2025 年 34 巻 1 号 p. 39-48
目的:認知症治療病棟の看護師がアルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスを明らかにする.
方法:アルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断の体験を持つ認知症治療病棟の看護師12名を対象に半構造化面接を行った.分析はM-GTA法を用いた.
結果:24個の概念から2カテゴリと7サブカテゴリが生成された.アルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断プロセスの基盤は,【安全基地の土台を作る】ことであった.プロセスは,アルツハイマー型認知症患者の心理的安全性を確保する方略を含み,「個」としての対象把握が予兆の読み取りの重要な要素となっていた.看護師は,【攻撃的行動の予兆の検証】と【攻撃的行動を回避する方略】の繰り返しにより,臨床判断の精度を向上し,アルツハイマー型認知症患者の対象理解を深めていた.
結論:認知症治療病棟の看護師がアルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断は,【攻撃的行動の予兆の検証】と【攻撃的行動を回避する方略】の繰り返しによりなされていた.
Purpose: To understand the clinical judgment process of nurses at dementia treatment wards when identifying early signs of aggressive behavior in patients with Alzheimer’s disease.
Method: Semi-structured interviews were conducted with 12 nurses from a dementia treatment ward, all of whom had experience in identifying early signs of aggressive behavior in patients with Alzheimer’s disease. Data were analyzed using the Modified Grounded Theory Approach (M-GTA).
Results: Two categories and seven subcategories were identified from 24 concepts. The basis of clinical judgment processes when recognizing signs of aggressive behavior in patients with dementia was to establish a foundation of safety. This process included strategies aimed at ensuring the psychological safety in patients with Alzheimer’s disease, with an emphasis on understanding each patient as unique, which was crucial for accurately interpreting signs of aggression. Repeating the processes of verifying signs of aggressive behaviors and using strategies to prevent said aggressive behaviors encouraged the nurses to develop a deeper understanding of their patients, and the accuracy of their clinical judgments improved.
Conclusion: The clinical judgment process of nurses at the dementia treatment ward regarding identification of early signs of aggressive behavior in patients with Alzheimer’s disease was based on repetition of identification of signs of aggressive behavior and utilization of measures to avoid aggressive behavior.
2023年現在,精神科病院に入院している認知症患者数は4.9万人で,20年間で約1万人増加しており(厚生労働省,2003),特にアルツハイマー型認知症による入院が多い(厚生労働省,2023).行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:以下BPSDとする)悪化により入院した患者は「興奮」「暴力(攻撃)」によるトラブルが多く,我が国の入院長期化の一因となっている(厚生労働省,2009).先行研究では攻撃的行動などのBPSDは,非常に個別性が高く(鈴木,2017),攻撃的行動の要因には,周囲の騒がしさなどの環境要因,失禁や疼痛による不快などの生理的要因,孤立感などの社会的要因,恐怖感などの感情的要因,機能障害に起因した望まない介助による機能的要因などがあり(鈴木・吉浜,2005;牧野・太田,2016;Roberton, & Daffern, 2020;岡本・小山,2021;Saina, 2021;Graham, Fielding, & Beattie, 2022),看護師は攻撃性への対処を試行錯誤していた(Saina, 2021;武井・畦地,2022).さらに攻撃性を引き起こす要因の特定により看護師は効果的な対処ができ,攻撃性の改善が可能になることが明らかになっていた(鈴木ら,2008;Saina, 2021).しかし,何らかの要因により攻撃性が切迫した認知症患者の攻撃的行動の予兆の読み取りに関する報告は確認できない.そこで本研究は,認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る体験を有する認知症治療病棟の看護師が,アルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスを明らかにすることを目的とする.その意義は,認知症患者の攻撃的行動の予防策となり,BPSDに関連した認知症患者の入院期間短縮のみならず,攻撃的行動の予兆を読み取る看護師の臨床判断能力向上の一助となることである.
文献検討の結果,本研究のテーマについて十分な検討が行われていないため,質的記述的研究デザインとした.
2. 用語の定義 1) 攻撃的行動の予兆本研究では,介護抵抗を含む認知症患者が何らかの刺激に反応して興奮し,他者に暴言や暴力を呈する行動を攻撃的行動とし,攻撃的行動前に認知症患者が無意識的に表出している攻撃的行動への移行の合図を攻撃的行動の予兆とする.
