2025 年 34 巻 1 号 p. 30-38
本研究の目的は,精神科看護師が,どのようにうつ病患者の自殺の危険性の切迫を予見しているのか,その体験を語りから明らかにすることである.精神科臨床経験が5年以上ある9名の看護師に,うつ病患者と関わる中で感じた自殺の切迫感や違和感などについて半構成的面接を実施した.看護師が患者の自殺の予見にどのような思考,感情,体験を伴っていたのかに焦点を当てて意味内容ごとに要約してコード化し,類似性と差異性を検討しながらカテゴリを生成し,質的帰納的に分析した.結果5のカテゴリ【患者の中にある深まる喪失感の捉え】【秘めた感情と表現の不一致さの感受】【関係性の壁と対処できない非力さへの怖れ】【うつ病期に起こる最悪な事態の想定】【今ここで再現するネガティブな体験】を生成した.精神科看護師は,過去のネガティブで痛みを伴う経験を固有の体験として意味づけし,自殺は救うことができる命と捉えながら,自分のもつ感覚に正直に向き合っていた.
The aim of the present study was to clarify how psychiatric ward nurses prognosticate imminent risks of committing suicide in patients suffering from depression based on the psychiatric nurses’ clinical experience. Semi-structed interviews were conducted on 9 nurses having 5 years or longer clinically working experience in psychiatric wards, with special attention given to the nurses’ ability to sense a state of urgency or something out of the ordinary in their patients’ speaking and behavior. After coding each answer, focusing on the nurses’ thoughts and feelings, the answers were qualitatively and inductively analyzed, and each item was categorized based on similarities or differences, and the nurses’ feelings and experience in noticing the patients’ desire to commit suicide. The results were classified into 5 categories: 1) understanding the patient’s deepening sense of loss, 2) sensing discrepancy between the patient’s hidden feelings and expressed attitudes, 3) presence of a barrier in personal relationship with the patient and a fear toward being powerless to cope with the patient, 4) prediction of the worst-case scenario during various depressive stages, 5) re-emergence of the nurse’s negative experiences being replayed on-site. Psychiatric nurses tried to find meanings of the individual experience even with their painful memory such as encountering their patient’s suicide in the past, and tried to be honest with their own intuitive sense obtained through clinical experience, believing that the patients’ suicidal act can yet be prevented and the life can be rescued.
世界保健機関(WHO)は毎年80万件の自殺者がいると報告し,自殺予防を最重要課題の一つとしてあげている(WHO, 2019).WHOの報告によると自殺者の96%が自殺企図の行動に及ぶ前に精神障害に罹患しており,中でもうつ病はその原因の第1位となっている(天賀谷ら,2011).またうつ病患者の自殺危険率は,一般人口と比較して高く,外来通院中の患者で約5倍,入院患者では約10倍,さらに自殺企図の既往を有する入院患者で約20倍に上昇し,自殺とうつ病との関連が指摘されている(Bostwick, & Pankratz, 2000).そのため,うつ病治療の現場では,常に自殺リスクを評価し,回避することが求められる.
自殺の危険が高いと思われる人への対応としては,TALKの原則(T: Tell, A: Ask, L: Listen, K: Keep Safe)があり,自殺の危険を感じたら話しかけ,自殺について尋ね,真剣に聴く姿勢で向き合うことが重要とされている(高橋,1992).しかし岩切らは,精神科病床のない一般病院の看護師は,自殺を話題にすることで,自殺の可能性を高めてしまうのではないかという恐れを抱きやすく,自殺を話題にすることにためらいがあり,自殺未遂患者やその家族への看護ケアを阻んでいると述べている(岩切・白石,2010).一方精神科看護では,過去に自殺企図のある患者と関わった経験を有するベテラン看護師は,過去の自殺企図の経験から感じとる自殺のリスクの予測を活用し,患者の状態から生じる違和感や患者のわずかな変化,自殺リスクを高める患者の背景を捉えて臨床判断を行い,介入していることが明らかになっている(西・福山・中井,2016;藤田,2013).また折山らは,自殺に直面した経験をもつ看護師は,自殺防止は可能であると考え,自分の経験を自殺予防の看護ケアに役立て,看護師が直面する自殺という困難な体験が,自殺リスクの感受性につながると報告している(折山・渡辺,2008).つまり,看護師の卓越した臨床判断は,様々な状況対応の蓄積と患者と看護師の相互交流の中で得られる小さな気がかりが結びついて展開され,自殺企図の回避に重要な意味を持つと考える.
