2024 年 33 巻 2 号 p. 59-69
本研究は,精神科看護師の患者に対する怒りの認識と対処について明らかにすることを目的とし,精神科看護師8名にインタビューを行った.質的記述的分析の結果,456のコード,88のサブカテゴリー,32のカテゴリーが抽出された.
精神科看護師が怒りを覚える特徴として,知的障害のある患者や何度説明しても理解が得られない患者に対して怒りを感じやすく,言語的な暴力に対して無防備である可能性が示唆された.また精神科看護師は患者に怒りを覚えることに葛藤しつつも,患者と相互に関わり,患者への理解を深めたり,業務のスケジュールを整えたり,チームで関わることで怒りを対処していた.
精神科看護師はアンガーマネジメントの重要性を日々の看護実践の中で感じており,周囲の環境調整及び看護師自身の研鑽に関わる支援の充足が重要であることが示唆された.また患者に対する怒りなど一見非倫理的に見える事柄について,看護師自身が振り返り話し合える場の提供や,考えることを重要視した【現場に即した統合的なアンガーマネジメントに関する教育】が重要であると示唆された.
This study aimed to determine psychiatric nurses’ perceptions of and coping with feelings of anger toward patients. Interviews were held with eight psychiatric nurses. After qualitative description analysis, 456 codes, 88 subcategories, and 32 categories were extracted. The characteristics regarding the perceptions of psychiatric nurses suggested that they were more likely to feel anger toward patients with intellectual disabilities and patients who do not understand them no matter how many times they explain the situation, and that they felt defenseless against verbal violence. In addition, psychiatric nurses had conflicting feelings about anger toward patients, but they coped with their anger by interacting with patients, deepening their understanding of patients, arranging work schedules, and engaging as a team. Psychiatric nurses sensed the importance of anger management in their daily nursing practice, which suggests the importance of providing sufficient support for needed adjustments to the surrounding environment and the nurses’ own reflections. The findings also suggested the importance of providing a place where nurses can consider their nursing practice and discuss seemingly unethical issues, such as anger toward patients, as well as “integrated anger management education tailored to the workplace,” which emphasizes thinking.
日本の精神保健医療福祉の動向として,地域移行が求められ病床数の減少が進められている.しかし,精神科の病床数の多さ及び入院期間の長さは世界的にみても突出(厚生労働省,2014)しており,長期入院患者は依然として多く,入院患者に対する看護の役割は重要である.一方で精神障害患者を看護する看護職者の経験の特徴として「暴力への恐怖」,「劣悪な職場環境への暴露」,「感情のコントロールの困難さ」等があることが示されており(Sim, Ahn, & Hwang, 2020),精神科看護者の抱く感情として,怒り,嫌悪感,恐怖といった陰性感情が中心を占め,そのうち侵襲性の強い出来事に対しては怒りと恐怖が,それ以外の出来事では嫌悪感が多いことが報告されている(佐藤・近藤,2019).さらに看護師が患者に抱く陰性感情を精神科と一般科で比較した研究では,「閉鎖病棟の環境」,「患者の問題行動が許してもらえる環境」という,精神科独自の病棟環境により陰性感情が起きていることも示唆されている(樫葉ら,2013).こうした背景の中,昨今メディア等でも医療者から患者への虐待事例が取り上げられ,厚生労働省が実施した調査によれば,精神科医療機関で患者への虐待疑いの事例が2015~2019年度の5年間で7件あったことが明らかになっている.事案種別としては暴行・暴言が8割を占め,虐待に至った動機・原因としては患者からの暴力,暴言により感情的になったため14件(19%),患者の指導無視等により感情的になったため11件(15%)と報告(厚生労働省,2021)されており,患者に対する“怒り”の感情は暴力と深く関わっているとされる.また看護者の患者への暴力防止の観点から,怒りの対処スキルを高める取り組みとして“アンガーマネジメント”が示されている(厚生労働省,2022).しかし精神科看護師へのアンガーマネジメントには理解の不足や,スキルとして活用できていない可能性がある(松本,2023)と示唆されている.さらに精神科に勤務する看護職者に対してアンガーマネジメントを導入した研究はいくつかあり,有効性が検討されている(川嶋ら,2018;永岡・大塚・渕田,2019;瀬﨑・堀,2017;大西・鈴木・横尾,2019;出路・岩本,2015)が実践報告が多く,精神科看護師がどのように患者に対する怒りを認識し,対処しているかは明らかになっていない.
