2017 年 16 巻 1 号 p. 63-78
病院加療とは異なり,在宅療養生活においては,時間の経過とともに使われなくなるモノがそのままそこに残される,ということが起こる。とくに,本稿でとり上げた線条体黒質変性症のような進行の速い病気を患う患者とその介護者(配偶者)の場合,準備したモノがわずかな期間しか使用できず,生活の場には療養の歴史を物語るさまざまなモノが「残されていく」。本研究における介護者の場合,患者に関する記録を怠らない几帳面さがあるにもかかわらず,たとえばリモコンのようなモノが,患者が利用することができなくなった今もなお患者の近くに置かれている。その理由は,「残されるモノ」がそこに暮らす人びとに身体化されており,だからこそそれをそのまま同じ場所に置き使い続けるということにある。そしてこのことがもたらす意味として,ひとつには,病気の進行に振り回されないような療養生活が体現されていると考えられる。もうひとつは,モノと身体を通して,在宅療養という空間に家族の記憶が刻まれていくことが,病院加療とは異なる時間のあり方を示していると考えられるのである。こうした事柄への気づきは,ビデオエスノグラフィーという手法によって明らかにされえた。本稿では,この手法の背景と意義についてもまとめている。