2024 年 33 巻 2 号 p. 133-139
本調査は,日本精神保健看護学会の会員が所属する全国の看護基礎教育機関における精神看護学実習の実態と課題を明らかにすることを目的として実施した. 対象者は,日本精神保健看護学会の会員であり看護基礎教育機関において精神看護学を担当する教員とした.調査内容は,1)回答者と教育機関の概要,2)精神看護学実習施設の状況,3)精神看護実習の方法と内容とし,Webアンケートによる無記名自記式調査を行った.本調査の結果より,看護基礎教育機関の精神看護学実習における実習1クール当たりの学生人数,実習を実施する施設,実習を展開する方法,学生が活用する知識と技術の内容,実習期間,単位数,指導教員体制など,精神看護学実習の輪郭が浮かび上がりはじめたといえる.本調査結果は,精神看護学実習に関する更なる内容充実および課題の具体的な改善など,精神看護学の教育の質向上に向けて検討する際の重要な資料になり得るものと考える.
看護基礎教育における精神看護学は,1997年(平成9年)の看護教育カリキュラム改正により位置づけられた比較的新しい専門科目である.特に,その精神看護学における臨地実習は精神看護学の集大成となる学修科目であり,精神疾患を有する当事者と出会い,当事者理解や看護援助を通して精神看護の実践力を培う最も重要な学習の機会となる.
看護系大学の教育においては「看護学教育モデル・コア・カリキュラム」(文部科学省,2017)で定められた内容を指針とし,それぞれの大学が,創意工夫した教育を展開している.このような中,2022年の保健師助産師看護師学校養成所指定規則の一部改正では,各臨地実習の教育効果を高める観点から,臨地実習の単位を最低単位数の規定にとどめ各教育機関の裁量で一定程度自由に設定することを可能とした.
精神看護学の教育においては,臨地実習の方法の一つとして従来よりプロセスレコードを用いた教育(宮本,2003;和田・鈴木,2017)が取り入れられてきた.また,近年では当事者参加型教育(福永・佐々木・那須,2011)やデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用も積極的に試行されるようになった.さらに,臨地実習を行う場については,従来,入院医療施設で行うことが主流であったが,近年では精神障害にも対応した地域包括ケアの視点から地域の福祉施設を含む多様な場で行われるようになった.
しかしながら,全国の看護基礎教育機関においては,実際にどのような内容や方法で精神看護学実習が展開されているのか,その全体像はいまだ明らかにされていない.よって,本調査では,全国の看護基礎教育機関における精神看護学実習の実態と課題を明らかにすることを目的とする.本調査結果が明らかになれば,全国の看護基礎教育機関の精神看護学実習を担当する教員において,今後の精神看護学実習の内容の充実および,課題等を改善する具体策を検討する際の一助となると考えた.
本稿は,2023年度に実施した「看護基礎教育機関における精神看護学実習に関する実態調査」調査より,第1報として「~教育機関・実習施設・実習方法と内容について~」,第2報として「~教員の課題・意識~」について報告する.
対象者は,日本精神保健看護学会の会員であり,看護基礎教育機関において精神看護学を担当する教員とした.
2. 調査方法本調査は,2023年10月~2023年12月に実施した.本調査は日本精神保健看護学会学会員を対象とするメーリングリストを用い調査依頼文書を提示した.本調査は,Webアンケートによる無記名自記式調査とした.またアンケートフォーム上に調査協力への同意の有無についてのチェック欄を設け,送信完了以降は同意撤回ができないことについても記載した.
なお,学会員への調査依頼の前には,日本精神保健看護学会の理事会で承認を得た.アンケート回答の所要時間は,約15分程度とし,アンケート回答時の通信料は対象者負担とした.
3. 調査票調査内容は,1)回答者と教育機関の概要,2)精神看護学実習施設の状況,3)精神看護学実習の方法および内容に関する項目で構成した.なお,精神看護学実習で取り扱う内容に関する質問項目を作成する過程においては,看護学士課程教育におけるコアコンピテンシー(日本看護系大学協議会,2018)を参考に,精神科看護に関する内容を抜粋した.加えて,回答者に対してアンケートフォームでの回答に負担がないような表現へと変換し記載した.回答方法は,二者択一または,複数回答とした.さらに精神看護学実習における指導上の困りごとや課題について自由記載を求めた.