そこで本研究では,精神科看護師が患者に対する怒りの感情をどのように認識し対処しているのか,患者に対する怒りの感情をコントロールするためにどのようなことが重要だと考えているかを明らかにする.これらを明らかにすることで,精神科独自の怒りのマネジメントにおける改善策や対策を立案するうえで貴重な情報となり,病棟レベルのトレーニングや教育プログラムの充実が期待できる.
半構造化面接法を用いた質的記述的研究
2. 研究対象者の選定X県の精神科病院に依頼し,協力の得られた2施設の管理者もしくは看護管理者に対し研究の概要を説明し,承諾を得たのち,研究協力者の募集のためのチラシの掲示もしくは配布の協力を依頼した.チラシを見た後に,研究協力の意思が示された精神科看護師8名を研究対象者とした.中山(2006)は精神科看護師に体験を語ってもらった結果,否定的な感情になった事例の殆どが精神科看護師経験5年以内もしくは最近の事例であったとしている.したがって,対象者への心理的侵襲及び,客観的な体験の語りを促す点を考慮し,対象者の選定基準として「精神科臨床経験が5年以上あり,当該施設に1年以上勤務しているもの」とした.
3. データ収集方法データ収集期間は2022年9月上旬から11月末であった.研究者が作成したインタビューガイドを用いた半構造化面接を一人につき1回実施.インタビュー内容は①臨床の場において怒りを感じる場面,②実際に行っている怒りへの対処,③怒りへの対処を実践する上での困難感や,求めること,④怒りへの対処の有効性や怒りをコントロールするために重要だと考えることとした.またインタビュー内容が,臨床場面での患者に対する怒りという内容であるため,患者に対する否定的な語りであっても,受容的に関わり対象者本人の言葉を尊重した.
4. データの分析方法研究対象者の語りを録音したデータから逐語録を作成し,繰り返し精読し解釈を進めた後,患者に対する怒りの認識と対処や,怒りの感情をコントロールするためにどのようなことが重要だと考えているかに焦点を当て,言葉の内容が理解できる単位でコードを作成した.全事例のコードを統合し,再度精読した上でコードが内包する意味や内容をもとに,コードの類似性と相違性に留意しながら比較検討し,その意味を表すサブカテゴリーを作成した.サブカテゴリーの類似性と相違性に留意しながら,サブカテゴリー間の相互の関係性を意味や内容を踏まえて検討し,類似した内容のまとまりからカテゴリーを作成した.全分析過程において,質的研究に精通しているスーパーバイザー2名による助言を受け真実性の確保に努めた.
5. 倫理的配慮本研究は静岡県立大学看護学部研究倫理審査委員会の承認(承認番号:研04-08)を得て実施した.
6. 用語の定義本研究では,「怒りの感情」を「周囲の環境や対人関係において相手または自分に苛立ちをもたらす感情」と定義し,「怒りへの対処」を「患者に対して怒りの感情を覚えた際にコントロールしようと行っている,考え方や行動」と定義する.
研究対象者は,A県内の精神科看護師で男性4名,女性4名の計8名であった(表1).
研究対象者の概要
氏名 | 性別 | 年齢 | 看護師以外 の職歴 |
看護師 取得課程 |
看護師 経験年数 |
精神科 経験年数 |
病棟 機能 |
勤務 形態 |
アンガー マネジメント の教育経験 |
インタビュー 時間 |
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A氏 | 女性 | 40代 | 無 | 専門学校 | 15 | 12 | 閉鎖慢性期 | 常勤 | 無 | 65分 |
B氏 | 男性 | 30代 | 無 | 専門学校 | 13 | 13 | 閉鎖急性期 | 常勤 | 無 | 53分 |
C氏 | 女性 | 30代 | 無 | 専門学校 | 12 | 10 | 閉鎖慢性期 | 常勤 | 無 | 67分 |
D氏 | 男性 | 30代 | 有 | 専門学校 | 8 | 7 | 閉鎖回復期 | 常勤 | 有 (院内研修) |
76分 |
E氏 | 男性 | 40代 | 有 | 専門学校 | 13 | 13 | 閉鎖慢性期 | 常勤 | 有 (外部研修) |
113分 |
F氏 | 女性 | 40代 | 有 | 専門学校 | 7 | 7 | 閉鎖急性期 | 常勤 | 無 | 62分 |
G氏 | 女性 | 30代 | 無 | 大学 | 7 | 7 | 閉鎖回復期 | 常勤 | 有 (外部研修) |
68分 |
H氏 | 男性 | 30代 | 有 | 専門学校 | 7 | 5 | 閉鎖回復期 | 常勤 | 無 | 66分 |
インタビューの結果から,精神科看護師の臨床における患者への怒りに対しての認識や対処,及び怒りをコントロールするために求めることに関して,456のコード,88のサブカテゴリー,32のカテゴリーが抽出された(表2,表3,表4).またカテゴリーは患者要因(患者に依拠する内容),看護師要因(看護師自身に依拠した実際的な内容),環境要因(周囲や環境の調整に依拠した内容)に大別し,関連を示した(図1).以下の記述においてカテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉,実際の語りを「 」で表記する.
