日本精神保健看護学会誌
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精神科看護師が抱く当事者のリカバリーの可能性に対する希望に関連する因子
田中 敦子香月 富士日
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2024 年 33 巻 1 号 p. 115-124

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Abstract

本研究の目的は,精神障害をもつ当事者のリカバリーに対し,精神科看護師が抱く希望に関連する因子を特定することである.無記名自記式質問紙またはWeb調査を行い,精神科の病棟看護師および訪問看護師384名の回答を分析した.精神科看護師が抱く希望として測定した日本語版Recovery Attitudes Questionnaire(以下RAQ)得点を目的変数(低群0,高群1)とし,当事者との肯定的な接触経験,地域支援経験,看護経験,リカバリー知識やリカバリーに関する認識,研修受講,支援環境,個人特性を説明変数としてロジスティック回帰分析を行った.当事者との肯定的な接触経験(OR = 2.11),リカバリー知識(OR = 2.62),リカバリーに関する興味・関心(OR = 2.11)や支援の難しさの認識(OR = 1.80),急性期系病棟勤務(OR = 0.34)がRAQと関連を示した.精神科看護師の希望を高めるには,リカバリー知識の向上や当事者との肯定的な接触経験を増やすことが効果的であると考えられた.

Ⅰ  はじめに

リカバリーは,人権を奪われ社会から隔離されてきた精神障害者(以下当事者)が,自らの権利を求めて起こした当事者運動から発展した概念で(田中,2010),精神の病気による制限があっても生活,仕事,学ぶことなど地域社会に参加できるようになるプロセスであるとされている(Anthony, 1993).欧米では,精神保健の政策にリカバリー概念を導入した(President’s New Freedom Commission on Mental Health, 2003).日本では,当事者への政策が常に医療中心かつ治安維持的であったことがリカバリー概念普及の弊害となっている(中條,2016).専門職者は,当事者の意向を最優先とする当事者主体の,リカバリーを目指したサービスへと意識を変容することが必要である(宮本,2017).しかし,専門職者がリカバリーに関してどのような認識を抱いて支援しているのかは明らかとなっていない.

当事者が自分自身を信じられず希望をもてない時でさえも,当事者がリカバリーできるという信念や希望をもって支援することが専門職者の役割である(Rapp, & Goscha, 2006/2008Russinova, 1999).しかし,慢性化や再発を繰り返す当事者との関わりによって,当事者の将来について悲観的,絶望的,無力感のような否定的な感情を抱いた専門職者が,当事者のためのリカバリー支援に消極的となることが懸念される(Henderson et al., 2014).その一方で,病院ではなく地域施設の支援経験があること(Salyers, Brennan, & Kean, 2013),長期入院患者の退院支援経験やセルフヘルプグループへの参加経験がある専門職者(Chiba et al., 2019)は,当事者がリカバリーできるという肯定的な認識や当事者の地域生活への期待が高いことが示されている.専門職者が,当事者のリカバリーの可能性を否定的または肯定的に認識するかどうかは,当事者との接触経験,つまり専門職者が関わる当事者の精神的困難度の度合い(Salyers, Brennan, & Kean, 2013)やリカバリーを追求する当事者や社会資源に触れる機会の有無(Chiba et al., 2019)に影響されることを示している.

当事者のリカバリーの可能性に対する専門職者の肯定的な認識の高さとの関連を調査した研究では,専門職者自身が楽観性をもち合わせていることやリカバリーに関心があること(藤野ら,2018),准看護師ではなく正看護師であること,役職があること,忙しくても患者の訴えをよく聞くといった倫理的行動が高いこと(福嶋,2021)などの,個人的性質に関することとの関連が報告されている.その他には,リカバリーに関する知識が高いこと(Chiba et al., 2017),科学的根拠に基づいたリカバリー支援ツール研修の受講経験があること(Hornik-Lurie et al., 2018)との関連が示されている.特に,リカバリーに対する肯定的な認識や知識が低いのは,地域施設ではなく入院施設の支援経験者であること,非看護職ではなく看護師であること(Chiba et al., 2019Cleary, & Dowling, 2009Salyers, Brennan, & Kean, 2013)に注目した.精神科看護師は病棟勤務が多く,他の職種と比べて慢性かつ重度の当事者との関わりが多いことで当事者のリカバリーに対して否定的な認識を抱きやすい(Henderson et al., 2014)と考えられるが,リカバリー概念に従うならば,どのような状態の当事者であってもリカバリーできると希望をもって支援する必要がある.しかし,地域・入院施設での支援経験の有無とリカバリーに対する肯定的な認識との関係について精神科看護師のみを対象とした調査はない.

