JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
エッセイ
応援歌「Green boys」などを聴きながら 〽諦めないのが僕らの道標
― 歩行者保護に関する受賞秘話 ―
鴻巣 敦宏
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2024 年 2024 巻 11 号 論文ID: JRJ20241104

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応援歌「Green boys」などを聴きながら 〽諦めないのが僕らの道標 

― 歩行者保護に関する受賞秘話 ―

鴻巣 敦宏

Atsuhiro KONOSU

はじめに

筆者は,交通事故被害の削減に貢献したいとの一心で,1995年に大学を卒業して一般財団法人日本自動車研究所(JARI)に入所した.当時,交通事故時の歩行者の保護に関する機運が国際的にも飛躍的に高まっており,さまざまな研究活動が日本・欧州・米国などを中心に盛んに行われていた.入所直後から,筆者は歩行者保護に関する研究活動グループに配属され,その後,25年以上の長きにわたり,歩行者保護に関する研究ならびに数多くの国際的な基準化・規格化活動に取り組み続けてきた.時に苦しいことや辛いことも数多く経験したが,都度,当時の応援歌「Green boys」1) などを聴きながら自らを鼓舞し,諦めずに果敢に挑戦してきた.その結果,幸いにも各研究や活動の内容が国内外で認められ,これまでに計4つの栄えある賞を頂戴することができた.

このたび,僭越ながらも受賞に関するエッセイを書く機会を頂戴したため,各賞の概説や評価された点に加え,受賞に至った活動を通じて皆様にも役立つと思われる“副次的に得られた貴重な点”について紹介させていただきたい.

受賞概説

表1に受賞一覧を示す.いずれも,都度,国内外のさまざまな関係者の皆様とともに取り組んでいた歩行者保護に関する研究ならびに国際的な基準化・規格化活動の成果が国内外で高く評価され,各賞の受賞につながったものである.次節では,各賞の概要について,当時の思い出とともに紹介する.

表1 受賞一覧

受賞年 受賞題目 表彰団体 受賞の対象
2002年

RALPH H. ISBRANDT Automobile Safety Engineering Award

(ラルフ・H・イスブラント 自動車安全工学賞)

Society of Automotive Engineers (SAE)

欧州提案のサブシステム歩行者保護試験法の妥当性検証

<論文タイトル> Comparison of Pedestrian Subsystem Safety Tests Using Impactors and Full-Scale Dummy Tests 2)

2004年 浅原賞学術奨励賞 Society of Automotive Engineers of Japan, Inc. (JSAE)

フレキシブル脚部インパクタ(FlexPLI)開発

<論文タイトル> Development of a Biofidelic Flexible Pedestrian Legform Impactor 3)

2023年 U.S. Government Award for Safety Engineering Excellence (米国政府安全技術優秀賞) The International Technical Conference on the Enhanced Safety of Vehicles (ESV)

国際的な歩行者保護に関する研究ならびに基準化・標準化活動

  •    FlexPLI開発
  •    FlexPLI国連基準化活動(UN-R No.127, GTR No.9)
  •    次世代脚部インパクタ(aPLI)開発
  •    aPLI国際規格化活動(ISO/TS 20458, ISO/TS 20459)
  •    歩行者保護に関する国際調和研究活動(IHRA/PS)  他

2024年 標準化活動功労者表彰 JSAE

歩行者保護に関するISO活動

  •    aPLI国際規格化活動(ISO/TS 20458, ISO/TS 20459)
  •    歩行者頭部試験法の国際規格化活動(ISO 16850, ISO 14513)

RALPH H. ISBRANDT Automobile Safety Engineering Award(2002年受賞)

1967年に米国の自動車技術会(Society of Automotive Engineers (SAE))会長に就任した「RALPH H. ISBRANDT」の名を冠したこの賞は1972年に創設され,「毎年,自動車安全工学をテーマとした最も優れたSAE技術論文またはジャーナル記事の著者を表彰するものである」とされている4)

受賞の対象となった論文は,欧州の研究団体であるEuropean Enhanced Vehicle-Safety Committee(EEVC)から提案された「EEVCサブシステム式歩行者保護試験法(図1参照)」5) の妥当性について,当時最先端の歩行者全身ダミーを用いて実験的に検証した論文2) であり,当時,一緒に研究を行っていた同僚の研究員とともに,創設以来,日本人として初めての受賞者となった.(注:研究の詳細については,参考文献にて,直接ご確認いただきたい.以下,同様)

当該研究を実施していた際,筆者は,まだ20代の駆け出しの研究員で,日々,同僚達との喧々諤々の議論をおこないながら,歩行者全身ダミーを用いた実験や,実験結果の解析・考察などに取り組んでいた.そのような駆け出しの時点で,創設以来,著名な研究者たちが受賞者に名を連ねるこのような栄えある賞を受賞できるとは全く想像しておらず,受賞の一報を聞いた際には,青天の霹靂として,大きな驚きと深い感銘を受けたことを覚えている.