患者への怒りに対しての認識
カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|
自分を否定されたり,理不尽な対応をされた時に怒りを覚える | 患者から理不尽な対応をされた時に怒りを覚える |
自分を否定されると怒りを覚える | |
説明しても理解が得られない患者に怒りを覚える | 説明しても待てない患者に怒りを覚える |
知的に低い方に何度説明しても理解が得られず怒りを覚える | |
患者行動として求められることと違う行動をした時に怒りを覚える | 治療に対する拒否が強い時に怒りを覚える |
患者の行動がモラルに反する時に怒りを覚える | |
暴言,暴力を受けた時に怒りを覚える | 暴言を受けた時に怒りを覚える |
暴力を受けた時,受けそうな時に怒りを覚える | |
患者の性格に起因した不適応行動と思えた時に怒りを覚える | 病状ではなく患者の性格的な特性による不適応行動と思えた時に怒りを感じる |
理不尽さが残ると怒りが持続する | 理不尽さが消化されない場合には長く怒りや不快感が残る |
1人の状況の時に感情的になりやすい | 一対一で対応している時や1人の時に感情のコントロールが難しい |
心身にゆとりがない時に感情のコントロールが困難に感じる | プライベートで不調さがある時 |
業務がスムーズに進まない時 | |
業務が忙しく時間に追われている時 | |
仕事を辞めたいと思っていた時 | |
心にゆとりがない時 | |
体調不良や疲れがある時 | |
身体的暴力を受けた時は怒り以外の陰性感情が強い | 怒りより恐怖心があった |
怒りより驚きの気持ちがあった | |
悲しい気持ちがあった | |
関わりを避けたい気持ちがあった | |
怒りは対処することである程度でおさまる | 怒りはある程度でおさまる |
対処することで患者への怒りはあまり持続しない | |
怒りによって業務に支障がでることはない |
怒りの感情への対処
カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|
患者の置かれている辛い状況を理解する | 患者に憐れみを持つことで理解する |
患者を家族だったらと考える | |
患者が嫌がることをしているので抵抗するのは当たり前だと思う | |
患者の状況や背景を想像する | |
患者の特性や病状だと理解し,患者からの理解や介入の限界があると考える | 暴言・暴力は患者の症状や特性によるものだと理解する |
社会経験が乏しいという特徴があることを理解する | |
患者とは分かり合えない一線があると理解する | |
寛容な思いで患者を尊重する | 意識的に許容範囲を広げる |
患者の思い・考えを優先する | |
患者の良い面に着目したり,関わり自体から学ばせてもらっていると捉える | 患者と関わることで勉強させてもらっていると考えている |
患者の良い面も知っている | |
患者の良い面を他のスタッフと共有する | |
自分自身の心身にゆとりを持てるようにする | 業務に対して都度スケジュールを組み替える |
仕事のオンとオフを切り替える | |
自身の余力を残しておく | |
怒りの感情を表面化させず,自身の立場や状況を客観的に捉える | 看護師という立場を改めて考える |
他人の視線を内面化する | |
患者とのやり取りを客観的にみるように意識する | |
怒りは感染するため,意識的に怒りの感情は出さない | |
予め患者情報を収集してから関わる | |
1人ではなくチームで関わる | 他のスタッフと協働して対応する |
他のスタッフに共感してもらう | |
患者から意識をそらし淡々と対応する | 冷静に淡々と対応する |
正面から受け止めず患者から意識を逸らす | |
目の前のやるべきことに意識を移す | |
患者から距離をとる | 患者から時間的に距離をおく |
患者から物理的に距離をとる | |
ユーモアを交えて柔らかい雰囲気で関わる | ユーモアを交えて患者に関わる |