Tannerは,臨床判断には臨床の知識とクリニカル・ジャッジメントの過程があり,臨床の知識は理論と実践の融合であると言う(Tanner, 2000).また,クリニカル・ジャッジメントの過程は分析的なものと直感的なものが相まった過程でもある(Corcoran, 1990a).BennerとTannerは,看護実践の場において直感は臨床判断に有用なものであるとし,この直感的な判断は,体験から得られた実践の知識が基礎となっていると述べている(Benner, & Tanner, 1987).しかし一方で,直感的判断は,公式化・形式化できるものではなく,体験的知識や直感的な過程は文脈の中でなければ意味をなさないのである(Corcoran, 1990b).そのため,看護師の体験を語りとして具体的に,詳細に聴くことで看護師の直感的判断をより深く知り,可視化していくことが看護の質の向上に繋がると考えた.
看護師が自殺の危険性が高いと察知して患者に介入した場面において,どのような臨床判断が生じ,患者-看護師間にどのような相互交流があるのか,その文脈を明らかにした研究はみあたらなかった.そこで本研究では,入院中のうつ病患者に対して精神科看護師はどのように自殺リスクを予見しているのか,その体験を看護師の語りから明らかにする.
精神科看護師は,精神科病棟に入院しているうつ病患者の自殺の危険の切迫をどのように感じて危険性が高いと予見しているのか,その体験を語りから明らかにする.このことにより,自殺リスクの臨床判断に必要な予見の能力を可視化し,自殺リスクの感受性を高めて危機回避を行うための看護の示唆を得る.
自殺の危険性が高い状態とは
患者自らが,死にたいもしくは自分を傷つけたいと思う願望にしばられ,自殺または自傷行為といった生命の危険が切迫している状態とする.
自殺リスクの予見とは
看護師が,患者の自殺企図の切迫の判断(クリニカル・ジャッジメント)に至る時間軸の中で,看護師固有の経験や感情,患者との関係性をもとに,定かではないが見逃せない兆候を捉え,理解・解釈をしようとする仮説思考とする.
体験とは
個人にとって特別な意味合いをもって心に留まっている経験とする.
本研究は,半構成的面接法を用いた質的記述的研究である.この方法を用いた理由は,看護師の思考や感情,印象に残った体験の生の語りを掘り起こし,意味内容に焦点をあてることを重視したためである.
2. 研究参加者総合病院精神科病棟および単科精神科病院に勤務する看護師のうち精神科病棟で5年以上勤務した経験があり,看護実践中に自殺企図が切迫していると察知した経験を有する看護師とし,データ収集時点で勤務している職場は問わなかった.5年以上精神科看護の経験を有することを条件としたのは,Bennerの中堅レベルの看護師の定義に基づき,看護実践において重要性・非重要性の識別力が備わり,現在の臨床状況を過去の状況と関連させて判断できるようになっており,それによって高い知覚スキルを活用できるようになっているからである(Benner, Tanner, & Chesla, 1996/2015).
3. データ収集期間2019年5月~2019年9月
4. データ収集方法研究参加者を募る方法は,看護師が集う研修会で本研究の趣旨及び方法について説明し,任意で参加を求めた.また,U県内の複数の精神科病院看護部長に研究協力の依頼をし,研究参加への依頼文書を看護師に配布してもらった.
