2025 年 34 巻 1 号 p. 87-94
本研究の目的は,民間精神科病院で働く新人看護師の就業継続に関する体験を描き出すことで,精神科病院における新人看護師へのサポートについて考察することである.参加者は新卒で精神科病院に入職した2年目~5年目の計7名.入職前に「精神看護学実習を通して精神科看護の魅力を見出す」体験から精神科病院を就職選択し,入職後は,周囲から「スタッフの仲間として受け入れられる」体験や日々の業務で「試行錯誤しながら患者との関係性を深めていく」中で,「患者からの攻撃心を感じた時に周囲に支えられる」ことで患者に向き合い続け,「精神科看護の魅力を再認識する」体験につながっていた.病棟スタッフとの関係性は患者とのかかわりを試行錯誤し乗り越えていく支えとなり,その中で,基礎教育課程で見出した精神科看護の魅力を再認識できることが就業継続を支えていると考えられた.
This study aimed to describe the experience of newly graduated nurses in private psychiatric hospitals with continuing employment and examine the support provided. Qualitative research was conducted using semi-structured interviews. The participants were newly graduated nurses in psychiatric hospitals who responded freely to the interview. Data recorded using an IC recorder were analyzed thematically.
The participants were seven nurses in their second to fifth year after graduation. Before joining the hospital, they experienced finding psychiatric nursing attractive during clinical hours and decided to work at a psychiatric hospital. After joining the hospital, they were accepted as fellows in the ward and deepened their engagement with patients after many attempts at their daily work. Although they felt hostile, they continued to interact with the patients together with their ward fellows. These experiences led to the realization of the attraction of psychiatric nursing. The emotional support from the ward staff enabled them to interact with patients after many attempts and realize the attraction of psychiatric nursing through the clinical hours that supports their continuous employment.
日本の精神科医療においては,1950年の精神衛生法の制定を始め,様々な歴史的・社会的背景から,民間の精神科病院が現在も全体の9割近くを占めている.また,今でも医療法で精神病床の人員配置基準は一般病床よりも少ない水準であり,一般病床よりも人員の少ない環境下で,精神障害者の社会的入院の解消や地域移行を推し進めていく必要がある.
しかし,民間精神科病院では新人看護師が様々な困難を体験しており,(原田・石川,2011;日下部・桑名,2013)精神科の新卒看護師の離職率は10.0%と一般科よりも高い(日本看護協会,2005).このことから,精神科新人看護師の就業を支えるサポートは重要と考えられる.精神科は看護学生の職業選択から外れやすく(田邊ら,2018),中途採用や准看護師の割合の高さといった一般科とは異なる多様な雇用背景や職員構成(坂田,2005;金山,2006)があることから,精神科新人看護師のサポートは一般科と区別して検討が必要だと推測される.一般科においては,新人看護師の就業継続やサポート(吾妻・鈴木,2007;大江ら,2014;山口・浅川,2015,2016;今井・高瀬,2016)について検討されている.一方,精神科では,Benner(2001/2005)の新人レベルの段階にあたる2年目看護師を対象とした先行研究(瀧下・出口,2018;須田・出口,2022)で,2年目でも自分の看護ケアに自信を持てずに数々の不安を抱えながら患者ケアに携わっていることが明らかになっている.このことから,入職後1年間に限らずサポートを検討する必要があると考えられる.
そこで本研究では,精神科病院に勤務する新人看護師が,困難を抱きやすい臨床現場でなぜ仕事を続けられているのか,就業継続に関する体験を描き出すことで,精神科病院における新人看護師へのサポートについて検討することを目的とした.
民間精神科病院に勤務する新人看護師の就業継続に関する体験を描き出すことで,精神科病院における新人看護師への就業継続上のサポートについて考察する.
1.就業継続:精神科病院で職業を継続すること
半構造化インタビューを用いた質的研究.
2. インタビュー対象施設関西圏に設置する500床以下の単科の民間精神科病院であるA病院
3. インタビュー対象者対象者は,看護基礎教育課程を修了後に新卒で精神科病院に入職し,精神科病院でのみの臨床経験を有する看護師とした.本研究では新人時代の体験を想起する必要があるため,保持されている記憶の鮮明さの観点から,卒後2年目から5年目の看護師を対象とした.
