2024 年 33 巻 2 号 p. 40-49
本研究の目的は,救急・集中治療領域の看護師がせん妄患者に対して症状の軽減を目指して関わる際の認知や技術のプロセスを明らかにすることである.
修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用い,4病院の看護師7名を対象に,半構造化面接を行った.
分析の結果,7個のカテゴリーと11個の概念を生成した.看護師が患者の症状の軽減を目指して関わる際の認知や技術のプロセスは,患者の身体と安全を守るために興奮を落ち着かせようと試行錯誤する関わりのプロセスであった.
看護師は,患者の【あやしい兆候を察知】すると,【興奮を落ち着かせたい】という思いが生じ,この思いを基盤に関わりを行っていた.まず【身体由来の苦しみを除去してあげる】ケアをした後に,【誤りを修正して我に返らせようとする】介入をした.これらの【効果は今ひとつ】と評価しつつも繰り返し実践していたが,一部は,【障害された意識を受け止める】関わりに移行していた.これら一連の関わりのプロセスは,看護師が【経験で培った勘】を用いて実践していた.
The purpose of this study was to clarify the cognitive and technical processes that occur when emergency and intensive care nurses work with delirious patients to reduce their delirium symptoms. We conducted semi-structured interviews with seven nurses of four hospitals using a modified grounded theory approach. Then, seven categories and 11 concepts were generated from the analysis. It was found out that the cognitive and technical processes in which emergency and intensive care nurses attempted to reduce patients’ symptoms were a process of trial-and-error engagement in an attempt to calm their agitation in order to protect their bodies and safety. When the nurses “detected suspicious signs” in the patients, they felt a desire to “calm their agitation,” and they used this desire as the basis for their involvement. First, they provided care to “remove the suffering derived from the body,” and then they intervened in “trying to bring the patients back to themselves by correcting the errors” of cognition. They evaluated these interventions as “not so good,” but they still repeated the same interventions. However, some nurses shifted to engaging in “accepting the impaired awareness.” These series of involvement processes were practiced by nurses using “intuition cultivated through experience.”
総合病院の複数ある診療科の中で,コンサルテーション・リエゾン精神医学(以下,リエゾン)にせん妄症例への介入依頼を最も多く行っているのは,救急・集中治療領域である(渡邊,2018).かつて集中治療室(Intensive Care Unit; ICU 以下,ICU)では,せん妄の発症率が高く,80%以上と推測されていた(Milbrandt et al., 2004).しかも,ICUの患者がせん妄を発症すると滞在期間,入院期間,人工呼吸器装着期間が長くなり,死亡率は有意に高い(Salluh et al., 2015).
せん妄の発症には,疾患や薬物等に起因する身体侵襲としての直接因子,加齢や脳の器質的既往等の準備因子,感覚遮断や心理的ストレス等の誘発因子が影響している(Lipowski, 1990).せん妄の予防と治療は,直接因子と誘発因子を減じる非薬理学的療法が主であるが,ICU患者において因子を完全に制御することは容易ではない.ICU患者は身体的に重篤で不安定な病態であるため,発症の直接因子となる生理学的異常を呈しやすい.加えて,わが国の高齢化率は29%に上る(内閣府,2023).Japanese intensive care patient databaseによると,2022年度にICUに入室した成人患者の平均年齢は71歳であり,その3分の2が手術後の入室であった(日本集中治療医学会,2024).このことから,加齢という準備因子を持っている患者が手術を受けてICUに入室する,すなわちICUには,せん妄を発症しやすい因子を複数有した患者が現代においても多いことが推測できる.
では看護師は,せん妄患者のケアをどのように実践しているのだろうか.一般病棟の看護師を対象とした研究では,何らかのせん妄ケアを心がけているが,9割以上の者が発症時の患者の対応に困難感を抱いていた(鳥谷ら,2012).救急部門の看護師に限定すると,すでに8割がせん妄の学習をした経験があるにもかかわらず学習ニーズが高く,特に発症後のケアに関する教育を求めていた(小川・中村・菅原,2017).古賀ら(2017)は,急性・重症患者看護専門看護師のせん妄看護に関する活動の実際を調査し,高度実践看護師としての包括的な支援のひとつにリエゾンチームとの連携を挙げている.つまり救急・集中治療領域の看護師は,せん妄患者すなわち精神症状を呈する患者のケアについて教育や専門的な助言を求めている可能性があるが,現状は不明瞭である.