詳細は以下に示す.
1)回答者と教育機関の概要:回答者の職位,教育機関の所在地方および設置主体,看護基礎教育機関の種別,精神看護学実習担当教員数,精神看護学実習を履修する1学年の学生数,1クールあたりの学生人数,実習期間と単位数,臨地実習日数
2)精神看護学実習施設の状況:入院施設の概要,地域生活を支える施設の概要,教育指導体制,カンファレンスの実施状況,カンファレンスにおける参加者
3)精神看護学実習の方法および内容:活用する理論,教育方法,実習で取り扱う内容
4. 分析方法回答者の基本属性,精神看護学実習の内容等の量的データについては単純集計を行った.
5. 倫理的配慮本調査は,大阪公立大学大学院看護学研究科研究倫理審査委員会の承認(承認番号2023-41)を得た上で実施した.
本調査のWebアンケートによる無記名自記式調査に協力の得られた対象者数は55名であり,うち35名(64%)が精神看護学分野の科目責任者であった.
以下に回答者の概要の結果を示す.なお,精神看護実習の単位数については,記載の誤り(1単位)と思われる回答も取り扱った.
1. 回答者と教育機関の概要 1) 職位回答者の職位については,教授が17名(31%),准教授が13名(24%),講師が8名(14%),助教が12名(22%),その他が5名(9%)であった.
2) 勤務先の所在地方回答者の勤務先の所在地方については,北海道が2校(4%),東北が4校(7%),関東が17校(31%),中部が13校(24%),近畿が8校(14%),中国が3校(5%),九州が8校(15%)であった.
3) 設置主体の分類教育機関の設置主体の分類については,国立が9校(16%),公立が11校(20%),私立が35校(64%)であった.
4) 教育機関の種別教育機関の種別については,大学が48校(87%),短期大学(3年課程)が2校(4%),各種学校(3年課程)が5校(9%)であった.
5) 精神看護学実習の担当教員数精神看護学実習の担当する教員数については,1名が5校(9%),2名が9校(16%),3名が21校(38%),4名が16校(29%),5名が4校(7%)であった.そのうち,専任教員数については,1名が7校(13%),2名が13校(25%),3名が17校(32%),4名が13校(25%),5名が2校(4%)であった.さらに精神看護学実習担当教員のうち,非常勤教員数については,1名が7校(13%),2名が4校(7%),3名が1校(2%),5名が1校(2%)であり,特任教員については,1名が2校(4%)であった.また,少数回答として,その他の教員があり,1名が5校(9%),3名が1校(2%)であった.
6) 精神看護学実習を履修する1学年の学生数1学年あたりの学生数については,40人未満が2校(4%),40人以上60人未満が3校(5%),60人以上80人未満が11校(20%),80人以上100人未満が20校(36%),100人以上150人未満が18校(33%),150人以上が1校(2%)であった.
7) 精神看護学実習1クールあたりの学生人数精神看護学実習1クールあたりの学生人数については,最大人数で5~10名が22校(40%)と最も多く,次に,11~20名が19校(35%),21~30名が11校(20%)であった.また,31~40名が2校(4%),40名以上が1校(1%)であった.
8) 精神看護学実習の期間と単位数精神看護学実習の期間と単位数については,1週間1単位が1校(2%),2週間2単位が47校(85%),3週間1単位が1校(2%),3週間2単位が6校(11%)であった.
9) 精神看護学実習期間内における臨地実習日数(1クール当たり)精神看護学実習期間内における臨地実習日数(1クール当たり)については,7日が14校(25%),8日が20校(36%)で多かった.
2. 精神看護学実習の実施施設の状況 1) 入院施設の概要精神看護学実習を実施する入院施設については,精神科単科病院のみが27校(49%),精神科単科病院と総合病院が21校(38%),総合病院のみが5校(9%),入院施設で実習をしていないが2校(4%)であった.
