN/DF(Chi-Squared/Degree of Freedom)を使用し,基準はRMSEAが0.08以下,CMIN/DFが3以下とした(Schermelleh-Engel, Moosbrugger, & Müller, 2003).信頼性の評価にはCronbach’ αを使用し,基準は0.7以上とした.

2) 各項目の分析

基本属性,及び各評価尺度について記述統計を行った後,基本属性,組織風土尺度・協同作業認識尺度・日本語版バーンアウト尺度の各下位因子を独立変数,J-HECSを従属変数とし,正規性をKolmogorov-Smirnovの検定にて確認した後,ステップワイズ法による重回帰分析を行い,精神科病院の倫理的風土に影響を与える要因を検討した.なお,基本属性についてはダミー変数化し分析に用いた.ステップワイズのためのF値確率は,投入確率p < 0.05,除去確率p < 0.1とし,VIF値により多重共線性の確認を行った.

Ⅳ  結果

1. 分析対象(表1)

研究協力の得られた14施設(ランダム抽出:10施設,機縁法:4施設)に勤務する949名の看護者(看護師・准看護師)を対象に質問紙調査を行い,郵送法にて286名,Webにて63名の計349名から回答を得た(回収率:36.8%).その中から欠損の無い319名を分析対象とした(有効回答率:33.6%).分析対象となった看護者の基本属性を表1に示す.研究協力施設の地域分布は北海道・東北地域が2施設,関東地域が2施設,中部地域が6施設,中国地域が2施設,四国地域が1施設,九州地域が1施設であり,近畿地域,沖縄地域の施設は0施設であった.精神科病床数は104床から520床であり,4施設が精神科以外の入院病床を有していた.

表1 基本属性(N = 319)
性別 男性 111(34.8%)
女性 208(65.2%)
年代 20~24歳 15(4.7%)
25~29歳 22(6.9%)
30~34歳 14(4.4%)
35~39歳 31(9.7%)
40~44歳 50(15.7%)
45~49歳 59(18.5%)
50~54歳 51(16.0%)
55~59歳 39(12.2%)
60歳以上 37(11.6%)
病棟特性 閉鎖病棟 252(79.0%)
開放病棟 67(21.0%)
病棟機能 急性期系病棟 95(29.8%)
慢性期系病棟 158(49.2%)
身体合併症病棟 9(2.8%)
認知症・高齢者病棟 57(17.9%)
精神科経験年数 1~5年 76(23.8%)
6~10年 41(12.9%)
11~20年 100(31.3%)
21~30年 69(21.6%)
31年以上 33(10.3%)
一般科経験年数 なし 152(47.6%)
1~5年 85(26.6%)
6~10年 30(9.4%)
11~20年 38(11.9%)
21~30年 9(2.8%)
31年以上 5(1.6%)

2. 尺度の因子構造・適合性・信頼性(表2)

使用した評価尺度の得点・因子構造・適合性指標・信頼性指標を表2に示す.

表2 使用尺度の記述統計(N = 319)
平均値 標準偏差 最小値 最大値 Cronbach’ α
J-HECS
RMSEA = .077 病院・患者 3.14 0.72 1.29 5 .884
CMIN/DF = 2.871 上司 3.84 0.94 1 5 .918
同僚 3.81 0.70 1 5 .824
合計 3.49 0.66 1.29 5 .924
組織風土尺度
RMSEA = .078 権威主義・責任回避 3.84 0.88 1 6 .930
CMIN/DF = 2.932 成果主義・競争的 2.88 0.83 1 6 .821
自由闊達・開放的 3.57 0.83 1 6 .870
柔軟性・創造性・大局的 3.45 0.59 1.36 6 .816
協同作業認識尺度
RMSEA = .072 協同効用因子 3.60 0.65 2 5 .896
CMIN/DF = 2.634 個人志向因子 2.46 0.61 1 5 .755
互恵懸念因子 1.70 0.60 1 4 .797
日本語版バーンアウト尺度
RMSEA = .069 脱人格化 2.11 0.79 1 5 .830
CMIN/DF = 2.525 個人的達成感の低下 3.62 0.75 1 5 .792
情緒的消耗感 2.93 0.98 1 5 .828

1) J-HECS

探索的因子分析により全14項目から3因子が抽出され,3因子構造モデルにて基準を満たす適合性指標(RMSEA = .077, CMIN/DF = 2.871)を示した.元尺度は「同僚」「上司」「病院」「患者」の4因子構造であったが,本研究では「病院」と「患者」に当たる項目が包括され1つの因子として抽出されたため「病院・患者」因子として解釈した.信頼性指標はそれぞれ,「病院・患者」(α = .884),「上司」(α = .918),「同僚」(α = .824),「尺度合計」(α = .924)であった.また,合計得点はKolmogorov-Smirnovの検定にてp < 0.05となり正規性が確認された.