近年,一般病棟の看護師は,身体拘束の回避を目指して,高齢のせん妄患者の視点に立ち安楽を大事にしている(赤坂・長谷川・木島,2022).老年看護の高度実践看護師は,患者の全身状態のみならず入院前後の生活や人となりに関する情報を得て個別性のあるせん妄ケアに取り組んでいることがわかってきた(菅原・荒木,2023).しかし,救急・集中治療領域におけるものは見当たらない.そこで本研究では,救急・集中治療領域という患者が身体的に重篤で病状の急激な変化が予測される状況において,せん妄ケアを看護師がどのように実践しているかを明らかにすることにより,看護師にとっての課題や,精神症状を呈する患者へのケアについてリエゾン精神看護の立場から協働できる支援について検討することとした.
救急・集中治療領域の看護師が,せん妄患者に対して症状の軽減を目指して関わる際の認知や技術のプロセスを明らかにした.
せん妄:DSM-5(日本精神神経学会,2014)に基づき,数時間から数日という短期間のうちに注意および意識の障害が出現し,もとの認知水準からの低下を伴うもので,医学的疾患,物質中毒やその離脱,医薬品使用,毒物への曝露,またはこれら複数の要因に起因する直接的な生理学的結果により引き起こされたという所見がある状態とした.
修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下,M-GTA)(木下,2003)を用いた質的帰納的研究とした.この方法は,対人関係における相互作用の中で,プロセス的性質をもつ事象を観察するのに適しており,分析焦点者の視点で事象を捉えるものである.そのため,せん妄患者と看護師の間での相互作用を通して行われる看護の過程を,看護師の視点で理解する本調査の目的に適していると判断した.
2. 対象選定東京都と千葉県内の二次または三次救急医療施設のうち病院機能評価を認定され,救急・集中治療部門を有する病院を便宜的標本抽出法により53施設抽出して協力依頼を行った.看護部門の管理者から同意を得た施設において,救急・集中治療部門での勤務経験を5年以上有しせん妄患者の看護経験がある看護師に協力依頼をした.
3. データ収集方法2018年1月~6月にデータ収集を行った.インタビューガイドを用いて半構造化面接を行い,せん妄患者の症状を軽減しようとするとき,どのようにしているか,具体的な事例を踏まえてその時の自身の認知や技術を自由に語ってもらった.面接は研究者と対象者の1対1で,1人1回実施した.内容は同意を得たうえで録音した.
4. 分析方法分析焦点者は「救急・集中治療領域においてせん妄患者と関わっている看護師」,分析テーマを「せん妄患者を落ち着かせようと関わっているにもかかわらず,患者の状態は変わらず,関わり方に懸念を抱きつつ迷いながら関わりを続けるプロセス」と定めた.録音したデータを逐語録に起こして精読し,同じ意味,文脈をもつヴァリエーションを分析ワークシートに記載して複数のヴァリエーションを吟味し,概念を生成,定義を考案した.類似例や対極例と比較検討を繰り返して概念を精錬した.概念間の類似性や関係性を検討して概念の統廃合をしつつカテゴリーを生成し,概念間の関係から結果図とストーリーラインを作成した.
5. 妥当性・厳密性の確保分析はM-GTAに精通している研究者を含めた研究者間でディスカッションを重ねた.結果を一部の同意が得られた対象者に確認してもらい,語った意図と相違ないことを確認した.
6. 倫理的配慮本研究は,順天堂大医学医療看護学部研究等倫理委員会の承認を得た(順看倫第29-50号).対象の選定にあたっては看護部門の管理者から協力の同意を得た施設で看護師に協力依頼をしたが,看護師からの意思表示は研究代表者に直接メールか返信用はがきで連絡することとした.協力の意思がある者に研究代表者から研究の趣旨,内容,参加・拒否・中断の自由,匿名性の確保とプライバシーの保護,およびインタビュー内容の録音について文書と口頭で説明し,文書で同意を得た.
対象者は4施設の看護師7名であり,平均年齢は34.9(SD 4.1)歳,救急・集中治療領域での勤務経験は平均10.6(SD 5.2)年であった.インタビュー時間は平均45分,逐語録の量は平均15.4頁であった(表1参照).