2) 地域生活を支える施設の概要(複数回答有)精神看護学実習を実施する地域生活を支える施設については,就労支援施設が36校,精神科デイケアが36校,地域活動支援センターが23校,訪問看護ステーションが10校,精神科外来が6校であった.また少数回答(1~2校)では,グループホーム,自立訓練施設,サロン,資料館,公共職業安定所であり,対象施設がないとの回答は2校であった.
3) 教育指導体制(複数回答有)精神看護学実習における教育指導体制については,専任教員が毎日臨地に常駐して指導するが41校,専任教員が毎日臨地にラウンドして指導するが17校と多かった.また専任教員が実習期間の半数以上は臨地に常駐して指導するが3校,専任教員が実習期間の半数以上は臨地にラウンドして指導するが3校,臨地の実習指導者が主となり毎日指導するが8校であった.
4) カンファレンスの実施状況精神看護学実習におけるカンファレンスの実施については,回答者すべての教育施設おいてカンファレンスを実施していた.
5) カンファレンスにおける参加者(複数回答有)カンファレンスの参加者については,臨地実習指導者が54校で最も多く,次いで看護師長,主任等が18校,担当看護師が10校であった.その他,医師,薬剤師,作業療法士,精神保健福祉士,心理士等が5校であった.
3. 精神看護学実習の方法および内容(以下,複数回答有) 1) 精神看護学実習において活用する理論精神看護学実習において活用する理論については,オレム-アンダーウッドセルフケアモデルが43校で最も多く,次いで発達理論が28校,ペプロウが26校,対人関係理論が21校であった(図1).
精神看護学実習において活用する理論
精神看護学実習で行う教育方法については,1人の患者の受け持ちが52校,最終レポートの作成が45校,プロセスレコードによる振り返りが43校,看護過程の展開が39校であった(図2).
精神看護学実習における教育方法
①精神看護の基本となる内容(図3)
精神看護の基本となる内容
精神看護の基本となる内容については,個人情報の保護,プライバシーへの配慮,守秘義務が53校,基本的人権の尊重が51校,自己理解の必要性や方法,自己分析,相互作用が51校,コミュニケーションの原則と技術が51校で半数の回答を占めた.
②看護アセスメントに関する内容(図4)
看護アセスメントに関する内容
看護アセスメントに関する内容については,精神疾患の病態と症状が52校,個人のセルフケアが51校,ストレングスの視点に基づくアセスメントが50校と多くの回答を占めた.
③看護援助技術に関する内容(図5)
看護援助技術に関する内容
看護援助技術に関する内容については,日常生活援助技術が55校,自立支援の援助技術が49校,症状管理技術が47校,向精神薬の分類,向精神薬の作用機序が46校と多くの回答を占めた.
④安全なケア環境とチーム医療に関する内容(図6)
安全なケア環境とチーム医療に関する内容
安全なケア環境とチーム医療に関する内容については,医療安全対策が47校,チームの中での看護専門職の役割が45校と多くの回答を占めた.
本調査は,日本精神保健看護学会の会員が所属する全国の看護基礎教育機関における精神看護学実習の実態と課題を明らかにすることを目的として実施した.本調査の結果より,看護基礎教育機関の精神看護学実習における実習1クール当たりの学生人数,実習を実施する施設,実習を展開する方法,学生が活用する知識と技術の内容,実習期間,単位数,指導教員体制など,精神看護学実習の輪郭が浮かび上がりはじめたと考えられる.
しかしながら,本調査は,日本精神保健看護学会の会員に限定したものであり,回答者数が少ないことから,本研究の目的を達成するには,全看護基礎教育機関に協力を求めるなどの更なる調査が必要である.
本調査の結果は,精神看護学実習に関する更なる内容の充実および課題の具体的な改善など,精神看護学の教育の質向上に向けて検討する際の重要な資料になり得るものと考える.
本調査にご協力いただきました会員の皆様に心より感謝申し上げます.
本調査に関し開示すべき利益相反(Conflict of Interest; COI)はない.