本研究では,インタビューガイドを用いて半構成的面接を実施した.内容は,1)自殺の危険性が高いと察知したうつ病患者の特徴について,2)関わりを通して危険性をどのように察知したのか,3)過去の体験を踏まえて何を考え,どのような感情を抱いていたのかとした.なお,語られた事例の自殺の既遂・未遂については問わなかった.面接は1回約60分程度とし,1人1~2回,プライバシーに配慮した個室で実施した.面接内容は,研究参加者の許可を得てICレコーダーに録音し,面接場面での参加者の声の調子や表情,強調されている部分をフィールドノーツに書き残し,逐語録に補記した.
5. データ分析方法インタビュー内容はすべて逐語録に書き起こした.また,フィールドノーツは,語られている言葉とその時の感情に着目し,参加者にとっての固有の体験を抽出し,逐語録に補記した.逐語録を熟読し,看護師が患者の自殺の予見にどのような思考,感情,体験を伴っていたのかに焦点を当てて意味内容ごとに区切ったものを語りの内容に忠実に要約し,意味内容を表す名前をつけてコードとした.さらに,コードの類似性と差異性を検討し,サブカテゴリを生成し,類似するサブカテゴリを統合してカテゴリを生成し,質的帰納的に分析を行った.分析の過程では,常に生データに立ち帰って,語りの文脈の意味とコードの繋がりを検討した.
データの解釈に誤りがないかを参加者に確認し,真実性と厳密性の確保に努めた.また,分析の過程において,精神看護を専門とし,質的研究の経験豊富な研究者2名のスーパーバイズを受けた.
6. 倫理的配慮研究協力の意思を持つ参加者に,研究の趣旨と方法,研究参加は自由意思に基づき,途中での辞退が可能であること,参加・不参加に関わらず個人および所属施設が不利益を被ることは一切ないこと,プライバシーへの配慮と個人情報の保護,また結果を論文として公表することについて,文書と口頭で説明し同意を得た.得られたデータの保管および管理方法,データの廃棄について説明を行った.面接では,語りたくないことは無理に語らなくてよいこと,面接途中でも中止できることを保証した.さらに面接の最中に,過去の辛い体験が想起され感情を揺さぶられる場合は,すみやかに中断や配慮を行うことを伝え,精神的に不安定な状態が持続する場合は,臨床心理士などと繋がれるような協力体制にある旨を説明した上で面接を実施した.なお,本研究は,島根県立大学出雲キャンパス研究倫理審査委員会の承認を得た.(承認番号:272)
本研究の参加者は,30~50歳代の女性看護師9名であり,看護師の経験年数はいずれの者も10年以上を有し,精神科看護の経験年数は,最短5年,最長35年であった.過去に病棟内において受け持ち患者の自殺または自殺企図の経験を有する看護師は9名中6名であり,うち2名は自殺または自殺企図の場面に遭遇し直接対応した経験があった(表1).看護師が,自殺リスクが高いと判断し介入した事例の転機は,自殺の行動化が起きず未然に防げた事例が5例,自傷行為等の行動化がみられたが適切に対応できた事例が4例であった.インタビューの平均時間は63.5分であり,最短30分,最長が155分であった.