対象の属性
ID | 年齢 | 性別 | 看護師 経験 (年) |
救急・ 集中治療 領域経験 (年) |
看護基礎 教育 |
資格 | 勤務部署経歴 | インタ ビュー 時間 (分) |
逐語録 頁数 (頁) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 42 | 女 | 20 | 20 | 3年制専門 | 看護師 集中ケア認定看護師 |
救命センター→ICU→ 呼吸器病棟→ICU |
46 | 17 |
B | 31 | 女 | 9 | 9 | 短大 | 看護師 | ICU | 37 | 15 |
C | 31 | 女 | 8 | 8 | 大学 | 看護師,保健師 | 救命センター | 51 | 16 |
D | 33 | 女 | 12 | 7 | 3年制専門 | 看護師 | 循環器内科病棟→ CCU→ICU |
41 | 17 |
E | 38 | 女 | 16 | 15 | 大学 | 看護師,保健師, 急性・重症患者看護CNS |
CCU→ICU | 53 | 20 |
F | 33 | 女 | 12 | 5 | 3年制専門 | 看護師 | 脳外科病棟→ICU | 53 | 19 |
G | 36 | 男 | 10 | 10 | 2年制専門 | 看護師 | 整形外科病棟→ICU | 37 | 13 |
結果図「救急・集中治療領域の看護師がせん妄患者の興奮を落ち着かせようと試行錯誤するプロセス」
救急・集中治療領域の看護師が,せん妄患者に対して症状の軽減を目指して関わる際の認知や技術のプロセスは,患者の身体と安全を守るために興奮を落ち着かせようと試行錯誤する関わりのプロセスであった.看護師は,患者の【あやしい兆候を察知】すると,【興奮を落ち着かせたい】という思いが生じ,この思いを基盤に関わりを行っていた.まず,【身体由来の苦しみを除去してあげる】ことに努め,その後,患者の認知の【誤りを修正して我に返らせようとする】関わりをした.例えば,<反復質問による見当識の強化・修正>を目指して日時や場所を繰り返し患者に伝え,患者を我に返らせようした.また,患者が普段から<馴染みあるものに触れさせ平常を想起>させようとしたり,<夜間睡眠と日中の覚醒の積極的促進>をしていた.しかしこれらの方法は【効果は今ひとつ】と評価しており,期待している効果が得られないと感じながら試行錯誤していた.この方法で効果が得られない場合の代替方法として,対象者のうち数名は,患者の【障害された意識を受け止める】関わりをして対応していた.それは,現実を誤って認知していることを無理に修正しようとせず,その認知内容を受容して自然に会話を続ける関わりであった.例えば,患者の誤った認知によって作り出された<本人が体験している世界の理解>をして否定せずに受け止め,<現実へのさりげない誘導>をしながら,<相手を落ち着かせる柔らかな口調>で接していた.この方法はその場をしのぐ手段として実践しているため,効果は期待していなかった.これら一連の関わりのプロセスは,看護師が【経験で培った勘】を用いて実践していた.
3. 概念とカテゴリー分析の結果,7個のカテゴリーと11個の概念が生成された.以下にカテゴリーを【】,概念を<>で記し,定義と特徴を説明する.表2では,ヴァリエーションの一部を示した.表中のヴァリエーションの末尾に記したアルファベットは対象者の識別記号,・・・は研究者による記述の省略,()は研究者による補足を示す.
