2024 年 33 巻 2 号 p. 11-19
目的:精神科訪問看護において,「文化的感受性を備えたリカバリー志向の地域精神看護援助モデル」を4カ月間活用した看護師の体験を明らかにすることである.
方法:精神科訪問看護師7名に各1名の利用者に4カ月間モデルを活用してもらい,終了後に半構造化インタビューを個別に実施してモデル活用期間の看護師の体験について聞いた.データは質的帰納的に分析し,生成したテーマの関係性を図示した.
結果:モデルを活用した看護師の体験は,「自己の価値の客観視と転換」,「個別の状況に合わせた意図的なリカバリー志向の実践」,「相互作用によるエンパワメント」という3つのテーマが相互に促進し合う関係性として示された.看護師は,リスクとリカバリーの対立や利用者を支える人との連携の困難も体験していた.
考察:ポジティブリスクマネジメントの普及や当事者を支える人との連携促進の取り組みが求められる.当事者の講義を組み込んだ共同創造による研修はより効果的と考えられる.
Aim: To clarify the experiences of nurses through the use of a “culturally sensitive recovery-oriented nursing care model in community psychiatric nursing” in regular visiting nursing over a 4-month period.
Methods: Seven community psychiatric nurses were asked to use the model for one client each for 4 months. After this period, semi-structured interviews were conducted individually to ask the nurses about their experiences using the model. The data were analyzed qualitatively and inductively, and the relationships between the generated themes were illustrated.
Results: Three themes were generated regarding the nurses’ experiences using the model: “Objectivity and transformation of self-value,” “Deliberate practice tailored to individual circumstances,” and “Empowerment through interaction.” These relationships were shown to be mutually beneficial. Nurses also experienced conflicts between risk and recovery, and difficulties in collaborating with those who support clients.
Conclusion: Efforts are needed to popularize positive risk management and promote collaboration with those who support clients. Co-production-based training that incorporates lectures from people with mental disorders is thought to be more effective.
国際的に精神保健領域において注目を集め続けているパーソナルリカバリーとは,症状の軽減や疾患の治癒を意味する臨床的リカバリーとは異なるものであり,疾患や障害による制限があったとしても,希望を抱き,自分の能力を発揮し,他者や地域とつながり有意義に生きることを意味するものである(Anthony, 1993).精神医療の地域移行を終えた欧米諸国の多くは,当事者のパーソナルリカバリーを精神保健の政策目標とし,政策を実践に移すために取り組んでいる(Bird et al., 2014).しかし,専門職の支援をリカバリー志向に転換することは容易ではない.入院中心精神医療の長い歴史の中で培われた医学モデルの価値に基づいた精神医療文化が精神医療システムや精神医療に関わる人々の考え方に現在も影響を及ぼしており,リカバリー志向の実践を妨げる要因となっている(Cusack, Killoury, & Nugent, 2017;Holley, Chambers, & Gillard, 2016;Le Boutillier et al., 2015).
我が国でもパーソナルリカバリーの概念は普及しつつあるが,国の施策として明示されておらず,精神保健専門職や国民の共通理解は得られていない.また,精神科病床数や平均精神科入院期間は漸減しているものの国際的に見ると格段に多く,伝統的精神医療文化の影響は依然として強い(Nakanishi et al., 2021).このような環境でリカバリー志向の支援を行う際には,看護師が自身の価値観や精神医療文化の影響を客観視する文化的感受性を備えていることが不可欠である.そこで,先の研究で,リカバリー志向のケアを行う我が国の精神科訪問看護師21名へのインタビュー及び訪問看護場面の参加観察,リカバリー志向の実践に関する文献検討を基にして,リカバリー志向の看護実践とその基盤となる文化的感受性を可視化した看護援助モデル(Cultural sensitive recovery-oriented nursing care model in community psychiatric nursing;以下CSRNモデルとする)を構築した(Matsuoka, 2021, 2023).次段階となる本研究では,CSRNモデルの活用を通してその有用性を検討したいと考えた.パーソナルリカバリーは人生を通した個別の過程であり,短期間の実践の効果を利用者の変化によって測ることは難しい(Meadows et al., 2019).リカバリー志向の実践の基盤となる文化的感受性を示し,価値や精神医療文化の客観視を促す本モデルの有用性を検討するためには,看護師の認識や思考,感情,行動を看護師の体験として捉え,明らかにすることが適切であると考えた.