2) 組織風土尺度

探索的因子分析により11項目が残余項目となり,38項目から4因子が抽出され,4因子構造モデルにて基準を満たす適合性指標(RMSEA = .078, CMIN/DF = 2.932)を示した.信頼性指標はそれぞれ,「権威主義・責任回避」(α = .930),「成果主義・競争的」(α = .821),「自由闊達・開放的」(α = .870),「柔軟性・創造性・大局的」(α = .816)であった.

3) 協同作業認識尺度

探索的因子分析により全18項目から3因子が抽出され,3因子構造モデルにて基準を満たす適合性指標(RMSEA = .072, CMIN/DF = 2.634)を示した.信頼性指標はそれぞれ,「協同効用因子」(α = .896),「個人志向因子」(α = .755),「互恵懸念因子」(α = .797)であっ‍た.

4) 日本語版バーンアウト尺度

3因子の信頼性指標はそれぞれ,「脱人格化」(α = .830),「個人的達成感の低下」(α = .792),「情緒的消耗感」(α = .828)であった.

3. J-HECSを従属変数とする重回帰分析(表3)

対象者の基本属性(性別,年代,病棟特性,病棟機能,看護体制,精神科経験年数,一般科経験年数),組織風土尺度の各下位因子である「権威主義・責任回避」「成果主義・競争的」「自由闊達・開放的」「柔軟性・創造性・大局的」,協同作業認識尺度の各下位因子である「協同効用因子」,「個人志向因子」,「互恵懸念因子」,日本語版バーンアウト尺度の各下位因子である,「脱人格化」「個人的達成感の低下」「情緒的消耗感」の計17項目を独立変数,J-HECSの合計得点を従属変数とし,ステップワイズ法による重回帰分析を行った.

重回帰分析の結果を表3に示す.「柔軟性・創造性・大局的」(β = .259, p < .001),「個人志向因子」(β = –.222, p < .001),「自由闊達・開放的」(β = .199, p < .001),「権威主義・責任回避」(β = –.187, p < .001),「協同効用因子」(β = .147, p < .01)との間にそれぞれ有意な関係が示された.また,「柔軟性・創造性・大局的」と「自由闊達・開放的」(r = .522, p < .001),「自由闊達・開放的」と「権威主義・責任回避」(r = –.434, p < .001),「権威主義・責任回避」と「個人志向因子」(r = .429, p < .001)との間にそれぞれ有意な因子間相関がみられた.調整済み決定係数は.479であり,重回帰の分散分析におけるF値は51.57,有意確率はp < .01であった.VIF値は1.11から1.55であり多重共線性は認められなかっ‍た.

表3 J-HECSを従属変数とした重回帰分析の結果(N = 319)
β
組織風土尺度
I,柔軟性・創造性・大局的 .259***
II,自由闊達・開放的 .199***
III,権威主義・責任回避 –.187***
協同作業認識尺度
IV,個人志向因子 –.222***
V,協同効用因子 .147**
因子間相関 r
I II III IV V
I .522***
II –.434***
III .429***
IV
V

* p < .05,** p < .01,*** p < .001 ΔR2 = .479

ステップワイズ法

Ⅴ  考察

1. 対象者の概要

本研究における対象者は,男性が34.8%,年代は45~49歳が18.5%と最多であり,精神科経験年数は11~20年が最多であった.精神科看護者を対象に質問紙調査を行っている先行研究(松浦・鈴木,2017児屋野・香月,2018)では男性の比率は概ね25~30%程度であり,本研究における対象者の男性比率は若干多いと考えられる.年代,精神科経験年数の分布は過去の研究とほぼ同様の傾向を示した.

機縁法にて研究協力を得た4施設は全て中部地方の病院であり,研究協力施設の地域分布も中部地方に偏りが見られたため,地域性によるバイアスを受けている可能性が考えられた.