参加者 | 年齢 | 性別 | 看護師 経験年数 |
精神科 経験年数 |
資格・役割 | 自殺・自殺企図に 直面した経験の 有無 |
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A | 40代後半 | 女性 | 18年 | 10年 | なし | 間接的にあり |
B | 40代前半 | 女性 | 20年 | 5年 | なし | 間接的にあり |
C | 50代後半 | 女性 | 39年 | 35年 | 病棟管理者 | 直接的にあり |
D | 30代後半 | 女性 | 10年 | 7年 | 病棟管理者 | 直接的にあり |
E | 50代前半 | 女性 | 30年 | 30年 | 病棟管理者 | 直接的にあり |
F | 30代後半 | 女性 | 17年 | 17年 | 精神科 認定看護師 |
直接的にあり |
G | 40代前半 | 女性 | 20年 | 12年 | 精神看護 専門看護師 |
直接的にあり |
H | 40代後半 | 女性 | 25年 | 11年 | 病棟管理者 | 直接的にあり |
I | 30代後半 | 女性 | 16年 | 6年 | なし | 間接的にあり |
自殺リスクの予見に至る体験では,5のカテゴリ【患者の中にある深まる喪失感の捉え】【秘めた感情と表現の不一致さの感受】【関係性の壁と対処できない非力さへの怖れ】【うつ病期に起こる最悪な事態の想定】【今ここで再現するネガティブな体験】と12のサブカテゴリを生成した(表2).以下,【 】はカテゴリ,〈 〉はサブカテゴリ,語りは「 」で記述し,語りの最後に付けているアルファベッドの( )は研究参加者を指す.
カテゴリ | サブカテゴリ | コード |
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患者の中にある深まる 喪失感の捉え |
抑うつの背景に 多重の喪失があると捉える |
社会的な役割を失う状況にある |
慢性的な健康の喪失がある | ||
未来に対する希望が見いだせない | ||
過去に重要な人との別れがあり孤独と感じる | ||
頼りにする人の喪失が 今ここにあると捉える |
今まさに家族との関係を失う状況にある | |
頼れる支援者との別れを経験している | ||
秘めた感情と表現の 不一致さの感受 |
取り繕いの表情を察知する | 不自然な笑みがすぐに平坦になる |
笑いでごまかしていると感じる | ||
言動が一致していないことに 気づく |
大丈夫という言葉と態度が一致しない | |
文脈の中で不釣り合いな表情がある | ||
困りごとの事実を言葉で伝えてこない | ||
経過の文脈の中で 違和感を感じる |
これまでにない突飛な様相に違和感をもつ | |
日頃の様相との違いを感じる | ||
関係性の壁と対処できない 非力さへの怖れ |
関係を閉ざされそうな 感覚を抱く |
関わりを拒まれ線引きされた感覚になる |
関わりへの抵抗を感じる | ||
潜在する行動化に 対処できない怖さを感じる |
表出しないまま行動化することの怖さを感じる | |
自分の力では対処しきれない恐さを感じる | ||
うつ病期に起こる 最悪な事態の想定 |
うつ病の急性症状の 直中にあると捉える |
自殺企図のエピソードが生々しさをおびている |
あらゆる角度からみて抑うつの極期にある | ||
急激なうつ状態の 悪化の兆候を感じる |
急に眠れなくなっていることを察知する | |
急激に落ち込んで閉じこもるのは直感的におかしいと感じる | ||
回復し行動化できる 時期にあると気づく |
外泊中にきっかけのない自傷行為があるのは危ない時期にある | |
抑うつ気分が回復する過程に行動化が潜んでいる | ||
今ここで再現する ネガティブな体験 |
過去のトラウマが蘇り 感情が揺さぶられる |
自殺未遂を発見した場面を想起する |
完遂された自殺から最悪の事態がよぎる | ||
過去の体験が過剰な気がかりを生む | ||
兆候をとらえきれずに 防げなかったことを想起し悔やむ |
自殺の訴えを軽んじた自分を悔やむ | |
気づけず対応できなかった自分への責めがある |
【患者の中にある深まる喪失感の捉え】は,2のサブカテゴリ〈抑うつの背景に多重の喪失があると捉える〉〈頼りにする人の喪失が今ここにあると捉える〉で構成された.このカテゴリは,看護師が患者の抑うつ気分の背景に,社会的な役割の喪失や病による慢性的な健康の喪失,重要な人との別れの経験があると捉えることである.このことを踏まえたうえで,看護師は患者が今現在頼ることのできる存在を失うという不安の中にいること,近い将来にも希望を見出すことができずにいると把握していることを示していた.