指導的ではなくフレンドリーに柔らかく関わる | |
患者と相互に関わり理解し合う | 自身の感情を患者にフィードバックする |
患者と遺恨の残らないように患者と振り返りをする | |
患者との対話で現実的な話のゴールを見出す | |
患者が落ち着いたり,理解が得られた時に自身の怒りも落ち着く | 患者が落ち着くことで自身の怒りも落ち着く |
患者から理解が得られた時に自身の気持ちも落ち着く |
怒りをコントロールするために求める看護師への支援、重要だと考えること
カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|
チームとして対処することで安心感を得ながら患者に関わる | チームとしてフォローし合いながら患者に関わる |
マンパワーの充足 | |
不調患者には複数で関わることで安心感を得る | |
コミュニケーションの目的を考えながら関わる | 感情本位ではなくコミュニケーションの目的を達成する |
考えながら話をする | |
患者と関わるための時間的余裕 | 患者とゆっくり関わることでやりがいを感じることが必要 |
時間的な余裕が必要 | |
患者情報の共有とアセスメント力の向上 | 患者の攻撃性に関して事前情報があると良い |
看護の質,アセスメント力の向上 | |
怒りのコントロールの必要性を理解する | 自分の怒りのポイント,許容範囲を知っておく |
怒りの感情コントロールの必要性に対する共通認識 | |
怒ることの不都合を理解する | |
アンガーマネジメントを知ることで怒りについて考えるきっかけになった | |
理想的な行動をとることが難しいことを理解する | 患者に対して指示的な状況,命令したくなることを理解する |
実践として非倫理的なこともあったことを理解する | |
患者に対してやり返したくなることを理解する | |
看護実践を通して患者への怒りのコントロールを学ぶ | 看護を通して患者との相互作用の中で怒りのコントロールを学んだ |
経験を重ねることで怒りを自覚できるようになってきた | |
現場に即した統合的なアンガーマネジメントに関する教育 | アンガーマネジメントの活用の困難さと技術の未習得がある |
アンガーマネジメントに関する教育体制が必要 | |
考えを統合するために,仕事中に深く考える時間が必要 | |
型通りではない統合的な教育が必要 | |
現場レベルでの何気ない語りの場 | カンファレンスではなく何気なく怒りに関して話せる場 |
遠慮なく言い合える雰囲気の職場 | |
患者への怒りを他のスタッフに話して共有できる | |
現場の状況を知っている人への相談窓口 | |
職員が尊重され安心感のある風土 | 看護に対する意識の違いを理解し,個々が尊重される |
職員を守る風土 | |
怒りを否定せず当然あるものだという共通認識 | |
感情労働に対する対価を求める |
患者への怒りの認識、対処及び求める看護師への職場支援の各カテゴリーの分類
精神科看護師の認識として,患者の言動が【患者の性格に起因した不適応行動と思えた時に怒りを覚える】という特徴がみられた.また【説明しても理解が得られない患者に怒りを覚える】体験をしており,中でも〈知的に低い方に何度説明しても理解が得られず怒りを覚える〉という特徴がみられた.
「病状で被害妄想とか出る患者さんとかであれば理解はできるけど,そうではない患者さんで元々の性格による発言とかに怒りを感じる.(D氏)」
「ちょっと知的に低いような患者さんで,いくら説明しても分かってもらえないとか,悪さをしたりとか,全然響かなかったり,理解してもらえないとかはちょっとイラッとします.(H氏)」
また患者から【身体的暴力を受けた時は怒り以外の陰性感情が強い】様子がみられ,〈怒りより恐怖心があった〉,〈怒りより驚きの気持ちがあった〉,〈悲しい気持ちがあった〉というように,患者から身体的な暴力を受けた直後は怒り以外の陰性感情を覚えていた.