4. インタビュー参加者へのアクセス方法A病院の看護部長に研究協力依頼文書を対面で説明し,各病棟への研究協力依頼の配布と案内を依頼した.自由意思で研究参加の返答があった対象者に,研究説明書,同意書,同意撤回書を文書と口頭で説明し,同意が得られた者をインタビュー参加者とした.
5. インタビュー期間2020年5月~8月
6. インタビュー場所参加者の勤務する病院内でプライバシーの確保された場所
7. インタビュー方法60分を目安として行い,語りの内容に応じて参加者に負担のない範囲で行った.分析を行う中でさらなる詳細なデータが必要と判断された際は,参加者に2回目のインタビューを依頼して行った.
8. インタビュー内容①なぜ精神科病院に入職しようと思ったのか,②入職してから今まで辞めたいと思った時の体験,③なぜ精神科病院で仕事を続けることができているか,続けようと思った時の体験について,参加者の自由な語りを尊重しながら進めた.インタビューは,参加者の同意を得てICレコーダーに録音した.
9. 分析方法佐藤郁也の「質的データ分析法」(2008)を参考とした.ICレコーダーの録音データから逐語録を作成した.逐語録から新人看護師の就業継続に関する体験に焦点を当てて,語りの区切りごとに示されている内容について,オープンなコーディングを行った.コードを相互に比較し,それぞれの関係性を明らかにするプロセスを繰り返し,抽象度の高い言葉で焦点を絞ったコーディングを行いながら,テーマを抽出した.再度,逐語録全体を読み返し,テーマ間の関係を検討しながら就業継続に関するストーリーを描き出した.分析・解釈は,複数の研究者間でのディスカッションを行い,信頼性・妥当性の確保に努めた.
インタビューへの参加は自由意思であることを研究協力依頼文書に記載し,参加協力の返答があった者に対面および文書にて説明し,同意を得た.参加者には,参加の有無も含めたプライバシーの保持,断ることでの不利益がないこと,インタビュー上でこれまでのトラウマ体験を想起させるリスクと心的負担が発生した場合は無理に話さなくてよいこと,途中でインタビューを取りやめてもよいことをあらかじめ説明した.本研究は,武庫川女子大学倫理審査委員会の承認後に実施した(承認番号No.19-121).
インタビュー参加者は,男性4名,女性3名の計7名で,看護師経験年数は2~5年目であり,看護基礎教育課程は7名とも大学であった.1名あたりのインタビュー時間は,平均89分であった.
2. 就業継続に関する体験参加者たちの語りから,就業継続に関する体験として,「精神看護学実習を通して精神科看護の魅力を見出す」,「スタッフの仲間として受け入れられる」,「悩みながら患者との関係性を深めていく」,「患者からの攻撃心を感じた時に周囲に支えられる」,「精神科看護の魅力を再認識する」の5つのテーマが抽出された.参加者たちの体験について,特徴的な語りを引用し,以下に述べる.語られた言葉は「 」にて記載し,前後の語りからの補足を( )にて加筆した.
i)精神看護学実習を通して精神科看護の魅力を見出す参加者らの看護師を志した経緯は多様であったが,精神科看護師を志していた者はいなかった.大学入学前の精神科に対するイメージは「話が通じない」「普通じゃない」「殴られるのが当たり前」「狂ってる」「怖い」といったネガティブなものであり,これらは精神障害者に関するメディアでの報道の影響が語られた.
その後,基礎教育課程の精神看護学実習で精神科のイメージが好転する体験が語られた.精神障害者は話が通じないというイメージを持っていたCさんは,妄想の強い患者と実際にかかわり「普通に喋れる時あるんや」と驚きを覚えていた.精神科に暴力的なイメージを持っていたDさんやGさんは「落ち着いている人も多いんや」「暴力とか勝手なイメージが先行してた」と印象の変化を語った.Dさんは患者とかかわる面白さを次のように語った.