看護師は「患者さんは,元々はバリバリと会社勤めで働いてこられた方ですが,50代半ばから癌になって,10年間闘病される中で仕事を失って,役割を失くし,そのような中で定期通院のたびに癌が再発しなくてよかった…(F)」と一喜一憂する姿を捉えていた.患者が社会的な役割を失い,癌という慢性的な健康の喪失があることに加えて,「入院当初はパートナーの面会が頻回にあったのに…それが徐々に途絶えてきて…患者がポツリと“もう妻にもあきれられたかな”というような言葉も聞いた時に,あんなに親密だったのに(面会もなくなって)離れていくのは,状況としては不安定になる要因の一つだと感じていた(F)」と語るように,今まさに家族を失う状況が抑うつ気分を強めると捉えていた.また,「(その)患者さんは…(中略)お仕事も十分継続ができないし,生活をしていくことも難しかったり,結局は入院中に離婚もされて…今後の生活のイメージが描けないし,生きがいとか,そういうところの見出し方ってちょっと難しいのではないかという風に(その人を)観ていた(G)」と語り,患者がこれからの未来に希望が見いだせない状況にあることや,「看護師が病棟を異動するって患者さんにはすごくストレスになるのかなって…(中略)環境の変化って,うつ病の患者さんにとってすごいストレスになると感じている(C)」と語り,過去から現在に向けて度重なる喪失に加えて,今まさに家族や頼れる支援者との別れを経験していることを捉えていた.
2) 【秘めた感情と表現の不一致さの感受】【秘めた感情と表現の不一致さの感受】は,3のサブカテゴリ〈取り繕いの表情を察知する〉〈言動が一致していないことに気づく〉〈経過の文脈の中で違和感を感じる〉で構成された.このカテゴリは,看護師が患者を目の当たりにした時に,内に秘めた患者の思いが不自然に取り繕われていると感じたり,言葉と態度が一致していないこと,これまでの様相と比較して感じる不自然さを違和感として捉えていた.
看護師は,「(大丈夫ですかと)問いかけると,“大丈夫”という言葉が返ってくるけど…明らかに表情が硬くて,言葉とは裏腹な表情というのが見て取れる…だからこの表情だったらこれは本音じゃないなって思う(A)」と語り,患者が表情を取り繕って思いを隠していると感じていた.「患者さんには,ここ最近にはないような,へらっとするような言い方で…(中略)たしかに調子のよい時にはそのような,冗談めいてにこやかに話をされたりもするんですけれど…(中略)でも前後の状況からすると,なんかこんな冗談めいて返答されることに違和感を感じた(F)」と語るように,目の前の患者の言葉と態度が一致していないと感じ,本音ではないと捉えていた.また看護師は「いつもと違って,眠れない,食べれないことや,表情とか言動とかそういうのがいつもと違うっていうのがすごく気にはなります…なんかおかしいと感じた(C)」,「その方は元々人に配慮する人なのに,突然周りの人が驚くような大きな声をあげるということがあって…この状況はもう周りが見えなくなっているというようなところまできておられるのかなと思って…(中略)もうこれはちょっと危ないのではないのかなという風に感じた(F)」と語りその患者をよく知っていることによって日頃の患者の様子の変化に違和感を感じていた.
3) 【関係性の壁と対処できない非力さへの怖れ】【関係性の壁と対処できない非力さへの怖れ】は,2のサブカテゴリ〈関係を閉ざされそうな感覚を抱く〉〈潜在する行動化に対処できない怖さを感じる〉で構成された.このカテゴリは,看護師が患者を理解しようと前のめりに関わろうとすることに反して,患者が会話を拒んだり,視線を合わせようとしない様子を示していた.看護師は関りを拒まれ,寄り添うことが難しいと感じ,患者が胸の内を表出しないまま,衝動的に自殺の行動を起こすかもしれない怖さや,看護師自身の力が及ばず,患者を助けることができそうにない予見から生じる非力さへの怖れから不安や緊張状態を現わしていた.
