質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
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  • 菅波 澄治
    2025 年24 巻1 号 p. 5-24
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    医療現場で使用される「受容」概念には,病いの当事者の視点が抜け落ちているのではないかという指摘や批判が従来よりなされてきた。また,先行研究においては,「受容」が意味する病いの当事者の心理について,説得力のある理論展開で明示されてきたとは言い難い。これらの問題を踏まえ,本稿では,“当事者の物語を取り入れた「病いの受容」概念”の構築を試みた。はじめに,「受容モデルの心理療法」と呼ばれる森田療法と第三世代の認知行動療法の作用機序をもとに,足場となる理論的参照枠を生成した。次に,病いの当事者として透析患者を取り上げ,半構造化インタビューによって得られていた22名分の語りを質的に分析した。分析作業には,調査協力者以外の6名の透析患者も加わった。最後に,その分析結果に基づいて理論的参照枠を修正した。透析患者の語りからは,「病いの受容」の意味に関連する9カテゴリーが抽出され,透析患者にとっての「病いの受容」の意味の多様性が明らかとなった。
  • 暗黙知のジェネラティビティへ向かって
    中島 由宇, 改田 明子
    2025 年24 巻1 号 p. 25-44
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    実践知を豊かに備えたセラピスト個人を研究協力者とし,著者との深く掛かり合った対話によって,知的障碍のある人への心理療法の実践知を,暗黙知的な側面を含めて見出すことを主な目的とした。著者もセラピストであり,本研究は,暗黙知のジェネラティビティの試み,すなわち暗黙知を世代間で生成的に伝達(継承)する試みとしても位置づけられる。第1著者をインタビュアー,第2著者をインタビューの媒介者/観察者と位置づけ,非構成的インタビューを行った。人間観,心理療法の基本姿勢,知的障碍のある人への心理療法の中核技法の3層からなる実践知の構造が見出された。心理療法は,自分の主観的世界が“わからない”クライエントが,主観的世界とつながり他者と共有できる共同的な媒体としての「ことば」を見出し,“わかる・わかちあう”へ至るプロセスとして捉えられた。その上で,知的障碍のある人への心理療法とは,知的障碍のある人の個人的特性とされる“わかる”ことの困難をクライエントからひきはがし,“わかる”という営みの共同性を取り戻そうとするダイナミックな実践として捉えられた。“わかる・わかちあう”ことを目指す心理療法は,自分らしく生きるための暗黙知をセラピストからクライエントに伝達(継承)する営為としても捉えられ,本研究の結果と方法論に同種の構造が浮かびあがった。
  • 複線径路等至性モデリング(TEM)を用いた分析
    押切 久遠, 石隈 利紀
    2025 年24 巻1 号 p. 45-64
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    刑の一部の執行猶予の判決を受け,刑事施設出所後に保護観察に付された男性覚醒剤事犯者のうち,薬物を再使用せずに保護観察を終了した2ケース(回復ケース)及び保護観察中に薬物を再使用した2ケース(再犯ケース)の計4ケースについて,保護観察事件記録を基に,その保護観察プロセスを複線径路等至性モデリング(TEM)等の手法により分析した。その結果,回復と再犯の岐路となったのは,「自分が薬物依存症であるという自覚を持てたか」「薬物使用への多様な引き金について認知できたか」「希望の仕事に就くことができたか」「仕事に充実感や順調感を持つことができたか」「疲れや体調不良に対し,休暇や治療で対処できたか」などであることが示唆された。研究結果に基づき,薬物依存症からの回復に向けて,①薬物依存症の自覚(薬物への無力感)と生活全般への自己効力感を併せ持つことができるような働きかけが重要である,②生活全般への自己効力感を育むために就労支援を充実強化する必要がある,③危機場面への素早い対応が肝要であると考察し,保護観察処遇への提言を行った。
  • アイデンティティの複数性に着目したディスコース分析
    緒方 亜文
    2025 年24 巻1 号 p. 65-83
