JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
解説
自動運転の安全性評価に関する国際標準の解説
― ISO 34502 における日本提案の概要 ―
中村 弘毅
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2024 年 2024 巻 2 号 論文ID: JRJ20240210

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Abstract

国連WP29によると,「自動運転車は運行設計領域において合理的に予見される防止可能な人身事故を生じさせないこと」が安全目標となる.この要件を具体化するためISO 34502ではシナリオに基づいた安全性評価の枠組を定義している.そこで本報ではISO 34502の概要を解説し,各プロセスに対して日本自動車工業会およびSAKURAプロジェクトから提案された手法を紹介する.また,関連する国際標準化の動向としてISO/TC22/SC33/WG9の活動進捗を報告する.

Translated Abstract

According to UN-ECE WP29, autonomous vehicle systems, under their operational design domain, shall not cause any traffic accidents resulting in injury or death that are reasonably foreseeable and preventable. To realize this principle, a safety assurance framework for autonomous driving systems was published as ISO 34502 in Nov. ’2022. In this report, the contents of ISO 34502 are reviewed, and methodologies for safety assurance developed by Japanese experts, JAMA and SAKURA, for safety assurance are introduced. Also, the current status of related international standardization activities by ISO/TC22/SC33/WG9 is introduced.

1. はじめに

自動運転あるいは運転支援技術は,事故の削減や渋滞の緩和といった直接的な効果にとどまらず,人口減少・高齢化社会の移動手段確保,人手不足対策,さらにはカーボンニュートラルへの貢献など,社会課題を解決する技術として期待されている1).米国SAE(Society of Automotive Engineers)による定義に従うと,運転自動化レベルは5段階で定義され2),運転自動化レベル1~2を運転支援,運転自動化レベル3以上を自動運転と分類している.運転支援,もしくは自動運転システムを社会実装するためには,社会的に受容される安全性を満たしていることが前提となるが,運転支援と自動運転の境目となるレベル2と3の間では,監視責任の所在がドライバからシステムに移行する点に大きな差異がある.運転支援ではドライバに監視責任があるため,遭遇しうる場面での安全性をドライバが担うことを暗黙の了解として,運転支援によって向上する安全性を付加的に評価できる.しかし,自動運転ではシステムが監視責任を担うため,人間ドライバが対処していたすべての場面をシステムが対処する必要がある.すなわち遭遇しうる場面を網羅的に評価する必要があるため,安全性評価手法そのものを新たに確立することが求められる.ただし,安全性を走行試験によって示すと,100億 km以上の試験が必要という試算もあり3),新しい車両が開発されるごとにこのような試験を実施することは現実的ではない.

これに対して,自動運転車が遭遇しうる場面を体系的にまとめる手法として,シナリオベースアプローチと呼ばれるものが提案されている.この手法は,実際に計測されたデータ,専門家知識などによって自動運転車が遭遇しうる場面を体系的に整理し,シナリオのリストとしてまとめる手法を指す.走行試験と比較して効率良く安全性評価を進めることが期待できるため,各国でシナリオベースアプローチの安全性評価に関する研究が進められている.

このような状況から,自動運転の安全性評価シナリオを標準化する目的でISO/TC22/SC33/WG9(自動車/ビークルダイナミクス,シャーシコンポーネント,運転自動化システムのテスト/自動運転システムのテストシナリオ)が2018年に設立され,シナリオに基づく安全性評価手法の国際標準化が始まった.テーマごとにISO 34501~34505までが提案されたが,この中でISO 34502はシナリオベースの安全性評価の枠組みをまとめることを目的とし,2022年10月に第1版が発行された4).このISO 34502は日本がリーダーとなって国際標準化が進められ,日本自動車工業会(JAMA)およびSAKURAプロジェクト5) の提案が多く採用されている.

そこで,本報ではISO 34502の概略をまとめ,同標準におけるJAMAおよびSAKURAプロジェクトの提案(以下,日本提案)する手法を解説する.また,関連するISO/TC22/SC33/WG9の活動内容とその進捗について紹介する.

2. ISO 34502および日本の専門家が提案する手法の概要

2.1 ISO 34502の概要

ISO 34502で定義される安全性評価のフローをFig. 1に示す.このフローは安全性評価の対象となる範囲を明確にし,その中でどのような手順(図中の各ブロック)を考慮すれば「合理的に予見可能かつ防止可能な事故を起こさないこと」という国連WP29の定める安全目標6)を論理的に説明できるのかを示すためのもので,日本提案を基に合意された.

Fig. 1 Safety assurance flow defined by ISO 345024) and corresponding Japanese experts’ proposal (in red)

このフローでは,はじめに,ODD(運行設計領域),規制・倫理規則,ISO 21448(SOTIF:意図した機能の安全性),専門家知識,試験用プラットフォーム,シナリオ属性,システム開発仕様など前提となる要件が設定される(Input).次に,安全性評価試験の目的が設定される(Preparation).その目的に従い,網羅すべき安全性評価の対象となる範囲が定義される.その範囲内でリスク指標に従ってクリティカルなシナリオのパラメータ空間(logical scenarios)が定義される(Identification of critical scenarios).さらに,連続的なパラメータ空間から具体的な試験シナリオ(concrete scenarios)が選定され,試験を実施し,安全性評価を行い,目的が達成できているかを評価する(scenario based testing and evaluation). 最後に,シナリオベース以外の妥当性検証プロセスと合わせて車両全体の安全性認証を行い,市場に出せるかを評価する(Output).

また,図中に示した赤枠のブロックは日本が提案するシナリオの定義方法であり,次節以降で詳述する.