内発的な仕事への動機づけを表す「Internal Work Motivation」の高さ(Chiba et al., 2019),職場満足度の高さ(Salyers, Brennan, & Kean, 2013)と当事者のリカバリーの可能性に対する専門職者の肯定的な認識とは正相関することも報告されている.このような労働に関わる心理状態と労働環境の関係を鑑みると,当事者のリカバリーの可能性に対する専門職者の肯定的な認識は,リカバリー支援を行う環境の有無に影響を受けることが想定される.しかし,リカバリー支援に関する環境と専門職者が抱く当事者のリカバリーの可能性に対する希望との関連を調査した研究は見当たらない.

本研究は,当事者がリカバリーできるという可能性に対して精神科看護師が抱く希望に関連する因子を特定することを目的とする.関連因子は,当事者との接触経験や地域支援経験(Chiba et al., 2019),看護経験(福嶋,2021),リカバリー知識(Chiba et al., 2017)やリカバリーに関する認識,リカバリー研修の受講経験(Hornik-Lurie et al., 2018),リカバリー支援の環境の有無,個人特性(藤野ら,2018福嶋,2021)を想定した.精神医療福祉領域で働く職種のうち多数を占める精神科看護師が行うリカバリー支援の果たす役割は大きいと言える.当事者のリカバリーの可能性に希望をもって支援するための課題を見出すことができると考えた.

Ⅱ  用語の定義

1. リカバリー

人々が生活や仕事,学ぶこと,そして地域社会に参加できるようになる過程である.ある個人にとっては,リカバリーとは障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり,他の個人にとっては症状の減少や緩和である(President’s New Freedom Commission on Mental Health, 2003)とした.

2. 精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望

どんな人も精神疾患からリカバリーできるという可能性に対して精神科看護師が抱く肯定的な信念,態度とした.

3. 当事者との肯定的な接触経験

専門職者が,当事者のリカバリーの可能性を肯定的に認識するかどうかは,専門職者が関わる当事者の精神的困難度の度合い(Salyers, Brennan, & Kean, 2013)やリカバリーを追求する当事者や社会資源に触れる機会(Chiba et al., 2019)に影響されると想定している.そのため,当事者のリカバリーの可能性を肯定的に認識できるような関わりの経験とした.

Ⅲ  研究方法

1. 研究デザイン

自記式質問紙調査またはWeb調査による横断研究である.

2. 調査対象

対象施設は,急性期治療病棟,精神療養病棟を有する150~299床の精神科病院と精神科訪問看護基本療養費の届け出をしている訪問看護ステーションとした.精神科病院は,日本精神科病院協会の病院検索サイトを用いて462件のリストを作成した.訪問看護ステーションは,各地方厚生(支)局の届出受理指定訪問事業所名簿を用いて8384件のリストを作成した.

対象者は,対象施設に勤務している看護師である.精神科病院は,救急・急性期系または療養・慢性期系病棟の勤務者とした.訪問看護ステーションは,精神疾患を主傷病とした利用者に訪問看護を実施している者とした.