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究では,日常的に通常学級の授業に参加している特別支援学級の生徒を対象としたインタビュー調査を行い,他者との具体的なかかわりへの言及を交流と定義し,それがどのように語られるのかを,ディスコース分析によって検討した。その結果,生徒と研究者は,複数の解釈レパートリーに依拠して交流に言及することが分かった。これらの中では,異なるアイデンティティが構築された。生徒たちは,〈生徒〉,〈学習者〉,〈個人〉,〈級友〉,〈交流級の一員〉,〈部活の一員〉といった立場から交流に肯定的に言及していたが,〈生徒〉,〈学習者〉,〈個人〉,〈支援級の一員〉といった立場から交流とは距離を置く発話を行うこともあった。また,生徒たちは,前者のアイデンティティを重層化させて交流を肯定的に言及し続けることもあったが,後者のアイデンティティを参照してそこに条件を付与したり,交流をしない説明をしたり,機会が制約されていることを説明したりしていた。これらの結果から,交流を行わないことは積極的な合理性を持つ場合があること,生徒たちはアイデンティティを作り変えることで交流への言及を絶えず変化させていることが分かった。
  • 門田 圭祐, 内田 和宏, 山本 敦, 牧野 遼作, 加瀬 裕子
    2025 年24 巻1 号 p. 84-101
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    認知症者は,喚語困難や文脈の維持・理解の難しさから,会話の中で様々なトラブルに直面する。さらに,それらのトラブルが「認知症」に帰属された場合,認知症者のアイデンティティを脅かすような問題に発展しかねない。とくに後者の問題は,認知症者がコミュニケーションの中でどのように扱われるかに起因しており,認知症ケアの専門家が避けるべきものである。しかし,専門家たちがそれらのコミュニケーション上の問題をどのようにして回避しているのかは先行研究では明らかになっていない。そこで本稿では,認知症ケアの専門家がクライエントを「認知症」者として扱うことを避け,個人として扱うためのプラクティスを会話分析によって明らかにすることを目的とした。ソーシャルワーカーと認知症高齢者の会話からデータを収集し,2つの進行性のトラブルの事例を分析した。その結果,ソーシャルワーカーが採用している2つのプラクティス(質問の追加,話題の共同的な変更)が示された。分析結果から,ソーシャルワーカーは,進行性のトラブルが発生する直前の話題を再開できる可能性と進行性のトラブルのシリアスさに応じて,これらの実践を使い分けていることが示唆された。これらの実践を通して,ソーシャルワーカーはクライエントを「認知症」者として扱うことを避け,また,彼らを語ることのできる個人として扱っていると考えられる。
  • 信仰と労働に着目して
    岩下 夏岐, 佐川 佳南枝
    2025 年24 巻1 号 p. 102-123
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,労働災害に被災したタイ人の研究協力者の語りから,労働災害によって後遺症を有するという経験が,どう解釈され,いかなる生活再建がなされたのか明らかにすることである。特に彼らの語りから頻出した信仰と労働に着目して,直面する経済状況,宗教儀礼への参加や障害の捉え方,そして経験的意味世界に視野を広げて,当事者が望む生活再建の姿とはいかなるものかについて考察した。研究方法について,タイ東部にある労働災害被災者のためのリハビリテーションセンターに入所経験のあるタイ人で,協力の得られた男性8名,女性2名に半構造化面接を行った。この音声データと調査中に収集,記録した二次資料を分析対象に含めた。分析に際しては,分析視点として時間的,伝記的,因果的,主題的という4つの一貫性を参考にした。また本研究におけるモデル生成への志向性,および研究協力者の信仰や障害,生活に関する認識についてリアルに伝えることができる手法として方法論を検討し,モデル生成の部分ではM-GTAを援用しつつ,ライフストーリー分析を行うという折衷的手法を採用した。結果,研究協力者は労働災害に起因する様々な苦悩や不利益に信仰をもって対処する側面が認められた。また後遺症という身体変化以上に,それによって直面する経済的困窮や仕送りが出来ないといった家での役割喪失の危機に対して,より問題であると感じていた。
  • 人工内耳者のオートエスノグラフィ
    勝谷 紀子
    2025 年24 巻1 号 p. 124-141