「いきなりのことで,エッという感じ.その時は恐怖ですね.(A氏)」
「もともとその患者は不穏になると暴力的になることは知っていたが,担当ナースとして,信頼関係がそこそこできているかなと思っていたので,暴力を受けた時は驚きが強かった.この暴力に関しては怒りはなかった.(D氏)」
2) 怒りの感情への対処精神科看護師は〈患者が嫌がることをしているので抵抗するのは当たり前だと思う〉と治療介入が患者にとって辛い体験になる側面があることを理解していた.その上で〈患者の状況や背景を想像する〉など【患者の置かれている辛い状況を理解する】ことで患者に対する怒りを軽減させていた.
「イヤだから抵抗するのは当たり前だよねみたいな感覚はある.(C氏)」
「相手の背景とか状況を色々と確認して,だからイライラしてしまったのかと考えると落ち着く.(D氏)」
また【患者の特性や病状だと理解し,患者からの理解や介入の限界があると考える】ことを実践しており,精神科患者の特性として社会性の乏しさがあったり,症状によって怒りや暴力を向けてくること,また看護介入による限界があることを理解することによって患者に対する怒りを軽減させていた.
「その人の病状とか,入院して来た経緯とかを理解してたから,ひどい言葉を言うけど,そうさせているのは病気だろうなって多分思ってたから,ちょっと一瞬イラッとしたけど,受け流せた.(F氏)」
また状況に応じて〈他のスタッフと協働して対応する〉や,患者に対する怒りを〈他のスタッフに共感してもらう〉など【1人ではなくチームで関わる】対処を行っていた.即自的な対処としては患者に対して怒りを覚えた際に時間的・物理的に【患者から距離をとる】ことを実践していた.
「患者さんが訴えてきても,いつものことだというように,ほかのスタッフとも共通認識を持つ.周りとも共有できるので,そうするとイライラは少ない.(D氏)」
「意識的に距離を置いて,一回下がってお茶を飲む,深呼吸もする,息を吐いたりとかしています.(E氏)」
さらに【患者が落ち着いたり,理解が得られた時に自身の怒りも落ち着く】体験をしており,患者との対話の重要性を理解し,患者と相互に関わることを対処として実践していた.
3) 怒りをコントロールするために求める看護師への支援,重要だと考えること精神科看護師は〈マンパワーの充足〉に併せて〈チームとしてフォローし合いながら患者に関わる〉体制や〈不調患者には複数で関わることで安心感を得る〉ことができる環境を求めていた.また職員ごとの看護に対するモチベーションの違いが尊重され,患者に対する〈怒りを否定せず当然あるものだという共通認識〉のもと【職員が尊重され安心感のある風土】を求めていた.
「人が複数いるのが一番いいかなと思う,安心感もあるし.複数いれば色んな考えで相手に接することができて,カッとなりにくいのかなと思います.(H氏)」
「怒りの感情を抱くことがダメじゃなくて,怒りの感情があることが当然だと大っぴらにできると,仕事に取り組みやすくなるかな.(F氏)」
怒りをコントロールするためには〈自分の怒りのポイント,許容範囲を知っておく〉こと,〈怒ることの不都合を理解する〉ことが重要であり,【怒りのコントロールの必要性を理解する】ことを共通認識として持つことが必要と考えていた.また患者とのコミュニケーションにおいて〈感情本位ではなくコミュニケーションの目的を達成する〉こと優先し,〈考えながら話をする〉ことが精神科看護師に求められると考えていた.
「看護側として自分自身が何されたら嫌なんだ,イライラするんだろうっていう怒りのポイントを知っておく.(B氏)」
「感情に任せて煽ることがないように,みんなセルフコントロールを考えながら対応するっていう認識を共通して持ってほしい.(D氏)」
また精神科看護師は〈アンガーマネジメントの活用の困難さと技術の未習得がある〉ことを感じ,アンガーマネジメントに関する教育を求める一方で,パターン化された教育ではなく【現場に即した統合的なアンガーマネジメントに関する教育】を求めていた.