「自分の声かけで反応が変わっていくのがすごく楽しいなって…たかが2週間の実習やけど,自分的にそこが精神で一番感じれた」
Gさんも同様に,声かけ一つで違う表情がある患者の反応に,「生身の人対人というのを感じた」と語った.そのほか,実習指導者の受容的で熱心な指導の中,ケアに答えがなく自分で考えていく自由さに正解のない難しさを感じながらも,「1番難しいなってところにやってみたくなった」「ここやったら自分が成長できる」と面白さを見出していた.これら基礎教育課程の精神看護学実習での経験が,精神科への就職選択に繋がっていた.
ii)スタッフの仲間として受け入れられる配属当初は「業務せんと何話してんねんみたいな感じで見られてるような気」「いい子ちゃんでいようみたいな感じ」など,スタッフの目を気にして遠慮する様子が語られた.急性期病棟に配属されたCさんは,看護師が忙しく働いている様子に「よそ者感」を覚えたと次のように語った.
「よそ者が来た感が強くて…最初はすっごい怖かった.入院が来る度みんな忙しそうやし,こんなしょうもないことで手を止めて聞いていいのかとか,びくびくしながら」
しかし,食事や遊びなど職場外で個々に交流を重ねることで,Cさんから気軽に周りに話せるようになっていった.Bさんは夜勤に入り出してからスタッフと個々に話す場面が増えたのが,周囲と打ち解ける機会だった.
また,学生時代に“学生対看護師”という上下関係を強く感じていたAさんは,入職してから「同じ職場の仲間として扱ってもらっている感がある」と次のように語った.
「聞いたら聞いた分教えてくれるし,怒鳴って怒るとかそういうのではなくて,もっとこうした方がええんちゃうっていうアドバイスもらえるし」
その一方で,Aさんは「自分のミスで迷惑をかけるのが1番の気がかり」と語り,周囲と協力しあう中で負担をかけないか不安だと語った.Dさんは同じ病棟スタッフを仲間だと思うからこそ,「周囲に負担をかける申し訳なさ」があることを次のように語った.
「(妄想を持たれた患者への対応を)例えば他のスタッフが代わりに入って下さるのも,私がいることで仕事が増えるじゃないですか?…私のせいで」
しかし,日々の業務の中で先輩看護師が自分を気にかけてくれている,支えようとしてくれていることを実感する体験が語られ,病棟で仕事をしていく安心感を得ていた.
「聞いたことに対して納得するまで話してくれるし,僕らのことすごく見てくれてるとほんまに感じる」(Gさん)
「やりたいことやらせてくれて,アドバイスくれるし…そういうのも自分のことを期待してくれてるからっていうのはすごく感じる」(Eさん)
当初は患者対応に不安を持ち,「分からないことだらけ」「相談できる相手がほしい」と思っていたDさんやFさんは,参考資料を作ってくれたり一緒に患者のケアを考えてくれたりするプリセプターの存在に,「ここならやっていけると思った」と語った.
iii)試行錯誤しながら患者との関係性を深めていく参加者らは配属当初は患者の激しい精神症状や病的行動に対する恐怖や困惑を感じていた.AさんやGさんは,保護室の患者の異食や弄便行為に,「理解を超えている」「学校で学んだことだけでは通用しない世界」だと感じていた.Cさんは,隔離拘束の場面を初めて見た時に罪悪感に近いものがあったと次のように語った.
「やらざるをえない,けど,ほんまにこれ(拘束)しかないんかなって…嫌がってる人を,じゃぁ自分が押さえつけて,くくる,その前に何かできなかったんか,離せって言われてるのを,自分がそれに気持ちが耐えれるかっていう」
また,患者対応に慣れるまでは些細な患者の言動に反射的な苛立ちや不快感,困惑を覚えていた.亜急性期病棟に配属されたFさんは,妄想や幻聴の激しい患者が多い中で,患者対応に不安を感じていたと語った.
「この人不穏にさせたら,この言った一言で不穏にさせたらどうしようとかもう色々考えたら何も喋れなくて」
急性期病棟のAさんやCさんは,急性期病棟特有の業務が追いつかない忙しさ,精神症状の激しい患者への対応の困難さ,3か月以内に患者が退院・転棟するといった,患者との関係を深める上での障壁を感じていた.その中で,患者への対応に余裕のなくなる体験が語られた.
「(トラブルが起きると)その人だけに手が取られるから,結局は.他が後回しになったり,仕事追いつけなくなったりする,もう努力とかじゃなくて…入院とか忙しいのに,面倒なことしてくれたなーって思ってしまう」(Aさん)
患者対応に余裕のなくなる体験は,慢性期病棟においても業務量の多さや患者の精神症状の増悪による対応が困難な状況で,同様に語られた.