概念一覧およびヴァリエーションの例
カテゴリー | 概念 | ヴァリエーションの例 |
---|---|---|
経験で培った勘 | 「先輩を見てて,上手なところを,あのー,何て言うか,何て言ったらいいか.ちょっと言い方が悪いんですけど,「上手なところはパクれ」っていうふうに育ってきたので,やっぱりそこら辺で,先輩が関わっているところを見に行って,どういったことっを聞いて,話しているのかなっているところを見本にして,関わるようになったっていう感じですかね.」B | |
あやしい兆候の察知 | 「術前訪問とかに行っても,やはりそういう,何となくそわそわするとか,何となくナースの声を…そこら辺は,まだせん妄でも何でもないので,直感的なところはあるけども」「説明するんですけど,何かやっぱそれを「はいはい,はい,はい」って言って,何かちょっとサーっと聞き流しちゃうような人とか,何かちょっと真面目,いや,逆に生真面目に何か結構メモを取ったりとか,何かそういう人たちとかは,せん妄になったりすることが.ちょっと注意して見ているかなっていう気がします.」E | |
興奮を落ち着かせたい | 原疾患との悪循環を防止 | 「病態が悪いからせん妄になるんですけど,せん妄になったから,さらにその,興奮して,病態が悪くなってっていうところを,あのー,こうデフレスパイラルに,こうどんどんどんどんなってしまうので,何とかそこを,あのー,食い止めたい,食い止めなきゃいけないんですけど,なかなかそれが,まあ現状としては,あんまりよくでき,できてないのも現状なので.まあそれで,命を落としたりしている人も実はいるのかなと,うん,ちょっと思ったりとかもして.あのときせん妄にならなければ挿管もしなかったし,しなくて済んだだろうし,そんなに鎮静もしなくて済んだならば,もう侵襲も少なくて,実は生きてたんだろうなっていう,・・・やっぱそういう,せん妄になっちゃったことをすごく後悔することも,たくさん,後悔する場面もたくさんあるんで,なるべくならばせん妄にならないような関わり方と,その-,お薬でコントロールするっていうのは・・・」A 「けど,なるべく早めには取ってあげたいので,無理だったら早め,早めにという感じで,たぶんその症状は緩和してあげる.あんまり続く,続くと,もっとせん妄ひどくなったりするので.まずはちょっと,こっちでできることをやってあげて,それでも駄目だったら早めにっていう感じの関わりはしていると思います,はい.」G |
事故防止で更なる身体侵襲を抑止 | 「いや,でも,うち,ほとんどやっぱり心外の術後とかだと,人工呼吸器が入ってしまったり,スワンガンツが入ってたりとかするので,ドレーンもあるし.」「そうすると,もう,『第1選択,拘束』ってなってしまうんですよね.何かそれも疑問に思いつつも,でも,それ,うーん,なかなかそれをしないっていうのは難しいっていう,ちょっと葛藤がある感じですけど.」D 「・・・やっぱり危険行動とかが,やっぱり治療上,結構大切なお薬がいってたりとか,いろんな管が入ってたりすることがあるので,やっぱそれを自己抜去しちゃうとかがあると,やっぱ患者さんにとっても,メリットではないので,そこがないように予防的に,まあ包帯を巻いて,見えなくして,気を,そこに気を持たせないとか,点滴の明るさをちょっと向こうを向けて,見えないにして,ピカピカするのが気になるとか言わないようにするとか,何かそういうふうな環境を,まず整えるっていうのが最初にやることかなと思った.」E | |
身体由来の苦しみを除去してあげる | 第一は身体症状による苦痛の除去 | 「・・・でもやっぱり安楽は,痛み,やっぱり術後の患者さんだったら,やっぱり痛みっていうのは,やっぱりせん妄のリスクになるので,もうそこら辺は,まずもう,もう取る.・・・」E 「・・・術後の方は,あの,痛みとか,発熱とかでも,こう,やっぱりせん妄になったりはあるので.まあ,最初は,その,そこを,あのー,まずは取り除かなきゃっていうところも一番なので,まあそういう不快症状があったら,何かちょっとこちらで気付けるもの,痛いのかなとか,そういうのはまず,まあどうかなっていうのを考えて.」F |
治療の制限内で欲求を満たす工夫 | 「空腹が強いとか,ここ(ICU)だったら,あと,お水の制限が結構厳しいので,心臓の患者さんが多いので,お水の制限をちょっと厳しいので,そういうところで,少し本人の苦痛が取れれば,あのー,(制限が)解除できそうな場合は,その辺のところを調整するっていうことと,・・・」A | |
身体拘束せず付き添い見守り | 「何かやっぱり危なくて,身体拘束をしたりとかすると,それでさっき言ったように,それがさらにスイッチになって,ワーッてなっちゃったりとか,日中は,日中からこう(身体拘束の有無を)見て,例えば(拘束具を)付けてたりとかして,日中平気だったのに,夜になるとこれが気になって,わたわたし始めたりとかっている人もいるんで,そういう時って,もし周り(のスタッフ)に余裕があって,1人そこに見ていられるならっていう状況であれば,「じゃ,もう付いてて」って言って,(拘束具を)外したりするんですよね.外すと落ち着くみたいな感じで.だから見ていられる時間は外して,ただ絶対離れないみたいな感じをとるときもあるんですよね.」C | |
