JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
技術資料
自動運転車の安全性評価に活用可能な車両位置計測手法の構築
山口 直紀菊地 一範
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2024 年 2024 巻 2 号 論文ID: JRJ20240203

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Abstract

昨今の「高度な自動運転を用いた移動・物流サービスの実現・普及」に向けた政府主導の取り組みを受け,サービスを目的とした自動運転車の実用化が加速しており,公道環境下での試験需要が高まりつつある.しかし,現状のRTK補正での高精度の車両位置計測は車両やアンテナが見える位置になければ計測ができず,見通しの悪い環境においては計測が困難である.そこで,RTK補正信号を用い,高精度で見通しの悪い公道においても車両位置計測が実施できるシステムを構築した.

1. はじめに

自動運転車の社会実装のためには,自動運転機能の安全性を評価することが不可欠である.その手法の1つに「データ分類型シナリオベースアプローチ」が挙げられる.このアプローチは,実際の交通場面で得られる交通流の観測データや事故等の発生状況データを“シナリオ”という形で体系的なカテゴリに分類し,そのシナリオごとにデータベース(DB)として蓄積して,評価に利用する方法である.近年,各国のプロジェクトでDB構築が進められており,日本では経済産業省のSAKURA(Safety Assurance KUdos for Reliable Autonomous vehicles)1), 2) 事業において,国内における実際の交通場面での車両挙動がデータとして取得され,DBが整いつつある.シナリオに関しては,2020年に一般社団法人日本自動車工業会(Japan Automobile Manufacturers Association:JAMA)から発行された「自動運転の安全性評価フレームワークVer1.0」において自動車専用道に特化したシナリオが提案され,さらに2022年のVer3.0への改定では一般道のシナリオも追加された3)

自動運転車の安全性評価に際して,DBに蓄積された様々な交通場面の全てを実車試験で論証することは現実的ではなく,シミュレーションを用いることが効率的とされている.ただし,安全性論証に用いられるシミュレーションは,少なくとも実車の安全性を過大評価するものであってはならない.その点に関して,車両に係る国際基準等においても,使用するシミュレーションの妥当性を示すための最低限の実車試験が求められており,より精度が高く汎用的な実車計測技術の進展が望まれている.他方,昨今の「高度な自動運転を用いた移動・物流サービスの実現・普及」4) に向けた政府主導の取り組みを受け,サービスを目的とした自動運転車の実用化が加速している.これらの自動運転車は,走行するエリアや環境が限られる場合がほとんどであり,安全性の論証を求められるシナリオも限定される.ゆえに,シミュレーションを構築するよりも実車試験での安全性評価が効率的なケースも多く,当該自動運転車が走行する実際の公道環境下での試験需要も高まりつつある.

ADAS(Advanced Driving Assistant System)の性能評価など,テストコースで実施する試験においては,車両の位置計測にGPS(Global Positioning System)の精度を高めるための補正信号を用いる装置が使用されている.ただしこの補正信号の送信は,専用の無線機によって行うため,見通しの良い環境でしか使用できない.自動運転車の社会実装に向けた安全性評価では,実際に当該車両が走行する公道環境下で車両位置を計測することが有効であるが,公道環境下では建造物や地形などで見通しが悪い場面も多く,既存の計測装置を使用できるケースが限られる.そこで,GPSの補正信号を携帯電話回線で送信するシステムを構築し,多様な公道環境下で自動運転車の安全性評価に活用できるようにした.本報では,その計測精度を検証した結果を報告する.

2. 補正信号の送信方法

車両位置を計測する一般的なGPSデータロガーでは,位置の測位精度を高めるためにRTK方式の補正を行うが,この補正に必要なRTK信号の送受信は,GPS RTK基地局と呼ばれる機器の専用無線機を使用する.これに対して,携帯電話回線の機能を有する専用機器を用いて補正を行う市販装置もあるが,携帯電話回線のキャリアを変更することが容易にはできないため,試験実施エリアでの通信状態が悪い場合に対応できない.そこで今回,専用の機器を使用せず,汎用の製品のみで比較的簡便に補正信号を送信できるようなシステムを構築した.

通常のシステムと今回構築した携帯電話回線を用いたシステムの構成を,それぞれ図1に示す.

図1 RTK補正信号の送信方法

構築したシステムでは,基地局側(送信側)のノートパソコンのUSBポートから取り込んだRTK補正信号を,携帯電話回線を介して車両側(受信側)ノートパソコンに送信し,RTK補正信号をそのノートパソコンからデータロガーに出力するようにした.基地局側のノートパソコンは,簡易のサーバーとしても機能しているため,1つの基地局から複数の受信側ノートパソコンに対して同時に補正信号を送信することも可能であることから,複数の車両の位置を同時に計測することも可能となる.基地局側のWi-Fiルーターは専用のものを使用するが,車両側のWi-Fiルーターは自由に選択することができる.したがってその場所で最も受信が安定する携帯電話回線のキャリアを選択できる.なお,基地局側のルーターは有線形式で構成することも可能であるが,今回は基地局を様々な場所で運用することを想定し,携帯電話回線を使用するWi-Fiルーターとした.