このような不安や余裕のなさといった職場でのストレス状況は他者に話すことで支えられていた.話す相手としては,配属当初は学生時代の同級生や家族といった病院外の関係性が挙げられた.EさんやGさんは,卒業後も精神看護学の教員との親交が続いており,よく相談していたと語った.
「入職したての時とかは(教員に)聞いたりっていうのはだいぶありました.何か困ったら言うて来いっていう後ろ盾がだいぶ心強かった」(Eさん)
また,Bさんは思いを共有する相手として入職・病棟配属が同時期の既卒者に話しやすさを感じ,「同じように頑張ろうと思える存在」だったと語った.相談相手は,病棟内で周囲と打ち解けていくことで先輩看護師へと拡大し,徐々に患者対応にも落ち着いて対処できるようになっていた.亜急性期病棟への配属当初は患者の激しい精神症状に恐怖心を覚えていたBさんは,患者の精神症状の捉え方が変わってきたと語った.
「初めは本当にこういうの(拘束を行うほどの不穏状態)があるんだーって…けど,不穏になった時とか,患者さんが今どういう状況なんだろう…なんでそういう風になってるんだろうとか,患者さんに目は働き出してる」
他の参加者からも,患者の精神症状や隔離拘束を看護師として理解が深まっていくのを実感する体験が語られた.また,入職当初は急性期病棟で患者の入れ替わりが多く関係の希薄さを感じていたCさんも,次第に顔なじみの患者が増えて「人対人としてかかわれている」と着実に関係構築を実感していた.
「自分の声やったら聞いてくれるとか.違うスタッフが落ち着きましょうって言っても,うるさいねん!って言ってるけど,僕が行くと普通に落ち着いて,こんなんがあって怒ってんねんってちゃんと理由言ってくれた時に,あ,自分がちゃんとこの人と関係築けてんねんなーって,やりがいというか,なんかすごい楽しい,間違ってなかったんやなって」
また,Gさんは,実習時に自分の声かけで患者の反応が変わる面白さを感じていたが,入職後の体験としても,患者との相互作用について,うまくいかない場合も含めて,かかわりを考えていく面白さを語った.
「自分が対応したことがもろに患者さんに影響する.自分の声かけで落ち着くこともあれば,火に油を注ぐ失敗もあれば.ほんまにそういう,自分がかかわることで患者さんがどう変わるかっていうのが目に見えて楽しい」
一方で,参加者らは退院支援について,一筋縄ではいかない難しさを感じていた.長期入院で情報整理に手こずるケースや不安定な精神状態,家族と患者の意向が一致しない,本人の退院意欲が感じられないケースなど,参加者らの体験した困難は様々だったが,参加者らは共通してその困難を前向きに捉えていた.受け持ち患者の固着した妄想で「会話もままならない」と話していたFさんは,患者への支援の難しさとその面白さを次のように語った.
「正解を,この人に合う方法を見つけるまでに,一発ではまれば,そりゃ良いですけど,あれ駄目だった,これも駄目だったとかってなるじゃないですか.色々試行錯誤があるから面白いんかもしんない」
Eさんは,幻聴の強い患者と幻聴の対処法を話し合い,数カ月の地域生活に繋げることができたが,再入院時には対応困難で力不足を感じたと語った.しかしEさんはその患者とのかかわりを前向きに模索していた.
「(入院中)調子が悪い時に一緒に対処行動を考えたり,それでうまくいったら退院してもいけるやん,それで駄目やってもまた違うの考えよう,じゃぁ何が好きなの?って.一緒に考えたりするのが面白い」
以上のように,ケアが回復に繋がったという実感が得られにくい中でも,患者と思いを共有しながら前向きに試行錯誤していく体験が語られた.
iv)患者からの攻撃心を感じた時に周囲に支えられる患者とのかかわりを深める過程で,参加者らは患者から敵意を感じるような体験をしていた.それには,不慣れな患者対応で一時的な怒りをぶつけられたものと,患者自身の病的体験が影響した持続的なものがあった.後者では,病的体験と分かっていても攻撃心を向けられることに理不尽さを感じ,激しい怒りや無力感,恐怖心といった様々な陰性感情を抱いていた.Dさんは,自分を妄想の対象としている患者がいる病棟で仕事をするしんどさを次のように語った.