2) 臨床判断Tanner et al.(1993)が提唱する臨床判断を参考に,本研究では看護師が,「1.攻撃的行動の前に認知症患者が無意識的に表出している攻撃的行動への移行合図のパターンを見極めること,2.攻撃的行動前の典型的な認知症患者の状況と比較し,その時点での攻撃的行動への移行リスクを見極めること,3.各々の認知症患者の攻撃的行動と疑わしい行動への対応や介入を個別化できるよう,認知症患者を理解すること」とする.
3. 研究協力者の選定基準1)精神科病院の認知症治療病棟で看護師として3年以上継続勤務し,アルツハイマー型認知症を主疾患とする患者の攻撃的行動の予兆を読み取る体験を持つ者
2)A県内,B県内の認知症治療病棟を有する精神科病院の看護管理者に,研究依頼文書を用い説明し,許可を得た後,研究協力者の選定基準を伝え,選定された看護師に研究者が直接研究協力依頼をし,同意を得た12名程度を研究協力者とした.
4. 研究期間2021年3月~2022年4月をデータ収集期間とした.
5. データ収集方法研究者が作成した面接ガイドを用い,「アルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取った体験」について,半構造化面接法を用いて実施した.面接ガイドの内容は①印象に残った攻撃的行動の予兆,②攻撃的行動リスク上昇の判断基準,③認知症患者に起きている状況のとらえ方,④攻撃的行動のリスク上昇判断時の対応,⑤対応による認知症患者の反応,⑥対応による効果のとらえ方,とした.面接はプライバシーの保たれる環境で行い,同意を得たうえでメモ,録音,録画(オンライン面接の場合)のうえ,個人情報は削除し逐語録を作成した.
6. データ分析方法データは,木下(2003)が開発した修正版グラウンデット・セオリー・アプローチ(以下,M-GTAとする)を用いて分析した.M-GTAは,社会的相互作用とプロセス性のある事象に適しており,結果が実践的活用に活かされる.認知症治療病棟の看護師は,患者・家族や他のスタッフとの関わりにおける相互作用があり,攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断における思考や行動はプロセス性をもっている.さらに,結果の実践的活用が求められることから,本研究に適合するためである.分析テーマを「認知症治療病棟の看護師がアルツハイマー型認知症を主疾患とする患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセス」,面接を受ける看護師の視点を通して認知症患者の意味の解釈を行いやすくするため,分析焦点者を「攻撃的行動の予兆を読み取る体験を持つ認知症治療病棟の看護師」と設定し,2つの視点で絞り込んでデータを解釈した.分析の手順は以下のとおりである.①分析テーマに関する内容が豊潤な協力者を1名選び,分析ワークシートの理論的メモ,定義,概念名,を記載しながら最初の概念を生成した.②2つ目以降の概念は,対局比較,類似比較の観点で継続的比較分析を行い生成した.③12名以降は,新たな概念が生成されなくなったため,小さな理論的飽和化と判断した.④概念相互を比較検討し,概念の取捨選択を繰り返した.⑤複数の概念のまとまったものをサブカテゴリ,カテゴリとし,関連する概念同士の関係を吟味し収束化を行った.⑥概念同士の関係やカテゴリ,サブカテゴリ間の関係を検討し,結果図とストーリーラインを作成した.これら①~⑥の過程は,概念の相互比較,カテゴリについてのアイデア,データでの確認が必要な解釈的疑問などを理論的メモノートに記載しながら進めた.概念生成および結果図作成において研究者間で納得が得られるまで修正を繰り返し,すべての分析プロセスは,M-GTAの有識者のスーパーバイズを受けた.
本研究は,関西福祉大学看護学部倫理審査委員会(承認番号:関福大第2-1212号)の承認を得て行った.研究協力候補者に,直接研究依頼文書を用いて,研究の趣旨,目的,方法,研究参加は自由意思であり,研究同意後に同意撤回しても不利益を受けないこと,研究を通して知り得たプライバシーにかかわることは一切他言しないこと,逐語録の作成時に個人識別情報は匿名化し,内容的に個人が特定される可能性があるデータは抽象化のうえ,学会・学会誌において公表すること,データは研究のみに使用し,面接内容の記録は10年間保管の後,破棄すること等について説明した.協力の有無に関する情報は看護管理者には一切伝えなかった.面接の際,感染症予防に留意し,オンラインでの面接希望に配慮した.