精神科訪問看護において,CSRNモデルを4カ月間活用した看護師の体験を明らかにすることである.
本研究では,「文化」を「特定の集団の思考や認識の仕方,人間関係の持ち方,行動の様式など,生活する上での活動の全体であり,後天的にその集団の中で学習され獲得されるもの(波平,2012)」と定義した.「文化的感受性」を「看護師がもつ価値観,信念,前提を客観視し,他者の異なる価値観や信念,前提を尊重すること.看護師自身の文化的背景に基づく価値観だけでなく,専門職として看護師間で共有されている考え方や看護師がもっている権限についても探求する姿勢を備えていること(Mahoney, Carlson, & Engebretson, 2006;Suh, 2004)」と定義した.「看護師の体験」は「モデルの活用による看護師の認識,思考,感情,行動」と定義した.
CSRNモデルの4カ月間の活用を通した看護師の体験を明らかにする本研究には,質的記述的研究デザインが適切と考えた.
2. 文化的感受性を備えたリカバリー志向の地域精神看護援助モデル(図1)文化的感受性を備えたリカバリー志向の地域精神看護援助モデル
(Matsuoka(2023)より許可を得て掲載)
CSRNモデルは,「看護師自身の振り返りの層」,「看護師-利用者間のケア層」,「連携と協働によるケア層」の3層が相互に影響し合う構造をもつ.「看護師自身の振り返りの層」は,【精神医療文化を客観視する文化的感受性】に基づき,伝統的精神医療文化が及ぼす影響を理解した上で,看護師自身の価値と実践を振り返ることを示す.「看護師-利用者間のケア層」は,【利用者の立場で体験を理解する文化的感受性】に基づき,専門職が持つ権限と利用者-看護師間のパワーの不均衡を自覚し,看護師主導の態度を差し控えることで,利用者の価値,判断,対処を尊重する実践を示す.また,「連携と協働によるケア層」は,【複数の人の視点を受け入れる文化的感受性】に基づき,利用者に関わる人々の多様な価値を尊重し,折り合うことによって,リスクや困難があっても利用者の可能性に対する開かれた態度を維持する実践を示す(Matsuoka, 2021, 2023).3つの層には6つのケア要素が含まれ,それらは30の看護援助指針によって構成される.そして,看護援助指針は101の具体的なケア内容によって構成される.
3. 研究参加者精神科訪問看護に取り組む訪問看護ステーションの施設長に,研究の概要を文書と口頭で説明し,リカバリー志向の実践に関心をもつ精神科訪問看護師を紹介してもらった.候補者に研究の概要と研究参加によって期待される利益及び不利益を文書と口頭で行い,書面で同意を確認した.各看護師に研究参加による病状悪化のリスクが少ない精神科訪問看護利用者を紹介してもらった.候補者に研究に関する説明を文書と口頭で行い,書面で同意を確認した.看護師及び利用者に説明する際には,倫理的配慮を遵守した.
4. データ収集期間データ収集期間は2020年2月から2022年11月であった.
5. データ収集方法看護師に約90分のオンライン研修を行い,CSRNモデルの概要と具体的な看護実践についてスライドと資料を基に説明し,質問に答えた.これらをまとめた小冊子を配布し,看護師が訪問看護に携帯し参照しながら実践できるようにした.4カ月間1名の利用者への訪問看護においてモデルを活用することと,活用期間終了後に利用者と共に活用期間の看護師の支援について振り返ることを依頼した.モデル活用による考えや実践の変化を捉えるのに十分であり,コロナ禍の業務負担と研究協力が過度の心理的負担とならないような期間として4カ月とした.また,いつでも相談できるように研究者の連絡先を伝えた.活用期間終了後,オンラインで半構造化インタビューを個別に行い,活用期間に感じたことや実践したこと,看護師の認識や実践の変化,利用者の変化,利用者との関係性の変化等について尋ねた.インタビューは同意を得てICレコーダーに録音した.