「私なんもしてないのに,なんでこんな言われなあかんねやろ,なんでこんな追いかけ回されなあかんねやろって…たった1人(その)患者がいるだけで詰所から出れなくなって仕事ができなくなるっていう環境」
他の参加者からも,妄想の対象となるしんどさについて語られた.しかしGさんは,妄想の対象となった時に積極的に周囲に相談をしていた.
「こういう時どうしたらいいですか,僕こうやったんですけど間違ってますかとか.それで,そのやり方は合ってるとか,もっとこうしたらいいんじゃないかって意見をもらえたから,自分の中でも整理がついて気持ちは楽になった」
Eさんは,自身に対して陰性感情を持つ患者から毎日攻撃心を向けられ,仕事に来るのが嫌になるほど追い込まれていたが,泣いたり愚痴を吐いたりしても受け止めてくれるスタッフたちのおかげで気持ちを保てたと語った.また,Bさんは,初めて患者から暴力を受けそうになった時,後日に師長が一緒に場面を振り返る機会を作ってもらったことで,「見てくれてる人がいるって立ち直れた」と語った.
v)精神科看護の魅力を再認識する参加者は,精神科病院での経験を重ねる中で,一般科とは異なる精神科看護の魅力を再認識していた.
「一般科は病気治すのに,こういう処置して手術する,そういうのがあるじゃないですか.精神科でもそりゃ流れ作業というかルーチーン業務みたいなんはありますけど,(精神障害を持つ)患者さんに対する看護って,(ルーチーンでカバーしきれない対応も多くて)難しいじゃないですか?もう色々考えて.そういうのも面白いなって,精神科の魅力の一つだと思いますけどね」(Fさん)
実習時に学生同士で患者のケアを自由に考える面白さを感じていたAさんは,入職後も自分で考える面白さを次のように語った.
「(一般科は)この病気にはこの治療法みたいな,大概決まってるじゃないですか.精神科は,その都度自分で見て考えてって,毎日やってて,そこが面白い」
本研究では,精神看護学の実習での体験を通じてそれまでの精神科に対するネガティブなイメージが好転していた.この,精神看護学実習で見出した,かかわり次第で患者の反応が良くも悪くも変わり,正解のない難しさがありながらも試行錯誤していく面白さは,入職後に再認識した魅力としても語られた.このことから,基礎教育で見出した精神科看護の魅力が,参加者らの就職選択,そしてその後の就業継続を判断する看護の志向性の軸となっていたこと,入職前に自身が看護師として何をしたいのかはある程度決まっており,その基礎教育で見出した精神科看護の魅力を入職後に再体験できることが就業継続を支えていると推察された.入職当初には患者の精神症状や身体拘束に対する衝撃が就業継続の揺らぐ体験として語られており,様々な困難を体験していたが,そういった困難な状況も周囲のサポートを得ながら前向きに試行錯誤しており,精神科看護の楽しさや面白さとして捉えていた.
また,本研究では,患者との関係構築の実感から得られた楽しさについても語られた.患者からの承認は患者とかかわる喜びにつながること(瀧下・出口,2018;瀬川ら,2009)が先行研究でも報告されており,患者とのかかわりにおいて様々な困難を経験した本研究の参加者にとっても,患者に認識され受け入れられるという体験が看護師としてのやりがいに繋がっていたと考えられる.
2. 就業継続を脅かす対人関係と周囲のサポート参加者らは,患者からの攻撃心を感じる体験をした時に様々な陰性感情を抱いていたことが語られた.精神科では攻撃を受けた時の感情処理の難しさから離職につながりやすい(須田・出口,2022;草野ら,2007)との報告がある.精神科の新人看護師は患者とのかかわりにおいて,経験の浅さから陰性感情を生じやすく,患者対応に不慣れなことで攻撃の対象となりやすいことが推測され,就業継続する上で多くの感情処理が必要と考えられる.しかし,本研究では周囲が職場の仲間として支えようとしてくれているのを感じ,次第に打ち解け,看護師として前向きに患者に向きあっていく様子が語られた.須田・出口(2022)は,先輩看護師からのタイムリーな声かけやかかわり方のアドバイスといったチームスタッフからの支援が就労を継続する一つの要因であると報告している.患者から敵意を向けられたり実際に粗暴行為を受けたりした時に,新人看護師がどのような感情を抱いているのか,どのように理解しているのか,思いを表出できる場を整え,場面の振り返りを行えるようにすること,そして個々の捉え方や想いに合わせて支援を検討していく必要があると考えられる.
