JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
研究活動紹介
計測車両を用いた自動運転の安全性評価に関する実交通流データ収集技術の現状と今後の課題
平山 泰司大谷 健登榎田 修一松原 宏樹
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー HTML

2024 年 2024 巻 2 号 論文ID: JRJ20240208

詳細
Abstract

都市を中心に世界の人口が増加する中,自動車のさらなる普及拡大が想定され,交通事故の削減,渋滞の緩和や環境負荷の低減等がより必要となる.今後既存の取組だけでは抜本的な解決が困難と予想されるため,新たな取組である自動運転への期待は高く,関連する市場の拡大も見込まれる.本研究では,計測車両を用いた自動運転の安全性評価に関する実交通流データの収集技術の現状として,収集方法,データ分析方法を紹介するとともに,今後の展望について述べる.

1. はじめに

都市を中心に世界の人口が増加する中,自動車のさらなる普及拡大が想定され,交通事故の削減,渋滞の緩和や環境負荷の低減等がより必要となる.今後既存の取り組みだけでは抜本的な解決が困難と予想されるため,新たな取り組みである自動運転への期待は高く,関連する市場の拡大も見込まれる.自動運転は,運転者による運転を前提とした従来の安全に対する考え方に加え,自動走行システムが車両の操作を行うことに対応した新たな安全性評価手法を策定する必要がある.また,国際商品である自動車を海外でも販売していくためには,その考え方を諸外国とも協調し,国際標準化を進めていく必要がある.このような背景を踏まえて国内では,経済産業省からの委託事業である「自動走行システムの安全性評価技術構築に向けた研究開発プロジェクト(2018年度~)」1) - 4)(SAKURAプロジェクト5) )にて,まずは一般量産車の自動運転(レベル3以上)を対象として,国際動向を踏まえつつ,シナリオベースアプローチ6) と呼ばれる他車の割り込みや急制動などのシーンを時系列的に再現して評価する手法による自動運転システムの安全性評価に必要なプロセスと評価手法の開発と検証を行っている.特に,自動運転車と周辺交通参加者の衝突リスクを伴うクリティカルな交通外乱シナリオ(自車(以下,自動運転車を示す)に対する周辺車両のカットイン,カットアウト,減速など)を対象に開発と検証を行った(図1).国連WP29(自動車基準調和世界フォーラム)の「セーフティビジョン」や国土交通省の「自動運転車の安全技術ガイドライン」7) では「自動運転車は,設定された運行設計領域(ODD)の範囲内において,自動運転システムが引き起こす人身事故であって合理的に予見される防止可能な事故が生じないこと」と定めている.そこで,本事業では,交通外乱シナリオおよびそれにひもづく各種パラメータの妥当性を裏付けるために,計測車両や定点観測8), 9) による実交通流データ(カメラ映像やLiDAR点群データなどの計測生データ)の収集,交通外乱データ(計測生データから導出される交通参加者の軌跡データ)の抽出,交通外乱シナリオの抽出,交通外乱シナリオにひもづく各種パラメータの統計分析を行うことにより「合理的に予見される範囲」を明確にすることを試みた.計測車両によるデータ収集は,同車両に搭載した計測機器によりデータ収集を行うため,さまざまな箇所で実施することができる.一方で定点観測によるデータ収集は,一定範囲で走行するカメラに映ったすべての車両の軌跡を取得できるため,場所に起因した特徴を有するデータを効率よく収集できる.このように,目的に応じて適切なデータ収集方法を用いてデータを蓄積することが重要である.

本稿では,社会実装が比較的早いと想定される高速自動車国道や自動車専用道における計測車両を用いた実交通流データの収集方法,データ分析方法の概要について紹介するとともに、今後の課題について述べる.

図1 自動車専用道における一般車両の交通外乱シナリオ

(出典:一般社団法人日本自動車工業会 自動運転の安全性評価フレームワークVer3.0 10)

2. 計測車両を用いた自動運転の安全性評価に関する実交通流データ収集技術

自動運転の安全性評価には,自車と周辺車両の相互動作などを記述したシナリオの分析が必要となる.SAKURAプロジェクトでは,実交通流データをシナリオ分析(合理的に予見可能な範囲の分析)に使用できるデータにするために,計測車両や定点観測により取得した実交通流データから自車および周辺車両の軌跡情報を算出し,そこからシーンを抽出し,シナリオを作成するという一連の処理を検討した(図 2).本稿では図 2の赤枠に示す計測車両による実交通流データ収集,データ分析方法について述べる.