6. データ分析方法データ分析にはテーマティック分析(Braun, & Clark, 2022)を用いた.①インタビューデータは逐語録に起こして精読する,②看護師の体験について一つの意味を表す部分で区切って内容を表すコードを生成する,③類似するコードを集めて照合し共通する意味をテーマとして表す,④各テーマに含まれるデータが意味を反映していることとテーマ間の境界の適切性を確認し精錬するという手順で分析を行った.研究目的に照らしてテーマ間の関係性を検討した.
7. 厳密性の検討確実性,信用性,適用性,確証性の4つの基準に基づいて厳密性を検討した(Lincoln, & Guba, 1985).分析結果を研究参加者に提示するメンバーチェッキングによって確実性を高め,看護師の語りを詳細に記述することで適用性を確保した.また,研究プロセスと意思決定の道筋を記録し保管することで信用性を確保し,研究者間で合意を得るまで議論することで確証性を確保した.
8. 倫理的配慮看護師及び利用者に,自由意思の尊重,個人情報保護の遵守,途中辞退の保障,鍵のかかる場所でのデータ保存,本研究以外にデータを用いないことについて,口頭と文書で説明した上で研究参加の同意を得た.活用期間中いつでも相談できるように研究代表者の連絡先を伝えた.本研究は,甲南女子大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:2017020).
研究参加者は7名(男性2名,女性5名)であり,平均年齢は42.4歳(29~51歳),平均精神科訪問看護経験期間は39.1カ月(10~108カ月)であった.看護師が語った実践の文脈が少しでもわかるように,利用者の概要と各看護師が語った4カ月間の実践の要約を表1に示した.
研究参加者の概要
看護師 | 性別 年代 |
精神科 訪問看護 経験期間 (カ月) |
精神科 病棟 経験期間 (年) |
モデルを活用した ケアの対象となった 利用者の概要 |
4カ月間の看護師のケアの概要 |
---|---|---|---|---|---|
A | 男性 40歳代 |
10 | 9 | 40歳代,女性,家族と同居,双極症 | 仕事と趣味を両立させたいという希望をもつ利用者が,気分の波に主体的に対処しながら生活することを支持して話を聴いた |
B | 女性 40歳代 |
14 | 12 | 40歳代,女性,家族と同居,持続性気分障害,自閉スペクトラム症 | 社会的活動に取り組み,頑張りすぎて疲弊することもある利用者の希望を尊重し,看護師に話すことで気持ちを整えようとする対処を支持した |
C | 男性 20歳代 |
36 | 4 | 60歳代,女性,家族と同居,統合失調症 | 生活保護費のやりくりが難しく月末に困窮することが続く利用者に,かつて料理をしていたという利用者の強みを活かして自炊を促した |
D | 女性 30歳代 |
33 | 6 | 50歳代,女性,独居,統合失調症,複数の身体疾患 | 身体面や精神面に対する多くの薬を服用する利用者に服薬への支援をしながら,利用者主体の対話をすることを意識して関わった |
E | 女性 50歳代 |
59 | 1 | 40歳代,女性,家族と同居,自閉スペクトラム症 | 子育てと家事を楽しみ前向きに暮らしたい思いを持つ利用者の家の片付けや子どもへの対応に関する相談に,生活者の側面を活かして対話した |
F | 女性 40歳代 |
108 | 17 | 40歳代,女性,独居,自閉スペクトラム症,うつ病性障害 | 服薬の確認や問題解決のための助言を控えて利用者の主体性を尊重し,通所施設を変更する過程を多職種と連携して支援した |
G | 女性 40歳代 |
14 | 1 | 40歳代,女性,家族と同居,統合失調症 | 一人で家にいると不安になりやすい利用者が,看護師に話すことで気持ちを整え,家事や外出に取りくめるように支援した |
7名の看護師の語りから,「自己の価値の客観視と転換」,「個別の状況に合わせた意図的なリカバリー志向の実践」,「相互作用によるエンパワメント」という3つのテーマが生成された.自己の価値の客観視とリカバリーの価値への転換はリカバリー志向の実践を促進し,リカバリー志向の実践は看護師のエンパワメントを生み出すと考えられた.一方で,リカバリー志向の実践は,自己の価値の客観視と価値の転換を促進していた.また,看護師のエンパワメントは,リカバリー志向の実践を促進し,さらに自己の価値の客観視とリカバリー志向の価値への転換を促すと考えられた.これらのことから,3つのテーマが相互に促進し合う構造は図2のように示すことができた.各テーマとサブテーマについて説明する.