3. 調査方法

精神科病院,訪問看護ステーションの各リストを無作為に並べ替えたのち,リストの昇順で施設に調査を依頼した.配布部数は先行研究(Chiba et al., 2019)の効果量を参考にし,質問紙の回収率を30%として計算した結果,精神科病院,訪問看護ステーションに各300部の配布を目標とした.精神科病院55施設,訪問看護ステーション215施設に依頼し,研究協力の許可が得られたのは,東北,関東信越,東海北陸,中国,九州・沖縄地方にある精神科病院13施設と,全地方厚生(支)局にある51施設の訪問看護ステーションであった.

各施設の管理責任者を通して説明文書と無記名自記式質問紙を配布した.質問紙は,郵送法,Web入力による返信のいずれかを選択できるようにした.精神科病院は403部(4~62部/施設),訪問看護ステーションは232部(1~10部/施設)配布した.調査期間は,2021年9月から2022年3月であった.

4. 調査項目

1) 精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望

日本語版Recovery Attitudes Questionnaire(日本語版RAQ)を用いた(Chiba et al., 2016).どんな人も重症な精神疾患から回復できるという可能性について回答者の態度を測定する.付属のリカバリーの説明文を読み,「たとえ精神の病気の症状があったとしても,リカバリーは起こり得る」などの7項目に対し,「全くそう思わない~とてもそう思う」の5段階で評価する.点数が高いほどリカバリーの可能性に肯定的な態度を示す.許容的な因子妥当性と併存的妥当性,やや低い内的整合性が確認されている.

2) 経験(当事者との肯定的な接触経験,地域支援経験,看護経験)

当事者との肯定的な接触経験は,「当事者のリカバリー体験談を見聞きした」,「退院は難しいと思った患者が退院した」,「就労できないと思った当事者が就労した」,「目標や希望に向けてとりくんでいる当事者が身近にいる」を尋ねた.4項目中1つ以上「あり」と回答した場合は「接触経験あり」とした.

地域支援経験は,現在の所属先(救急・急性期系病棟,療養・慢性期系病棟,訪問看護ステーション)で確認した.看護経験は,保有資格,職位,通算看護経験年数,現所属の看護経験年数,現所属と同等以上の看護経験の有無とその経験部署を把握した.

3) リカバリー知識,リカバリー支援研修,リカバリーに関する認識

リカバリー知識は,日本語版Recovery Knowledge Inventory(日本語版RKI)を用いた(Chiba et al., 2017).「趣味や余暇の活動を楽しむことはリカバリーに大切である」といった16項目に対し,「全くそう思わない~とてもそう思う」の5段階で評価する.点数が高いほど知識が高いことを示す.適切な因子妥当性や収束的妥当性,了解可能な内的整合性が検証されている.

リカバリー支援プログラム研修受講は多肢選択法で把握した.選択肢は科学的根拠に基づく実践として認定されたリカバリー支援ツール(アメリカ連邦保健省薬物依存精神保健サービス部編,2006/2009)で,包括型地域生活支援プログラム,援助付き雇用,疾患管理とリカバリーと,リカバリー志向の実践でもあるストレングスモデル(Rapp, & Goscha, 2006/2008),当事者活動から発展したピアサポートと元気回復行動プラン(メアリー・エレン・コープランド,2002/2015)である.1つ以上「あり」と回答した場合は「研修受講あり」とした.

リカバリーに関する認識は,リカバリーを「精神的困難のある人が満足のいく人生をおくることや人生に希望をもてること」として説明文をつけたうえで,「リカバリーについて知っている」,「リカバリーに興味・関心がある」,「リカバリー支援は必要だと思う」,「リカバリー支援をするのは難しいと感じている」,「リカバリー支援はやりがいがあると思う」,「リカバリー支援を日常的に実施している」と項目を設定し,「全くそう思わない~とてもそう思う」の5段階で把握した.「そう思う~とてもそう思う」と回答した群と,「どちらとも言えない~まったくそう思わない」に回答した群に分類した.

4) リカバリー支援環境

回答者の所属部署におけるリカバリー支援プログラムの採用の有無について多肢選択法で把握した.選択肢は,リカバリー支援プログラム研修受講の有無を問う項目と同様で,1つ以上ありと回答した場合は,「採用あり」とした.

