抄録
従来膨大な量のアイデンティティ研究がなされてきたが,そこにおいては(1)「アイデンティティとはそもそも何であるか」が未だはっきりとはしていない,(2)現代を生きる青年たちが,実際どのようにアイデンティティ問題をくぐり抜けているのかが 今一つ見えてこない,という問題がある。そこで本研究では,現代の青年と一対一で 語らう「語り合い」という新たな方法を用いて,対照的な2 人の青年の独特のありようを詳細に描き出し,彼らのありようの違いが一体何によるものなのかを考察する中で,アイデンティティとは何なのかを考えていくための手掛かりを模索した。その結果,〈自己‐世界体系〉を「問う」態度とそれに「基づく」態度といった概念が生き生きとした事象から抽出され,本研究は彼らのありようの本質的な相違とは,この二つの態度の相違によるものであると結論づけた。さらにこの二つの態度の相違は彼らの「欲望」の相違なのではないか,アイデンティティを探し求めそれを見出していくという直線的な図式で良いのかといった疑問を提起し,アイデンティティとは何なのかを考えていく際の重要な問題点を呈示した。