看護師は,「(声を掛けた時に)患者さんがもう大丈夫だから…もう関わらないでほしい,みたいなオーラを発してたんだろうね,きっと…これ以上私(患者)の中に踏み込んでこないでっていう,線引きみたいな…(聞きようによっては)大丈夫とも捉えられるんだけど…だけど大丈夫じゃないって(私は)感じて,(だから)これはなんかどうにか関わらないとって思った(A)」と語るように,患者に関わろうとした際に患者から壁を作られ閉ざされる感覚をもち,看護師自身が患者に関わることに難しさを感じていた.また看護師は,「怖いなって…入院して私たちが関われるのに,関わっているのに,(それでも思いを表出しないまま)そんな効果なくその人が最悪の結果を選んじゃうっていうのは,やっぱり怖いなって思いますね(F)」,「(自殺の行動化が起こった)時に処置じゃないけど,できるかなあ…っていう不安というか…怖さがある(A)」と語るように,患者が思いを表出しないままに自殺の行動化を起こすのではないかという怖さと同時に,自殺が起きた時に自分の力が及ばず対処ができないという怖れを抱いていた.
4) 【うつ病期に起こる最悪な事態の想定】【うつ病期に起こる最悪な事態の想定】は,3のサブカテゴリ〈うつ病の急性症状の直中にあると捉える〉〈急激なうつ状態の悪化の兆候を感じる〉〈回復し行動化できる時期にあると気づく〉で構成された.このカテゴリは,患者の自殺企図の生々しい状況が看護師の感覚の中にとどまっており,患者の抑うつ症状が依然として強く,衝動性も高い状態にあると捉えることや,うつ状態が急激に悪化している兆候を感じとること,患者がうつ病の回復期にあり行動化できる時期にあることに気づき,うつ病期や行動化の切迫を察知する感覚の程度を示していた.
看護師は「その方は男性で,自宅でベルトか何かで(首を)絞めようとしておられたのを奥さんが(発見して)慌てて受診してこられて…入院してからもいつそういうことをされるかはわからないと思っていました(I)」,「もう表情とオーラ…(中略)疲労感というか(中略)思考が回ってなくて反応が乏しかったり…(中略)もう本当に心ここにあらずっていう感じだったから症状が強いかなって感じた(B)」と語るように,自殺の計画が生々しくあり,急性症状の直中にあると捉えていた.また看護師は「それまで寝れてたのに…不眠時薬の使い方とかが増えてきて…(寝れない日が)多くなってきているということを察知していた(G)」,「いつもは外出届を出して,自分で売店に行ったり,外出されていたのに,このたった3日間の間に,お部屋からあまり出てこられないっていうような情報を聞いたときに,たぶん自分の直感だと思うんですけど…なんか,おかしいぞって思った(C)」と語るように,うつ病の悪化の兆候として急に眠れなくなったり,急に落ち込んで閉じこもることはうつ病が悪化している兆候だと感じていた.また看護師は家族から外泊中の自傷のエピソードを聞いた際に,「特にこれといったきっかけがあったわけではなかったみたいですけど…でも外泊ができるところまで(良くなった)状況と考えたら,うつの回復の時期が危ないと考えました(H)」と語るように,外泊中の患者の自傷行為はうつ病の回復過程の中でおきていると気づき,自殺の行動化が潜んでいる可能性があると感じていた.
5) 【今ここで再現するネガティブな体験】【今ここで再現するネガティブな体験】は,2のサブカテゴリ〈過去のトラウマが蘇り感情が揺さぶられる〉〈兆候を捉えきれずに防げなかったことを想起し悔やむ〉で構成された.このカテゴリは,過去に看護師が経験した自殺未遂や自殺を完遂された事例が鮮明に蘇り,目の前の患者と重なることによって,最悪の事態を連想し,過剰な気がかりを生んだり,そのことを未然に防げなかった自分への責めや後悔がみられた.