一方で,周囲に迷惑をかけているのではという心的負担も語られた.山口・徳永(2014)は,先輩たちへの気兼ねは離職につながる要因と述べており,本研究でもスタッフとの関係性で生じる不安感が就業継続に影響を与えることが示唆された.就業継続には,同じ病棟の仲間としての存在意義や周囲を頼れる安心感が得られるような関係作りが重要と考えられる.
また,入職当初の病棟内での人間関係ができるまでは,同級生や母校の教員からの支えについて語られ,基礎教育時代の繋がりによる支えは大きいと考えられる.さらに本研究では,入職が同時期の既卒看護師が話しやすい存在として語られた.精神科病院では新卒よりも既卒の割合が多く同期が稀有な環境で,中途採用で新人扱いとなる既卒看護師が思いを共有できる役割を持っている可能性が示唆された.ただし,既卒と新卒では看護経験の差から抱える思いに違いがあると推測され,同じ立場で理解し悩みや思いを共有できる機会については検討が必要と考えられる.
3. 精神科病院における新人看護師へのサポート精神科病院に勤務する新人看護師は,基礎教育課程で精神科看護の魅力を見出して就職選択しており,入職後も基礎教育で見出した精神科看護の魅力を再認識できることが就業継続を支えていると考えられた.しかし,そこに至るまでには,患者との関係構築や看護ケアにおいて様々な困難を経験しており,特に患者から攻撃心を感じる体験は就業継続を脅かす要因だったと考えられる.
このような中で参加者らは,基礎教育時代の繋がりや周囲の先輩看護師の支えを得ることで,次第に病棟の仲間として受け入れられているという安心感を基盤に,患者に向き合い続けることができていた.様々な困難を乗り越え,精神科看護の魅力として就職選択するほどの価値を見出すに至った“患者とかかわる面白さ”を再認識するまでの過程を,職場内外の良好な人間関係によって支えられることが重要であると考えられる.
一方で,病棟スタッフとの関係性が場合によっては就業継続にネガティブな影響を与える可能性も示唆された.病棟内での良好な人間関係は重要だが,人間関係を深めていくまでの過程については,個々の性格特性などの影響も考えられる.同じ病棟の仲間としての存在意義や周囲を頼れる安心感を得られるようなサポートについては,さらなる検討が必要である.
また,就業継続を支えるうえで,精神科病院では入職が同時期の既卒看護師の存在の役割が示唆された.しかし新卒と既卒ではそれまでの看護師経験の差がある.新卒で入職した新人看護師が,同時期に入職した既卒看護師にどのような思いを共有し,どのような役割を期待しているのか,検討が必要と考えられる.また,同期の少ない病院環境の中,新人看護師が同じ立場で思いを共有できる機会についても検討することがさらなるサポートに繋がるのではないだろうか.
本研究の対象は関西圏にある民間精神科病院の1施設であり,精神科病院に勤務する新人看護師全般の就業継続に関する体験について,本研究では言及に限界がある.また,精神科における新人看護師全体のサポートを考えるにあたり,精神科の新人看護師で割合の高い既卒者の体験についても明らかにし,比較検討していく必要がある.
本研究の趣旨をご理解くださり,本研究にご協力いただきましたA病院の看護部長ならびに病棟看護師長各位に心より感謝申し上げます.そして,本研究のインタビュー調査において貴重な体験を話してくださいました看護者の皆様に心より感謝申し上げます.
本研究は,武庫川女子大学大学院看護学研究科に提出した修士論文を加筆修正したものである.
HAは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析/解釈,論文の作成を行い,TMは研究のデザインやデータ収集への助言,分析/解釈および研究プロセス全体への助言を行い,著者全員が論文の推敲に関与した.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.