文化的感受性を備えたリカバリー志向の地域精神看護援助モデルを活用した看護師の体験
テーマ1:自己の価値の客観視と転換
このテーマは,自身の価値と精神医療文化の影響の客観視を通して,自信を得たり葛藤したりしながらリカバリーの価値を取り入れて,自らの価値や実践をリカバリー志向に変えようとしていたことを示す.
サブテーマ①:リカバリー志向の価値への賛同と実践との照合
看護師は,CSRNモデルに示されたリカバリーの価値に賛同し,看護実践の指針としていた.ケアリストと自分の実践とを照らし合わせ,共通点を見出してこれまでの実践に自信をもち,継続しようと考えていた.代表的な語りを示す.
このモデルで書いてくれていたのは,自分たちがやっていたことなのかなと,今回改めて思いました.(中略)普段やっていたことが,これで合っていたんだな,みたいに逆に思いました.(E看護師)
サブテーマ②:精神医療文化の影響を受ける自己の価値の気づき
看護師は,これまでの実践を振り返り,利用者の病状や治療に焦点を当てた看護師主導の支援や問題解決を目指す対話をしていたと自覚し,医学モデルの価値観に基づく精神医療文化の影響を客観視していた.対話より薬の管理を優先する自分の価値に気づいた看護師の語りを示す.
その方に対しては,薬カレンダーのセットで一杯一杯で.量があるので,1時間くらいかかるので.しゃべっていて間違えたらダメなので.そういうのもあって深くしゃべることができなかったんですけど.(中略)受診している科が多いので,受診の内容とか薬の変化に注意が行きがちでした.(D看護師)
サブテーマ③:医学モデルの価値との葛藤を経た統合
看護師はCSRNモデルに賛同する一方で,医学モデルの価値に影響を受けている実践を変えることに困難を感じたり,様々な制約がある現実の訪問看護の環境との隔たりを感じ,CSRNモデルが示すような関係構築や利用者の希望に向かう支援ができるのだろうかと懐疑的になったりすることがあった.こうした困難や葛藤を感じながらもリカバリー志向の価値を取り入れ,少しずつ価値の統合に向かっていた.精神科病棟での勤務経験の長い看護師の語りを示す.
現実としては週1回30分ぐらいの訪問でどうやって進めていけるかとか.ステーションが成り立っていくために件数をある程度こなさないといけない中,どこまでできるのかと.(中略)意識してやると自分の傾向とか今までやってきた染みついたものとかが苦しいもんやなと思いました.やっぱり先生ありき,お薬ありきで,精神状態,薬が飲めているかどうか,日常生活を見に行く精神看護みたいなところを持っていたので.古いもののいいところと新しいところのいいところを持っていけたらなと思います.(F看護師)
テーマ2:個別の状況に合わせた意図的なリカバリー志向の実践
このテーマは,看護師がCSRNモデルを参考にしながら,利用者の個別の状況においてどのようにリカバリー志向の実践ができるかを考え,時に困難を感じながらもリカバリー志向の対話やケア,連携に意図的に取り組んでいたことを示す.
サブテーマ①:専門職のパワーを控えて利用者の強みを引き出す関わり
看護師は,利用者の精神医療のトラウマに配慮し,専門職のパワーを控えることを意識し,生活者としての側面を活用した関わりや利用者主体の対話によって対等な関係性を作ろうとしていた.そして,利用者と共に目標を設定して取り組んだり,支援を共に振り返ったりして,利用者の強みを引き出していた.
「こうしたほうがいいですよ」みたいに,あまり言わへんようにしているというか.(中略)看護計画を一緒に見直していた時に「自分のペースで働きながら,バレエと両立した生活をしたいと(目標を)変えてください」と言いはったんです.「じゃあ,変えましょう.いいですね」と言って.(A看護師)
サブテーマ②:価値と希望を尊重することへのコミットメント
看護師は,自身の価値や医学モデルの考え方を押し付けないように意識して,利用者の考え方や希望を知ろうとしていた.そして,利用者の価値や信念を利用者の立場から理解しようとし,利用者の思いや判断を尊重していた.