看護師は「(その人と関わった時)今までの経験の中で,実際に自殺企図をした人とか,完遂された人も看た中で,やっぱり感じるのは,もうここで…そのまま危ない…このままだと…ほんとに最悪なことになると思う(F)」,「自分の心拍数も上がってくるし,なんかこの人気になるというか…心配だなっていう…過去の(自殺に遭遇した場面)…その時に湧き起こった感情も一緒にたぶん出てきているんだろうなと思って…(患者のことが)心配になる(G)」と語るように,今目の前の患者と過去の体験が重なり最悪の事態が脳裏をよぎることで,確証はないがこのまま何もしなければ最悪な事態が起こるかもしれないと感情が揺さぶられていた.また,「実際にもう亡くなられたという方なんですけど…けっこう死にたい死にたい…体が変で…という訴えが頻繁にあって…その都度(中略)“大丈夫ですよ”っていう感じで対応をしてたけど…結局のところ,身体的な苦痛を苦に無断外出をしてその先で(自殺された)…あんなに,“死にたい死にたい”って言っていたのに…それを(中略)ほんとに…きちんと対応…できてなかったんで…(F)」,「私が新人だったころ,私が部屋担当した日の夕方に,姿が見えなくなって…結局大量服薬をしていて…他の先輩方は聞くとなんかちょっとおかしい感じがあったって気づいていたんだけど,自分は(中略)わからなかったので,先輩のようには患者さんの自殺の兆候に気付けなかった(F)」と語るように,過去に自分が患者の訴えを本気で受け止められなかったことや,自分が患者の異変の兆候に気づけずに,十分に対応できなかったと悔やむ気持ちが蘇えってくる様子が見られた.
うつ病患者に対する自殺リスクの予見を行う精神科看護師の体験には,【秘めた感情と表現の不一致さの感受】【今ここで再現するネガティブな体験】がみられ,看護師は,無力感を抱えながらも過去の苦い体験をなかったことにせず,その体験を持ちこたえながら目の前の患者に向き合っていた.
医療の現場において,看護師が自殺や自殺企図に直面することは,看護師に根深い恐怖の汎化を引き起こし,助けられたはずなのに助けられなかった自分への罪責感を抱かせ(古川,2009),看護師にとって耐えがたい体験となる.実際に精神科医療の中で患者の自殺に遭遇した看護師には,2つの反応がみられることが明らかになっている.1つは,精神的衝撃が継続し,直面化を回避するため,自殺は防げないものだという認識に至る傾向,2つ目は,精神的衝撃が緩和し自殺を風化させず次のケアに生かそうとする立ち直りの反応である(寺岡,2010).つまり,前者は,患者の自殺という辛い体験への直面化を避け,看護師の心の痛みをやわらげる対処である.一方で,本研究のように過去に自殺に直面した看護師は,その経験から〈過去のトラウマが蘇り感情が揺さぶられる〉,〈兆候を捉えきれずに防げなかったことを想起し悔やむ〉といった,避けて通りたいネガティブな体験を振り返ることによって,自殺リスクの予見に生かしていることが明らかになった.よって,看護師の直感の醸成のためには,本来であれば無意識に追いやられてしまいそうなネガティブな経験をありのまま受け入れ,忘れがたい固有の体験として意味づけされることが重要であると考える.
古川は,入院中に自殺に直面した看護師の体験は辺縁に追いやられ,感情が取り扱われない(古川,2009)としている.実際に,臨床では自殺や自殺企図が起こった時,多くは事故防止の観点からのリスク対策に留まっており,自殺や自殺企図に直面した看護師は,個人的に時間をかけて乗り越えようとしているのが現状であろう.本研究では,過去のネガティブな体験を意味づけしていく作業が,自殺の予見を直感する感度を上げる力となることを述べてきた.このように,ネガティブな体験を捉え直す作業には,自分を俯瞰する力が必要であると考える.