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究は筆者の体験,長年にわたる原因不明の難聴が内耳の希少疾患によると判明し,人工内耳を装用し障害のある研究者となるまでをオートエスノグラフィで記述し,複線径路等至性アプローチ(TEA)によって整理・分析した。重要な分岐点によって体験を7つの区分に分けた。具体的には,①難聴による障害が認識も共有もされない「障害の『不在』」期,②難聴による障害が「少しずつ認識」された時期,③難聴による障害が「本格的に認識」された時期,④障害認識が曖昧な「中途半端な対処」期,⑤難聴に「直面せざるを得なくなる」期,⑥障害が共有される「『障害者』となる」期,⑦障害の共有が促進された「人工内耳者」期に分けられた。それぞれの特徴について述べるとともに,TEAによる分析結果を元に難聴における障害の共有の有り様を考察した。具体的には,「障害の『不在』」の段階,障害の「不明確な表出」の段階,障害の「不安定な共有」の段階,障害の「明確な共有」の段階のそれぞれについて述べた。最後に本研究の結果に基づき難聴者支援について考察した。
  • 精神科看護師のケアし,ケアされる経験に注目して
    石田 絵美子
    2025 年24 巻1 号 p. 142-156
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本稿では,精神疾患をもつ人々とかかわり,支援するとはどういうことかを,精神科病棟の看護師の「ケアし,ケアされる」経験に注目して記述することにより探究する。そして,「ケアし,ケアされる」経験をした看護師の側から患者を捉えなおすことを目指す。精神科病棟の看護師に対して非構成的面接を実施し,インタビュー・データを現象学的に分析した。看護師たちは,言葉にしたり,意識したりすることが困難な患者たちの思いや意向を模索しながら,入院中だけではなく,退院後までも彼らを気遣い続けていた。そこでは,看護師たちはケアを通して,患者へ関心を向け,共感して,理解を深めていた。他方で,それらのケアの是非や効果は分かりづらく,長期の間,ケアは更新されながら,対象や場所を広げ継続される中で,看護師の「ケアされる」経験が生じていた。以上のことから,精神疾患をもつ人々とかかわり支援するとは,様々な状況においてかかわりを継続していくことで,彼らへの理解をすすめていくことであった。そこで看護師は「ケアされる」経験だけでなく,癒やしやエネルギー,勇気を与えられたり,新たな役割を発見したりする機会を得ていた。そうした「ケアし,ケアされる」経験を通じて,看護師は患者たちの本来の資質も見出し,彼らを妄想や暴言暴力があり,理解することが困難な人たちというよりも,一人の人として捉えなおしていた。
  • 小児がんの子どもたちが生きる姿を通して
    道信 良子
    2025 年24 巻1 号 p. 157-165
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    人が人としてこの世界に「存る」ということを,小児がんの子どもたちの生きる姿から考える。一般的に,人が人として「存る」とは,個人が「生きる」ことと同じであるととらえられているが,医療人類学では,人が人として「存る」ということを,それぞれの文化の医療の制度や,医療の実践とのかかわりのなかで,より広くとらえていく。小児がん医療には,医師・看護師・セラピストからなる多職種のチームが,子どもの病気からの快復を支えている。子どもたち自身も快復を目指し,体力をつけ,治療に向き合っていく。他方で,治療の手立てがなくなり,自分に与えられた時間を生きていく子どももいる。人間の文化としての小児がんの医療制度やケアは,人が人として「存る/生きる」ということの何に光をあてるのだろうか。ヘルス・エスノグラフィの資料をもとに,この問いについて考え,子どもの生命(いのち)の多様なあり方を尊重する社会づくりに向けて,「存ることの公平性」という概念を提唱する。
  • 特別支援学校での教育実習体験に着目して
    木谷 岐子
    2025 年24 巻1 号 p. 166-185
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,特別支援学校での教育実習を行う学生が,障がいがある児童生徒とのかかわり方をみつけていくプロセスを導出することである。11名の学生にインタビュー調査を行った。修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析し,以下のプロセスを明らかにした。特別支援学校での教育実習を開始した学生は,児童生徒に“自分のかかわりの方法が通用しない”ことで“ショックと焦り”を体験する。そこから,“どうすればかかわらせてくれるのだろう”という志向をもって実習に臨む。そうした中で,学生は,児童生徒との“かかわりの糸口をみつける”節目を迎え,“その子が生きる世界に飛び込む”。その後,障がいがある児童生徒に対し,“あなたとわたしがかかわり合う”ことへの喜びを感じ得て実習を終える。プロセスが進行する間,学生は,“相方の実習生と支え合う”ことで児童生徒との“かかわりへのエネルギーをチャージ”していることがわかった。