誤りを修正して我に返らせようとする | 反復質問による見当識の強化・修正 | 「自分の名前,生年月日,場所とかをまず言ってもらって.あの,ちゃんと,あの,見当識が保たれているかっていうのをまず確認して.えーと,で,それも結構しつこい,しつこいぐらいにやることもありますし.うん,で,まあちょっと,もちろん質問を変えてやったりとかもしますし,こう,何ですかね,一方的に言うんじゃなくて,やっぱり結構質問方式でいくというか,・・・」B |
馴染みあるものに触れさせ平常を想起 | 「なるべくその普段の,普段の日常の生活に近づけるっていうことで,あとよく,何だろう,お守り,お守りっていうか,写真とか持ってきたりする方もいらっしゃいますよね.あの,お孫さんとかだったり,犬の写真とか.あと,ぬいぐるみを持ってきた人もいました,猫の.」D | |
夜間睡眠と日中覚醒の積極的促進 | 「・・・夜眠れないっていうことが,一番体にはやっぱりよくないのかなって,あの,まあ何がよくないのかって言われると,ちょっと微妙ですけど,まあ身体的にもよくないですし,やっぱりあのー,せん妄を助長すると思うので,あの,眠れる環境,お薬の適切な投与とかで眠れる環境をつくれるのであれば,それはそれで,あの,いいことだと思っているので,あのー,せん妄,リエゾン,あのー,リエゾンチームを依頼するっていうことを,まあ考えます.うん.」A 「だいたい夜とかがやっぱ多いんで,休めるように,寝られるようにとかっていうのがたぶん本当は一番にこなきゃいけないとは思うんですけど,・・・」「・・・昼間なるべく車いすに座って,まあ,しっかり起きて,話をして,ちょっと刺激を与え,で,夜はもう暗くしてみたいな.」C | |
効果は今ひとつ | 「まぁ,やっている時は気も紛れるんだと思うんですけど,やっぱり,あの,ある程度の時間が来てしまうと,やっぱその大本の欲求は解決してないので,そっちには戻りますけど.」A | |
障害された意識を受け止める | 本人が体験している世界の理解 | 「あとはやっぱり,患者さんがしゃべっていることをあんまり否定しないっていうのはあるかなと思います.わーっつって,あのー,結構変なことを,変なことっていうのは,やっぱ失見当があって.やっぱちょっと,うーんと,今の現実的なじゃない話とかをすることをあんまり否定しないで,話を聞いてあげるっていうのは,ちょっと心掛けているかなと思います.」「そのときは,患者さんにとっては,それが本当のことだから.彼女の中では.」E |
現実へのさりげない誘導 | 「ずーっと他のほうを見ちゃっていると,もう,たぶん私の話も入っていかないんじゃないかなっていう感じがして,ただの雑音になるよりは,「話,しましょう」みたいな,「そっち気にしなくていいんですよ」みたいな感じで,ニョキっと(視線の前に)入っていって.そうしたら,「あ」ってなって,ちゃんと目が合うと,「あ,お話いける」と思ってお話して.・・・」C | |
相手を落ち着かせる柔らかな口調 | 「・・・口調も強かったりとか,そういったことがあると,もう何かわーって騒いで,逆効果っていうことがあるので,・・・」「・・・ちょっと柔らかな感じで話していることが結構多かったと思いますね.うん.」B |
このカテゴリーの定義は,先輩が実践する技術の成功場面や失敗場面をこれまでの経験の中で見て,試しに自分が実践してみた経験も含めて,成功したと思ったやり方を良しとすることである.このカテゴリーは,看護師の認知や技術の基盤となる知識のありようを表しており,その他の全ての概念に影響を及ぼしているという特徴があった.
2) 【あやしい兆候の察知】このカテゴリーの定義は,これまでの経験から,既存の尺度で評価された場合のみならず,不安や緊張が高くせん妄が促進されそうな人やせん妄の予兆をなんとなく予測できることである.このカテゴリーは,看護師の認知を表しており,関わりのプロセスが始まる契機となっていた.
3) 【興奮を落ち着かせたい】このカテゴリーの定義は,せん妄の症状として精神症状を呈する患者に対し,興奮している状態を症状ととらえ,この状態を落ち着かせることを目標とする考えのことである.このカテゴリーは,せん妄患者への関わりの基盤となる認知であり,この認知によって行動が引き起こされており,看護の目的であった.<原疾患との悪循環を防止>と<事故防止で更なる身体侵襲を抑止>の2つの概念から生成され,この2つの概念は,患者の身体を守ろうとしている点で共通していたが,前者は原疾患とせん妄との関連に着目しており,後者はせん妄と事故との関連に着目しているという相違があった.
(1)<原疾患との悪循環を防止>
この概念の定義は,せん妄の発症とともに元の身体症状も悪化し,さらにせん妄を助長させるような印象があることから,このような悪循環が起こらないよう,せん妄への早期対応を心掛けていることである.