| ID | 年齢 (歳代) |
性別 | 臨床経験 年数 (年) |
認知症 治療病棟 経験年数 (年) |
面接時間 (分) |
面接方法 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| A | 20 | 女 | 5 | 5 | 45 | オンライン |
| B | 60 | 女 | 42 | 7 | 40 | 対面 |
| C | 50 | 女 | 23 | 9 | 35 | 対面 |
| D | 50 | 男 | 32 | 9 | 40 | オンライン |
| E | 50 | 女 | 28 | 7 | 60 | オンライン |
| F | 50 | 女 | 36 | 12 | 34 | オンライン |
| G | 40 | 女 | 27 | 5 | 60 | オンライン |
| H | 40 | 男 | 18 | 3 | 40 | オンライン |
| I | 60 | 男 | 27 | 6 | 35 | オンライン |
| J | 50 | 女 | 26 | 6 | 30 | オンライン |
| K | 50 | 女 | 4 | 3 | 40 | オンライン |
| L | 40 | 女 | 4 | 3 | 40 | オンライン |
研究協力者は,2県内にある精神科病院の認知症治療病棟で臨床経験3年以上を有し,アルツハイマー型認知症を主疾患とする患者の攻撃的行動の予兆を読み取る体験を持つ看護師12名とした.研究協力者の認知症治療病棟での臨床経験年数は3~12年であった.面接方法は対面2名,オンラインが10名,面接時間は30~60分で平均40分であった.
2. ストーリーライン分析の結果,「認知症治療病棟の看護師が攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセス」を構成する24の概念が生成され,2カテゴリと7サブカテゴリが抽出された.その内容を図式化して結果図を作成し(図1),文章化してストーリーラインを作成した.以下,カテゴリを〔 〕,サブカテゴリを【 】,概念を《 》とし,内容を示す.

本研究の対象となった看護師が実践していた「攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセス」は,〔攻撃的行動の予兆の検証〕と〔攻撃的行動を回避する方略〕の繰り返しによりなされている.〔攻撃的行動の予兆の検証〕は,看護師は【ありのままの対象把握】により,「素」の認知症患者を理解し【何かが起こりそうな予感】を察せるよう感度を高め,常にアンテナを張り巡らせている.「個」としての認知症患者を理解することは,認知症患者の攻撃的行動の素因を見極める【手探りの要因探し】を強化し,【予兆の検証】により,認知症患者の予兆を確信づけている.さらに,攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスは,〔攻撃的行動を回避する方略〕の段階へと移行する.看護師が認知症患者の【安全基地の土台を作る】ことは,「素」の認知症患者を表出しやすい環境を整えるとともに平穏な認知症患者でいられることを支え,【攻撃的行動に対する備え】のみならず,【攻撃的行動への移行を回避】しており,一連の過程はともに呼応し合っている.〔攻撃的行動の予兆の検証〕は,予兆を読み取る臨床判断の精度を向上し,〔攻撃的行動を回避する方略〕は認知症患者の対象理解を深めている.以上のように,認知症治療病棟の看護師がアルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスは,〔攻撃的行動の予兆の検証〕と〔攻撃的行動を回避する方略〕の繰り返しにより認知症患者の対象理解を深め,予兆を読み取る臨床判断の精度を向上する過程を成している.
3. 認知症治療病棟の看護師が攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスを構成するカテゴリ・サブカテゴリと概念(表2)
カテゴリ・サブカテゴリ・概念を代表的な研究協力者の語りを用いて説明する.文中のアルファベットA~Lは研究協力者であり,語りは「斜体」に,語りの意味がより伝わるように研究者が補足した言葉を( )で示した.
1) 〔攻撃的行動の予兆の検証〕このカテゴリは,看護師が認知症患者の環境への適応を促し,ありのままの認知症患者を把握することで,攻撃的行動の予兆と確信される前段階で,予兆と疑わしい事象を検証していることを示しており,【ありのままの対象把握】,【何かが起こりそうな予感】,【手探りの要因探し】,【予兆の検証】,【安全基地の土台を作る】の5サブカテゴリと16概念から構成される.このカテゴリにおいて【安全基地の土台を作る】ことは,「素」の認知症患者を引き出し,【ありのままの対象把握】により,【何かが起こりそうな予感】の感度を高め,【手探りの要因探し】の根拠を増やし,【予兆の検証】における確信度を高めるための基礎となるため,予兆を読み取る臨床判断の精度を向上する.