3. 計測精度の検証

3.1 検証方法

今回構築したシステムと通常のシステムとでは,計測精度に差が生じるのかを検証するため,図1に示した2つのシステムを1台の実験車両に同時に装備し,一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の城里テストセンター(STC)内に9つある試験路のうち外周路を使用して位置計測を行った.

図2に実験車両に車載したGPSデータロガーを示す.システムごとにそれぞれのGPSデータロガーを計装した.また,補正信号のGPS RTK基地局も,図3に示す様に通常システム用と携帯電話回線を利用したシステム用とでそれぞれ設置した.なお,いずれの機器も精度校正されている同じ製品を用いた.

図2 実験車両に計装したGPSデータロガー

図3 設置したGPS RTK基地局

3.2 静的精度

まず車両を停車させた状態で,構築したシステムが,通常システム構成でのGPSデータロガーの公称精度(半径1 cmの円の中に95%以上のデータが含まれる)5), 6)と同等であるのかを検証した.計測結果を図4に示す.なお,計測時間は連続1分間とした.

図4に示す各円の中心は,記録したデータの中で最も多く計測された位置を表している.赤色の円はデータロガーの公称精度である半径1 cmの円を示し,黄色の円は測位した全てのデータを内包する円を表す.通常のシステムでは,全データのうち99.6%のデータが赤色の基準円の中に収まる.一方で,携帯電話回線を用いる今回のシステムでは,全データのうち赤色の基準円の中に収まるのは98.3%であり,また内包円の半径が0.3 cm大きい.ただし,構築したシステムでも,GPSデータロガーの公称精度である「半径1 cm以下に95%以上のデータが含まれている」という公称精度を十分に満足していることを確認した.

図4 静止状態での精度検証の結果

3.3 動的精度

次に走行時の計測精度を検証した.外周路の直線区間において,実験車両を80 km/hで200 m(約9秒間)走行させて取得した,位置データの分析結果を図5に示す.走行中は時々刻々と位置が変わるため,静止状態の様に公称精度を求めることができない.そのため,それぞれのシステムでの計測値を比較することとした.図中の各プロットは,各時刻において,通常のシステムにより計測された位置を円の中心とした場合に対して,携帯電話回線で補正したシステムで計測された位置のずれ量を示している.すなわち,通常システム構成で計測された位置を正と仮定した場合の計測値の誤差と考えることができる.

赤色の円はデータロガー公称精度である半径1 cmの円,灰色円は倍の半径2 cmの円を表している.それぞれシステムの計測データが公称精度±1 cmで計測されることから,同時刻に記録された座標の誤差は最大で±2 cm許容できると考えられる.

図5 走行中の精度検証の結果

4. 車両挙動計測の試行

実車による公道環境下での安全性評価を想定し,一例として,見通しの悪い曲路を走行する車両の車線内位置(ふらつき)の計測を試行した.

4.1 計測方法

2章で構築した携帯電話回線を用いて補正を行うシステムを実験車両に計装し,STC内の試験路(外周路)にて,走行中の車両位置を計測した.外周路に設定した走行区間を図6に示す.

曲路区間は800 m以上あり,通常のシステムではGPS RTK基地局から全区間を見通すことができないため,設定した曲路区間の計測が困難である.図中に黄色い点で示した,直線区間の2点および曲路区間(曲率半径:425 m)の3点の白線(車線区分線)中央の位置をあらかじめ測定し,これらの点を基準として直線区間と曲路区間の各座標を計算で求め,データ分析用の地図データを作成した.

実験車両はLKA(Lane Keeping Assistant)およびACC(Adaptive Cruise Control)を装備しており,実験では,ACCの速度設定を60 km/hもしくは100 km/hにして,LKAを作動させた状態でハンドルには手を添えるだけで車両を走行させた.

図6 外周路に設定した走行区間とリファレンスポイント

4.2 計測結果

直線区間での計測結果を図7に示す.

図7 直線区間走行時のふらつき

図の縦軸は,走行している車線中央と車両中心とのズレの大きさを示し,左方向を正として示している.左右方向の偏差の値から,車線中央から±0.6 m程度の範囲でふらつきながら走行していることがうかがえる.

次に曲路区間での計測結果を図8に示す.

図8 曲路区間走行時のふらつき

いずれの速度の結果も,グラフの中心がマイナス(右方向)へオフセットしている.60 km/hの結果では,車線中央からおおよそ0.1 m右方で車線内を走行しているが,100 km/hの場合には,車線中央から最大で2 m程度右方まで移動して車線逸脱しており,LKAの機能だけではR425 mのカーブを追従できていないことが計測したデータからわかる.

5. まとめ

今回構築した携帯電話回線を使用してRTK補正信号を送受信するシステムでは,通常の専用無線機を使用するシステムと同等の精度を満足する位置計測が可能であることを確認した.また,通常の専用無線機を使用するシステムでは位置計測ができない見通しの悪い曲路区間において,RTK精度での計測を行うことも実績として得られた.この計測手法が,多様な公道環境下での実車試験において活用されることを期待したい.

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
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