「アンガーマネジメントが有効なのかどうなのか分からないが,そういう教育の体制とかはあったほうがいいんじゃないかなと思う.(F氏)」
「あんまり型通りの研修やったとしても,そんなに有効活用されないんじゃないかなってのは正直思います.(G氏)」
分析の結果〈知的に低い方に何度説明しても理解が得られず怒りを覚える〉という特徴が示され,精神科看護師は特定の疾患や行動を示す患者に対して怒りを覚えやすいという傾向があると考えられる.また木下・下里(2019)の研究によると精神科スタッフナースの怒り感情喚起因となる患者の攻撃は,身体的と非身体的要因があり,身体的要因の方が強い怒り感情を生起したとしており,本研究においても患者からの不意な攻撃性によって怒りの感情を覚えたことが示された.一方で,暴力を受けた時の感情としては,【身体的暴力を受けた時は怒り以外の陰性感情が強い】といったカテゴリーが抽出され,実際の身体的侵襲の体験による怒りの程度はあまり大きくない様子も伺えた.さらに患者との言語的なやりとりから怒りを覚えている様子が伺えたことから,日々患者からの暴力を想定した対応を求められる一方で,言語的な暴力に対して無防備である可能性が示された.
佐藤・近藤(2019)は陰性感情を抱く出来事が,患者の症状によるものであるとわかっていたとしても,患者の不適応行動を疾病の側面から理解することの難しさを示唆している.本研究においても,患者に対して怒りを感じる特徴として,【患者の性格に起因した不適応行動と思えた時に怒りを覚える】が示され,精神科看護師は患者に対する怒りという強い感情によって患者の疾患特性ではなく性格特性だと認識してしまうことに繋がっていると考える.この背景には,精神科看護の特性として患者との関係が長期に渡ることや,全人的に理解することが求められ,関係性が親密になることも影響していると考える.したがって,怒りを抱きやすい行動をとる患者の病態理解や,その行動の目的は何か,どのように解釈するのが良いのかを考える必要があると考える.
2. 怒りの感情への対処の特徴 1) 患者に依拠する内容患者に対して否定的な感情を抱いた看護師が前向きな関わりに至るプロセスにおいて,浮舟・田嶋(2014)は患者の言動を疾患による症状であることを理解してアセスメントし直すことができれば,状況を解釈し直すことが可能となると示唆している.本研究の精神科看護師も現実的には患者に怒りを覚える場面があり,常に葛藤しつつも,長期的な対処として患者をどのように理解するかに重点をおき,精神科医療における患者の立場を様々な視点から想像したり,疾患の特性として捉え患者理解を深めることで,患者への怒りの感情が起きにくいような心構えを有していた.一方で,精神科医療には患者にとってマッチしきれない現実があることを理解した上で,一歩引いた視点を持つことを実践していた.また【患者の良い面に着目したり,関わり自体から学ばせてもらっていると捉える】や価値観を柔軟に広げ患者尊重を重視することで患者への怒りの感情を軽減させていた.このことは,患者のストレングスの理解に繋がる視点でもあり,患者理解において重要であると考える.
2) 看護師自身に依拠した実際的な内容看護師自身を調整することで解決する対処として,予防的かつ長期的な対処として業務のスケジュールを組み替えたり,仕事のオンとオフを切り替えることを実践していた.また自身の看護師という立場を改めて考え,意識的に怒りを出さずに患者に関わることを実践していた.これらの前提として,精神科看護師は日々の実践において患者から怒りを感じることを自覚し,且つこの怒りの感情によって悪い影響がもたらされることを理解していた.したがって,患者に対して怒りを感じることがあるという視点の理解を深めることが重要であると考える.
本研究における精神科看護師は患者から落ち着いた様子が見られた時に自身の怒りも落ち着いており,対話や振り返りを通して患者と相互に関わり,患者の怒りを軽減させることも対処の1つとして実践していた.このことは,日々の実践を通して看護師自身が自己理解を深め,意識的に許容範囲を広げ,患者との相互関係を尊重しようとする姿勢から獲得されたものであると考える.また本研究の精神科看護師は〈看護を通して患者との相互作用の中で怒りのコントロールを学んだ〉としており,看護師自身の成長や経験をもとに対処を身に付けていた.実際の関わりとして,看護師自身の感情をフィードバックしたり,ユーモアを意識的に活用したり,患者が自身のイライラに気が付くことや看護師の思いの理解を促すことで前向きな関わりへの転換のきっかけとしていた.したがって,イライラしている患者に対してコミュニケーションをとる上での技術の理解と習得や,患者との振り返りの具体的な目的・目標を明確にすることが重要になると考える.