(1)【ありのままの対象把握】看護師は《先入観にとらわれず患者の意図を探索》により,認知症患者の《自由な行動を保証》することで《通常モードの認知症患者を把握》し,目の前の認知症患者の【ありのままの対象把握】を行っていた.
《先入観にとらわれず患者の意図を探索》は,経験則や事前情報だけに依拠せず,目の前の認知症患者がどのような目的で行動しているのかを探っていること,と定義した.「まず普通に関わってみて,おむつ交換したりとかして,動きを見ながら,『あぁ,ここ,情報通りだね』とか,『こういうとこあったわー』とか.(B氏)」
《自由な行動を保証》は,認知症患者がしたいようにさせ,行動の成り行きを見守っていること,と定義した.「本人の危険と他患者への危険がない限りは,思うままに動いてもらうようにして.(認知症患者の実際の行動を)見る前に危ないっていう所で止めてしまった時点で攻撃性が出てしまう.(A氏)」
《通常モードの認知症患者を把握》は,通常の状態を把握し,逸脱の判断材料としていること,と定義した.「日常のいつもの穏やかなところも分かっていないと,今日様子がおかしいっていうのは,多分分からないと思うんですよ.(B氏)」
(2)【何かが起こりそうな予感】看護師は,認知症患者の《拒絶の意思を察知》し,《通常モードとの相違の見極め》により《不快感情への急転を感知》可能となり,認知症患者の周囲で【何かが起こりそうな予感】を捉えていた.
《拒絶の意思を察知》は,看護師が提供している援助を認知症患者が望んでおらず拒否していることに気づいていること,と定義した.「(浴室やトイレに)行ったとたん,荒々しい言葉になったりとか,最近では歯ぎしりされる方がおられまして,その歯ぎしりで,怒ってるなっていうのを感じますね.(F氏)」
《通常モードとの相違の見極め》は,看護師が通常時の認知症患者とは異なる反応の見極めを繰り返し,判断の手がかりにしていること,と定義した.「(攻撃的行動が起きそうな時)『何々さんお元気ですか?大丈夫?』言うてお声かけさせていただくように,その(認知症患者の)様子を見るためにしてるんですが…(L氏)」
《不快感情への急転を感知》は,認知症患者の感情が急激にマイナスの方向に変化したことを看護師が感じ取っていること,と定義した.「そういう(攻撃的行動をされる)方っていうのは,一瞬で何となくきつい顔になる.(F氏)」
(3)【手探りの要因探し】看護師は,認知症患者の《譲歩困難性の査定》を行い,《攻撃的行動への移行を防ぐための行動の意味の検討》,認知症患者の《怒りのトリガーを分析》するとともに,《看護師の対応を分析》することで,予測困難な認知症患者の攻撃的行動に関する【手探りの要因探し】を行っていた.
《譲歩困難性の査定》は,認知症患者の自己主張が激しく,容易に攻撃的行動に移行する可能性があると看護師が判断していること,と定義した.「入院してすぐっていうのは,お話してみて患者さんの口調であったりとか,表情とか,他の患者さんとのお話しのされ方とかも,指標にはしていますね.(L氏)」
《攻撃的行動への移行を防ぐための行動の意味を検討》は,看護師が攻撃的行動として表現された認知症患者の行動の意図を探ることで攻撃的行動の回避のヒントにつなげていること,と定義した.「オムツが濡れてるとか,ジュースなんかを提供するとおいしそうに飲んだりするので,そこんところ見たりして.(F氏)」
《怒りのトリガーを分析》は,何をきっかけに認知症患者の攻撃的行動のスイッチが入るのかを探っていること,と定義した.「どういう状況で怒っていたから,それを次,起こさないためにどうするかって.(A氏)」
《看護師の対応を分析》は,看護師の介入が認知症患者の攻撃的行動を誘発していないか分析していること,と定義した.「微妙なニュアンスっていうか,身体に触れられる時でも,タッチの強さ,強弱?そういういろんなものから,(看護師の関わりの微妙な違いを)五感で感じ取っておられるんだろうなと.(C氏)」
(4)【予兆の検証】看護師は,認知症患者の《自己防衛のための行動が激化する予測》をし,《鎮火のための介入時期の見計らい》を繰り返すことで,認知症患者の《予兆の規則性を確信》する【予兆の検証】を行っていた.