(2)<事故防止で更なる身体侵襲を抑止>
この概念の定義は,せん妄患者が起こす転落やチューブ類の予定外抜去を防ぐために介入して安全に過ごさせようとすることである.
4) 【身体由来の苦しみを除去してあげる】このカテゴリーの定義は,患者が身体由来の苦しみをもっているであろうと想像し,看護師に考え得るあらゆる苦しみを除去してあげようと手を尽くすことである.このカテゴリーは,<第一は身体症状による苦痛の除去>,<治療の制限内で欲求を満たす工夫>,<身体拘束せず付き添い見守り>の3つの概念から生成された.これら3つの概念は,身体疾患とその治療に関連する精神的苦痛に焦点を当てている点で共通しており,いずれも看護の技術を表していた.
(1)<第一は身体症状による苦痛の除去>
この概念の定義は,せん妄云々を考えるよりも先に身体症状による苦痛を緩和することが最も大切であり,そのことが結果としてせん妄にも関係してくると考えて苦痛の除去に努めることである.
(2)<治療の制限内で欲求を満たす工夫>
この概念の定義は,原疾患で治療上制限されていることがあるが,その制限内で可能な限り患者の欲求を満たそうと工夫することである.
(3)<身体拘束せず付き添い見守り>
この概念の定義は,事故防止のために身体拘束ではなく,看護師が患者のそばに付き添い見守る体制をとるようにしていることである.
5) 【誤りを修正して我に返らせようとする】このカテゴリーの定義は,患者が異常な言動をするのを改善させるため,積極的に訂正を試み,正常な生活に近づけようとすることである.このカテゴリーは,<反復質問による見当識の強化・修正>,<馴染みあるものに触れさせ平常を想起>,<夜間睡眠と日中覚醒の積極的促進>の3つの概念から生成された.これら3つの概念は,精神機能の改善を図ろうとしている点で共通しており,看護の技術を表していた.
(1)<反復質問による見当識の強化・修正>
この概念の定義は,患者の見当識を何度も確認して見当識障害の有無を把握し,確認することによって思い出してもらうことで患者が忘れないように強化し,障害されてきている場合は訂正を試みることである.
(2)<馴染みあるものに触れさせ平常を想起>
この概念の定義は,患者が平常の生活を思い出せるよう,家族や病棟看護師など顔見知りの人や愛着のある物に触れることができるように,面会や持ち物の調整をすることである.
(3)<夜間睡眠と日中覚醒の積極的促進>
この概念の定義は,何があっても夜間に寝ることが患者にとって一番良いと考え,とにかく夜間に寝てもらおうとすることである.
6) 【効果は今ひとつ】このカテゴリーの定義は,実施しようとしている看護ケアが患者の状況によって実践可能な場合と不可能な場合があり,たとえ実践しても効果の有無も患者によって異なり,ケアの目的が達成できているとは言えないという評価のことである.このカテゴリーは,【興奮を落ち着かせたい】という目的に対する【身体由来の苦しみを除去してあげる】ケアと【誤りを修正して我に返らせようとする】ケアの評価という看護師の認知を表していた.
7) 【障害された意識を受け止める】このカテゴリーの定義は,患者に起きている異常を修正しようと躍起になるのではなく,異常が起きている状態を受け止めて接することで患者を刺激しないようにしてその場をしのごうとすることである.このカテゴリーは,対象者全員ではなく一部の者から語られたデータから生成され,<本人が体験している世界の理解>,<現実へのさりげない誘導>,<相手を落ち着かせる柔らかな口調>の3つの概念から成る.それまで【誤りを修正して我に返らせようとする】ことをしていた看護師の一部が,我に返らせようとするための注力に対比する新たな関わり方として取り入れていた.この関わり方に移行する契機は不明であり,効果についても明確に言及されてはいなかったが,【経験で培った勘】により,良さそうであると感じているため,試みとして行っていた.
(1)<本人が体験している世界の理解>
この概念の定義は,患者が今どこで何をしようとしているのか,本人の話を聴き,そこから患者の行動の意味を理解して受け止めた対応をすることである.
(2)<現実へのさりげない誘導>
この概念の定義は,患者の認知の誤りを否定して訂正するのではなく,環境を日常に近づけ,現在行っているケアに注意を向けさせる方法で現実を認識できるよう誘導することである.