授賞式はSAEの年次大会の会場(Cobo Center,米国,デトロイト)でおこなわれ,SAEの主要関係者が一堂に会した盛大な式典にて表彰状(図2)を頂いた.また,式典後は,数多くの米国の研究員から驚きと祝福の声が掛けられ,本賞の偉大さをあらためて現地で痛感した次第である.

図1 「EEVCサブシステム式歩行者保護試験法」の概念図

図2 RALPH H. ISBRANDT Automobile Safety Engineering Awardの表彰状

浅原賞学術奨励賞(2004年受賞)

これは日本の自動車技術会(Society of Automotive Engineers of Japan, Inc.(JSAE))の初代会長 浅原源七氏の提案により1951年に創設された賞であり,「自動車技術に関する優秀な論文等を発表した将来性のある新進の満37歳未満の個人」を対象に表彰されるものである6)

受賞の対象となった論文は,当時,前述のEEVCから提案されていた歩行者脚部インパクタ5)よりも人体忠実度が高く,自動車の歩行者脚部保護性能をより適切に評価できる「フレキシブル脚部インパクタ(FlexPLI)」の開発に関する論文である3)

骨部が剛体として開発されたEEVCの歩行者脚部インパクタよりも人体忠実度を飛躍的に高めるため,FlexPLIの開発においては,人骨と同様の骨の曲がりが再現できることを目標の一つとした.しかし,人体忠実度の高さの観点で必要な骨部の曲がりと,試験機器として求められる耐久性の高さの両立には苦労し,最適な素材・形状の検討や,その試作ならびに性能確認実験に,日々,同僚たちと頭を抱えながらも,果敢に挑戦していたことを記憶している.

授賞式はJSAEの春季大会の会場(パシフィコ横浜・会議センター)にておこなわれ,JSAEの神本会長(当時)から,直接,記念の盾(図3)を頂戴した.会場が日本で,かつ,胸章を付けた大変厳粛な式典であったこともあり,大変緊張しながら記念の盾を頂戴したことを記憶している.

図3 浅原賞学術奨励賞の記念の盾

U.S. Government Award for Safety Engineering Excellence(2023年受賞)

これは,米国の運輸省道路交通安全局(National Highway Traffic Safety Administration (NHTSA))が,各国の関連省庁と協力して開催する自動車の安全性に関する国際会議(The International Technical Conference on the Enhanced Safety of Vehicles(ESV))に創設された賞であり,「自動車安全分野において並外れた科学的な貢献を行い,自動車の公共に関し優れた活動を行った個人」を対象に表彰されるものである7)

受賞の対象となった活動は,前述のFlexPLIの開発に加えて,国連でのFlexPLIの国際基準化活動8), 9)や,FlexPLIの改良版である次世代脚部インパクタ(aPLI)の開発への貢献10),さらにはISOでのaPLIの国際規格化活動 11), 12) に加えて,NHTSA主導で実施された歩行者保護に関する国際調和研究活動13)などである.これらの長きに渡り,所内外の関係者の皆様と協力しながら,諦めずに鋭意取り組んできた各研究・活動の成果が,総じて国際的に高く評価されたものと考える.

特にFlexPLIやaPLIの開発への貢献においては,当時,社会として必要と思われるが,世の中に存在せず,実現の可否もわからないインパクタを世界に先駆けて開発するという大きな使命感をもとに,所内外の関係者の皆様と勇猛果敢に挑戦していたことを思い出す.また,その社会実装に向けて,国連での基準化活動やISOでの規格化活動にも挑戦し,関係者の皆様のご協力を得ながら,基準・規格の発行までたどり着いた際には,大きな達成感とともに,肩の荷がおりたとの安堵感も同時に覚えた.インパクタの開発においては,数々の技術的な高い壁にくじけそうになる時も多く,また,基準化・規格化活動においては,関係者間の国際的な合意を得ることの難しさを日々感じていたが,今になって振り返るといずれも大変貴重な経験であったと感じている.