  • 語り合い法を用いたオートエスノグラフィーの試み
    髙木 佑透
    2025 年24 巻1 号 p. 186-203
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究は,障害者のきょうだいである筆者が,立場の異なる複数の人と語り合い,オートエスノグラフィーを描くという試みを行い,きょうだいの体験の「質感」を明らかにすることを目的とする。語り合いは,知的障害のある弟との二者関係にとどまらないきょうだいの体験を明らかにするため,母親や友人と行った。また,当事者である筆者が内省を深め,非当事者にも伝わりやすい記述とするために,大学院の指導教員とも語り合いを行った。メタ観察を用いた分析では,きょうだいとして生きる中での感情だけでなく,先行研究であまり描かれてこなかった身体的な感覚も含めた「質感」を対象とし,それらの関係を構造化しつつ考察がなされた。結果として,きょうだいが障害者家族としてのみならず,「障害者」と異なる「健常者」としての両義的な自己を持ち,肯定的なものと否定的なものが入り乱れた「かなしみ」を弟に向けていることが明らかとなった。また,当事者の体験の質感を非当事者にも伝えるための方法論として,語り合い法を用いたオートエスノグラフィーという試みが有効であると考えられた。
  • 中国東北地域農村部に注目して
    薛 海升, 能智 正博
    2025 年24 巻1 号 p. 207-223
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究は,治療文化の変遷という側面から,外来文化と土着文化の相互作用に注目したものである。これまでの研究では文化間の境界線を想定し,心理療法のローカライゼーションがトップダウン的に設計されているという視点が重視されてきた。それに対して,本研究は文化間の交流を重視し,ボトムアップで自然発生という側面から,ローカライゼーションの事例を追いながら,その成立条件を探索した。具体的には,フィールドとして中国東北地域にある心理援助機関を選定し,オンライン参加観察の方法でデータを収集し,グラウンデッド・セオリー・アプローチで分析した。その結果当該機関で使われている心理療法が扱う問題の範囲,問題に対する解釈,解釈に基づく治療法,その効果という点における特殊性が明らかになった。さらに中国東北地域に既存の治療文化と比較し,それがいかに変遷したかを描き出すプロセスモデルを提起した。最終的に,農村部におけるメンタルヘルスシステムの構築に向けての具体的な提案を行った。
  • 古賀 佳樹, 川島 大輔
    2025 年24 巻1 号 p. 224-245
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究では8名のゲーム依存経験者に対してインタビューを行い,得られた語りを質的に分析することで依存プロセスと回復プロセスについて検討した。具体的には,8名に共通するゲーム依存の関連経験を抽出し,それらを時系列順に並べることで依存プロセスの共通点について検討した。分析の結果,「ゲームとの関係」と「日常生活の問題」の2軸からなる枠組が生成され,またその2次元上に,8名それぞれの経験を布置することで依存プロセスが3つのタイプに分類されることが明らかとなった。依存プロセスはそれぞれの特徴から「ゲーム先行タイプ」,「不適応先行タイプ」,「熱中度低タイプ」と命名した。さらに,ゲーム依存と関連要因の因果関係について検討し,孤独感や抑うつといった問題がゲーム依存に先行して生じている場合と,ゲーム依存の結果として問題が生じた場合の2つの方向性が認められた。個人内で両方のプロセスが生じる可能性があるが,前者は不適応先行タイプと熱中度低タイプに,後者はゲーム先行タイプに多く認められる関連だった。最後に,これらの研究結果と先行研究の知見を総合的に考察することで,予防や介入の方法を検討した。
  • 発症から17年経過した脳卒中者の経験
    藤原 瑞穂
    2025 年24 巻1 号 p. 246-259
