日本の中部地域では更新世末期の縄文時代草創期に帰属する層位から出土する動物遺存体の事例は少ない.そのため,動物遺存体が保存されやすい洞窟遺跡は注目され,新たな動物遺存体データの蓄積が待たれている.この研究では,1950年に岐阜県の九合洞窟より出土した動物遺存体について新たなデータを提示し,縄文時代草創期終末の生業に関わる知見を示す.2点のニホンジカの骨の炭素年代測定では中央値で約11,658 cal BPおよび約11,627 cal BPという較正年代が得られた.動物種の構成からはニホンジカとイノシシが主要な狩猟対象獣であったことが示され,ニホンザルやツキノワグマ,カモシカの存在から遺跡周辺の山地性動物資源の幅広い利用が推測された.また,イノシシの下顎骨の歯の萌出段階から,冬季に狩猟されたことが示唆された.さらに,九合洞窟のニホンジカ遺存体の計測値は中部地域における他の時期のものと比較して,後の時代のものより大きなものであった.