2. 本研究で使用した尺度の因子構造・適合性・信頼性

J-HECS,組織風土尺度,協同作業認識尺度に対して探索的因子分析による構成概念妥当性の検討,適合度の評価,及び信頼性の評価を行い,仮定した因子構造において十分な適合性・信頼性が確認された.組織風土尺度では残余項目が11項目となったが,それらの項目には「業績」や「人事戦略」などの単語が含まれ,病院に勤務する看護者を対象とした調査における適応性が低かったことが要因であると考える.

3. 倫理的風土に影響を及ぼす要因

本研究は精神科看護者が認識する倫理的風土に影響を与える要因を明らかにすることを目的に倫理的風土を評価するJ-HECSを従属変数とする重回帰分析を実施した.重回帰分析における調整済み決定係数は0.479であり,今回の重回帰式は倫理的風土に対して一定の説明力が認められた.

1) 組織風土と倫理的風土

本研究では組織風土の「柔軟性・創造性・大局的」が倫理的風土に最も影響を与えている要素であり,「自由闊達・開放的」な組織風土も倫理的風土の認識にポジティブな影響を与えていた.一方,「権威主義・責任回避」な組織風土は倫理的風土の認識に対してネガティブな影響を与えることが示された.

本研究で用いた組織風土尺度において「権威主義・責任回避」を構成する質問は「実力者の発言に対しては,誰も異を唱えようとはしない」「病院の指示・意向に対して,現場からは反論しにくい雰囲気がある」「己を抑え,他のメンバーと協調していくことが強く求められる」といった内容であり,包括すると「上司や実力者の意見,病院の指示や意向に反論できない風土」や,「個人の意見を抑え,集団の方針に合わせる風土」といった特徴が伺える.

Landeweer, Abma, & Widdershoven(2011)による研究では,臨床における倫理的な判断は看護者同士で相互に影響し合っていることが示されている.また,令和2年に兵庫県の精神科病院で発生した看護者による患者に対する虐待・非倫理的行動を伴う事件では,先輩看護者達による非倫理的行動を新入職員が追随する形で模倣していたことが背景因子として勘案されている(神出病院における虐待事件等に関する第三者委員会,2022).本研究の結果からは,特定の看護者の価値観や倫理観が組織に多大な影響を与えているような権威主義的な風土を持つ組織に所属する看護者は,その組織の倫理的風土を低く評価する傾向が示唆された.

組織の倫理的風土の向上には,権威が弱いと考えられる看護者を含めたすべての看護者の価値観や倫理観を対等に扱うことが必要であると考える.臨床においては経験の浅い看護者ほど倫理的な問題を感じる頻度が高いこと(Fayez et al., 2013)や,看護学生も臨地実習において医療者の患者に対する非倫理的な行動を目撃し倫理的なジレンマを感じている事(Erdil, & Korkmaz, 2009)などが明らかになっており,倫理的な感性は専門的な知識や経験と比例しない部分があると考えられる.一方で,精神科看護者の精神疾患を持つ者に対する非受容的な態度は接触体験と比例して形成されることが示唆されており(半澤ら,2009),臨床経験の長さが非倫理的な行動の原因となる可能性もある.このように,倫理的な感性などは臨床経験や職位,年齢などと比例して向上するとは限らないため,組織に所属するすべての看護者の価値観や倫理観を尊重し,匿名で所属する組織の倫理的行動について意見を表明できる場を設けるなど,看護者同士の異なった倫理的な感性が共有される風土を作ることが必要であると考える.

一方で,「柔軟性・創造性・大局的」「自由闊達・開放的」という組織風土は倫理的風土の認識にポジティブな影響を及ぼすことが示唆された.これらの特徴を持つ組織では,個人の道徳的感受性や価値観などの,個々の基準に裏付けられた行動に価値が置かれる傾向が予想される.組織における非倫理的行動の防止については「制度の単純な量は非倫理的行動の抑制に有効ではなく,制度が機能する基盤となる組織の倫理風土が重要である」との指摘もあり(山田・中野・福永,2015山田・野村・中野,1998),本研究の結果を合わせて,制度や規則などによる権威的な介入よりも,看護者個々の道徳的感受性や倫理観を看護実践に反映させられるような組織作りが倫理的風土の向上に有効なのではないかと考える.

なお,本研究では看護者間で形成される職場風土に着目しているため,医師やその他専門職からの影響を検討できておらず,精神科看護者が認識する倫理的風土に対する知見としては限定的であると考えられる.精神科病棟のように比較的入院が長期に及ぶ環境において看護者は医師との関係に強いストレスを感じることが示されており(Hwang, 2019),倫理的風土に影響を及ぼす要因については他専門職から受ける影響についても検討していく必要があると考える.