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,脳卒中者の〈できる〉ようになることが,日常生活のなかでどのように立ち現れ,経験されているかを記述することである。 研究協力者は夫と二人で暮らしている80代の女性で,60代で脳卒中を発症し,右片麻痺となった。右手は麻痺のためにまったく動かなかったが,発症から17年経過し,ほとんどの家事を左手で行っていた。研究方法は,現象学的質的研究を援用した。非構造化面接を2回実施し,得られたテクストを繰り返し読み,語りに現れる脳卒中者の視点の動きと時の流れを追った。そして〈できる〉ようになることについて語りから浮かび上がってくるテーマをその関連性とともに全体的な構造として記述した。分析の結果,〈できる〉ようになるということは,【全廃のなかの可能性】【不自由さに慣れる】という脳卒中との「おつきあい」の仕方に関する2つのテーマを基盤とし,【〈できない〉ことからの分節化】【「ほんと」の自分が立ち現れる喜び】【「工夫」の生成と定着】【「忍耐」に寄り添う他者と「辛抱」できない他者】という4つのテーマによって構成されていた。〈できる〉ようになることに寄り添う他者との共同性について,ハイデガーの顧慮の視点から考察を加えた。
  • 私学常勤型スクールカウンセラーのインタビューから
    松岡 靖子
    2025 年24 巻1 号 p. 260-277
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    現在,日本におけるスクールカウンセラーは非常勤型が中心であり,常勤型スクールカウンセラーが活動しているのはごく一部の自治体の公立学校と,私立学校のみである。本研究は常勤型スクールカウンセラーの活動の有効性と課題を検討することを目的とし,私立学校の常勤型スクールカウンセラーにインタビュー調査を実施した。インタビュー・データをもとに修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによる分析を行い,常勤型スクールカウンセラーが活動を形作るプロセスを検討したところ,35の概念と7のカテゴリー,9のサブカテゴリーが生成された。結果から,常勤型スクールカウンセラーの活動には長所もある一方で「外部性・中立性確保の困難さ」「教員力動に巻き込まれる」「守秘義務の扱い」「任されすぎる」「多忙・負荷の大きさ」「専門性の揺らぎ」といった課題があると示唆された。しかし常勤型スクールカウンセラーは基盤作りや専門性の主張と説明を行うことでこの課題に対応し,専門性を確保し,各学校のなかで活動を方向づけていた。今後常勤型スクールカウンセラーの活動が全国的に広がっていくためには,多職種連携においてこのような専門性の主張と説明の力を持つスクールカウンセラーを育成することが必要であると考えられる。
  • 養護教諭の経験と感情の変化に焦点をあてて
    大野 志保
    2025 年24 巻1 号 p. 278-290
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    学校の日常で児童生徒が亡くなることはまれなことであるが,毎年一定数の報告があり,多くの教師が児童生徒の事故死などの学校危機を経験している。突然の事故などによる児童生徒の死亡は喪失体験でもあり,日頃は子どもたちを支えている教師も動揺しており,特に養護教諭の動揺が大きいことが報告されている。本研究では,学校で勤務する中で生徒の死亡事故を経験した養護教諭が,事故後につらいと感じたこと,つらい気持ちの軽減のために誰に支援され,何が支えとなって次の行動に移ることができたのかを明確にすることを目的とした。生徒の死亡事故を経験した養護教諭1名を対象にインタビューを実施し,生徒の死を受け入れ,気持ちの整理がつくまでの経験を聴きとった。そして,気持ちの整理がつくに至るまでの協力者の感情の動きと協力者の行動を後押しした要因,阻害した要因に焦点をあてて,養護教諭という仕事の中で遭遇した死亡事故経験の可視化を試みた。分析枠組みは,複線径路等至性アプローチ(TEA)を用いた。協力者は,事故直後は放心状態であったが,校内の救急体制の整備や事故が原因で不安定になった生徒たちへの対応に追われた。当該学年の生徒たちが卒業していった後,一人でお墓参りに行って自分なりの喪の作業を行い,生徒の死を受けいれるに至った。その後は,日常の生徒との交流や卒業生との再会,異動が転機となり,気持ちの整理がつくに至った。
  • ナラティヴ・セラピーの会話におけるセラピスト-クライアントの応答分析
    横山 克貴
    2025 年24 巻1 号 p. 291-309