5) 個人特性

年齢,性別,最終学歴,楽観性・悲観性を把握した.楽観性・悲観性は,楽観・悲観性尺度を用いた(外山,2013).「私には,悪いことよりも良いことが起こると思う」や「何かに取り掛かるときは,失敗するだろうと考える」など,楽観性と悲観性の各10項目に対し,「全くあてはまらない~よくあてはまる」の4段階で評価する.点数が高いほどその特性を表す.高い内的整合性と再検査信頼性,良好な因子妥当性,一部の基準関連妥当性が検証されている.

5. 分析方法

精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望の高さと関連する因子を検証するために,目的変数を日本語版RAQ得点とし,説明変数を当事者との肯定的な接触経験,地域支援経験,看護経験,リカバリー知識,リカバリーに関する認識,リカバリー支援プログラム研修受講,リカバリー支援環境,個人特性として関連性を検討した.まず,日本語版RAQの得点分布を確認して中央値で低群/高群に分類し,各説明変数について群間比較を行った.連続変数の比較はMann-WhitneyのU検定,カテゴリ変数の比較はχ2検定および残渣分析を行った.次に,日本語版RAQ得点の高低群を目的変数(低群0,高群1)としたロジスティック回帰分析を実施した.通算看護経験年数と現所属の看護経験年数は連続変数として取り扱い,日本語版RKI,楽観性・悲観性尺度の各得点は,中央値を基準として低群/高群に分類してカテゴリ変数とした(低群0,高群1).その他の変数は,当事者との肯定的な接触経験(なし0,あり1),地域支援経験(訪問看護ステーション0,救急・急性期系病棟1,療養・慢性期系病棟2),保有資格(准看護師0,正看護師1),職位(スタッフ0,管理者1),リカバリー支援プログラム研修受講(なし0,あり1),リカバリーに関する認識(なし0,あり1),リカバリー支援プログラムの施設採用(なし0,あり1),性別(女性0,男性1)とした.ロジスティック回帰分析は変数減少法を用い,日本語版RAQ高低群に関連するオッズ比,95%信頼区間,有意確率を算出した.

統計解析は,SPSS Ver.22を使用し,有意水準は両側5%未満とした.

6. 倫理的配慮

研究の承諾を得るための説明文書には,研究目的,個人情報保護,利益と不利益,自由意志による参加および研究に不参加でも施設から不利益を被ることがないこと,結果の公表方法,質問紙の提出またはWeb回答をもって研究協力の同意とみなす旨を明記した.また,施設の管理責任者には,研究対象者への質問紙配布を依頼したが,回収には関与しないことを依頼した.本研究は,名古屋市立大学大学院看護学研究科研究倫理委員会の承認を得て行った(ID番号21004-6).

Ⅳ  結果

質問紙は635部配布し,紙回答379名,Web回答32名の計411名の回答があった(回収率64.7%).その中から,白紙2名,看護師以外の職種1名,救急・急性期系または療養・慢性期系以外の病棟勤務者12名,日本語版RAQの回答欠損者12名を除いた384名の回答を分析対象とした(有効回答率61.4%).

1. 対象者の概要

384名の年齢は,中央値(四分位範囲)で47.0(39.0, 54.0)歳,通算看護経験年数は,20.7(12.6, 30.0)年であった.救急・急性期系病棟は83名,療養・慢性期系病棟は151名,訪問看護ステーションは150名であった(表1).