武井は,過去の体験をとらえなおす作業は容易なものではなく,深く埋め込まれた記憶を取り戻すことは激しい苦痛を伴うため,身体的にも感情的にも安全な場と,受け入れてくれる仲間が必要である(武井,2006)と述べている.しかし効率化や成果主義が求められる医療現場の中で,感情や体験を共有する場は少ない.安全な環境でお互いの体験を共有できる場づくりをしていくことは,看護師が自己の体験に直面し,体験した自分を労り,意味づけていく作業につながる.そして,看護師一人ひとりが,希死念慮を有する患者に耳を傾け,踏み留まり続けながら患者と共に歩む力になっていくのである.それは方法論では決して養えない,患者の自殺という危機を共に回避していく力になると考える.
2. 看護への示唆本研究において,看護師は患者との関係性の中で,患者の日頃の反応との違いや様子の変化を察知して自殺リスクの予見につなげていた.Tannerは,「患者を知ること」には2つの異なる知があるとし,1つは患者の典型的な反応パターンを知っていることで,その状況の事象が顕著に重要なこととなって感じられること,そして表出されている患者の様子を普段の患者像と質的に比較できることだと述べ,それにより患者に合わせたケアを特定化することが可能になると述べている(Tanner, 2000).つまり,患者との関係性を基盤として,普段の様子との変化から感じ取る違和感やひっかかりを重要な情報として共有していくことが,自殺リスクの回避につながっていくものと考える.
また,うつ病患者は抑うつ気分を中心とした精神症状だけではなく,睡眠障害や食欲低下などの身体症状を伴い,行動面にも変化が現れる.また,うつ病の自殺は病初期や症状がやや改善した時に多く,気分と言動の両面に注意が注がれる.本研究でも,看護師は患者の病期や,精神症状だけではなく身体症状,行動面から患者の症状の変化を捉えている様子がみられた.うつ病の自殺リスクの予見においては,患者の病期や日内変動から患者の意欲・行動というエネルギー量を考慮することに加えて,患者の精神面や身体面を総合的に捉えていくことが重要になると考える.
本研究は,精神科看護師のうつ病患者の自殺リスクの予見について看護師の過去の印象深い体験を語ってもらった.看護師の語りを大切にする意味は,直感が分析的判断よりも正確にその状況を捉えることが可能であり,看護師の実践力を高めるためには,直感について掘り下げていく必要があったからである.本研究では,言葉になりにくい直感が,看護師の体験として豊かに語られたことが,新規的な部分である.しかしながら,参加者が9名に限られた点では,研究を一般化することはできない.今後は本研究で得られた示唆を基に,精神科看護における自殺の予見における直感を,一般の臨床実践の中でどのように応用していけるのか,発展的な研究が求められる.
1.自殺リスクの予見に至る体験には,5のカテゴリ【患者の中にある深まる喪失感の捉え】【秘めた感情と表現の不一致さの感受】【関係性の壁と対処できない非力さへの怖れ】【うつ病期に起こる最悪な事態の想定】【今ここで再現するネガティブな体験】を生成した.
2.自殺というネガティブな体験に意味づけする作業は痛みを伴う.そのため,過去のネガティブな体験を今後の自殺の予見につなげていくためには,日頃から感情を共有できる場が必要である.
本研究にご協力頂き,率直に体験を語って下さいました看護師の皆様,研究にご協力下さいました看護部長様はじめ病院関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.なお,本研究は,島根県立大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.
本研究における利益相反は存在しない.
KTは研究の着想から原稿の執筆までの全過程を実施した.OMとITは,精神看護学の視点から研究の全過程において助言・示唆をした.両著者は最終原稿を読み承認した.