図 2 交通外乱シナリオ作成までのプロセス

2.1 計測車両による実交通流データ収集

国内の自動車専用道における自動運転の安全性評価に向けたシナリオを作成するためには,さまざまな交通状況下で自車を取り巻く周辺車両の振る舞いのデータを統計的に分析する必要がある.そのために,計測車両および周辺車両の実交通流データを収集する手法について検討した内容を述べる.

2.1.1 計測車両の構成と特徴

(1) 搭載センサ

自車と周辺車両の相互作用などを記述したシナリオを分析可能とするために,表 1に示した用途を目的とした各センサを搭載した.センサは,周辺車両の自然な交通流を収集できるように,図 3に示した構成で可能な限り周りから目立たないように配置した.また,周辺車両を高精度に認識するため,高精度測量機(光波測量器)で各センサの取り付け位置・角度を計測し,適切な位置に設置した.

表 1 データ収集に使用したセンサ

センサ種類 用途 周波数 解像度,性能
LiDAR 周辺物体検知 10 Hz

水平方向: 360°

垂直方向: +15°~−15°

測定距離: 〜100 m

カメラ 検知物確認 30 Hz 解像度: 1,280×800
GNSS/IMU 自己位置推定用 10 Hz 計測対象により異なる

図 3 計測車両のセンサ搭載構成

(2) データ収集システム

自動運転に必要な機能がパッケージングされているオープンソース自動運転プラットフォームであるAutoware11) を中核としたデータ収集システムを搭載した.また,LiDAR,カメラ,GNSSといったような各種センサのドライバソフトも含まれており,対応しているセンサであればソフトウェアをインストールするだけで各種センサデータの取得が可能である.また,オープンソースソフトウェアであるため,新たなセンサデータの処理の仕組みや,認識アルゴリズムについても,容易に新規機能の追加が可能であり,さまざまな車両構成,センサ構成に応じてカスタマイズすることが可能な点で拡張性が高いデータ収集システムである.

2.1.2 走行経路

シナリオベースの安全性評価に必要なデータを収集するために,低速および高速走行時のデータ収集が可能かつ高精度な位置推定を可能にする高精度地図が利用可能な走行経路を選定した.低速走行時のシナリオ分析に必要なデータを効率良く収集するため,渋滞が多く発生する首都高速道路の箱崎ジャンクションを中心に走行経路を選定した.また,高速走行時のシナリオ分析に必要なデータを効率良く収集するため,都心から近く交通流が多く見込める東名高速,新東名高速道を走行経路として選定した.

2.1.3 収集したデータの保管

収集したデータは年間 1 ペタバイト(10の15乗バイト)以上になり大容量保管を実現しつつ,可能な限り維持費を安価に抑えるため,保管媒体は磁気テープを利用した.磁気テープは長期間のデータ保存に向いた信頼性の高いメディアであるLTOテープを使用し,収集したデータは走行した単位で保管した.

2.2 点群データからの他車両物標推定

自動運転システムの安全性を評価するためのシナリオを分析するためには,自車を中心とした360°に存在する周辺車両の挙動情報が必要となる.そこで,計測車両に搭載したLiDARセンサにて取得した3次元点群データから周辺車両の挙動を分析するために検討した処理について述べる.

2.2.1 点群の統合

計測車両には前後左右に4台のLiDARを搭載しており,各LiDARで取得した点群データを統合することで計測車両を中心とした360°の全周囲の点群へと変換した.点群データの結合は,外部トリガなどを利用した時刻同期ではなく,LiDARごとに異なる点群データ取得タイミングで付与される時刻情報を利用した.

2.2.2 物体検出

統合した点群データは物体検出器に送られ,自車周辺に存在する物標情報を推定する.物体検出器にはPointPillars12) と呼ばれる深層学習ベースの物体検出モデルを利用している(図 4).PointPillarsでは,3次元の点群情報から高さ方向の情報を圧縮し,Pillarと呼ばれる単位をもとに高さ情報を暗に含むような2次元データとして処理を行うことで,データ量・計算量を軽減し処理速度の高速化を実現した.