表1

384名の個人属性,看護経験,およびRAQ低群・高群比較

全体(n = 384) RAQ低群(n = 191) RAQ高群(n = 193) U p
MdnIQR MdnIQR MdnIQR
年齢 47.0(39.0, 54.0) 48.0(40.0, 55.3) 46.0(38.0, 52.0) 16930 .195
通算看護経験年数 20.7(12.6, 30.0) 21.7(11.3, 30.0) 20.1(12.9, 28.0) 17506 .674
現所属の経験年数  4.0(2.0, 9.7)   4.0(1.8, 8.7)  4.1(2.0, 10.3) 17086 .415
日本語版RKI得点 54.0(50.0, 57.0) 53.0(49.0, 56.0) 55.0(52.0, 58.0) 12156 <.001
楽観性得点 27.0(22.0, 30.0) 26.0(22.0, 30.0) 28.0(22.0, 30.0) 15584 .082
悲観性得点 20.0(19.0, 22.0) 20.0(19.0, 22.0) 20.0(17.0, 22.0) 16976 .684
n % n % n % χ2(df) p
性別
 男性 93 24.2 45 48.4 48 51.6 0.13(1) .812
 女性 289 75.3 146 50.5 143 49.5
  不明 2 0.5
現所属(地域支援経験)
 訪問看護ステーション 150 39.1 70 46.7 80 53.3 10.10(2) .006
 救急・急性期系病棟 83 21.6 54 65.1 29 34.9
 療養・慢性期系病棟 151 39.3 67 44.4 84 55.6
保有資格
 准看護師 47 12.2 24 51.1 23 48.9 0.04(1) .877
 正看護師 337 87.8 167 49.6 170 50.4
職位
 管理者 83 21.6 35 42.2 48 57.8 2.61(1) .136
 スタッフ 295 76.8 154 52.0 141 48.0
 不明 6 1.6
最終学歴
 看護2年課程 29 7.6 12 41.4 17 58.6 0.94(1) .440
 看護3年課程以上 343 89.3 174 50.7 169 49.3
 不明 12 3.1
現所属と同等以上の看護経験
 なし 127 33.1 64 50.4 63 49.6 0.61(2) .737
 あり:精神科以外 70 18.2 38 54.3 32 45.7
    精神科系 140 36.5 68 50.4 72 49.6
 不明 47 12.2
研修受講経験
 ピアサポート あり 28 7.3 15 53.6 13 46.4 0.18(1) .699
なし 356 92.7 176 49.4 180 50.6
 包括的地域生活支援プログラム あり 42 10.9 19 45.2 23 54.8 0.38(1) .624
なし 342 89.1 172 50.3 170 49.7
 援助付き雇用 あり 1 0.3 0 0.0 1 100.0 0.99(1) 1.000
なし 383 99.7 191 49.9 192 50.1
 疾患管理とリカバリー あり 17 4.4 10 58.8 7 41.2 0.59(1) .469
なし 367 95.6 181 49.3 186 50.7
 ストレングスモデル あり 69 18.0 34 49.3 35 50.7 0.01(1) 1.000
なし 315 82.0 157 49.8 158 50.2
 元気回復行動プラン あり 77 20.1 35 45.5 42 54.5 0.71(1) .445
なし 307 79.9 156 50.8 151 49.2

表注:不明は欠損値として除外し,Mann-WhitenyのU検定およびχ2検定,残渣分析を実施した.

   Mdn:median,IQR:Interquartile Range

   日本語版RAQ:日本語版Recovery Attitudes Questionnaire,合計点を低群(26点以下),高群(27点以上)とした.

   日本語版RKI:日本語版Recovery Knowledge Inventory

当事者との肯定的な接触経験で最も多いのは,「退院は難しいと思った患者が退院した」経験で169名であった.その中では,療養・慢性期系病棟勤務者の経験割合が有意に高く89名(52.7%),訪問看護勤務者が33名(19.5%)と低い結果となった(χ2(df) = 48.51(2), p < 0.001).

「リカバリーについて知っている」に対して「そう思う~とてもそう思う」と回答したのは173名(45.4%)であった.リカバリー支援プログラム研修の受講経験者は125名(32.6%)で,支援プログラムを施設で採用しているとの回答は66名(17.2%)であった.