2.2 JAMAおよびSAKURAプロジェクトが提案するシナリオの定義方法

JAMA自動運転部会AD安全性評価分科会は,自動運転の安全性の論証体系・評価手法に関するベストプラクティスをまとめたフレームワークを継続的に更新している7).このフレームワークでは,Fig. 2に示すように物理原則に基づく安全性評価シナリオの定義を提案している.運転における認知(認識)・判断・操作(制御)のタスクに対してそれぞれ独立したシナリオ(認識外乱シナリオ,交通外乱シナリオ,車両外乱シナリオ)を定義し,それらの組み合わせによって自動運転車が遭遇するシナリオを網羅的に再現することが可能となる.

Fig. 2 Scenario structure defined by the JAMA Automated Driving Safety Evaluation Framework Ver. 3.0 7)

認識外乱シナリオは主にセンサ外乱,死角,通信の接続性の3種類がある.安全性評価フレームワークで提案された内容はISO 34502にも記載され,Annex Cにまとめられている.センサ原理に基づき,センサが認識不良を起こす主な要因のリストが記載されている.また,通信の接続性に関しては,センサ,環境,送受信対象という要因ごとの外乱がまとめられている.さらに,死角は,道路形状,静的遮蔽物,移動体による遮蔽の3種類に大別し,シナリオが定義されている.

車両外乱シナリオは車体に直接作用する外乱と,タイヤ路面間に作用する外乱に分類してISO 34502Annex Dにまとめられている.車体に直接作用する外乱には,道路勾配によって作用する重力や曲線走行時の遠心力,風などの空力によるものが含まれる.一方,タイヤ路面間に作用する外乱はタイヤの状態と路面要因に分類され,さらに路面要因は摩擦に関係する項目と,継ぎ目などの段差により直接外力が働く項目に分けられている.

交通外乱シナリオは,はじめに,自動運転車(自車)と交錯する交通参加者を定義し,自車と交通参加者のそれぞれの挙動,交錯が発生する場所(道路線形)との組み合わせを考慮することで,定性的な交錯パターンであるFunctional Scenarioが定義される.自動車専用道(高速道路)の場合,自車の挙動は車線維持・車線変更,他車の挙動は加速・減速・カットイン・カットアウト,道路線形は本線・合流・分岐でまとめられるため,Fig. 3に示す24のシナリオが定義される.各シナリオに対して定量化するパラメータとその範囲を定めることで,ISO34502で定義されるLogical Scenarioが同定される.

Fig. 3 Functional scenario catalogue on highways defined by the JAMA framework 7)

3. ISO/TC22/SC33/WG9の活動概要

本章では,ISO 34502と関連するISO/TC22/SC33/WG9(以下,WG9)の活動内容とその進捗を紹介する.WG9ではシナリオベースでの自動運転の安全性評価を行うためにTable 1にまとめた5つの項目のIS(国際規格)化を進めている(2024年1月現在).

Table 1 Main work items of ISO/TC22/SC33/WG9 (ISO 3450X)

ISO

Number

Topic Progress

Publication date

Leader

(Sub)

34501 Terms and definition IS published ’22 Oct. China
34502 Scenario based safety evaluation framework IS published ’22 Nov.

Japan

(Germany)

34503 Taxonomy for operational design domain IS published ’23 Aug.

UK

(Japan)

34504 Scenario attributes and categorization Under publication ’24 Jan.

Netherlands

(Germany)

34505 Scenario evaluation and test case generation CD ’25 Sep.

Germany

(China)

ISO34501 は用語の定義をまとめたもので,ISO3450X はこの34501で定義された用語を前提として記述される.ISO34502 は前述のとおり安全性評価の枠組みを定義している.ISO34503 はODDを定義するための分類方法がまとめられている.ISO34504 は,シナリオの属性と分類をするための手法がまとめられている.ISO 34505は,WG9で議論が進められており,ISO 34502で定義された評価すべきシナリオ(パラメータ空間)から,試験条件を選定するための手法がまとめられる見込みである.これらを活用することで,自動運転の安全性評価を効率よく進められることが期待される.なお,2024年1月現在,ISO 34501~34503は発行済,34504は発行準備段階,34505はCD投票前の審議段階である.

4. まとめ

自動運転車の安全性評価に関する取組み状況として,国際標準化の動向,特にISO 34502の概略と,日本の専門家が提案する手法について解説した.なお,ISO 34502の第1版は自動車専用道路(自専道)に重点を置いたフレームワークであり,今後はより複雑な一般道路(一般道)評価へ拡張することが求められる.そのためには,一般道で想定されるシナリオ体系(自転車・歩行者を含む)を定義することに加え,自専道よりもはるかに複雑になるシナリオ体系に対応する合理的に予見可能で防止可能な範囲の特定手法の開発などが課題である.JAMAフレームワークの最新バージョンでは,一般道における対車両シナリオの体系をまとめ,58シナリオを定義している.

また,これらの課題解決に向けては従来の基軸であった欧州との連携を継続しつつ,北米との連携を強化していくことが重要である.特に,自動運転タクシーの社会実装など,先行している事例を参考にし,一般道特有の課題にも対処しながら国際標準化活動を進める必要があるが,日本が引き続き議論を主導できるように調査・研究を進めていく予定である.

謝辞

本稿は,経済産業省「無人自動運転等のCASE対応に向けた実証・支援事業(自動走行システムの安全性評価基盤構築に向けた研究開発プロジェクト)」の成果の一部をまとめたものであり,関係各位に対して謝意を表す.

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
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