一杯一杯の生活の中で子ども食堂の代表として2,3カ月に1回開催して,すごく頑張っておられる方です.こっちとしては,常に並行して何かを抱えているので休んでほしいなと思っていたんですけど.なぜ子ども食堂なのかというベースにある思い,どういう思いで人と関わりたいのかとか,どんな形で社会と関わりたいのかという話を深くした時があって.「そこは人生においての課題だよね,手放さないほうがいいよね」という話で.応援しようかと.(B看護師)
サブテーマ③:少ない機会の中での連携の努力
多くの看護師は連携の機会が少なかったと述べたが,そのような中でも機会を見つけて,利用者の家族,援助チーム内のスタッフ,医師,地域の福祉職と連携して利用者を支援していた.
同居するお兄さんがアルコール依存症で,アルコールが入った時に暴力ふるうこともあって.ご本人が常に誰かしらに連絡できる環境を作りました.お兄さんも安心できる環境.訪問看護だけで抱えるとしんどくなってしまうので,行政や他の支援者の方もなるべく巻き込んでやっています.(C看護師)
サブテーマ④:リスクとリカバリーの対立
看護師は,利用者の健康への影響が大きく,危険や不利益につながりかねない行動に対して,利用者の希望や判断を尊重することとリスクマネジメントにおける医療者の責任との間で葛藤し困難を感じていた.そのような場合も,看護師は悩みながらも,利用者の判断を利用者の立場で理解しようと試み,看護師自身の考えや思いを押し付けないように利用者に伝えていた.
利用者さんが自分の薬で寝られない日とか,息子さんの薬を拝借して飲んで,ということがあって.「ああ~」と思うけど言えなかったです.それで寝られたし,安心できたからよいととらえるのも1つだし.でも息子さんのをもらって飲んじゃうのは,ちょっとそれはというのもあります.きつく言わずに,「そうか,本当はそういうのはやめてほしいんだけど.」みたいな形で.困っているのを醸し出つつ責めないというように.違う対処方法をその人が選べるように,いくつか提示しながらとは思うんですけど.(B看護師)
テーマ3:相互作用によるエンパワメント
このテーマは,看護師がリカバリー志向のケアによる利用者の変化を利用者と共に喜び,利用者への信頼と尊敬を強め,利用者との関係性の変化やさらなるケアの実施につながることで,充実感と前向きな気持ちを得ていたことを示す.
サブテーマ①:対話と協働による利用者との信頼関係の強化
看護師は,利用者の努力や変化を共に振り返り,利用者の強みとして確認することを通して信頼関係が強まったと感じていた.利用者が不調を乗り越える過程を傍で見守ることは,困難に対処する利用者への尊敬に繋がっていた.
大体の方は数年単位の関わりになるので.(中略)私の中でも,過去を土台にしての提示ができる.「今はしんどいけど,またああいった楽な時までなれるよね」というのが出しやすくなったというのはあります.「しんどい時を見せてくれてありがとう」みたいな言葉も言えるようになって.(B看護師)
サブテーマ②:互いに高め合える感覚
看護師は,リカバリー志向の働きかけに対する利用者の意欲的な取り組みや変化を利用者と共に喜び,利用者の変化の中に新たな強みを見つけて利用者に伝えていた.このような相互交流の中で,利用者だけでなく看護師も実施したケアへの充実感や達成感を得て,エンパワメントされていた.
驚いたのが作り置きをされだして,ちょっとした声掛けですごく変わるんだなと思って,すごく感心.できたことに共感するとか一緒に喜ぶ.気持ちに寄り添って,意欲を高めるように声掛けしていましたね,気づけば.それに伴って患者様も意欲が上がって.お互い高め合うような,そんな感じの関わり方やったなと,今振り返れば思います.(C看護師)
サブテーマ③:利用者を支える人との連携による安心感
看護師は,他の専門職や家族など利用者を支える人々とつながることによって,利用者への支援における安心感や心強さを得ていた.