2. 日本語版RAQ得点の高低群別の対象者の特徴(表1

日本語版RAQの平均得点(標準偏差)は,26.4(2.9)であった.得点分布の非正規性を認めたため,中央値の26点を基準に低群,高群として群間比較を行った.RAQ高群の日本語版RKI得点は,中央値(四分位範囲)で55.0(52.0, 58.0)となり,RAQ低群の53.0(49.0, 56.0)よりも有意に高かった(U = 12156, p < 0.001).RAQ低群は,救急・急性期系病棟勤務者が54名(65.1%)で,RAQ高群の29名(34.9%)よりも有意に多かった(χ2(df) = 10.10(2), p = 0.006).

「リカバリー支援はやりがいがある」に対して「そう思う~とてもそう思う」と回答したのは,RAQ高群で132名(60.3%)となり,RAQ低群の87名(39.7%)よりも有意に多かった(χ2(df) = 21.05(1), p < 0.001).その一方で,「リカバリー支援は難しいと感じている」に対して「そう思う~とてもそう思う」と回答したのは,RAQ高群で133名(56.4%)となり,RAQ低群の103名(43.6%)よりも有意に多かった(χ2(df) = 18.65(1), p < 0.001).

3. 精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望と関連する因子

日本語版RAQの高低群を目的変数としたロジスティック回帰分析を行うために,多重共線性を確認した.年齢と現所属の看護経験年数の相関がr = 0.786,条件指数30以上で分散の比率が年齢0.53という結果から総合的に判断して年齢を除外した.また,現所属と同等以上の看護経験の有無とその看護経験部署の変数は,欠損回答が46~47人と多かったため除外した.その結果,当事者との肯定的な接触経験,地域支援経験,看護経験,リカバリー知識,リカバリーに関する認識,リカバリー支援プログラム研修受講,リカバリー支援環境,個人特性の各項目を説明変数として分析を行った(表2).

表2

日本語版RAQの高低群を目的変数としたロジスティック回帰分析結果

OR 95%CI p
下限 上限
性別
女性 Reference
男性 1.73 0.94 3.17 .076
現部門
訪問看護 Reference
救急・急性期系病棟 0.34 0.17 0.67 .002
療養・慢性期系病棟 1.21 0.69 2.13 .510
リカバリー知識
日本語版RKI低群 Reference
日本語版RKI高群 2.62 1.60 4.27 <.001
研修受講
受講なし Reference
受講あり 0.62 0.37 1.04 .071
当事者との肯定的な接触経験
経験なし Reference
経験あり 2.11 1.19 3.74 .010
リカバリーに興味・関心がある
どちらともいえない~全くそう思わない Reference
そう思う~とてもそう思う 2.11 1.21 3.68 .008
リカバリー支援は難しいと思う
どちらともいえない~全くそう思わない Reference
そう思う~とてもそう思う 1.80 1.08 3.00 .024
リカバリー支援はやりがいがあると思う
どちらともいえない~全くそう思わない Reference
そう思う~とてもそう思う 1.58 0.94 2.66 .084
モデルの要約
 -2対数尤度 400.59
Cox-Snell R2,Nagelkerke R2 .173, .231
HosmerとLemeshowの検定
χ2(df), p 4.65(8), .794

表注:ロジスティック回帰分析.OR:odds ratio,95%CI:95% confidence intervals

   日本語版RAQの高低群:日本語版Recovery Attitudes Questionnaire得点の中央値を基準として低群/高群に分類した.

   日本語版RKI:日本語版Recovery Knowledge Inventory得点の中央値を基準として低群/高群に分類した.

RAQ高群と正の関連を示したのは,リカバリー知識が高い(RKI高群)(OR = 2.62, 95%CI [1.60, 4.27]),当事者との肯定的な接触経験がある(OR = 2.11, 95%CI [1.19, 3.74]),リカバリーに興味・関心がある(OR = 2.11, 95%CI [1.21, 3.68]),リカバリー支援は難しいと感じている(OR = 1.80, 95%CI [1.08, 3.00])であった.負の関連を示したのは,救急・急性期系病棟(OR = 0.34, 95%CI [0.17, 0.67])であった.変数減少法にて削除された説明変数は,通算看護経験年数,現所属の勤務年数,保有資格,役職有無,最終学歴,リカバリー支援プログラムの施設採用有無,リカバリーを知っている,リカバリー支援の必要性があると思う,リカバリー支援を実施している,楽観性・悲観性得点であった.