(3)<相手を落ち着かせる柔らかな口調>
この概念の定義は,強い口調で話すことで相手が更に興奮したことがあることから,柔らかい口調で話すほうが患者を刺激しないだろうと予想し,実践することである.
看護師は,せん妄患者に対し,【興奮を落ち着かせたい】と感じており,このことは,看護師が着目する症状は“興奮”であり,過活動型せん妄に主眼を置いていると考えられた.興奮を落ち着かせる方法として,まず【身体由来の苦しみを除去してあげる】ことで苦しみを緩和した後に,認知の【誤りを修正して我に返らせようとする】ことで現実を正しく認識させようとしていた.だがしかし,これらは発症予防と期間短縮に有効とされているケアであり,せん妄を発症し興奮している患者を落ち着かせる対応としては逆効果であると考えられる.
せん妄の発症予防には,認知機能の刺激,見当識の介助,脱水や低酸素および炎症の改善,感覚機能障害の補助,疼痛緩和,睡眠のコントロール,行動制限の緩和や早期からの運動等が効果的であることが明らかになっている(Inouye et al., 1999;National Institute for Health and Care Excellence, 2010;Smith & Grami, 2017;Hu et al., 2015;Needham et al., 2010).これらは,発症後の持続期間の短縮にも有効であることが報告されている(Clegg et al., 2016).このことを踏まえると,<第一は身体症状による苦痛の除去>,<身体拘束せず付き添い見守り>,<反復質問による見当識の強化・修正>をし<馴染みあるものに触れさせ平常を想起>させるという見当識への介入や認知機能の刺激,<夜間睡眠と日中覚醒の積極的促進>は,予防と期間短縮を目的とするならば有効であろう.しかし看護師が望んでいたのは興奮を落ち着かせること,すなわちディエスカレーションであり,目的と手段が合致していなかった.むしろ,興奮を悪化させる危険性もあったと考えられる.内沼(1967)は,幻覚や妄想のある患者は病的体験の中で現実の世界を歪んで認知しており,その歪曲された世界を真実として信じ込んでいるため,何かを契機に自分が信じ込んでいたのとは別の世界があることを理解すると,自分の捉えていたものと実像が異なることに気付き,何が事実かわからず混乱することによって恐怖を感じると説明している.せん妄患者についてもこの理論を用いて解釈すると,注意や意識の障害が生じて現実を歪んで認知している状況下で,【誤りを修正して我に返らせようとする】ことは,混乱を招き恐怖を感じさせ,興奮を悪化させる可能性がある.
一方,一部の看護師が移行していた【障害された意識を受け止める】関わりは,この関わりこそ患者が安心でき,興奮を落ち着かせると考えられる.水野(2020)は,精神看護における対象理解の姿勢として,患者がどのような状況でもその呈する言動と感情の背景を知ろうとする姿勢が必要であると述べ,ケアの原則として,言葉や声の調子に配慮し柔らかい態度で接することで患者が安全感と安心感をもてるようにすることを挙げている.<本人が体験している世界の理解>をするために<相手を落ち着かせる柔らかな口調>で接することは,精神看護の基本の一部をおさえていると言えるだろう.せん妄に特定せず精神症状の急性発症や急性増悪によって不穏状態となり興奮している患者に対して,精神科の看護師は,初期対応として患者を脅かさないように接近し,患者の事情を聴いて体験している世界を想像している(重田ら,2023).せん妄の看護に関する研究では,患者の話を聞き,本人が体験している世界の理解をすることが,患者にとって安心と落ち着きを取り戻すケアとなる可能性が示唆されている(長久,2020).阿部・上野(2020)の文献レビューによると,せん妄患者は夢か現実か曖昧な意識の中で恐怖や孤独などの精神的苦痛を感じていることが明らかとなっており,患者にとって安心と落ち着きを取り戻すケアが重要である.ところが今回,【障害された意識を受け止める】実践の評価や移行した契機については言及されず,看護師自身は認識していないと考えられた.しかも彼らにとってこれを実施する理由は【経験で培った勘】であった.今後は,このように実践知により行われているケアの効果を評価し,意図的な実践に発展させる必要があると考えられる.