主治医の先生に1カ月の(訪問看護の)報告を送っているんですけど.「主治医の先生がいつも外来に行ったら,私のことすごくよく知ってくれていて」と(利用者が)喜んでいました.先生がしっかり読み込んで下さっているみたいで.それを聞いて私もうれしくて.(G看護師)
すべての研究参加者は研修を契機に実践を振り返り,自分自身の価値と向き合っていた.リカバリー志向の価値をすぐに受け入れる参加者もいたが,精神科病棟勤務経験が長い参加者はこれまで身につけてきた価値との間で葛藤していた.Giusti et al.(2019)は,経験が短い精神科専門職は認知的開放性及び柔軟性が高い傾向があり,医学モデルの価値に馴染んだ経験豊かな精神科専門職はリカバリー志向の価値の受け入れが難しいことがあると述べている.本研究では,葛藤を経験した看護師も利用者や利用者を支える人と協働し,喜びや希望を共有する経験を通して価値の統合に向かっていた.このように,価値の転換を経て実践することだけでなく,実践によって価値の統合が進む経過があることを理解しておくことは,看護師がそれぞれのペースでリカバリー志向の実践者に変わることを保障する環境を作るために必要である.
CSRNモデルを活用してリカバリー志向の実践をする際に看護師が困難を感じていた局面が二つあった.一つは,リスクとリカバリーの対立である.精神科領域のリスクマネジメントは,入院環境を中心に発展してきたものであり,医学モデルの価値を強く反映している.自殺や自傷,暴力のリスクだけでなく,社会参加を妨げる行動制限などパターナリスティックな実践を含み,当事者をリスクの源と位置づける(Deering, Williams, & Williams, 2022).このような従来のリスクマネジメントはリカバリー志向の価値と対立する(Holley, Chambers, & Gillard, 2016).リカバリー志向の地域ケアでは,リカバリーに役立つリスクに挑戦することを支えるポジティブリスクマネジメント(以下,PRM)が推奨される(Just et al., 2023).PRMの普及が期待される.加えて,PRMの実践は利用者の価値や取り巻く環境によって異なるため,我が国のような非リカバリーの環境における具体的なPRMの実践例を集めてモデルを構築する研究が必要である.
もう一つの困難は,利用者を支える人との連携の困難さである.支援者間の連携への取り組みは診療報酬に反映されないため,訪問看護事業所の経営面の優先順位は低くなる.精神医療システムも医学モデルの価値に基づくものであり,リカバリー志向の価値と対応しない側面が多い(Nakanishi et al., 2021;Le Boutillier et al., 2015;Cusack, Killoury, & Nugent, 2017).支援者間の連携が評価されるようなリカバリー志向の精神医療システムへの構造変革は喫緊の課題である.同時に,現状の中で看護師が実践する連携の工夫を明らかにする研究も必要である.
最後に研修方法について考える.Giusti et al.(2021)は,当事者による講義を含む研修はリカバリー志向の支援についての参加者の理解を深めると述べている.本研究では看護師である研究者がCSRNモデルの研修を行ったが,当事者による講義を組み入れるなどの共同創造によって,より効果的な研修となると考える.
看護への示唆リカバリー志向の実践についての研修には,PRMについての講義や当事者による講義を組み入れるとより効果的と考えられる.
研究の限界対象者が7名と限られており一般化には限界があるが,CSRNモデルの活用を通した看護師の体験を示し,リカバリー志向の実践に取り組む際に看護師が直面する課題を確認し,課題への対処を検討することができた.
CSRNモデルを活用した看護師の体験は,「自己の価値の客観視と転換」,「個別の状況に合わせた意図的なリカバリー志向の実践」,「相互作用によるエンパワメント」という3つのテーマが相互に促進し合う関係性として示された.リスクとリカバリーの対立や利用者を支える人との連携の困難という課題には,ポジティブリスクマネジメントの普及や連携促進の取り組みが求められる.
本研究にご協力くださった看護師及び精神科訪問看護利用者の皆さまに感謝いたします.本研究は2017年度~2022年度科学研究費補助金助成事業基盤研究(C)の助成を受けた.本論文の内容の一部は日本精神保健看護学会第33回学術集会において発表した.
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない.
MSは研究の着想とデザイン,データ収集,分析,論文作成を担当した.MNとHHはデータ収集,分析を行った.すべての著者が原稿を読み,承認した.