Ⅴ  考察

精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望に関連する因子を検討するために,日本語版RAQの高低群を目的変数としたロジスティック回帰分析を行った(表2).リカバリー知識が高い,当事者との肯定的な接触経験がある,リカバリーに関して興味・関心がある,支援の難しさの認識があることと日本語版RAQとは正の関連があり,救急・急性期系病棟勤務とは負の関連が認められた.精神科看護師が当事者のリカバリーに希望を抱くための方策を検討した.

1. 対象者の特徴

精神科病院の看護師の平均年齢(標準偏差)は47.3(11.7)歳で,先行研究の平均年齢42.2(11.2)や42.6(11.6)歳よりも高かった(福嶋,2021Mukaihata, Greiner, & Fujimoto, 2022).訪問看護師の平均年齢は45.2(9.6)歳で,令和2年衛生行政報告例(厚生労働省,2022)の訪問看護師の平均年齢46.2歳と同等であった.対象者の抽出方法,選定範囲を考慮すると,本研究の対象者は,日本の精神科病院,訪問看護ステーションの代表性を概ね維持していると考えられた.

本研究の日本語版RAQ得点の平均(標準偏差)は26.4(2.9)点,日本語版RKI得点の平均は53.7(4.8)点であった.先行研究の日本語版RAQ得点の26.3(3.0)点(Chiba et al., 2016),日本語版RKI得点の54.1(6.0)点(Chiba et al., 2019)と同様であった.しかし,藤野ら(2018)の研究では,リカバリーについて多少なりとも「知っている」割合が62.9%であったのに対し,本研究では45.4%であった.また,リカバリー支援プログラム研修の受講経験者の割合は32.6%,リカバリー支援プログラムを施設で採用していたのは17.2%のみであったことから,リカバリー支援になじみの薄い集団であることが推察された.

2. 精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望の高さに関連する因子

ロジスティック回帰分析の結果,精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望の高さ(RAQ高群)とリカバリー知識の高さ(RKI高群)が関連する(OR = 2.62)ことは,先行研究(Chiba et al., 2017)においても認められている.リカバリー支援プログラム研修を用いた介入研究では,対照群と比べ研修受講群のリカバリー態度や知識が好ましい値を示しており(Hornik-Lurie et al., 2018),精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望や知識の向上には研修が有効であると考えられるが,本研究では,日本語版RAQと研修受講との関連は無かった.先行研究とは受講した研修の内容や方法が同じではない可能性や,本研究の研修受講者が全体の32.6%と低かったことの影響が考えられる.

当事者との肯定的な接触経験が,精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望の高さ(RAQ高群)と関連していた(OR = 2.11).これは,Chiba et al.(2019)の研究と同様の結果となった.当事者によるリカバリーの講演会に複数回参加した専門職者のリカバリー知識が向上したという研究(Kidd et al., 2014)がある.Mukaihata et al.(2022)は,患者から受けるストレッサーと日本語版RAQとの関連は無かったとの研究結果から,患者との否定的な経験よりも肯定的な経験の重要性を推察している.これらを併せて考えると,当事者との肯定的な接触経験を増やすことは,リカバリーの可能性に対して精神科看護師が希望を抱くことに効果的であると推察される.

先行研究では,精神科病院よりも地域施設の専門職者は当事者の地域生活に対する期待が高いことが示されている(Salyers, Brennan, & Kean, 2013).本研究では,救急・急性期系病棟勤務は訪問看護と比してRAQ高群と負の関連(OR = 0.34)があったが,訪問看護と療養・慢性期系病棟との間では関連が無かった(表2).療養・慢性期系病棟の看護師は,長期入院や再発を繰り返す当事者との関わりによって,当事者の将来に対して悲観的となり(Henderson et al., 2014),当事者のリカバリーに希望をもてなくなるという仮説は支持されなかった.本研究では,当事者との肯定的な接触経験について,「退院は難しいと思った患者が退院した」経験者の割合が療養・慢性期系病棟勤務者では高く,訪問看護勤務者で低かった(χ2(df) = 48.51(2), p < 0.001)ことで両者の違いが示されなかった可能性がある.