授賞式は,2023年に横浜で開催されたESV国際会議の会場(パシフィコ横浜・ノース)で執り行われ,ESV国際会議の参加者が一堂に集う受賞式にて,NHTSAの代表者から記念の盾が授与された(図4,図5).式典においては,大きな国際会議の場で賞を頂けたことを大変嬉しく感じるとともに,式典後は数多くの国内外の関係者の皆様から祝福の言葉を頂戴したことをいまだ鮮明に覚えている.また,本受賞は国土交通省のプレスリリース14) や日本の新聞15) 等でも紹介され,大きな反響を得たことも記憶に新しい.

図4 U.S. Government Award for Safety Engineering Excellenceの授賞式の様子(筆者:左から2番目)

図5 U.S. Government Award for Safety Engineering Excellenceの盾

標準化活動功労者表彰(2024年受賞)

これは「標準化活動及び規格類の質的な向上に対して顕著な業績を挙げた方の業績を称え表彰し、功労者へのさらなる支援と標準化活動の重要性認識の増進」を目的とし,2003年にJSAEにて創設された賞である16)

表彰の対象となった活動は,aPLIの国際規格化活動(対象:ISO/TS 20458 11), ISO/TS 20459 12))ならびに歩行者頭部試験法の国際規格化活動(対象:ISO 16850 17), ISO 14513 18))となる.

筆者は2000年初めから歩行者保護に関する国際規格化活動に断続的に取り組んでおり,規格化会議への専門家としての数多くの参加や,規格化会議の事務局として国際規格の発行や改定に貢献したことが,JSAEにて高く評価されたものである.

特に,aPLIの国際規格化活動においては,日本がプロジェクトリーダ国として主導的な立場で規格化活動を推進していたが,途中で新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行(コロナ禍)により,公式な規格化活動が一時中断し,進められなくなるなどの異常事態も経験した.また,コロナ禍が多少落ち着いた後にも,対面会議の開催が制限され続けたが,無事に2023年に発行され,ISOの関係者から感謝の意が示された.

授賞式はJSAE本部で開催され,自動車標準化委員会の委員が参列するなか,加古委員長(当時)から表彰状が授与された(図6).また,受賞後は,受賞スピーチが求められ,表彰頂いたことに対する感謝の念を述べるとともに,分野に限らず,継続的な国際規格化活動への貢献に関する熱い想いを表明した.

図6 標準化活動功労者表彰の様子(筆者:右側)

全体を通して評価された点

前述のように,幸いにも計4つの歩行者保護に関する賞を頂戴させていただいたが,全体を通して評価された点といえば,関係者の皆様とともに,世の中で必要とされる研究や基準化・規格化活動を考え,鋭意取り組むとともに,最終的に確かな成果を上げられた点と考える.

当たり前とも思われるが,世の中で必要とされていることは何かについて考え,かつ,研究の実施に留まらず,研究の成果を活用した規格化・基準化活動にも真摯に取り組み,最終的に規格化・基準化まで達した,言い換えると「社会実装まで達した」ことで,名実ともに安全・安心な交通社会の構築に貢献したと判断され,それらの活動が国内外で高く評価されたものと考える.

もちろんのこと,社会実装まで至るには,数多くの高い壁や,いわゆる「死の谷」などが存在し,基本的には並大抵の努力では務まらないものと考える.そのため,日々,より安全・安心な交通社会を構築したいという高い志を持ち,日々の研究や活動に同じ志を持つ関係者の皆様とともに,継続的に挑戦することが重要と考える.

副次的に得られた貴重な点

前節までは,受賞に直結する内容を中心に,やや硬めの文章で紹介させていだたいた.一方,本節では,受賞に関連する活動を通じて“副次的に得られた貴重な点”について,私見を交えて,少し肩の力を抜いて紹介させていただきたい.

第一に副次的に得られた貴重な点は,研究能力や語学力の向上である.世界をリードする研究ならびに基準化・規格化活動に取り組むには必然と高い研究能力や語学力が必須となる.入所当初は右も左もわからない若手研究員の一人であったが,そのような厳しい環境に飛び込み必死に泳ぎ回ることで,否が応でも自然と学習意欲が湧き,業務の傍ら学生時代以上に勉学に励んでいたことを記憶している.また,国際会議では学位の程度によって意見や存在が軽んじられる面もあり,その悔しさをばねに社会人大学院にも通い,博士(工学)の学位も取得した.その甲斐などもあり,関係者の皆様の助けを借りながらも,世界をリードする研究活動に携わることができるとともに,国連の基準化関連会議の議長・副議長などの大役に加え,ISOでの国際規格化活動における専門家・事務局の役割も担うことができた.もちろんのこと,能力開発には限りがなく,まだまだ勉学が必要な状況に変わりはないが,入所当時と比較すると大きな差を感じており,賞以外に得られた最も良かった点と考える.