2) 協同作業認識と倫理的風土

本研究では協同作業認識の下位因子である「協同効用因子」が倫理的風土の認識にポジティブな影響を及ぼすこと,「個人志向因子」がネガティブな影響を及ぼすことが示された.協同に価値を見出す「協同効用因子」の強い看護者は,日々の看護実践において同僚の倫理観を聞き入れる姿勢を持ち,様々な倫理観を持つ看護者によって組織が形成されていることを認識しているため,自身の所属する組織の倫理的風土を高く評価する傾向が考えられた.他者の倫理観に触れ理解することは,自身の倫理観を再認識するとともに新たな視点に気づき視野の拡大につながることが示されており(桐山・松井・矢吹,2021柏崎・福宮,2022),看護者の倫理的行動に対して協同に対する認識は重要な要素である.一方で,個人での仕事に価値を見出す「個人志向因子」の強い看護者は,他者との協同に価値を見出す意欲が低いことから,上述したような過程を経て他者の倫理観を受け入れる姿勢を持てず,自身の倫理観と組織の倫理的風土との間に不一致が生じ,所属する組織の倫理的風土を低く評価する傾向が考えられた.

精神科看護者は臨床において様々な倫理的ジレンマを体験するとされており(田中ら,2014),自身の倫理観に沿わない同僚の行動や言動から様々なジレンマを体験することが示されている(近藤・井上,2018).一方で,Landeweer, Abma, & Widdershoven(2011)は精神科における強制的な介入の改善方法について検討しており,強制的な介入を行う看護者の思考の中には「他に代替的な手段がない」という固定化された思考が存在し,代替的な手段を検討する事に対して懐疑心を持っていたが,同僚や他施設の専門職者とディスカッションを重ねることで徐々に他の介入方法があるということに気づき,より倫理的な介入へとつなげることができたとしている.つまり,集団において個々が持つ倫理観はそれぞれ異なり,自身と異なる倫理観を持つ看護者の集団において同僚のコンセンサスを得た介入をするためには協同は必須であると考えられ,協同することにより集団の倫理的風土は洗練される可能性があり,組織の倫理的風土を高めるためには看護者個々が同僚との協同に価値を見出すことが必要であると考えられる.

Ⅵ  結論

精神科看護者が認識する倫理的風土に対して組織風土の「柔軟性・創造性・大局的」「自由闊達・開放的」がポジティブな影響を,「権威主義・責任回避」がネガティブな影響を与え,協同作業認識における「協同効用因子」がポジティブな影響を,「個人志向因子」がネガティブな影響を与える事が,それぞれ示唆された.これらの結果から,組織における倫理的風土を向上させるためには①権威が弱いと考えられる看護者を含めたすべての看護者の倫理的な感性を対等に扱うこと,②看護者個々の道徳的感受性や倫理観が看護実践に反映させられるような風土を作ること,③看護者個々が同僚との協同に価値を見出し,それぞれの倫理観を共有すること,が必要であると考えられた.

Ⅶ  研究の限界と今後の課題

本研究で使用した組織風土尺度は一般企業で働く会社員を対象として作成された尺度である.本研究では,因子分析を行った後,信頼性・妥当性を確認し分析に使用したが,因子分析において元尺度の因子構造が維持されなかったことから,精神科看護者を対象とした調査に対する適応性は高くなかったことが考えられ,組織風土の測定において課題を残した.そのため,より明確に精神科看護者の組織風土を測定するためには対象の特性を加味した新たな尺度の作成が必要である.また,本研究は横断研究であるため,結果を一般化するためには継続した調査が必要である.

本研究では量的研究により組織風土と倫理的風土の関連を検討したが,精神科看護者が認識する「柔軟性・創造性・大局的」「自由闊達・開放的」「権威主義・責任回避」といった組織風土が具体的にどのような風土を意味するかは明確にできていない.そのため,今後,精神科看護者を対象とした質的な研究などで具体的な内容を吟味していく必要がある.

著者資格

GIは研究の着想から原稿作成までの全プロセスを遂行した.FKは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を確認し承認した.

謝辞

本研究の趣旨をご理解いただき,研究に協力していただきました施設の関係者,並びに看護者の皆様に心から感謝申し上げます.

利益相反

本研究における利益相反はない.

文献
 
© 2023 日本精神保健看護学会
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