図 4 PointPillarsの概要

2.2.3 結果補正

物体検出処理だけでは,データ中に含まれるノイズや遮蔽などの影響を受け誤検知や検出漏れが生じるため,時系列的なデータのつながりを考慮した結果の補正処理を後処理として実施し,精度を向上した.この処理における物標追跡・サイズ統一・補間・平滑化・物標種類の推定などを通して最終的な周辺車両の物標認識結果が得られる(図 5).緑色の矩形が認識された周辺車両の自車からの相対位置を表し,位置以外に,大きさ,車両ID,種別,相対速度などが推定されていることがわかった.

図 5 周辺車両物標化の例

2.3 映像データからの道路白線位置推定

計測車両により収集した実交通流データからシナリオを分析するにあたり,自車と白線など車線を示す標示(レーンマーク)との相対位置も分析に有効な情報となる.そこで,実交通流データのうち,カメラ画像から自車が走行する車線のレーンマークを取得するため,画像認識技術をベースとしたデータの分析について検討した処理について述べる.

2.3.1 レーンマーク検出

前方カメラ画像からレーンマーク領域の検出には,CondLaneNet13) という手法を用いた.CondLaneNet は深層学習を用いた車線検出フレームワークであり,分岐線などの複雑な形の車線に対しても高精度にレーンマークを検出することが可能である.検出した複数のレーンマークから計測車両が走行する自車線を取得した結果を図 6に示す.

図 6 自車線レーンマーク領域推定における出力結果

(自車が走行する車線における左レーンマークが青色の線,右レーンマークが緑色の線)

2.3.2 左右レーンマークに対する自車の位置推定

計測車両の車線内の位置を算出するため,左右カメラを基準とした座標系で計測車両とレーンマークとの相対的な関係を算出した後,計測車両上に設定した原点(計測車両原点)を基準とした座標系に変換する.算出した計測車両のレーンマークに対する位置には,スパイクノイズが含まれているので,検出結果に対しフィルタリング処理をし,スパイクノイズの影響を低減する.フィルタリング処理には,状態空間モデルにおいて状態を逐次的に推定するアルゴリズムであるカルマンフィルタを用いた.

以上の処理により得られた計測車両原点を基準とした座標系の原点から左右レーンマークまでの距離(図 7中の𝑙)を車線内の位置として計測した.

図 7 位置算出の模式図

2.4 GNSS/GPS・MAP・白線情報および物標情報からの車両軌跡推定

自動運転の安全性評価用のシナリオを生成するためには,計測車両にて収集した実交通流データ,他車両物標推定結果,道路白線位置推定結果,自動運転や先進運転支援システム向けに整備されたセンチメートル(cm)級の精度を持つ高精度地図,カーナビゲーションで用いる地図(ナビ地図)と自車位置推定技術(ローカライゼーション技術)を組み合わせて,図 8に示した自車および周辺車両の軌跡推定および高精度化を行う必要がある.また,カーブ区間などの道路曲率が大きい箇所ではシナリオ分割が上手くできない課題があり,シナリオ分割を可能とするためには道路形状を考慮した自車および周辺車両の軌跡データが必要となる.これらに対応するために検討した処理について述べる.

図 8 自車と周辺車両の情報

2.4.1 位置と道路情報を含むデータの生成処理

自車の位置情報を取得するGNSS/GPSおよびIMUユニットからの出力データとナビ地図データを関連付け,タイムスタンプごとに自車位置と自車が走行している道路情報(都市高速,一般道路などの走行している道路の種別など)を関連づけたデータを生成した.

2.4.2 各データの統合処理

LiDAR,カメラ,GNSS/GPSから分析したデータのタイムスタンプをあわせて統合するため,GNSS/GPSからの出力データのタイムスタンプを基準に自車位置と道路情報を含むデータ,他車両物標推定結果,道路白線位置推定結果のタイムスタンプの整合を行った.