「リカバリー支援をするのは難しい」という認識がRAQ高群と関連していた(OR = 1.80)ことは予測と異なっており,結果を支持する量的研究も得られなかった.リカバリーは非直線的なプロセスをたどる(Anthony, 1993)ことで,当事者も専門職者も困難を感じやすい(Cleary, & Dowling, 2009Russinova, 1999).本研究の対象者も,当事者のリカバリーに対する希望が高い,あるいはリカバリー支援を行っているからこその感覚が反映された可能性がある.Le Boutillier et al.(2015)は,精神保健の専門職者97人に定性的調査を行い,リカバリー支援を理解することと実施することのどちらにも葛藤があると報告している.リカバリーとは何かを理解したとしても,実践レベルでは伝統的な医学モデルから抜け出せない,当事者の支援よりも組織が求めるケアの効率と生産性や就業規則を優先しなければならない,当事者のための積極的なリスクテイクの支援には組織のサポートが不足しているという思いが語られている.本研究では,RAQ高低群と支援環境との関係は明らかにできなかった.支援の難しさの定量的調査や支援環境と支援行動との関連を明らかにしていくことが必要である.

3. 精神科看護師が当事者のリカバリーの可能性に希望を抱くために

当事者によるリカバリーの講演会(Kidd et al., 2014)は,リカバリー知識の向上と当事者との肯定的な接触経験の双方に効果的であると考えられる.また,施設でリカバリーをアウトカムとした指標を採用する,スタッフ自身が人生に希望をもてたりセルフマネジメントの経験ができるようなプログラムを受ける(宮本,2017)こともリカバリーの知識や興味関心の向上,ひいては当事者のリカバリーの可能性に希望を抱くことにつながる可能性がある.今後はこれらの実践と検証が必要である.

Ⅵ  本研究の限界と課題

本研究は横断研究であり,因果関係が明らかではない.全国の精神科病院,訪問看護ステーションを対象としたが,地域性や質問紙の配布部数に若干の偏りがあったことと十分なサンプルサイズが得られなかった点において一般化に限界がある.ロジスティック回帰分析については,連続変数である日本語版RAQを二値化して目的変数としたため検出力の低下を招いた.投入した説明変数の数が多いうえに回帰式の寄与率が低かった.また,過去の支援経験部署に関する回答に欠損者が多かったために,地域支援経験の分析が不十分となった.リカバリーに関する認識の回答方法の不備や当事者との肯定的な接触経験の設定の偏りがあった.長期入院患者の退院や当事者のリカバリー体験を聞くなど4つの経験を提示したが,肯定的に認識できる経験は多種多様である.特に肯定的な接触経験は専門職者の主観に依るものであり,専門職者が経験したことを同じように認識するとは限らないことから回答の妥当性には課題がある.これらの問題は,リカバリーの可能性に対する希望に影響する因子が本研究で特定された以外にも存在する可能性を示しており,今後も検討していく必要がある.

Ⅶ  結論

ロジスティック回帰分析の結果,精神科看護師が抱くリカバリーの可能性に対する希望と関連していたのは,当事者との肯定的な接触経験,リカバリー知識,リカバリーに対する興味・関心やリカバリー支援に対する難しさの認識,救急・急性期系病棟勤務であった.精神科看護師がリカバリーの可能性に対する希望を抱くためには,リカバリー知識の向上や当事者との肯定的な接触経験を増やすことが効果的であると考えられ‍た.

謝辞

本調査にご協力いただきました看護師の皆様,病院,訪問看護ステーション関係者の皆様に心より感謝申し上げます.なお,本研究は,名古屋市立大学大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

著者資格

ATは研究の着想から論文作成までの研究プロセス全体を遂行し,FKは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
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