第二に,幅広い国際的な知見が体得できた点である.最近はリモート形式の国際会議も多いが,筆者が活動をおこなっていた時期は対面会議が多く,欧州,米国,豪州,さらにはアジア各国などに数多く訪問し,各国の交通事情に加えて,人や文化の違いなどを肌で感じることができた.交通事情の違いにおいては,例えば,2015年ごろに東南アジアを訪問した際には,いまだにヘルメットを被らずに自動二輪車に乗車することが普通であったり,バスの代わりにトラックの荷台に数多くの方が乗り移動することが一般的な国が実在し,日本との差に非常に大きなカルチャーショックを受けて帰国の途に就いたことを記憶している.また,2000年頃に初めて米国に訪問した際には国土の広さの違いにより日本とは道路環境が大きく異なり,安全対策の優先順位や考え方が大きく異なる可能性があることを体感した.加えて,欧州では日本よりも横断歩道における歩行者優先の意識が極めて高く,歩行者事故の発生割合に大きな違いが生じる要因の一つを実感することもあった.一方,人や文化の違いにおいては,例えば,欧米の方は会議の合間に適時設定されるコーヒーブレークは休憩時間というよりは,皆と非公式かつ率直に会話をおこなう時間との意識で,積極的に皆と会話をおこなうため,往々にしてコーヒーブレークの時間が伸びる傾向にあった.また,ドイツの方との夜の懇親会に参加した際には,日本では夜の6時頃から始まって2時間程度で一次会が終了といった感覚があるが,ドイツの方は,ほぼ全員が真夜中まで美味しい地ビールを延々と飲み続け,次の日も何事もなく会議に参加するというタフな一面を感じることができた.また,東南アジアの方とは現地の方々の比較的に温和な性格のせいか,日程調整が難しい傾向にあり,1日前にならないと会議の開催が確定しないことなども,数多く経験した.また,中国では室温のビールが普通であったり(日本ではクレーム問題),高アルコール濃度(30度~60度)の白酒を小さなグラスで何度も酌み交わす(盃を乾かす)ことで親交を深める文化があることも身をもって知ることができた.加えて,2000年代に訪問した韓国では,市内に掲げられたハングル文字が読めず,地元の方との英語での簡単な会話も通じずに苦労した点もあったが,本場の料理は大変美味しく感じられた.もちろんのこと,全ての知見が業務に直結するという訳ではないが,国内だけで活動をおこなっていると日本中心となり視野が狭くなるため,国際的な研究・活動を通して国際的な知見を体得できたことは,今後とも国際人の一人として活動をするうえで大変良かった点の一つといえる.

第三に,業務に対する意欲・やりがいの向上である.国内だけでも研究や基準化・規格化に関する活動や競争は活発と思われるが,国際社会に出るとさらに競争や活動が激しくなる.また,日本の代表として国際会議に参加する際には,自分の行動や発言が日本の命運を左右する可能性も生じる.そのため,真摯に研究ならびに基準・規格化活動に取り組むようになり,業務に対する意欲・やりがいが飛躍的に向上する.無論,難易度が格段に上がるため,途中でくじけそうになる時も多々生じるが,都度,関係者の皆様や「Green boys」1) などの応援歌の力も借りながら,諦めずに地道に取り組むことで,数々の苦難を乗り越えることができた.意欲・やりがいの向上は,大きな自己成長にも繋がるため,これも大変良かった点の一つといえる.

上記以外にも,副次的に得られた貴重な点は計り知れず(残りの貴重な点は,飲み会の場などで,オフレコでご紹介したい),特に,将来を担う若手研究員の皆様には,積極的・主体的に国際的な研究や基準化・規格化活動に挑戦することをお勧めしたい.

おわりに

入所以来,歩行者保護に関する研究ならびに国際的な基準化・規格化活動に取り組み,幸いにも計4つの賞を頂戴することができた.本稿では,各賞の概説や全体を通して評価された点に加え,賞以外に得られた副次的な貴重な点について紹介した.活動の時代は異なるが,本稿が,特に将来を期待される若手研究員の皆様に役立つ情報になり,数々の受賞や貴重な経験の獲得に繋がれば幸いである.もちろんのこと,交通事故の被害低減は道半ばであることから,筆者も引き続き,安全・安心な交通社会の構築に貢献するとともに,さらなる受賞や新たな経験にも挑戦していきたい.最新の応援歌19) や同志とともに.

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
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