《自己防衛のための行動が激化する予測》は,認知症患者が自分を守るために行っている行動のエスカレートが攻撃的な行動に変化する可能性を看護師が察知し,注意を払っていること,と定義した.「女性患者が男性患者が近寄ると嫌で大声を出したり,患者同士のトラブルってそういうことにつながってることが.(L氏)」
《鎮火のための介入時期の見計らい》は,認知症患者の感情がマイナスの方向に転換したことに看護師が気づき,沈静化するタイミングを計っていること,と定義した.「(信頼関係ができると)この声はもう,Maxに近くなってきよんなというのが把握できるので,ある程度そういう形で環境を整える.(I氏)」
《予兆の規則性を確信》は,看護師が現在の認知症患者の状況が過去の攻撃的行動と同じであると判断すること,と定義した.「トイレ以外でもちょっと嫌なこと,その人が何かをしてることを制止した時もひゅっと顔色が変わって,それも歯ぎしりだったので,やっぱり嫌なことがあるとこの人は歯ぎしりなんだなと.(F氏)」
(5)【安全基地の土台を作る】看護師は,認知症患者が感じている《居心地を査定する》ことを行いながら,《記憶の答え合わせ》など,認知症患者の《顔なじみの存在になる》工夫により,【安全基地の土台を作る】ことを行っていた.
《居心地を査定する》は,認知症患者の居心地を探ることで,看護師は認知症患者の適応の程度を査定していること,と定義した.「それ(自分の持ち物と認識しているもの)を持ち運び出すみたいな形でまとめだしたりとかいうのは,居たくないんだなと,この環境に.(I氏)」
《記憶の答え合わせ》は,看護師が認知症患者の過去の記憶や思い違いを尊重し,認知症患者の求める答えに沿うよう試行錯誤していること,と定義した.「記憶の中のものとちょっと違うというか(持ち物を確認しても)納得されなくて,ご家族の人に頼んどきますねとか,その時のその気持ちが落ち着くように.(C氏)」
《顔なじみの存在になる》は,関わる機会を増やすことで認知症患者が「素」の自分を表出しやすい関係性を看護師が作っていること,と定義した.「この人見たことあるとか,いっつもいる人とか,で,私達もお声がけとか毎日するし,顔見てるから多分そういうので知ってる人っていう意識,患者さんが私達にね?(K氏)」
2) 〔攻撃的行動を回避する方略〕このカテゴリは,看護師が認知症患者の攻撃的行動の予兆の検証をもとに,攻撃的行動への移行を回避するための介入を行っていることを示しており,【攻撃的行動に対する備え】,【攻撃的行動への移行を回避】,の2サブカテゴリと8概念に加え,〔攻撃的行動の予兆の検証〕にも含まれる【安全基地の土台を作る】の1サブカテゴリと3概念から構成される.このカテゴリにおいて【安全基地の土台を作る】ことは,認知症患者の適応度を探り,【攻撃的行動に対する備え】と【攻撃的行動への移行を回避】の繰り返しにより,介入の有効性を検証可能となるため,認知症患者の対象理解を深める〔攻撃的行動の予兆の検証〕と〔攻撃的行動を回避する方略〕をつなぐための役割をもつ.
(1)【攻撃的行動に対する備え】看護師は,認知症患者の《前頭葉機能障害に伴う突発的行動を想定》しながら,《周囲の刺激への同調を予見》し,《フラストレーションの高まりを予測》することにより《認知症患者への負荷を察知》し,《些細なトラブルを注視》して,【攻撃的行動に対する備え】を行っていた.