2.4.3 車両軌跡データの高精度化

タイムスタンプを整合した各データおよび高精度地図,ナビ地図を入力情報として高精度自車位置推定処理を実施し,高精度な自車位置および進行方位を出力した.高精度自車位置推定は複数の位置推定アルゴリズムから成り,位置推定アルゴリズムごとに入力情報と位置の推定精度が異なるため,入力情報に適した位置推定アルゴリズム(高精度地図とカメラ画像から推定した自車からレーンマークまでの距離を用いて自車位置を補正するアルゴリズムなど)を適用した.

次に,高精度化した自車位置・進行方位と他車両物標推定結果に含まれる周辺車両までの相対距離を用いて高精度な周辺車両の位置を算出した.そして,高精度自車進行方向を軸とした周辺車両相対進行方向を用いて高精度周辺車両進行方位を算出した.

2.4.4 座標系の変換(道路座標軸化)

自車と周辺車両との位置関係は,自車に搭載したLiDARによって高精度に計測されているものの,図9a(変更前)の赤矢印で示すように直線的な位置関係しか表現されない.そのため,道路がカーブしている場合,自車と周辺車両との位置関係は,LiDARで取得した点群データからの他車両物標推定結果をそのまま使用することはできず,道路形状に沿った位置関係に補正を実現した(図9 b:変更後).

そこで,道路座標軸化として自車と周辺車両との距離算出は,道路形状に沿った道路中心線にx座標を置き,自車の積算移動距離を算出することによって補正を実現した.

図9 カーブ区間に対応するための道路座標軸化

2.4.5 車両軌跡推定の精度検証と結果

一般財団法人日本自動車研究所(JARI)がつくばに所有する自動運転評価拠点(Jtown)の多目的市街地エリアで,本稿で記載した計測車両によりデータを収集し,高精度自車位置推定の精度検証を実施した.データ収集は,各センサの計測に適した環境下で実施した.精度検証はGNSS/GPSと地上に設置した基準局からの位置情報データを組み合わせることで高精度な測位を実現するReal Time Kinematic測位で取得した位置を基準とし,これに対して高精度自車位置推定した結果がどの程度ずれているかを標準偏差として求めることにより実施した.精度検証の正確性を向上するために,取得した各データについて計測上想定されるオフセットを補正したデータを用いて計算した結果,高精度自車位置推定した自車位置の標準偏差は前後方向5.95 cm,左右方向5.45 cmであった.自動車専用道を対象とした軌跡データの目標精度範囲は,車両前後方向:±50 cm,車両横方向:±10 cmであり,本検証内容で性能評価した結果が目標精度範囲内となることを確認できた.

3. まとめと今後の課題

本研究では,自動運転の安全性評価用のシナリオを分析する交通流データを効率的に収集可能な手法として,計測車両による実交通流データの収集方法,データ分析方法を確立し,国内の自動車専用道にてデータ収集分析を実施した.データ収集分析した車両軌跡データは,道路座標系に変換することでカーブ区間でもシナリオ分析できるようになった.また,自車が走行している車線との相対位置がわかるようになり,精度検証の結果からも車両軌跡データの高精度化を確認できた.

今後の展望として自動運転車の機能は進化していくものであり,機能進化に合わせた安全性評価の実施が求められる.さらに,自動運転車の普及に伴って交通環境が変化する可能性もあり,そのような変化をタイムリーかつ継続的に反映できるシナリオ更新の仕組みを検討する必要がある.継続的なシナリオ更新のためには,実交通流データの継続的な更新が重要となるが,限られた機関・プレーヤーの収集では限界があるため,本稿で紹介した取組とは別目的で収集されたデータであっても,有効に活用できる仕組みを整備していくことが有用と考えられる.一方で,既存データであればいかなるものでも良いわけではなく,品質要件を満たさないデータ(誤った情報やデータなど)を分析対象とした場合には分析結果の合理性・信頼性が損なわれる可能性が有り,その合理性・信頼性を担保するためにもデータの品質検査・保証の仕組みが必要である.

これらの課題を解決するためには,既存の取り組みでデータを計測しているステークホルダーと連携し,それらのデータを活用してシナリオを更新できる体制を構築していく必要があると考えられる.

参考文献

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
feedback
Top