3) 周囲や環境の調整に依拠した内容怒りの感情を抑える即時的な対処として環境を調整したり,周りのサポートを活用し解決につなげる実践をしていた.先行研究においても,陰性感情の軽減に肯定的な評価が高かった対処行動として他のスタッフから支援を得ることが示唆されている(佐藤・近藤,2019).また怒りへの認識として【1人の状況の時に感情的になりやすい】が示されており,精神科看護師はチームとして複数で患者に対応することで,他人の視線を入れ落ち着いて対応したり,安心感を得ながら患者と関わり怒りの感情を和らげていると考える.
また患者に対して強い怒りを感じた場合には患者から時間や距離をとり,患者へ関わることから一度離れるというシンプルな対処をしていた.渋谷・高橋(2014)はいったん怒り心理反応が喚起されると,怒り抑制/制御のために多大な意識・努力することが必要であると示している.本研究の精神科看護師は怒りの感情が強い時には,攻撃的な気持ちが強くなったり,思考が鈍くなるため,このような対処に繋がっていると考えられる.また患者に対して看護師として責任感を持って関わろうとする意識や,仕事としてこの場を対処しなければという思いがある看護職にとって,その場から離れても良いという意識を持つことは安心感にも繋がり重要であると考える.
3. 怒りをコントロールするためのサポートへの示唆 1) 精神科看護師のアンガーマネジメントへの見解全ての研究対象者がアンガーマネジメントの存在は承知しており,8名の内3名は職場や外部の研修によりアンガーマネジメントの教育経験があった.しかしインタビューの結果,アンガーマネジメントにおいて,怒りを覚えた際は時間をおくや,深呼吸をするといった方法論が先行し,実践への活用の困難感や消極的な様子が示された.したがって,現状のアンガーマネジメントプログラムの内容では限界があり,患者に対する怒りが多岐にわたる点や,疾患や患者の個別性を考慮した精神科独自のアンガーマネジメントが必要であると考える.
2) 怒りをコントロールするためのサポート本研究における精神科看護師は,患者に対してチームで関わり,考えを共有したり安心感を得ながら関わりたいというニーズがみられた.また時間的な余裕を得ることで患者との関わりを通してやりがいを感じたり,看護としての充足感を得たいというニーズがあることが示された.したがって,不調な患者や執拗な訴えがある患者に対しては複数で対応することを徹底したり,患者との時間を確保するために職場の業務改善や仕組み作りを行っていく必要があると考える.
分析の結果,本研究における精神科看護師は,患者に対して怒ることの不都合さを理解した上で,スタッフ間で患者の情報やアセスメントを共有できることや,患者への怒りの感情というテーマを安心感がある中で発言・共有できる現場を求めていた.先行研究によると,ソーシャルサポートが少ないことがストレスを高め,高まったストレスが怒りの心理反応を喚起し攻撃行動として表出されることや,その心理過程に影響を与える(渋谷・高橋,2014)とされ,精神科看護師が陰性感情を軽減するためには,感情を表出し,周囲のスタッフと体験を共有することが重要で,それによって適切な対処が行えるようになる(佐藤・近藤,2018)と言われている.これらから,看護師それぞれに看護や仕事に対する思いの違いがあり,この違いが尊重され,安心して怒りというテーマに関して話し合える職場の雰囲気づくりが怒りのコントロールに繋がると考える.
また,求める支援としては患者に依拠するものではなく,周囲の環境調整及び看護師自身の研鑽に関わる支援の充足が重要であることが示唆された.すなわち,怒りと上手く付き合うためには,患者との相互理解をもとにした看護実践の振り返りや,患者に対する怒りなど一見非倫理的に見える事柄にも否定や孤立が生まれず倫理的な考えが深まるように話し合える場や,考えることを重要視した統合的な教育が重要であると考える.
本研究の結果は,X県内の2施設の精神科看護師8名のインタビュー内容を分析し得られたものであり,精神科看護師の患者に対する怒りの対処や求めるサポートのすべてを表したものではない.また急性期なのか,慢性期なのかといった病棟特性や組織文化の違いによって患者への怒りの要因が変わってくる可能性は否定できない.したがって,今後は病棟の特性や環境,及び看護している患者層の違いなどに着目しデータ収集し,更なるサポートやニーズを明らかにしていく必要がある.
本研究は,静岡県立大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.本研究の遂行にあたりご協力いただきました施設の対象者,職員の皆様に深く感謝申し上げます.
本研究における利益相反は存在しない.
YKは研究の着想から原稿作成までの全プロセスを遂行した.