《前頭葉機能障害に伴う突発的行動を想定》は,脳機能の変化がもたらす脱抑制により,認知症患者が突然の攻撃に転じないように看護師が警戒していること,と定義した.「主病名がアルツハイマー型認知症でも前頭葉症状が強い方でしたら,(看護師が認知症患者の異変に)気づく前に突発的に,抑制が効かないので怖いと思ったら,声が出たり,物事が起きたとたんに攻撃的な行動に至って.(A氏)」
《周囲の刺激への同調を予見》は,看護師が刺激に対する認知症患者の反応を手がかりに周囲の刺激に同調して興奮することを未然に防いでいること,と定義した.「(怒っている他患者の様子を)見て興奮する人もおられるんで,~中略~ひどう怒っとっての姿を見せないいうのもあるんです,興奮してるところを.(D氏)」
《フラストレーションの高まりを予測》は,中核症状が目立つ時間帯や場面において認知症患者の欲求が満たされない不満が攻撃的行動を惹起する可能性があると看護師が判断していること,と定義した.「空腹時に特に易怒,攻撃的な行動,起こりやすい,夕方ってそういう時間帯なので,~中略~寂しい時,お腹が空いた時…不快な時.そういう時はやっぱり,不穏になったり,攻撃的になったり.(C氏)」
《認知症患者への負荷を察知》は,認知症患者の表情や言動,声色などを注視し,心理的な負荷に早期介入できるよう備えていること,と定義した.「表情の硬さと声の緊張感みたいなところがご本人にかかっている負荷を物語るんではないかと思います.~中略~一歩でも二歩でもこっから出て行きたいみたいな.(I氏)」
《些細なトラブルを注視》は,些細なトラブルを攻撃的行動の発端と認識し,認知症患者の動向を注視していること,と定義した.「(トラブルといえないような些細な)何か(を)した後に大きなことってあるので,その小さいことを見て.(F氏)」
(2)【攻撃的行動への移行を回避】看護師は,《間口を広げて協働者の視点を取入れ》認知症患者を理解し,認知症患者の《フラストレーションに対する早期介入》,《怒りの感情の鎮火》を行い,【攻撃的行動への移行を回避】していた.
《間口を広げて協働者の視点を取入れ》は,看護師が臨床経験や人生経験,職種等にこだわらず,家族を含む認知症患者を取り巻く人々の視点を参考に認知症患者を理解していること,と定義した.「なんかちょっと今日違うよねぇって,スタッフ同士が確認し合ったり~中略~看護部だけじゃなくて,助手さんとかも.(B氏)」
《フラストレーションに対する早期介入》は,生活背景や性格によって行動特性が異なる認知症患者がどのような欲求が充足されない時に攻撃的な行動に転じるのかを把握し,欲求を充足する方向で早期に看護を行っていること,と定義した.「(視覚的,聴覚的な)刺激に反応が強いなと思った時点で,早めに刺激のコントロールとして,環境変えてあげるだとか…(A氏)」
《怒りの感情の鎮火》は,看護師が認知症患者の怒りの感情を鎮めるための介入を試行錯誤していること,と定義した.「のどが渇いたの?とか,トイレ?とか,お腹が空いたの?とか,ちょっと向こうの方に行ってみる?とか,~中略~とにかく(患者の)気を紛らわすようなことをしますね.(K氏)」
本研究の結果から明らかになったことは,次の三点である.第一点目として,認知症治療病棟の看護師が攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスには,認知症患者の心理的安全性を確保する方略が含まれていた.第二点目として,「個」としての認知症患者の対象把握が,攻撃的行動の予兆の読み取りにおける重要な要素となっていた.第三点目として,攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスは,予兆の検証と攻撃的行動を回避する方略の繰り返しにより,臨床判断の精度を向上し,認知症患者の対象理解を深めていることである.以下,これら三点について考察し,看護への示唆を検討する.
1. 認知症患者の心理的安全性確保認知症治療病棟へ入院中の認知症患者は,中核症状に加え,適応困難なBPSDを併発している.入院に伴う移転ストレスは中核症状を増悪させ,BPSDをさらに悪化させる.先行研究では,攻撃的行動の予防には,「引き金となる状況を避ける」「意思を尊重する」「物理的な回避措置を取る」「言葉で向き合う」看護ケアがあることが報告されているが(鈴木,2017),本研究においては,その場における攻撃的行動の予防のみならず,《怒りのトリガーを分析》など,次の攻撃的行動への移行を未然に防ぐための検証が含まれている点が特徴的であった.攻撃的行動(暴力)は,患者自身が自分を守ろうとして行う行為,性格的な問題や対人関係上の葛藤などの状況的な要因を含むとの報告がある(鈴木・吉浜,2005).本研究協力者は,認知症患者がフラストレーションを感じる可能性のある場面を予測し,早期介入することで認知症患者の心理的安全性を確保していた.認知症治療病棟の看護師が認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスには,認知症患者がありのままの自分でいられるよう認知症患者の自我を支え,認知症患者の心理的安全性を確保する方略が含まれていた.
