第四紀研究
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2013年日本第四紀学会学術賞受賞記念論文
水月湖年縞堆積物の花粉分析と精密対比によって復元された,晩氷期から完新世初期にかけての気候変動の時空間構造─その古気候学的および考古学的意義─
中川 毅
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2023 年 62 巻 1 号 p. 1-31

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抄録

気候変動の地域による先行,遅延,あるいは同時性は,気候変動の因果関係を理解する上で,しばしばカギとなる情報を提供する.とくに,16〜10 cal. kyr BP頃に起こった晩氷期から完新世初期にかけての移行は,いくつかの急激な気候変動を含む上に情報も多いことから,気候変動の時空間構造を調べるためのターゲットとして理想的である.だが現実には,異なる地域の間で年代軸を精密に同期 (synchronise) させることは容易ではなく,気候変動のタイミング比較はほとんどの場合,仮説的な議論にとどまってきた.このことを踏まえ,本研究では福井県水月湖から新たに得られた花粉データ (n=510) および気候復元の結果について報告する.

水月湖の放射性炭素データはIntCal20の主要構成要素であり,絶対年代はU/Th年代と互換性がある.水月湖のきわめて精密な年代軸,およびグリーンランドのアイスコアに含まれる宇宙線生成核種の研究の進歩により,水月湖とグリーンランド,またその他の多くの地域の精密な対比が可能になった.それによると,完新世および晩氷期亜氷期 (ヤンガー・ドリアス期に相当) の開始は,いずれも水月湖とグリーンランドの間で同時だった.ただし晩氷期亜間氷期 (ベーリング・アレレード期に相当) の開始については,水月湖がグリーンランドに200年ほど先行した.偏西風の双峰的 (bimodal) な移動は,東および南アジア (ひょっとすると西アジアも) において急激な変動を産み出す,「しきい値」 を含んだメカニズムとして重要だったかもしれない.大西洋においては,緯度方向の鉛直循環 (Antarctic Meridional Overturning Circulation: AMOC) のオン・オフの切り替わりが,より強力な 「しきい値」 メカニズムとして存在していた.アジアと大西洋のしきい値の高さが異なることで,両者の気候応答に数十年〜数百年規模の遅延が生じた.また,どちらか一方だけが応答した場合には東西で気候モードの不均衡が発生し,気候は不安定化した.気候が安定な時代は,人類が農耕と定住を開始した時期に対して良い一致を示した.これらの新しい生活技術は気候が安定した時代,すなわち短期的な予測が可能な時代でないと,必ずしも生存にとって有利に働かなかったのかもしれない.

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