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    ナラティヴ・セラピーは経験を語り直すことに主眼を置いたポストモダンの潮流に位置づけられる心理療法であり,「脱中心化し,影響を与える」というセラピストの関与の仕方に関する概念を持つ。この概念は,治療的会話において,セラピスト(Th)が影響力を発揮しながら,クライアント(Cl)を治療的会話の中心に位置づけるという考えを示しており,ポストモダンの心理療法に寄与する実践の在り方を示している。ただし,その具体性という点で検討の余地を残しており,本研究では,この「脱中心化し,影響を与える」という実践がどのようなものか具体化すること目的とし,以下のような方法で分析を行った。まず,ナラティヴ・セラピーをベースとした実践を行っているセラピストの会話を20セッション分収集した。そして,ThとClの発話を,質的なカテゴリ分析を用いて分析し,Thのミクロな発話形式,およびClの応答の分類を行った。その結果として,Thが多様な種類の発話を工夫しながら用いるとともに,主題の設定や評価というメタ的なレベルの会話の導入を通して,「脱中心化し,影響を与える」という実践を達成しようとする様相を描き出した。同時に,Thの発話に多様な仕方で応答することで,Clがそのような会話の生成に貢献することも記述した。
  • 自己切創または皮膚むしりの体験者が用いるレトリックの分析から
    新井 素子
    2025 年24 巻1 号 p. 310-328
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    ジャーナル フリー
    本研究は,自己切創または皮膚むしりの体験者である青年の語りに現れたレトリックの分析から,かれらが自傷行為をどのように伝えようとしているのか,そこから何が読み取れるかを探索するものである。自傷行為の体験者である大学生・大学院生22名の協力を得て,その体験を半構造化インタビューにより調査した。協力者の内,本目的に合致する体験者(自己切創と皮膚むしり各5名)のデータから比喩を抽出するとともにそれが喚起するイメージを特定し,レイコフとジョンソン(Lakoff & Johnson, 1986/1980)の考え方を参考に比喩やイメージを分析した。その結果,自傷行為のレトリックは,概略的には2つの解釈レパートリー(行為主体性と目的)で成り立つと考えられた。行為主体性の観点は3種(他律感に従うもの,自傷行為を主体的に自制するもの,自傷行為に積極的に及ぶもの),目的には5種(人目の利用,破壊の儀式,時空の超越,「薬効」の獲得,「生」や成長の可視化)のバリエーションが見出された。本結果から,行為者は自傷行為によって自分と現実をつなぐこと,自分や行為は社会の一部であること,行為の種類に応じて行為者の認知のありようが多少異なり得ることなどを伝えようとしたと推察された。行為者は自傷行為をビデオゲームのような体験として楽しむような一面があるが,それと同時に行為を止めようともしており,かれらは支援を必要としている可能性があると考えられた。
  • PrEPを使用する人々の語りから
    首藤 真由美, 金 智慧, 辻内 琢也
    2025 年24 巻1 号 p. 329-
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/05/09
    ジャーナル フリー
    本稿はHIV の曝露前予防(Pre-exposure prophylaxis:PrEP)がHIV 陽性者とPrEP 使用者の関係性の中でいかに使われ,どのような意味を持つのかを明らかにすることを目的とする。PrEP を使用する「男性と性交渉をする男性」3 名にWeb 会議ツールもしくは対面で半構造化インタビューを半年ごとに3 回実施した。得られた語りに対しては,HIV 陽性者との関係性の構築や維持に関する内容に着目しながら質的な分析を行った。その結果,PrEP 使用者にとってPrEP は,それまで「不確実」だった感染予防をより「確実」なものへと変化させたことが明らかになった。そしてPrEP はHIV に対する恐怖心の軽減と感染がコントロール可能である感覚をもたらし,相手との合意の上で使用されるコンドームと比較して,状況に依存せずに使用者自身を予防の「主体」へと変化させることを可能にした。これまで,3 名はHIV 予防の責任を他者に求めることもあったが,PrEP 使用者自身に転換された。さらに,PrEP はHIV 陽性者とのコミュニケーションを促進し,彼らをHIV 陽性者という属性ではなく,一人の人として捉えることを可能にしていった。その点から,PrEP はPrEP 使用者とHIV 陽性者との関係性の再構築と新たな関係性を築くきっかけとなっていることが示唆された。
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