2. 「個」としての認知症患者の対象把握認知症患者の攻撃性の予測には攻撃的行動のリスク要因や前兆の検出が必要であるが(Legere et al., 2018),高齢者の価値観,行動パターンは多様性に富んでおり,認知症の併発は理解を一層困難にする.さらに攻撃的行動などのBPSDは,非常に個別性が高く,適切な看護ケアの実践には,個々の患者の行動の原因を見出し,的確に判断することが重要である(鈴木,2017).看護師が認知症患者の自我を支え,尊重することは認知症患者がありのままの自分でいられることを助け,「個」としての認知症患者の把握につながり,攻撃的行動のリスク要因や攻撃的行動の予兆となり得る前兆の見極めと個別性のある看護に貢献する重要な要素であると考える.
3. 攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断のプロセスと看護への示唆本研究協力者は,攻撃的行動の予兆と疑わしい事象を検証する〔攻撃的行動の予兆の検証〕により,臨床判断の精度を向上し,〔攻撃的行動を回避する方略〕により,認知症患者の対象理解を深めていた.「個」としての認知症患者を把握するためには,【安全基地の土台を作る】ことで,認知症患者がありのままの自分でいられるよう認知症患者の自我を支えることが必要であり,読み取った予兆を基に攻撃的行動への移行という問題の解決に向けた予防的介入がなされていた.看護における臨床判断は問題解決に向けた看護介入の実施と介入の効果を評価することを含む(タナー,2006/2016)とされており,本研究協力者においても,認知症患者の攻撃的行動への移行を未然に防ぐ看護実践の成果を適切にとらえ,認知症患者の攻撃的行動の予兆の検証を繰り返すことで,予兆を読み取る臨床判断の精度を向上していた.攻撃性を引き起こす要因の特定は攻撃的行動に対する効果的な対処のみならず,攻撃性の再発を防ぐことを可能にしており(Saina, 2021),攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断を繰り返すことの重要性が示唆された.さらにRoberton, & Daffern(2020)は,高齢スタッフほど認知症患者の攻撃を誘発しにくい傾向があるのは,高齢スタッフが忍耐強く,より共感的であるためではないかと考察している.しかし,本研究では,臨床経験年数の長い看護師の先入観が認知症患者の攻撃的行動を誘発する側面について語られており,先行研究とは異なる結果であった.今後は経験年数ごとの調査が必要である.
アルツハイマー型認知症患者の攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断プロセスの基盤は,【安全基地の土台を作る】ことであった.プロセスは,認知症患者の心理的安全性を確保する方略を含み,「個」としての対象把握が予兆の読み取りの重要な要素となっていた.看護師は,【攻撃的行動の予兆の検証】と【攻撃的行動を回避する方略】の繰り返しにより,臨床判断の精度を向上し,認知症患者の対象理解を深めていた.
4. 本研究の限界と今後の課題本研究で明らかになったプロセスは,2県における12名の看護師への面接をもとにした調査であり,一般化には限界がある.また,本研究協力者の認知症治療病棟での経験年数に3~12年と幅があったことから,攻撃的行動に関する知識や臨床判断能力に差がある可能性を考慮する必要がある.臨床判断は看護師の知識や哲学的・価値観の影響が大きい(McCarthy, 2003).今後は,認知症患者の攻撃的行動に関する知識,哲学的・価値観の違いによる攻撃的行動の予兆を読み取る臨床判断の違いについて調査することで,より多様な看護師に適用可能な臨床判断能力の精度を向上する方法を検討していく必要がある.
本研究にご協力くださいました研究協力者の皆さま,また本研究への協力を快諾し研究協力者をご推薦くださいました看護部長さま,愛知県立大学名誉教授 戸田由美子先生に深く感謝申し上げます.
KIは研究の着想から論文の作成の全過程に貢献した.MK,MSは研究プロセス全体への助言と分析及び論文構成に貢献した.
本研究において,利益相反は存在しない.