2. せん妄の評価と精神状態のアセスメント今回対象となった看護師は,診断基準や評価尺度に照らしてせん妄と判断した場合のみでなく,【経験で培った勘】を用いて【あやしい兆候を察知】した場合も含めて語っており,発症の評価が曖昧であった.加えて,患者の現状の認知の仕方や,どのような影響を受けて興奮しているのかといった対象個々の精神機能のアセスメントが語られることはなかった.Society of Critical Care Medicine(2018)が提唱するガイドラインでは,痛み・不穏/鎮静・せん妄等の管理を行う際には,妥当性のあるツールを用いて定期的に評価を行うべきであるとしており,今後の課題であると考えられる.
また看護師からは,せん妄を発症していない患者への予防ケアと,発症している患者への発症後ケアが区別されずに語られた.日本クリティカルケア看護学会が作成したせん妄ケアリスト(2020)では,せん妄ケアを,予防ケア,発症後ケア,離脱後ケアの3期に分けて実践内容が示されている.本研究は当初,発症後ケアに焦点を当てていたが,看護師の語りは,予防ケアに該当する内容が中心であった.発症後に大切となる現状の認知に合わせた対応や安心感を与えるケアについては一部の看護師しか語らず,認識されていない可能性が示唆された.
3. 課題の背景とリエゾン精神看護の協働への示唆救急・集中治療領域の看護師におけるせん妄看護の課題として,興奮への適切な対応がわからず意図的に行えていないこと,精神機能のアセスメントと評価が曖昧であること,現状の認知に合わせて安心感を与えるケアが重要と認識されていないことがわかった.これらの理由として,歴史および教育的背景の影響が考えられる.上野ら(2022)は,医療の進展に伴い,この分野の看護に求められる役割が身体面を重視せざるを得ない方向性に移っていった歴史的背景と教育の影響を受けて,ICU看護師は意識が混濁し会話が成立しない患者から発せられる言葉や不安に応じるよりも,正確で安全な医療処置やケアを迅速に実施することに集中しがちであると指摘している.意識変容の状態にあるせん妄患者に対して,【障害された意識を受け止める】ことよりも【誤りを修正して我に返らせようとする】ことを重視しているのは,このような背景が影響している可能性がある.
しかし,看護師自身も困ってリエゾンによる教育と連携を求めているのだろう.精神科リエゾンチーム活動指針(日本総合病院精神医学会,2019)には,リエゾン看護師の役割として,身体科看護師とともに精神症状をアセスメントし,看護ケア立案におけるアドバイスを行う教育的支援が明記されている.ところがせん妄については,診断,発症に影響する因子への介入,事故防止,家族ケアと看護師支援に関して具体的に記載されており,精神機能の捉え方や精神症状へのケア方法に関する記載はない.おそらく,精神看護を専門とする看護師にとって日常的で基礎的な内容であるため本書には特記されていないのだと推測するが,救急・集中治療領域の看護師にとってはこのような点に認識が向きにくく,介入が必要である.協働する分野の特徴を踏まえた啓蒙や教育介入が役立つものと考える.
4. 研究の限界今回,課題が生じている背景として教育の影響が考えられたが,せん妄ケアに関する研修受講の有無といった具体的な教育背景の調査は実施していない.
本研究は,看護師の視点で現状の課題や今後への示唆を見出すために,看護師の認識を調べたものである.今後,ケアの評価や質の高いケアの検討には,受け手である患者の視点も含めて検討する必要がある.
救急・集中治療領域の看護師が,せん妄患者に対して症状の軽減を目指して関わる際の認知や技術のプロセスは,患者の身体と安全を守るために【興奮を落ち着かせたい】という思いのもと試行錯誤する関わりのプロセスであった.興奮を落ち着かせるために【身体由来の苦しみを除去してあげる】ケア,精神機能の【誤りを修正して我に返らせようとする】ケアをするが,【効果は今ひとつ】であり,しかし同様のことを繰り返し実践するか,その場をしのぐために【障害された意識を受け止める】関わりで対応していた.
【経験で培った勘】をもとに一部の看護師が試みていた【障害された意識を受け止める】関わりは,興奮を軽減させるためには有効であり,今後,精神看護として意図的に実施することが期待された.
本研究にご協力いただいた看護師の皆様,協力施設の皆様に,心より感謝申し上げます.
本研究は令和3年度順天堂大学大学院医療看護学研究科に博士論文として提出した内容の一部に加筆修正を加えたものであり,第38回日本看護科学学会学術集会で発表した.
MAは研究の構想およびデザイン,データ収集と分析,論文作成,KUは分析と解釈,論文の推敲を行い,両者とも最終原稿を読み,説明責任に同意した.
利益相反は無い.