抄録
地球温暖化の防止は人類共通の喫緊の課題であり,日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指し,運輸部門では2035年までに乗用車の新車販売で純粋なガソリン車をゼロにすることを掲げている.カーボンニュートラルの実現に向けて,再生可能エネルギーと組み合わせた水素の利用が注目されている.運輸部門での水素の利用としては,水素と酸素の電気化学反応を利用する燃料電池車 (FCV:Fuel Cell Vehicle) が研究開発されており,2014年に市販化されている.これまでに乗用車 (LDV:Light Duty Vehicle) ,バス,フォークリフトなどがFCVとして実用化されて普及が期待されている.FCVの燃料である水素は,単位体積あたりのエネルギー密度が著しく低いため,最大70 MPa (15 ℃基準) に圧縮して専用の圧縮水素容器に充填する.水素の充填を行うための圧縮水素スタンド (水素ステーション) も設置が進められている.現状では概ねLDVで5 kg,バスで25 kg,フォークリフトで1 kg (35 MPa) の圧縮水素を搭載している.
近年では,大型車 (HDV:Heavy Duty Vehicle) への燃料電池の応用が世界的に注目されている.HDVでは,最大100 kgの水素搭載量が想定されている.さらに,HDV以上に水素搭載量が多い鉄道,船舶,航空機等のモビリティへの燃料電池 (または水素燃焼エンジン) の応用も研究開発が進められている.このような大量の水素を搭載するモビリティでは,現在利用されている圧縮水素ではなく,液体水素での利用形態も検討されている.70 MPaの圧縮水素より液体水素の方が,密度が高くより小さいスペースで車両に搭載できるため有利とされる.
水素の液化が初めて達成されたのは1898年のことで,Dewarにより20 ccの液体水素が得られた) .その後,水素の液化手法の研究が進み,現在は数十トン/日程度の大規模な液化水素プラントも世界各地で稼働している.
モビリティの燃料として液体水素の応用が検討され始めたのが1950年頃である.その頃から燃料として液体水素を搭載した飛行機やロケットの研究開発が盛んになり,1963年には液体水素を燃料としたエンジンがロケットに初めて使用された .現在でも,ロケットエンジンの燃料として利用されている.
一方,地上を走行する車両への液体水素の利用は,少し遅れて1966年にGeneral Motors (GM) からプロトタイプ車両が発表された .現在,市販のFCVで利用されている圧縮水素よりも早い段階で液体水素の利用が検討されている.また,ロケットと同様に液体酸素も搭載しており,ロケットは燃焼としての利用であるが,このプロトタイプ車両は燃料電池としての利用である.2000年頃には水素ステーションでの車両への液体水素の充填試験や公道での走行試験が実施されている.
2010年前後から,純粋な液体水素ではなく超臨界領域も考慮したCryo-Compressed Hydrogen (CcH2) に関する研究が多くなっている.米国のLawrence Livermore国立研究所 (LLNL) ,BMW,Lindeなどによって車両への充填試験などが行われている.近年では,Daimler TruckとLindeによるSubcooled Liquid Hydrogen (sLH2) も注目されている .
本稿では,従来の液体水素 (LH2:Liquid Hydrogen) ,CcH2,sLH2の各利用形態に対して充填技術の特徴と開発の歴史をまとめる.